六課に戻って、シグナムさんの肩で少し休んだおかげかようやく多少歩く程度なら問題無くなった体を引きずって少々姿をくらまそうとしたら、一緒に帰ってきた他の連中に取り押さえられた。
おいなんだこの状況は今すぐ私をHA☆NA☆SE☆とかその場の勢いで抵抗し続けてたらヴィータとエリ坊に両腕を拘束され、シグナムさんをはじめとする面々に恐ろしいほど巧妙な連係プレイで体にバインドをかけられ、そのまま医務室まで我が身柄を連行された。
なにこの犯罪者扱い。善良な管理局員を相手に人権侵害とは感心しませんなとか言ったら、「うっせーよ。みんなに心配かけたんだから今ぐらい大人しくしとけよな」とかヴィータに怒られて口を噤むしかない。
いや、普段通りの不遜な声音で言われたなら言い返すのにやぶさかじゃないんだが、なんとも怒りをこらえるような微妙なトーンだったからこちらとしてもどう何を言えばいいのか……。
くそう。もはやBJを保つほどの魔力すら残っていない俺にこの仕打ち。くやしい…! でも(ry
てな感じで医務室へと連行されると、そのままいくつかあるベッドの一つに放り投げられて、なんか任務終了とともに放心して腰が抜けたらしくとりあえず大事をとって休むことになったティア嬢とともに放置された。
しかもバインドはかけたままである。酷い、なにこれ泣きそう。
流石にこの扱いは酷いと思うんだ。確かにゼストさん相手に一人で立ち向かったのは自分でもどうかと思うけど、生き延びられると思ったから実行したことなのであって死ぬ気は最初からなかった。……まあ、甘い見通しだったわけだけれど。
てかそれを含めたとしてもこの扱いはどうよ。それともなにか。ここまでしなけりゃ俺がこの状態でそこらじゅうを────
「闊歩するつもりだったんでしょ、あんた」
「いや、するつもりだったけどさ」
「……呆れた。バインドかけて正解よ。そんな状態のあんたを出歩かせるなんてありえないっての」
「酷い。その言い方は流石に酷い。あまりの酷さに俺の悲しみがマッハで有頂天になった。この悲しみはしばらく収まることを知らない」
「また意味分かんないことを……。用語の意味も文法もめちゃくちゃすぎよ、あんたのそれ」
そりゃそうだ。正しく使う気なんてさらさらないんだから。とか思いながら隣のベッドに腰掛けるティア嬢に胡乱な眼を向けられる俺。
なんと言われようと、さっさとゼストさんのことを報告したかったのである。マジで。
なにしろ、戦闘行方不明者の管理局Sランク魔導士が、違法魔導士になって俺たちに敵対しているのだ。
……いや、それだけならば、珍しくはあるけれど無いわけではない。
俺にとって問題なのは、その裏切り者が『ゼスト・グランガイツ』であることただ一つ。
あの人は、俺の記憶通りの人であるならば、あんな風なことをする人ではなかった。
正義感に溢れ、悪を嫌い、平和を追い求めて全力で生きていた人だったはずだ。
俺は出来る限りの人を生かしてこの場に連れてくる、だからお前はその人たちを救えるだけ救え、なんて青臭い約束を、あの親父と交わしたような人が、人工魔導士の製造計画に携わっている。
それがどれほど異様なことか、分からないわけがない。
何かがあったのだ、きっと。
あのゼストさんの心を折るような何か。
それが何かなんて知らないが、どう考えても碌なものじゃない。
藪をつつけば蛇が出るなんてこともありかねない。
だから一刻でも早く、このことを相談せにゃならんってのに……。
「はい、セイゴくん。左手の治療は終わったから、次は右手を見せてください」
とか言いながら俺に笑顔を向けてくるシャマルさんが、今は忌々しくて仕方がない。
そりゃ俺だって、彼女がどこかから医務室に戻ってきて早々、「な、なにがあったんですかこれ?」とか焦って俺にかかったバインド外してくれたことには感謝しています。
だけどそのままじゃあちょっと出かけてきますと外へ出ようとした俺をまたもやベッドの上に押し倒して診察開始とは少々お茶目が過ぎやしませんかね。
「大丈夫です。お医者さんはそういうことが許された職業ですから」
うん、許されてないね。少なくとももうちょっと患者の自由意思反映されるね。全国のお医者さんに謝った方がいい。むしろ親父に謝って。
とか思ってたら医務室内部に来客を告げる呼び出し音が響く。
動いちゃだめですよと笑顔で念を押したシャマルさんが外の様子を見るコンソールの操作をしだす。
「────え」
と目を丸くして驚いていたものだから俺とティア嬢が顔を見合わせて首を傾げていると、シャマルさんがコンソールの向こうの相手と二言三言交わしてから扉が開く。
いや、もうその会話相手の声に聞き覚えのある俺としては諦めが入り混じりつつも大変遺憾なんだが、なんであんたがここにいる。
