自分の子供の頃の顔をした誰かが、映像の向こう側で好き勝手やっている。
その上そいつが口にする言葉の端々から、自分の浮かべそうな思想の影がちらつくとしたら、世の一般的な感性を持つ人々はどんな気持ちを抱くものなのだろうか。
そんな世間一般の正常な反応を知ることに意味がないなんてことは分かりきっているのだけれど、他に何をすることも出来ない今の状況では平静を保つために必要な一手段だった。
厄介なロストロギアに、厄介なパートナーと関わってしまったと、それが正直な感想だった。
どういった目的で作られた代物なのかは知らないが、悪趣味なのにもほどがある造りだ。
俺自身にあんな記憶はない。
俺があの年頃だった頃に、親父が常にボディーガードが必要な身分になっていたのは確かだ。
けれど、それを何とかするために発信機を体に埋め込んだ覚えも、あんなふうに自分を囮にした決死の行動をした覚えもない。
────だが、
まるで他人事とは思えなかったところが、このロストロギアの最大のネックなのではないだろうか。
きっと俺は、何か機会があればああした。
何かを掛け違えれば、ああいう行動に出た。
だから、つまり、そう、あれは多分、もう一人の自分。
俺の記憶を元に構成された、こうなる可能性の、"セイゴ・プレマシー"
だからこそ、きっとまずい。
俺自身ではない何かとはいえ、あそこまで精巧に構成された記憶の存在。
あいつの見せたあの姿。あれは、俺が高町に見せたくない何かだった。
見せれば同情を誘ってしまう、そういう類の不純物。
それに触れて、高町が何も思わないとは思わない。
そうなれば、事態はきっと俺の望まない方向へと進む。
内容なんて分かりはしないけれど、不本意な形に収束する未来だけは予測が出来た。
というか、既にあんなものを見られてしまった今、もう手遅れになってしまっている可能性だってあるのだけど。
だからといって、今の俺に何が出来たものだろうかと、ため息を吐く。
一歩間違えば自分がこの数年間ひた隠しにしてきた事実だってばれかねない。そんな瀬戸際だ。
だというのに、記憶を採られた側は、数十のバインドと、AMFと思われる魔力式妨害工作によって、全く身動きが取れなくされる。
要するに今の俺の状況な訳だが、そこまで徹底的に押さえ込んだ対象の脳みそを勝手にスキャンし、あまつさえおそらく割りとトラウマ的な記憶部位をわざわざ引っ張り出して仮想世界上で再現、それを一緒に空間内に取り込んだ連れ合い相手に体験させ、ある一定の条件を満たすことが出来たらミッションコンプリート。次のステージに進めるようになるようだ。
現に今、さっきまでロストロギアの構成した世界を体験していた高町が、唐突に真っ白な空間に放り出されて、目の前に突然浮かび上がった"mission complete..." の文字とにらめっこしていた。
次いで"congratulations!!"の文字が表示され、最後に"next stage ready...?"と表示されたその文字のすぐ右隣に、Yes/Noのタッチスイッチのようなものが出現している。
冗談ではない。
一体このイカレタ劇場ロストロギアに何ステージまであるのか知らないが、この調子でやられたらいつ都合の悪い記憶に当たるか分かったものじゃない。
何か聞かれたところで、あんなものロストロギアが見せるただの幻想だと言い訳すれば済む話なのかもしれないが、全ての話が嘘で構成されているわけでもないところが非常に鬱陶しい。
かと言って、今の俺に打てる手なんて驚くほど全くない。
いや、全くないとは言わないが、打ったところで高が知れてる手しか打てないのが分かりきっていた。
なにせ、高町が1ステージクリアしてる間に、バインドの一つも千切れやしない。
てか、このAMFも俺が対抗術式のチャンネル変える度に数秒で対応してくるから難易度高すぎて泣きそう。
ファントムが正常なら何とかなったのかもしれないが、あいにくとこの空間に来てからバリアジャケットは解除されるわ呼びかけても返答はないわでどうしようもない。
この空間では、デバイスの機能も大きく制限されるようだ。
映像の向こうの高町も、いつの間にかバリアジャケット姿が解除されている。
解せないのは、彼女のバリアジャケットが解除された後の姿が、制服ではなくてただの私服になっている点だが、どこかで見た覚えのある服なので、俺の記憶か彼女の記憶から再現されただけかもしれない。
