目の前に鞘付きの剣閃が迫る。もはや避けられるような間合いではないとはいえ、俺の中の常識的に目をつぶるのはどうかと思ったので迫る剣先を凝視してると、
「オウフッ」
と、俺は額に鞘付きレヴァンテインの一撃をもらってゆっくりと後方に倒れ込む。
ドスンと尻もちをついて、俺があいててと額を押さえながら上を見上げると、シグナムさんが突きを放った体勢のまま呟いた。
「────ようやく5手か」
「……ですね」
「まだやるか?」
「……ですねー。目標まであと25手もありますし」
先は長いなー。と、バタリと後ろに倒れ込み、仰向けで大の字になって訓練場の空を見上げながら溜息を吐いた。
シグナムさんは俺の様子を見て「まあそうだな」と相槌を入れつつ、レヴァンテインをまた構えなおす。
その様子を見ながら、相変わらず取っ付きにくいなあと心中苦笑しつつネックスプリング。そうしてひょいっと立ち上がってシグナムさんと向き合い、全身に適度に力を行き渡らせつつ、動きやすいよう緩く緊張状態を作る。
そしてまた始まるシグナムさんと俺のおいかけっこもどき(笑)。そして今度も5手で詰まれた。
もうかれこれこんなことを続けて1時間近くになると言うのに、ほとんど成長の兆しが見えない自分自身に絶望してもいい頃合いな気がしてきた。
ちなみにこんなことってのは、ティアの提案の延長線上と言うか提案そのものと言うかそんな感じのものに含まれるシグナムさんの攻撃を避けてみせろ的なあれであるわけだが、本人出張中だと言う話だったので今日は無理かなという流れだったのにいつの間にかふらっと帰ってきていたので訓練頼んだら今なら暇だからいいぞとそのまま訓練時間突入だった。
ちなみにデスクワークは俺が寝てた数時間の間にグリフィスくんたちが全部片付けてしまったそうで。や、正確にはほとんどグリフィスくんが無双したらしいけどね。まあどっちでもいいけど。
そんなこんなで始まりました俺強化計画段階その一。
まあ、グダグダやっても仕方ないので、とりあえず目標をたててからそれ相応の努力をするべきなのではないかといったニュアンスの提案をシグナムさんから頂いたため、じゃあシグナムさんの斬りかかり30手避けから始めようぜと言う展開になり申したわけでござった。
彼女が一回剣を振って、それを俺が避けたら一手。で、それを30回繰り返そうぜと言うプラン。
どう見ても無理ゲーだけどあれだ。目標は高い方がいい。
実現できるかどうかは別として、目標に対してやるべきことが増えるのは単純にいいことだと思う。ついでに言えばあれだ。周りの仲間が強いとそれにつられて強くなる脇役キャラ的な効果も期待していたりする。ウソップとか新八的なアレ。どうせ雀の涙的な程度のものだと思うけど。
ところでなぜシグナムさんがレヴァンテインを鞘付きで振り回しているかと言えば、別に俺がデバイス預けたまんまなのでBJすら出せないからとかそういった都合に付き合ってもらっているとかいう訳ではない。一部それもあるけど。
確かに生身の俺が危ないからってのもあるんだが、それだけなら整備終わるまでの代用に適当に借りてきたストレージデバイス持ち出せば事足りる問題である。
だからどちらかと言うとこれは、魔法での戦闘技術強化よりも先に基礎戦闘技術の向上しようぜ的な意味合いが強い。
よって今の俺とシグナムさんは、魔法一切無しの単純な肉弾戦のみで訓練してることになる。
ところで俺の方は適当にジャージなのにシグナムさんの方だけBJ含めて完全武装な理由は、この方が俺の恐怖心を煽るからであって他意はない。緊張感は訓練において重要です。
そう。決して俺に合わせて訓練着に着替えようとした彼女に、シグナムさんて訓練着きたらやたらエロそうですよねとか俺は言ってない。ああ言ってない言ってない。言ってないからそれを理由に小突かれて左側頭部を痛めてもいない。うんいない。
閑話休題。
しかしあれだ、こういう風に肉体的なあれだけで戦闘してると、日頃魔導士がどれほどデバイスに頼った力押しな戦法を使ってるかが白日の下に曝される。困ったらソニックムーブは甘え(キリッ
いや、シグナムさんも今は魔法無しなわけだし、頼り切ってるのは俺だけだろうか?