「少し見ない間に随分と酷い容姿になったな。なんだそのみっともないボロボロの体は」
「うっせーよ、イメチェンです」
「命がけでイメージチェンジとは恐れ入る……この馬鹿ものが」
とかいいながら溜め息を吐いて謎の登場を果たしたスーツ姿の親父がこっちに近づいてきた。ちなみに隣にはツヴァイが浮いてた。どうやら道案内してきたらしい。
「だ、誰……?」
とかティア嬢が不審げに俺の方を見てきたのだが、俺の方もわけが分からなくてテンパリつつあったので、先になんでこんなところにいるのかとか聞いてみたら高町に俺が怪我して隊舎に運びこまれたとか聞いてここの近くで学会やってたから仕事上がりに寄ったんだって。
あいつホント余計な気を回すよね。忙しいんだから自分のことだけ考えてりゃいいのに……。
ちなみに親父が自己紹介したらティア嬢がびっくりしてた。こんなに普通の真面目そうな人が、あんたのお父さん……?って。
うっせー余計な御世話だ。俺だって昔は真面目一辺倒だったんだよって言い返したらふーんってすんげー興味無い感じに返されてもう本当に泣いたら全てがゼロになったらいいのにとかいろんなことを呪詛ってたら俺らの会話を聞いて苦笑しながら俺の右手を診てたシャマルさんが妙な声を出して親父の方を見た。
「先生、これは……」
「む、どうかしたかね」
とか言ういろいろ含みの多い感じを演出しながら二人して俺の手首のあたりを診だした。そう言えばさっきから感覚が虚ろなせいでよく分からんのだが俺の右手ってどうなってるんだろうか。
まずもって明日筋肉痛になっていることは間違いなかろうが、それとこれとはまさしく別問題。他に異常が出てない保証なんてどこにもない。
何せあれだけ無茶をして刀を振り回していたのだから手首に後遺症が────って、おいちょっと待てまさかとは思うが……とか勘繰ったあたりでまた室内に外からの呼び出し音。
それにさっきと同じ感じでシャマルさんが対応すると、また開いた扉から今度は八神が顔を出した。
「どうも誠吾くん。なんかえらい無茶したって聞いてたんやけど、結構問題無さそうやね」
「本気でそう見えるのであればあなたに医者の才能が無いことは明確ですね部隊長。それで一体こんな場所に何の用で?」
「あ、セイゴくん失礼ですよ。私の聖域をこんな場所だなんて」
「その通りだ誠吾。医者にとって自分の任された診察室とは戦場同然。それをこんな場所呼ばわりとは嘆かわしい」
……余計な一言のせいで発した嫌味が何倍にもなって私のところへカムバックした。自分が悪いとは言え涙がちょちょぎれそうである(死語)
とはいえ親父とシャマルさんに失礼なことを言ったのは事実なのでごめんなさい申し訳ないと謝罪してからそれでこんな場所に何の用ですかと言ったらまたシャマルさんたちが(ry
無限ループの怖さをまた再確認した次第であった。
「……それで、シャマル先生の聖域兼戦場ともいえるこの崇高な空間に一体何の御用でしょうか八神部隊長」
「……ええと、大丈夫誠吾くん? 随分と二人にいじくりまわされてたみたいやけど……」
「大丈夫です気にしないでください。むしろ気にしたら泣き崩れるのでやめてください」
「最近誠吾くんが見栄を張らなくなってきたなあと思うんよ。これっていいことなんかなあ」
そんなこと俺の知ったこっちゃない。それと言っておくが見栄を張らなくなってきたのではない、張れなくなってきたのだ。より正確に言うと張るだけ無駄だと悟ったともいえるがその辺は個人の匙加減なのではっきり断言はしない。
「まあそれに関しては私はどっちでもいいんやけどね。それで私の話なんやけど……」
とそこで八神がティア嬢と親父の方を見て表情を曇らせた。
ああ、早いとこ俺が通信切った後の状況を聞きたいけど、シャマル先生はともかく隊長格でも無いティア嬢とさらに言えば部外者である親父がここにいるのはいろいろ問題があるというわけですね分かります。
とはいっても俺だって手軽に動ける体じゃない。今はベッドに座っているだけだからどうということもないが、立とうとするだけの活力が今の俺にあるとは思えない。ましてや歩くなんて論外である。さっきはアドレナリン出てたっぽいから無理も出来たかもわからんけど。
という大人の事情的なあれを察したのか、ティア嬢がちょっと慌てて立ちあがって、私はもう大丈夫なのでこれで失礼しますと言って部屋を出ていこうとした。
それにつられてでは私もこの場は失礼するとか腰を上げた親父を呼び止めた。
俺に向けて「なんだ」と聞いてくる親父に少し待ってくれとお願いして、八神の方を見る。
「部隊長、後でどんな叱責も受けますし、罰も負います。だから、これだけは言わせてください」
「誠吾くん、なにを……?」
訝しげに眉根を寄せる八神から視線を親父へと戻す。
「親父」
「だから、なんだ」
「ゼスト・グランガイツさんに会った」
