歩く。歩く。目的地に向けて歩く。
薬で緩和しているとはいえ、筋肉痛でまだちくちくと痛む体を動かして、目的地へつながる廊下を歩く。
そうして歩きながら、俺はふあぁっ……と、大口開けて欠伸をした。
あー眠い。超眠い。すごく眠い。
それもこれも全て高町のせいだと思います。うん高町が悪いと思います。……お、俺は悪くヌェェ!
確かに高町が通信をしてきた理由は俺の悪ふざけ(ヴィヴィオへの説得的な意味で)にあるけど、その愚痴にかこつけて夜更かしトーク敢行とかドSだとかドSじゃないだとかそういう以前に自重って言葉を知ってますかと聞きたい。
いや、やはり俺が悪かったかもしれない。
高町の主張を聞くのが途中からめんどくなり、あーはいはいと適当に返事をしながら片手間に小説とか読んでた結果、最後の方ではしょぼーんを通り越してずーん……だったので機嫌取りに走ったのがいけなかった気がする。
「悪かった悪かった、詫びのしるしに何か一つ言うこと聞いてやるから。俺の叶えられる範囲で」
なんて、あんなことを言ったあの時の俺は冷静な判断力を失っていたとしか思えない。
「じゃあ真面目に話を聞いてっ」とか、あとになって考えれば言われる可能性を考慮すべきあれでした。
しかし、正直あのテの説教を割合親しい間柄の人間から長時間真面目に聞くなんてことが俺なんぞに出来るわけもなく、結果高町が俺に同じようなことをしないようにと言い含めて納得したのが深夜3時。
しかし俺と新人のドキッ☆疲労だらけの基礎体力トレーニング俺筋肉痛編に間に合うために部屋を出なければならない時間までそう間がなかったので、とりあえずコーヒー淹れてそれをずるずると飲み下しながらエリ坊が起きるのを待ってた。
起きたあいつに「一回寝てから朝練のあとで来た方がいいんじゃ……? なんならあとで起こしに来るよ?」とか言われたけどそこはなんというかもう意地だった。
ここまで起きてたんだから朝練参加しねえと気が済まねえ。つーかその時タイミング的に睡魔の波が引き潮のごとく引いていたタイミングだったから逆に寝られなそうだった。強いて言うならあと少し早く言ってほしかった。
そんな感じで適当にパン食ってから痛み止めの薬を服用してゾンビのようにズルズルと体を引きずってエリ坊とともに隊舎へ。
不思議なもので体を動かしさえすれば後はどうということもなかったのだが。長年の積み重ねのおかげだろうが、意識しなくとも勝手に体が動く動く。
まあ終わった後何度か意識が飛びかけたけれど。睡魔的な意味で。
つーか俺の方は精神的にも肉体的にもガタガタだったのに高町はなぜあんなに元気なんだ。いつもと変わらないどころか通常よりやる気に満ち溢れてた気がする。なぜだろう。
まあそんなことはどうでもよくて。
で、昨日のティアじょ……でなくて、ティアのアドバイスの件でシグナムさんと少々お話をしようと思ったのだが彼女はどうやら本日御留守のようだった。
高町に詳しく話を聞くと、昨日から俺宛の厄介そうな案件を代わりに処理しに出かけているんだとか。面倒なことを押しつけてしまったようで果てしなく申し訳なく思うんだが今度菓子の折詰でも持ってお礼に行くべきだろうか。
いやそれよりも模擬戦してくださいの方がいい気がする。まあ今の俺のお願いがそれに近いものがあるのでお礼的には微妙だが。
まあ、そんな感じで始まった本日。
その後の展開としては、シャワー浴びた後に胃にコーヒーを入れたり、みんなで朝飯食った後に胃にコーヒーを入れたり、書類をいくつか終わらせてから胃にコーヒーを入れたり、休憩時間に胃にコーヒーを入れたり、書類に手をつけながら胃にコーヒーを入れていた。
なんかもうコーヒーコーヒー言いすぎてコーヒーがゲシュタルト崩壊を起こしコーヒー。
そろそろ頭の中までコーヒーフィーバーを起こしつつあったが俺の胃を占拠しているのはコーヒーであってコーフィーではないので特に問題はなかった。グリーンマイルは奥深い作品だと思う。
……やばい、なにを言ってるんだ俺は。ここでコーフィー氏を矢面に出す意味が分からない。本格的にテンションがおかしいでござる。
いや、よく考えればいつでもこんな感じのこと考えてる気がする。なんだいつも通りか。
……しかし胃のコーヒー漬けとか随分久しぶりにやったな。まあいつもはここまで眠くならないしそりゃそうか。
今回、疲労と寝不足の混合技で瞼の重量感がやばい。少しでも気を緩めたら気絶後に一時間経っていそうな塩梅。
そんな感じで目をくわっと見開いたりコーヒーを胃に入れたりしながらピッピッとウィンドウを出したり消したり文字を打ったりコピペしたりしつつ仕事を進めているうちに昼になった。
グリフィスくんに一緒にお昼どうですかと誘われたんだが、都合良く睡魔の波が引いていたので先に用事を済ませようと思って御誘いは丁重にお断りした。
そんなこんなで目的地にたどり着くと、中にいるはずの彼女をコンソールで呼び出す。
