墓参りさえ終えちまったら、俺と親父の目的は高町を前にした犯罪魔導士のやる気のごとく消えちまったと言っても過言では無く、まあもともとこれさえ終われば俺はエリ坊たちの目的に付き合うって話だったから予定通りと言えば予定通りである。
そんなこんなで俺たちは親父の車で市街地まで乗り付けると、そこで親父とお別れした。ああ見えて忙しいのだ、あの人も。暇を取れたのは午前のあの時間だけで、だからエリ坊たちにはあんな時間に付き合ってもらったわけである。
別れ際にまた高町との仲がどうのこうのと真剣そのものの笑いの介入する余地のない表情で聞かれたからとりあえず車の陰で静かに数分間取っ組みあってるところをエリ坊に発見されて怒られた。10歳児に説教される48と22のいい大人。なんか恥ずかしい絵だったけど気にしない。
そんなこんなしてからブロロロロと車を走らせて去っていく親父を適当に手を振って見送って、そう言えば昨日の深夜にシャーリーから端末にメッセージが入ってたなとか思ってそれ開いた。
すると中身はあら不思議。なんでこんなん言われんの?
『お願い:いいタイミングを見計らって二人から離れて、その後の推移を見守りつつ一日過ごしてください』
要するにこれこの二人を陰からストーカーしろってことですか分かりません。
とか何とか俺が頭に疑問符浮かべてるとエリ坊の方も端末いじってキャロ嬢となんやかんやと話してたのでどないしたんと聞くとなんか知らんがこの子たちもシャーリーから今日の指令っぽいものを受け取っているそうな。
見せてくれるか?と頼むといいよと快諾してくれたのでいそいそとそれ読みあげると内容がデートコーステンプレート乙だった。
なにを言っているのか(ry
つまりあれか、あのいつでも明るいお姉ちゃん気質なあの子はこの二人を恋人関係にしたいから俺に出歯亀しろとそう仰りますとかようやく思考が追いついたけどまあ言うとおりにしてやるのも癪なので無視してやろうと思った。
つーかこの二人まだ10才だろ? 恋人云々は速いと思います。いや、8の時に彼女いた俺が言うのもなんかも知れんけどね。
でもあの女子は現代で言うスイーツ(笑)だったから、俺の名声っぽいものに惹かれてやってきただけで、そう言う感じの色恋じゃあ断じてなかったしなー。しかもあの時分の俺まだ擦り切れてなかったからこっぴどくフられたし、とかちょっと落ち込み気味になりながらとりあえず言われたとおりに回る気らしい二人に細々ついてくことにした。
いや、途中二人があまりに楽しそうだったから、俺邪魔かなーとか思って「帰っていい?」とか聞いたりもしたんだけどさー、キャロ嬢が、
「約束……」
とかちょっと泣きそうになって「嘘、やっぱ冗談」と誤魔化すしかなかった俺の悲しみを誰か感じとって下さい。
しかしこの少女末恐ろしい。女の必殺武器の一つである『涙』をこの歳で使いこなすとは後々ぞっとしないよねホント。
昨日の付き合ってください発言も含めて今後俺の天敵にならないよう祈るばかりである。
ちなみに約束ってのはフェイトさんたちの拷問の後に一日付き合ってやるよと安易に口に出してしまったそれのことで、だからあれほど発言には気をつけろと何度も(ry
それはともかく時間も午後に差し掛かってきた頃に自然公園っぽいところでその辺で買ったアイス食べながらベンチで俺がぐったり二人が楽しげにトークな感じで時間つぶしてる時にティア嬢とスバ公の二人から連絡入って釘刺された。
年長なんだから二人をちゃんとエスコートしてあげなさいよねとか知らん。いいじゃん別に俺とは別の年長者が二人を綺麗に導いてるわけだから。
流石に夕日のどっかで二人きり云々なんかで子供二人がいい雰囲気になるかどうかは知らんが、まあお出掛けに不慣れらしいこの二人のいい指針になってると思うよあのアドバイス。
てな感じで俺が欠伸混じりに二人の会話に適当に頷きつつ場所移動して、ウインドーショッピングも佳境に差し掛かってきたあたりでエリ坊がなんか変な音しなかった?とか言い出した。
いや知らんけどとか返事するも納得いかない表情でしばらくその場で立ち止まってたエリ坊が急に「こっち!」とか言って駆け出したのでキャロ嬢と目をあわせて首を傾げてからエリ坊を追いかける。
と、追いついたエリ坊が警戒感バリバリの様子で路地裏の入り口で突っ立ってたから俺もそれにならって立ち止まったらちょうどその時俺たちのいる場所からちょっと遠いところにあったマンホールの蓋がガタンと外れて押し上げられた。
……おかしい。あれって正直超重いから俺だって下から持ち上げたくはない。一体どんな豪傑がいらっしゃいませこんにちはなんですかとか思いながら固唾を呑んで見守ってたら中から小さな女の子が這い出てくる。
なん……だと……?
