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No.9676の一覧
[0] 肉体言語でお話しましょ?(異世界召喚系・ヤンデレ+)[鉄腕28衛門](2013/07/10 20:28)
[1] 2話[鉄腕28衛門](2013/07/10 21:06)
[2] 3話[鉄腕28衛門](2009/06/28 03:16)
[3] 4話 修正3[鉄腕28衛門](2009/07/20 22:13)
[4] 5話[鉄腕28衛門](2009/07/19 05:31)
[5] 6話 修正1[鉄腕28衛門](2010/01/04 17:35)
[6] 7話 修正2[鉄腕28衛門](2010/02/19 14:10)
[7] 8話 修正2[鉄腕28衛門](2010/04/04 18:15)
[8] 9話[鉄腕28衛門](2009/12/31 15:08)
[9] 10話 修正1[鉄腕28衛門](2010/02/19 14:11)
[10] 11話 修正2[鉄腕28衛門](2010/02/23 00:55)
[11] 12話[鉄腕28衛門](2010/03/30 18:38)
[12] 13話[鉄腕28衛門](2010/07/03 22:28)
[13] 14話[鉄腕28衛門](2010/08/21 19:40)
[14] 15話 都市名を書き忘れるデカイミスを修正[鉄腕28衛門](2011/02/06 18:35)
[15] 16話[鉄腕28衛門](2013/07/10 21:11)
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[9676] 16話
Name: 鉄腕28衛門◆9e4cac5f ID:c44f9f43 前を表示する
Date: 2013/07/10 21:11

 トウガはユナ達から離れゴードン一行に軽く挨拶をした後、新たな活動地域となるであろうケルエル・ベルネスの街並みを見渡していた。

 荷物を背負い巨大な手甲を腕に装着したままだが、それが特に珍しくもない程に様々な格好の人々が闊歩している。人の多さは賑やかさ、そして冒険者の飯の種になるトラブルの多さへと繋がっている事だろう。金を稼ぐのに好都合なうえ、依頼の多様性はトウガに様々なスリルと興奮を与えてくれるに違いなかった。

(エンジョイ&エキサイティング!……ってな)

 そんなことを考え、口の端を軽く吊り上げる彼に誰かが声を掛けてくる。

「ハァーイ、そこ行くお兄さん、今日の宿は決まったかしら。まだならウチにしちゃわない? ご飯だけでもいいし、味の良さは保証するわよぉ」

 あからさまに男の関心を惹くことを狙った服を身にまとう、それなりに整った容姿をしている女だ。人によっては扇情的とも下品とも取れる服装だが、トウガの目にはギリギリ前者の形で映っていた。まぁ明確に客引きだと分かる人物に、彼がそれ以上の感想を持つことは無かったのだが。

(……んー、釣られたみたいで嫌だけど、聞いておいた方が良いか)

 現在のトウガの目的は、当分の間活動の中心になるであろうこの都市での宿を探すことだ。ユナ達に手間を掛けさせないよう一人で動き出したトウガだが、当然この都市に関する知識は全く無い。なので彼は適当に当たりを付けてそれっぽい建物に入ったり、簡単な聞き込みを行ったりして宿をいくつか見付け、その中で良さそうなところを一つ選ぶつもりでいた。

 見知らぬ土地での足を使った行動は一筋縄ではいかない可能性もあったが、その程度は承知の上での考えである。

(ここで断っても損しかないよなぁ、いやしかし騙してるってパターンも……)

 今から面倒な宿探しを開始するつもりだったトウガにとって、宿の客引きは渡りに船とも言える出来事だった。当たりを付けて宿を探すといっても、その当たりの付け方すらこの世界全般に疎い彼には決して簡単なことではないのもまた事実なのだ。ならば客引きの紹介する宿をチェックして、可能ならば同じ職種の横の繋がりなどから他の宿の情報も入手するというのが、今のトウガにとってベストの選択なのではないだろうか。

 得か損か、わずかに頭の中で計算した後、彼は女に言葉を返した。

「その宿って掃除とか行き届いてます? 出来れば雑魚寝部屋とかじゃなくて、それなりに綺麗な個室とかがあると嬉しいんですけど」

「あら、もうバッチリ。ウチは一番安い部屋でもちゃんと従業員が掃除をしているの。とにかく安い部屋を、って声には応えづらいけど、その代わり宿全体の清潔さはこの都市でもピカ一なんだからぁ」

「はぁ」

 清潔さを売りにするには目の前の客引きの姿はどうにも胡散臭く思え、トウガは微妙な返事をする。もう少しパリッとした格好でもしていれば、話の説得力もずいぶん違っていただろうに。まぁ客引きが自分の所属する店のことを誇張して宣伝するのは当たり前の事だ。トウガもそれは重々承知していたので、女の話について現状では必要以上に追求するつもりは無かった。

「口での説明だけじゃ分からないものもあるわよね。さっ、とりあえず一緒に来て実際に見てってよ」

「ぇ、あーちょっと、無理に引っ張るのは……」

 いまいち気乗りしない声にこのままでは客を逃がすと思ったのか、客引きは彼の腕を取り宿に連れて行こうとする。

 強引に腕を引かれたのでトウガは彼女の行動に難色を示したが、内心では「この人んところに一度行ってみよう」という結論を出していたので、あえて振り払うようなことはしなかった。口では文句を言いながらも共に歩き出したトウガに女は微笑み、彼らは街の奥へと歩き出すのだった。