ただししばらくしても返事がない。これは中に誰もいませんよフラグですか分かりませんとか思いながら、もーしもーーーーし!と叫んでるとあ、はーいすみませーんと言う声が返ってくると同時にドアが開いた。
どうやらなんか作業してて俺の声が聞こえてなかったようである。集中力が仇になるとかどういうことなの……。
なんて思いながら入室。部屋に入ると眼鏡をかけた明るげな女性が笑いかけてきた。
「あ、セイゴさん。どうかなさいましたか?」
というか、お加減はもうよろしいんですか?とか何の違和感もなく言われたせいであれなんだが、もしやこの子もう一昨日のあれ忘れてるとかそういうあれなのだろうか。
「……えっと、シャーリー」
「はい、なんでしょう?」
「一昨日はいろいろと申し訳ありませんでした」
「……へ?」
とりあえず勢いに任せて謝ると、呆気にとられてポカンとするシャーリー。やっぱり忘れていたんですね分かります。
あれか。なんかこうギスギスした怨念を含んだ感情の類はさっさと忘れることを信条としている人間なのか彼女は。
それはとても賢いストレスのたまらない生き方だと感心するがどこもおかしくはないな。
とはいえ謝るのも話をするのも約束だし、わざわざ時間を作ってここまで来たわけだから一応謝罪だけでもしておこうと思った。
と言う感じで説明すると、シャーリーは、
「す、すいません……。セイゴさんは無事だったわけですし、いつまでも引きずっているのもあれかなと思ったものですから……」
「いや、悪いのは俺なわけだし。気にしないでくれるなら助かる。次からはあんなことのないように俺も気をつけるよ」
俺がもう一度頭を下げると、シャーリーは「はい!」と笑顔になった。
おーけーおーけーこれはいい調子。今日ここに来た目的の半分がこれにて終了した。開始3分以内に解決とかなんと恐ろしいスピードケッチャコだ。
相手が相手だとマジで恐ろしいくらい時間かかるからねマジで。誰がとは言わないけど。誰がとは言わないけど! 大事なことなので二度目は力強く言いました。
とか思いながら俺はもう一つの要件を切りだした。
こちらはちょっとしたデバイス強化のお願いの話なんだが、内容にいろいろ問題があるため話を聞き終えたシャーリーはうーんと悩みだす。
「いくらなんでもこれは……」
「嫌か?」
「いえ、嫌とかそういう問題じゃなくてですね……」
シャーリーが気まずそうに言い淀んだ。
まあ、言わなくても言いたいことは分かる。それでもここは譲れないのだ。
けど、嫌だというものを無理やりやらせて苦しめるような趣味もないので、やりたくないなら別の道を模索する。
……言いたかないが、デバイスマイスターの知り合いは別に彼女だけじゃない。前の課の伝手を辿れば、仕事外でやってくれそうな奴もいる。
ただそれだと改造費丸ごと自腹だからやりたくないだけで。保険とかきかないと辛いねんデバイス整備。ホンマ魔導士の金食い虫やであいつら。
とか思いつつ嫌なら他当たるから断ってくれてもいいよとシャーリーに告げる。
シャーリーはそれでも悩むそぶりを見せたが、結局は小さくため息を吐いて頷いた。
「分かりました。なんとかやってみましょう。それではファントムガンナーを待機にした状態で置いて行っていただけますか?」
うぃす了解ですと口にした時コンソールから呼び出しが来た。シャーリーが応じると相手はティア嬢だった。
ドアを開けたら入ってきたティア嬢が俺を見てあれと言う顔をした。俺がいるとは思っていなかったらしい。
「おうティア嬢じゃねーか。どうしてここに?」
「……ティア」
「……あ、そうだった。すまんなティア」
とかいうやり取りしてたらシャーリーのメガネがピキューンと光った気がしたけど俺のログには何もないな。
なにもないから話を逸らそう。
「で、なぜここに?」
「ちょっと用事でね。デバイスのことで相談が」
とか何とか言いながらティアは俺に背を向けてシャーリーの方へと近付いて行った。
クロスミラージュの調整ねえ。あの近距離魔力刃モードを持て余してるとかそんな話だろうか。
確かにあの手の魔法は自分の手に馴染まないと危ないですからね。調整は念入りにすべきだよね。
とか考えながらファントムガンナーの封印を解いて待機モードに。それからいろいろと命令を出してシャーリーがいじりやすいようにセキュリティを下げる。
なんだかんだで俺しかいじってなかったからな最近。誰かに任せるにしても隣で必ず待機してたし。
と、そんな風にいろいろやってると、シャーリーとの話が済んだらしいティアがいつの間にか近寄ってきて俺の背後からひょいっと体を乗り出して、ファントムを覗き込んでた。
で、
『ふははははっ、そんなに私のことが気になるかティアナ・ランスター。そうだろうそうだろう。私は優秀なデバイスファントムガンナー。主のサポートにおいては特に────』
「うっせえよ少し黙れ」
『……あまりの扱いの酷さに全私が泣いた。この悲しみはしばらく収まることを知らない』
「ブロンテイスト乙」
「ねえ、このデバイスって……」
いつも通りの下らないやり取りをしてると、ティアが私にも扱えるのかな? とか言い出したので目が点になる。なんだこの展開。前触れがないにもほどがある。
