高町と別れてから水飲んで寝袋入ってぐーすかと睡眠とり始めた俺だったのだが、いつも起きるより早い時間に襲ってきた騒々しい音とか誰かの声とかのせいでやむなく目を覚ますことに。
睡眠と水分不足で霞む目で時計を見ると、昨夜寝てから二時間チョイしか経ってNEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!
しかし今更二度寝出来そうな感じでもなかったので、目をこすりながら朝っぱらからうるっせえなと悪態つきつつ寝袋からゾンビの如くずるずると這い出て匍匐前進しながら話し声のする玄関に向かうと、
「せ、せせせセイゴっ! なのはさんが熱出して倒れたって!」
とか叫びながら、早朝の来訪者の応対をしていたらしいエリ坊がまどろみ気味のヴィヴィオをおぶったキャロ嬢を伴って部屋の中になだれ込んできた。
俺はそっかー熱出して倒れたかー。高町にしちゃ珍しいなー。つか俺は初めて見るなぁとか思いながら、やっぱ昨日の夜のあれが原因かねーとも思いつつ、と言うかなんでヴィヴィオとキャロ嬢がここにとか思って聞いてみる。
すると、フェイトさんが病気の高町の傍にヴィヴィオを置いておくわけにもいかず、とりあえずなんかの用事で高町たちの部屋を訪れて騒ぎに気付いたキャロ嬢がここまでヴィヴィオを連れてきたらしいとか言う話を聞かされたんだがなんでやねん。
そこは普通スバルとかティアとか、他にもっと今の状況に相応しい所を選ぶといいんじゃないだろうか。
むしろ率先して選ぶべきそうすべき。とか言ったら申し訳なさそうに苦笑いされつつ御伝言いただきましたー。
「いえ、ついでにセイゴさんを呼んできてって言われてて……」
「用事と幼児のついでに呼ばれる俺は泣いていいと思う」
と言うか、端末見たらフェイトさんから何回か連絡来てるのね。騒がしいと思ったのはこれも原因か……。
なにはともあれ、この騒がしさの理由に心の中で納得しつつ、高町は愛されてるなあと感心する。
俺だったらエリ坊とかキャロ嬢がそれなりに心配して、高町が過剰に反応しそうなところを除けば、他はへーって感じで流されるのがオチだろうから。
なんて考えつつ、シャマルさんはとキャロ嬢に聞くと、え?って感じに首を傾げた。
いや、この課の医者は彼女でしょ。なのに患者がいる所に彼女がいないってのは違和感バリバリなわけだがどうよという感じ。
「そ、そういえばシャマルさんの姿、昨日の夜から見てないかも……」
「そうなのかー? じゃあとりあえずそっちからだなー」
言いつつ端末起動。通信を繋ぐ。
で、すんげー疲れてる感じのシャマルさんが通信に出て事情を把握。なんか知らんけど昨日の夜から八神と一緒に隊舎にお泊りでヴォルケンの方達総出の書類整理の真っ最中なんだとか。
なんか急な案件で入った膨大な量の情報書類の整理を昨日から今日で全て終わらせようと奮闘しているんだそうで。
まあそれはともかく高町が熱出してぶっ倒れたそうなんですがどうしましょうと聞くと、シャマルさんの驚きとともに後ろの方から「なんやてぇ!?」とどこの誰だか一瞬で分かる感じの声が聞こえた。
ていうかなんか知らんけど、とりあえず何を差し置いても最初にシャマルさん呼べばいいと思うんだよね。
とか思ったけどこの書類処理強行軍のこと知ってたんなら高町もフェイトさんも気を遣って連絡なんてしないかもねと思いなおす。
そっかー、それで俺のこと呼び出したのかー。確かに俺なら簡単な診察くらい出来るし、分からないところは走査魔法はしらせればどうとでもなるから忙しくて手の離せないシャマルさんの次くらいには呼び出す相手になるのかもしれない。
というわけで今からそちらに向かいますと言ってるシャマルさんに、いいですよと断りを入れ、とりあえず俺が行って診てみるんで、その時一々指示くださいとお願いした。
通信越しでも俺がいれば診察できるだろうし、服脱がなきゃいけないようなことはフェイトさんに任せればどうとでもなるだろう。
彼女をこちらに呼び出すのは効率が悪いし、薬とかの要るものがあれば診察が終わってから俺が取りに行った方がシャマルさんも時間の無駄を作らなくて済む。
なによりここでシャマルさん呼ぶと、高町が気を遣いそうだからね、病人だってのに。
俺を呼んだってことはシャマルさんに迷惑かけたくないってことだと思うので、病気の時くらいはわがままを通してあげようと思う。他の時はやだけど。
てわけでヴィヴィオのことをエリ坊たちに任せて高町たちの部屋へ。
で、
