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No.9982の一覧
[0] 恋姫無双外史・桃香伝(無印恋姫SS)[航海長](2009/07/01 22:28)
[1] 恋姫無双外史・桃香伝 第一話[航海長](2009/07/04 18:05)
[2] 恋姫無双外史・桃香伝 第二話[航海長](2009/07/04 18:07)
[3] 恋姫無双外史・桃香伝 第三話[航海長](2009/07/06 20:39)
[4] 恋姫無双外史・桃香伝 第四話[航海長](2009/07/09 21:30)
[5] 恋姫無双外史・桃香伝 第五話[航海長](2009/07/16 18:24)
[6] 恋姫無双外史・桃香伝 第六話[航海長](2009/07/21 18:12)
[7] 恋姫無双外史・桃香伝 第七話[航海長](2009/07/24 18:50)
[8] 恋姫無双外史・桃香伝 第八話[航海長](2009/07/29 20:26)
[9] 恋姫無双外史・桃香伝 第九話[航海長](2009/08/02 22:31)
[10] 恋姫無双外史・桃香伝 第十話[航海長](2009/08/06 16:25)
[11] 恋姫無双外史・桃香伝 第十一話[航海長](2009/08/10 18:01)
[12] 恋姫無双外史・桃香伝 第十二話[航海長](2009/08/18 18:21)
[13] 恋姫無双外史・桃香伝 第十三話[航海長](2009/08/25 23:00)
[14] 恋姫無双外史・桃香伝 第十四話[航海長](2009/09/27 01:05)
[15] 恋姫無双外史・桃香伝 第十五話[航海長](2009/09/27 01:04)
[16] 恋姫無双外史・桃香伝 第十六話[航海長](2009/11/24 22:26)
[17] 恋姫無双外史・桃香伝 第十七話[航海長](2010/01/01 21:25)
[18] 恋姫無双外史・桃香伝 第十八話[航海長](2010/01/24 00:10)
[19] 恋姫無双外史・桃香伝 第十九話[航海長](2010/02/26 00:46)
[20] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十話[航海長](2010/03/03 01:17)
[21] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十一話[航海長](2012/06/02 13:34)
[22] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十二話[航海長](2012/11/01 05:12)
[23] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十三話[航海長](2013/02/26 23:01)
[24] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十四話[航海長](2013/09/23 22:45)
[25] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十五話[航海長](2014/01/05 22:49)
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[9982] 恋姫無双外史・桃香伝 第一話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/07/04 18:05
 何処とも知れない闇に包まれた空間の中……その中央に一人の青年が座っている。眼鏡をかけた理知的な容姿の持ち主だが、その目には誰かをからかわずにはいられない、と言った性格の悪さがちらついている。
 青年は今、水晶球をじっと見つめていた。その水晶球には、広大な世界の只中に落ちていく一人の少年の姿が映し出されている。
「これが、今度の外史の突端ですか……ふむ……おや、帰って来ましたか」
 青年は気配を感じて、水晶球から顔を上げた。彼と同じ白装束を身に纏った、小柄な青年が一人、そこに立っていた。その表情は苦虫を百匹ほどまとめて噛み潰したような、そんな苦渋と怒りに満ちている。眼鏡の青年はその小柄な青年――戻ってきた相方に声をかけた。
「貴方にしては、らしくない失敗をしたものですねぇ、左慈」