いや、扱えるだろうけどさ……本気か? こんなメンテも相手もめんどくさいデバイス他にないぞ。性能はいいけど。
「前からちょっと興味あったのよね。あんたのあの長距離射撃、このデバイスの性能によるところも大きいんでしょ?」
「ああ。つかむしろ、あの無茶はこのデバイスじゃなきゃ無理だな」
『それほどでもない(謙虚 わ、私のマスターはマスターだけなんだからねっ!』
「恐ろしくきめーから俺以外にもマスターを作ろうと思った。ティア、ちょっと使ってみるか?」
「あ、うん」
『なん……だと……?』
とか何とかやりながら、セカンドマスターにティアを登録することに。
デバイス起動すると俺のデザインのBJがティアの体のサイズで展開された。ファントムが持ち前の高性能で余計な気を回したらしい。
しかしこの子灰色が似合いませんね。や、普段のBJ見慣れてるせいかも知れんけどさ。でもロングコートはこいつが羽織るとちょっとスタイリッシュ。
俺が羽織ってもその辺の何の変哲もない管理局員だからね。色も地味だし目立たない。
その点美少女は得ですね。なに着てもカッコいく見えるし。
つーか腰の刀にも右腕のガンナーにも激しく違和感があるな。どっちも女子が使うには見た目がごつい。クロスミラージュはコンパクトに纏められてますしね。その点こっちはゴッテゴテの装飾がいろいろと見た目を阻害している希ガス。
それはともかくティアがすげえ。他人のデバイスとか超使い辛いはずなのに初見でそれなりに使いこなしてた。
同じ銃タイプのデバイス使いだし、その辺は慣れの問題かもしれない。まあどうでもいいか。
ところで、ファントムに散々文句を吐かれたが知らん。むしろファントムざまぁ。
まあそんなこんなでファントムをシャーリーに預けてからティアと別れてオフィスへと戻ると、顔を合わせたグリフィスくんに大丈夫ですかと聞かれた。
何のことかと聞き返すと、顔色がすこぶる悪いように見えるとか。
ああ、そう言えばいろいろあって飯食ってないせいかふらふらするような。おまけに睡魔の波がまたもや俺を襲っていた。この眠気はしばらく収まることを知らない。
けど仕事もまだそれなりに残ってるし、休むわけにもいきませんしなあとこぼすと、今日一日くらい大丈夫ですと言われた。
ついでに昨日の今日なんですから無理しない方がいいですよ、とアルトたちにも釘を刺される。
駄目押しにグリフィスくんに、その顔色で仕事をするのはあまり賛成できませんねとまで言われては引き下がるしかない。
仕方がないのでオフィスを後にし、休憩所のベンチで横になってぐーすか寝ることにした。怪我も病気もしてないのに医務室でベッド借りるのもなんか気が引ける。どうせ寝てりゃ治るだろ。飯は起きてからでいいやと思う。眠いし。
そんな感じで目を閉じてしばらくすると強烈な睡魔が。あまりのあれさに意識が強制シャットダウン。
やっぱ疲れた体に完徹は無理かー。とか思いながら、俺はカクンと寝オチした。
────夢想的な回想────
戦いの場ってのは、ある意味究極の平等の場だと、俺は思う。
弱けりゃ負けるし、強けりゃ勝てる。一概にそうとは言えない場合だってあるけど、それだって運が強いとか頭がいいとかそういう要素があって初めてそうなるものだ。
そんな場所に行く以上、俺だってそれ相応の覚悟はしてる。そりゃ死にたくないし死ねないし、死ぬ気だってもちろんないが、もし俺が命を落としたとして、それはどこまで行っても自分の責任だ。
管理局に入ったのは、俺の意思だ。
魔力ランクが上がらなくなった時、管理局に残ろうと思ったのも俺の意思。
痛むリンカーコアを無視して魔法を使えるようにリハビリ始めたのも俺の意思で。
しばらく仕事の役には立てそうになかったから不良少年になったことをアピールしたのも俺の意思。
あの隊長にそのことを指摘された時、真相を話したのも俺の意思で。
生き残るために、魔法の改善はあとの課題にしてまずは剣の技量を上げようと思ったのも俺の意思。
結局、それ以上強くなれそうにもなかったから、昇進することを拒否し始めたのも俺の意思である。
結局はそういうことだ。いろいろ理論武装して言い訳してきたが、俺が上を目指すことをやめたのは、親父と和解したからでも、楽がしたかったからでも、リンカーコアがおかしくなったからでもない。
……や、リンカーコアの件は多少関係あるかもしれないが、ま、そこまで重要なことじゃない。
俺の魔力ランクはAA。自画自賛するわけじゃないが、俺の技量と戦歴があれば、行く行くは一等空尉になるくらいはできたんじゃねーかと思う。
けどそれをしなかったのは、限界だったからだ。
成長の見込めない俺があれ以上の上に行ったとして、その先にあるのは何だろうと考えた時、自分の想像が恐ろしくなった。
きっとその先にあるのは、俺が飛ぶことすらおこがましいような力の密集する危険な場所。
そんな場所まで無理をして上り詰めたところで、一体何があると言うのだろうか。
