介入結果その二十九 高町なのはの────
目の前に倒れ伏しているのは彼だった。
周囲は光の恩恵なんて微塵も感じさえ無いほどの暗闇で、にもかかわらず彼だけが私の眼に映っている。
なぜ倒れているのか。
ここはどこなのか。
普段ならばそんな風に、考えなければならないことなんていくつもあったはずなのに、倒れ伏す彼が全身血まみれだったという事実が、それらの全てを吹き飛ばしていた。
私は、転んだみたいに駆け出して、そのまま彼の傍にしゃがみ込んだ。
うつ伏せだった彼を仰向けに起こし、それからゆっくりと彼の体を抱え抱く。
それに反応して、彼が薄く目を開けて掠れた声を出した。
「……だれ、だ?」
体位を動かしたせいでうめいた彼の小さく開いた口の端から、コポリと音をたてて赤い粘液が溢れだす。
それだけで震えが止まらない。
だって、彼の口から溢れているそれは、紛れもなく彼の命そのものだ。
彼の命が、今この瞬間にすらなんの慈悲も得られずに零れ落ちていく。
口からだけで無い、尋常でない量の『それ』が、彼のボロボロになった灰色のBJすら染めて全身真っ赤なせいで、傷がどこにあるのかすら分からないほど彼の体から流れ出ているというのに、それでも『それ』は止まっていない。
彼の体を、頭を、どんなにこの両腕で抱きしめても、何一つ私の腕の中に留まらない。
嫌だった。
こんなものは、こんな展開は、こんな彼の姿は見たくなんて無かった。
けれど彼は、目の前でこんなにもどうしようもなく、少しずつ命を失っていっている。
だから、混乱と緊張でぐちゃぐちゃになった頭で、治療用の魔法を使おうとレイジングハートを起動しようとして────レイジングハートがどこにもいない事に気付く。
なぜ────と考えて、どこかに落としたのかと思い、辺りを見回した。
けれど周りはどこまでも闇。
見えるものは、自分の体と彼の体だけ。
こんなところで、探し物が出来るわけがない。
仮にもし出来たとして、見つけるまで彼の命が保つなんて思えない。
レイジングハートの補助無しの魔法で、こんな大怪我を治すなんて、出来るわけがないのに……。
その上こんな、万全の状態で魔法を使えたとしても助けられるかどうか分からない状態の彼を前にしたら、例え補助無しで魔法を発動できたとして、きっと焼け石に水なんて言葉すら滑稽なくらいの効果しか生まれない。
助けたいのに、その手が無い。
何とかしたいのに、方法が無い。
肝心なところで、彼を救えない。
魔法は奇跡の結晶なんかじゃないんだって、そう言う認識の事を彼に聞かされた日に、誓ったはずだったのに。
どれだけ魔法に万能感を見ても、それだけじゃ決してどうしようもないこともあるんだから、そのどうしようもない事が現実にならないように、いつだって油断も驕りも無く戦場では在ろうって、そう決めていたはずなのに。
そして、『そう』出来ていたはずなのに。
なのに彼は、私の知らない場所で怪我をして。
私の知らないうちにこんなにも瀕死になってしまっていた。
「せ……くん……っ」
嫌だった。
「……ぁ? たか、まち……?」
私の嗚咽交じりの呼びかけに反応する彼の弱りきった声も。
「────わる……い。も、あんまし……。め、みえね……」
もう、自分が駄目だって悟りきっているような、その落ち着いた様子も。
「……、たか、まち……」
「な、なにっ。どうしたのっ!」
「おれ、いなくな……ても」
「────え?」
「あんまし、なくな、よ……?」
────絶句した。
絶句して、そして────
「い、いや……ぁ。そんなことば、ききたくないよぅ……」
泣きそうだった。
けど、せーくんはそんな私に弱弱しく苦笑するだけ。
「わがまま、いうな……て。がきじゃ、あるま……ごぷっ」
「せーくんッッ!」
血を吐き続ける彼を見て、もう、どこかで彼の生存を諦めている自分がいることも、その全てが、嫌だった。
私は間に合わなかった。
他の誰も間に合わない。
私は助けを求めるように、水中で必死に水をかきわけるような気持ちで、彼の手をまさぐり、握りしめた。
それに反応するように、彼が私の手を握り返して、それに安心して少しだけほっとして、次の瞬間には、腕の中の彼の体から、ふ……と力が抜けた。
握り返してくれたと思った手は、そのまま力無く重力に引かれてだらりと垂れて、私の手から逃げるようにするりと落ちた。
それは、彼の命が、あまりにもあっけなく幕切れたサインに他ならなかった。
少しだけ開けられていた瞳は、もうなにも映してはいない。
さっきまで小さくだけど上下していた胸は、もう動いていない。
現実感なんて、全く伴わない。
私は、彼の手をもう一度つかんで、けれどうまく持ち上がらなくて取り落とし、それをまたつかもうとして取り落とし、そしてまたつかもうとして……やめた。
気持ちに、黒々とした何かがちらつく。
徐々に浸食するように、足元からなのか、彼に触れている場所からなのか、私の中に浸透してくるその認識を、拒絶しようとして、絶対に認めまいとして、それでも認めてしまっている自分をなんとか殺そうとして────
絶対に侵して欲しくない領域までもが、膨れ上がる絶望感に圧迫されて私は────絶叫した。
もう息もしていない、心臓が鼓動を刻んでもいない、彼の体を軋むほどに抱き締めて。
肺の中の全ての息を吐きつくすように、喉を焼き尽くすような咆哮を、無意味に上げた。
そうして、
「────────っっっ!?」
ベッドに突っ伏して、すーすーと寝息を立てるフェイトちゃんの横で、夢から飛び起きた。
介入結果その三十 ティアナ・ランスターの受講
いつも通りの夜練の時間。演習場の一角でスバルたちを別の場所に追いやってから、彼は私に言い放った。
「さて、今日からキミに近接戦闘について教えることと相成りました、誠吾・プレマシー准空尉です。どうぞよろしく」
「はい。よろしくお願いします」
私が敬語で返事をすると、彼はそれに少しだけ嫌そうな表情をして、けれどそのまま言葉を続ける。
「で、まあ。キミが俺に近接戦について多少なりとも効果的な何かを習いたいのだというわけで、まあ教導係に積極的に関わっている人なんかにしてみれば、色々と訓練前の心構えなんかを説いてあげたりするんでしょうが……まあ、俺からはそう言うの別に無いネ」
「……ないんですか?」
偉そうに腕を組んでふんぞり返りながら言った彼に、慣れていない敬語で突っ込んだ。
敬語については、一時的なものとは言え指導官と教え子という立場に身を置く事になるからと、それならきちんとけじめはつけるべきだと私が提案した事だ。
私の突っ込みに、彼はうんうんと大仰に頷いてまた口を開く。
「うん、ない」
だって、体験の伴わない教訓は、身になんてつきゃしないからね。と、彼はあっさりと言う。
「強いて言うなら、攻撃を加えるのも、攻撃を避けるのも、頭で考えてからじゃ遅いから、その辺の事を一つずつなんとかしてイコー。と言う感じなんだが……。こんなん口で言っても分かるわけが無いので、やっぱり事前に言う事は無い」
そして、教える方針は決めてあるから、その方針に文句があるなら、逐一文句をつけてくれ。そんときゃ一緒に解決策を考えよう。高町さんも交えてね。と、緊張感とは無縁の笑顔を浮かべてから、
「あ、とりあえず、怪我は無しで行こうな。高町さんに無意味に怒られんの、俺嫌だし」
「……まあ、怪我は私も嫌ですけど」
身も蓋も無い言いように、ホントにいつでも変わらないなこの人はと呆れかえる私だったけど、別に彼は教導官と言うわけでもないし、私が無理を言ってこういうことをしてもらっているわけだから、態度の事にまでケチをつけるような気にはなれなかった。
どうせ彼は、ひとたび訓練に入ったら、表面上はふざけた態度で、でも内心は真剣に私を指導してくれるんだろうって、いい加減に読めるくらいには付き合いも長くなりつつあるから。