あの細腕のどこにそんな力があるんですかそれともあの蓋発泡スチロールで出来てるのかとか思ったけど出てきて早々その場に倒れ込んだので唖然としてるエリ坊とキャロ嬢を働かせるのもどうかと思って仕方なく俺が先行して少女を介抱することに。
そんなこんなであれである。
「……まともな休日にならないなー、最近」
小さくそう呟いて、俺はとりあえず少女の脈を確認することにした。
ちなみに後であの蓋の重さ確認してみたら普通に重かった。
けどこの少女も極限状態だったみたいなので脳のリミッターが一つ外れたんだよきっととか結論付けて細かいことは考えないことにした。
まあ、実際ありえない話じゃないしね。そういうの。
介入結果その十九 キャロ・ル・ルシエの見送り
金色の長髪をしたその女の子を見た後のセイゴさんの行動は、一言でいえば迅速だった。
マンホールの中から這い出てきた女の子がその場に倒れたことに驚いて一瞬行動が遅れた私たちとは違い、セイゴさんは素早くその少女のの元に駆け寄って体を抱きよせると、少女を仰向けに起こして首筋に手を当てたり口元に耳を近づけたりしてから私達へと檄を飛ばした。
「ほら、二人とも。キャロ嬢は回線フルチャンネルで緊急連絡、エリ坊はこの鎖に繋がってるそっちのキナ臭え物々しいケース調べて、どうせ中身あれだろうけど」
そう言われ、私たちはセイゴさんの指示通りに行動した。
私が回線を繋げて事情を説明している間に、セイゴさんは女の子の手首に繋がれた鎖を切り外していて、それが終わると私に通信を変わるように言い渡して回線を引き継いだ。
「シャマル先生。保護対象は四歳から六歳くらいと思われる少女。脈拍、呼吸ともに落ち着いてます。若干の衰弱と意識レベルの低下、それと擦過傷などの外傷が見られますが、それ以外の異常は見あたりません。走査魔法も一応掛けましたので、詳しい医療機器で調べない事には断言はできませんが、命に別状はないと思います」
その説明を聞いて、私とエリオくんは胸を撫で下ろした。確か、セイゴさんは以前に医学をそれなりに勉強していたと言っていたから、たぶん本当に大丈夫なのだと思う。
だけど、そのあとのセリフで再び場の空気が凍りつく。
「それとここからは八神部隊長への報告となりますが、少女の腕にくくりつけられたレリックケースを繋いでいる鎖が中途から千切れている状態であることから、もう一つをどこかに落としてきたものと思われます。状況から言ってこの子はどこかから逃げてきたものと推測できますが、その場合追手が来ている可能性も否定できません。俺は早急に地下水道に潜ってそちらの迎撃とレリックの確保をしますが、これを狙っている組織となると、規模が馬鹿に出来ない。この子とこの場にあるレリックの搬送の際にヘリが狙われる可能性も否定できませんので、空戦魔導士は一人つけておいた方が無難だと思います」
女の子を見つけてから今この瞬間までのあの数分で、そこまでの情報を見つけて考察、自分なりの結論をつけて報告する。
目の前にいる、いつもは気だるげな近所のお兄さんみたいな雰囲気をした人の凄さに圧倒されているうちに、セイゴさんは通信を終えてデバイスを起動、最近見慣れた灰のバリアジャケットを纏っていた。
『ふふははははははっ! 久しぶりだなマス────』
「悪いが今はふざけている気分じゃない。黙って指示通りに回線を繋げてくれ」
『────ふ。いいだろう。私は空気の読めるデバイスファントムガンナー。マスターの指示とあらばいつ何時どんな場所であろうと────』
「シャーリーとの回線を開いてレリックとG(ガジェット的な意味で)の情報を逐一報告しろ。それから回線ネットワークを全チャンネル開いとけ、ただし繋ぐかどうかはいちいち俺の確認をとれるように仕様変更だ』
『……寂しい。けれど私は空気の読めるデバイスファントムガンナー。と言うわけで指示内容完遂まで40秒で支度しなっ』
「……分かった、頼むぞ。じゃあ二人とも、俺は先行して地下に潜るから、後から来るらしい高町たちの誘導よろしく」
「あ、はい」
私がポケっとしながらそう答えると、セイゴさんは不思議そうに首を傾げてから私の方に歩いてきた。
「どうした? なんだ、休暇を中断されたから不満かなんかなのか?」