「────────なに……?」
なにをこいつは言ってるんだという表情を俺に向ける親父。その近くでは八神たちが首を傾げていた。
が、その反応はおおよそ予想通りのもので、なにを驚くこともない。もしかしたら八神あたりはゼストさんの名前くらいは知っているんじゃないかとも思ったが、そう簡単な話でも無かったようだ。
そう、ここまでは予想通りだった。しかし、
「ゼスト……? それって8年前に亡くなった、スバルのお母さんの隊の隊長さんの……」
部屋の出口付近でそんな事を呟いたティア嬢相手に、俺は驚きを隠すことが出来なかった。
俺が親父を呼び止めたから、出ていくタイミングを逃してしまったらしい彼女は、俺の方を見て不審げに表情を変えた。
これは思わぬ計算外だと、小さく舌を打つ。
面倒なことになりそうだった。俺の浅はかさが原因で。
介入結果その二十二 ティアナ・ランスターの疎外
ゼスト・グランガイツさんに会った。
あいつが、部屋を出ようとする私たちの前でおもむろに口にしたその言葉の真意を確かめようとする暇もなく、私はあいつに今聞いたことは他言無用だと言い渡されて部屋を追い出された。
追い出された私は、その場にとどまることも出来ず、オフィスへとのろのろと歩を進めた。
けれどオフィスへとたどり着くと、今日は報告書だけ書いたら帰ってゆっくり休んでとフェイトさんに言われ、私より先にそれらに取り掛かっていたらしいスバルたちにはおいて行かれる形で仕事に手をつけた。
私を待ってると言っていたスバルを、もう少しかかるから先に帰っててと言って送り出し、それからしばらく時間をかけて報告内容をまとめる。
それを提出して、荷物をまとめ、隊舎を出た。
宿舎への道を一人歩きながら、溜め息を一つ吐く。
理不尽だと思った。
確かに私は二等陸士。まだ隊長格の人たちの会議に参加することなんてできないことは分かってる。
けれど、今回は話が違う。
私には部屋を出て行けと言っておいて、あいつはジェッソさんはその場に残るようにと告げた。
いくらあいつの親族とはいえ、ジェッソさんは部外者だ。
以前あいつに聞いた話で、シャマル先生の先生をしていたり、なのはさんたちとも面識があったりと六課ともそれなりに関係があることは知っているけど、それでもあの人は部外者だ。
なのに、あの人はあの場に残った。
部隊長にも追い出されること無く、六課の一員である私は追い出されたのに、あの人はあの場に残った。
……分かってる。これが下らない嫉妬だってことくらい。
子供のように稚拙で醜くて、けれどそれが分かっているのにこの気持ちは消せなかった。
まだ足りないのだろうか。私があの人たちと同じ土俵に立つには。
まだ足りないのだとして、それは一体何か。
強かな心? 積み上げた経験? 鍛え上げた戦技?
それとも別な何かか。
……違う。私に足りていないのは、そんなものじゃない。
だってそれらは、着実にみんなと一緒に手に入れている。
今日だって、いままで頑張ってそれらを手に入れてきたから、ヴィータ副隊長に褒められるくらいのことをみんなで出来たんだ。
だから、そう。
きっと、私に足りていないのは────
そこまで考えたところで、誰かに呼ばれた気がした。
立ち止まって振り返ると、少し遠いところからあいつが駆けてくるのが見える。
……一体、今更何の用だろうか。
私をあの部屋から追い出した以上、ゼスト・グランガイツと言う人のことについてあいつが私に教えてくれることなんてほとんどないと考えていい。
なのに、あいつがあんなに急いでこっちに走ってくる理由が分からなかった。
「もしかしたら、さっきあんな扱いをしたから謝りに来た、とか?」
だとしたら正直笑うしかない。別にあいつのあの対応は、全然間違ってない。むしろ正解だと思う。
一般市民という枠付けであるジェッソさんにあんなことを言ったのはどうかと思うけど、それを咎めるのは私じゃ無くて部隊長だ。
なのにあいつときたら、わざわざ私の機嫌を伺いに来たのだろうか。
そんな風に考えて、そんなわけがないと苦笑した。
あいつは、そんな細かくて分かりやすい気配りなんてしない。
したとしても、もっと分かり辛い風に捻くれたものになるはずだ。あんな風に焦って謝りに来るわけがない。
だからきっと、何か伝えるべきことがあって、それは通信越しだと少し不都合のあることなのだろう。
そう納得して私は、自分からあいつの方へと近づいて行ってやった。
珍しく疲れてるはずのあいつのことを気遣ってやれるくらいには、私だって気が利くつもりだったから。
2010年3月5日 投稿
2010年8月29日 改稿
2016年5月16日 再改稿
節目の三十話投稿となります。
忙しいとは言いましたがとりあえず一月以内に一話達成。
さて、次も早く書きたいのですがどうなる事やら……。