「一名様、ご案内~」

 客引きに案内されてやって来た宿、『猛る竹槍』亭はトウガが想像していたよりもずいぶんと立派な建物だった。大きな通りから少し離れたところに立っており立地は上々、内装や設備もパッと見た限りでは悪くないレベルで取り揃えられている。客引きの女が「ご飯だけでもいい」と言っていたように一階は食堂としても営業しているらしく、人の出入りはなかなか多いようでこの宿がそれなりに健全な営業をしている事もうかがえた。

 さらに、宿の主人に聞いてみるとここは冒険者ギルドにも加盟しているらしい。つまり冒険者への依頼の斡旋も行っているという事であり、ここなら以前泊まっていた『猫が寝込んだ』亭の時と同様に、良い仕事を逃さず手早く請けることが出来るというわけである。

 実際に泊まってみないと分からない点もあるだろうが、現状で判断する限り、この宿はトウガにとって意外なほど好条件が揃っていたのだった。

 彼はそのことに大いに驚きつつも、一発ツモに近いこの状況からどうするべきかを軽く思案する。

(……もうここでいい気がしてきた)

 とことん探せばもっと自分の要望に適った場所もあるかもしれないが、この宿を超える良条件となるとなかなか厳しいものがありそうだ。探す労力も無視出来ないし、そもそもそんな宿はないのかもしれない。

 それに家を買ったり、最初から長期にわたって借りるわけではないのだ。気に入らなければその時になってからここを出て、新たな宿泊場所を探しても構いやしない。

 初めて来た土地なのだから、多少の妥協は必要だろう。今、こうして目の前に存在している、それだけでも今日の寝床としての価値がある。

「よし」

 結論として、トウガはこの宿で部屋を取ることにした。店内を見渡した後、カウンターにいる店の主人と思わしき恰幅のいい人物に声を掛け、空き室があるかどうかの確認をする。

「ええ、ありますよ。どんな部屋をご希望で?」

「広さとかは特に気にしないんで、寝台だけでもしっかりと掃除された清潔な部屋をお願いします」

 男はトウガが思った通り、この宿の主人だったようだ。フムフムとうなずいた後、慣れた様子でカウンターの奥の部屋に声を掛け一人の幼い少女を呼び寄せる。

「我が宿はどの部屋も十分な清掃がされておりますので、お客様の希望に適う部屋ももちろんございます。こいつに案内をさせましょう」

 そう言うと店主はトウガの注文から考えたであろう部屋を少女に伝え、上の階へと繋がる階段を指差した。少女はうなずく事で返事をして、そのまま階段へと歩き出す。

「こっち」

 あまり感情の見えない平坦かつ簡潔な言葉で着いて来るようにトウガに告げる少女。客に対してやや無愛想に思えるかもしれない態度だが、この世界においてはそこまで珍しいものではない。現代日本より色々と乱雑なことが当たり前のこの世界で暮らし、こうした対応にも慣れたトウガは気を悪くする事も無く少女の後に続いた。

 一つ目の階段を上り切ると折り返し、二つ目の階段も上る。三階にまで来ると今度は廊下を歩き、一番奥の扉の前まで向かう。そして少女はポケットから鍵の束を取り出すと、その中から一つを選びそれを使い扉を開けた。

「ここ」

 少女が指し示す先はとても簡素な部屋だった。ベッド、椅子、小さな鍵付きの収納棚が一つずつ。部屋自体の広さも四畳あるかどうかといったところか。とは言えトウガの希望通り部屋はかなり綺麗に掃除されており、ホコリっぽさなどは全くない。備品の少なさのおかげか狭苦しさなどもあまり感じられず、くつろぐには十分な場所だと彼は思った。

「……うん、いい部屋じゃないの」

 需要を見極め金の掛け所を理解したうえで作られた、まさに「寝て起きて」に特化した部屋だった。トウガとしてはこの部屋にこれといって不満は無かったので、「もうこれにしよっかなー」などと思い始めていた。まぁ後は値段次第と言ったところだろうか。

 ブ厚い手甲をはめたままの指で顎をかき、しばし上を向いた後、軽くうなずいたトウガは少女の方へと振り向く。

「気に入った、この部屋に泊まる事にするよ」

「……そう」

「案内ありがとな。ほい、そんじゃこれ」

 懐から銀貨を数枚取り出したトウガはそれを少女に渡した。自分好みの部屋にあっさり出会えた事で気分が良くなり、その手伝いをしてくれた彼女にお駄賃感覚でチップを渡したのだ。

 少女はいくらか戸惑いを見せたが、それでも硬貨をしっかりと受け取りポケットに入れる。

「……ありがと」

 ここまでほとんど無表情のままだった少女の顔の変化、そして礼を言われたことに微笑ましくなり、トウガはその目を細めた。

 とりあえず部屋の見学を終えたので扉を閉めた後少女と共に一階に戻り、先程見せてもらった部屋に泊まる事を宿の主人に伝える。そしてそのままトウガが店主と宿泊費の相談に入ろうとするその横で、少女は自分の役目は果たしたとばかりにさっさとカウンターの奥の部屋へと戻っていってしまった。チップを渡したからといって、すぐに愛想が良くなるとかそういうことはないようだ。

