介入結果その三十四 高町なのはの微変
夢を見た。
それは、今までの任務で見てきた凄惨な光景や、助けられなかった人の叫びや、その遺族の人たちが涙を流す姿や、つい先日のような、大切な人が事切れる瞬間を映し出すみたいな、悲しくて切ないものじゃない。
けれどある意味では、そういう夢と同じくらいに、けれど別の意味で私自身に衝撃を与えた夢。
────キスをする夢。だった。
細かいシチュエーションも、そうなった経緯も全く思いだせない。
けれど、相手が誰だったのかだけは、おぼろげながらに思い出すことのできる夢。
顔が真っ赤になるのを止められない。
身を起したベッドの上で頬に手を当てると、ほんのりと熱を持っているようにも思えた。
「はうぅ……っ。わ、わたし、ゆめ……っ」
声に出して、また恥ずかしくなった。
こんな夢を見たのは、多分、昨夜部屋に戻ってから、気分転換にと思ってフェイトちゃんとヴィヴィオと一緒に見た、割とソフトなラブロマンスを描いたドラマに、『あんなシーン』があったことと(危険な雰囲気をフェイトちゃんと一緒に直前で察知してヴィヴィオの目はちゃんと塞いだ)。
今この瞬間も、パジャマの上からカーディガンみたいに羽織っている、彼に借りたままのあの時のYシャツが原因なのかな……?
最初に借りた時には、早く洗濯をして返そうと思っていたそのYシャツだったけど、風邪をひいたり悩んでいたりといろいろあって、ちゃんと自分で洗濯して返そうと思っていたから、そのタイミングを逃してしまっていて。
だからどうっていうわけじゃないけど、その……。
……最近、悩むことが多くて。
その悩みごとは、誰かに相談して解決するようなことじゃなくて。
自分で考えて、答えを見つけなきゃいけないことなのだけれど。
ただ、そういうことで不安なのが嫌だっていうのは、私だって思うことだから。
夜寝るときに、そういう不安のせいで寝入れなくなっていたりする、ここ何日かの私。
だから、暇を見つけては不安を打ち消したくて、誰かとお話をするようにしていた。
現実逃避をする気はないけど、暗い気持ちでする考え事は、いい結果には繋がらないって思うから。
昨日、休憩所で煙草を吸う彼に偶然会ったのも、その一環だった。
彼は昨日も相変わらず、お話の内容はめちゃくちゃだったけれど、私を元気にしてくれた。
夜にも彼とお話をしようと思ったのだけど、休憩所での去り際に念押しみたいな宣言をしたせいか通信は彼に繋がらず、部屋を訪ねても留守で、同室のエリオにも行き先は知らないと言われた。
本当に露骨に私を避ける人だなって、苦笑い。
その気分転換にってテレビをまわしていた時に見たのが、あのドラマ。
それを見て、ヴィヴィオが眠気でぐずりだしたから寝ることにして。
隣にヴィヴィオがいて、その向こうにフェイトちゃんがいて、そんな恵まれた状況で横になれるわけだから、それ以上贅沢なんて言えないけど。
そ、その、も、もうちょっとだけでも、不安な気持ちと相殺できる何かがあれば、なんて思って……。
部屋の隅に畳んで置いてあった、私にはぶかぶかなそのYシャツを、魔が差したみたいに羽織ってベッドに入った。
不思議そうに首を傾げて、「そのYシャツは?」って聞いてくるフェイトちゃんに、ちょっと気分転換だよって曖昧に笑って誤魔化して。
フェイトちゃんが不思議そうに可愛く首を傾げて、寝転がった私に抱きついてきたヴィヴィオが、Yシャツに顔をうずめながら、「うー?」って何かに気付きそうな表情を浮かべていて。
Yシャツを着たことがきっかけになったのか、ここ最近の彼が私に向けてくれた気遣いを思い出して、不安な気持ちが薄れて、いつもよりは早く寝入ることが出来たのは望み通りだったけれど。
でも、こんな突拍子も無いことになるのなら、やらなければ良かったって、少し後悔。
……だけど。
いくらいろいろなことが重なった結果だからって、あんな夢を見るなんて。
確かに昔、彼と仲良くなっていくにつれて、そんな想像をしたことが全く無かったってわけじゃないけど。