「ま、そんなわけでとりあえず、今日からしばらく、ティアには二つの事をしてもらおうと思ってます」
そう言って彼は、右手の人差し指を立てて私の前にかざした。
「一つ目。全く反撃しない俺に、ひたすら攻撃し続ける事。二つ目。俺の攻撃を、全くの反撃なくひたすら避ける事。この二つ」
意味は────まあお前なら大体分かってるだろうけど、と前置いて、彼は腕を組んでから口を開く。
「もったいぶっても仕方ないからさらりと言うと、ティアさんの得意な距離とか、得意な挙動とか、その他諸々のお前のデータを、俺が把握するために。って感じかな。他にも理由はあるんだけど……」
ま、それはもうチョイ先の段階に入ってから説明するよ。と言って、彼はデバイスを起動させた。
展開されるバリアジャケット。肩にとりつけられたホルダーに収納されているファントムが、堰を切ったように騒ぎ出す。
以前までの夜練でもあった、いつもの流れ。
まるでテンプレートのように繰り出される一人と一体の会話を、私がいつも通りに関わり合いになるのを避けつつ見守ろうとしていると、怒濤の勢いで言葉を繰り出すファントムに、彼は笑っているとも怒っているともとれるような微妙な表情を向けた。
「ファントムくん。いい加減に空気を読んで黙ってくれるくらいになってくれないと、銃口から醤油が発射できるようになる機構をとりつける用意があるんだけど、どうする?」
『あ、はい。すいませんした』
耳に引っかかる程度の小さな音声で、クロスミラージュが”なんとおそろしい……”と、微妙にノリのいい合いの手を入れていたような気がするけれど、私が目の前の主従とわりと頻繁に一緒に居すぎたせいで、変な影響でも出てきているのだろか。今後ちょっと気をつけよう。ファントムみたいになられても困る。
と、ファントムとの話をつけ終わったらしい彼は、私の方を見て言った。
「じゃあ、ダガーモードでいらっしゃいませこんにちはだな。……とりあえず、俺全力で避けるから、当たらなくても怒んないでネ」
「……悔しいですけど、最近のあなたとシグナム副隊長のあれを見ていれば、そんな気にはなりません」
「あ、そう? でもまあ────」
結局。最終目標は、俺を倒すことなんだけども。
ま、ティアならどうとでもなるでしょ。と、彼は────セイゴ・プレマシーは、自嘲したような笑顔で、あまりにもあっさりと、そう言った。
その言葉も、その評価も、私にとっていいものであるはずなのに、彼の表情を見て、私は何とも言えない苦々しい気分になる。
気持ちの余裕が出来て来たおかげなのか、最近気になり始めたのだけど、なぜ彼はこんなにも簡単に、自分の力は部下にも劣ると口に出来るのだろうか。
以前の私なら────いや、例え今の私でも、例え部下の方が自分より優れた技能の持ち主だとして、それをそのまま素直に認める気には、きっとなれない。
他人の優れた部分に負けている事を認めたく無くて、だからそういう彼らに負けないために、無茶だと分かって無謀な努力を自分に課した。
そんな風にプライドが高いから、以前のような、なのはさんとのすれ違いが起きたのだろうし、それは少しずつでも直していきたいと思っている事でもあったんだから。
だから、そう言う感情を制御出来ているからさっきみたいな事を言っているんだろう彼を、私も少しは見習うべきであるはずなのに、そんな気には全然なれない。
むしろ、なぜかは分からないけれど、絶対に見習いたくないとすら思っている自分がいて────なんだか、混乱している。
「じゃ、ティア。そういうことで、よろしくお願いします。武器を構えて」
「────え。あ、はいっ!」
思考を遮られる形になって少し焦りながら、私はクロスミラージュのダガーモードを起動させて、攻撃の構えを取った。
同時に、事前に説明された、デバイスプログラムを応用した即席のギプスが両手足に展開されて、動きが思い切り鈍るのを感じる。
いろいろ考える事はあるのだけど、さっきの気持ちも、その他の感情も、今できる事を一つ一つ積み上げて、いつか理解できるようになれればと最近は思えるようになった。
焦るだけじゃ、周りにも自分にも、いいことなんてないってことを、ようやく分かれたと思うから。
だから、心も、体も、成長できるよう、今は目の前の課題に集中しようと思う。
あからさまに隙を見せてこちらの攻撃を誘っている、今日からの師匠を見て心中苦笑しながら、私は一歩を踏み出した。
夜。
フェイトさんと交代で高町の看病を終えた俺は、日課の夜練に顔を出していた。
いつも通りに準備運動からの体力作りを経てから、ここ最近の定番となっているティアの相手を始めることに。
例の近接戦の指導云々のアレである事は言うまでも無いが、今してるのは自分の体の動かし方をそれなりに感じとってもらおうって感じのあれ。
最初から全てを手取り足取り教えなくてはならないかもとも思っていたが、基本的な体捌きは高町の教導でとっくに自分なりに身につけていたらしく、一通り見てもその辺は問題なさそうだったので訓練終わりに、「勤勉だな流石ティアきんべん」とか言ったら「うっさいバカ上司」と顔を逸らして蔑まれた。鬱だ。
まあそんな話はともかく、体捌きの課題はとりあえず動きの最適化の手前までの手順を省略出来たので儲けものである。
「────っ!」
「うおっ」
横薙ぎに全力で振りぬかれるダガーモードのクロスミラージュが俺の右側頭部を狙っているのに気付き、身を屈めて一歩ティアの方に踏み出して剣閃を潜り、ついでに銃剣を握る右手首を左手でひっつかんでから右足でティアがこちらに踏み込んできていた足をすくい上げ、そのまま力を加えて地面に押し倒した。
「────っぐ!?」
「あ、ワリー。つい」
「……っ、ぐっ。い、え。大丈夫、です……」
苦しげに答えて来たので慌てて拘束を外し、悪いなともう一度謝罪しながら引っ張り起こす。
右肩に提がったファントムがその諸々の行為にギャーギャーと面倒くさい小言を並べたてるが、全て無視して黙れと一蹴。静かにさせてティアと向き合った。
「それじゃあ、今のでちょうど10本だったから、一人反省会兼休憩な。俺に反撃された状況を全部思い出して、原因挙げてレポート提出……って、何度も言ってるから分かるか」
「はい、問題ありません」
真面目な表情で答えるティアに、俺は「あー……」と歯切れ悪く切りだした。
「なあ、やっぱり敬語無しにしないか? お前に丁寧に接されると、どうにも調子が狂うというかなんというか……」
「嫌です。けじめはきちんとつけたいので」
取り付く島もなく切り捨てて、ティアは両手足首と腹部についている拘束用のバインドを解除してからその場にしゃがんで、クロスミラージュにさっきの映像を出させてそれをガン見し始めた。反省点の洗い出しである。
それ見てため息吐きながら、ああ、これが俺に敬語を使われている時の高町とかの気持ちかー、と俺が敬語を使っていることの周囲への効果を身をもって実感した。
いやー、結構きついなーこれ。きついからこのまま続ける方向で行くしかないね仕方ないねとか思いながら、集中するティアの向かいに座り込んで視線を周りへと向けると、少し離れた場所で石灰で書かれた半径2m程の円の内側で、愛槍を振り回してスバルに全力で連続攻撃しているエリ坊と、それを全力で回避だけしているスバルが目に入る。
そーいえばあいつらも、既に随分と堂に入ってきてるなーと感心した。
なんか知らんが俺がティアに稽古をつけるという噂を聞いてあの二人とそれにキャロ嬢まで俺に近接戦の教えを乞うてきたのだが、影分身の術が出来るわけもない俺が何人も同時に対戦訓練できるわけ無いので、余裕がないから今のところは無理だと断った結果、あいつら俺がシグナムさんとやってるあの見切りの訓練を勝手にアレンジして自分たちでやり始めたのだった。
