過去回想────セイゴside
あの怪我が治って、退院して、シグナムさんに斬り倒されて、それから一月と少しくらい経ったある日、隊長にリンカーコアのことがばれてからしばらくあとのことになる。高町と会うことになった。
まあここまで言えば察しのいい人なら分かる通りの展開であり、もちろん八神にあれこれされてお出かけモードとなったわけであったのだが、そう言えば三日に一遍くらいよこしていた連絡と言う名の雑談相手の要請も近頃はご無沙汰だったようなとか思いながら、久しぶりと言うには短く、またあなたかと言うには長いくらいの期間をあけて待ち合わせ場所のファミレスで高町にご対面した俺。
で、注文品頼んだりしながらいつもの通りの敬語でいつものようにふるまうものの、高町の方はなぜだか知らないがこちらの話を聞いていない感じ。
おかげで、あえて言葉にするならば温度差とでも言うべきもののせいかどうにも会話が空回り気味だった。
そもそも高町ときたら、会った時から気まずさと気合の入り混じった実に表現し辛い表情を浮かべていて、ここ最近の付き合いから学んだことからして、こういう表情をしている時の高町はたいてい何か俺に聞きたいことがあるので、面倒かどうかはともかく、なんらかの質問を抱え込んでいるのは明々白々だった。
例に挙げるなら、私とせーくんはお友達だよねと初めて聞いてきた時のそれ。
とはいえ、いつもなら子供ならではとでも言うべき遠慮なんてモンとは無縁の態度で真っ先に質問してくるはずの高町は、それをためらうように顔を俯けたり上げたりしているだけ。
そんなに聞きにくい事なのかねえ。と思いながら、まさかリンカーコアの事でもどっかから漏れたかとか思いつつ、んなわけ無いよなと少々不安になりながらあくまでいつも通りに高町の相手をする。
どうしても聞きたいことなら切羽詰まれば聞いてくるだろうし、俺から突っ込んで話を聞き出す気は毛頭ない。
というか、そんなことしても仕方ないだろう。高町の悩みは俺の悩みではないし、俺は他人の悩みを察してやれるほどに高尚な人間じゃない。
ついこの間だって、高町の助けを借りて親父と和解して、親父の助けを借りて高町の悩みに手を貸したようなものだったのに、精神的にも肉体的にもあれから大した成長もしてないくせに、他人の悩みを軽く聞けるほどお気楽な脳みそを俺はしていない。
それに、もしリンカーコアの事がどうのと言う話なら、絶対に隠し通して見せなければならない。無駄な動揺材料は極力無くしておきたいし、余計なことは口走りたくない。
だから、今この場で俺はいつも通り。
意識していつも通りを装ってはいるものの、話して、斜に構えて、嫌みを口にするその全てがいつもの通りに標準。だと思う。
なのにいつもならそれを苦笑しながら諌める高町が、いつもと違って上の空。
何を言っても、「……うん」とか、「……そう、だね」とか、人の話を聞いていないとしか思えない態度で中身のない返事を返すだけ。
それどころか、時間が経つにつれて最初に見せていたなにかを聞きたそうな表情さえも途切れ途切れになり始めていた。
まあそれならそれで、聞かなくてもいいくらいどうでもいいことなんだろう。と、食後のコーヒーに口をつけながら勝手に結論付けて気にするのをやめようとした辺りのことである。
「あなたにとって、魔法って、なんですか……?」
放っといたらそよ風に当たったくらいの衝撃で消え去ってしまいそうなくらいに不安そうな表情で、いつもの高町からは考えられないくらいに消え入りそうな音量でそう聞かれ、俺は目を細めた。
一体何をと多少惑う俺だったが、質問の内容だけはヤケに鮮烈に頭に焼きついていたので、答えを求めて思考を巡らすことにした。
魔法。
魔法といえば、子供の考えたようなご都合主義のミラクルと、ミッドチルダにおける科学技術の集大成の二種類がメジャーだろうか。
が、高町がこんな真剣な様子で聞くとしたら間違いなく後者だ。
で、重要なのはここからで、俺にとっての魔法、と言われても、質問の中身が曖昧すぎでなんだかよく分からない。
正直、魔法は魔法だ。
子供のころから当たり前にあった、便利な技術というか使い勝手のいい道具と言うか、そういう認識のもの。
てか、いや。わりと最初から思っていた事なんだがなんだこのメンドくさい空気は……。
なぜいつも通りに呼び出されただけなのに、付き合いの面倒くさいお偉いさんの相手をしているみたいな緊張感を味わわなければならないのか……。とか思いながらそんな空気に耐えきれなくなった俺は、リンカーコアのこともあるので不本意ながらも探りを入れることにした。
「あの、高町さん。なにかあったのですか?」
「────…!」
なんだこの反応は。俺との温度差半端ないなとか思いながら何かしらの言葉を待ってると、高町は俯きながらぼそぼそ呟いた。
「え、と。……なんでも、ないの」
「なんでもないのに、そんな表情でこんな難しい事聞くんですか、あなたは」
「……ごめんなさい」
「ま、言いたくないのであるならば、無理に言えとは言いませんけれど」
「……ごめんね。少し、気になることがあって」
「気になること? それが、私にとって魔法とは何か、と言うことに関係が?」
「……うん」
正味、たったこれだけのやり取りなんだが、なんか別に俺のリンカーコアの事を気にしてどうのと言う感じじゃないような気がした。
てか、もし俺のリンカーコアの事を知ったのなら、こいつはこんな回りくどい呼び出しや質問なんてしないで真っ先に突っ込んでくるタイプだと思うので、最初から可能性は低いだろうなとは思っていたんだが。
そもそも、今までの会話からして、彼女と俺の間になぜだか妙な齟齬がある気がして、そういえばこの人が地球出身の俄か魔導士だったことを思い出す。
なんかよく分からんが、これはものごころついても魔法を知らなかった人間と、ものごころついた頃には魔法を知っていた人間との間にある認識の齟齬について知るためにしてきた質問なんだろうか?