でもこれでも肉体の魔力強化はいつも通りにしてるので、シグナムさんとの戦技の差がいろんな意味ででかいと確信出来るよね。
まあだからこそ意味があるってのも身をもって知ることが出来るわけだけれども。
にしても、もうチョイどうにかならないものだろうか俺の反応速度。いくらなんでもこれだけ叩きのめされといて3~5手の間で詰まされ続けているのでは成長の兆しが見えなさすぎるでしょう?
容赦無いな流石烈火の将ようしゃない。
そんなこと考えてるうちに、もう一度5手で詰まされる。まただよ(笑)
「ほら、プレマシー。いつまで寝ている気だ。さっさと立て、続きをやるぞ」
「……もう、ムリぽ……」
今度は叩き伏せられてうつ伏せで地面とキスしながらぼそぼそ呟くと、「何を言ってるんだお前は」とか言いながら、シグナムさんがため息とともに仕方ないから5分休憩だと告げてくれる。
あれ、いつもならしっかりしろ不甲斐ないとか怒られて続行なのに今日はなぜ休憩突入?
……まあいいや、真面目な話もう動けない。と言うか、動く気力がない。
こう見えて筋肉痛だって治っていないのだ。なのに小一時間も剣術の達人に追い立てられ続けてまともに体が機能し続けるわけがない。
ついでに寝不足と空腹がそれを助長していた。不摂生による追撃コンボの辛さをまたもやっつーかもう何回目だよと言うか知ることになろうとは、とかなんかもう学習能力ねえなあ俺なんて思いながらとりあえず体を仰向けにすると、寝転がる俺に近付いてきたシグナムさんが「ところで聞いた話なんだが、お前ヴィータを泣かせていたそうだな」とか話しかけてきて口がポカン。
誰から聞いたか知らないが嫌な予感しかしない。てかなぜこのタイミングでその話ですかコノヤローとか内心むっさ焦りまくってると「先ほど任務の報告の際に、主に又聞きした話だ」と補足説明入りまーす。
ちっくしょおおおおおおおっっ! またやつかっ! またやつの仕業かっ!
てかあいつどこから見てたんだよ! 周囲に気配はなかったぞコラ!
もしかしてあれか、監視カメラ的なあれか! むしろサーチャーかコラ!
汚いな流石魔導士きたない。……いや俺も魔導士だけどさ。
つーかサーチャーでか直接でかは知らないが、覗き見てたなら助けに来いよと言いたい。お前ら家族じゃねーのか。
こんなどこの馬の骨かもわからん全てにおいて真剣なんだかそうでないんだかよく分からない適当な男に執着した家族を何とか正常な道へと回帰させようとか思わんのかと思う。言ってて悲しくなったけどな!
「盛り上がっているところ申し訳ないが、それについて聞きたいことがある。いいか」
頭抱えていろいろ叫びつつ悶えてたら、それを見かねたのかシグナムさんが呆れ声で先を促してきた。断ってもしょうがないので頷く。
「……ええ、もうなんなりとお好きにどうぞ」
「そうか。……それでだ。あいつがお前にその……抱きついて泣いていたというのはその……そういうことだと思っていいのか?」
「…………はい?」
抱きついたって何だろう。俺にはあいつが俺の胸倉掴んでそのまま制服の胸元を濡らしてくれやがった記憶しかない。ついでに肩に手を置いて頭を撫でてやった気もするが些事である。……いや待て。もしかしてあのシチュエーションは、見る角度から見ればあいつが俺に抱きついているように見えたんじゃねーのかとか想像して血の気が引く。
オイィィィィ! なにこの盛大な勘違いフラグって言うかもう既に勘違い拡散してるじゃねーかこれよおおおおおおおお!