まあ詳しい説明は省くけど要するに、あの円から出ちゃいけない、回避側は攻撃しちゃいけない、攻撃側は常に全力でって言うルール以外は特にはなんらかの取り決めも無いエンドレス組み手的な何かだそうだ。ちなみに魔法は使用可。
けど、言ってる事はアレだけどやってみると驚くほど難しいからねアレ。特にオリジナル設定のあの円から出ちゃいけないってとことか、回避側からすると随分な苦行だと思うんだ。
今でこそあの二人もそれなりに演舞みたいなこと出来てるけど、始めた当初は槍の二振りとか拳の二連撃くらいが避けきれなくて、あんなに長く続いちゃいなかったから。
まあ、あれだけ避けられるようになって、ようやくスタートラインと言うか、俺が今シグナムさんから学びとろうとしている事はあの演舞から更に3ステップくらい向こう側というか。
あの方法があいつらにとってベストかどうかは知らないが────と言うか分からなかったのだが、今の動き見てると成長してるなぁとは思うので、高町も暗黙で了認していることもあるし、良かったのかねぇとは思う。
でも、あいつらならもっとさくっと効率的な訓練法とかありそうな気がするよね。
あいつらの吸収力からして、俺がティアに合格点出す頃には多分俺と余裕で打ち合えるくらいになってそうだし。
さっき俺が思わずティア相手に本気を出したのだって、そうしなきゃいけないと反射神経的にそう思ったからだ。
ティアの訓練は、段階で言えば二つ目くらいの所にはもう突入していて、今やっているのは相手の動きを頭に入れながら、自分の体をいかに効果的に動かすかって訓練になる。
基本的に俺の体は、メンタルが戦闘モードの時は攻撃に自動的に反応して無意識で防御もしくは反撃するくらいのことは出来るように────要するに今スバルたちがやってる段階の二つくらい向こうな感じの無意識を刷り込まれてるわけだが、つまりそれは反撃に本気になったならその一撃はそれだけの価値ある一撃だったということだ。
見てから考えて避けてたら間に合わないことのほうが多いからね実戦は。瞬時に勝手に判断できる脳を作っておくべきそうすべき。
しかしまあ、教師の真似事を始めてまだ数日。だというのにこの成長のしようは、こっちから見て驚嘆の一言よな。
とか何とか思いながら呆けてたら、録画映像からの考察を終えたらしいティアが俺の腰のあたりを凝視してたのでなんだよと首を傾げると、休憩中だからか「そういえば、あんたあの剣は?」とタメ口で聞かれたのでああシャーリーのトコと返事する。
「シャーリーさんの? 何かあったの?」
「いや、ゼストさん戦の時に無茶しすぎたせいか、刃毀れに罅にと不良債権のオンパレードでな。修理っぽいアレに出した」
「修理? 自己修復機能は?」
「あー、言い方が悪かったな。刀身の剛性上げるために魔力の割当比率を変えてもらってんだよ。だけどBJの方の強度も出来る限り維持しときたいから、俺の素人に毛が生えたような知識じゃ流石に無理でな。確かシャーリーが言うには具体的にはデバイスでの魔力の効率的運用性ってのがなんとかって────」
「ちょ、ちょっと待って。今説明されても私にだってそんな専門的なこと分かんないわよ」
ああ、そう言えばメンテは自分でしてたって聞いてたから分かるかと思ったけど、別にデバイスマイスターってわけでも無かったよねこの子。
俺が「すまん、つい」と苦笑いで謝ると、「べつにいいけど……」とため息吐かれた。
「ていうかあの刀剣、ミッドじゃあまり見ないわよね。なんて剣だったかしら……」
「ん? 日本刀」
「……ニホントウ?」
二本も無いじゃない……あれ、ニホンってもしかして地球の日本のこと?とか聞かれ、おうそれそれと返答する。
「どうしてわざわざその剣なの? 管理局だと、シグナム副隊長みたいな片刃剣の方がメジャーよね?」
「ふん。大衆に迎合するなど私には許容できなかった(キリッ」
「ふーん。で、ホントのところは?」
「なんかさ。最近のティアってば、高町とか八神よりよっぽど俺の扱いがうまくなってるよね」
「あんたと同じようなテンションのやつが相棒なんだもの。耐性くらいついてるわよ」
「スバルさんカワイソス」
ふざけたテンションの俺と比べられて同レベルと思われてるとか……。
スバル・ナカジマは犠牲になったのだ……。俺の悪ふざけの犠牲。その犠牲にな……。
とか思ってた所でスバルたちが休憩中の俺たちに気付いたのかこちらにやってきて「何やってるの?」とか聞いてきたのでスバルが可哀想って話をしていました(キリッって言ったら「えええっ!? なんでっ!?」とか詰め寄られたので笑顔でなんででしょうねと疑問文で返してから数分ほどからかった。ティアは呆れ顔で俺を見ていたが、なにも言わなかった。
それから程よいと思ったところでスバルたちが来るまでのまでの会話の流れを説明したらセイゴさんの意地悪ーっ!とBJ着てたから手加減する気もなかったのか、リボルバーナックル付きの右手を振り下ろしてきたので、それをひょいっと紙一重でかわしながら左手で手刀を作ってスバルの喉に突き付けてティアの方を見た。
「ほらティア。これが理想的な近接戦のカウンターだ。見切りの体への叩き込みは今の訓練が一段落したらになるけど、一応の参考として考察でもしといてくれ」
「なるほど。タメになるわ」
「私ダシにされてるっ!?」
わーん! エリオー、セイゴさんがいじめるーっ! とエリ坊に抱きついて慰めてもらおうとしているスバルだった。情けない奴だ、男とは言え自分よりも五つも年下相手に助けを求めるとは。
「セイゴ、やりすぎ。スバルさんが可哀想だよ」
「そうか? まあエリ坊が言うならそうだよな。ゴメンスバル」
「エリオの言う事には素直なの!?」
なんでっ!? っと困惑するスバルに、いや、仕方ないよと答える。
「エリオさんマジパネェっすから。な、エリ坊」
「うん。僕マジパネェからね。……意味はよく分からないけど」
それでも乗って来てくれるあたりこいつも本当にかわいい奴だと思う。マジで俺の心のオアシス。
「なんかいつのまにか二人の間に謎の絆が生まれてる! 怖いよティアーっ!」
「まあ、仲がいいことはいいことでしょ」
さっきのスバル相手の俺のカウンターの映像を確認してたティアにまであっさりと切り捨てられて、スバルががーんとか言ってからうわーん!とティアに抱きついた。
それを「ちょっ、離せ馬鹿スバルっ!」と押し返してるティアと、「見捨てないでティアーっ!」と涙目で懇願するスバルを横目に、あれ、コレ俺ここにいたら面倒ごとに巻き込まれるんじゃね? とか思ったのでそれを回避しようと思い立つ。
で、二人のじゃれあいを「あはは……」と苦笑して見ていたエリ坊に、「なあ、今暇だし立会いの相手してやろうか」と聞いたところ、「え。ティアナさんたちの事、放っていくの?」と聞かれ「何を言うか、友人同士の肉体言語を邪魔するものではない。むしろ邪魔してはいけない。犬に噛まれるから」とか適当なこと言ってエリ坊を納得させてから、
「そう……? じゃあ、全力で行くね!」
「よかろう。存分にかかってくるがよい」
とかいう会話をしてからその場を離れた。
後ろでティアが、「ちょっと! あんたの蒔いた種なんだから何とかして行けーっ!」とか叫んでいたような気がしないでもなかったが、さっきも言ったように彼らの友情に口を出す気はなかったので聞かなかったことにした。
エリ坊といろいろやりあったあとで様子を見に行ったら、ずーんて感じの反省モードのスバルを正座させてたこっちはこっちでくたびれた様相を全身に滲ませているティアが、恨めしそうな顔で「よくも見捨ててくれたわね……」とこちらを睨んできたので、や、たまにはスキンシップでも取ってあげればいいじゃない。友人でしょ? とか言ったら「ふざけんなーっ!」とのお言葉と共に怒られた。
で、なぜかお詫びに今度新人全員連れて買い物に付き合っていろいろ奢れとか言う約束をさせられたんだが、さて、一体なんでだろうね?