いや、まあ、そう言うことで他人の意見を知ろうとするってのは勉強家だなぁとは思う。
けど、そのあたりの俺の認識を一から説明するのは、まあ骨だ。そもそもなぜ俺がこんなことについて講釈を垂れなければならないのかと思ってしまう。
だが、もし後々この話が何らかの原因でこじれたりなんかした時に、それを聞いた誰かさん達になぜ教えてやらなかったのかと怒られそうで気が滅入るので、どうせ暇だし教えてあげようと言う気になって会話のとっかかりを捜した。
で、
「あなたにとって、包丁って何ですか?」
出てきた言葉がこれになる辺り、俺に他人に物を説く才能は無いに等しいと思っていいだろう。今後どんな進路を選ぶか分からないが、教導隊は無理だなと思う。そもそもさっきの高町の質問のセリフのパクリだ。
「ほ、包丁? 包丁って、あの。刃物の奴だよね? えっと、私にとってって……」
俺がいろいろ考えている間散々返答を待っていたはずの高町は、唐突な質問を耳にして案の定戸惑っていた。
が、困惑していようがどうしようが思いつく言葉はあったのか、その答えを口にした。
「お料理に使う道具……かな。……と言うか、それ以外に使い道ってあるの?」
「不謹慎ですし、こんなことはあまり言いたくはないですが。人を傷つけられてしまうでしょ」
「────!?」
高町が大きく目を見開き、椅子から思い切り立ち上がった。
予想通りの反応に苦笑しながら、周囲の視線が集まっても困るので、俺は落ち着くように彼女をなだめて座らせ、話を進める。
「例えばの話ですよ、例えばの。ただ、さっきの問いを簡単に説明しようとすると、この話し方が一番分かりやすいかと思いまして」
「どういうこと……?」
突然すぎるめちゃくちゃな話に、高町は警戒心を露わにしていた。当然と言えば当然だが、人の話は最後まで聞いて欲しいと思う。
「ようは、認識一つってことですよ。普通の人にとっての包丁は、ただの便利な料理の道具でしかありません。けれど、一部の馬鹿の手に渡ると、便利な道具は途端に凶器です」
それと同じように魔法は、俺にとっては戦いの道具。親父にとっては治療の手段。
その他いろいろあるだろうが、人それぞれ。それが俺の魔法に対する認識だった。
「あなたにとってがどういうものかは知りませんが、私からしてみれば、使える技術の一つでしかないんですよ。刃物とか、端末とかと同じような」
「は……もの……?」
「まあ、あれらよりはるかに扱いは難しいですし、用途も幅広いですが」
言いながら俺がまたコーヒーに口をつけていると、高町はまた迷うような仕草を見せながら、それでも今度は先ほどよりもよほど短い時間で口を開いて聞いてきた。
「けど、魔法は、せーくんにとって必要なもの……だよね?」
「え? いや、まあ……。あったら使いますけど、絶対に必要だとまでは思いませんけど?」
最近魔法が使いにくい事に関する負け惜しみみたいになったが、まあ本音だ。
あった方が便利だとは思うが、無いなら無いでなんとかその状況に慣れようとするのが人と言う生き物の強みだと思う。
リンカーコアの不調の件で、先輩他、隊の方々各位にかなりの迷惑をかけているとは思うが、最近はそれでも何とか以前のようにとまではいかなくとも仕事を回せるようにはなって来ていた。
それでも現状、魔法におんぶにだっこだった事が随分と露呈してきていて、もっと何か別口のアプローチでも考えないとやばいかねぇとも、思っていたわけだが。
「それ、は……っ」
「え?」
「ほん、とう……?」
高町が今まで伏せがちだった顔を上げ、唖然とか、呆然とか、そういう表現を飛び越えた、俺のボギャブラリーでは表現できないほど混迷した表情で、俺の方を見て聞いてきた。
表情はともかく、ほんとう?という言葉の方には、正気かお前はという響きがあるような気がしないでもないが、あえてそこは無視して返答することにする。
「本当ですよ。私にとって魔法の行使は、目的のために人に向けて暴力を振るっているのと何ら変わりません。だから、私にとっての魔法は、道具ですね」
違法魔導士との魔法対決なんて、刃のついた真剣相手に、刃引きした剣で戦ってるのとどう違うというのか。
そして、殺傷力があろうとなかろうと、加えた危害は危害でしかない。
どんなに人を傷つけることに長けていないといっても、武器は武器だ。
そう説明すると、高町は呆然とした表情を俺に向けてから、泣きそうな顔になって無言で立ち上がり、「あ、ちょっと!」と呼びかける俺を無視して逃げるように走り去ってしまった。
追いかけようかとも思ったが、追いついてどうすればいいかも分からなかったから、やめた。
ついでにいえば、これで離れて行くなら俺に都合がいいとも思った。
にしても、今日の高町は一体なんだったんだろうか。
「日頃から、訳の分からん事を平然と言う人だとは思っていたけども」
今日はそれに輪をかけて酷かった上、さらには泣きそうな顔して逃走と来ている。
と、そこまで考えて、これが原因でまた何か失敗されても嫌だなあと思い立ち、フェイトさんやヴィータに連絡して、彼女を気にかけてくれるように頼んでおくことに。
他の人のことはまだよく知らないし、ユーノくんはこういう話をすると何だかとても動揺するし、八神には連絡する気も起きないから故のこの二人だった。
どうかしたの?と、フェイトさんに心配され。また何かしたのか。と、ヴィータには訝しがられたが、これで何もしないより少しはマシだろう。
で、数時間後。
さっきはいきなり帰ってゴメンとの謝罪の通信と共に、少しお話いいかなと神妙に問われ、まあ少しくらいならいいですよと、あそこで泣きそうになっていた理由が気になったのもあって了承をしたのだが。
それから、なんか魔法は高町にとってはすんげえ神聖で貴い、それさえあれば何でも出来るみたいな奇跡の力なんだとか言う話をされ、なんか空恐ろしい高町の魔法に対する崇拝に、何かの悪質な洗脳みたいだな。とか心中冷や汗かいて背筋を冷やしつつも、いやそれはないでしょう魔法だって万能ではないしと言う感じの俺の考えを高町の主張と数時間かけて戦わせることに。
奇跡だなんて、まさかである。そんなわけはない。
魔法なんて大層な呼称は付いているが、結局のところあれは様々な論理に基づいた、人間の作り出した技術でしかない。
だって、医術に利用したって、母さんだって救えないような中途半端な何かじゃないか。
まあ、そんな感じで話をしたのだが、結局あれだけ話し合ったところで上手い結論なんて出やしなかったのだけれど。
俺の、魔法もデバイスも道具みたいなものだって主張も、高町の、魔法もデバイスも何かよく分からんが特別なものだって主張も、どっちも主観的なものだ。