「他の手……。────レアスキルは。使ってもなぁ」
基本的に全然お目見えの機会のない俺の固有のレアスキル。
こういう時のために有りそうな効果な気もしたが、正直ほとんど一発芸みたいなものなので、この状況だとバインド一個壊して終了する。
そしてその後はまともに身動きが取れなくなる。
「本当、使えねぇ……」
結局の所今の俺に出来ることなんて、精々次に高町が体験するこの劇場が俺の知られたくないあれこれに関係ないことを祈ることくらいなのであってまったく笑えない。
「……ああ、ユーノ君とか、助けに来てくれないかなぁ」
そんな超絶に儚い俺の願いは、高町がタッチスイッチをタップした音に上塗りされて消えた。
side:なのは
視界にはじけた突然の光に思わず目をつぶる。
まぶた越しに少しずつ光が弱まったことを感じておそるおそる目を開くと、視界に広がるのは瓦礫の山だった。
急激な景色の変わりように、、思わず絶句。
直前の純白とも、その前の日常的な病院の景色とも結びつかない、戦闘の残滓。
頭を切り替え、物陰に身を隠して警戒しながら辺りを見渡し、ここがどこかの建物の中の崩落した空間だと確認。
それから体に染み付いた癖のとおりに胸元のレイジングハートを握り締めてバリアジャケットを展開しようとして────そこに彼女が居ないことに気が付く。
すっ────と背筋に冷たいものが差し込む感覚。
混乱しそうになる気持ちを何とか押しとどめて、努めて冷静に彼女の名を呼ぶ。けれど、返答はない。
さっきの場面はそういう状況ではなかったし、彼女が気を利かせてくれていたと思っていたから今の今まで気が付いていなかったけれど────彼女が傍にいなかった。
とはいえ、それもありえる話だって、何とか自分の中で気持ちを押し込む。
ここは既に、ロストロギアの中だ。
もう既にせーくんと分断されているのに、レイジングハートと分断されるわけがないなんて、そんなのは都合のよすぎるお話だと思う。
だから、今のわたしにできるのは、出来る限り冷静に目の前の事態に当たること。
目の前の光景が、さっきわたしが空中に浮かぶエンタースイッチを押した結果なのだとしたら、ここはさっきの世界の続きっていうことになるはず。
だとしたら、ここには彼がいるはずだった。
先へと進む鍵は、その彼が握っているはずだ。
だから、探した。
レイジングハートがいないから、いつもよりも慎重に。
だから時間がかかってしまったけど、見つけた。
病院で会った時より、かなり成長したその姿。
瓦礫の影で、力なく壁に寄りかかる、バリアジャケット姿の傷だらけの彼を。
「────ッ!! せーくんっ!」
「────は?」
思わず駆け寄って、彼の肩に手をかけた。
傷の具合を確認しようとして手を伸ばすと、その手を彼に掴まれた。
「……随分と、懐かしい顔だね」
そう呟いた彼が、俯けていた顔を上げた。
そうしてわたしを見つめた瞳と向き合って────
「────」
わたしを見つめるあまりにも冷たい視線に、思わず目を見張った。
昏くて、冷たくて、空虚な瞳。
わたしの知る彼が、今までどんなときにも浮かべたことのない、悲しい瞳。
「本当に、懐かしいね。あれから5年は経つって言うのに、あの時とまるで見た目が同じだ」
「え、あ、そ、そうかな?」
どうやらここは、あの病院での出会いからかなりの時間が経った場面のようだった。
少なくとも、彼の成長が一目で分かるくらいには。
そして、わたしの見た目だって、少しは変わっていないとおかしいくらいには。
「そ、それは今はどうでもいいよ! 今はキミの手当てを……」
「必要、ないよ。傷ならもう、塞いである」
「でも、こんなに血が……」
「────止めるまでに、少し時間がかかったからね」
服が汚れてかなわない。と、彼は鼻を鳴らした。
それからわたしの全身を見回して、押し殺すようにくつくつと笑った
「その服、管理局の局員服だね。しかも空隊の、一尉の隊章まで付いてる。エリートさんだ」
「……?」
「どうしてこんな場所でバリアジャケットを展開しないのかは知らないけれど。────少し、残念」
「────え? ────っ!」
彼の手元の動作を察知して、寸前で飛び退る。
さっきまでわたしの首があった場所を、彼の手元の銃型デバイスの銃口から伸びた魔力刃が通過したのを見た。
────攻撃、された!?