「体温38℃7分。ま、普通に風邪ですね。今日は一日、大人しく静養でもしてください」
診察の結果シャマルさんとの意見の同意を経てそんな診断が出たので、熱で顔真っ赤にしてだるそうにベッドに横になって布団かぶってる高町の頭に冷却シートを張り付けつつそう言ったら、無理矢理起きようとしたのでそれを押さえつけるも言うことを聞かない。
「だ、駄目だよ……。今日も訓練があるし、わたしが休むわけには……」
この状態でこの子は何をどう訓練に参加しようというのだろうか。ていうか風邪うつるからやめといた方がいいと思う。
ていうか風邪なめちゃいけないんじゃないかな。万病のもとですしね。
しかもざっと見ただけでも今の時点で顔真っ赤だし、汗かいてて下ろした髪べったべたになってるしで外見も体の中身も相当酷いので、こんな状態で訓練なんかしたら肺炎さんにこんにちはと挨拶をしなければならなくなってしまうだろう。
と言うわけで本当やめた方がいいですよと忠告するも、納得いかないらしく唇を尖らせてうーうー唸ってた。
が、
『せやね。それにちょうどいいから有給入れよか。なのはちゃんまだ一回も使ってないやろ?』
私やフェイトちゃんでも何回か使っとるのに。との部隊長殿の弁についに降参。さすが直属の上司ですね反抗封じお見事でござる。これで徹夜明けのすれた見た目じゃなかったらカッコよかったのにと言ったら「ええんや。六課のためなら美肌なんて捨てたる……!」とか言い始めてちょっとカッケーなおいとか思っちまったもんだから悔しい…! でも(ry
とかやってたら八神の面倒なアレがこっちにも飛び火した。
『と言うわけで誠吾くん。今日一日なのはちゃんの看病を────』
「しないですよ。仕事あるので」
眦を下げた高町と、きみにも有給あげるからーとか言ってる八神の意見を切り捨ててファントムの走査魔法で得たデータで再度状況確認。
体温は39℃弱。で、脈拍その他諸々のデータはレイジングハートから送られてきたバイタルデータの健常時よりやや悪目。
頭痛はないけど全身はダルイ、ついでに言うと吐き気はないと先ほど聴取した。
発汗はそれなりに多いようだからスポーツドリンクを用意するのと、冷やすのは額と首筋と脇あたりだったか。
そっちはフェイトさんに任せるとして、食いもんはさっきヨーグルトは口にしたらしいので昼は寮長さんにお粥でも作ってもらって、薬はシャマルさんがあとで取りに来てと言ってたから────
『あの、誠吾くん。どうしてもだめやろか? ほら雑用やと思って、ね? 六課に来た時の契約項目に雑務もってあったやろ?』
思考途中に再チャレンジしてきたので「ああ」と切り返す。
「悪いんですけど、今日はリアル雑用で六課中の蛍光灯整備点検と掃除をしようと庶務の人たちと約束してるんで無理です」
『そっちは私の方でなんとかするから! ね、お願いや!』
「……いや、何でそこまで必死なんですか」
そもそも高町さんだって生物学上は一応女なんですから、看病させるなら女子を持って来たらいかがですかティア嬢ですとかスバ公ですとかロングアーチの面々ですとか。って言ったらあの子たちじゃなのはちゃんの無茶止められんやろと言われては黙り込むしかない。
ちなみに高町が一応じゃなくて普通に女の子だよとかなんでそこで黙り込むのとか熱高い割に結構元気だがとりあえず無視の方向である。
『だってなのはちゃん、知らん間に勝手に隊舎来て何食わぬ顔で仕事してそうなんやもん……』
「奇遇ですね。俺もそう思います」
「全く信用されてない!?」
信用とか(笑)面白いこと言いますね(笑)と言ったらせーくんが酷いぃっとか泣かれた。
『それになのはちゃん、最近働いてばっかりやし、病気の時くらいゆっくりして欲しいのに今朝も私達に気ぃ遣って連絡してこなかったやろ?』
「まあ、そうなんじゃないですか。知りませんけど」
と言うかこの風邪、疲労的なモンも原因の一つっぽいので無理は禁物だ。まあ頭痛はないとはいえなんか簡単に動けるような体調ではないみたいだから、流石に隊舎にはいかないと思うけど。
『せやから、誠吾くんが今日一日監視の意味も込めて面倒みてあげたらいい気分転換になるんやないかと思うんよ』
「いや、別に昨日の夜も話したりしましたし、俺から得る気分転換とかもうないんじゃ……」
『ん? 昨日の夜に話?』
誠吾くん、昨日はゲンヤさんと飲みに夕方から夜中にかけて出かけてたんと違うの?と聞かれてギクッとする。
その俺の反応を見て、八神がにやりと口の端を吊り上げた。