で、それから更にもう少しそれぞれ自主トレやって、片付けとかあるのでじゃあまたあとでとエリ坊たちを見送ったあと、なぜかまだ隣に残っていたティアが、ところでさっきの話の続きなんだけどと切り出された。
「前から思ってたんだけど、なんであんたって刀とか日本語とかそんなに地球のことに詳しいの? なのはさん達の影響?」
そんなわきゃない。だって俺のあの武器、高町たちに出会う前からアレだから。
作るのすげー大変だったけどね。大量にそれに関する資料集めたり、デバイスマイスターに協力してもらったり。
ていうか、もしかしてなんだが。
「ティアには、言ってなかったっけ?」
「なにをよ?」
「俺の亡き母は、地球の日本出身だという話」
「……あー。そう言えばエリオにあだ名つけてた時に、そんな事言ってたわね」
で、俺の母が死んでるって言う情報から来た若干の気まずい空気を誤魔化したかったのか知らんけど、目を逸らしながらあの時は全然興味無かったから忘れてたわ、と言われてなんかちょっと微妙に傷つくよね、とか思ったけどまあ俺も高町相手に同じように興味無いとか言ってた事あるから人のこと言えない。
「エリ坊たちにはこないだの休みに墓参り行ったときに、スバルには戦闘機人の話を聞いたときにちょっと話したんだけどな」
「そういえば、あんたは聞いたんだっけ。スバルの体のこと」
「あー、まあ。あれだけ色々ヒントばら撒かれたらさすがに気付くよね」
ちなみに、俺がティアが戦闘機人の事知ってるってのは、あの時ついでにスバルに聞かされて知ったっていう裏事情。
で、頭かきながらなに言っていいか分かんなくなって気まずげになってたんだが、それに苦笑したティアが「あんたがそんな風に他人に気を遣ってるの、すごく似合わないんだけど」とか言ってきたので余計な御世話だと文句言う感じに。
まあ、そんな風に会話してたら、
「あの子、今度エリオたちにも告白する気みたいよ」
とか教えてくれたので、そっかー、と一言。
まあ、俺なんかに教えといてエリ坊とかキャロ嬢に教えないなんてこたァあり得ないと思うので、頑張って暴露話をしてあげてほしいと思うよね。
と言うわけで、いろんな意味で頑張るはずのあいつに一つだけアドバイスを間接的に送っておこうと思うので、ならまあ、そうなった時に隣にお前がいたなら、一つだけ伝言をお頼み申すと頼んでみた。
「いや、どうして私なのよ。自分で言えばいいじゃない」
「えー。理由は無いけどやだ」
「……。……で、なに?」
今のセリフの前半の辺りに発生した『間』に、物凄い葛藤が含まれていたような気がするが、俺は無視してさらっと言う。
「話する前に、深呼吸して力を抜いた方がいい」
話始めに舌噛まないようになー。と笑ったら、ティアがポカンとしてから渋面を崩した。
「ふふ、そうね。スバルならやりかねないわ」
「だろ? そりゃいくらなんでも締まらんよね」
とか笑いながら言うと、分かったとティアが頷いた。
「それに関しては、言っとく。少し口を挟むタイミングが難しそうだけど……なんとかなるでしょ」
「うん。早すぎると滑稽だし、遅すぎると空気読めてないみたいになるだろうし……まあ難しいよね」
しかしそこに気付くとは……やはり天才か……。とか思いがならしみじみした感じを演出しつつ、会話の片手間にやってた片付けが終わったので、やんなきゃいけない事もあるし、そろそろ戻るかとか思いながら背中を伸ばして思い切り伸びをした時だった。
「────ところで、あんた」
「ん? どうした」
話しかけられてティアの方を見ると、こいつは細めた眼を俺に向けていた。
ナニゴトデスカ私の眉間に(ryとか思いながら、実際に少々戸惑ってはいたのでそのあたりを変に隠さずにどうかしたかと首を傾げると、こいつは細めていた目をさっと逸らして首を振った。
「……ん。ううん。なんでもない」
「なんだよ。変な奴だな」
「大丈夫よ。あんたほどじゃない」
こいつの毒舌も磨きがかかりすぎて、他人を一撃でノックアウトしそうなレベルだよね。
「ま、変どうこうについては、否定できないけどな」
それはそれで納得いかないなーとか思いながら、
「じゃ、体冷やさないうちにシャワーでも浴びて着替えとけよ。高町みたいに風邪ひくぞ」
「それは分かったけど。あんたは?」
「俺も浴びるけど、お前たちと違ってこっちはこれからお仕事だ」
さらっと言うと、ああと言う感じに納得した表情を浮かべるティア。
「今日一日休んでたから、その分取り返そうってこと?」
「あー。それもあるんだが……」
「だが?」
小首を傾げるティアに、俺はため息をついた。
「俺、引き受けた以上は、仕事は最後までやり遂げる派なんだよね」
「……だから?」
「だから、庶務の人たちとザフィーラさんに、ドタキャンのお詫びとかしに行かないと」
いくら部隊長のお願いの延長線でのドタキャンとはいえ、その辺はきちんとした謝罪が必要だろう。
「それに、看病の方も、いよいよ大詰めと言うかなんというか」
そんな風にポロリとこぼすと、ティアは謝罪の件についての俺の意見に納得していた表情を、また疑問符に変えた。
「なのはさんの看病って、フェイトさんと交代したんじゃないの?」
なのに、まだなにかすることが? と聞いてくるティアに、今度は肩を竦めて苦笑する俺だった。
まあ、別に俺がこの後、直接的に高町を看病することは、まず無い。
熱も下がっていたし、寝苦しさも無くなっていたようだったし、随分と体調は整ってきた方だろう。
そこにフェイトさんがついてるわけだから、もう俺の出番なんぞあるわけがない。
だから俺がこのあと手をつけるのは、ただの事後処理みたいなモンだ。
当たれば儲け、外れりゃ俺がちょっと損するってくらいの、そんぐらいのアレだ。
まあ、コトのついでにそのくらいするくらい、どうってことは無いだろうとか思いながら、俺は隣を歩くティアの問いを適当に誤魔化しつつ、とりあえず訓練場を後にすることに。
そう言えば、引き受けた仕事は最後までと言えば、最近前の職場の連中からの連絡がぱったり無くなったなぁと思う。
ちょっと前までは、何かにつけて俺が抜けていろいろと不透明になってしまった業務の事でいろいろと質問されたり助言を求められたりしてたというのに。
けど、こういう連絡が無いってのは、もうそろそろ俺が必要無いくらいには職場も落ち着いたってことなのだろうから、いいことなのだろうね。
少々寂しい気がしないでもないが。
と、そんな感じの事を思いながら思い出す。
そう言えば、結果的に放って行く形になってしまった俺担当の新人の一人、チビポニテ(命名俺)は元気だろうか。
初めて会った時から、激しく動転しやすいわドジは踏みやすいわでいろいろと心配な奴だったからなぁ。
高町との再会を果たしたあの日の夜に、課を移動するという事象に伴って、必然的に指導担当を下りるって連絡を、まあみんなもう知ってるんだろうがとか思いながら担当してた新人たちに入れてたんだが、あいつだけ通信に出た瞬間から滅茶苦茶泣きそうな顔してたからなぁ。
まあ、ようやく俺の指導にいっぱいいっぱいながらも慣れてきた頃に、いきなり指導官変わりまーすなんて話したら、誰だって嫌になるだろうが。
「まあ、あいつも元気にやってたらいいよなぁ」
「? なんの話よ」
「ああ、いや。なんでもない」
独り言に反応して質問してきたティアにそんな風に返しながら、少しだけ懐かしい気分に浸っている俺なのだった。
介入結果その三十一 高町なのはの回顧
────あなたにとって、魔法って何ですか?