 温厚な口調ではあったが、その言葉は相手――左慈の気に障ったらしい。
「黙れ、于吉! くそ、訳のわからん邪魔が入ったせいで、またろくでもない外史が始まりやがった。余計な仕事ばかり増えやがる」
 怒鳴って椅子を蹴り壊す左慈。眼鏡の青年――于吉はそんな相方の振る舞いにも、笑顔を浮かべて言った。
「まぁ、落ち着きなさい左慈。打つ手はあります」
「なんだ?」
 まだ目を吊り上げたままの左慈が近づいてくると、于吉は水晶球を見るように言った。そこに映し出されているのは、先ほどの少年ではなく、みすぼらしい姿をした一人の少女だった。
「なんだ? この女は」
 訝しげな左慈に、于吉は答えた。
「この少女は、本来この外史の突端となるべき存在。君が招き入れてしまった異分子が彼女の役割を奪ってしまったわけですが……おっと、怖い顔をしないでくださいよ」
 失敗をあげつらわれたと思ったか、殺気に満ちた視線を送りつけてくる左慈に、于吉は苦笑で答えて先を続けた。
「この少女には、まだ強い運命の光が見える……彼女を使って、異分子を抹殺するのですよ。そうすれば、この外史はあるべき姿に戻るはずです」
 左慈は面倒くさそうな表情をして言った。
「回りくどいな。直接あの男を抹殺すれば問題ないだろうに」
「それが許されるなら良いんですがね」
 于吉はそう答えた。黙り込む左慈。彼としても一度動き始めた外史への直接的介入が難しい事はわかっている。彼らに許されるのは、外史の住人を教唆し、間接的に目標を達成する事だけだ。その手腕において、左慈は于吉には遠く及ばない。
「まぁ……良いだろう。お前に任せる」
 不機嫌そうに座り込む左慈に、于吉は嬉しそうに言った。
「良いでしょう、任されました。ではまず、私の言う通りに動いてもらえますか? 策を練る為にしばらくはここを動けませんからね、私は」
 それを聞いて、左慈はますます不機嫌そうな表情をする。こういう風に相方を困らせるのが、于吉の密かな楽しみだった。
「では、まずは……」
 于吉が地図を取り出し、左慈の向かう先を決める。そこは――
 
 
恋姫無双外史・桃香伝
 
第一話 桃香、乱世に立つの事
 
 
 都洛陽の北東、河北四州の一つ、幽州。渤海の北岸に沿って東西に細長く広がるこの地は、漢王朝にとっては北限の地である。その中でも西部にある琢郡は、他の州との交通の便が良く、多くの物産が集まる豊かな街だった。
 この日も、多くの商人たちが町で立つ市で一商売しようと、道を急いでいた。多くの手代を引き連れた馬車数台に及ぶ規模の隊商もいれば、背中に背負えるだけの商品を持っただけの零細な行商人もいる。
 その中に、一際目立つ一人の少女がいた。服装は地味で、おそらく商品なのであろうむしろを束にして背負った、何処にでもいそうな行商人の出で立ちではあったが、その容貌は明らかに只者ではなかった。
 長い艶やかな髪は、内に秘めた情熱を表すような赤。それでいて、顔立ちは穏やかで、刺々しさを感じさせるところが無い、柔らかな美貌。眼差しには鍛えられた知性の光が宿っている。
 肢体もまた見事なもので、細身でありながら胸は母性と包容力を示すかのように豊かで、身体の線が出ないような服を来ているにも拘らず、その大きさを隠し切れない。すれ違い、あるいは追い抜く男たちの視線を思わず釘付けにしていた。
 しかし、彼女には男を誘うような雰囲気は全く無く、あくまでも清楚な色香と気品を漂わせている。服装は地味……と言うより貧しいものだったが、育ちは良いのだろう。
 これだけ目立つ少女ともなると、男たちが声をかけてもおかしくないはずだが、何故かそうしようとする男たちはいなかった。その理由を知っている人物は市にいた。少女が市に入っていくと、家財道具を売っている区画の元締めが少女を手招きした。
「やぁ、玄徳ちゃん。場所はとっておいたよ」
「いつもすみません、元締めさん」
 玄徳と呼ばれた少女は桃の花が咲いたような笑顔を見せると、元締めが確保していた二畳ほどの区画に、背負ってきた筵の束を置いた。
「なに、玄徳ちゃんのお父さんには市の者はみんな世話になったからね。ほんのお返しだよ。まぁ、私に出来る事はこれくらいしかないが」
 元締めが言うと、少女は店開きの用意を始めながら答えた。
「いいえ。何時もおかげで助かっています。すみません」
 彼女の家は街から遠く、市で良い場所を取るには夜中に家を出なければならない。だが、元締めが場所取りをしてくれているおかげで、夜明け頃に家を出れば十分市の始まる時間に間に合うのだ。