ここ数年はどうしてか、そんな事を考えることなんて、無かったのに……。
「……うー」
熱くなる頬を両手で擦って気分を紛らわせながら、恥ずかしさを誤魔化すために唸る。
こんな夢を見ちゃったら、恥ずかしくてしばらくは彼の顔、まともに見れないよぅ……。
それになんだか、昨日彼とのお話の最中にはやてちゃんに言われた、あのからかい混じりの言葉も思い出してしまう。
愛も、恋も、私にはいまだによく分からないのに……。
と、とにかく。
今日は、合わせる顔が無いから。極力彼に会わないように、気をつけよう。
それはちょっと、寂しいけど。
明日からはいつもの通りに戻れるように、気持ちを整理しよう。
なんて、そんな事を考えながらベッドの上で恥ずかしさに悶えていたら、私の異変に気付いたフェイトちゃんがむくりと身を起こして、寝ぼけ眼で真っ赤になっているはずの私の顔を見て、目を瞠った。
「な、なのはっ、顔真っ赤だよ! 大丈夫!?」
「……んー。……ママ、おかおまっかなのー?」
「え……と……」
……とりあえず。
様子が完全におかしい私を本当に心配してくれているフェイトちゃんと、この騒ぎで目が覚めて、眠そうに眼を擦りながら抱きついてくるヴィヴィオ達をどう誤魔化すかから考えようかな。……うん。
書類の締め切りとアルトの追及の手によって追い詰められた俺は、今後昼休みだろうとどうだろうとプライベート回線を開ける時には細心の注意を払うことを愛と勇気の神様に誓うことを決めた。あとでヴィヴィオからアンパン顔のぬいぐるみを借りようと思う。部屋にあったと思うから。
しかしどうせこんな俺の決意とは関係ない部分で噂話の連鎖は実を結んでいくのだと思うのでマジでもう今更感漂うよねと思う。気をつけるべき選択肢はとっくに通過をし終えているわけなのだから。
ただ今後に似たような失敗をもう一度犯したいと思えるほどに俺はMではないので、教訓はしっかり心に刻んでおくのは仕方ないねと閑話休題。
それにしても、アルトのあの見事なまでの野次馬根性には敬意を評していいんじゃないかという気さえした。
さっきの追及中にもう数年くらいはまともに顔を合わせていないマスコミ関係者の幼馴染のことを思い出したくらいだったので、あとでアルトのデスクに幼馴染の名刺と転職用の求人票を置いとこうと思う。無論マスコミの。
とかあの子への嫌がらせの手法についていくつか試案を巡らせながら、別口で今日中に処理しなくてはいけない書類に必要なデータをかき集めてたらまた端末に通信が入ったので即応したらプライベート用だったから自分の学習能力の無さに絶望した。
良く良く考えたら一度の失敗で得た教訓を毎度毎度活かせていたならば俺ってもっとうまいこと人生過ごせてるはずだよねとか思いながら、しかしそこまでうまいこと立ち回って生きてきた覚えが無いと言うことは俺ってそういう学習能力が見事なまでに欠陥的なんじゃないかって落ち込んだ。
いや、時々は教訓活かしてる覚えもあるんだけどさ。人間関係における状況の悪化のほとんどが大体似たようなミスが原因だった覚えがあるのも事実。
そんな感じで、ああ、こんな風に教訓を生かそうと思っても実行に移せないようなのがたっくさんいるから世界から戦いが無くならないのかー。とか自分の駄目さ加減をワールド単位に広げて己がクソッタレさ加減から目を逸らそうとしてたら繋がった通信の向こう側の相手が挨拶してきた。
『こ、こここここんにちはっ! お、お久しぶりですっ!』
滅茶苦茶どもりながら挨拶してくるその少女に見覚えのあった俺は、現実逃避の考察から意識がそちらへと向き────
いろんな意味で血の気が引いた。
そして、お、おー、チビポじゃねーか。ちょっと前ぶりだなーとか言いながら、仕事用のものでなくてこっちの端末にかけてきたってことは個人的な要件ですよねって感じの考察をしつつ、「チビポじゃないですっ」といつも通りに呼び名の訂正をしてくるチビポの言葉を聞き流しながら、そんならアルト的な方に聞かれたらまた面倒なことになりそうですねって結論に達したあたりで即座に席を立って全力ダッシュでオフィスを後にした。
