そろそろこの課に関する周囲のしがらみについても知っておかなければならんかなと思った俺は、端末でいろいろあさったり、グリフィス君や他のいろんなスタッフにいろいろ聞きながら情報集めてみた。
その結果わかったのは、この課にはあまりにもいろいろと敵が多いこと。
その中でも特に酷いのが地上なんですけど……。地上の部隊なのにね。中将敵に回してるとかぶっちゃけどうなの。
まあ設立理由からして陸に対して喧嘩のバーゲンセール実施中なわけで、このしがらみはある意味当然なんだろうけども……。
それでもゴリ押しできるあたりこっちの味方も相当なものとはいえるのだろう。
つーかこれ、俺がもし陸士だったら六課詰んでたんじゃね?
あんな引き抜き方して、中将さんが黙ってるとは思えないし、それこそその辺つっついて全力でつぶしに来るだろう。
……あ、でも俺が陸士だったら高町と会うこともなかったろうから、こんな無茶なイベントはあり得なかったわけか。
うーむ。そう考えると複雑だ。
そんなこと考えながら前日のように書類書いたり端末にそのデータを入力したりしてると、グリフィス君にちょっといいですかと話しかけられたので、なんでござるかと聞き返したらなんか微妙な表情をされた。
俺のおかしな言葉づかいは気にせんでくださいと言うととりあえず流してくれたので話の先を促す。
なにかあなた指名の任務が入っているのですがどうしましょうという質問だったので二つ返事でじゃあ行って参ると了承。
多分セイス隊長ん所からまわされた任務だろう。八神も仕事が早いなぁ。まあ、俺をここに転属させた手腕から分かっちゃいたことだが。
さて、サクサクと終わらせてきますかね。
とある世界で不法に魔法使って権力跳梁跋扈させてた山賊的魔導師どもを適当に捕まえて本局の担当の人に引き渡してから六課に戻り、任務終了の報告するために報告書作ってから部隊長室へと向かった。
で、
「なんということでしょう。部隊長室に入ると、八神部隊長がデスクで突っ伏して燃え尽きていました」
「……実況しなくてええから」
さいですか。
「と言うか何をしているんですか、そんなにだれたりして。隊長らしくしていないと、士気に関わると思いますが」
「ああ、うん、ごめんなさい。……それがやね」
自分で今し方操作していたらしい端末を指さしながらなんとも歯切れの悪い態度を見せる八神に眉根を寄せながら近付いて画面を見る。
そこに表示されていたのは例のネット掲示板のスレッドだった。
俺は八神から端末を掏ると、操作を変わって上から下まで画面をスクロールさせながら速読。
「……これは随分と」
俺を唸らせるほど見事でいい感じに火が着いてしまっていた。なかなかの飯うま状態。やり玉に挙げられた六課の連中の誹謗中傷。対象が八神だけではなくなっている。
どうやら俺のあれの件が見事に話のネタになったらしい。自称管理局員な連中が、優秀な人財もってってんじゃねーよ六課ぁ、とかまくし立ててる。
高町にフェイトさん、それからグリフィス君なんかもやり玉。グリフィス君普通に真面目な裏方家業でいい人なのになぁ、有名所だから仕方ないか……。
つーか何でこれ俺本人まで責められてんの? 化け物じみた六課の戦力に引き抜かれるには分不相応な実力の持ち主とか自分でも分かってるからわざわざ指摘すんな傷つく。
「まさか、ここまで凄いことになるなんて思わんかったんや……」
ちょっと泣きそうな表情でそう呟く八神。なんか俺の予想以上にこの誹謗中傷の嵐が堪えているらしい。
俺のイメージ的に八神とかこの程度のやっかみ「だからなんや」とか一言で切り捨てそうなイメージあったんだけど割と打たれ弱いな。
それともあれだろうか。大人の駆け引き的な嫌みの応酬に強いだけで、こういう人間の感情をダイレクトな形で伝える形式に弱いのだろうか。
どうやらそのような気もする。なんかこいつがいつも纏っている雰囲気とか、何となく世間知らずの箱入り臭するもんな。
やんごとなき身分の方々の嫌みは軽く流せるくらいに慣れていても、俗世の直接的な物言いには慣れていないようだ。
しかしまあ、このまま八神に潰れられて一緒に六課も潰れましたー、なんて展開は今更ゴメンなのでとりあえず適当にフォローしてみようと思う。
「そうですねえ。確かにこれはちょっと酷いですが……。しかしまあ、あまり気にしても始まりませんし。こういうことを思われているんだと、心の隅で思っておけばいいんじゃないですか」
「……誠吾くんは、これが当然の反応やと思う?」
「知りませんよそんなこと。ただ、そう言う風なことを書いた人間はいるっていうのだけは間違いありませんけどね」
「……? 書いた人がいるってことは、そう思った人もいるってことやろ?」
別にそういうわけでもないと思う、勝手な持論だけど、こういう場所での匿名の書き込みって本人特定しにくいので本音を気兼ねなく話せるものではあるけど、本人特定できないから逆に嘘ばっか書くってこともあると思うので、そのあたり注意が必要だよね。
「……結局どういうことなん?」