『これはちょっと、詳しく話を聞く必要がありそうやね』
「……いや、ないと思う」
げんなりしながらそう返すも、水を得た魚ならぬネタを得た八神に俺が口で勝てるはずもなく呆気なく敗北。
内容はともかく昨夜に高町と夜中の密会してたのがばれて、せやったらなのはちゃんが体冷やしたんは誠吾くんが注意しなかったせいもあるんやない?とか言われて丸め込まれ、なし崩し的に今日一日高町の相手をすることに。
鬱だ……。
しかし風邪ひいた高町の看病とかあれの出番ですね分かりますとか思って一旦エリ坊の部屋に戻ろうとしたところで、あの布団の下の高町の服装ってどうなってんだろうと疑問に思ったので聞いてみた。
「ところであなた、その布団の下は昨日の夜の格好そのまんまですか?」
「え、ううん。アレは外に出るから着てただけで、寝るからパジャマに着替えたよ」
「質問変えます。そのパジャマ、汗だくでは?」
「え、うん、それは……」
「フェイトさーん。高町なのは等身大着せ替え人形貸し出すんでー、別のパジャマに着替えさせてあげてくれませんかー?」
「あ、はーい」
「フェイトちゃん! 私着せ替え人形じゃないよ!?」
とか叫んで咳き込む高町。
しかし、今この場では似たようなものだと思う。
て言うか咳き込むくらいなら大声を出さないでおいたらいいのに────って、いや、俺のせいか。
とかそんな感じで部屋を後にした俺は、いつの間にか家主のいないエリ坊の部屋に戻って目的のものを入手。ついでに寮長さんに会いに行って氷枕とかなんとかの看病セットを拝借。
そん時誰が看病するのか聞かれてなんか俺らしいですよと言ったらすげェ勘違いされたような反応されたけど違うから。
高町が俺以外だと病人のくせに遠慮する可能性があるってことへの予防策として俺が選ばれただけで他意は一切ない。少なくとも俺には。八神はなんか企んでそうだけどどうでもいい。
フェイトさんから着替え終わったよーとの連絡を受けてそちらに向かう。部屋につくとフェイトさんが出勤するところだったので行ってらっしゃいと送り出す。
で、
「今日一日あなたの世話役を押しつけられました。誠吾・プレマシーです。なにか御命令があればどうぞ」
そんな感じに自己紹介的な何かをしつつ、看病セットをいろいろいじって洗面器に満たした氷水に浸してから絞ったタオルを冷却シートをはがした後の額にポンと乗っけた辺りで、高町の様子がおかしい事に気付く。なんかこっちを見る目がめっちゃ泳いでるのでどうかしたのかと聞いてみる。
「め、命令というか、質問いいかな?」
「はい、どうぞ」
「……なんでそんなに本格的なガスマスクしてるの?」
神妙な表情で聞かれて、ぽかんとしながら返事する。
「そんなの病気がうつらないようにに────」
「わたしそんなマスク付けなきゃいけないような病気に感染してるのっ!?」
別にそんなことは無い。ただ高町に感染した時点でウィルスが全く別の未知の何かに変化している可能性もある気がするのは俺の妄想ですがあながちあり得ないと言いきれないあたりが高町クオリティですよね。とか思いつつ笑顔でいいえと口にする。
「あなたの病気は、至って普通のウィルス性の感染症のはずですが」
「ならその物々しいマスクはっ!?」
「いやだなぁ、ただのジョークですよ。ほら、これただのおもちゃですし」
マスクをとり外しながら高町に見せる。外見は「行こう。ここも直、腐海に沈む」的なアレである。
「しゃ、シャレになって無いよせーくん……」
「そうですね、確かに不謹慎だったやも知れません。すみません」
ただまあ、俺に気を遣うのを阻止させると言う目的は達したのでそこだけは評価してほしい。とか思いつつ話を誤魔化す方向に進める。
「そもそもこんな冗談、相手が健康体の人にしかやりませんから」
「わたし、一応病気だよ……」
「大丈夫ですよ、今日一日大人しくしていれば治ります」
「そういう問題じゃなくてね……」
「ほらほら、そんなことはどうでもいいですからおとなしく寝ていてください。あまり興奮すると病状悪化しますよ」
「せーくんが悪いんじゃない……っ」
「ですよね」
そんな事やってたら高町のまくら元に置かれてるレイジングハートにまで自重してくださいって感じのニュアンスで怒られた。
そう言えば昨日の夜のあれこれの時のあれ全部レイハさんにも聞かれてるはずだよねあれ。
そう考えるとちょっと居た堪れない気分になって来るんだが……。