良く見るとシグナムさん若干頬染めながら視線泳がせてるよコレ。あれかこれは。この人何でもない振りしてずっとこの事聞くタイミングはかってたのか。だからあのタイミングで休憩入れたのか。今の心境は家族の恋愛沙汰をその相手に問い詰めるお姉さんなのか。
これはあまりに冗談がきつい。と言うか洒落にならんよね割と本気で。
だってよく考えろ。このテの話が俺ロリコン説が一瞬にして風となって駆け抜けた六課内で広がらないわけがない。
つまり俺の小ネタその二として話題騒然となりかねないこのお話が高町たちの耳に入らないわけもなく。しかも相手はタイミングが最悪と言っていい感じに六課内見た目ロリータツートップのもう一人である。
これは死ねる。社会的にも高町的にも。
無理。無理だから俺。このテの話になる度にあいつが俺に向ける「うん、大丈夫。わたしは分かってるよ」的な生温かい視線と、だから正直に話してねってセリフとかもう耐えきれないから。キャロ嬢の時にもうさんざん心に傷をつけられたから。信じてるとか平然と言うくせに俺のこととか一切信じてないからあいつ。
あれからまだ一週間も経っていないと言うのに、よほど神は俺のことが嫌いとみえる。
そんなこんなでこのまま放置するわけにはいかないので、俺はさっきあったヴィータとのやり取りを多少細部省きながら説明する。抽象的とはいえあいつの心中を勝手に露見させることには若干の抵抗を覚えないでもなかったが、俺の名誉のためにすいませんごめんなさい犠牲になってくださいだった。
全てを聞き終えたシグナムさんは、なるほどと言った感じに頷いてくれた。これでなんとか一安心。
この人六課の中でもずば抜けて公用言語通じるからね八神侮辱関連以外。シグナムさんがこうして納得してくれたのなら安泰である。
ちなみに、以下俺の中での番付。
通じない:普段の高町=暴走時フェイトさん=八神侮辱後のシグナムさん
通じる:グリフィスくん=シャーリー=普段のフェイトさん=普段のシグナムさん
コレ決定事項だから。間違いないからコレ。
とはいえなにがどうしてシグナムさんが先ほどのような、俺、ヴィータと恋愛沙汰なんて想像に至ったのかがやたらと気になったため聞いてみる。
「いや、主が言うにはだな……。好いた相手が命の危機に瀕することで芽生える愛もあるのでは……、と」
「……シグナムさん。俺そろそろ本気で怒っていいんじゃないでしょうか」
「落ち着けプレマシー。今回は主も割と本気で悩んでいらっしゃった。先の意見もかなり真剣に考察したうえで口になさったもののはずだ。現に私が隊長室へとついた時には、既にかなり切羽詰まっている様子だった」
しかも「もし二人が本気やったら、誠吾くんもまじえて家族会議を開いた方がええんやろか……?」とか言っていたそうな。
それはそれで許せないものがあるんですがこれいかに。ちょっと考えればそんなんありえないって分かるだろーよと思う。それとも何か、あいつら本気で俺がロリコンだと思ってると言うことか。
……俺は今泣いていい。泣いていいんだ……っ!
「……ところでこの話、今のところ知ってるのは誰ですか」
「そ、そうだな……主とツヴァイ、それに私くらいではないだろうか。目撃したのはツヴァイだったそうなのでな」
二人でいろいろ考えたことを相談されたから、私がお前に聞きに来たのだと、シグナムさんは言う。
「……はぁ。……ならお二人にはシグナムさんの方から説明をお願いします。そういった事実は一切ないから、と」
「ああ、分かった。必ず伝えておく」
そう言って頷くシグナムさん。それを見てほっと一息ついていると、ではそろそろ続きといこうかと彼女が言いだす。
ああ、もう5分経ったのか。やたら疲れる会話をしていたせいでまるで休んだ気がしないがまあ仕方ない。
俺は、はやい!キタ!訓練キタ!メイン訓練キタ!これで死ぬる!とか考えつつ、了解でーすと返事をして立ち上がると、今一度レヴァンテインを構えるシグナムさんに向き直って全身を緩く緊張させた。
そしてまた、彼女の剣閃を最小の動きで避け続ける作業が始まるのだった。
さらに数十分後、夜練のために訓練場にやってきたティア達と一悶着あるのだが、めんどいので省略。
介入結果その二十四 八神はやての苦悩
ヴィータの元気がない。
その理由が何にあるのかと考えた時に、きっと昨日怪我した彼にあるんやろうってことは明白で、けどここまでヴィータが気に病むなんて思ってなかった。