 宿の主人としばし交渉(の真似事のような何か)を続け、その結果宿代は以前の『猫が寝込んだ』亭の時の四割り増しといったところになった。決して安くはないうえ、部屋そのものは狭くなっているぐらいなのだが、ベッドなど設備の質はこちらの方が高いので十分許容範囲と言える値だろう。

 金を払い部屋と収納棚の鍵を一つずつもらうと、トウガは改めて三階へ上がり自分が借りる事となった先程の部屋に向かった。部屋の前にまで行き、一度は自分で閉めた扉を再び開けようとドアノブを掴みながら、彼は思う。今日この時より、ここが自分の城となるのだ。





「くぅ~~っ」

 部屋に入るとトウガはすぐに背負っていた荷物や身に付けていた装備一式を収納棚に放り込み、借りたばかりの部屋のベッドに横になり大きな背伸びをしていた。

 ここ最近、彼の就寝スタイルは馬車の荷台か芝生の上で毛布に丸まりゴロ寝というのがほとんどだった。つまり、あまり寝心地が良くない日々が続いていたわけである。今こうしてちゃんとしたベッドを見てしまうと、そこにダイブしてしまうのも仕方が無いと言えるだろう。

 加えて言うとトウガは今日、この街に来るまでにモンスター達と愉快な一時を過ごす災難に見舞われていたので、少々疲労が体に溜まっていたのだ。ベッドが恋しかったなどと言わずとも、体が休息を求めているのも事実だったのである。

 ベッドの上に仰向けになったトウガは、搾り出すようにかすれた声を出す。

「あ゛~……やっとか」

 心理学用語にパーソナルスペースというものがある。他人に近付かれると不快に感じる個人の空間、つまり心理的な縄張りのことだ。ユナとレシャン、さらに途中から獣人一行を加えた馬車の旅では、トウガは自身のそれを満足に保つことが出来なかった。家族や親戚でもない者達との慣れない集団生活、自分だけのプライベートな空間がない日々は彼に少しずつではあれどストレスを与えていく。トウガの負担になるような事柄は積極的に排除するユナとそれを見守るレシャン、命の恩人ゆえ色々便宜を図ってくれる獣人達、皆トウガに協力的だったが、それでも彼は他者のいない「自分だけの空間」を欲していた。

 そして、今になり彼はようやく自分だけの場所、プライベートな空間を手に入れることに成功する。金を払い続ける限り、ここはトウガ専用の部屋となるのだ。ここなら周りを気遣う必要は無い。屁をこくなりゲップをするなり、外面を全く意識せず自らのバカな部分を吐き出しても構いやしない。

 まぁそんな事を実際にするかどうかはともかく、この「自分だけの空間」を持ったという事実はトウガの心を大いに満足させ、それは彼の精神的な疲れを回復させることにも繋がっていた。他者のいない部屋のベッドの上、目を閉じゆったりと過ぎる時間が己の心身を癒してくれるのを、トウガは静かに実感するのだった。

「……………………なんか食べよ」

 寝転がった当初はこのまま眠ってしまってもいいかな、という考えが頭を占めていた。だが程々に休息を取ると、段々大きくなってきた空腹が気になってしまい、彼は横になるのを一時中断し体を起こすと、一階の食堂に向かう為の準備を始めた。

 眠気の方が腹の減りよりもまだ大きかったのだが、このまま眠ると深夜など中途半端な時間に起きてしまい、ろくな食事にありつけなくなると思ったのだ。魔法の力を使った保冷棚なども一応あるとは言え技術レベルが現代日本と比べるとあまりにも低いこの世界、当然コンビニなんぞあるはずも無くいつでも美味しい物が食べられるわけもない。一般の人々が寝静まった時間帯での温かい食事となると、せいぜいが酒場で頼める軽食ぐらいなものだろう。しかし、来たばかりの街を深夜徘徊するというのは、トウガといえどご遠慮願いたいのが正直な気持ちだった。   

 ガチャリ

 ガチャ

 ギィ……バタン

 ガチャガチャ、ガチャリ

 収納棚、そして部屋の扉に鍵を掛けてから廊下に出て、そのまま一階へと歩き出すトウガ。階段を降りながら彼は今から何を食べるかを考え、それを口に出していた。

「汁物はいいか。やっぱがっつり肉を、あと野菜。それと……」

 静かな宿の階段にのん気な声が響き渡る。外からの雑音と自分の声しか聞こえない静かな空間、それに対し彼は最初これといった感想を持たなかったが、ふと考え事をやめて歩みを止めてみると何かがおかしい事に気が付いた。

(……静か過ぎる、二階三階はともかく一階はもっと喧騒があったはず)

 ほんの少し前、自分が一階にいた時は人の出入りや食事を取るざわめき等でもっと騒がしかったはずだ。そんな彼の思いとは裏腹に、階下からは不気味なほどに物音が聞こえてこなかった。一瞬賊でも押し入って来たのかとも思ったが、それならむしろもっと怒号などが聞こえてくるものだろう。嫌な発想だが、あっと言う間に皆殺しにされて声を上げる者が一人もいなくなったとか? ……さすがにそれはシチュエーション的にも時間的にも無理があり過ぎるか。

 色々な想像が脳裏に浮かぶが、それらを頭の隅に追いやったトウガは再び階段を歩き出すことにした。そして、一階の様子をうかがえる所まで来ると息を殺し、何があったのかを静かに観察し始める。

(あれ、別に何か起こってるわけじゃないのか。席には人が着いてるしウェイトレスだって歩き回ってる。けど……みんな何かに注目してる?)