おまけにどちらも特に相手の意見に譲歩する気がない以上、どうしても議論は平行線をたどる。
つか、俺としては結論なんて出ても出なくてもどっちだってよかったのだけどね。
俺にとっての魔法とは何か聞かれたから答えただけで、別に高町の主張を聞き入れてこれからの俺の認識を変える気なんてさらっさらなかったのだから。
それで結局、どっちの意見も正しいけど正しくないのでこれから先は互いの意見を頭に入れた上でいろいろ考えながらうまい事魔法と付き合っていきましょうね。とか言う、なんか考察してんだか結論から逃げたんだかよく分からないスローガンの発足とともにこの議論は一旦の幕を迎えたのだった。
が、俺が律儀にあいつと会話の一区切りくらいまで議論を戦わせたのが悪かったのか、それに味を占めた高町がそれから事あるごとに俺相手に一切遠慮なく話相手をお願いしてきたり、俺がそれに飽き飽きしてくると話の最中に本を読んだりし始めたりするようなことになるのだけれど────
────まあ、そんな感じの、過去の一コマ。
居眠りから目が覚めたら目の前に誰かの顔があった。
若干ピントの合わない目を凝らしてみると、その誰かがフェイトさんだというこということに気付く。
フェイトさんにとってはどうということも無い俺が相手とはいえ、あまりにも真正面から凝視したせいか彼女の顔が赤くなっていたのだが、それを話題に上げる気には毛ほどもならなかったので適当な会話で切り抜けて高町の飯を取りに行くことに。
道中いろいろと話をしてから部屋に戻った俺は、フェイトさんに高町を押し付けて用事を済ませることにした。
高町たちの部屋を辞してエリ坊の部屋へとさっくりと戻った俺は、端末を起動して通信相手にコールを始める。
数コールで相手が応じた。今日この日のこの時間に連絡すると前に連絡を取ったときに告げてあったので、時間はきっちりとってくれていたようだ。
『やあ。この間ぶり、セイゴ』
「こんちは、ユーノくん。時間は大丈夫か?」
そして、そんな通信のウィンドウ越しに始まる、金色の長髪を後ろでまとめた儚げな微笑を浮かべる青年との会話。
さて、もうお分かりだろうが、俺がフェイトさんに高町の世話を押し付けてまであの部屋を出てきたのはコレが理由です。
さっきフェイトさん達には隊舎で用事があると言ったな、あれは嘘だ(キリッ
ユーノくんに頼んであったことをあの二人に知られるってのも面倒だからね。根拠はないけど、頼んだ中身見たら、馬鹿なコトはやめろとか言いそうだし。
その辺はユーノくんにも頼んである。他の人には内緒でって。まあ、内容はともかく相談相手はティアにはばれてるわけだけど。あの子にも口止めはしてあるから大丈夫でしょう。
『時間は問題ないよ。キミのために、山のようにあった仕事を何とか全部片付けて、頼まれた調べ物も少しだけど進めておいたくらいにはね』
「ユーノくん、あなたは天使だ……」
俺の言いように大げさだなぁと苦笑しながら、ユーノくんは片手間に結構膨大な量のデータを端末に送ってくる。
それを受け取り、さわりだけでも確認しようとファイルを開いて中身を流し読みすると、わざわざ読みやすいように情報をまとめてくれてまでいることに気付く。
勤め先が勤め先だけあって、読みやすくすっきりとまとめられた資料。
忙しい彼に無理をして欲しかったわけではないので、暇な時に気が向いたら調べてくれるだけでいい、なんて感じでしたお願いにここまで本気で返してきてくれた彼には、もう本当に申し訳なさ過ぎて感謝と言う言葉では足りない気がするよね。
「ユーノくん、さっきはキミを天使だと言ったが、あれは撤回するよ」
『ん? どうしたの?』
「キミは唯一神だ」
『キミは本当に大げさだよ!?』
苦笑を飛び越えて驚きへと達したユーノくんに今度は俺が苦笑しながら開いたデータを更に読み込んでいく。
頼まれたことを少しだけ進めておいたとユーノくんは言ったけれど、これだけ揃えて少しとのたまう彼の普段の仕事量が不安でならないと思う。
これ俺の依頼の80%は完了してるだろ……。残りは本当に詰めだけという状態にまでまとめられたファイルの内容を目で追いながら、心の底から感謝するしかない俺だった。
そんな俺に、ユーノくんが「けど、セイゴ」と話しかけてきた。
資料の文字列から顔をあげてユーノくんの方を見ると、そこには普段の微笑も浮かべていない彼の真剣そのものな表情があった。
けれど、雰囲気に呑まれるのは良くないと思うので、気付いていない振りをしてあくまでいつものように声を出す。
「ん、どうしたィ?」
『最初は断ったとはいえ、結局は調べておいてこんなことを言えた立場ではないと思う。けど、その中には使い方によっては危ないことになるかもしれない魔法も含まれているんだ。……キミは、本気でそんな技術を応用して、魔法を使う気なの?』
前言撤回。真剣どころか切羽詰まったとでも表現して相違ないような様子で言われ、ちょっと「うーん」とうろたえる俺。
はっきり言えば、全く使いたくなどない。
しかし、相手が相手だ。多少……どころかとんでもないレベルになってしまってはいるが、無茶もしないでどうにかなるとは思っていない。
人体に悪影響の出ないような術式なんて、管理局に入ってから今までの時間でもう粗方試行錯誤し終わっている身としては、これ以上を望むなら今まで避けていたものにも手を出さないとならない。
本当はリミッター解除の許可が下りれば戦略の幅も広がるのだが、そんなモンが俺に下りる可能性に期待するくらいなら神がこの世界に降臨する可能性に賭けた方がよほど心の健康にいいと思うレベルの出来事なので、考えるだけ無駄である。
まあそんな馬鹿な話はともかく、真面目な話俺に下ろすくらいなら高町たちに下ろすべきなので、俺の現在の自前の何かで何とかするしかない。
だからユーノくんに頼んだのだ。デメリットは無視でもいいから、何とか戦闘レベルを一時的にでも向上させる方法いくつかを探してはくれないだろうか、と。
最初は随分と窘められ、そんな方法は調べられないと拒否されたものだが、地道に交渉してなんとか彼の了解の返事を得たのだった。
大体、高町だってブラスターとかリンカーコアの健康をディスってるとしか思えない魔法持ってるじゃん実戦で使ったことはまだないって話だけどさって感じではあるんだが。
とはいえ、使うかどうかは本当に別問題だけれども。
が、Sランクの魔導士を相手取るというのに、そんな情けない考えでどうにかなるとは思えねーよなーとか考えてたらユーノくんが聞いてきた。
『そもそも、その人の相手は、本当にセイゴがしなければいけないの?』
聞かれて頭を捻る俺。
さあ、実際の所どうなんだろうか?