「なに、気にしなくていいよ。じゃあ、商売頑張ってくれよ」
「はい!」
 元締めの言葉に、少女は笑顔で答え、行き交う人々に手作りのむしろを宣伝し始める。元締めはそっとその場を離れながら、嘆かわしいと言う口調で言った。
「世が世なら県令令嬢のはずの娘さんが、ああしてむしろ売りをしなければならないとはなぁ……本当に世の中は無情だよ」
 元締めが言うように、玄徳少女は元はと言えば先代の県令の娘なのである。まがりなりにも貴族の一員であり、本来ならこうして市場でむしろを売るような身分ではない。しかし、彼女が物心付く前に父は流行り病で無くなり、数年前には母親も心労がたたってこの世を去ってしまった。少女の家は見る影も無く没落し、今は貧民すれすれの生活を余儀なくされている。
 死んだ先代県令が善政を敷いていたこともあり、市の者たちをはじめ、この琢郡の人々は少女の境遇に同情的だったが、本人は余り気にしていなかった。
(気がついたときには、もうこの暮らしだったし……それに、父さんが県令だからって、わたしが県令になれるわけでもないし)
 役人として出世しようと思えば、選挙――地元有力者の推薦を受けなければならない。少女もかつては女性の学舎としては荊州の水鏡女学院と並ぶ屈指の名門、清流女学院で学び、推薦を受けるに相応しい学識を身に付けてはいる。だが、卒業する頃には、選挙を受けるようなお金は手元に残らなかった。
(でも……お父さんの恩義と言って助けてくれる人たちに、恩返しはしたいな……劉家の誇りにかけて)
 例え貧しくても、遠くは帝室に連なる名門――中山靖王劉勝に連なる家の子として、誇りと信義を失ってはならない。少女が母から受けた教えである。
 少女の姓は劉、名は備、字は玄徳。そして、真名……その人間の本質、魂の有り様を示す本当の名前は、桃香と言う。中山靖王劉勝の末裔たる彼女は、この時無位無官の一介の行商人であり、これから己の身に降りかかる運命を、知る由も無かった。
 
 日が西に傾く頃、一日中喧騒に包まれていた市も、今日の終わりを迎えていた。店を出していた商人たちが売上を勘定し、あるいは売れ残りの品を梱包する。思ったより売上が多かったのか、今夜は一杯やろうと陽気に騒いでいる一団がいるかと思えば、不調だったのか溜息と共に立ち去る者もいた。
 桃香はと言えば、今日持ち込んだむしろは完売であった。最近では割と珍しい事である。彼女が手作りするむしろは出来が丁寧で長持ちすると言う事と、美少女が売っていると言う事で評判は悪くないのだが、完売と言うのは滅多にない。
 だから、この日彼女は割と良い気分で、おかずを一品追加できるな、などと考えながら店をたたんだ。元締めに挨拶して場所代を払い、行きつけの酒家で夕飯を買い込んで、彼女は軽い足取りで街を後にした。
「今日はついてたな……二十枚も買ってくれる人がいて。でも、むしろを二十枚も何に使うのかな?」
 消耗品とは言え、むしろを二十枚も一度に買う事は普通はありえない。それが気にはなったが、わざわざ聞くまでも無い事なので、普通に客として応対した。だが、仕事が終わってみるとやっぱり気になる。
「まぁ……気にはなるけど、お客さんが何処に行ったかわからないから、調べようが無いんだけど」
 桃香はそう独り言を言いながら歩く。しばらく街道を進んで、それから脇道にそれて行く。彼女の生まれ故郷であり、今も家がある楼桑村はこの脇道を通って丘をいくつか越えた所にあり、その名の通り桑の木が多く生えている、何処にでもありそうな田舎の村だ。村人はみんな村の周囲で農作業に従事し、あまり外へ行かない。桃香は貴重な例外である。
 当然この脇道を通る人はほとんど無く、今も通行人は桃香一人だったのだが……
(あれ?)
 桃香はふと立ち止まった。今朝街へ行くのに通った時と、何か道の雰囲気が違う。見たところ、朝と何か変わっているようには見えないのだが……しばらく立ち止まって観察しているうちに、桃香はその違和感の正体に気がついた。
(これは……たくさんの人がここを通った跡がある?)
 地面に複数の足跡があり、その数は十や二十では利かない。百……いや、もっとかもしれない。桃香は辺りを見回した。そして、その足跡の主たちがこの道をずっと辿ってきたのではなく、横断している事に気がつく。道の両脇の藪が踏み荒らされたり、木の枝が折れたりしている様子は、森の中をかなりの集団が通過した事を意味している。
(この人たちは……ん? あれは……まさか!?)