彼のリンカーコアの異常を知って、彼が苦しんでいるのを知った当時の私は、そんな質問をしてどうしたかったのかなんて、少しも分かっていなかった。
生きがいだと断言されて、自分の罪悪感にもっと鞭打ちたかったのかもしれない。
あるいはそれで、泣いて喚いて許しを請いたかったのかもしれない。
けれど、そんな曖昧で漠然とした妙な思いを抱えていたあの時の私にあの頃の彼が向けた答えは、私の予想とは違うそれ。
魔法は、使い手によって持つ意味を変える、道具のようなもの。
何も特別なことは無くて、場合によっては人の命を奪うことも出来る、意思の無いただ単純な力。
私の質問が広義に解釈できるようなものだったせいで彼が私に示したその認識は、聞きたかった答えなんかじゃ全然なかったのに、その答えよりも私の心の土台を根本から揺るがすようなものだった。
確かにそこにあったはずの地面を、奪い取られたような気がした。
私にとっての魔法は、そうじゃない。
もっと万能感に溢れた、誰かを────私を────簡単に救いだせる奇跡の力。
それが、私にとっての魔法。
だからこそ、わざとなんかじゃ絶対に無いとしても、その奇跡を彼から奪い取ってしまった私は、どれだけなじられたとしても反論の一つだって出来ないって、そう思ってた。
なのに彼は、そんな私の心配なんて最初から存在していないみたいに、口にした。
魔法は力。
無くても自分は構わない。
そんな自分の主張を平然と言える彼がなにを思っているのか分からなくて────怖くなった。
私は、魔法に関わりだしてから、誰かに必要とされることが増えた。
自分でなければできないことができた。
自分がたくさんの英雄譚をなしえた。
いろんな人を助けて、たくさんの笑顔を守れた。
それと同時に自分に向けられる、嫉妬とかの数多くの怖い視線もあったけど、得たものの方が多かったからそれほど苦ではなかった。
救えなかった人も少なからずいたし、守れなかった笑顔もあった。今思えば、せーくんだってその一人だ。
けれど、魔法があれば、私は人に必要とされ続けると思っていた。
だって、頼ってくれるから。
私にしかできないことで、みんなが私を頼ってくれていたから。
自分は、それら全てに応えられたから。
応えられるようにする努力を、それこそ死ぬ気で重ねてきたから。
私の求める、誰もが笑顔の世界に居る人は、私の力で守れると思っていたから。
努力のしすぎで軋む体は重かったけれど、みんなの笑顔が私を支えてくれる。
そんな風に、私から見て周りの全てが順風満帆だった頃だった。彼と出会ったのは。
丁寧な敬語で、他人との間に意識的に壁を作っていた彼は、それでも無意識で人に優しかった。
そして、私を全く必要とはしてくれなかった。
越えるべき壁。としてなら見ていてくれたようだったけど、それ以外の面では彼は、最初から私には興味がないようだった。
喋りかければ答えてくれるし、遊びに誘えば渋々だけれどついてきてくれる。
けど、それだけ。
私が求めなければ、彼は必要以上に私と喋ろうとする気持ちすらない。
むしろ、どこか私から逃げているような素振りすらあって、当時とんでもなく負けず嫌いだった私は、そんな彼の態度に反発して、絶対に仲良くなってみせるんだってそんな風に思っていた。
そんな私をよそに、ロロナさんとはたくさんお話ししているのを見て、負けたくないって嫉妬を抱いたこともある。
そしてそれは、いろいろあって彼が私を庇って空から落ちてからも変わらなかった。
そう、変わらなかった。
私と違って、魔法なんかなくても確固たる自分を持っていたらしい彼は、自分の信じる我を通して私達にリンカーコアのことを隠して、そうして自分からいろいろな絆を断ち切ろうとした。
隊内で蔑まれるかもしれないのに、退院してから突然不真面目になった。
ロロナさんに嫌われるかもしれないのに、任務で手を抜くようになった。
自分の居場所がなくなるかもしれないのに、リンカーコアのことを隠し続けた。
信じられなかった。
そんな事は到底、自分には出来ないことだったから。
もし私が彼と同じような状況で魔法の行使が困難になったとしたら、とても正気を保って他人を思える自信はなかった。
魔法と言うものを通して自己を主張していた私は、魔法がなければ周りの人に見向きもされないと思い込んでいたから。
そんなこと、友達でいてくれるみんなに失礼なことでしかなかったのに、そう妄信していたから。
魔法は、万能の力だと思っていた。
だから、魔法を使うたびに途方もなく痛むはずのリンカーコアを抱えて、それでも私たちがそのことを知らないようにして、わざと自分から離れて行くように仕向けている彼が。
今まで隠れた努力を重ねて手にしていたはずの力を、魔法とは何かと聞いたその場で即座に無くてもいい武器と断ぜられる彼が、理解できなくて、怖かった。
身も凍るような寒気がして、いままでの自分とこれからの未来像を全て否定されているような気がした。
それに堪えきれなくて、質問したその場は逃げ出してしまった。
だって、自分が壊れてしまうんじゃないかと思ったから。
ユーノくんと出会って、魔法を知ってから積み重ねてきた自分の全てが、崩れて消え去ってしまいそうな気がしてしまったから。
けれど、あの場から逃げだして、それから帰りの道中も家に辿りついてからも悩み続けていて、自分が守りたいものっていったい何だったんだろうって思ってしまった。
自分の周りに居てくれる人?