 どうやら人の視線を集める何かが一階の食堂に存在するようだが、あいにくとそれはトウガのいる場所から確認することは出来なかった。

 とりあえず血が飛ぶような物騒な事態にはなっていなかったのでホッと一息。まぁそれでも珍しい何かがすぐそこにいるのは間違いないようだが、魔法やモンスターがひしめくこの世界にまだ完全に慣れ切ったわけではないトウガにしてみれば、「人目を引く何か」の一つや二つ、身近に存在していても別におかしくは無いのであった。「必要以上に身構える事も無いか」と自分なりの納得をした彼は、静かな食堂に普段と変わらない足取りでおもむいた。

「んで、みなさん何を見て……って、あれ、ユナ?」

「おぉ、トウガではないか。奇遇じゃのぅ」

 ノシノシと食堂に足を踏み入れた彼を、聞き覚えのある声が迎えた。華美というほどではないが鮮やかな色の服に身を包み、白く長い髪を後ろに流したトウガも良く見知った少女、ユナだ。服は上等な仕立てのようで、さらに丈の長いスカートには深いスリットが入っている。椅子に座りながら脚を組んでおり、薄い笑みを浮かべるそのさまはいつもの彼女とはやや違う印象をトウガに与えた。

 どうやらこの顔見知りが一階を黙らせていた原因らしい。彼は周りが注目する中、ユナの前の席に腰を下ろした。

「ユナも飯か? 馬車の方はいいのか?」

「ゴードン殿達の近くに場所を取ったんじゃよ、叔母上は自分一人でも問題は無いと言うとったわ」

「ああ、それなら大丈夫か」

「うむ。それで、叔母上と違い妾はこの街をよく知らんでの。何となく街並みを見たくなって、こうして食事も兼ねて出て来たというわけじゃ」

 なるほど、とトウガはユナの話に相づちを打った。服装が別れる前と違うことについては、長旅でろくにオシャレも出来なかった期間が長かったし、その反動だろうかと口には出さず推測する。

「……服、いいね」

「え?」

「似合ってると思う」

「そっ、そうか?」

 こういう場合、とりあえずでも褒めておくべきだと勘が告げていたので、トウガはそれに従いしょっぱいトーク技能を駆使して会話に称賛を組み込んでいた。まぁ言葉にやや適当感が漂っている気もするが、ユナの反応は悪くないみたいだし「似合ってる」と感じたこと自体嘘ではない。元気が有り余ってる状態なら股間が大いに反応し、それを隠すのに一苦労していた可能性も否定は出来ない。

 周りの目が彼女に釘付けだったのも恐らくはそこら辺が理由だろう。一見すると貴族の令嬢にすら見える少女が護衛なども付けず一人で大衆食堂に現れる。しかしその態度や物腰はしっかりとしており、おしとやかとは言えないような服を見事に着こなし年齢を不明瞭にする色香をも滲ませているとなれば、どう反応するかは人それぞれではあれど、思わず視線を向けてしまうのは当然とも言えた。

「もう注文はした?」

「ん、んん……ぃ、いや、まだじゃ。これから給仕を呼ぶつもりだったのでな。ほれ、お主もさっさと決めい」

「ぉ、サンキュ」

 人の視線を集めることは場合によっては気分を良くさせるが、食卓に着いているという状況では大多数の人はそれを嬉しく思いはしないだろう。トウガもその例外ではなく、彼は周りの視線のわずらわしさから逃れようと、メニューを凝視し食事やユナとの会話だけに意識を集中し始めた。





 並んでいた料理名の多くが知らないものだったのか、あるいは単にどれにするか迷っているだけなのか、渡されたメニューを手にトウガは眉を大きく曲げる。そんな彼のしかめっ面を眺めながら、ユナはわずかに乱れた呼吸を整えていた。

(全く、不意打ちとは卑怯じゃぞ、トウガめ。…………そうか、似合ってるか)

 トウガのちょっとした言葉で動悸が激しくなってしまう。客引きらしき女に釣られていった浮気者(?)を咎めるつもりでわざと冷えた薄い笑みを作っていたのに、それとは別物の嬉しさからくる本当の微笑みをつい出してしまった。好いた男が自分を褒めてくれる、こんな単純な出来事でこれ程あっさり仮面が壊れてしまうとは……。以前の呪いに囚われながらも冷静で理知的だった自身と比べて、呆れるような気持ちが出てきそうになるユナだったが、それでも彼女はこれが良くないことだと思ったりはしなかった。

 あぁ、やっぱり自分はこの人が好きなんだ。この人にも自分を好きになって欲しい。そうやって己の心を確認する事で、今を、明日を、未来をどうやって生きるかを、力強く決める事が出来る。それは、ハーフ・デーモンである自分が人間社会で生きていくうえで、困難に立ち向かう素晴らしい原動力となってくれるのだ。