グリフィスくんが目を丸くしてて、アルトが昼休みの時と同じような目で俺を見ていたのが確認できたが、グリフィスくんの方にだけ心中ごめんなさいと謝罪を入れて全力ダッシュ続行。
廊下で数人の誰かとすれ違ったりしながらそのまま人気の少ない場所まで走り続け、こないだスバルを呼び出した隊舎の裏のあたりに辿りつくとふぅと息を吐いてその場に座り込んだ。
反射的にオフィスで通信に応じてしまったのまでは仕方ないとしても、それ以降にオフィスで話し続けるような愚までは犯したく無かった故の判断だった。
しかしそんな事は端末の向こうの少女には全くもって関係なんて無いわけで、端末手に持ちながら全力で腕振って走ってたせいで映ってる端末の映像が乱れただろう向こう側の少女は、目を丸くしてキョトンと呆けていた。
「すまん。こっちの事情で場所変えた」
『あ、そ、それは別にいいんですけどっ。えっと、そのっ、やっぱりこんな時間にご迷惑だったでしょうかっ?」
「いや、まあ、別にご迷惑ってほどじゃないけど」
ごめんなさいごめんなさいと謝ってくるチビポニテを見て、タイミングが悪かったかなーくらいには思う。もしくはうちの親父が悪かったなー。的な。もうちょっと早かったら対応も違っていたのだろうし。
一心不乱に謝っているチビポニテに、俺はそんなに気にしなくてもいいってと苦笑しながら言う。
んでまあ。さっきからチビポニテチビポニテ言ってるわけだが、別にこの子の名前がチビ・ポニテなわけじゃない。
ただ単に外見的特徴から俺が勝手につけたあだ名で、ちなみにチビの部分には身体的小ささとポニテ的小ささの両方の意味が入っている。
ちなみに普段はチビポと呼ぶ。ところで俺が『チビ』に『ポ』をしているわけでは断じてないのでそこは認識に留意して頂きたい。
本名は確か、ミナト・パケット。
150㎝弱の身長と、肩にかかるくらいの長さの髪を後ろで括ってるせいで、一般的な房よりは随分と小さくなっているポニーテール。
顔つきはかなり整っているし、真剣な時の表情は女性っぽさも見え始めていてかなり魅力的だとは思うが、身長のせいか少し小動物的な印象を覚える感じで、感覚的にはキャロ嬢をあのままの純粋さでちょっと成長させたら印象が似た感じになるんじゃね? って感じ。
そのせいで最初に新人との顔合わせで見たときは実年齢の15歳より二つくらい若く見えたものだから、若いの混じってんなー、優秀なのかなーとか思った覚えがある。
ちなみにこんなでも胸はでかい。と、この子と同期のおっさん的女子が言ってた。着痩せするタイプらしいのだが、俺は写輪眼も白眼も持ってないので知るわけが無い。
「しかしまあ、さっきも言ったけど最近は本当にご無沙汰だったな」
『あ、はいっ。最近は私も、ようやく自分の力で仕事に臨めるようになって来ているのでっ』
あまり連絡するのも、セイゴさんにご迷惑かなと思ったものですからっ。とか言ってきたので、こっち来てから俺に使い始めたこの子のこの妙にハキハキした敬語も最近ようやく違和感薄くなってきたなーとか思いながら、別にそれで罪滅ぼしが出来るならかまやしなかったんだけどなと思った。
セイス隊長の所では基本的に、新人数人に担当一人つけて仕事の指導とかするやり方を採っていたのだが、俺が急に抜けたせいで俺の受け持ってた新人三人に担当指導員がいなくなるという事態に陥った。
新人関係だけでなく、別の仕事の関係でも俺の抜けた穴を埋めるのに周りが忙しくなってしまって、代わりにあいつらにあてがえるような暇な人員が一人もいなかったものだから、他の新人担当の間でたらい回しにされてしまっていたため、こっちに来てからもこの子他二名にはほとんど毎日メールか通信か、何かの形で相談を受けていた。