自分が守れる綺麗な世界?
自分のいてもいい大好きな居場所?
仮にそれらが私の守りたいものだとして、こんなにまで悩んで、大切にしまいこんで、腫れものに触るように扱わなくちゃ壊れてしまいそうに思ってしまうものに、この先の未来で残る何かがあるのかって、疑問に思ってしまった。
互いに想い合っていて、みんなが守りたいって思える本当に大事な絆は、その程度で壊れたりしないんじゃないかって思ってしまった。
だから彼の思っている事が気になって気になって仕方が無くなった。
せーくんの中にある彼の持論は、私の中に今まで無かったものだらけだったから。
そして、彼の中のそれらに触れた私は、その度になんだかとても新鮮な気持ちになれていたから。
だから、私が求めさえすれば、彼は今まで私に見えていなかった景色をあっさりと目の前に広げて、この汚泥みたいに心の奥底で渦巻く嫌で嫌で仕方がない不安を、別のものにしてくれるのかもしれないって、そう思った。
そう思ったから、彼に私の思いをぶつけて、それを真っ向から受け止めて、その上で答えを返して欲しいって、そんな気持ちが生まれてしまった。
彼との間にあったいろいろが原因で心に混乱をきたした私の不安は、大きくなりすぎてもう自分一人では抱え切れないくらいになってしまっていたから。
すぐに彼に連絡を取った。
そして、今まで誰にもした事が無いくらいに、自分の気持ちを彼に叩きつけた。
当時の彼はまだ生真面目で不器用だったから、話をはぐらかすなんてことはせずにそれら全てを根気よく聞いて、その一つ一つに答えをくれた。
お互いの主張はどこまでも平行線だったけれど、それでも放りだすことはせずに私とお話をしてくれた。
だから、彼の思い通りにならない私の主張を聞いても、変な妥協はせずに真剣にお話してくれた彼が、とても大切になった。
きっと彼のあの行為は、私だけに向けられるものじゃないのに。
仕方ないなって苦笑いの表情も、口にする皮肉の中に見え隠れする分かりにくい優しさも、他の人にも普通に向けられるものだって分かってるのに。
そしてその彼が、私の事を思って離れようとしてくれていたって言うのに。
それでもなお私は、彼から離れたくなかった。
離れて欲しいと思われているのだとしても、あの皮肉屋な彼との出会いは、きっと私の素敵な友達たちと会った時のように、一期一会だって思ったから。
失っちゃいけないって、失いたくないって、そう思った。
けれど、なにも言わなければ、なにもしなければ、彼は離れて行ってしまう。
他の親友たちと彼は、根本から違う。
彼は、自分が私から離れて行くのが最善だと思っているから。
そして、どんな状況だろうと、本当に大事な決意を安易に捻じ曲げるような人じゃないから。
魔法を持っているだけでも、魔法の努力を重ねているだけでも、それを必要としていない彼はきっと私から離れていってしまう。
声を出して一緒に居て欲しいって言い続けないと、いつの間にかいなくなってしまいそうな、そんな確信があった。
だからかもしれない。
今になっても、私が勇気を振り絞ってわがままを言うような相手に、彼がなっているのは。
私がほぼ唯一、自分の気持ちに正直にわがままを言い続ける相手、誠吾・プレマシーくん。
心はきっと、全然通い合わせられていないのに、フェイトちゃんたち相手よりもずっとわがままを言っている相手。
彼のおかげで私はきっと、魔法に頼り切った成長をしないで済んだ。
魔法だけが私の絆じゃないんだって、気付かされたから。
魔法が無くなったって、私が今まで見つけて来た絆は切れない。
少なくとも彼は、私に魔法が無くなったってきっとなにも変わらないから。
だって私の予想通りに、私が魔法をいくら上手に扱っても、彼は昔と何も変わらない。
一緒に仕事をする時は、仲間の一人として接してくれていたようだけど、それだけ。
必要だから力を貸してほしいなんて特別なお願いを彼から言ってくる事は一度も無くて、それは少しだけ悲しかったけれど、同時に少し安心した。
けど、それはきっといけないことだった。
今日、何度も状況を自分の中で整理してみようという気持ちで思い返してみて、素直にそう思う。
彼が変わらなかったから、私は彼に甘えた。
そして、つい先日のような、彼が傷つく事件が起きた。
ようやく熱が下がり、ついさっき悪夢から跳び起きた私は、ようやく涙の止まった目元を気にしながら、窓越しに星の輝く空を見上げて、昼に寝過ぎて妙に冴えた頭でそんな事を考えていた。
あの、生々しくてリアルな夢は、ここ最近抱えていた彼への気持ちが形になったものだと思って、すごく陰鬱な気持ちになる。
彼は今までも散々私のせいで傷ついたのに、これからもそうさせてしまうのかと思うと、自分が嫌になった。
そういう気持ちが、一つの形になって現れたのが、さっきの夢だと思う。
それなのに、それでもなお彼と離れたくない。
もっと彼にわがままを言いたいと思っている自分が、もっと嫌だった。
って、いろいろ考えた末の答えが、また同じような所に戻ってしまったことに気付いて、目を伏せた。
実は今日一日、意識をとり戻す度に、ぼんやりとした頭で昨日彼に言われたヴィヴィオとの関係のことを考えていた。
それは、少しでも早くあの子の事を自分の中で確定させたかったからだけど、熱のせいで意識が混濁していたせいか、どうしてもそれ以外ことも頭の中に混ざって来てしまって、結局ヴィヴィオとは全く関係無いなにかしらの懺悔が最終到達地点になってしまう。
その度不安になって、彼に手を繋ぐことをせがんでいたことを思い出して、また自分が嫌になった。
そして、さっきの夢。
さっきの夢から起きてからというもの、今までのこんがらがった頭の中が、さらに顕著にぐちゃぐちゃになったように思う。
幸い、飛び起きた時に絶叫はしなかったせいかフェイトちゃんを起こすことは無かったけれど、それでも、うなされていたせいですごく乱れていた息は、彼女を起こしてしまうのではと思わせるほどだった。
その上涙が流れて止まらなくて、自分で自分に困ったくらいだ。
さっきまでの自分の醜態を思い出して、かあっと顔が熱くなる。
でも、それでは駄目だと、私は頭を振った。
今はそんな事より考えなくちゃいけない事がいっぱいある。
けれどいくら頭ではヴィヴィオのことをと思っていても、今のごちゃごちゃした状態では答えが出るとは思えなかった。
それなら寝ればいいという人もいるだろうけど、目が冴えすぎて眠れない。
だから、仕方ないよね。と、自分に言い訳して。
お風呂に向かって、汗まみれのパジャマを脱いで軽くシャワーを浴びてから制服へと着替えた。
部屋に戻って洗面台へ行って、シャワーで流して大分マシになったとはいえ、涙でぐしゃぐしゃになっていた顔を洗って最低限の身だしなみを整える。
洗ったせいで濡れていた髪は渇いたタオルで湿り気だけとって、いつものサイドテールに。
今日一日休んでしまったから、書類仕事を少しでも進めて、気分転換でもしよう。
そう思って、ベッドに突っ伏して眠るフェイトちゃんに毛布をかけてから、彼女を起こさないように静かに、私は部屋を後にした。
まだ私は風邪気味だったから、ヴィヴィオはスバルとティアナ達に預かってもらっている。
せーくんはフェイトちゃんが夕方に帰って来たと同時にじゃあ俺はこれでと部屋を去ってしまったので、今頃はエリオの部屋で寝ているんじゃないかな。