「え、ち、違いますっ! 私そんなことで怒ったりなんか……」
「はは、分かってるって、冗談だ。しかしまあ、変なところで休暇取りあげんのは事実だしなあ……ま、また今度どっかにいこうぜ。三人でさ」
え、と小さくこぼしてから、一瞬戸惑って、そしてセイゴさんが私に気を遣ってくれたんだと気付いて、私は自然と笑顔になって「ありがとう」とお礼を言っていた。
でも、そんな私たちを見て、エリオくんが、
「あ、それ知ってるよセイゴ。確か死亡フラグって言うんでしょ?」
「なん……だと……? っておいエリ坊、割と今の状況だと洒落になってねえぞコラ」
「うん。だから────気をつけてね」
エリオくんが真剣な表情でそう言うと、セイゴさんは目を丸くしてから苦笑した。
「ははっ、エリ坊にこんな風に心配されるとは、俺もヤキが回ったな」
『マスター、会話中悪いが全行程コンプリートだ。誘導は地下に入ってからで構わないか』
「────ああ。じゃあ二人とも、ここは頼んだぞ」
セイゴさんの言葉に、二人ではいっ!と返事をして、私たちは背を向ける彼を送りだした。
その背中を見送ってから、私は呟く。
「私ももっと、頑張らないと」
隣で女の子を支えながらそれを聞いていたエリオくんも、うん、僕も一緒に頑張るよと強く頷いてくれて……。
私は今日、三人でお出かけしてよかったって、強く強く思っていた。
……ところで、マンホールに入る前にセイゴさんがその蓋を持ち上げようとして四苦八苦していたけど、あれはなんだったのかな?
エリ坊たちと別れて数分。
レリックと言う名の誘引剤に惹かれて集まってきたGをヴァリアブルシュートで遠巻きから細々と迎撃したり反応の多い場所を回避して隠れてやり過ごしたりしながらレリック反応のある方へとヒューって感じに空飛びながら接近してる最中に通信が入ったのでチャンネル開いた。
すると相手はギンガさん。後方のティア嬢たちのグループに連絡取りたいみたいだったのでとりあえず回線だけ開いて放置。
「ファントム、次の道は?」
『10mほど飛行して右折、さらに20mほど飛行して左折だ。他のコースはガジェットの数が多い』
「了解。しっかしマジでうざってえなあの機械。親の顔が見てみたいぜ」
『ならば見てみるか? フルスクリーンで目の前に表示してやるぞ』
「いやいらねーよ。あんな顔見るくらいだったら高町にニックネームつけた方がましだ」
『それ、本当!?』
「うおっ、高町!?」
『ふはははは、録音してあった彼女の声を流しただけだ』
「……お前ハイスラでボコるわ……」
とかグダグダ喋りながら時々ガジェットに進行を邪魔されつつ奥へ奥へと進んでくうちにまたさっきの回線から通信入ってギンガさんがなんだか喋りだした。
なんか、さっきまで彼女が調べてた事件で、ちょうどさっき見つけた少女が入りそうなくらいの生体ポット……と言うか、人造魔導士計画の素体培養機とやらが見つかったとか。他にも色々な状況証拠からして、さっきのあの少女は人造魔導士の素材じゃないかって話。
……ったくどこの誰か知らないけど胸糞悪いとか思いながら今は事件に集中集中と考え直して別の回線開いた。
「ティア嬢、業務連絡な。レリック反応までの道のりにさっきからガジェット放置してきたりしてるから、注意してくれ。シャーリーはファントムの送ったガジェットと遭遇した時のデータから詳しい情報解析して転送を頼む」
『了解。こっちもそちらに向かってますから、無理しないでよね』
『私の方も了解しました』
おーけーおーけーイマノトコロハジュンチョウダナーとか思いながら飛行魔法で距離稼いでたんだが遠目に見えてくる人影を察知してなんだこれは報告に無いぞとか思ってみるもそりゃそうである。
俺が気付いたのとほぼ同時、通信にシャーリーの焦った声が入る。
『────セイゴさん! その付近に魔導士の反応が! それも────』
「……悪いシャーリー。ヤバげな敵が来たから通信切るわ。ティア嬢、こっちに接近するなら注意してくれ。なんなら迂回してレリックを追った方が安全かも知れん」
『……え、セイゴさん!?』
『ちょっと、それってどういう────』
「ファントム、気が散る。回線切断」
『────了解した。……完了だ』