こんな風に元気のなくなったヴィータを、いつかにも見たような気がして。それをどうにか思い出そうとした時、脳裏によぎったのは8年前の記憶。
その時も、今と同じように誠吾くんが怪我をして。
そしてヴィータは、そのことでいろんなことを悔やんどった。
あの時も、それを慰めるのは容易なことやなくて……。や、むしろ、私には慰めることなんて出来んかった。
あの時のヴィータが自分の失敗に向き合うようになったのは、誠吾くんが目覚めてから。
ヴィータは、なのはちゃんと一緒に誠吾くんが病院に運ばれてから目覚めるまでの間、ほとんど家には戻ってなかった。
遅くに帰ってきて、朝早くに家を出る。
そのせいでほとんど顔を合わす機会もなくて、話はたいてい通信越し。あからさまに疲れた様子は見せないものの、精神的に追い詰められてるのは分かるっていう、歯痒い状況。
そんなことになる少し前から、彼の話は少しだけ聞いとった。
模擬戦で、なのはちゃんに珍しく本気を出させた男の子の話。私らより三つ年上の、どんな時でも敬語なのに、話の内容に敬意が見られない、皮肉屋な少年の話。
家でヴィータがしてくれる話は大体愚痴やったけど、それでもこちらも珍しく何の変哲もないその局員の男の子を気にかけているのはバレバレやった。
いつもなら、2、3日もすれば同じ人の話題なんて出てこなくなるから。
そんな折、ヴィータがすんごい不機嫌で帰ってきた日があった。
確か休日で、その前日になのはちゃんと一緒に誠吾くんを誘ってどこかに出かけるという計画を聞いとった。だから、なにかあったのかと聞いてみると、誠吾くんとなんや喧嘩したらしい。
思い出すだけで胸糞悪くなるって言っとったから、その話題には触れることはせんかった。
けど次の日、ヴィータはさらに機嫌悪い様子で帰宅した。今度は何かと聞いてみると、誠吾くんとなのはちゃんの関係が、ちょっといろいろこじれているんだとか。
正確には、誠吾くんがなのはちゃんとのあらゆる通信手段を拒否してしまったんやて。
ヴィータの方も同じような感じで通信を拒否されけんもほろろ。おまけにそのせいでなのはちゃんに元気がなくなって、ヴィータも機嫌が悪くなる一方。
なんや、これ。
そう思ってしまうくらい、珍しくてどうすればいいか分からん状況やった。
今までこんなこと、あったためしがない。
良くも悪くも、なのはちゃんにもヴィータにも、私たち以外にここまで仲良くなる友達なんていなかったから。
だけど、だからこそ私は、話の中で聞いていた誠吾・プレマシーという男の子のやっとることに、小さくイラっとした。
なにがあったかは知らん。けど、喧嘩したなら喧嘩したで、喧嘩の仕方があると思う。
こんな、話し合いの機会も持たないような方法で、逃げるみたいに遠ざかるのは、卑怯やって思った。
せやから、そいつのところに乗り込んでいったらいいと思うんやけど、どう? と、なのはちゃんに連絡をとってみた。
ヴィータは、あたしは謝ることなんてねーし、顔も見たくねーよあんなやつとまで言っとったから、取り付く島もない。けど、このままの気まずい別れは、どちらにとってもいいことじゃないように思えた。
だから、言った。なのはちゃんに。けど、拒否された。
理由を聞いたら、もう既に一度行ったから、と。それで、誠吾くんの上司の人に、
「今のあいつになに言っても、どうせ聞く気なんてないからやめた方がいいわよ。仲直りしたいならもう少し時間が経ってからの方がいいわね。それまでには私の方でもいくつか手を打っとくから」
そう言って追い返されたらしい。
そうやとしたら、私にはもう打つ手なんてない。なのはちゃんとは友達で、ヴィータとは家族。けど、誠吾くんとは関係なんてない。
友達の友達は友達。そんな言葉があるけど、今この場ではこれっぽっちも意味がない言葉やった。
なのはちゃんと私が友達で、なのはちゃんが誠吾くんと友達でも、私と誠吾くんは友達やない。
そんな私が、誠吾くんのところに行っていろいろ言ったところで、話がこじれるだけや。
そのせいでなのはちゃんと彼の関係が修復できないほどに壊れたら、本当に目も当てられん。
なにをしたわけでもない。それどころか、なにも出来てないのにもう、なのはちゃんに聞いたその上司の人に任せるしか出来ない段階やった。
なんとかしてあげたい。ヴィータのために、なのはちゃんのために。けど、なにも出来ない。