そりゃそうだ。ただでさえ新人の相手をしなきゃいけないから自分の仕事が進まないのに、そこに更に新人たちが間に合いそうも無い仕事を折を見つつ引き受けて徹夜で片付けるような日々を送っていたのだ。
例え俺一人だろうが、抜ければ回らなくなるのなんて分かりきっていた。
けど、そんなのは俺達中間管理職陣の都合なのであって、そんなものに振り回されることになったこの子たちには本当に申し訳なく思った。
「あん時は、済まなかったなぁ。お前らの事まで放りだす形になっちまって」
『え、いえっ。少なくとも私はちゃんとセイゴさんにいっぱい教えてもらいましたから、大丈夫ですっ』
手をパタパタ振りながら否定する彼女に、そんなことねーと思うけどなーとか思いながら、そう言えばと言う感じで思い出したので聞いてみた。
「他の二人とか、事務統括のミヤビとか、元気にしてる?」
他の二人はこの子よりも早くに俺に連絡しなくなっていたし、ここで言うグリフィスくんみたいな立ち位置にいた俺と同い年のあいつ(男)は、そもそもよっぽど俺頼りになっていた案件以外は自分でどうにかしちゃうような奴だからもう随分と前から連絡を取っていない。
『あ、はいっ! セイゴさんが突如抜けてからの毎日はオフィスの皆さんてんてこ舞いでしたけどっ、最近は私たち新人組もなんとか皆さんを補佐出来るようになってきているので、目の下の隈が薄くなりつつあります!』
「……いや、なんかもうホント申し訳ない」
本当、あいつには多大なる迷惑をかけてしまっていると言うのに、あいつ自身は、俺が抜けた穴なんて大したことはないと気を遣ってくれていた。
「もし大したことあったとしたら、お前に頼りすぎていた自分たちの責任だから、いいよ」
とか言ってたけど、そう言う問題じゃないと思う。
ちょくちょくあいつに相談受けて、いろいろと話をしたりもしたけれど、ロクな準備期間も無く俺が穴を開けたのは、その程度じゃ補いきれないくらいに大変だったろう。
なにせ、あの頃から通信越しのあいつの目の下には、分厚い隈が出来上がってしまっていたんだから。
『あっ、べ、別にいいって皆さん言ってましたっ。確かにセイゴさんが油断して不安材料を放っておいたのがいけないわけですけど、そういうドジな所は准尉含めて隊員一同もう諦めてるのでって』
「いつも思ってたけど、お前は本当……。ナチュラルに人の心を……」
??と言う感じに首を傾げるチビポニテ。
その仕草がまた小動物的で、こいつのまわりの連中が微妙に熱を上げていたのも何となく分かる気がした。
ちっさくて、整った顔をしていて、何事にも一生懸命なのはいいのだが、一日一ミスを家訓にしているんじゃないかと邪推するくらいにはミスをする感じのドジっ子。
ミスをすれば逆にこっちが恐縮するくらいに謝り倒すような性格であるし、それだけミスをするというのであれば、そのミスも計算に入れて仕事を与えればいい問題であるからそのあたりは特に気になるというわけでない。と、あの課の面々には俺が担当だった頃に触れまわってあったからいいのだが。
ただ、会話しているとその節目節目に笑顔と共にひょっこりと顔をのぞかせる毒舌は、いろんな意味で相手を選ぶかもしれない。
けど、悪気はないんだよなぁ。……多分。
しかも毒舌とは言うものの、言ってることは確実なまでに正しいわけだし。
今までの付き合いから考えるに、お世辞とかそういう建前的なものを使うのが苦手って感じ。何度かやんわりと指摘してもなんのことかと言う顔をしていたから、世間知らずってだけな気もしないでもないが。
そう付き合いが長いわけでもないから、あんまし断言できるわけじゃないんだけどさぁ。
いや、そんなことは別にいいんだけど。
「ところで、どうして今更俺に連絡を?」
しかも個人端末の方に。仕事の要件なら仕事用の端末に入れてくれと言っといたから、そっち関係じゃないんだろうってのは分かるんだけど。
と聞くと、あ、そうでしたっ。とかようやく俺への用事を思い出したようだったが、なぜかほんのり頬を赤くしたのはどうしてだろうね?