 桃香の視線を釘付けにしたのは、木の枝に引っかかった小さな黄色い布の切れ端だった。
「黄巾党……!?」
 桃香は恐ろしい事態が進行していることを悟り、恐怖のあまりそこに立ちすくんだ。
 
 黄巾党……「蒼天已死 黄天當立(蒼天=漢王朝を滅ぼし 黄天の世を作ろう)」と言う主張を掲げて決起したこの集団は、元は太平道という宗教団体の起こした反乱だった。その勢力は今や中国全土に広がり、至る所で官軍と黄巾党の戦いが繰り広げられている……そう言う話は、桃香も聞いたことがあった。実際に討伐のため出陣する官軍を見たこともある。
 だが、日々の生活に追われる中で、桃香はその話をどこか遠いもののように感じていた。もちろん、黄巾党の存在を好ましいものとは思っていない。元は志のある集団だったのかもしれないか、今噂に伝え聞く黄巾党はと言えば、町や村を焼き、財貨を奪い、人々を苦しめるたちの悪い野盗と変わりない集団でしかなかった。
 いくら生活が苦しく、政治が悪いからといって、武力で決起し、自分たちと同じような貧しい庶民を苦しめる黄巾党に正義があるとは、桃香にはとても思えなかった。
 かと言って、黄巾党と積極的に戦おうとも考えてはいなかった。清流女学院では武術も一通り教えており、桃香も剣術は学んでいたが、あまりものになったとは言えなかった。黄巾党との戦いに参加しても、あまり役には立てないだろう。
 そう思って、今まで桃香は何もせず、ただ日々の暮らしを送ってきた。だが、こうして噂でしかなかった脅威が目前に迫った今、桃香はもうそこから目を背けるわけには行かないと悟っていた。
「とにかく……黄巾党が何処へ行ったのか、確かめなきゃ」
 桃香は森の中に踏み込んだ。見たところ、村の方から来たわけではないし、火災の煙等も見えないので、村は無事だろう。今は黄巾党が何処へ行ったかを確認するのが先決だ。しばらく気配を殺して森の中を進んでいくと、前方からざわざわと言う人の話し声が聞こえてきた。
 桃香がさらに慎重にそちらへ近づいていくと、話し声はさらにはっきりし始め、木々の陰に頭に黄色い布を巻いた男たちの姿が見えてきた。間違いなく黄巾党だ。彼らは森の中を流れる川の傍、やや開けた土地に陣を敷き……というか思い思いに野営の準備を始めており、その数は……
(二千人……くらいかしら?)
 桃香はそう見積もった。清流女学院では軍学・兵法の授業もあり、敵軍の人数を大まかに掴む方法も教えられていた。彼らは桃香が見ているとは思ってもみないらしく、大声で会話を交わしていた。
「それにしても、思ったより栄えている街だったぜ! あの男に教えられたとおりだ!!」
 そう叫ぶ男を見て、桃香は気がついた。昼間彼女から二十枚のむしろを買い上げた男だった。
(あの人は……街の様子を見に来ていたと言う事?)
 桃香は男が斥候として街に来ていた事を悟った。その間にも、男は聞かれるままに街の様子を仲間たちに話していた。
「ああ、食い物も水も、もちろん金もたんまりある。それに女もだ。このむしろを売ってた貧乏そうな娘っ子でも、滅多に見ないような可愛い娘で……おっぱいもでかかったぜ」
 それを聞いて、桃香は思わず身を縮める。今のは間違いなく自分の事だ。
「そりゃ大したもんだ。とっとと攻め落として、明日の夜は酒池肉林と行こうぜ」
 男の仲間の黄巾兵が叫び、賛同するように笑い声が上がる。
「おうよ。じゃあ、むしろを配るから旗に仕立てるぞ。ちゃんと“黄”って書けよ」
 そう言いながら、男が桃香から買ったむしろを仲間たちに配っていく。どうやら、この二千人は百人で一隊を構成し、二十の部隊に分かれているようだ。それぞれに買ったむしろに旗印を書き込んでいく。桃香はしばらくその様子を茂みに隠れて観察していたが、やがてそっと後ずさりすると、来た時の倍近い時間をかけて道に戻った。既にすっかり夜になっていて、辺りは真っ暗だ。しかし、桃香は躊躇いなく街に向かって走り始めた。
「はぁ……はぁ……大変……! 大変な事になっちゃう……!!」
 決して武人ではない桃香にとって、歩いても辛い道程を走り切るのは容易な事ではない。心臓が破れそうにバクバクといい、息が切れ、目が霞む。それでも桃香はひたすら走り続けた。街にこの報せを伝えなければならない、と言う義務感ばかりではない。後ろから黄巾党が追ってきそうで、恐ろしかったのだ。