一瞬で湧き上がる警戒感。身構えて彼のほうへと視線を向けると、そこにあったのはさっきまでと変わらない冷たい瞳。
その瞳でこちらを見つめながら、彼は無感動な声音で口を開く。
「それは、僕の敵の着る服だ」
「────な、にを?」
「何を? 白々しいな、おねーさん」
そう呟いた彼は、右手に握っていたデバイスを取り落とした。
彼の手元を離れたデバイスは、魔力刃を消失させながら床にぶつかり、彼の手では届かない場所までからからと転がった。
「……もう、限界か」
「限界? 限界って……」
「……血は、止めた。けど、流石に体が言うことをきかないね」
「────っ!」
ぞくり……って、背筋に悪寒がはしった。
彼に駆け寄って、その体に触れる。
彼の口にした、"敵"って言葉も、彼が武器を隠し持ってるかなんてことも関係ない。
そんなことより、大事な事があった。
「────」
彼のバリアジャケットのコートの前を開かせる。
コートに下にあるボロボロに裂けたインナー。そこから覗く、本当に血を止めただけの生々しい傷口。
そして、それ以外にも目に映る、塞がりきっていない夥しい数の傷。
「な、んで……っ。どうして、こんな────」
「……なに、その顔」
「なに、じゃないよ……」
「なに、だよ。あなたと僕は、敵なんだ。なのに、そんな顔をする意味が分からない。犯罪者が勝手に他の犯罪者と潰しあって死に掛けてたところで、あなたが心を砕くことはない」
「て、き……?」
「あなたたち時空管理局員の仕事は、僕みたいな次元犯罪者を逮捕すること。……ならあなたはやっぱり、僕の敵でしょう」
「次元犯罪者……? どうして、キミが────!?」
「……どうして?」
彼は眉根を寄せた。
「動機は、結構声高に言い触らしていたような気がするんだけど。やっぱりいろいろ都合が悪いのかな、それが伝わっていないっていうことは」
「どういう、意味?」
「父さんが死んだ」
あまりにもあっさりと、彼はそれを口にした。
それがあまりに気軽過ぎて、言われた内容とのあまりのギャップに思わず自分の耳を疑ってしまう。
「死んだというか、殺されたんだ。だから、その復讐。……もう、ほとんど終わっちゃったけどね」
どの傷も、そのせいでついたものだよ。と、彼は失笑した。
────満身創痍。
そんな言葉が、何よりもこの場の彼を表す言葉だった。
彼がここに来るまでに積み上げてきていたはずの全て。
その全てに対しての、目の前の彼の状況。
「父さんは、僕のせいで死んだんだ」
そんな疲れきった彼の口をついて出た、その言葉。
そこにはまるで、別の誰かの口から聞いたみたいな空々しさを感じた。
どれほど悩み続けて、擦り減らし続けて、悲しみ続けたら、こんなにも寂しい声に────それに、瞳になってしまうのかなって、今にも泣き出しそうな彼の瞳を見ながら、わたしの方まで泣いてしまいそうだった。
「あなたと別れたあの後も、僕は性懲りもなくあの"釣り"を繰り返してた。……だからきっと、油断してた。"釣り"自体は何度も繰り返していて慣れたものだったし、成果だって負っていたリスク相応には出してた。だから、油断した。あの日、僕は死に掛かって、父さんはそんな僕を庇って、……死んだ」
それは、血を吐くみたいな独白だった。
苦しくて、辛そうで、ありとあらゆる痛みをこらえるような表情でこぼされる、その独白。