つーかレイハさんすごいな……。高町のことだからいつでもデバイスは持ち歩いてるんだろうし、つまり昨夜も今日も空気読んでずっと黙ってたってことだ。
ファントムにもぜひ見習って欲しい有能さ加減である。瀟洒だな流石レイハさんしょうしゃ。
まあ、それは今はいいか。高町も意識はしっかりしてるみたいだし、寝てれば熱も下がるだろう。あとで薬ももらってくるし。
俺はその辺の椅子を適当に引っ張り出してベッドの横に座ると、エリ坊の部屋から持ってきた小説をひらいてそれに目を落とし、ついでにここ最近の日課となっている、マルチタスクによる何かしながらの戦闘イメージトレーニングを開始しつつ言った。
「欲しいものがあれば持ってきますから気がついたら言ってください。俺ここで読書してるので」
「え、でも……」
「いいんですよ。病気の時くらいは我がまま聞いてあげますから。大体健康なときだって平気で俺に我がまま言ってたんですから、今更遠慮とか爆笑していいですか?」
本から視線を逸らさずにそう言うと、うぐっと高町が黙り込んだ。なんだろうかその反応はとは思うものの、自ら藪をつつくのも面倒なので黙ってると、
「……水」
「を、頭上から降り注ぎ────」
「普通に飲みたいのっ……」
はいはいと返事しながら本を閉じて立ち上がり、近くに置いてあったスポーツドリンクで満たした水差しを高町の口元へ持っていく。
で、ちょろちょろ飲ましてその度もういいですかと聞く。満足したらしいあたりでやめて水差しをもとあった場所に戻し、俺も元の場所に戻って読書を再開。
そしたら高町が顔の半分くらいまでかぶった布団からこちらをちらちら見つつお礼を言ってきた。
「あ、ありがとう……」
「いえ、別に」
言いつつページを一枚ペラリ。イメトレは二戦目をセッティング。高町は俺のそんな様子が気に食わないのか、うーと唸っていた。
「なんですか。さっさと寝てください。でないと治るもんも治りませんよ。それとも腹でも減りましたか」
「う、ううん。そうじゃなくて……」
「なんですか。どうしても眠れないと言うのなら、俺が無理にでも眠らせましょうか」
「ど、どうやって?」
「レバーに貫手を」
「……本気じゃないよね?」
流石に嫌らしい。まあ俺も病気の体にそこまで鞭打つ気もないけど。レイハさんにも怒られそうだし。
そこからまたしばらく無言。その間も俺はページをめくり続け、その作業が十を数えようとしたあたりであった。
「……あの」
「なんですか」
「……その」
「だからなんですか」
「……手を、握って欲しくて……」
ああん? とか思ってから、ああと納得する。
多分病気の人間が大体経験する、なんだかよく分からない不安に押しつぶされて、連続的に続く体調の悪さで気が弱くなってくるあれと同種のなにかだろうきっとと結論付け、そうなると高町のやつ態度には出てないけど随分と辛いんじゃないかとか思ったけどどうせなに聞いても大丈夫だよとしか答えないんだろうから余計なことを聞く気もない。
そう言えば俺も親父と仲直りする以前は風邪ひいたとき、全部一人でなんとかしなきゃいけなかったのが随分と心細くて、負の思考スパイラルに陥ったりして大変だったっけと思い出し、まあ手ェ握るくらいでそのテの不安を緩和できるのならそれもいいかと思った。
病は気からって言葉もあるし、断ったせいで弱気になられても困るものと言い訳してから「はいどうぞ」と左手を差し出したら高町がそれ見て滅茶苦茶目を見開いた。
で、
「────えええっ!?」
起き上がらんばかりの勢いで驚いてた。で、咳き込んでた。
いや、気持ちは分かるが落ちつけよと。
別に俺だって鬼じゃないので、元気ない相手にはそれ相応の対応をする、昨夜のように今のように。
大体今更高町と手を繋いだくらいでどうなるわけでもなし。そもそも病人の手を握ってとか一応看護の基本だ。
元気な時には絶対やらないけど。
いや、つーか手ェ握ったのこれが初めて……じゃないな。うん。何度か手を引っ張られて連れまわされた記憶がある。こういうのは初めてだけど。
とか思いつつ中々差し出した手をとろうとしないので握って欲しいなら手をこっちにくださいと言うとわたわた慌てながら急いで体を横にしてようやく手をこちらへとよこす。
控えめに指先だけで握ってきたのでイラっときてこちらから思いっきり握手っぽく返したら「ひゃっ」とか言いながら驚くもそのまま控えめに握り返してきた。
しかしあれだ。なんかちっさい手だな。おまけに無意味に柔らかい。若干ごつごつしてるとこもあるけど、これは職業柄仕方ないね。