『あ、えっと、そのっ……! か、賭けに勝ったのでその御連絡を!』
「……なに?」
賭けってなんの話だっただろうか────と、思いかけた所で脳内スパーク的な何か。
ああ、そう言えばこっちに来てからしばらくしてからかけた発破を思い出した。
「おおっ、もしかして二等空士になれたのか」
『はいっ!』
俺が言い当てたことすらも嬉しかったのか、花が咲いたみたいな笑顔を浮かべるチビポニテ。
出会った当初と比べると、この子も本当に表情豊かになったと思う。
初対面の時には、俯き加減でこちらの機嫌を伺うような仕草をしていたのが、なんとも印象的だった。
どうやら慣れるまでは内気になるタイプの子のようで、ちょうど心を開いてくれたあたりで出向になったものだからまあいろいろと不都合は多かった。
さっきも軽く触れたが、ミスは多くとも真剣な奴で、気をつけてやればちゃんとできる子なのだというのは一月の間に察せていたので、俺があいつの担当だった頃からそれなりに周囲に触れ回ってたから、周りの連中がフォローを入れやすい環境を作ってやれたというのはよかったのだが、それでも自分の担当をたらい回しにされた時、柔軟に対応できるような性格をしてはいないあいつは、俺に相談の連絡をよこす度に元気を無くしているように思えた。
だから、単に頑張れと言うよりは効果があるかと思って、
「お前が頑張って半年以内に昇進出来たら、何か一つ出来る範囲でお願い聞いてやるよ」
だから、ちょっと目標を持って頑張ってみ。と、約束を交わしたのが今から数週ほど前のことだったか。
よもや本当に半年以内に────というかマジな話、まさか数週で昇進を叶えようとは俺の方としても予想外だったと言わざるを得ない。
彼女も通信越しに、ドジな私がここまで頑張れるなんて、思いもしませんでしたっ。と、自嘲気味に笑っている。
同期の中でも、セイス隊長の所に入って来た隊員の中で三等空士だったのは彼女だけだったので、これでようやく周りのやつらに追いつけたと言うわけだ。
この調子で追い付け追い越せの気概と共にサクサク一等空士にでもなればいいと思う。
ドジのせいで評価されないとはいえ、魔力ランクはBランク。空戦ランクは今のところD止まりだが、キチンと訓練をしていけばもっと上の実力だって手に入れられるだろう。
問題なのは試験中に実力に影響を及ぼすようなドジを踏まないかどうかだが、その辺は回数重ねて場慣れするくらいしか手が無いので仕方あるまい。とか余計なこと考えてると、さきほど正式に通達を貰ったので、明日付で二等空士に昇格と言う形になるのだと言う説明を受けた。
『私嬉しくてっ。だから、少しでも早くセイゴさんにお伝えしたくてっ』
「そっかー。いや、俺としても元とはいえ、部下が評価を受けるってのは嬉しい話だよ」
だからむしろ連絡してくれてありがとうというか良くやってくれたと褒めてやろう。そしてそれ故にこっちの事情については気にするな。とか尊大に言ってみたらチビポニテが、セイゴさんなんでそんなに偉そうなんですかと笑ってくれたのでこの連絡が俺への迷惑だと思ってるってのを誤魔化すのはまあ成功だろうか。
「それじゃあ祝いに、何か言う事聞いてやらないとな。そういう約束だったし」
なにがいいよ? と、まあこの子のことだから俺の平和な日常と言うか精神的平穏と言うか、そういう類のものに害を及ぼすようなことを言うとは露ほども思えなかったので気軽に聞くと、
『え、えっと……。なんでもいいんですっ?』
「いやまあ、俺に出来る範囲になっちゃうけども。それなりに小金持ちだから、少々のプレゼントくらいなら可能だな」