 トウガとしてはそんな大層なモノをあげたつもりはないのだが、彼女にとってそれはとても重要なモノだった。そして貰ったモノがある以上、こちらからも何かプレゼントをするのが当然だろうとユナは考える。

(……大丈夫、妾の体ならイケる)

 サキュバス(淫魔)のようにそれに特化してはいなくとも、周りの反応を見る限り自分の体は男の劣情を刺激するには十分なはずだ。実際、これまでも何度かトウガが「そういう目」で自分を見たことがあるのを彼女は知っている。意識しなくても女の体に釣られてしまうのは男の性(さが)であり、トウガならむしろバッチコイなのだが、彼女は「そういうことは男の方から求めて欲しい」という女心を持っていた。焦らず急がず、今はプレゼントの質を上げる熟成の時なり。ユナは心の中でそう自分に言い聞かせるのだった。

(しかしのぅ……)

 今着ている派手目の服は、客引きの扇情的な衣装に負けないようわざわざ選んで着替えてきたものだ。これまでほとんど着たことが無いタイプの服だし、最低限下品にはならないようそれなりに気を使ったおかげか、トウガからの反応は上々だった。

 ただ、どうにもこの格好の自分は良からぬ目を引き過ぎるようだ。トウガならともかく、他の男に下劣な視線を向けられるなど虫酸が走るだけである。しかも、そんな自分の前に座ったトウガに対するネガティブな視線もいくらか感じられるではないか、なんと不届きな奴らであろうか。

 このようにユナの胸の内は穏やかではないわけだが、彼女の主観はともかく事情を知らない立場から見ると「なんであんな奴がこんな上玉と」などと思ってしまうのも仕方の無いことと言えただろう。可愛いとも美人とも称せる抜群の容姿と白く綺麗な髪、それが映える鮮やかな衣装を身にまとったユナは、少女ではあれど間違いなく「良い女」であった。

 それに比べて濁った灰色の短髪、濃い褐色の肌、地味なランニングシャツ、ボロいニッカボッカタイプのズボンと、トウガの見た目は「芋」という言葉が簡単に連想出来てしまうほど、上品とは掛け離れた有り様だった。鍛えているおかげでたくましさは有するものの、その分首が太く背があまり高くない事も有って、対面の女性のような優美さは欠片も持ち合わせてはいない。おまけに日系人らしい堀の浅く、若く見られがちな彼の顔に威厳は無く、珍しさは有れど強烈な存在感を放つといった事も無かった。

 せめてもの救いはその育ちゆえ、この世界の基準ではトウガはけっこうなきれい好きに分類され、見た目の割には不潔な印象を与えなかったことだろうか。ボロくはあれどしっかり洗濯された服などからも、彼が自身の身の周りに気を使っていることが見て取れる。とはいえそれは近くに寄ってこそ分かるものであり、はたから見た印象にはあまり貢献してくれないのが難点だった。

 まぁ要するにこの二人、嫉妬などを簡単に買ってしまうぐらいに見た目の釣り合いが取れていない組み合わせだったわけである。しかし、彼女にとってはそんな周囲の感想など迷惑以外の何物でもなかった。

 トウガの手を引いて外に出てしまおうか、そんな考えが一瞬ユナの頭に浮かんでくる。だが彼女はわずかに思案した後、あえてこの場に残る選択を取った。

(……この程度のことで文句を言ってどうする。飲み込み、受け流し、崩されない余裕を持ったレディーであらねば)

 ユナは自分の叔母のことを思い出す。芯が強く包容力のある女性は嫌な視線の一つや二つで揺らいだりしないものなのだ。

 それに、切っ掛けはちょっとした嫉妬からだったのに、気が付けばこうしてトウガと二人だけのディナーを迎えている現在があるではないか。思えば旅の間はこんな機会一度も得られはしなかった。しかも、今の自分はトウガも似合っていると言ってくれた服で着飾っている。

 周りの有象無象などは無視して、今は彼との有意義な時間をじっくりと楽しむべきであろう。

「そなたもそう思うじゃろ、トウガよ」

「ぇ、はい?」

 ――トウガと一緒に注文をして、向かい合って雑談をして、ともに食事をして、ちょっとだけ奮発したワインで喉を潤す。まるでデートの1シーンのようなこの日の晩餐は、ユナにとってとても素晴らしい記憶に残る一時となるのであった。









 ケルエル・ベルネスに来てから一週間ほどが過ぎようとしていた。知識ですらほとんど知らなかった街だけあって最初は馴染むのに難儀な点もいくつかあったのだが、今はそういった心配も大分なくなっていた。来て早々に寝床と仕事の請負い先を確保出来たことに加え、困った時に相談出来る人物が複数いたのが大きかったと思われる。以前住んでいたガディーグリンに初めてやってきた時などは、知り合いおらずも生活費の稼ぎ方も分からず、手探り状態で色々と困った記憶があるのを今でも思い出せる。あの時に比べれば、ここでの出だしなんてイージー過ぎるとはトウガの弁だ。

 そしてこの街での立ち位置、在り方を(一応)確立した彼は、日々生きるための仕事をこなす。ちょうど今も、そんな日銭を得るために請けた依頼を遂行している真っ最中なのであった。今回の依頼、額面通りならそこまで大したものでは無く、それなりの労力を代償にトウガの懐を潤してくれる、という程度の代物だったはずなのだが……。





 トウガに薙ぎ倒された山賊が数名ほど周囲に転がるなか、彼は険しい顔をしながらファイティングポーズを取っていた。その表情が示すものは怒り、いやそれとも……不快感だろうか?