しかしまあ、性別相応にふにゃふにゃしてるこの手からあのごんぶとなレーザービームが放たれると言うのが未だによく分からん。いや、手からじゃないけど。
まあ、魔法の才能なんてそもそも理解できるようなものでもないんだろうがとか思いながら、あいてる右手で読書を再開しようとしたら、
「な、なんだか今日のせーくん、優しいね……」
とか、ちょっと怖いや。なんてはにかみながら言ってきたんだがうっさいです。それと基本俺病人には優しいから。とか言おうと思ったけど別に言ったところで何が変わるわけもないから黙って読書とイメトレ続行。
て感じでしばらく手ェ握ってたら熱のせいか少々寝苦しそうな表情ではあるものの寝息を立て始めたので手を布団の中に戻して立ち上がり、小腹も減ったしなんか飯でも食うかーと思って部屋を出ようとしたら、枕元に置かれていたレイジングハートに”どちらへ?”と聞かれ、ちょっとそこまで、高町をよろしくと頼んでから部屋を出たら、扉のすぐ横で蹲るヴィヴィオとそれに付き添ってるキャロ嬢に遭遇した。
何してんのって言うか大体想像つくけどとか思いつつキャロ嬢に話を聞くと、フェイトさんとヴィータに付き添われた朝練が終わった頃にようやくちゃんと起きたらしいヴィヴィオが、高町が風邪ひいたから今日は会えないって説明聞いてやだーあいたいーとか駄々をこねたそうだが、フェイトさんとかキャロ嬢とかがなんとか説得した結果、じゃあ治るまでここで待ってるとか言ってこの流れ。
で、一応保護対象のこの子をここに一人で放置するわけにもいかず、仕方なくキャロ嬢がそれに付き添ってる形。仕事の方はと聞いたら、なんといっても責任者がばたんきゅーなので、今日は本格的に訓練はお休みにして自主練にヴィータとかフェイトさんとかが付き合う形になったんだが、とりあえずキャロ嬢だけ今のところは遠慮する形になってるんだとか。
ちなみにザフィーラは隊舎の方で俺の代わりに蛍光灯の整備中だそうだ。今度お詫びに食事にでも誘おうと思う。
そう言えば俺もいろいろ片付けときたいことあるんだよなぁ。でもファントムうるせえから病人の横で仕事とかできない……。端末だと処理力がいらいらしたりもするからなぁとか思ってるとキャロ嬢がヴィヴィオのことどうにかなりませんかと聞いてきたので別になるよと答えたら目を丸くした。
「マスクをすることと、会った時にマスクを外さないことと、会った後に手洗いとうがいをすることを約束できるなら会えばいいと思うよ」
むしろ子供なんて風邪ひいてなんぼだからひいてもいいけどそれだと看病誰がするって話になるからまあ過度な接触も禁止ね。手握るくらいならいいけどとか言ったらヴィヴィオがまたもや俺の腰のあたりに抱きついてきた。
で、
「ほんと! ほんとにままにあっていいのっ!?」
「え、あ、はい。会ってもいいです。いいですから今すぐ俺の腰から手を離してください誠吾さんの懇願」
「……あの、なんで敬語なんですか?」
キャロ嬢がめっちゃ不思議そうに聞いてきたんだがいや、だってお前マンホールだよ? 俺だって命は惜しいんですよハイって感じでマンホールの重量と人間の体のリミッターについてキャロ嬢に一席ぶったらまた目を丸くしてから、だからあの時マンホールの蓋をいじってたんですねと納得してた。
そんな中「ところで会うのは別にいいけど、今は寝てるから後にした方がいいぞ。寝顔見つめててもつまんないだろ?」って言ったら「やだー、いまあうのー」とか言い出して俺げんなり。
さすが子供はこういう時は欲望に忠実だよねとか思いながら、流石に寝て五分で起こすのは可哀想ですよねーとも思ったけどまあ寝てようがなにしようが傍にいられれば満足なんだろうから別にいっかーって感じで上着のポケットから看病セットの中に入ってた紙のマスク取り出してヴィヴィオにひっかけ、その上から先ほどの腐海に沈むマスクをサイズ調整してかぶせた。
で、
「うー。せーご、これくるしい……」
「何を言うか、それをしなければ高町さんの風邪がうつってしまうぞ」
「……ほんとう?」
以前のあれのせいかめっちゃ俺を疑るような態度でこちらを見上げてくるヴィヴィオだった。学習能力ある子供ですねわかります。
「ちなみに嘘です」
「せいごーっ!」
きしゃーっとこちらを威嚇してきたのでどうどうと落ち着くように促す。
「悪かったって。まあその物々しい方は剥ぎとってもいいけど、その下の紙マスクは外すなよ? あいつの風邪がうつったりしたら、あいつ自分のせいだって落ち込みかねないから」
「……うん。わかった」