けど、相手の主戦力の人数も知れないし、相手出来る要素を増やすに越したことはなくね?とは思う。
そもそも冷静に考えて、ゼストさんだけが超えるべき壁なわけじゃない。
高町が止めたというヘリへの砲撃はSランクに匹敵するそれだったと聞いた。
ゼストさんと共に居た紫色の少女の召喚魔法も、Sランクを観測。
さて、こうなってくると数も知れない敵さんのメンバー共がそれぞれその戦力に準ずるレベルだということはおそらく間違いない。つまり生き残るためにはどうしてもレベルアップが必要と言えよう。
相手の脅威を知っていたのに備えていませんでしたでは、酒の肴のいい思い出にもなりゃしない。ていうか、生きて帰れるかどうかも怪しいところだ。
まあそれはともかく、そういうわけで一応戦闘に選択肢は増やしておきたいんですよと言ったら、ユーノくんが弱ったように眉根を寄せた。
『けど……』
「気にしないでよ。俺だって男の子だからさ。少しは強くなりたいって願望もあるんだよ。それに、使うことに関してはホントに気は進んでないしね」
そこは本当。
だからこそシグナムさんに稽古を頼んでるわけだし、他にもいろいろと手をまわしてるわけだし。
『……そっか。僕も一応、昔同じようなことを思ったことがあるから、何となくは分かるよ』
いろいろ言う俺に、ユーノくんが苦い表情で言った。
昔ってなんだろう。
彼が関わって大変だった話って言うと、PT事件のことだろうか。
他の事件はよく分からなかったのでそう聞くと、ユーノくんは「まあ、そんなところ」と曖昧に頷いた。
その反応は含みが多そうですねとか思ってたら、キミには、僕となのはが出会ったきっかけについては話したよね? と聞かれ、あーそういえばクロノさんに誘われて一緒に三人で飯食いに行ったとき世間話の話題になったよねと言う感じで思い出す。
「ユーノくんが変身魔法でフェレット姿になって女風呂に連れ込まれたってこととかで」
『ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ』
入った! メイントラウマスイッチ入った! これで追い詰める! とかする気もないこと思いながら、まあ男の夢だから仕方ないネってフォローしたらもっと様子が酷くなったので冗談だよごめんごめんと苦笑して宥める。
で、彼が落ち着いてから話の続き。
「高町のほうも散々覚えさせたがってねー。……通信越しに暇な時間にさんざん聞かせられたんだよね。おかげで上の空ではいはい聞いてただけなのに情景が浮かびそうなくらい覚えてるなぁ」
『……仲いいなぁ、二人とも』
「その反応は心外だ」
中でもなんか、フェイトさんとの出会いとか、様々なあれを経て和解した所とかはエラく熱く語られて、残念なくらい俺の頭のリソースを占拠していたりするのだった。
けどなんかさー、色々聞いてて思ったんだけど、あれ管理局の仕事に民間人が協力したってより、民間人に管理局が協力してね?
高町がジュエルシード集めたり、敵の本拠地の時の庭園ってところに突貫した時に、第二派はクロノさん以外は局員でなかったり……。
てか、突き放すふりして民間人だった高町達を言葉巧みに手駒にするとか汚いな、流石ハラオウン母きたない。
まあ別にどうでもいいけどさ。それで丸く収まってたわけだし。
でも、フェイトさんが無茶してジュエルシード六個も暴走させた時に傍観を決め込もうとしてたのは正直どうかと思うけど。
もしフェイトさんがジュエルシードの魔力に負けて封印失敗してたら、結構な規模の次元震が発生しかねなかったんじゃね? とクロノさんに聞いたら、いつもポーカーフェイスな彼が珍しく、うぐっと表情を歪めていた。
どんな状況だろうと、次元震の発生を防ぐよりも重要なことなんてそうないと思う。
まあ、終わったことなのでどうこう言っても仕方ないんだが。
しっかし、プレシア・テスタロッサさんは、アルハザードなんて空想の産物を求めてまで、一体なにをしたかったのか。
とか思ったのでその辺のこと知ってる? と聞いたら、それは僕の口から語ることじゃないねと言われてふーんとなる。
まあ言いにくいことなら無理に聞こうとは思わん。
それよりもっつーか、前からちょこっとは知ってたんだが、こうして改めて考えてみると、高町って昔っから無茶苦茶だよね。
ランクAのロストロギアを初見で封印したり、魔導士歴数日で局員より強かったり、訓練受けた大魔導士の娘より強くなったり。
しかしアレだ。そう言えば高町って最初は魔法の魔の字も知らない管理外世界のド素人だったわけだ。
そのド素人が自分の町を救うために頑張ってロストロギアを封印する。
「つまり、高町も始まりは犯罪者まがいだったわけか……」
胸が熱くなるな……。
『いやいやいやいや、違うよっ! なのはは現地協力者として……て言うかどうしてそうなったの!?』
「だって、初期は管理局に無断でロストロギア集めてますよね」
『そ、それは僕の……』
「ユーノくんも、一応は何度か止めたんですよね?」
『う、うぅ……』
事実だけ嫌味っぽく口にしたらユーノくんが頭を抱えてしまった。
あ、でも管理外世界での出来事だから、一応そこまで厳密になる話でもないのか。
故にごめんなさい冗談ですよと謝ったら恨めしそうな視線をこちらに向けられてちょっと「うぐっ」となる俺。
『……どうしてキミはそう、なのはを悪者にしたがるの?』
「失礼な。悪者にしたがっているんじゃない。ついやっちゃうんだ」
『余計駄目だよ……』
欲望に負けているだけじゃないさ、とは手厳しいなユーノくん。けれどここは誤解して欲しくないんだが、別にそんな所だけをさっきの話から思ったわけじゃない。
「大丈夫だって、ちゃんと理解してるよ。ユーノくんが自分に何の責任もないのにジュエルシードを確保しに行ったことも、高町がそれに巻き込まれたことも、管理局がいつも通りに次元震が起きてから後手に回って行動したこともさ」
早い話、ユーノくん達が回収に乗り出していなかったら、なんか途中からはフェイトさんも敵方として出張っていたらしいとはいえ、人的被害は洒落になっていなかっただろう。
それに、海鳴の町どころか地球そのものが丸ごと消滅していた危険だってあった。