そんな場所に行ったところで、周りの足を引っ張るだけに終わるんじゃないだろうか。
そう思って、悩んで。
だけど、准尉になったり、執務官になったり、俺とのコンビを解消して分隊の副隊長になったり、俺をおいてどんどん先に行く先輩や高町たちの背を見て、だけど諦め悪くずるずると管理局に居座り続けて。
そうしているうちに気付いた。
もう俺は、あいつらの隣を飛ぶことは出来ないんだと。
高町が鳥みたいに自由に、いとも簡単に飛ぶことが出来る空でも、俺はきっと満足に飛べやしない。
昔はそれなりに隣を飛ぶくらいの実力はあった。だけど今じゃあ、天と地だ。
差なんて縮まりゃしない。開く一方。
日を増すごとにグングングングンである。
だから、いつかに諦めた。
んで、グダグダに腐った。
そのうち、階級が落ちた。
なにをするでもなく、昔の自分の戦歴を見て期待を寄せてくる連中から逃げるために職場を転々としてた。
仕事はしてたし訓練もしてた。けどなんと言うべきか……あんなこと、誰にだって出来たと思う。
惰性に惰性を重ねて、だっつーのに自分はやることはやってますみたいな顔して生きてた。
セイス隊長と会ったのはそんなときで、あの人は腐りきった俺の性根を根本から叩きなおそうとした。
あの人は最初から、俺が手を抜ききっていることに気付いていた。
だからか、当たり前のように隊長権限で強制訓練して、当たり前のように俺をボコボコにした。
次の日も、明くる日も、そのまた次も、あの人は飽きることなく俺を呼び出し、模擬戦をし、ボコボコにする。
とある日、これ以上ボコボコにされる気にはならず、もううんざりして本気でやった。
けど、錆ついた体がうまく動くわけもなく、俺はまたもやボッコボコに。
腐ってから初めて本気を出した。
けど、手も足も出なかった。
楽な仕事ばかり選んできたのだ。格下相手に俺TUEEEEEEEしてきたクズが、隊長格相手にまともに戦えるはずがない。
……だけど、昔みたいに体が動いたらと思った。数年前のように体が動けば、こんな年増にやられるわけがないと思った。
本人に言ったら殴られた。
で、やれるもんならやってみろと言われた。
ここまで遠慮をしない自己中な奴は初めてだった。
敬語を使う気が失せた。
タメ口を利いたら、その口調が似合う程度に力をつけてみろ、自分に甘いクソガキが。と言われた。
ブチぎれた。
それからは必死だった。
昔のように本気でトレーニングして、昔のように全力で書類片付けて、昔のようになにかれ構わず任務に行った。
事ここに至って、負けず嫌いは変わらない自分に苦笑した。
模擬戦で隊長と引き分けた。
いつの間にか、隊でも有数の実力になっていた。
かといって、なにが成長したわけでもない。元に戻っただけ。
元に戻っただけで、なにも変わらない。
高町たちは遥か上。
なのに俺は、ようやく外れた道から戻っただけ。
今から行くには遠すぎる。
だけど、また腐るにはやる気すぎた。
結局俺は、俺が飛べる場所を、本気で飛ぶことにした。
それで、高町たちの目の届かないクソッタレな案件をお片付けすることにした。
もう、高町との空を飛ぶ気はなかった。
違う。一緒に飛べないし、飛びたくなかった。
けど、あいつらが知らない場所で、あいつらが知らない事件を、俺が出来る限り解決してやろうと思った。
カッコ悪いし、未練がましいし、救えねえことだとは思うけど、これが俺が悩んで出した結論だった。
こんなことは誰にも言わないし、誰も知らない。
だとしても、中途半端に止める気はない。
不言実行。カッコいいじゃないか。
だけどまあ、口には出さないが、誰かに聞いてほしかった。
誰に聞いてもらうかは、もう決めていた。
「って、わざわざこんなところまで来て懺悔するようなことでもねえよなあ」
とか何とか言いながら、俺は『マコト・プレマシーここに眠る』と書かれた墓の前で苦笑した。
久しぶりに。……本当に久しぶりに休暇が取れたので、一人で墓参りに来たのだ。
命日はもう二ヶ月は前。親父はとっくの昔に今年の墓参りを済ませていた。
けど俺は、そうもいかなかった。
「去年までは、命日ずばりその日に来れてたんだけどなあ」
だが今年からは、きっと命日には来られなくなるだろう。
目的が見えたし、昔を思い出した。だから、忙しくなった。
忙しい時には墓に来るなと、他ならぬ母さんからの遺言だ。今となっては彼女に甘えられる唯一のチャンス。お言葉に甘えさせてもらおう。
「さて、掃除はしたし花も備えた。昨今の状況報告も……ま、例年よりはいい内容だった」
というわけで、目を閉じて最後に一回祈ってから一礼し、頭を上げ、
「じゃ、行ってきます」
手をパタパタ振りながら一言そう言って、サクサク帰ろうと踵を返した。
次に来るのはいつになるか。
なにせ救えないことに、人使いの荒い人の部下になってしまった。
何より救えないのは、そんな人の元でやる気になっている自分なのだけれども。
さて、明日も仕事だ訓練だ。今日はさっさと帰ってゆっくり休もう。