 やがて、街の外壁が見えてきたときには、腰が抜けそうなくらいホッとしたが、それでも彼女は足を緩めることなく、最後の道程を走りきるために、がくがく言う足に鞭を打った。
 
 二千人の黄巾党が街を襲おうとしている……桃香のもたらした報せに、街は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。町長の屋敷では、町の有力者たちが集まって対策会議が開かれ、桃香も参考人として呼ばれたが、対策会議とは名ばかりで、有力者たちが顔を突き合わせて嘆くだけの場と化していた。
「何てことだ、奴らとうとうこの街まで来たのか……!」
 町長が頭を抱える。この街には守備兵がおらず、戦える男たちを集めても、五百人ほどにしかならないと言う。
(攻者三倍の原則は満たされちゃってるか……)
 桃香は考えた。攻める方は守る方の三倍の兵力を必要とする、と言う古来よりの軍学上の原則である。攻めてくるであろう黄巾党の人数は二千。街の戦える男たちの四倍だ。
「官軍に救援を求めることは出来ないんでしょうか?」
 桃香が言うと、比較的しっかりしている市の元締めが答えた。
「もちろん使いは出したが、一番近い官軍の砦まで二日はかかるな。すぐに兵が出ても、やっぱり来るのに二日かかるから……あまり期待しないほうがいいぞ」
「相手は明日攻めて来るでしょうから、三日は耐えないといけないわけですか。いえ……二日ですね」
 元締めの答えに、そう言いながら考えをめぐらす桃香。元締めは首を傾げた。
「なんで二日なんだ? 玄徳ちゃん」
「あ、それは簡単ですよ。この辺りの官軍は、騎兵が主力なんです。騎兵ならここまで一日で……もっと早いかな?」
 笑顔で桃香は答えた。ここ幽州は北に多くの遊牧民族の住む地域と隣接し、州自体良馬の産地でもあるため、騎兵とその運用が発達している。ここに匹敵するのは、遠く西域に近い涼州くらいだろう。
「そうか! それは助かる。何とか二日凌げればいいのか!」
 街一番の大店の主人が、明るさを取り戻した声で言う。
「よし、今から急いで防戦の準備をしよう……戦えない人たちにも手伝ってもらおう」
 元締めが言うと、数人の参加者が頷いた。桃香が言った、二日耐えれば何とかなる、と言う言葉に希望を見出したのだ。冷静に考えればそれほど希望のある話というわけではないのだが、桃香が笑顔で言うと、何となく明るい展望があるような気がしてくるのだ。
(本当は、二日で援軍が来るかどうかなんて、わからないんだけどね……他の所に出払ってるかもしれないし、歩兵しか残ってないかもしれない)
 桃香はそう思っていたが、会議が形を為していないのを見て、何か少しでも希望のある事を言っておかないと、戦う事すらできないと考えたのだ。それはどうやら功を奏したらしい。議論が活発になり、いろいろと案が出てきはじめた。例えば、簡単な武器の作り方。長い棒の先に包丁をつけるだけでも、手軽な槍代わりになる。あるいは火矢を射掛けられた時の対処法。
「町長、問題はないかな?」
 町の住民だけでなく、滞在している旅人の間からも戦える人間を募ろう、と言う案が出てきたところで、大店の主人が、途中から黙ったままの町長に確認を求めた。
「あ、ああ。問題ない。志願してくれた人には、街からも謝礼金を出そう」
 町長は頷くと、桃香の姿を見た。彼女が話し始めた途端に、大の大人たちが集まっても出てこなかった思案が出てくるのを見て、不思議な感覚に囚われる。
「元締め、あの娘は一体?」
 町長が問うと、元締めは驚いたように答えた。
「ん? 知らないのか? 劉玄徳。前の県令の娘さんだよ。俺たちなんかよりずっと学もある」
 そう言って、知っている限りの桃香の事を元締めは話した。
「そうか……」
 町長は頷くと、改めて黄巾党の様子について話している桃香に近づいた。
「劉玄徳どの」
「え? あ、は、はいっ! なんでしょうか?」
 改まって「玄徳どの」などと呼ばれたことがなかったので、桃香は驚いて町長のほうを振り返った。しかし、続けて町長が発したのは、桃香をもっと驚かせる言葉だった。
「玄徳どのは清流女学院で本格的に軍学や兵法を学ばれたとか。どうか、防戦の指揮を執っていただけませぬか?」
「ええっ!? わたしがですか!?」
 目を丸くする桃香に、町長は頭を下げてお願いする。戸惑う桃香に、元締めが背中を押すように言った。
「俺からも頼むよ。俺たちは軍学に関しては全くの素人だ。玄徳ちゃんなら任せられる」