 脇をしめ両腕を前面に立てたボクシングスタイルのトウガと相対するは、ブロードソードを構えた剣闘士風の男。彼は右手に持った剣をトウガの視点で右上から左下へと勢いよく振り下ろす。トウガはそれを右へのウィービングでかいくぐるようにかわし、同時にその姿勢のままの鋭い踏み込みで間合いを詰めた。トウガの俊敏な動きに驚愕した男は力任せに剣を真上に振り上げ、今度は自身の左前方で腰を曲げているトウガへと再度斬り付ける。だがその一撃は、あまりにもトウガの注文通り過ぎる攻撃だった。

(一見不安定なこの姿勢、攻撃したくなるだろ?)

 見慣れない者の眼には体勢を崩しているようにも映ることだろう。しかしこのトウガ、実際は重心移動さえしっかりすれば如何様にでも動ける状態であり、彼は先程とは逆の左にステップして斬撃を難無く避けると、一瞬だけ攻撃用の溜めを作る。そしてそのまま腰の回転により生み出した力で一回、二回と左のリバーブローの連打を相手に撃ち込んだ。

「ぎ、ぴっ」

 ガラ空きの右脇腹、肝臓へのダブルを喰らった男は激しい苦痛に襲われる。肝臓に対する衝撃は猛烈な痛みに繋がるが、それをよりにもよって手甲を装着したトウガの殺人パンチで行われたのだ。恐らく肋骨ごと潰され地獄の苦しみを味わっているのだろう。ゆえに敵の前だが息を詰まらせよろけてしまうのもしょうがない――が、トウガはそこで手を緩めることなく追撃を仕掛ける。

 鼻から大きく息を吸い込み両腕を真上に伸ばして固めた両拳をくっ付けると、わずかに噴出される鼻息とともに凶悪な鈍器と化したそれを、腰を曲げたことで水平になった敵の背中に一気に振り下ろす。まさに鉄槌、尋常極まりないダブルハンマーによって男は激しく地面に叩き付けられた。背中というものは人体の中でも高い耐久性を誇るとされる部位ではあるが、トウガの一撃はそんな事に全く影響されやしない。剣闘士風の男はうめき声を出す事も無く行動不能になってしまった。





「やりますねぇ。ここまで私達を追い詰めるとは……称賛に値しますよ」

 軽く呼吸を整えているトウガに横から男が声を掛けて来る。それなりにイケメンな優男、身なりも上品な旅人のようで軽く見ただけでは判断しづらいが、どうやらコイツも山賊の一人、倒すべき敵なのは間違いないようであった。

 しかし右手に細身のサーベルを持ってはいるが、それは親指と人差し指でプラプラとつまむように掴んでいるだけであり、まるでやる気が見られない。不意を突いてくることも無かったうえ、人間離れしたパワーを目にした恐れなどもないようだ。なんだコイツ、ナメてんのか? トウガがそう思ってしまうのも仕方のない話だったが、彼はそれを表には出さず優男に意識を強く向けた。目の前の人物が持っている剣に付着している血が、トウガに油断を許さなかったのだ。

「フフッ」

 突如、トウガの視界に光が走る。彼はとっさに頭をずらし光を避け、さらにバックステップで後ろに下がった。

「……ほ?」

 意識せず反射的に一連の動作を終えてから、ようやく彼は何があったのかを理解した。目の前の男が放った鋭い刺突を、危うく頭部に喰らい掛けたのだ。

 驚嘆すべきはその威力、わずかに避け損なったのか頬に赤い線が入っており、少量だが血が流れている。不死身ではないとはいえ、振るわれた斧を掌で受け止めたこともあるトウガの皮膚を切り裂くとは、恐るべき一刺しだ。警戒心を持っていて正解だったと言えるだろう。

「大層な体を持っているようですが、この魔双剣ファルコならばそんなことは関係ありません。それにしても今の一撃を避けるとは……フフフ、いいですね、そそりますよ」

 あえて馴れ馴れしい態度で相手に近付き、近距離から狙いすました必殺の一撃を見舞う。悪くない戦法だ。それにこの男、なかなかの技術を持っているうえに、魔法で強化された武器を装備しているらしい。なるほど、余裕の姿にはそれなりの理由があったということか。

(こいつは単なるバカやナルシストじゃない)

「力だけではなく技への理解もあるようだ。ならば、これはどうです?」

 優男は改めてトウガに向き直り、今度はサーベルをしっかりと握ったうえで突きつけてくる。さらにその状態から左手を腰の後ろに回し、今までトウガには見えなかったもう一本の剣を取り出した。