そんな風に考えながら、自分でも意外なくらい明るい気分で苦笑しながら、俺は墓地を後にした。
俺が高町に熱烈な緊急招集を受けるのは、ここから更に数年後の話。
介入結果その零 セイス・クーガーの溜息
彼方を遠ざかる背中を見送って、私は身を隠していた木から体を乗り出した。
そうして一息つくように溜息を吐くと、隣に立つ男性の顔を見る。
頭は金髪のオールバック。私が見上げなければならないほどの身長。背筋はピンと伸ばされ、その姿勢の良さは感嘆を覚えるほどですらある。
その男、ジェッソ・プレマシー。先ほど背中を見送った少年、セイゴ・プレマシーの実父である。
「で、これでいいのですか、先生」
私はジャケットのポケットから煙草の箱を取り出し、一本銜えてライターで火をつける。
子供がいるので家の中では吸ってはいないが、いかんせん仕事中は手放せない。
「ああ、上出来だよ。すまない、セイスくん」
私の問いにそう答えると、先生は先ほどセイゴが参っていた墓の方へと歩き出した。
その後を追う。どうせ今日は非番だ。やることなど帰って子供の相手くらいだが、それは帰ってからたっぷりとしてやればいい。久しぶりに夜まで遊んでやろうと思う。
一週間前、いきなりこの日に休暇を入れてはくれないかと言われて唐突に休みをとるのは、隊長として勤めている身の上なので苦労したが、まあ先生に頼まれたのだから仕方ない。仮にも命の恩人だ。私としても、私の家族にしても。
マコト・プレマシーと書かれた墓の前で足を止め、私たちは無言で立ち尽くした。
しばらくは静かに時が流れる。吹き抜ける風が頬を撫で、髪を揺らす。清々しくて気持ちよかった。
いい景色の場所だった。もし将来自分が死んだ時、入るならこの墓がいいなと思った。
そんな死後の不毛を考えながら、私は長い間疑問だったことを聞いた。
「それにしても、先生。どうしてあんなことを?」
「あんなこと?」
質問の意図がつかめなかったのか、先生はこちらを見て目を細めた。
私は言った。
「セイゴのやる気を取り戻してやってくれないか。……新しくうちの隊に来るやつの書類の中にプレマシーの姓を見て、あなたに連絡をとった時から意味が分からなかったんですよ」
「息子の不真面目さを直したい。……これはそんなにおかしいことだろうか?」
確かに理由としては十分だろう。私も息子があのように腐れたことをしていたら、どうにかしようと思ったに違いない。しかし、苦笑と自嘲が入り混じったような表情を浮かべながら言われても説得力がなかった。
「確かに数ヶ月前のセイゴは、それはそれは酷いものでした。……特にあの目は気に入らなかった。私に倒された後決まって見せる、ガキのくせに人生悟りきった気になって何もかも諦めてるみたいなあの腐れた目はね」
「手厳しいな、君は」
先生はまた苦笑した。
私は構わず言った。
「だが、あいつのしていたことは決して間違いじゃない。最初から魔力ランクAAなんて優秀な人間が管理局なんてものに入ると、大抵自分の限界を知らずに調子に乗り、暴走して落ちます。私もそういうやつらを散々見てきました」
「ああ、それは私もだ。そういう人間を何人も診て、そして治してきた」
「その点セイゴは自分の限界をよく知っている。自分の限界を知り、それを的確に見極めて、安全な役割のみを見出して任務につく。……傍から聞けば臆病者と罵られるかもしれませんが、これは十分賢い選択だ」
「確かに。……私はあいつに、安全な場所で安全に生きていてほしいし、出来れば管理局などやめてほしいとも思っているよ」
「なら、放っておけばよかったでしょう。そうすればセイゴは、今でもあのままでした」
実際、セイゴの演技は完璧だった。先生から事情を聞いていなければ、私だってあいつの虚偽に気付けたか分からない。
普段は暗い様子など微塵も見せずに振る舞い、自分からは携わらないものの任された書類仕事は完璧にこなし、戦闘にかり出されれば後方から自分の役割のみを安全かつ忠実にこなす。
本来の実力など片鱗も見せないそのやり方は、見ていて何の違和感もなかった。最初は本当にあれが限界なのだと思っていた。
だから、あのままなら安全だったのだ、あいつは。
これからあいつは、私が任務にかり出す。妥協は許さないしさせない。今のあいつも妥協を望んではいまい。
これはつまり、死の危険が濃度を増すことに他ならない。
なのに先生は────あいつの親であるはずのこの男は、これで正しかったという。
「セイスくん。私の天職が医者であるように、きっとあいつの天職は局員なのだと思う」
「……先生?」
「あいつが怪我をし、それまでとはうって変わって表向きでは努力を忘れてから、私はあいつの変化を近くで見続けてきた。……あの時の状態は確かに、あいつにかかる命の危険はかなり薄かっただろう」
「……」
「ここからは、私の勝手な想像となる。だから、そういうつもりで聞いてほしい」
「……ええ、分かりました」
「あいつは、負けず嫌いで、不器用だ。驚くほど昔の私に似ている。だからだろうか、私にはあいつが、もっと上に行きたいのに努力をしない自分自身を責めているように見えた」