頷きながらこれとってと言ってきたので、はいはいと腐海に沈む方のマスクを取り去ってやる。
で、ついでにキャロ嬢も見舞いたいとか言ってきたので一緒に部屋に入ったらやっぱり高町は顔を上気させて眠ったまま。
騒ぐなよと注意してからヴィヴィオを高町の傍まで連れて行く。
レイジングハートがチカチカ光っているが、なにも言わない。空気を読むレイハさん流石です。
眠る高町をベッドによじ登って覗き込むヴィヴィオと上から見下ろす俺とキャロ嬢。
だけど自分に反応してくれないのはやっぱりつまらなかったのか、それとも少し辛そうに眉根を寄せた寝顔を見たくなかったのか、数分も経たないうちに「もーいい」と言ってきたので、じゃあ目が覚めたら呼びに行ってやるからと頭をぽんぽんと叩いた。
「だから、キャロ嬢たちの言うことちゃんと聞いとけよ。お前がいい子にして心配かけなきゃ、そのうち高町も元気になるさ」
さっきもヴィヴィオはどうしてるとか心配そうに聞いてきたからねこいつ。でも今は自分のことだけ考えておくべきそうすべき。
「それは、ほんとう?」
「うん。これは真面目に」
ちょっと真面目に返事すると、ヴィヴィオがわかったと神妙に頷いた。
しっかしここまで片っ端から疑われるってのもチョイ悲しいわけですが。まあ俺が悪いんですけどねとか思いつつヴィヴィオを抱え上げ、キャロ嬢と一緒に部屋を出る。
部屋の前でヴィヴィオをおろしてマスクをとり、じゃあちゃんとうがいと手洗いさせてくれよとキャロ嬢に告げる。
それから二人を見送って、本格的に減ってきた腹に何か入れようと隊舎の食堂に向かうことにする俺だった。ついでにシャマルさんに薬貰ってこよ。
介入結果その二十七 フェイト・テスタロッサ・ハラオウンの希望
昼休みを利用してなのはの様子を確認しようと宿舎の私たちの部屋へと戻ると、なのはの番をしているはずのセイゴがベッド近くに置かれた椅子に座ったまま腕を組んでかっくりかっくりと首を縦に揺らしていた。
朝方の具合からしてなのはは今日一日動けないだろうなと言うのは分かっていたし、実際なのははベッドでぐっすりと眠っていたわけだけど、監視役の人が流石に居眠りはどうなのかなと思わなくもない。
ベッドの方に近づいていくと、近くの机に看病の痕跡がありありと残っていたので、セイゴが頑張っていたというのだけは理解するけど。
良く見るとセイゴの手元にはタオルがあって、多分なのはの汗を拭いていたんだろうって言うのも分かった。そこでふとなのはの方を見ると、頬に汗が浮かんでいたのでそのタオルをセイゴから借りて私が拭いてあげる。
なのははそれを少しだけむずがって、けど目を覚ます様子はない。そのまま額に乗ってる濡れタオルをどかして手の平で触るけど、熱は朝と比べてさほど引いておらず、眠る表情は少し苦しげだ。
けど、机の上には薬の袋も置いてあったので、一応はそれも飲んでいるはず。
シャマルは今も部隊長室で書類と向き合っているので、その薬を取りに行ったのは多分、普段は面倒くさがり屋のはずのセイゴだ。
こんな風に、部屋の状況の端々から、セイゴがちゃんと看病していたって言うのは察せる。
「でも、やっぱり居眠りは良くないよね」
「……はっ」
寝顔を覗き込みながらの独り言に反応して、セイゴが目を覚まして私の方を注視してきた。
寝起きで霞んでいるのか、目を細めてすごく真っ直ぐにこっちを見つめてきたので少し焦るけど、セイゴはそんな事を気にした様子も無く寝ぼけ眼で口を開いた。
「……ああ、フェイトさん。……あれ、もう仕事上がりですか?」
それは随分と眠ってしまったようですねと欠伸をするセイゴに、やっぱり責任感が感じられないなって、若干むっとした気持ちになるのを抑えながら、まだ昼過ぎだよと教えてあげる。
すると彼は、あー、マジですか。じゃあちょっと高町さんの飯用意してきますねと立ち上がって大きく伸びをした。
「え、セイゴが作るの?」
「まさか。前もって寮長さんにお願いしてあるので、それ受け取りに行くだけです」
一緒に来ますか? と言うセイゴに、思わず頷く。
部屋を出てお粥を受け取りに行く道中、午前に何かあったかと聞くと、汗を大分かいたせいか、なのはが随分と水差しの飲みものを要求してきたことや、30分くらいごとに目を覚ましては手を握ることを要求してきたこと、他にもいろいろあったけれど、ヴィヴィオとキャロが2回ほど部屋を訪ねてきたことを教えてくれる。
「って、ヴィヴィオを部屋に入れちゃってよかったの?」