キチンと管理局に連絡しなかったのはどうかと思うが、その辺は移送船の積荷の報告を受けていて放っておいた局側の対応にこそ難有りだろう。
願いに反応してそれを叶えようとする太古の遺産、ジュエルシード。しかしその願いはジュエルシードに取り込まれた時点で歪に歪むのだと言う。
話では、実際に町中が木の化け物に飲みこまれそうになったこともあったんだとか。
しかし、そんなことになっているのに、管理局が事態の収拾に乗り出したのは、次元震が起きてから。
ジュエルシードを載せた移送船が原因不明の事故に会った時点で、管理局には一応の情報が行っていたのにもかかわらず、だ。
二人の働きは、管理局の不始末の尻拭いと言っても過言ではない。
偉そうに、時空を管理する局なんて名前をつけておきながら、本当の所こんな風な情けない部分の方が多い。
誰もが必死でやっている。けど、それでも事件の頻度に俺たちの手が追いつかないのが実情なのだ。
そんな中、局員のくせに自分の都合だけ押し通して手を抜いてた馬鹿もいたけど。まあそれは別の話。
そして、そんな風に管理外世界に送り出すだけの人財が無いのも、それだけの人財不足になるだけ多くの管理世界を増やしたのも、無駄にロストロギアを移動させたりして事件の原因になったりするようなことを決めてるのも、管理局のお偉いさん方。つまり俺たちが選んだこの世界のトップだ。
つまりこれは俺たちが蒔いた種とも言えるのに、その尻拭いをしてくれた二人に、迷惑をかけた俺達側が文句を言えるはずもない。
まあ、クロノさんとかには、無謀はするなと窘められたらしいが。
「その事件からも、もう10年以上経つってのに、未だに人財不足は未解決だしねー。俺達管理局の人間って結構学習能力ないよな」
『それは……』
実情に詳しい分、ユーノくんは返答に困っているようだった。
こんなことで彼を困らせたいわけではなかったので、まあそれはいいやと話を逸らす。
「そう言えば、高町が風邪引いてるんだが、ユーノくんは御存知だろうか」
『……え』
あ、めっちゃポカンとなった。
『ええええええっ!? な、なのはは大丈夫なのっ!?』
「あー、うん。シャマル先生も多分大丈夫だろうって言ってたし。いまはフェイトさんが粥食べさせてるところだと思うよ」
『そ、そうなの? よかった……』
すんごいほっとした様子を見せるユーノくん。流石に驚きすぎじゃね?と聞くと、こんなこと初めてだから動揺が大きくてと言われた。
そう言えば俺も高町の風邪がどうのとか聞いたこと無いなぁ。おまけに実際に遭遇したのはこれが初めてだ。
ユーノくんは俺よりも付き合いも長いしその密度も上だろうし、驚きもひとしおなのだろう。
「まあ、今頃は薬も飲んでるだろうし、夕方には熱も下がってるだろうから、そん時に連絡でも入れてみたら……ってのはちょっとまずい、か?」
『え、どうして?』
キョトンと首を傾げるユーノくん。
いや、どうしてもなにも……。
「ユーノくん、どういう理由で高町に連絡する?」
『どういうもなにも、セイゴに風邪のことを教えてもらってって……あ』
「ユーノくんは、俺がわざわざ、高町の風邪のことをユーノくんに連絡する理由って考え付く?」
そう、俺がそのためだけにユーノくんに連絡をするわけがない。
俺がユーノくんにわざわざそんな事を告げる可能性があり得るとすれば、何かの用事のついでに思い出して言ったというあたりが妥当なセンになると言うか今回の事実そのままなのだが、ならその用事とはいかに、とあいつらに俺のしていることを疑問に思われる可能性が高い。
そんなことになれば確実に俺の邪魔をしてきかねないので、それは御勘弁願いたい。
「ユーノくんが高町に用事があって、たまたま連絡したらたまたま風邪だったって感じにしてくれるなら、俺としては助かるんだけど……」
『う、うーん。それはいくらなんでも無茶じゃ……。僕が暇な時にセイゴに連絡してるってことにするのは?』
「高町はなぁ……。そーゆー嘘はストレートに見破ってくると思うんだけど」
『そうだね……』
「それでもどうしてもってんなら、エロ本の取引してましたとでも言っとく?」
『……ごめんなさい、本当に勘弁して』
本気で嫌そうだったので、冗談だよ冗談と苦笑しながらフォローする。
で、
「仕方ないから、俺が高町を困らせるためにユーノくんに連絡したことにしよう」
『……えーと、なんかごめんね』
本当に申し訳なさそうに謝って来てくれたのでそれだけで俺はもう大丈夫である。というか俺の隠しごとのために面倒な嘘をつかせるこちらの方が謝りたいくらいなのでむしろありがとう。生きる活力をありがとう。
にしても、高町も身近にこんなにいい人がいるってのに、なんで付き合おうとか思わないんだろうなとユーノくんに言ったら、え、いい人って誰?とか本気で聞いた来たけどあれだ、この人本当に天然でいい人なんだろうなぁ。
そういうわけでいい人に厄介事を押し付ける感じで申し訳ないんだが、マジで高町どうにかしてくれないだろうか。
あいつ俺の相手とかしすぎだろ常識的に考えて……。人生の40%は損してるよ。もっとちゃんとした恋に生きろよ。
とか思いつつユーノくんですよユーノくんとか言ったら、ええっ!? とか本気で驚かれてこっちが驚くよねホント。
「高町の傍に、キミ以上の優良物件はいないと思うんだが」
『え、いや、そんなことは……。そ、それにそれを言ったらキミだって!』
「え、俺? みんな同じようなこと言うけどさぁ、俺そんなんじゃないよ」
ユーノくんとしては照れ隠しにでも俺の名前を引き合いに出したのだろうが、そりゃあ全くの見当外れだ。
けどまあ、彼とこの辺りの正否についての論争を繰り広げたとして、どうせ泥沼な感じの様相を呈しそうなのは目に見えているので、この会話はこの辺でシャットダウンと行こうと思う。
「とにかく、今日はいろいろありがとう。一応、高町の熱が下がった頃にもう一度連絡するけど、応答なかったらメールでも送っとくからチェックしてくれ」
『え、あ、うん。ありがとう、セイゴ』
こちらこそと返事して、何か言いたげなユーノくんを無視して通信を切る。
端末の電源を落として胸ポケットに突っ込み、時計を見てそろそろ戻らなくてはと立ち上がる。