「……」
「なにが理由でああなったかは知らないが、おそらくどんどん上にあがっていく自分の友人を見て、焦ったんだろう。だが、自分はリンカーコアの異常のせいでこれ以上の成長が見込めない」
その話は最初の時点で聞いていた。挫折の始点とも言えるだろう重要な事実。
「最初は努力したはずだ。人に努力を見せたがるような性格ではないから隠れてだろうが、そうでなければ今魔法を使えている時点でおかしい。怪我をしてすぐのうちは、BJを展開するだけで泣き叫ぶほどの痛みを覚えていたほどだ。……あんな体で、なのはくんに自分の体のことがばれないためにととある剣使いの女性とやりあうという話になった時には肝が冷えた。BJは貫かれなかったとはいえ、刀ごと真っ二つにされていたからな」
当時のことを思い出したのか、先生は苦い顔を浮かべた。
「だが、それでもあいつは屈しなかった。そして、魔法を使うことが困難でなくなるくらいには回復した」
……しかし、それだけだった。
あいつがそこまで回復した頃には、自分の周りにいた人物たちはワンランク上の戦場で戦っていた。
しかし自分は、成長したどころかむしろマイナスだった。
成長する見込みのない、魔法を使うたびに痛むリンカーコア。
まともに魔法を使ってこなかったことによる腕の錆び。
他にも挙げればきりがないほどのマイナス。
「当時あいつは15歳だった。かなり大人びていたとはいえ、あいつとて子供だ。諦めたことを誰が責められるか」
そしてあいつは、自分の欲を殺し、安全策のみに走りだした。
先生が言うには、こんな言い訳を心の中で呟いて。
「自分は本気ではない。だから負けても構わない。何せ本気ではないのだから」
その言葉は、妙に実感がこもって聞こえた。先生にもなにかあったのだろうかと思うが、人の過去を掘り返す趣味はなかったから、無視した。
そうして自分を騙し続けようとしたセイゴは、日に日に覇気を失っていったのだと言う。
「……だが、最近のあいつは本当に生き生きしている。男の二人暮らしなんてむさくるしい状況ではあるが、家の中が明るくなった気さえするよ。……私の願いは、確かにあいつの安全だ。だが、それであいつが元気を無くしてほしくはないし、そして、自分に言い訳をして後悔してほしくもなかった。だからこそ、これは更生の機会だと、君に頼んだんだよ。私個人の、手前勝手な考えなのだがな」
それが自己満足だと言うことも理解しているつもりだ。と。しかしそれでも、これ以上あいつのあんな姿は、見ていられなかったのだと、そう彼は言う。
「わがままだと、分かってはいるのだがなぁ……。それでもなんとも、納得がいかないものだ」
泣きそうな表情で苦笑して、だから、ありがとう。と、そう言って先生は、私に向けて頭を下げた。
私は溜息を吐いた。
「……頭を上げてください、先生。別に私はあなたのためだけにやったわけじゃありません」
先生が最初にした話が本当であったなら、セイゴが立ち直れば優秀な手駒になる。そう思ったから私は、彼の案に乗ったに過ぎない。
そこには確かに多少恩を返す意味合いもあったかもしれないが、それは本当に微々たるものだ。
しかし先生はそれでは気が済まないようで、頭を上げてからまた、ありがとうと言った。
どうにも気恥かしくなって、私は頭をかきながらまた溜息を吐いた。
全く、この人には夫も含めて一生勝てる気がしないのだった。
数年後、とある事情で私の元を離れることになったセイゴを、母親になったような気持ちで送り出すことになるとは、この時はまだ思っていなかった。
唐突に目が覚めた。
あけた瞳に映るぼやける視界と、寝起きで霞みがかる思考。
なんか知らんが、やたら懐かしくて胸糞悪くて恥ずかしい夢を見ていた気がする。
ありゃもう何年前のことだっただろうか。
まあ別にそんなん思い出せなくてもいいけどね。
忘れる気はないというか忘れられないと言うか、そんな記憶。
誰にだって一つくらいはあると思う、挫折とその克服の記憶だ。
そして、俺が六課に来たくなかったたった一つの理由でもある。
今までグダグダ他人を前に自分と相手に説明してきたあれらのこともある意味正しくはあるのだが、あれらの言い訳の根源にあるのはこれだ。
敵わないから逃げた。高町たちから。そういうオチだ。
だけど、俺にとっての『管理局員』てやつは、捨てることが出来なかった。
今まで何度も、もうやめるべきじゃないかと思ったことはある。けど、踏ん切りはつかないしやめるだけの度胸もないしで今までずるずると続けてきてしまったのだ。
だからこの間、八神に無理矢理高町と引きあわされることになった時には、いい機会ではないかという勢いで結構本気でやめようと思っていた。
まあ、今となってはそんなこと、全く思っちゃいないわけだけど。いろいろあったし、見届けたいこともできたし、つけたい決着もできたので、その辺が片付くまではまだ局員は続けようと思う。