 それは右手の細身の剣に比べ短く太く、まるで大型のナイフのようであった。だが施された装飾は統一されており、元々セットで作られた二本一対の双剣であることが見て取れる。恐らく小剣の方は、主に防御や至近距離での攻防に活躍するのだろう。

(短い……厄介だな)

 さて、どうするか。トウガは構えを取った優男に対して迂闊に攻めるのは危険だと感じていた。自分が感じた限りでは細身の剣の殺傷力はかなりのものだ。そしてそれが魔法による強化から来ているのなら、同じ装飾の小剣にも同等の切れ味があると考えるのが自然だろう。自分よりもリーチのある相手だからといって下手に組み付きなど狙っても、逆にあの小剣によるカウンターで自分の首を絞める結果に成りかねない。

 まぁそれでも武器であり防具でもある両手のブ厚いガントレットならばさすがに切り裂かれたりしないだろうし、瞬発力など他の要素を考慮すれば不利と言うほどの状況ではないと思われる。大丈夫だ、俺は負けねぇ、俺なら負けねぇっ。己を鼓舞しながらトウガは全身の力を抜き、防御寄りのスタンスを取って敵を見据えた。

「いきますよぉ」

 軽く舌舐めずりした後、わざわざ宣言をした男は攻撃を開始する。

 右手のサーベルで眉間を狙った突き、さらに突いて、喉に横薙ぎ、二刀を使ってフェイントを入れてからの突き。

 それに対してトウガは後退しながら避けて、殴るように弾いて、クロスアームでガードして、大きなサイドステップで回避する。

 なんとか気合いでしのいではいるが、戦況はあまり良いとは言えないものになっていた。最初に頬を斬られたことで「喰らうわけにはいかない」という考えが頭にこびり付き、動きが防御一辺倒になってしまっていたのだ。攻撃に転じなければジリ貧だ、トウガもそんなことは分かっていたが、前述の考えに加え武器を使うわりに手数が多く、フェイントなども仕掛けて来る今までほとんど戦ったことが無いタイプの敵に対し、どうにも攻め入る切っ掛けが掴めない。

(強引にタックルからマウントを……いかんいかん、短絡思考は不味いって、せめてあの左手のヤツをどうにかしてから……ぉん?)

 二転三転するトウガの脳内会議。当然その最中でも戦闘は止まらない。攻める優男、守るトウガ、この流れはそう簡単に変わりそうも無かったが、その有利不利を示す天秤の傾きには変化が訪れようとしていた。

 どうやら最初の一撃のような力のこもった攻撃はともかく、軽い引っ掻く程度のモノではトウガの強化された皮膚には通用しないという事が分かってきたのだ。自慢するほど大した剣ではなかったのか、はたまたトウガの皮膚装甲がおかしいのかは分からないが、ともかくこれは好機である。彼は相手の連撃全てを捌くような重労働を止めて、致命となりそうな危険な攻撃だけを優先して防ぐことにした。

(……チャンスだ)

 先程までは極めて危険な殺人嵐の中にいると思っていた。だが実際は、その暴風全てを恐れる必要など無かったのだ。この事実を知ったことで、トウガの心には多少の余裕が生まれてくる。

 それに対して、優男の顔には焦りが見え始めていた。己の腕に一定の自負があり愛剣を手に自信満々で挑み、今も一方的に攻めているのは自分の方だ。それなのにろくなダメージを与えられない、さらに防戦一方のはずの敵は余裕の表情すら見せるようになってきている。何故こうなるっ、何故上手くいかないっ!?

 客観的に見て、あくまで冷静に対処するなら敗色濃厚などというような状況ではなかった。一時的にトウガに有利な面が見えて来たとは言え、優男の剣がトウガに通じる境目を見極め、そこでパワーと技術の配分を間違わず戦闘続行できたなら、戦況はどうとでもなったはずなのだ。だが彼は選択を誤った。山賊として生きる中で格下をいたぶることに慣れ、自分と同等以上の存在との戦い方を忘れてしまっていた彼は――剣士として既に死んでいた彼は、今の状況で冷静にいる事が出来なかったのだ。

 必要以上に力み、太刀筋がぶれる。それを修正しようとして、逆にぶれた太刀筋につられて全身のモーションがバラバラになる。上手く動かせない己の体に怒りを覚え、そのせいで攻めが雑になっている事に気が付かない。

 もはや彼の顔に初め見せたような不敵な笑みなどは全く見られなかった。ほんの些細な事から崩れ、あっという間に自壊していく目の前の男に、トウガは憐れみすら感じていた。だから終わらせよう、トウガはそう思いわずかにガードを下げ、頭部の守りをおろそかにしているように見せ掛ける。

 予想通り、敵はそれを怪しむこともなく「隙アリっ」と吼えながら渾身の一突きをくり出してきた。本人からすれば会心の一撃だったのかもしれない。だが最早それに鋭さは微塵も無く、見る影も無くなったその刺突を、トウガは頭を右に動かして事も無げに避けてみせた。

 ガシッ

「ふぎっ、ん、んなっ!?」

「アンタ強かったよ、本当に」

 そして、サーベルが伸び切って動きが止まった一瞬を狙い、彼は左手でその刀身をむんずと掴み取る。常人がそんなことをしたら剣を引かれ指が落ちてしまうのがオチだが、トウガの怪力があれば話は別だ。まるで万力を限界まで締め上げたかのようにサーベルは固定され、優男が力を入れてもピクリとも動かない。