「別に大丈夫ですよ、これつけさせましたし」
そう言ってセイゴは、ポケットから紙タイプのマスクを取り出した。それから、ちゃんとうがいさせるようにキャロに言い含めておいたので問題ないと思うと教えてくれる。
「あ、そっか。別に病気だからって絶対会っちゃいけないってわけじゃないんだよね」
「……フェイトさんって、なんか妙なトコ抜けてますよね」
呆れたようにセイゴが言ってきたのが心外だったので抗議した。それから作り置きしてあったお粥を温めなおしてから受け取って、来た道を引き返す。
お盆に乗った土鍋をひっくり返さないようにと気をつけているセイゴを見て苦笑しながら、そう言えばとさっきの話を思い出しつつ言う。
「すごいね、セイゴは。……私も今朝、セイゴが来る前にいろいろ聞いたんだけど、全部大丈夫だって断られちゃったのに」
本当は、もっといろいろしてあげたかったのに、結局私がしてあげられたのは、セイゴに頼まれてなのはの着替えの手伝いをしたことくらい。
その他はほとんど「大丈夫だから」って、熱のせいで少し元気のない笑顔で断られてしまって、なのにセイゴには遠慮せずにお願いをしていたんだって聞くと、ちょっと親友としての自信が無くなってくるなぁって思ったあたりで、セイゴがよく分からないことを言いだした。
「昔の人は言った。パンが無ければ、小麦を作るしかないじゃないと」
言いたいことの中身がさっぱり意味が分からなかったので「……え? あ、うん。真理だね」と首を傾げながら答えたのになぜかセイゴは訳知り顔。
「そう、つまりわがままを言われたいのなら、俺のように無駄な遠慮を見つけるとそれを真に受けてではさようならと言いだすと分かりきられているような人間関係を構築すればいいじゃない……!」
「……えーと、それならこのままでいいかな」
わりと本気でこぼしたら「はい俺涙目モード入りまーす」ってずーんとした雰囲気を漂わせ始めたので慌ててフォローするとちょっと落ち込みながら更に説明してくれる。
「まあ要するに、フェイトさんは遠慮してもいなくならないから、遠慮なく遠慮しているんじゃないでしょうか」
「……全然嬉しくない」
どうせなら、こんな時くらい遠慮なくわがままを言って欲しい。けど、それにはどうすればいいんだろう?
自分では思いつきそうもなかったのでセイゴに聞いてみると、少々予想外な提案をされて思わず目を丸くする私。
俺には他に思いつきませんとまで言われてしまったので、これ以上はきっと望めないだろうけど、うーん、実行するのはちょっと勇気が要りそう。
そんな風な会話をしながら、私となのはの部屋へと戻ってくる。
土鍋を机の上に置いたセイゴが、眠るなのはの額に手を伸ばしてタオルをどかし、さっきの私と違って手の甲で額に触れた。それから難しい顔になってうーんと唸る。
「ちょっとは下がってるけど、まだ高い。もらった薬飲ませないといけないようですね」
「え、もう飲ませたんじゃないの?」
そこにあるよね、と聞くと、
「シャマル先生に、昼過ぎまで熱があまり下がらなかったら飲ませるようにって言われてるんですよ」
本来、体の抵抗力だけで治すべきですからね、風邪は。とセイゴが肩を竦めた。
「けど、社会人はそうも言ってられませんからね。最終手段で薬頼みです」
そんな風に話していると、私たちの声に反応したのか、なのはが体を揺らした。
そして、少しぐずった様子のなのはがゆっくりと眼を開けて、こちらを見る。
私が、起こしてごめん。大丈夫? と、下がっていない熱のことなんかを心配して聞くと、なのははそんな事を気にしていない風に、寝起きのせいかぼうっとした顔で私を見て、それから不思議そうな表情になった。
「……あれ、フェイトちゃんがいる。……もうお仕事終わったの?」
「……さっきのセイゴと同じ反応してる」
「なに……!?」
セイゴが床に崩れ落ちて頭を抱えた。なのはと感性が近いことがそんなにショックなことかなぁと思いながら苦笑して、起きられる?となのはに聞くと、そこまで落ち込まれたのがショックだったのかこちらも少々落ち込みながらちょっと無理そうかなって苦笑いを浮かべた。
「じゃあ、お粥あるけど食べられる?」
「え、あ、うん。……頑張れば」
なら私が食べさせてあげるねと言うと、なのははまた、ううん、大丈夫だからって言って、さっき無理そうだって言っていたのに自分で起きようとする。
それが何だかチクリと心に痛くて、午前のセイゴほどでなくてもわがままを言ってもらいたいと思って、さっきセイゴにもらったアドバイスがつい口をついて出てしまった。
