―――――― 一日の教導終了後
六課の期待の新人四名は肩を落とし、とぼとぼと歩いていた。
見るからに疲労困憊といった様子の四人は突いたら倒れるかのように脚元が危うい。
それほどまでになのはの訓練は厳しかった。
「今までも自分で鍛えてるつもりだったけど、まだまだ甘かったんだって思うわ…」
「あはははは…あの指導は私でもキツイからなぁ」
特にティアナ、キャロは疲労の極みといった様子。
ぼついとティアナが呟いた言葉をスバルが拾い、苦笑いしながら首を縦に振った。
疲労困憊組の二人と違い、スバルとエリオはまだ少し余裕があるようだ。
「大丈夫、キャロ?」
「うん。わたしは平気だよ、エリオ君」
なのはの指導は言うまでもなく厳しい。
しかしそれは無論彼等彼女達を思っての指導であり、効果は後々現れるに違いないだろう。
それになのはの指導も年季を重ねたのか、以前のような無茶はしないようになっていた。
ここら辺は黒髪の局員達の犠牲の上に成り立っていると言ってもいい。
積み重ねというのは本当に大事である。
「明日は絶対筋肉痛だわ…早くシャワーも浴びたいし」
はふぅと溜息をつくティアナ。
ティアナのコンビであるスバルも「そうだねっ!」と追随しようとしたが、耳に聞こえる音の興味がそれに勝った。
ダムダムというゴム製の球をつく音。聞き覚えのある球の音にキラーンと目を輝かせた。
スバルにとってソレは楽しい記憶の中にある音。
まるでボールを放り投げられ、それを追いかけたい犬のようにうずうずと体を震わせる。
「み、みんなちょっと先に帰っててね!」
「あ、スバルさん!?」
そして我慢できなかったのか、タタッタと足取り軽く音の発生源へと走りゆくスバル。
その後姿を見ながら先に帰ってやろうかという考えも浮かんだティアナだが、スバルの突拍子のない行動はいつもの事。
厄介なことにならなければいいけれど、とスバルの後を追う事にする。
「ごめん、キャロ、エリオ。私あの馬鹿を引っ張ってこないといけないから、先に帰ってて」
「大丈夫ですよ、ティアナさん。僕も付き合いますよ」
「わ、わたしもっ!」
「そう? 悪いわね」
ムンとエリオはまだ元気ですをアピールし、キャロも大丈夫だと言う。
申し訳ないと思いつつ、ティアナはスバルの後を追うためにゆっくりと歩き始めた。
走って追いかけるには彼女達はあまりに疲れていた。
ダム、ダム、ダム――――シュッ
ボールをドリブルし、馬鹿コンビの片割れが左右に揺さぶる。
しかしもう片割れもさる者でガードを抜かれず、仕方なく馬鹿コンビAがその場でシュート。
ゴム製の球は見事な孤を描いて宙を舞い、心地よい音と共にゴールに納まった。
「へっへー、後一本!」
「ぐぬぬぬ…このままだと僕のネンドロイドが奴の物に…!」
手を挙げてシュートが決まった事を喜ぶ馬鹿コンビA.
対照的に馬鹿コンビBは悔しそうに茂みへと跳ねていったボールを取りに行った。
さて、二人が何をしているかというと――――――
「あーー! やっぱり! バスケットボールだ!!」
「のわっ!?」
ひょこりとボールが消えた茂みから顔を出すスバル。
いきなり茂みから美少女が現れた事に局員Bは驚きの声を上げた。
二人がしていたのは地球の文化で生まれた球技、バスケットボールだった。
ゴールと球さえあれば出来るこの競技は以前飛ばされていた世界で重宝し、三人は良く遊んでいたりする。
そして二人は互いのある物を賭け、賭け1on1をしていたのである。
無論馬鹿コンビには黒髪の局員が一からルールを説明し、指導した。
バスケットボールはルールさえ覚えれば地球の体育で行われているように、技術云々を抜きにすれば誰でも簡単に出来る。
今では3人にとってスポーツといえばバスケットボールなのだ。
「えーと、君はスターズとライトニングの人かな…?」
「あ、わ、すみません! スターズ分隊のスバル・ナカジマです!」
勝ち誇っていた局員Aの質問にスバルは答える。
確かにいきなり失礼だった感が否めない。スバルはまず謝り、そして自分の名前と所属を局員Aに伝えた。
「そうか、君がNANOHAさんの教え子なのか…大変だろうけど、頑張ってね? 辛いからって管理局辞めちゃいけないよ?」
「強く、たくましく生きるんだよ? 明けない夜はないんだから…!」
「は、はぁ…? がんばります?」
すっとどこから取り出したのか、ハンカチで自らの溢れ出た涙を拭く馬鹿コンビ。
意味がよくわからないものの、スバルは一応コクコクと頷いた。
そそそと局員Aは涙をぬぐったハンカチをポケットになおし、再びスバルに訊ねる。
「それで、君はバスケットボールを知っているのか?