 そこへ、元締めと町長の話を聞いて桃香の出自を知った街の者達が、自分も、私もと桃香に指揮を任せる事に賛同する。戸惑っていた桃香だったが、それを聞いているうちに、逆に覚悟が固まってきた。
「……わかりました。わたしで良ければ」
 桃香は決意を込めて頷いた。事情はどうあれ、もう自分はこの件に足を踏み入れてしまった。それに、この乱世の中、いつまでもそれに背を向けて生きてはいられない。ならば、かつて学んだ事を生かして、この街の人々を守る。
「ありがとう、玄徳どの! よし、皆は玄徳どのの下知に従ってくれ。わしは義勇兵を集める」
「わかった!」
 町長はそう言って屋敷を出て行く。元締めたちは桃香の周りに集まった。
「さて、そう言う事でよろしくな、玄徳ちゃん。俺たちはどうすればいい?」
「そうですね……ちょっとした策は思いつきました。まず……」
 桃香は卓の上に囲炉裏から拾ってきた炭で街の略図を書いた。全体として正方形をした外壁に囲まれた街の東西南北には門があり、それぞれ街道に通じていて、門からの道は街の中央で合流して、市を開く広場になっている。
「まず、この道に……」
 桃香は炭で地図に書き込みをしながら、策の内容と兵の配置を決めていった。
 
 翌日……日が昇る頃、街の門が開かれた。それを確認すると、森の中に潜んでいた二千の黄巾兵たちは、一斉に街めがけて駆け出した。
「騎馬隊は門を抑えろ! 街の連中に扉を閉じさせるな!!」
 全体を率いる隊長が命じ、三百騎ほどの騎兵が、馬蹄の音を轟かせて駆け出した。彼らの接近は見えているはずだが、街の門が閉じられる気配はない。
「ヒャッハー! 街の連中、ビビッて扉を閉じるのも忘れてやがるぜ!!」
「歩兵の連中を待つまでもねぇ、一気に攻め落とすぞ!」
 もはや勝ったも同然、と思った黄巾騎兵たちは門を続々と突破して街の中に踊りこんだ。が、妙な事に気づく。
「ん? 道を歩いてるやつらがいない……がっ!?」
 逃げ惑う住民たちを馬蹄にかけて蹂躙する、嗜虐的な快感を欲していた騎兵たちだったが、次の瞬間、自分たちが蹂躙される目にあった。道に低く渡してあった縄に足を引っ掛け、馬が次々に転倒し、騎兵たちは振り落とされて地面に叩きつけられ、あるいは自らの乗馬の下敷きになり、血反吐を吐いて動かなくなる。後続の騎兵たちは先頭が将棋倒しになった事で、慌ててその場に停止した。
「今です!」
 その様子を見ていた桃香は、借り物の剣を振るって合図を出した。その瞬間、屋根に登っていた住民たちのうち、弓を持っていた者たちが、立て続けに矢を射掛けた。そうでない者達は、石やレンガの欠片を掴むと、力いっぱい騎兵たちに投げつける。
「ぐわあっ!」
「ぎゃあっ!!」
 矢を突き立てられ、あるいは石に骨を砕かれた騎兵たちが、悲鳴を上げて次々と落馬する。さらに家々の隙間の路地に身を潜めていた別の住民たちが、槍や長い棒の先につけた包丁を繰り出し、騎兵たちやその乗馬を手当たり次第に刺した。馬が痛みで暴れ、乗り手を振り落として暴走し、地面に落ちた黄巾兵たちを撥ね飛ばした。
 そうした中で、いくらか馬術に優れた十騎ほどが、倒れた仲間たちを乗り越えて前進しようとするが、広場の手前に先を尖らせた丸太や角材を組み合わせた障害物――馬防柵があるのに気付き、顔を歪めた。
「くそっ! 勘付かれてたか! こいつは罠だ!!」
 数でも実戦経験でも黄巾兵たちに劣る住民たちを指揮するに当たり、桃香が考えた事……それは、少しでも相手との数の差を埋めるため、相手を少しずつ街の中に誘い込み、必殺の罠に嵌めて倒していくことだった。後世キルゾーン戦術と呼ばれる事になる戦法だが、もちろんこの時代にそんな用語はない。
 この戦術の要は、後続の敵に先鋒が陥った状況を出来るだけ悟らせないことにある。敵が馬首を巡らせるのを見て、桃香は叫んだ。
「あの人たちを帰してはダメです! 集中攻撃を!!」
 それを聞いて、弓使いたちが逃げようとする十騎に集中的に矢を浴びせた。一騎、また一騎と矢を受けて落馬する。しかし、辛うじて三騎ほどが桃香の構築した死のあぎとを逃れ、街の外へ駆け出した。
「しまった! 逃げられたか!!」
 元締めが唇をかむ。桃香は首を横に振った。
「大丈夫。逃げられたら逃げられたで、その時の対応も考えてあります。見張りの人に、相手の動きをよく見るように合図してください」
「わかった」