「思ってなくても掲示板の勢い煽るためにそう言うこと書き込む奴もいますから何でもかんでも信じるなってことです」
というか、
「ちょっといろいろと調べてみて思ったんですけど、このスレッドがここまで伸びてる理由って、多分あなたがこの課をたてた理由の方にもあると思うんですけどね」
「……え?」
「陸の小回りが利かないから……なんて陸の人々に正面から喧嘩売ったあなたが、ここでまたただでさえ人員不足な管理局で無茶な人事異動なんてさせたものだから相手に話のネタ与えたようなものでしょうよこれ。事態の帰結としては当然の結果だと思いますよ」
「け、喧嘩って……」
何その反応。そんなつもりなかったっての? いや、あれは完全に真っ向から陸の存在意義否定してたでしょ。
陸だって頑張ってると思う。だけど優秀な人は大体海に行ってしまって、人財不足が深刻なのはどうしたって解決のしどころが無い。
「そもそもですね、あなたが陸の小回りの利かなさを何とかしたいというのなら、まずはあっちの人員不足解消から始めないと話にならんでしょう。何度か仕事で陸に行ったことありますけど、現場に出られる人員が足りなさすぎですよあれ。そりゃ事件の初動だって遅れます」
「いや、けどやね、それを解消するとしてもまずは私が偉くならないといけないんよ。せやから私は────」
「だったら、今のこの誹謗中傷はその過程で生じた厄介事です。清濁飲み込んでこその上司なんですから、我慢してください」
「む……」
八神は納得いかない表情を浮かべながら口を噤んだ。
その様子が子供っぽくて、俺は心中苦笑した。
「それにしても、目的達成のために生ずる障害が面白いと思えないってところは、まだあなたも20に満たない女の子なんだと思い出させてくれるいい事象ですねー」
「え?」
「以前セイス隊長が言っていました。困難だからこそ、やり遂げた後にそれだけの実りある結果が付いてくるものだ、と。そしてその困難に立ち向かうことが、最高に面白いことなんだと」
だから お前がやる気を出すまで 鍛えるのを やめない。とか言い出して、特訓されまくったのも懐かしい思い出である。
「あなたがこの課をどのような目的でたてたかなんて知りませんけど────ただ、あなたほどの権力を持つ人が行動を起こすと、必ず他人に何かしら影響は出ます。俺みたいな路傍の石ころ的存在を無意識に踏みつけていることだってあるでしょうけど……」
自分の意志を踏みつけられた結果ここにいる身としては、ちょっと本気で思うことがある。
「そういう反感ばっかり買ってると、いい事無いと思いますよ。そのあたり、もう少しいろいろ工夫の余地ありですね」
少なくとも、もう俺の時のような軽挙は慎んでもらいたい。
そう願いながら、俺は深刻な表情で考え込む八神をおいて静かに部屋を辞した。
そしてオフィスの自分の机に戻って気付く。
「……あ、結局報告書だしてねえ」
……まあいいか、あとで。
今は放っておいてあげるのが、一番だと思うし。
介入結果その九 ティアナ・ランスターの追跡
訓練を終えてシャワーを浴びて、もう今日はやることもないからスバルに声掛けて帰ろうと思って────その時、ジャージ姿でこそこそと演習場へと向かうあいつを見つけた。
セイゴ・プレマシー。
あんまり不審な動きをしていたから何を始めるつもりなのかと心配になって後をつけると、あいつは演習場で普通に自主練を始めてしまった。
今朝私たちと一緒にしていた、地味な体力作り。
だけど地味な割には結構きつくて、なのにあいつはそれを軽々とこなしていた。
私がそれについて悔しそうにしていると、「積み重ねて来た年月を凌駕されたら立ち直れねーからそう言う顔やめて」と言っていた。
つまりあいつは、ああいう日々の積み重ねを欠かしていなかったと言うことなんだと思う。
そのことは、今目の前で繰り広げられている光景も証明していた。
私たちとしていた訓練とは、質も量もケタ違いの動作量。
それを見て私は、息を呑んでいた。
私や……あるいはスバルでも、あれだけ動けば一時的にかなり疲労してしまうはずだ。
なのにあいつは、少し息を乱して、それなりの量の汗をかいただけでそれをこなしてしまった。
一時間ほどそうして体を動かしてから、その上あいつはさらにデバイスを起動して、私があまり見たことのない型の刀剣を手に取り、何か喋りながらそれを振り回し始めた。
喋りかけている相手は、肩から提げたホルスターに収まっている銃。インテリジェントデバイス……なのかしら……?
それはともかく、あいつが剣を振り回すその姿はいつもとは表情まで違っていて、私は戸惑を隠せなかった。
これが本気のあいつの動き。
今の私では、すべてにおいて足元にも及んでいない。
普段にどれだけふざけていても、あいつがなのはさんたちに認められた存在なのだと今更のように再確認させられて、私は普段から胸の奥底にある焦燥を加速させていた。
2009年6月24日 投稿
2010年8月23日 改稿
2011年8月16日 再改稿
2013年6月2日 再々改稿
2015年3月15日 再々々改稿