「サンキュ。……さて、久しぶりだな、フードのおっさん」
言いつつ飛行魔法を解除して地面に降り立つ。そんな俺の目に映るのは、ゆっくりとしかし確実にコンクリの地面を踏みならしてこちらへ近づいてくる、オークション事件の時の槍使い。
うわー最悪だよー。予想してなかったわけじゃないけどなんでこんなところに────ってそりゃこの人もレリック狙ってるからだろうけども……にしても情報速くないかなこの人、俺だって結構急いでやってきたのに……ガジェットに時間を取られすぎたか、これだからリミッターはクソッタレですね分かります。とか思考グダらせてたら先方が口を開いた。
「……あの時の管理局員か」
「ええ、まあ」
とか曖昧に答えつつまあいいや会っちまったものはしょうがないから時間稼ぎつつ俺の頭に巣くう疑問を解明してくれるわとか思って聞いた。
「……さておじさん。ここで会ったが百年目ってわけでもないけど、ちょっと聞きたいことがあるんだ。いいよな?」
おちゃらけた風に、だけど絶対に間合いには入らないように気を配りながら、俺は緊張感が高まっていくのを隠しつつ言った。
「あんた、俺と面識あるよな?」
「……」
……せめて返事くらいして欲しいけど仕方ないね。あの人にゃあ俺の質問に答える義理も義務もないわけだし。むしろ問答無用で斬りかかってこないだけましというものかもしれない。
にしてもあれだ。さっきあの声、マジでどっかで聞き覚えがある。
だけどかなり昔の記憶なのか、聞いたことがあることは覚えているのに、どこで聞いたのかまでは思いだせない。
とはいえ、流石に魔法学校に通っていた頃のことくらいは覚えているので、そのあたりに記憶のスポットをあてるも────ヒットしない。
……てことは自動的に、俺がもっとガキだった頃に会ってることになる。
ガキだった頃……思い当たる節があるとすれば病院。
親父を怒鳴りつけたモンスターペイシェント────…違う。この人の声はあんな嫌な感じを含む何かじゃない。
となると、親父と仲のいい誰か────? いや、病院関係者にこんな人は────
────と、そこまで考えて唐突に今朝一緒に墓まで出向いた時の親父の苦笑が頭をよぎる。
それと同時、頭の中でさっきまでぐしゃぐしゃに絡んでいた記憶の束が一本の線になり────とある一人の男性が、親父に連れられて俺の勉強部屋のような状況になっていたあの診察室の裏の控室にやってきた時の映像が……一人の男性に名を呼ばれ、俺が本から顔を上げてその人を見上げた記憶がフラッシュバックする。
まさか────いや、だけど他に心当たりがない。俺の知ってる、俺が管理局に入ってから面識のある魔導士の中に、Sランクは行ってるような槍使いなんていなかった。
だとしたらこの人とは、そこ以外のどこかで出会ったことになる。
その観点からも、この結果なら説明がつく。
だけど、あの人はもう────…。
……いや、悩む必要なんてない。もし俺の記憶が正しいとすれば、一回だけそれを確かめるチャンスがある。
今、相手になんの警戒もされていないこの状態で完全に不意をついて、今からする俺の質問にこの男が動揺すればそれが答えになる。
そうこれさえ聞けば────
「────あんた、ジェッソ・プレマシーって知ってるか?」
「────…!」
俺の問いを受けて、フードのおっさんがあからさまなくらいに動揺する。俺の方も若干予想済みだったとはいえ外には出さないがかなり動揺してた。……だって、俺が考えたままこの人の正体があの人だとすると。
「あの数瞬と、この数刻で気付いたか……。どうやら、記憶力は悪くないらしい」
「そりゃどうも。しかし、マジかよ……」
フードを外して出てきた顔には、完全に見覚えがあった。随分と血色悪くて三徹明けの高町みたいに顔色悪いけど間違いない。親父の友達こんにちはである。
「あんた、ゼスト・グランガイツさんか」
「……そう言うお前は、セイゴ・プレマシーだな。あの場で見たとき、まさかとは思ったが────随分と大きくなったものだ。最後に顔を合わせたのはいつだったか……若い頃のジェッソに似ている」
そう言って、過去を懐かしむように目を伏せるイケメンおっさん。別に答える義務もないんだが、なんとなく覚えてたので教えてあげる。