ただ、このままいくと結局定年までこんなことの繰り返しになりそうだと思わないでもない。それでもいいと思っている自分が居るのも事実だが。
しかし、久しぶりに言い訳も出来ないような負け方したからだろうか、あんな夢を見たのは。何とも女々しくて嫌になる。
……こんな話を聞いたら、聞いたそいつはどんな顔をするだろうか。考えると笑えてくる。
高町は俯いてごめんと言いそうで、フェイトさんはかける言葉もなく落ち込みそうで、八神は沈痛な面持ちでそっかとでも言いそうだ。
ヴォルケンの人たちはヴィータ以外はそんなに気にしなそうだが、新人連中は絶句するだろうし、ロングアーチの奴らは目を逸らしながら何を言えばいいか分からなくて冷や汗を流すかも。
前の課の連中なら爆笑の後あなたも人の子ですねとか新入り共に言われるかもしれない。言われたらリアルでフルボッコにするが。
ところで、現実ってやつは時々意味が分からないと思う。
だからここで一つ議論しなければならないことがある。なぜなら意味が分からないから。
そう、俺が寝る前と今と後頭部の感触と目の前にある風景が違っている件について。
議論したいから口を開いた。
「……あなたは一体、何をしているんですか」
そしたら真上から俺の顔を覗き込んでいる……、ヴィータがうろたえた。
「え、あ、えーと……」
で、
「ひ、膝枕ってやつじゃねーかな」
「そうですか。……ああ、一言いいですか?」
「……なんだよ」
「制服越しとはいえ感触的に随分と貧相な太ももをお持ぺぐあっ!?」
「うっせーよ!」
理不尽である。
勝手に膝枕してその感想を漏らしたら殴られるとか理不尽以外の何物でもない。
俺は打たれた鼻を押さえながら体を起こした。視界に涙が滲んだ。
「いつつ……つーかなんであなたがこんなところで俺に膝枕なんてしてるんですか……。仕事は?」
「終わって休憩だったんだよ! そしたらお前がここで寝てたから……」
はやてが男は女に膝枕されると喜ぶって言ってたしとかおいィ!
なぜそこで放っておいてくれないのかと小一時間(ry
それにしてもここまでこれっぽっちも心踊らない膝枕があるとはこの海のリハクの(ry
とか何とかグダりつつ、一体全体俺に何の御用ですかと伺いをたてる。
こんなところで俺に膝枕までして起きるのを待ってるくらいだから、なにか用事があるのだろうことくらいはいくらなんでも分かる。
てか多分一昨日のあれだと思う。と言うより他には思いつかないし話題がない。
あー、さっきシャーリーに謝ったばっかだってのにまた怒られるんですか。まあいいけどね別に。
とか思いながら藪蛇を恐れて黙りこくってたんだけれども、
「ごめん。また守れなかった……」
とか言われてポカンとする。なんだろう。なにを言っているんだろうか、こいつは。
つか、またってなんだ。そんな頻繁にこいつに守られる機会はなかったと記憶しているが。
「あたし、守るって言ったのに、また守れなくて……っ! ご、ごめ、ん……」
呆気にとられていた俺も、そこまで言われてようやく気付いた。
もしかしてあれか。前に言ってたあたしがお前を守ってやる云々のことか。
こいつ真面目すぎワロタ。言われた本人とか今もう一度言われるまでそんな約束は忘却の彼方だったわけだがこれいかに。
とはいえこれではこちらとしてもなんとも言えない気分である。こんなことでいちいち気に病まれていては、俺は戦場に出るなと言われているみたいなもんじゃないか。
いくらなんでもそりゃ無理だ。管理局に身を置いている以上、そして、自分のやれる範囲でやれることをやろうと思っている以上、俺はこれからだって今までと変わらないやり方で戦ったりしていくだろう。
それで怪我をするたびに文句を言われ続けるのはご勘弁願いたいところである。
俺は、そんな未来を思い浮かべてため息を吐いた。
「はー……。あの、前から聞こうと思ってたんですけども」
「な、なんだよ……」
「あんたはいつになったら納得するんですか」
「……え?」
ヴィータが息を呑んで俺の方を見た。俺は向けられた視線を真っすぐ見返して言った。
「俺はもういいって言ってますし。て言うか最初からあの怪我は自分のせいだって言ってますし。なのにそこまで俺のことで責任感じるってのはどういう意図ですか」
て言うかあれからもう8年。俺だっていろんな悩みに一段落つけてようやく落ち着いてきた頃合いだと言うのに、こいつときたら未だにあの時の自分の失敗引きずってるってのは、正直どうよ。
これは俺の勝手な考えなんだろうが、そろそろ何かしら、一区切りつけていい頃だと思う。
それともなにか、納得できるだけの罪滅ぼしでもしなけりゃ気に食わないとでも言うのだろうか。
そんなの正直、夢物語だと思うんだが。
だいたい。こいつの中でそれほどのトラウマになってることを帳消しにするくらいの出来事なんて起こってたまるかと思う。
だってそれって、一昨日のあれレベルな戦闘で俺がピンチにならなきゃいけないってことでしょう? 冗談ではない。
折り合いは俺を助けてではなくて自分の中でつけてほしい。そう思うことは罪ですか?