はっはっはー、さあ言ってみるがいい。とか偉そうに言ってみると、チビポニテは少しだけ考え込むような仕草をしてから、
『────あ。じゃあそのっ、ロケットとかっ!』
「すいません流石にそんな国家予算クラスのプレゼントは無理です」
『そのロケットじゃないですっ!?』
微笑ましいくらいに驚いてくれるチビポニテに、分かってますけどね。からかってみただけと苦笑しながら言うと、彼女が少しだけ頬を膨らませた。
『セイゴさん、ひどいです。そうやって女の子を手の平の上で弄ぶのが趣味なんですねっ』
高町一等空尉のことも、こんな風に弄んでいるんですかっと聞いてくるチビポニテに、人聞き悪いなコノヤローとか思ったけどまあ俺が悪いんだろうから何か言うのは自重した。
ていうかなんでこの場で高町さんの名前が出てくるんだよとか思ったのでそれを聞くと、俺と仲のいい女性と言う検索ワードで脳内検索エンジンにワード検索をかけた結果最初に思いついたのがあいつだったからだと言う。
……まあ確かに、あいつと俺が知り合いだってのはあの課の中では周知の事実だったし、こいつの前でも六課への勧誘通信をかけられたことがあったような気もしなくも無いので、単純な連想をした結果としてはそう悪くは無いのだろうが妙に納得いかねーなーとか思いながら憮然とした感じになりつつ話を戻そうとした。
「ロケットってあの、写真とか納めるやつだろ? そんなん正直品質もピンキリだしデザインもどんなのがいいのか良く分からんのだが」
それに俺一人で選ぶようなガラでもないし、祝いの品なら直接会って渡したいし、欲しいなら一緒にどっか買いにいかね? と聞くと、彼女がキョトンと目を丸くした。
『……え?』
「いや、そんなに驚かれても。あ、それともしばらくは暇ないか?」
俺の方は一週間くらい後なら何とか都合つけられそうなんだが。と言うと、そんなことないですっ! と否定された。
『い、一応、週一でお休みは頂いていますので、そこに合わせていただけるのなら……』
「おー、そうかー。週一で休みとか羨ましい限りだなー」
こっちの新人共はそんな風な休暇取ってねーけどなーとか思うのだが、まあ高町的上司があれだし、戦闘特化の期間限定で鍛えている関係上この子たちとはいろいろ違うかーとも思う。
『で、ですけどっ。い、いきなり二人きりでお出かけと言うのは……っ』
「ん? ……あー」
そりゃそうか。俺と二人きりで出かけてそれを知り合いに見咎められたら、面倒なことになるのは分かりきってることだ。
が、そういうことなら別に、二人きりで出かけなければいい話なのであって、
「だったらついでにお前とスリーマンセルの二人でも誘っといてくれよ。いつかの詫びに飯でもおごるからさ」
それでいいだろ? と聞くと、
『そ、そういうことでもないんですけどっ。……う、うーん』
なんのコトかは良く分からなかったのだが、チビポニテがまた悩み始める。
それから数秒ほど唸ってから、
『わ、分かりましたっ。セイゴさんと二人きりなんかで出かけるよりは、誰かいてくれた方が……』
言われて不覚にもちょっと傷ついた俺がいた。
確かに俺と変な噂になるのは嫌なのだろうが、もうちょっとくらい慕ってくれてるんじゃないかって勝手ではあるけど思ってたのになー。
そんなに嫌かー。まあ嫌だろうなーとか思いながらチビポニテの休日の予定を聞き出して、じゃあ詳細はあとで送るからと通信を切る俺。
さて、休暇を取るならやることは山積みである。
片付けなきゃならないことも、こなしておかなければならない課題もたくさんある。故に今日も後半頑張るぞーとか思いながら、オフィスへと戻る俺なのだった。
2011年6月12日投稿