「確か俺が六歳のあたりじゃなかったでしたっけ。あの診察室の裏側で」
「……そうか。懐かしいな」
とか言って今度は悲しそうな表情になるゼストさん。最後に会ってから16年。この人になにがあったか知らんけどナーバスになりすぎててなんつーか言っちゃ悪いがぶっちゃけキモいんですけどこれいかに。
だって昔とキャラが違過ぎる。昔は診察室でよく親父と怪我のしすぎだだの仕方ないだろうこれが仕事だだの罵りあっててうるさいなあと思ったのに現在別人過ぎて超引くんだが……って俺も人のことは言えないけどさー。とか思いつつなんで生きてるんですかと聞いてみた。
確かこの人、8年前に部隊ごと壊滅して行方不明になって、それからすぐに死亡認定されたはずだったよね。
親父と仲直りした後の出来事だったから、「あの馬鹿が、私のいないところで死におって……」と毒づきながら珍しく焼酎あおって悪酔いして絡んでくる親父を慰めた記憶があるので間違いない。
間違いないのだが……
「……なにも語ることはない」
とか言ってだんまり決め込まれて俺お手上げ。
本当類は友を呼ぶよね。流石は親父の友達。口数少なくてマジやり辛い。
「しかし……こんなところでジェッソの息子と鉢合わせるようなことになるとはな……」
「……ですね。俺も二十二年生きてますが、まさかリアルバイオハザードを体験することになろうとは予想外もいい所でした。それとも死にかけて身でも隠してましたか? あ、ちなみに父は息災です。今朝も二人他二名で母の墓参りに行ってきました」
「……マコトか。もう二十年近くになるのだな。彼女が死んでから」
後半別の話題を提供したせいか故意かは知らないが本来聞きたかったこと流されて俺涙目。母さんの死を悼んでくれているようだから嬉しくないと言えば嘘になるが、いい加減少しくらい答えてくれても罰は当たらないと思うんだ。
「……以前より随分と落ち着いているな」
「……?」
「前にオークション会場の近くでやりあったときは、もっと鬼気迫る表情で、一歩でも自分の領域に入れば薙ぎ倒すと云わんばかりに血気盛ん……いや、あれは怯える子供のようだったと言った方が正しいか。……だが、今は随分と冷静なようだ」
言われながら俺はあららーと心中呆れかえっていた。態度だけでここまで細かく分析されるとは、なんかなんとも言えずげんなりした気分になる。
まあ確かに彼の言った通り、前の時より多少冷静なのは事実だ。ただここを勘違いしてほしくないんだが、今すぐにでも飛行魔法発動してこの場から逃げ去りたいのが俺の信条、もしくはポリシー、あるいは生存本能である。
前も言ったが勝てる気がしないのだ。……まあ、負けないようにならまだ何とかなるかもしれないが。
勘違いされがちだが、これでも彼我の実力差が圧倒的に開いている相手が敵にいるのに、呑気にデスクワークと格下の相手をしているだけで安心していられるほど平和ボケはしていない。
負ければ殺されるのだ、この世界は。こっちは非殺傷設定なんて平和的なモンを実装していても、向こうはそんな事お構いなしなのである。
こんな仕事をしている以上危険は承知だが、俺だって死ぬ気はない。親父との約束だってある。だったら生き残る努力をしなければならない。
この間あなたと相対した時の映像をデバイスで分析して、あなたのリーチと攻撃速度だけは算出したので、それに基づいて自己訓練の内容を変更して対策をとってきました。少なくとも、以前よりはまともにあなたと戦えるかと。
とか教えてやろうかと思ったけどやめた。向こうだって大した情報くれてないのにこっちばかり教えてやるのも癪である。
俺は誤魔化すように曖昧に笑いながら、腰の刀に手をかけつつ、言う。
「ああ、そう言えば、俺はともかく親父の前には現れない方が無難ですよ」
「もとよりそんなつもりはないが……どういう意味だ?」
「当時の親父、あなたが死亡認定された日に酔いつぶれながらぼやいてましたよ。あいつの死体が出てきたら、研究中の蘇生魔法の実験台にしてやると」
「……恐ろしくてあいつの前には顔を出せそうにもない」
ですよね。流石の俺も同情を禁じ得ない。尤も、普段はそんなふざけた冗談言う人じゃないから相当この人の死が堪えていたのではないだろうか。