名前をさっき言っていたから、知っているとは思うけど」
「はい! 昔、ギン姉…いえ、姉から教わって、遊んでいました! ルールもわかります!」
「へぇ? これチキュウの球技なんだけど、よく知っていたね?」
「私の家系はチキュウ出身なんです!」
地球の球技、バスケットボール。
管理外世界の球技なんて超マイナーもいいところ。
それ故馬鹿コンビはスバルが知っていることを疑問に思ったのだが、得心がいった模様。
「あの~、それで私も混ぜてくれないでしょうか~…って、あは、あはははは。
昔やって、すごく楽しかったのを思い出しちゃいまして」
おずおずとしたスバルの申し出に、馬鹿コンビが互いに顔を見合す。
瞬時に二人は念話の回線を開き、シーキングタイムに入った。
『どーする? 僕は別に構わないけど』
『俺も問題ないよ。それにさ、バスケって激しいスポーツじゃん?』
『だよな。激しいスポーツだし。ボディコンタクトも致し方ないよね』
二人の視線が重なる場所は一つ。
年のわりにたわわに育った、大変けしからん胸の一点。
「はははっ! 当たり前じゃないか! 一緒にやろう!!」
「僕たちは今まで1on1やっていたから、僕達が一人抜けるよ」
「え、そんな悪いですよ」
「気にしなくていいから! むしろ僕達疲れてたから、休憩させて欲しいんだよ」
笑顔だった。
とても爽やかないい笑顔だった。
飛び入り参加したスバルの遠慮に有無を言わせない、素晴らしい笑顔だった。
「あの馬鹿、何してるかと思えば…」
ティアナ達一行がスバルを見つけた時、スバルは楽しそうに汗を流していた。
馬鹿コンビAはスバルのすばやい動きに翻弄され、一瞬の隙をついて抜かれてしまう。
スバルは持ち前の健脚で一気にゴール下まで運び、ボールを置いてくるようなレイアップシュートで決めた。
「あれ、何やってるんでしょうか?」
「私にはわからないわね…球技である事に違いはないんでしょうけど」
ティアがどこかで迷惑をかけているのではないかと心配していた人物は呑気に知らない球技をしていた。
キャロとティアナが首を傾げる一方、エリオはというと。
「すごく、楽しそうですね!」
キラキラとした輝く目でスバルと局員Bの戦いを見ていた。
思えばエリオは出自の関係から友達というものがいなく、こういった遊びをあまりした事がない。
そのため馬鹿コンビとスバルのゲームがとても眩しく、面白そうに見えたのである。
「エリオも興味があるなら行ってくればいいのよ」
「え?」
「そうだよ、エリオ君。わたし達は先に帰ってるから」
どうやらティアナが心配するような厄介事はないようだ。
興味津津とガン見しているエリオの背を押してやるティアナとキャロ。
エリオは満面の笑みで返事をして駆け出そうとしたが、一歩進んだ所で立ち止まってしまう。
「で、でも…迷惑じゃないでしょうか?」
拒絶される、断れるかもしれないと恐れから足が鈍るエリオ。
どうにもエリオは引っ込み思案な所があるな、とティアナは思った。
スバルの能天気に足して2で割ったら、丁度いいかもしれない。
「いいから心配しないで行ってきなさい! 早く遊んで帰ってこないと、夕飯食べ損なうわよ!!」
「わ、わかりました! 行ってきます!」
ティアナの剣幕に思わず敬礼をしてしまうエリオ。
そしてタタタタッとスバルと馬鹿コンビの所へと駆けて行った。
「じゃ、私達は先にシャワー浴びにいこっか」
「はい! ティアナさんの背中を流させてもらっていいですか?」
「ん、それじゃお願いしようかしら」
お腹が空いたら帰ってくるでしょ。
ティアナはスバルを犬的な扱いで考え、キャロを引き連れ一足先に宿舎へと帰って行った。
「お疲れ様なのは。訓練のデータ纏め終わったのかな?」
「あっ、フェイトちゃん! うん、今終わったところ」
バインダーに纏めてある資料に目を通しながら歩くなのはへとフェイトが駆け寄ってくる。
フェイトはトレーニングウェアに身を包んでいるので、自己鍛練の直後だったのだろう。
黒のアンダーウェアは汗で濡れ、見る人が見れば前かがみになる事間違いなしの光景である。
「だったら私も仕事あと少しだし、今日は一緒にご飯食べられそうだね」
「はやてちゃんは?」
「はやては今日遅くなりそうって。「ヴォルケンリッターの皆と食べるから、気にせんといて」だって」
「そっか、残念だね」
二人は夕暮れになりかけの道を並んで歩く。
二人の影が地面に伸び、夕日がゆったりと二人を照らした。
共通の話題を話ながら自分たちの宿舎へと戻るために歩みを進める。
「エリオとキャロはどう? 訓練ちゃんとこなせてる?」
「フェイトちゃんは心配症だね。
これ見て。二人ともしっかり練習について来てる」
はいっとフェイトに持っていたバインダーを渡すなのは。
フェイトがバインダーに目を通すと、そこには詳細な訓練のデータが載っていた。