 元締めは腕を廻し、広場にいる住民に合図を送ると、銅鑼が二回鳴らされた。しばらくして、城壁のほうから銅鑼が一回打ち鳴らされるのが聞こえてきた。敵がいったん止まったと言う合図だった。
「……よし、今のうちに敵の武器を回収させてください。次は歩兵が相手になりますから、みんなの配置は手筈通りに」
 桃香が言うと、何時の間にか桃香の副官のような位置を確保していた元締めは応と頷くと、指示を出しにその場を立ち去った。
「これで少しは時間を稼げ……うっ」
 桃香は足元の地面を見て絶句する。馬蹄に踏みにじられて無残な姿になった黄巾騎兵たちの屍が道を埋めており、それから街の住人が武器を取り上げていく。思わず桃香は喉の奥に酸っぱい物がこみ上げてくるのを感じた。それを必死に飲み下す。
(これを、わたしが……うん、目をそらしちゃダメ。自分がした事を自分で受け止めないと)
 涙目になりつつ、桃香は敵とはいえ人を殺す、と言う事の重さをかみ締めていた。
 
 その頃、黄巾兵たちは騎兵がほとんど全滅したことに動揺していた。
「畜生が、田舎町のクセにいっぱしの軍師がいやがるらしいな」
 凶相の小男が舌打ちをする。その背後に長身の男……昨日桃香からむしろを買った男と、小男の五倍くらいありそうな太った男が立った。外見的特徴そのままにチビ、ノッポ、デブと言われるこの三人が、ここへ攻めてきた黄巾のリーダー格だった。
「ど、どうするよ兄貴」
「いきなり三百人も殺されて、怖気づいてる奴が出てるぜ」
 デブ、ノッポがチビに言った。どうやら、チビがこの三人の中では一番の兄貴分らしい。
「わかってらぁな。ち、あの白ずくめはこんな事は一言も言ってなかったんだがな」
 チビは舌打ちする。数日前、黄巾本隊と合流するために移動していた彼らは、謎の白ずくめの道士風の青年から、この街の存在を知らされた。本隊合流時に手土産代わりに略奪品を持っていけば、本隊を率いる太平道の指導者たちの覚えもめでたくなる。そう計算して街攻めを決断したチビだが、思わぬ被害によって、退くに退けない立場に追い込まれていた。
(ここで尻尾を巻いたら、オレの立場が危うくなる……かといって慎重に街攻めをしていたら、官軍が来るかもしれない。ここは……)
 チビは頭の中で計算をやり直して、決断した。適当な荷物の上に立ち、配下の兵たちを叱咤する。
「てめぇら、怖気づくんじゃねぇ! 騎兵の連中がしくじったのは油断があったからだが、もうそれはない! どうせ町の連中は少ないんだ。こっちが数に任せて叩き潰せば済むだけだ。いいか、町の連中なんぞに舐められてたまるか! 奴らを踏み潰して、お宝と酒と女を奪い取るんだ!!」
 ごく単純な力攻め。それがチビの選択。いくらか実戦経験はあるとは言え、やはり正規軍ではない黄巾兵たちにとって、やはりそれが一番わかりやすい。そして、自分たちがまだ有利だと言われることには、黄巾兵たちの恐れを払拭させる効果があった。士気を回復した黄巾兵たちは、叫喚をあげて街の門に殺到した。切迫した様子で連打される城壁上の銅鑼の音に、桃香は武器拾いをしている住民たちに叫んだ。
「敵が来ます! 急いで配置について!!」
 それを聞いて、住民たちが慌てて拾った武器を抱え、路地にもぐりこもうとする。しかし、いくつも抱えている武器の重さのためか動きが鈍い。何人かが逃げることが出来ず、襲ってきた黄巾兵に斬殺される。
「くっ……」
 歯噛みする桃香。一方、元締めは怒りに燃えて命じた。
「野郎、生かして返すな! 撃て!!」
 弓使いたちが慌てて射撃を開始する。しかし、三百騎程だった騎兵たちと違い、既に街に乱入してきた黄巾兵たちは五百人を越えており、混乱を助長させるように、手にした松明を周りの家に投げつけ始めた。粗末な板葺きの家が炎上し、屋根に陣取っていた住民たちが火に巻かれて転げ落ちた。
「消火、急いで! 白兵担当の人は前へ!!」
 桃香が指示を再開する。戦えない女性や老人、子供たちが予め水を満たしておいた木桶を手渡しで運び、燃えている家に浴びせかける。一方、街に来ていた商人たちの用心棒や、従軍経験のある比較的戦場慣れした住民が、剣や槍、手斧を手にして通りを突進し、黄巾兵に襲い掛かった。消火の時間を稼ぐため、敵の放火を阻止するのだ。
 通り一本だけが戦場のため、一度に相対できる人数は二十人ほど。押し寄せる黄巾兵千七百人に対し、迎え撃つ街側は百人ほどだったが、辛うじて侵攻を押しとどめ、逆に家数軒分押し返すことに成功する。その間に小火は何とか消し止められた。