「本当に、本末転倒ってやつだよ。僕は、こんな僕のことを大事にしてくれていた父さんを、なんとしてでも守りたかった。だからあんなことをしていたのに、そのせいで父さんが死んだ。なのにその後も、僕もあの殺人犯どもも、のうのうと生き残ってる。だから僕は、"そう"することにした。もうそれしか残っていなかったから、決断にもそれほど時間はかからなかった」
止めるような人も、一人も居なかったしねと、彼は自嘲を浮かべた。
胸が、酷く締め付けられた。
「でも……っ、復讐なんて、そんな────」
「間違ってるって、言いたいの? ああ、でもそれなら、そうだね。単純に聞いておきたいんだけど」
彼の声に、嫌悪感は欠片もなかった。
変わりにそこにあったのは、疑問。
「間違っていたら、正さないといけないの?」
わたしの呼吸を止めてしまうほどの、純粋な疑問。
混ざり気を全く感じさせない、純粋な疑問。
「でも正さなくちゃいけないとしても、もう父さんを殺したやつらは正されないよ? みんな死んじゃったから。でも、あいつら間違ってるよね? なのに、正されなくてもいいの? 大体、あいつらは別に自分の罪を悔やんで死んだわけでもない。父さんに仕掛けたような仕打ちを他の人にも仕掛けていて、その恨みで殺されて死んだだけだ。僕が今死に掛けてるのは、その相手方と復讐の権利を取り合って負けたから」
「せ、誠吾く……」
「そもそも、正すってどういうこと? 吐いた唾は飲み込めないし。零れた水は盆には返らない。もう既に起きて、終わってしまったことに対して、何をどうすれば正した事になるの?」
論点がずれてる。そんな考えが頭を過ぎって、だけど何かを口にする事が出来ない。
自分が、完全に目の前の少年の雰囲気に呑まれてるのが分かった。
そんなわたしに構わず、分からないなら、聞き方を変えるよ。て、そう呟いて、彼はわたしの目を真っ直ぐに見つめた。
「仮に父さんを殺した犯人達がその罪を悔やんだとして、そいつらに何が出来たの? 何か出来るって言うなら、それを示して見せてよ。出来ないんだったら、僕のやり方に文句を言わないでくれないかな?」
「……言わないなんて、出来ないよ」
そんな風に無関心なことを、少なくとも目の前の彼にだけは出来ないって、そう思う。
わたしとの関わりがほとんどない目の前の彼には、分かってもらえない気持ちだとは思うけど。
「……まあ結局、仇は目の前で別の復讐野郎に横取りされちゃったから、何を出来たって訳でもないんだけど」
「そう、なの?」
「そうです。だから、僕の復讐はあと少し」
「────え?」
もう、終わったんじゃないかって、そんな疑問が思わず態度に出てしまう。
彼はそんなわたしの様子を一瞥して、ふっと力なく笑った。
「もしかして、もう終わりだと思った? 確かにほとんど終わりだよ。復讐を誓って飛び出したくせに、結局、仇を直接打つことは出来なかったけど。まあ、形は別になんだっていいんだ。父さんを不幸にしたあいつらも不幸になった、その事実さえあってくれれば。……でも、まだ肝心要の復讐相手が残ってる」
「肝心かなめ……? でも、ジェ────…あなたのお父さんを死に至らしめた人たちは、もう……」
「そう。実行犯も、その黒幕も、みんなまとめて死んじゃった。だからあとは────」
────僕が、残ってるでしょ?
そう言って彼は、濁った瞳を笑みで細めた。
2016年5月6日投稿