そうして、エリ坊の部屋をそそくさと後にする俺だった。
介入結果その二十八 ユーノ・スクライアの追憶
────8年前
「ここだよ、ユーノくん」
と、いつもと比べて少しぎこちない微笑を浮かべながら、ここまで僕を案内してくれた少女が言った。
彼女のその表情を見て、僕の心はまた少しだけ沈む。
鼻腔をつく消毒液のにおい。
リノリウムの床。
視界の端をせわしなく行ったり来たりする、白衣や看護士服を着た大人たち。
言うまでも無く、ここは病院だった。
かといって、僕自身が患者としてここまでやってきた、と言うわけではない。
彼女。────高町なのはと言う名の少女を、違法魔導士討伐の任務中に庇って、大怪我を負ったという少年をお見舞いしに来たのだった。なのはの表情は、その事件に起因するものだ。
彼が目を覚ましてから四日、この病院に担ぎ込まれてからは七日ほどになる。
本当は、もっと早い段階でお見舞いに来るつもりだった。
それは、僕の大事な友達であるなのはを身を呈して守ってくれた事に精一杯の感謝をしたかったからでもあるし、彼の怪我が心配だったからでもある。
……いや、これはただの建前だ。そう言うことも考えてここに来たのは確かだけど、本当はもっと別の感情が僕の足をここへ向けさせた。
ここに来たところで、満たせるものはどこまでも勝手な自己満足だけだっていうのに。
フルーツはたくさん貰いすぎてもう飽きているみたいだよとのなのはのアドバイスを参考に購入した菓子店のプリンの入った紙箱を持ち直しながら、僕は眦を下げた。
「ユーノくん、どうかしたの?」
「え、あ、いや。なんでもないよ、なのは」
僕の様子を不審に思ったのか、なのはが顔を覗き込んできた。無防備な表情がいきなり目の前に来て戸惑ったけれど、なんとか誤魔化して平静を装う。
「それじゃあ、なのは。入ろうか」
「うん、そうだね」
僕が促すと、なのはが頷いて病室の扉を開いた。
そして、こんにちはとの言葉と共に病室に入ろうとしたなのはが、その場でビシリと固まった。
何事だろうと、僕もなのはの頭越しに病室を覗き込むと、そこでは────
「う……うぅっ」
部屋の奥の方で、椅子に座って膝の上で手をぎゅっと握り、肩を震わせながら俯いて嗚咽を漏らしている私服の白いワンピース姿のフェイトがいた。
そしてその対面には少年と女性が椅子を並べて陣取っている。
少年の方はおそらく僕達より数歳年上。バッサリと短く整えられた黒髪と、不気味なほどの無表情が印象的で、病院服姿な所を見るとこの部屋の主だろう。彼がセイゴ・プレマシーさんだと思う。
もう一人の女性は、管理局武装隊の制服を纏った赤毛の髪色をしたショートカットの女性で、こちらはこちらで一見すると能面と見間違えそうなくらいに作られた事がありありと分かる笑顔でにこにこと笑っていた。
……というか、一体この状況は何なのだろう。なぜ、なのはを庇って大怪我を負ったはずの彼が、この部屋でフェイトと向かい合っている上に彼女をいじめているんだろう。
と。僕がそんな疑問にまで辿りついたあたりだった。
「嗚咽を漏らしているだけでは、なにも伝わっては来ませんよ。執務官になろうという人間が、その程度の精神力しか持ち合わせていないとはお笑い種だ。随分と酷い冗談とも言える」
「う……」
「大体あなたは────って」
ようやく僕達の来訪に気付いたのか、セイゴさんは無表情のままこちらを一瞥してから無感動な瞳を向けてこう言った。
「ああ高町さんですか。すみませんが、もう少々そこでお待ち下さい。あと少しで一通りの模擬面接が終了しますので」
そのまま視線をフェイトの方に戻す彼に、なのはも僕も唖然と立ち尽くすしかない。
この彼が、なのはの話に聞いていた、セイゴさんだというのだろうか。
こう言ってはなんだけど、全くと言っていいほどイメージと違う。
なのはの話では、無愛想ながらも仕草の端々に人間味のある優しい人だっていう印象だったし、それは目の前でフェイトをいびっている彼の人間像とはまるで結びつかなかった。
「フェイト・T・ハラオウンさん。先ほどの質問に答えのほうをいただけないと言うことは、受験を放棄したと受け取っても構いませんか」
「────っっ。……ぁ、ぅ」
何か言おうとして、けれど息が詰まったように何も言えないフェイトに、少年は肩を竦めて馬鹿にするように言う。
「申し訳有りませんが、俯かれたままそのように小さな声で言葉を発されても、私には聞き取ることが出来ません。まずは顔を上げてからにしていただけませんか」
その一言で、フェイトの頭がさらに俯き加減になる。
まるで彼女の周りだけ、重力が数倍になっているかのような空気の淀みように、とてもじゃないけどこれ以上そのまま見ているような事の出来なくなった僕が、部屋の中へ踏み込んでとりあえず仲裁しようとしたのを止めたのは────
「せーくんッッ! フェイトちゃんになにをやってるのーーっ!」
すごい勢いで彼に向けて突貫していく、呆然自失から自我を取り戻した、高町なのはの後ろ姿だった。
なのはのセイゴさんへのイノシシも真っ青な猛突進から時間が経って、僕は彼の横になるベッドの脇に備え付けられていた椅子に腰を降ろして、
「いや、私だって最初にクロノさんってあの人のお兄さんに確認はとったんですよ。手加減は苦手なので泣かせてしまうかもしれませんが、本当によろしいのですか? って」
「はあ……」
「そりゃあ確かにちょっとやりすぎたかなぁとは思わなくもないですけれど、本人にも一応、本当にやるんですか? 一切手加減しませんよ? と、確認を取りました所、はい、よろしくお願いしますっ! なんて返事をくれたのにもかかわらずこの仕打ちって言うのは、ちょっと私としても納得がいかないというかですね」
ベッドの上で寝転がるセイゴさんの愚痴に付き合わされる羽目になっていた。
なのはとロロナさんと言うらしいあの女性は、精神的にボロボロになったフェイトをなだめるために部屋を出て行ったため、ここにはいない。
事情は大体聞いた。
執務官試験を受けるフェイトのために、あえてほとんど赤の他人と言える人に面接官役を頼むだなんて、クロノも随分と妹思いなものだって感心する。