「よし……左右から襲って!」
 火が消えたことで通れるようになった路地から、住民たちが再び槍を繰り出して黄巾兵を突き倒した。さらに屋根伝いに飛び移ってきた弓使いや投石担当が、敵歩兵めがけて矢玉を馳走する。
 しかし、黄巾兵たちも黙ってやられてはいない。弓を射返し、路地に踏み入って住民たちに切りかかる。こうなってくると、数の少ない住民側が不利だ。桃香は剣を振り回した。
「一旦下がって、道を空けて! 衝車用意!!」
 住民たちが桃香の指示を聞きつけ、急いで下がる。かさにかかって追撃しようとした黄巾兵たちだったが、通りの突き当たりに用意されていたものを見て、ぎょっとして立ちすくんだ。先を尖らせた丸太を載せた荷車が数台、横一列に並んでいる。
「よっしゃ行けー!!」
 その荷車を拠出した商人が叫ぶと、荷車の押し手たちが全力でそれを押して走り始めた。本来は城門を破るために使う攻城兵器、衝車。その簡易版だったが、威力は絶大だった。慌てて下がる黄巾兵たちにそれが突入すると、数人がまるで壊れた人形のようなねじくれた姿勢で宙に撥ね飛ばされた。あるいは丸太に串刺しにされ、一撃で絶命する黄巾兵もいる。仲間の無残な姿に、黄巾兵の士気が再び下がった。
 簡易衝車は一区画ほど黄巾を押し込んだ時点で、壊れて動かなくなったが、桃香はそれも有効活用するつもりだった。彼女が合図すると、押し手たちが荷車を横倒しにして、通りに壁を作る。長い槍を持った住民たちがそれを盾にする形で布陣し、黄巾兵を突きまくった。
「この野郎、死ね死ね!」
「俺たちの街は、お前たちなんかには奪わせない!!」
 住民たちの気迫に、黄巾兵たちはたまりかねたように退き始めた。気がつくと、既に時間は夕刻に近づいている。さすがにこれから暗くなると言う時間には戦いは出来ない。
「待って! 追いかけちゃダメです! それより、怪我人の手当てや休息を優先してください」
 退いていく黄巾兵を追撃しようとする者たちもいたが、桃香はそれを押し留め、門を閉めさせた。扉の向こうに黄巾兵たちが去っていくと、疲労困憊している住民たちの間に、自然と歓声が広がっていた。
「やった! 勝った! あいつら逃げていく!!」
「ざまあみろ! おととい来いってんだ!!」
 そう言ってはしゃぐ住民たち。朝からずっと防戦を指揮し、剣を振り回していた桃香は、棒のようになった腕をさすりながら、その場に座り込んだ。
「ふぅ……」
 ため息をつく桃香のところへ、町長と元締めがやってきた。
「やりましたな、玄徳どの! どうにか一日持ちこたえた!」
「やっぱり、玄徳ちゃんは出来る子だったな」
 そうした褒め言葉に、桃香は照れ笑い半分、苦笑半分の笑みを返して、立ち上がった。
「ええ……でも、まだ一日目です。まだ終わっていません。見張りを一晩中立てて、それから死体の片付けとかもしないと」
 まだ休んでいられない。自分にも言い聞かせるように、桃香は指示を再開した。城壁や通りに沿って篝火を焚かせ、夜襲があった場合に備えさせる。敵味方の死体を一箇所に運び、埋葬の準備をする。その中で、既に住民に五十人近い犠牲者が出ていると知って、桃香の胸は痛んだ。
「敵には十倍の損害を与えているんだ。そう気に病む事はない」
 元締めはそう言って桃香の肩を叩いたが、彼女にとっては味方の死はもちろん、黄巾兵たちの死も辛いことだった。許せない悪事を働いてきた連中なのは知っていたし、だから彼らを倒すことは悪い事ではない、と自分に言い聞かせもしたが、戦場の悲惨な現実は、桃香にとってそうした自己正当化を許さないものがあった。
(……もし、政治が全うなものだったら……そもそも黄巾党の蜂起なんて無くて、こんな戦いも無かったかもしれない……この人たちが死ぬことも無かったはず。ただ戦うだけでは、乱世は終わらせられないんじゃないかな……)
 一日で余りにも多くの死を目にして、桃香はこの乱世と、その中で自分が生きる意味を、おぼろげながら考え始めていた。
(続く)


-あとがき-
 と言うことで、桃香の戦いが始まります。同じ頃愛沙、鈴々と邂逅した北郷君も戦いを始めているはずですが、二人の出会いはもうちょっと先になる予定。


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