「わ、私って、そんなに頼りにならない友達かな」
セイゴに言われたとおりにそう言うと、なのはが起こしかけていた体を硬直させてから力なく開いていた目を丸くさせた。
それから、
「……せーくん、フェイトちゃんに変なこと教えたでしょ!」
床に膝と手をついているセイゴの方を見て声を荒げる。
確かに私が言いそうにない台詞だけど、そこでいきなりセイゴが言った可能性に気付く辺り、本当にこの二人は仲がいいなって思う。
「エー、ボクナニモオシエテマセンヨー」
「ダウトだよっ!」
指でも突き付けそうな様子で熱のせいもあってか顔を真っ赤にしたなのはが言うと、セイゴがようやく床から立ち上がった。
「まあ、確かにさっきのセリフを仕込んだのは俺ですが」
「やっぱりっ」
「でも、頼りにして欲しいってのは、フェイトさんの本音ですしねぇ」
「え、そうなの?」
「え、あ……。……う、うん」
ちょっと気恥ずかしくて俯きながら言うと、セイゴがフォローを入れてくれる。
「まあ、病気の親友に頼りにされたら、友人冥利に尽きるってものなんじゃないですか。俺は別にそうは思いませんけど」
「相変わらずせーくんは最後に余計な一言ばっかり……」
「あ、えっと。二人とも落ち着いて……」
苦笑しながら今度は私が仲裁の係になる。本当にセイゴは会話のペースがはかれない。
「と言うわけで、早速フェイトさんを頼りにしてみてはどうでしょう。その様子じゃ、粥もまともに食えないでしょう?」
「それは……」
「さすがに俺、息吹きかけて冷ましながらとかそういうのご勘弁ですよ。完膚なきまでに恥ずかしいので」
そう言い置いてから、うーと唸るなのはの様子に見向きもせずに、セイゴはスタスタと部屋から出て行こうとして、ドアの所でこちらを振り返った。
「あ、フェイトさん。飯終わったらついでに薬を飲ませてから高町さんを着替えさせて、首筋と両脇を冷やしてた保冷剤取り換えといてください。俺半時間くらい隊舎でやることあるので失礼しますから」
「あ、うん。分かった」
「では、ごゆっくりー」
あっさり部屋を後にしたセイゴを見送ってから、なのはと顔を向きあって、私は苦笑する。
なのはが首を傾げてどうしたのと聞いてきたので、なんでもないよと首を振った。
相変わらず、こういう気遣いをさらりとやってしまえる彼が、少しだけ羨ましい。
私がなのはのことを心配なのも、甘えて欲しい事も踏まえてこういう風に気遣ってくれる彼は、私にとっても大切な友達だ。
普段にどれだけ皮肉なことを言っても、きちんとこういう所で優しいから。
そう言う彼だから、なのはがあれだけ信頼しているんだって思うから。
そんな事を思いながら、私は机の上のお盆を持ち上げた。
せっかくセイゴがくれたチャンスだから、お粥だけじゃなくていろいろわがままを言ってもらえれば嬉しいな。なんて、そんな事を思いながら。
その後、薬を飲ませてパジャマを着替えさせたなのはが眠りについたあたりで戻ってきたセイゴに、そう言えばと前置きしてから気になっていたことを聞いた。
「朝から思ってたんだけど、どうして敬語なの?」
「この看病、部隊長命令ですからね。仕事みたいなものでしょう?」
「仕事中は敬語って、まだやってたんだ」
「もういっそのこと、六課解散までこれでいいんでないかと思えてきますよね」
なのはが泣きそうだからやめてあげてとお願いしたけど、えーと不満そうに言っていたのでやめてはくれない気がする。
「考えてみれば、セイゴの敬語って最近は珍しいけど、昔はそうでも無かったよね」
「そうですね。具体的には三年くらい前からでしょうか」
「プライベートはともかく、仕事中はいつも敬語だったよね」
でも、どうして今は敬語じゃないのと聞くと、腕を組んで少し悩んでから、頭をかいて歯切れ悪く苦笑して言った。
「ちょっと、他人のサル真似をしてみたい年頃だったんですよ」
────いつも通りに見えるその苦笑が、どこか寂しげだと思ったのは、私の勘違いだといいなって、そう思った。
2010年10月5日投稿
2017年3月1日改稿
すみません、もっと早く更新できるかと思っていたのですが、大幅に遅れてしまいました。
やはり今の状態では月一程度の更新が限度のようです。突発的に何かがあれば話は別ですが……。
なにはともあれ、気長にお付き合いいただければと思います。
次回はセイゴがフェイトさんに高町さんを任せて出て行った30分間の出来事ですかね。
では、また次回の更新で会いましょう。