まるで一日中胸やけでもしてるみたいにもやもやした。歯痒くて仕方なかった。
日に日に不機嫌さを増していくヴィータと、日に日に元気を無くしていくなのはちゃん。そのうちなのはちゃんが任務で小さな失敗をするようになった頃には、理性を振り切って誠吾くんのところに突貫しようとでも考えたくらいやった。
けどそんな考えが、実行されることはなかった。
何の変哲もない普通の日の午後。
ヴィータから受けた通信は、誠吾くんが、なのはちゃんとヴィータとの合同の任務で、なのはちゃんを庇って墜ちたという連絡。
そしてそれは、自分のせいだという告白。
なのはちゃんを守れなかった自分に対する怒りと、そんな自分の代わりになのはちゃんを守って怪我を負った誠吾くんに対する負い目。
それにけじめをつけるためにも、今はあいつの傍にいる。
だから、あいつの傍について居なければならないから、あまり家には帰れない。
そう言ってヴィータは、通信を切った。
混乱した。
あまりにも話が突飛過ぎて、どうにも考えがまとまってくれない。
いや、話が突飛と言うだけで混乱しているわけでは、きっとない。
本調子でないなのはちゃんを庇って、誠吾くんが怪我をした。それは分かった。
せやけど、なのはちゃんが無事だったことを喜んでいる自分と、誠吾くんが怪我をしたことを心配している自分。
なのはちゃんの調子が悪くなった原因の彼がなのはちゃんを庇って怪我をするのは当然だと思う自分と、仲違いして疎遠になっていたにもかかわらずなのはちゃんを庇ってくれた誠吾くんを尊敬している自分。
あれほど嫌っていた彼のことが心配だからと病院に通いつめると言い出したヴィータ。
他にも数え切れないほどの相反する考えが、私の頭の中で浮かんでは消えていった。
途中で、汚らしくて打算的なことばっかり考えてる自分に気付いて、吐き気がした。
なにがあったかなんてほとんど分からん。情報源はヴィータの話だけで、管轄の違う私には空隊の隊員の怪我の情報なんて回ってくるわけがない。
話を聞こうにも、きっとなのはちゃんはヴィータ以上に落ち込んでいるはずで、そんな状態のなのはちゃんに追い打ちをかけるようなことはしたくない。
いろんな腑に落ちない思いを抱えながら、ヴィータと一緒に病院にお見舞いに行ったりもしたけれど、そこで聞けるのは治療は終えたにもかかわらず誠吾くんの意識は戻っていないと言う話だけ。
ヴィータもなのはちゃんも、今まで以上に元気がなくなっていくのが手に取るように分かって、せやけど私に出来ることなんて今まで通りなんもない。
このまま誠吾くんが目覚めなかったら、二人とも壊れてしまうんやないかと思ったくらいやった。
……そんな二人のことが心配で、まともに寝れてない私が言うのも難やけど。
けど、光明はある日突然射した。
誠吾くんの目が覚めたと。
仕事中に興奮気味のヴィータから連絡が入ったのは、事件があってから三日目のこと。
そして、怪我のことを彼が全く気にしていないことに難色を示したのもその時。
ヴィータは彼のその対応に納得しとらんようやった。けど、彼のその言葉をもらってから、あの子が急速に元気になっていったのは事実で。
今の状況は、あの時のそれに酷似しているように見えた。
……や、もしかしたら、あの時よりも悪いのかも知れん。
あの時は、良くも悪くも誠吾くんを守るなんて考えはヴィータの中にはなかった。
けど、それでも自分の力不足が情けなかったから、あんな風に自分を悔いた。
にもかかわらず、今回は守るって誓いを立てたのにもかかわらず、任務上の配置の問題とはいえ、彼を守ることが出来なかった。
それは、誰に責められるものでもない。医務室で彼に報告を受けた時の様子から、彼自身もそんな事を気にしていないのは察することが出来た。
けど、あの子は、ヴィータはそれでも悔いる。
それが、守護騎士としてのプライドなのか、あの子の戦士としての矜持なのかは分からん。
分からんけど、あの子がそのことで苦しんでいるのは分かっていて、それでも私はなにも出来ない。
今回のことだってきっと、誠吾くんにしかヴィータを慰めることはできひんと思う。
少し悔しかったけど、それでヴィータが元気になればと思った。
ヴィータは今回のことで誠吾くんとちょっと距離をとっているようだったので、いろいろ言って話をしてみるように促した。