と、そう思って誰もいないはずと思い込んでいた隊舎へと向かったら、オフィスで一心不乱にブラインドタッチをしているせーくんを見つけた。
予想外の出来事に私がポカンとしていると、彼が私に気付いて視線をちらりとこっちに向けた。
「……あれ、高町さんじゃあないですか。こんな時間にお仕事とは精が出ますねえ。今日は一日寝てろってお願いしたと思うのに」
「ご、ごめんなさい……」
咄嗟に謝るも、彼の顔を見た途端、さっき見た夢が思い出される。
それが顔に出たりしないよう、必死になって平静を装う。
上手く出来たか自信は無かったけど、彼は手元の作業に夢中でこっちを見ていないから大丈夫みたいだ。
「……というか、どうしてせーくんがここに? もう消灯時間だよ?」
「こんな会話、昨夜にもしましたね」
そんな風に言いながら、今日の分取り戻してるだけですよと、視線をウインドウに向けたまませーくんは言った。
「きょ、今日の分? せーくん、そんなにお仕事しなきゃいけないくらいに書類たまってるの?」
「いや、これはあなたの処理分です。俺の分はもう先ほど全て終えました」
「え、ええっ!?」
驚いて駆け寄ると、せーくんはこちらも見ないまま手を動かして、なのににやりと口の端だけをあげた。
「どうせ、夜寝れなくなればここに来てまた仕事するだろうと思って、先回りして八神部隊長に緊急性の高い、でも俺にも処理できる書類回してもらってみました。……はい、これで終了。っと」
最後のエンターキーを押して、せーくんがふぅとため息を吐きながら、20、30と並列処理していたらしいブラウザを次々落としていく。
相変わらず、独特な方法で信じられないくらいの情報を処理する人だなって、そんな場面でもないのに感心してしまった。
「さて、急ぎの仕事はもう無いですから、あなたも部屋に戻って大人しくしていてください。幸い、あなたにしか処理できない他の仕事は、明日以降の処理でも間に合うと八神部隊長も仰っていましたし」
「せ、せーくんのばかっ! どうしてこんな嫌がらせばっかりするのっ!?」
さっきもユーノくんに私のこと教えて、彼に迷惑かけたでしょっ! と叫ぶと、せーくんは端末のデータの後処理を始めながら、「仕事変わってあげたのに怒られるとは思いませんでした」と苦笑した。
「そもそも、俺がやらなかったら八神部隊長がやるつもりだったみたいですよ? まあ、二日完徹は流石にどうかと思うのでこっちで引き受けましたけど」
「う……」
彼のセリフに、私は言葉を詰まらせる。
はやてちゃんが昨日から書類整理が大変なことを踏まえてこういう事をしたって言うなら、原因の私が言えることなんてない。
私に休めと言ったはやてちゃんが、そのせいで滞るお仕事を放っておくはずがないなんて事、最初から分かっていたんだから。
私が答えに困って黙っていると、せーくんは畳みかけるように言う。
「それに、いいじゃないですか。ユーノくんにだってあなたを心配する権利くらいあるでしょう?」
「そ、それは……。けど、こんな風に迷惑かけていいお話じゃないでしょっ!」
「ユーノくんには、迷惑どころか教えてくれてありがとうってお礼言われたんですけどね」
苦笑しながら言うせーくん。
そんなこと、当たり前だって思う。ユーノくんが、迷惑だからそんな事で連絡しないでなんて言う姿、全然想像できない。
「ま、そこまで言うならすみませんでした。ユーノくんにも、今度菓子折り持って謝りに行かせてもらいますよ」
「……むぅ」
はぐらかされて私が不満げに彼を見ると、せーくんは肩を竦めた。
「その様子じゃ、体調もそう悪くは無いようですね。それなりに看病した甲斐がありました」
「え、あ」
「……? なんですか」
「そ、その……。きょ、今日は、どうもありがとう。……手まで繋いでもらっちゃって」
体調が悪くて心細かった私には、彼のあの行為はとても嬉しかった。
せーくんの手は、大きくて暖かくて、少し不安定になっていた私に安心感を与えてくれた。何だか、昔にお父さんに手を繋いでもらった頃の事を思い出したけれど、あの時とは何となく違う不思議な感触だったとも思う。
「ああ、いいですよ。どうせ今後やることはないでしょうから」
少し気恥ずかしくて俯きながら言ったら、相変わらずこっちも見ずに手元で忙しなく作業をしながら鼻で笑うように言われて、むっとする。
昨夜、私の衣服が乱れていた時もそうだったけど、一応私だって女の子なのに、こうまで意識されていないのは何だか腹が立つ。
昔はもうちょっと、何かしら反応があったような気がするのに。
だから、ほとんど条件反射のように、私は口をとがらせて言った。
「に、握ったままみんなの前で一日過ごしたって、いいんだよ?」
冗談のつもりで言ったのに、淀みなく右往左往していたせーくんの指が、ぴたりとその場に止まる。
あれ? と思いながら彼の様子を観察していると、数秒ほどしてからギギギなんて音がしそうな動きをして、それからまたさっきみたいに指が弾丸タイピングを始める。
な、なんだったんだろう? 動きと違って表情は全然変わらなかったから、なんだか怖かった……。
と、そんな事を思いながら内心びくびくしていると、彼がぽつりと小さくつぶやく。
「……上司命令とか言って、本気でやるつもりじゃないでしょうね?」
「……思わないけど。さ、流石にそんな命令、私だってしないよっ!」
「その言葉、すごく信じたいです」
そう言って、一通りの後処理を終えたらしい彼は椅子から立ち上がり、両手を上げて大きく伸びをした。
それから私の方を見て、私の顔に目を止めて────唐突にすっと目を細める。
彼の不機嫌そうになった表情を見て、うろたえる。
「え、あ、ぅ? ど、どうしたの?」
「その顔……いや、いいです。ちょっと待っててください」
「?」
意味が分からなくて首を傾げると、せーくんはため息一つと一緒に身を翻して給湯室の方へと向かってしまった。
その行動の意味がもっと分からなくてさらに混乱していると、少し経ってから彼が片手に何かを持って戻ってきた。
彼はそれを私に向かって突き出してくる。
「……蒸しタオル?」
突き出された意味が分からなくてもう一度彼の顔を見ると、彼は呆れたようにまたため息を吐いた。
「あなたが自分の容姿にほぼ頓着がない事は重々承知してますけど、泣いた後の目元の処理くらいは、油断しないでやっといた方がいいと思いますよ?」
「────っ!」
まあ、顔は洗ったらしい所は、あなたにしては上出来と言うべきでしょうが。と嫌味まで言われて、私はとっさに手で目元を覆って隠す。
けれど、今更そんなことに意味があるはずが無くて、それ以上どうすればいいか全く分からなくなって。
顔を洗った後に鏡で見て、腫れだってそこまで酷いわけじゃ無かったし、こんな時間に誰かがいるなんて思わなかったから油断してた。
その場で絶句して動けなくなっていると、せーくんはまたため息をついてから丸めた状態だったタオルをパンッと目の前で広げて、それから私の顔に押し付けてきた。
それが少しだけ熱くって、思わず抗議する。
「は、はうっ!? な、なにするのっ!」
「あなたに効くかは知りませんけど、泣いた後に目元が腫れた時は、温めて冷やしてを繰り返すと腫れが引きやすいみたいなことを何かの本で読みました。泣いている時にこすったりしなかったようなのでそこまで腫れているわけではないですし、今は適当に温めてから後で部屋に戻った時にでも冷やしてください」