まあ、選んだ相手が少し曲者だったのは、運が悪かったのか狙い通りなのかは知らないけど。
「て、そう言えば、あなたはどちらさまですか?」
もうかなりの長時間ボロボロといろいろ文句をこぼしながらの彼に唐突に問われて、僕は呆れ顔で言った。
「……いや、今更ですか?」
「ええ、まあ」
確かに今さらですけれど、いろいろと騒々しくてお互い自己紹介もしていないわけですからこの流れは妥当では? と言われて、それは確かにとは思ったので、自己紹介する事に。
「ユーノ・スクライアです。なのはの友人で────」
「あー、はいはい。大体分かりました」
「え?」
「要するに、高町さんを庇って私が怪我をしたので、気を遣ってわざわざお見舞いに来てくれたのでしょう? あ、お見舞いの品ありがとうございます。後ほどありがたく頂きます。ちなみに私は、誠吾・プレマシーです」
そう言って、ベッドの上で姿勢を正し、深々と頭を下げるセイゴさん。つられて僕も頭を下げた。
あまりにもサバサバしたその対応が意外で、僕がそのあたりの事を少しだけ訊ねると、目が覚めてからなのはの知り合いが数時間おきにお見舞いに来るため、なんだか慣れが先行してこのような対応になっているのだとか。
「というか、私の知り合いより高町さんの知り合いの方が多く訪ねてくるのですが、人徳の差なのでしょうかね?」
おかげで、全く顔も知らなかった人からお大事にと言われるような毎日です。新鮮ですよ? とあっけらかんと笑いながら言う彼は、さっきフェイトをいじめていた時とはまるで別人だった。
そんな僕の内心を悟られたのか、セイゴさんは苦笑して言った。
「そんなに私の事を値踏みするような表情を見せられると、流石に少し傷つきますね」
「────え、あっ。ごめんなさいっ!」
「いや、冗談ですよ。そんなに繊細な人間じゃありません。それに、初対面の相手が自分の友人をあんな扱いしていれば、そう言う風な態度を取るのは普通の対応です」
それに私も、状況によっていくつか態度は使い分けますから。お互い様です。と、彼は肩を竦めた。
「例えば、今の私は仕事とプライベートを足して二で割ったような感じでしょうか。普段、仕事中はこんなに饒舌ではないんですよ?」
「え、そうなんですか?」
「ええ、ちなみにプライベートだと、口調は普通にタメ口です」
「……あれ。でもなのはの話だと」
ああ、聞いていたんですか。と、セイゴさんはなんでもなさそうに言った。
「あの人は、もう普通の知り合いとは対応も別ですね。なんだか、敬語で話さないと負けたような気分になるというか……」
あ、本人には内密にお願いします。うるさいので。
そんな風にお願いをしてくる彼に頷きながら、僕は彼の放つ不思議な雰囲気を感じ取っていた。
そう言えば、さっきまでは驚きの連続で薄れていたけど、なのはがあんな風に誰かを叱っているのも、そんななのはに食ってかかるような人がいるのも、随分貴重な映像だ。
だけど、普段僕たちの前に居る時よりも、さっきまでのなのはの方がなんだか生き生きしていたように見えたのは、僕の気のせいだっただろうか。
そんな事を考えながら、僕は視線の先にあるセイゴさんの顔を見た。
視線に気付いた彼が少し目を細めて、どうしました? と聞いてくる。
僕は少しだけ慌てて視線を打ち消して、なんでもないですと話をうやむやにした。
だからだったのかもしれない。
彼の初対面での行動が、圧倒的なまでに僕の予想の斜め上を行って、考えることを別の方向へと向けてくれたからなのかもしれない。
彼を心配することで満たそうとしていた自己満足の件なんて、全く思考の外に追いやられている事に気付いたのは、僕が彼の部屋を辞して、帰路についた後だった。
────それが、僕とセイゴの邂逅。
白昼夢みたいに昔を思い出しながら、僕は先ほどまで通信を繋げていた端末を、胸ポケットにするっと落とした。
「僕が、なのはの近くの優良物件……か」
彼の言葉を思い出してため息一つ吐きながら、また少し回想に浸る。
────あの出会いのあと、なのはたちにはあまり知られていないけれど、僕と彼の間にはそれなりの繋がりが出来ていた。
それは、互いに共通の友人を持った男同士だったこともあるけど、それよりなにより、話していて互いにあまり気を遣わない関係を、あの病院での邂逅で築けたからだと思う。
まあそれだけじゃなくて、なのはやはやてにいろいろと振り回されている彼が、僕にその事を相談したり愚痴ったりしてきていたから、ということも大きかったのかもしれない。
最近はお互いに忙しかったから、たまの通信でくらいしか顔を合わせる機会は無かったけれど、それでも彼は無二の友人だ。……僕を仕事の山に埋もれさせて過労死させようとしてくるどこかの嫌味な誰かさんとはまた違った、だけど。
だから、なのはの仲立ちがなくとも、僕たちはそう言う風に仲良くなっていたから、僕が彼になのはとの関係のことでの本音を弱音のように口にするのは時間の問題だった。
なのはのことを、あの心優しい女の子のことを、あんな血なまぐさい魔法の世界に巻き込んだのは、僕だ。
力が足りなくて、情けなくも彼女に頼ってロストロギアの回収なんて無謀をさせてしまった、僕の責任だ。
そのせいで彼女は、戦いの世界に巻き込まれた。
彼女は何度も何度も負けて、その度に怪我を負って、それでも諦めずに前に進んでいった。
僕は、そんな彼女が傷つく度に、自分の無力さを呪いたくなった。
僕は、弱い。
彼女を戦いの世界に巻き込んだのは僕なのに、僕には彼女のピンチを身近で助けるだけの力もありはしない。
巻き込んだのに、守れない。守られてばかりの僕。
そして、いくつかの事件を経てなのはが管理局入りしてからも、当時の僕がそんな事をうじうじと悩んでいる間に、彼女は空から墜ちかけた。
最初は、彼女の無事を喜んでいた僕だったけど、他の情報が集まってくるうちにそんな喜びはどこかへ吹き飛んで消え散った。
なのはを庇って、一人の少年が大怪我を負った。
しかも、一旦心停止までしたそうで、病院に担ぎ込まれてからも昏睡状態で、目を覚ますかどうかも分からないのだという。
けど、幸いなことに、彼は事件から三日で目を覚ましてくれた。