それでもタイミングが掴めなかったみたいやから、その辺のセッティングもしたろ思て、リインにちょっと協力してもらって、あの子が暇なときに誠吾くんに気付かれないように彼の動向を探ってもらった。
そして、予想以上に早くその時は来る。
なんや寝不足で体調不良らしい彼が休憩室のベンチで寝てると言う報告を受けたので、ヴィータにいろいろと入れ知恵をしてから送り出した。
それをリインにまたもや見つからないように観察してもらうことにした。誠吾くんなら大丈夫とは思うけど、一応保険に。
私自身は仕事があるのでいつも見ているわけにかいかんから、経過自体はリインの報告待ちやったんやけど……。
部隊長室に可哀想なくらい慌てて飛び込んできたリインからの報告は、私の想像を遥かに超えるものやった。
「ヴィ、ヴィヴィヴィヴィータちゃんとセイゴさんがいきなり抱き合って、ヴィータちゃんが彼の胸を涙で濡らしてたんですぅ!」
頭が真っ白になった。
抱き合ってた? 誰と誰が? なんで? つまり付き合ってたゆうんか? あの二人が? 私たちに内緒で?
だとしたらいつから? まさか8年前のあの時から? 誠吾くんが身をもってなのはちゃんを守ってくれたことに対して恋心が?
それを今までずっと隠し通していた? だから、恋人を守ることが出来なかったから、あんなにも落ち込んでいた? え? え? えぇっ!?
後で思えば、この時の私はどうかしていたとしか思えない。
ヴィータのことでいろいろ考えすぎて、疲れていたのかも知れない。
けど、あまりにリインの慌て方が凄くて、この子が嘘を言っているように見えなかったから、リインが勘違いをしている可能性について理論を詰めることを忘れてしまった。
私の混乱は、任務から帰ってきたシグナムが部隊長室にやってきてもさらに続いた。
……この誤解による心労は、シグナムが誠吾くんに問いただした事情を聞き出すまで続くのやった。
次の日、なのはちゃんから取調室の使用許可を出してくれるようにお願いされたので、またなんや誠吾くんがなんかしたんかと思いつつも承諾。
一応理由が気になったので聞いてみると、そうだね、はやてちゃんも当事者みたいなものだから、一緒に来てくれる? と言われ、なんのことやろと首を傾げつつもなのはちゃんの後をひょこひょこついて行くと、なんかやっぱり呼び出されたのは誠吾くん。
けど予想外にもその理由はヴィータのことで、他の誰かもヴィータが泣いてたあの場面を見ていたらしく、その件についての取り調べやった。
全てを悟りきった修行僧のように諦め顔になった誠吾くんは、口の端を皮肉気に歪め、逸らした目にはハイライトがなかった。その様子は、「まただよ(笑)」とでも言わんばかり。
あまりにも放っておけなかったので、私も話に参加してなのはちゃんに説明。
とはいえヴィータの悩みのことはなのはちゃんにどこまで言っていいものか分からなかったので、私のアドバイスが変な風に嵌まって誠吾くんが運悪くそれに巻き込まれたという話を作って、だから誠吾くんは悪くないんよと話した。
そうなの? と首を傾げるなのはちゃんに、誠吾くんは全力で首を縦に振っていた。
「そっか、分かった。わたしの勘違いでわざわざ呼び出したりして、ごめんね」
じゃあ、教導があるからこれで。ホントにごめんね? と言い残して部屋を出て行ったなのはちゃん。扉が閉まると同時に、誠吾くんが凄い勢いで椅子から立ち上がってこちらにずんずんと歩み寄り、私の両手を握りしめてきた。
突然のことに顔が赤くなる私。
「え、や、ちょ……誠吾くん!?」
「ありがとう八神っ! 助かった! マジで助かったっっ! まさかお前が空気読んでくれるとは思ってなかったっ!」
誠吾くんは私の様子を意に介す様子もなく、すんごい涙目で私にお礼を言ってきた。
というか、相当切羽詰まっていたのか、敬語忘れとるよねこの人。私としては彼の最近のプライベートの顔を知っている分、敬語の彼は気味が悪いから他の上官さんとかが居る時以外にはタメ口利いてほしいし、これでもかまへんのやけど。
公私での使い分けのことは局員歴の長い誠吾くんもわきまえとるし、彼を六課に引き抜く前までは私たち以外の人が居る時と居ない時と上手いこと使い分けとったから、そろそろ元の感じに戻ってほしくはある。
けどそれは、私から言い出すようなことやないんやろうし、自然の流れに任せようかな。
そーいえば、さっきの言い方やと誠吾くん、私がなのはちゃんに嘘八百吹きこんで事態を悪くするとでも思っとったんやろか……?