そんな顔じゃ、俺はともかくフェイトさんが心配しますよと言われて、なんだか気恥かしくなってしまう。
「……あ、あぅ。……ありがとう」
「いえ、別に」
押し付けられたタオルを受け取って気まずげにお礼を言うと、せーくんはふいっと視線ごと体を逆へと向けた。
それが、私が身だしなみを整えるまでこちらを見ないんだっていう彼の気遣いだってことに気付いて、待たせちゃいけないと私は慌てて蒸しタオルを顔にぎゅうと押し付けた。
あてた場所からじんわりと温かさがしみ込んできて、ほんわりとした妙な安心感が胸に広がっていく。
けど、こんな形でせーくんに泣いていたことがばれてしまって、なんだか今度はさっき飛び起きた時とは別の意味で泣きそうだった。
しばらく私がそうして身だしなみを整えて、時間と一緒に冷めてきたタオルを持て余し始めた辺りで、タイミングを見ていたように彼がこちらをちらりと振り返った。
それからこちらに手を伸ばしてきたので、おずおずとタオルを彼に返す。
何か聞かれるかと思ったけれど、彼は無言でまた給湯室へ行ってしまって、何か聞いてくる様子は全くない。
戻って来てからも、私の顔をマジマジと見てから、うん、まあこれなら大丈夫でしょ。と呟いただけだったので、なんだかポカンとしてしまう。
「じゃあ、寮に戻りましょうか」
「え……。う、うん」
消灯して、そのまま廊下へと出て行く。
止まる素振りを欠片も見せないから仕方なくその後を追うと、隊舎を出た辺りで彼が立ち止まってこちらを見た。
「そういえば、聞こう聞こうと思って忘れてた。ヴィヴィオを保護したあの日に、郊外の方で次元震があったらしいな。さっきも資料確認してたんだけど」
「あ、うん。他のみんなには連絡がいってると思うけど、せーくんは倒れちゃってたか、ら……」
そこまで言って、さっきまで散々考えていたせーくんの怪我のことを思い出して、胸が苦しくなった。
その様子を見て、せーくんがまた目を細めた。
しまったと思う。夢の事より気をまわしていなかったから、変に意識が向いてしまった。
どうにか誤魔化さなきゃと焦って、でもそのせいで余計に言葉が出てこない。
どうしようもなくなって、私は思わず俯いた。
そして、それが致命的だって後悔した。
こんな反応をしたら、私が何かを気にしているって丸わかりだ。
せーくんはそう言うことに敏感だから、すぐに察してしまう。
だから、今度こそ問い詰められる────と、そう思っていたのに、
「そっか。そういや寝てたな俺。まあ、極小規模だったみたいだし、六課の管轄外で起きたらしいから陸と仲の悪いここには救援要請来てなかったし、俺たちが気にしても仕方ないか。けど、原因が見つかってないってなるとな……」
大体、陸の部隊が陸と仲悪いってのも、どうかと思うけど。
なんて、彼があまりにもあっけない口調でそんな事を言うから、思わず顔をあげてポカンとしてしまった。それを見て、せーくんは首を傾げた。
「なんだよ。何か言いたいことでも?」
「……今様子が変になった理由、聞かないの?」
「知らん。興味無い。ただまあ、そう言えば高町は他人の怪我を心配するタイプの人間だったなぁとは思った」
嘘吐きって、思った。
またそうやって、また私になにか大事なことを隠すんだねって、思った。
さっきの時点で気付くべきだった。
彼が私の事情に深入りしてこない時は、彼自身が私に深入りして欲しくない事を抱え込んでいる時だって。
リンカーコアの時のそれが、分かりやすいくらいにいい例だった。
「……さっきも今も、分かってて聞かないんだね」
「なんのことか分からん」
嘘だって、言いたかった。
けど、言っても無駄だって分かってる。
それくらい、彼が私と同じくらい自分のわがままを通す人だっていうことは、分かってるから。
「まあ、俺の怪我を無関係のお前が気にするなよ。俺だって局員なんだ、その程度の覚悟はあるよ」
そう言ってせーくんは、また前を向いて歩き始めた。
立ち止まったままその背を見送って、私はまた、彼に気を遣われているって、そう思った。
彼は、私に向かって無関係と言った。状況から見ても無関係なわけはないのにわざわざそんな事を言ったのはきっと、私が彼を六課に無理矢理引っ張り出した原因を作ったことを気にしていることに気付いているからだ。
本当に、自分の蒔いた種が手に負えなくて、泣きそうだった。
自業自得って言葉が、これほど身に染みたことも、そう無い。
この状態は、どうすればいい方向に進むんだろう。
私がせーくんのリンカーコアのことを知っているって言えば、少しは話を聞いてくれるのかな。
「……ううん。それは、ない。か」
そんな事をすれば、きっと彼はもっと私から離れて行く。
いまでさえ掴んでいるのに必死なのに、これ以上遠ざかられたらって思うと、そんな事をする気にはなれなかった。
そんな事を考えていたから、唐突に思った。
けど、それで、私はどうしたいのだろうかと。
彼の身だけを優先して、縛り付けてでも安全な場所に居て欲しいのか。
いつものように、彼が一人で事件に関わっていくのを、どこか遠くで見ているだけになってしまうのか。
それとも────
「なんだか、考えることが……」
気分転換に出てきたのに、それどころか元より荷物が増えたような気分だった。
というより、本当に増えているのだけど。
「……このままじゃあ、ヴィヴィオのことも、せーくんのことも、全部中途半端だ……」
このままでいいわけはない。だけど、次から次へと問題が出てきて、私の頭はパンク寸前だった。
「……今日は、もう休もう」
寝られる気がしないけれど、それでも寝よう。
そして、明日から全力で悩もう。
問題の先送りみたいになってしまっているけれど、今日はもう何を考えてもマイナスな思いしか生まれてこない気がする。
気持ちだけはせめて前を向いていたいから、そんな思いしか生まれてこない時に、考え事はしたくない。
はぁとため息をついて、私はもう一度空を見上げた。
やたらと星の輝く空は、それでもどこまでも漆黒だ。
「向こう側が、なにも見えないなぁ……」
目の前にある空のようにどこまでもなにも見えない未来が、少しだけ恨めしいと思う。
憂鬱な気分で空を見上げていた頭を戻すと、私の立ち止まっている場所からかなり向こうで、せーくんが立ち止まってこちらを見ている事に気付いた。
……あれって、私が部屋に戻るまで見届けないと、またどこかに行きそうだって思われてるってことだよね?
「……信用ないなぁ、私」
こんな時間に仕事をしようとしていたわけだから、彼にこんな風に思われているのは当たり前なのかもしれないけど、でも、はやてちゃんもこういう所はあんまり私の事信用してくれていないし……。
「……頑張ろう」
自分に言い聞かせるように呟いてから、私は小走りでせーくんの所に駆け寄って、一応病み上がりなのに走るのな……。と呆れられるのだった。
うぅ、それでも私、頑張ります……。
2011年1月11日投稿
なんだかもう、すみません。
大変遅くなりまして、申し訳ないです。
とりあえず、この後に高町さん視点が入る予定ですねー。
そこまでいけば、なんとかひと山越えた感じでしょうか。
それではまた、次の更新でお会いしましょう。
2011年1月19日 大幅加筆「高町なのはの回顧」追加
書き終えましたので投稿です。
それではまた。