僕は、すぐにでも彼の安否を確認しに行こうとした。
だけど、心が委縮して、足が竦んで、なのはに頼んで病院へと行く決心をするまでに、三日もかかってしまった。
怖かった。なのはの疲労や悩みのことも聞いて、彼が大怪我を負ったのは、僕が自分の責任やなのはから逃げ続けていたせいなんじゃないかって、そう思ってしまったから。
だから、あのお見舞いの日から数年が経って、クロノに誘われてセイゴも含めた三人一緒に食事に行った時に、なのはとの出会いの話が話題に上がって。
いろいろ話して、食事会もお開きになって、クロノと別れてセイゴと二人で家路を進んでいた途中、いろいろ話したせいか、なのはに対する後ろめたい気持ちが再燃して僕の心の許容量を突破してしまって、あの怪我は僕のせいだったのかもしれないなんて、そう弱音をこぼした。
僕の独白を目を細めて聞いていた彼は、少しだけ考えるように時間を取ってから、呆れたように肩を竦めた。
「それって、俺の人生とか高町の人生とかの舵を、ユーノくんが握ってるってこと? ……随分と自意識過剰で傲慢な事を考えてるのな。俺みたいで親近感わくよ」
「え……」
俺みたい、ってどういう意味?と、そう聞きたかったけれど、それよりも先に言葉を口にされて、タイミングを逸してしまう。
「……まあいいや。もし俺と高町との出会いがキミに関係あるって言うなら、あの時のことはキミに感謝したいくらいなんだ」
目を剥く僕に、セイゴは淡々と説明した。
彼のお母さんである、マコトさんの死のこと。
マコトさんのことが原因で、父であるジェッソさんと仲違いをしていたこと。
なのはと出会い、そして彼女を庇って大怪我したことで、結果的にとは言えジェッソさんと和解することが出来たのだということ。
「ロクでもないことしか無かったわけじゃなくて、あいつと出会ったことでプラスに向いたことだってあったよ。キミが高町を魔法の世界に引きずり込んだせいで俺が怪我をしたって言うのも、確かに一つのモノの見方だろうけど……。あの怪我がなきゃ、俺は今でも親父とは分かりあって無かったわけじゃん?」
高町自身がどう思ってるかなんて知らないけど、いいとか悪いとか、人によって受け取り方は違うわけだから、一々気にしない方がいいよ。
そう言ってセイゴは、小さく苦笑した。
「それに、人が人に影響を与えるのなんて当前のことだしさ。それでも何かが気になるなら、その出会いで悪くなった所じゃなくて、よくなった所を探してみなよ。フェイトさんと高町が無二の親友になってるのって、キミとの出会いのおかげじゃない?」
彼のその言葉に、あの時の僕はどれほど救われただろう。
単純な上に、馬鹿だとは思う。あんな悩みを誰かに相談して、それを否定されなかったからって安心してしまっている自分は。
そもそも、根本的になのはと向き合って何かが解決したってわけでもないのに。
けど、僕のあんな醜い告白を聞いて、それでも苦笑一つにあの言葉だけでそれを受け入れて、その上助言までくれた彼は、僕にとってあの場での救いで、友人だった。
さっき、僕があの食事会の日のことを話題に出した時に、はぐらかすように僕の黒歴史を口にした彼の態度からしても、今でも変わらず大切な友人だ。
まあ、彼の性格からして無意識でって可能性の方が高いと思うけど。
だから、そう言う彼がいてくれたから、少しだけ今は前向きでいることが出来ている。
今でも僕は、しつこいって分かっているけれど、なのはをこの世界に引きずり込んでしまった事に、負い目を感じてしまっている。
なのは自身がその事を何一つ気にしていないことも、セイゴの言うとおり、これがとんでもなく傲慢な自意識過剰だっていう見解の事も分かっていて、まだ女々しくもそう思ってしまっている。
ただ、それでも、その事に悩むだけでなにも行動しない自分にだけは、絶対にならないようにって、そう言う気持ちは手に入れていた。
あの頃のように、状況に流されて他人を巻き込むような失敗を、二度としたいとは思えないから。
例えまた、僕の行動が誰かの人生に影響を与えてしまうとしても、それは全て自分の意思だったって、逃げること無くそう言いたいから。
だけど、まだ何一つとして気持ちの先の結果を見ることが出来ていないくせに、なのはと正面から向き合うような勇気は、僕の中にはまだ無かった。
きっと僕は、なのはのことを好いている。
けれど、少なくとも、今の心の内を整理しないまま、彼女の前に立つことだけは出来ないと思った。
「って、これもまた、言い訳かな」
苦笑して、本音を考える。
本当は、分かっているんだ。
僕のことを、友達だと思ってくれているってだけで身に余る光栄だけど、なのははきっと、僕のことを友達以上に見てはくれない。
だって、今までいろいろな表情のなのはを見て来たけれど、少しも遠慮の見えない、子供のように無邪気な笑顔を見せていたのは、本当に特定の場面でだけだったから。
だから、ベクトルがどの方向に向いているかは知れないけれど、なのはが友達以上の感情を有しているのは────
そこまで考えて、また苦笑する。
「……さて、午後からももう一頑張りしないとね」
セイゴのために調べなければならない事が、まだある。
彼には────大事な友人の彼には生きていて欲しいから、彼が生き残るために本当に必要なことの手伝いなら、僕は喜んで手を貸そう。
そう思いを確かめながら、僕は休憩室の椅子から立ち上がった。
「本当になのはにとって優良物件なのは、一体誰なんだろうね」
どう思う、セイゴ?
そんな独り言は、虚空に溶けて誰にも届かなかった。
2010年11月9日投稿
四十話でしたー。
もうちょっと暇な時間が欲しい今日この頃です。
次のお話は、今月中に出せるかなぁ、と言ったところでしょうか。
なんの話をどう先に出そうか迷っている最中ですので、そのあたりの事で遅れる可能性はありますが……。
申し訳ありませんが、気長にお待ちいただければ幸いです。
2010年11月11日 大幅加筆「ユーノ・スクライアの追憶」追加
予想よりも書きやすかったためか、ユーノくんのエピソードをなんとか書き終えましたので、投稿しておきます。
次も素早く書き終える事が出来ればとは思いますが……。