「ところでセイゴ。お前の『その行動』は、俺と戦う意思があると取っても構わないのか」
刀にかけた手を一瞥してから、ゼストさんは冷たい瞳で言った。俺はにやりと笑った。
「すいませんね、ホント。これでも旧知のあなたを見逃してやりたいのは山々なんですが、生憎と今の俺にも立場ってものがあるんですよ。少しは真面目に働かないと、給料泥棒なんて呼ばれちまいますしね」
冗談めかしてそう言うと、ゼストさんは表情を無くした。
「俺の言いたいことが分からないか? 友の息子と刃を交えたくはない。そこをどけ」
とか言いながら手元の槍を油断なく俺に向けて突き付けるゼストさん。やべーよいきなり俺大ピンチとか思うけど取り乱さない。駆け引きはポーカーフェイスが命です。
「殺したくないなら手加減でもしてください。それか非殺傷設定を作動させてくれてもいい。尤も、どちらにしても俺のやることは変わらないんですけどね」
そうでないと、懐いてくれてるかわいい弟分たちにも示しがつきませんから。なんて苦笑する。
本当は、それだけじゃない。確かめたかったのだ。
前回の事件にも関与していた彼がここでこんなことをしているということは、おそらくこの事件にもジェイル・スカリエッティかその辺の馬鹿が関わってるんだろう。
あれほど管理局の正義管理局の正義と謳いながら親父のドクターストップを撥ねつけてでも仕事をしていた彼が一体どういう経緯でこんなことに加担しているのかは知らないが、彼を見つけてしまった以上は管理局相手にどうするかはともかく、親父にはきっちり報告してやりたい。
だから確かめたいのだ、怖いけど。
今の彼が、どんな人間かを。
「……後悔しても知らんぞ」
「残念。もし死んだら後悔なんてできないし、生き残ったら後悔なんてする理由がない。でしょう?」
「……ジェッソと違って口が達者だな、セイゴ」
「親父が口が足りなくていつも苦労してましたからね。反面教師でいつのまにか饒舌になってましたよ」
言いつつ、刀にセットした三つのカートリッジ全てをロードした。実力差が圧倒的な相手と向かい合う緊張で心臓の音がドクドクうるさくなってきたが無視する。
この状態からの抜刀は結構負担が大きいのだが仕方ない。何せリミッターのせいでランクダウンしているのだ、出し惜しみして死にたくはないし、何より最近本気で戦うことがなかったから、体を動かすいい機会だとでも無理矢理言い訳して心に言い聞かせる。
と、その時ふと気付いた。
「そういえば、今日はあの紫色の少女とは別行動ですか?」
「……前回お前と接敵した時のような例もある。だから今回は俺が先行して偵察に出た、それだけだ」
「なるほど。つか無粋なこと聞きますけど、あなた大丈夫ですか? あまり体調がいいようには見えませんが、顔色悪いし」
「……」
「まただんまりですか。まあ、敵相手にこれ以上交わす言葉もないか」
俺がゆっくり中腰になると、ゼストさんも槍の穂先を油断なく中空に彷徨わせた。
幸い狭い一本道。俺の刀くらいの長さならともかく、あの槍のサイズでは本気では振れないだろう。んなことすればこの辺一帯が丸ごと崩れ落ちる。
ならばまだやりようはある。殉職した時点でSだったとはいえ、こっちだって高町や元気な新人相手にそれなりにやるくらいの実力はある。ついでにこの間シグナムさんと正面から打ち合ったし。……普通に負けたけど。
大技とパワー重視のごり押しさえなければなんとか凌げる。
攻撃を重視してカウンターに気を配り、押しすぎず押されすぎずの微妙なラインを保って援軍の到着を待つ。これがベスト……ってこの考察死亡フラグじゃね?とか思いつつ俺は鯉口を切り、右足を軸に思い切り前方へと一歩を踏みきって居合抜きの要領で刀を一閃。ズキリと痛むリンカーコアを無視しながら、ロードしたカートリッジの分勢いづいたおかげで刀の勢いに引っ張られて肩が外れそうになるのを何とか堪える。
────槍の柄と刀の刀身が打ち合って発生した火花が、開戦の合図だった。
2010年1月19日 投稿
2010年8月29日 改稿
執筆中の作者の会話
作者「なー、マンホールの蓋って重さどんぐらいなん?」
姉君「50kg」
作者「!?」
きっとミッドのマンホールの蓋は軽い。
2016年1月1日 再改稿