文章とはいえ、キャロやエリオが頑張っているのは手に取るようにわかる。
「うん…二人とも、ゆっくりだけど着実に伸びてる」
「今は基礎訓練で地盤を固めているからね。
二人とも、スバルやティアも凄いことになると思うんだ。
流石に今は基礎訓練でヘタヘタみたいだけど」
「そっか。じゃあ、今日は労わって―――「アメリアさん! こっち! こっちにパスを下さい!」―――え?」
言葉半ばに、フェイトとなのはは顔を見合わせる。
それもそうだろう。疲れ切っているはずの人間の、とても元気な声が聞こえたのだから。
なのはとフェイトは声が聞こえてきた方向に進路変更し、急いで向かう。
「エリオ! 後は任せた!」
「はい! いっけぇぇぇぇええええ!!!」
「くっくっく、ここは通さないぞ!」
「ふっふ~ん! 私達二人を抜けるかな―――って、消えた!? まさかソニックムーヴ!?」
そこで見た光景は2対2にわかれて楽しそうにゲームをするエリオとスバル、そして馬鹿コンビだった。
スバルと局員Bがエリオの前に立ちはだかるも、エリオがレアスキルを発動させて二人を抜き去る。
そして小さな体にも関わらず、エリオは見事にダンクシュートを決めた。
「ぐぬぬぬ! こうなったら、私もデバイス使うもんねー!」
「あー、どうするよアメリア?」
「僕達は当然ナシだよ。ここはテクニックで魅せてあげようじゃないか」
なんだかカオスと化してきたゲームを見ながら、なのははポツリと呟いた。
「な、なんだか無茶苦茶だけど楽しそうだな」
スバルがウィングロードを展開し、ボールをつきながらデバイスで滑走してゴールへと向かう。
局員Bがトラベリングだ―! と反則を指摘し、スバルがええー!? と驚いている隙にエリオがウィングロードへと駆けあがる。
しかしスバルがボールを取られる前に局員Aへとパスし、普通にシュートと打ってゴールを揺らした。
確かになのはの言うとおり、無茶苦茶だけど楽しそうである。
スバルとエリオは疲れも忘れて遊んでいるらしく、二人とも汗を流しながら満面の笑みだ。
なのはの顔も二人の笑顔に釣られ、笑顔になりそうだったが――――
「そっか…コガネイや交代部隊の人達は、なのはだけじゃなくてエリオまで取っていくんだね…」
「ふ、フェイトちゃん?」
横のフェイトの顔が目に入り、顔を引き攣らせた。
どこか遠くを眺めるフェイト。
無機質な瞳からは感情が読み取れず、表情に変化もなく無表情。
尋常ならぬフェイトが不気味で、なのははちょっとだけ距離を取った。
「そ、そういえば! 交代部隊の人達なのに、コガネイ君いないね?
ひさしぶりに時間が出来たから、模擬戦でもやろうと思ったのにな」
何か話題を逸らさないと。
なのははわざとらしくキョロキョロとあたりを見渡し、誰かを探す動作をする。
フフフ…とフェイトは虚ろに笑いながらなのはの疑問に答えてあげた。
「この時間、コガネイはシグナムと最近模擬戦やっているみたいだよ?
前に深夜にやって周囲に怒られてから、コガネイが睡眠時間削って訓練を申し込んでるってシグナムが言ってた」
普通この時間、交代部隊は睡眠時間に充てているはずなのである。
しかし彼等は前の勤務地が激務すぎるため、一日の睡眠時間は4時間でいいという体になってしまっていた。
そのため空いた時間をゲームにあてたり、このようにゲームをしたり、黒髪の局員のように戦闘訓練にあてたりしていたのだ。
「へ、へぇ? そうなんだ…」
平静を装いつつもなんだか納得いかない、となのはは思った。
コガネイが六課に配属されて以来、未だなのはとコガネイは模擬戦をやっていない。
新人を鍛えるなのはと新人の穴を埋める黒髪の局員ではシフトが合わないのである。
教え子なのだから、戦闘訓練がしたいのならば自分の所に来ればいいのに。
そうすれば以前からの経験からアドバイスとか出来るのに。
なのははシグナムと黒髪の局員が模擬戦をしていることを知り、漠然とした不満を感じた。
「フフフ…こうなったら、私も参戦して――――」
「ダメだって、フェイトちゃん。
あんなに楽しそうに遊んでいるんだから、私達が行ったら緊張しちゃうから」
「は、離して! 離してなのはーーー!!」
ずるずるとフェイトの首根っこを掴んで引っ張っていくなのは。
フェイトはうぅぅぅ!と唸りながらなのはに引っ張られ、残った仕事を纏めるために職場へと連れていかれた。
(ぅぅぅぅうう! これもあれも、全部コガネイのせいだーー!!)
内心でそう絶叫するフェイト。
日本の言葉でやつあたりと言う言葉を中学の時に学んだフェイトであった。
「―――――!?」ぞくぅっ
「む? どうした?」
「い、いや…急に寒気が」
フェイトが内心で雄叫びをあげている時と同時刻、模擬戦中の局員が背筋が凍るような錯覚を覚えたとか、覚えなかったとか。