「だけど、もう終わりだ」

 トウガは右の掌を固く握り締める。出来上がった拳は力の結晶、まさに金剛石。そんな凶器が備わった右腕をわずかに引いた後、彼はサーベルの根元に向けて必殺のショートフックをブッ放す。

 剣の平部分と手甲が激しくぶつかり、金属同士の接触にしては低く鈍い音が辺りに響いた。へし折るなどいった生易しいものではなく、激突部分を完全に粉砕するという圧倒的な破壊、誰が見ても修復は無理だと分かるほどの驚異的な一撃だった。

「ファッ!? ファ、ファ、ファファファ、わ、私のファルごぺ」

 優男の顔が驚愕に染まる。もちろんそんな隙が見逃されるはずも無く、短くなった刀身を投げ捨てたトウガはすかさずリードジャブを目の前の男の顔面に打ち込み、さらに伸ばした左腕を少しだけ戻してから、スナップをきかせた撫でるようなレフトショートアッパーを放つ。腕力だけで振るわれたそれはそこまで大きな威力を持っていなかったが、アゴの先端を弾くようにヒットさせたことで、目標の脳に致命的な衝撃を与えていた。

 脳震盪を起こし、男の膝がガクガクと揺れる。症状は軽度のようで昏倒こそしなかったが、自慢の武器の片方を壊されたうえ重大なダメージを負ったことで、優男は反撃もままならず立っているのがやっとの状態になってしまった。

「ぁぁああぁ、ぐぎいぃ……」

 だが極めて劣勢になっているにもかかわらず、彼は戦意を失っていなかった。口から出るのは言葉とは言えないような唸り声。ふらつく足取りで視線は定まっていない。左手に持っていた小剣も零れ落ちている。それでもこちらを睨みながら歩み寄って来ようとしている。

 敵ながら見事なり、とはいえ感心ばかりもしていられない。この強敵は迅速に、確実に倒さなければならないとトウガの直感が告げていた。だから彼は仕掛ける、とどめとなる大技を。

 まず左手で優男の頭を押さえ前屈みにし、下がった頭部を左腕で抱え込む。そして相手の左肩の下に自分の頭を潜り込ませてから、右手で相手のベルトをしっかりと掴む。これで技を掛けるための下準備は完了である。トウガはその状態で一度だけ深呼吸をした。そして呼吸を止めると、全身にパワーを走らせながらワンステップを踏み――

「っずァら!!!」

 ――自分の体を一気に後ろに反らせ、相手を背面へとブン投げた!

 人間二人が繋がり半円を描くその動き、あまりにもダイナミック。「投げる」と言っても手を離してはいないので勢いそのままに受身も取れず、硬い地面へと背中を激しく叩きつけられた優男のダメージは致命的なものとなった。衝撃時の音の迫力からも、それはよく分かることだろう。

 トウガが見せた技の名は高速ブレーンバスター、脳天砕きとも呼ばれる投げのバリエーションの一つである。本来なら組んだ後、相手を逆さまに持ち上げトーテム・ポールのような形になり、そこで一旦止まって一呼吸置いてから後ろに倒れ込むのだが、これはブリッジをするように一気に体を反らせる事で、抱えたままの時間を省いているという違いがあった。ダメージに繋がる高さが得難く、横から見た時に描く弧もノーマルバージョンより小さくなるかわりに、その全体動作の短さゆえに受け身を取られづらく技を返すことも難しいといったメリットが存在していた。まぁ今回の場合、技を掛けられた優男に抵抗する余裕などは欠片も残っていなかったと思われるが……。

 完全に余談だが背中を地に叩き付けるこの技がなぜ「ブレーン」バスターという名前なのかというと、元々これは相手を持ち上げた後、背中ではなく頭を真下に落とすといった危険極まりない投げだったからだ。それゆえ危険度を下げる改良がなされ、落とす部位が頭部から背中に変わったのだが、名称の方はそれでも変わることなく現在のブレーンバスターが出来たというわけである。





 豪快な技でまた一人敵を倒し、着実に勝利へと近付く。コンディションも悪くなく、余力もまだ十分に残っている。だが、トウガの顔に喜びの色は全く見えなかった。

 今はどういう状況なのか、そして何故こうなったのか。話は二日程前へとさかのぼる……。





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 二年半ぶりぐらいでしょうか、お久しぶりです。前の話の投稿日で何となく分かるかもしれませんが、例の震災で色々あって投稿出来るような状況じゃなくなってました。住んでる所は離れてるし直接の被害は無かったんで、マシと言えばマシなんですけどね。

 それで最近になって時間も気力もちょっとだけ出来たのでなんとなく続きを書いてみました。今更見苦しい、と思う方がいたら申し訳ありません。それと久々だったので書き方の変化、以前の設定を拾えていない点などもあるかもしれません、ご容赦を。

 あと作中でやや不自然に日が跳んでしまってます。読み直して自分でもちょっと違和感がある点なんですが、きっちり日数経過を描写するとこの話の特徴である格闘シーンが次話に回されるぐらい分量が増えてしまいそうだったので……うーん、どうしたらよかったんだか。


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