……それすごく心外なんやけど。いくら私でも、あの状況でそれはない。だってそんなん、ええこと一つもないし。
そんなことを漠然と考えとると、
「俺、八神のこと誤解してたかもしれん……。昔からずっと、高町とヴィータに余計な入れ知恵して俺に嫌がらせするのが生きがいなクソッタレだと思ってたんだ」
「ひどっ! それ流石にひどいよ誠吾くん!」
……とはいうものの、確かにあの二人にいろいろと相談されて、なにかにつけて彼があの二人から逃げられないようにする作戦を考えていたのは事実やから、苦笑するしかない。
そんな事を続けているうちに、二人から私に助言を受けていることを聞いたのか、彼から私の方に直接文句の連絡が来るようになり、それをのらりくらりとかわし続けているうちに彼につけられたあだ名が、
「────厚顔腹黒狸。……そもそも、女の子相手にこんなニックネームつける人にクソッタレとか言われたないな」
「俺にとって不都合なことをあの二人に吹き込むのをやめてださいと頼んでもニコニコしながら受け入れないお前に問題は無いと申したか。それとその呼び名はニックネームじゃない。ただの嫌味だ」
「その方がタチ悪いやんか……」
つーか面の皮厚いのは事実じゃないかとか言い出したので、むっときて無理矢理笑顔を浮かべながら敬語ええの?と聞くと、あ、やべっとこぼしてから即座にスイッチを切り替える誠吾くん。
「とにかく、今回は助かりました。ありがとうございます」
「ううん。ええよ。ヴィータの悩みのこと、あんまりなのはちゃんに知ってほしくなかったのもあるしな」
「……ああ、確かに。内容が内容なだけに、高町さんにも関係してきちゃいますからね、あの話。それでまた高町さんにまで落ち込まれても面倒くさいと言うかなんというか……」
「いいこと何一つないからなあ……。当面、この事は秘密にせなあかんね」
「了解しました。では、俺はそろそろオフィスに戻ります。これ以上仕事ほっぽってグリフィスくんに迷惑かけるのもあれなんで」
「そか。それなら私もそろそろお仕事や。お互い頑張ろな」
そんな事を言いながら、へーいと気のない返事をして背を向けた誠吾くんの背を追って、私も取調室を後にするのだった。
2010年4月14日 投稿
八神はやてさんの苦悩の部分は、後日この記事に追加するか次回に持ち越しと言う形にさせていただきたく思います。忙しくて書けない……。
一応内定は入ったのであと少しだと思うんですが……。
余裕が出来るまで今しばらくお待ちいただきたく思います。
2010年4月26日 大幅加筆 「八神はやての苦悩」追加
2010年8月30日 改稿
2016年5月22日 再改稿
次回の更新への意欲を高めるために、ちょっと次回予告してみますね。
特に何の悪気もなく嘘をついた誠吾。
自分の信じたことが真実でないと教えられた少女は、自分に出来る精いっぱいでそれに抗議する。
少女の行為がその身に降りかかる時、彼は────
※予告内容は多少変化する可能性があります。