そんな風に思ったので、もういい加減、俺のことなんて気にしないで、好きにやっていいと思うんですがねえ。と、訳知り口調で言うと、
「自分が、許せねえんだよ……」
とか絞り出すように言われて怯む俺。なにこれ、ここまで本気で返答されるとは少々予想外。せいぜいもうちょっと控え目なアプローチが返ってくると思ったのにとんだ誤算。
「あの時お前は、あたしに警告してくれた。なのはの様子がおかしいから気にかけてやってくださいって。……けど、あたしはそれを聞かなかった」
「まあ、あの時喧嘩してましたしね」
「あんなの喧嘩じゃねーよ! お前のことが気に食わなくて、あたしが勝手に怒ってただけじゃねーか!」
そうだっただろうか。なんか俺が余計なことを言ってこいつを怒らせた気がするんだが。つーかそもそもその高町の不調の原因の一端を担ったのも俺で、そう考えるとあの怪我はまさしく因果応報。他人への配慮の足りない当時の俺への天罰覿面と言っても過言ではなかった。
けどこいつは、そうは思わないらしい。
「あの時あたしがお前の忠告を聞いてれば、お前がなのはをかばって怪我なんかしなくて済んだはずなんだ! なのに、なのに……っ!」
……あー、なんかすごいあれだ。うん。
ちょっと悩みすぎ。うん。
もっとこうあれだ。俺のこととかシンプルにどうでもいいやとでも考えてくれるくらいでいいと思うよ。
でないと真剣に付き合うだけ疲れが溜まるでしょうし。
とでも言おうと思ってやめた。てか言える雰囲気じゃねえ。ヴィータさんシリアス期突入である。
そんなヴィータさんが掴みかかってきた。
「なのに、なんでお前はあたしを許すんだよっ! もっと責めろよ! お前のせいで痛かったって! お前のせいで辛かったって! なんで……なんで何にも思ってないみたいにあたしを許したりするんだよっっ!」
「いででででっ! 痛い痛いっ! お前のせいで痛いっ!」
「そんないい加減な態度で言うんじゃねーっ!」
おいィィ! いい加減云々じゃねーんだよォォ! 今現在進行形で体が痛えんだよォォォ!(銀魂風
興奮して怒鳴るのは別にいいけどに制服にしがみついて胸部を殴るんじゃねえよっ! 痛えっ!
このままだといろいろと全身問題が出そうだったので肩を掴んでこいつの体を引き剥がそうとして────出来ない。
……つか、やっちゃいけねーだろうと思った。少なくとも今は。
なにをそんなに情緒不安定になってるか知らんが、こいつの肩が震えてるのはあれですよね。心の汗的な何か。
そんなに俺がボロっボロで帰ってきたのが堪えたんだろうか。……嬉しい気もするけど、正直余計なお世話である。
俺だって、それ相応の覚悟がある。散々悩んで、ボコボコにされて、グダグダになってそしてあんなことを体験して得た答えだ。
こいつにここまで心配されるってのは、それを否定されてるような気がしてならないわけで。
どちらかと言えばあまり気分がよくはない。
だけどこいつがこいつでいろいろ考えてこうしてるってのも、また事実で。
けどさー、正直こいつ俺とか高町を戦う理由にして精神的に自分を保っているような気がしてならないしー。
もしそうなら、これ以上俺とか高町を戦う理由にするのはやめろと言いたいけどさー、正面切ってそこまで言えるほど、俺には度胸がねーわけよ。
結局、俺に出来ることなんて何もないのだ。強いて挙げれば、いつもどおりに適当にふるまうくらい。
だから俺は、全く、あなたも存外涙脆いですね。とか言いながら、しがみついてくるヴィータの頭をぽんぽんと叩いた。
本当は、もっと突き放せば、こいつだって、高町だって、他の奴らだって、俺から離れていくんじゃないかと思う。
なのに、いつだって、そこまでする気にはなれなかった。
相変わらずの日和見主義に吐き気がした。偽善者と言われたらまさにその通りだった。
やっぱり自分は半端ものだと、改めて思い知らされた出来事だった。
2010年3月26日 投稿
2010年8月29日 改稿
2016年5月22日 改稿
と、いうわけで。誠吾の昔話的なあれと、またもや裏話的なあれでした。
では、次のスポットライトはあの辺にあてようかと画策しつつ失礼します。
追記:ちょっとしたご指摘がありましたので、文章の位置をいじりました。
流れには特に関わりありませんのでご安心ください。