フェイトさんに取調室に呼び出された。ぶっちゃけもう行きたくない件について。
流石に高町のも含めて三回目ともなると身構えちゃうよねホント。
いやさ、呼び出された要件については大体わかるよ? 多分昨日のエリ坊のあれについてでしょ?
あんな適当で曖昧な俺の今後のエリ坊への接触方針聞かされただけで安心できるほど彼女の頭がお花畑だとはもとより思っていなかったので、きっと後々何かしらのアプローチはあるだろうなーとは思ってたんだが、どうしてまたもや取調室ですか。
確かにあそこなら誰にも聞かれない(八神や高町とか以外)だろうし、俺が敬語をどうのこうので気を揉む必要もないしその辺の部屋を適当に占拠してどうのこうのするよりはいいのかもしれないが、どうせあれだろ今回も俺犯人用の椅子に座らされるんでしょ? 分かってんだよ。もう裏は取れてんだよ。先読み自由にしておくれやすなんだよ。
とか思いながら取調室入ったらいきなりそこに座ってと指差された。なぜかピンと伸ばした人差し指が地面を向いてた。
つまり床に正座しろと言われた。
なにが起きたか(ry
冗談はともかくおふざけできるような雰囲気でも表情でもなかったので、多少納得はいかないながらも渋々といった風情で床に正座する。
なんか彼女にしては珍しく怒っているようだった。なぜかは知らんけど。
で、俺としては呼び出された理由も怒ってる理由も文字通り皆目見当もつかなくなっちまったものだから正座だけして延々フェイトさんが喋ってくれるのを待ってたら正座開始から2分ほどして言われた。
「……今朝、エリオの目が泣き腫らしたみたいになっていたんだ」
その、怒りを最大限抑え込んで地べたを這いずるような音程で絞り出された言葉を聞いて、ああこの人俺がエリ坊泣かしたと思ったんですねと一瞬で理解した。
てかあいつが泣いてたって情報だけで俺が犯人一択ってどんだけ視野狭いんだよフェイトさーん。……いや、この人自分の近しい対人関係のこととかになると途端に冷静な判断力が通常の半分以下になるからなぁ。
……もしかしてとは思うんだが、昨日俺があの連絡してからずーっと一晩中悶々悶々悩んでたとか言いませんよねていうかその目の下の隈はただの化粧の研究かなんかした副産物ですよねそうですよねそうだと言ってよバーニィィィッッ!
これはとんでもなく申し訳ないことをした匂いがぷんぷんするぜ。ちゃんと昨晩の通信の時に事情を説明すべきでした。そりゃ壮絶に悩みに悩みぬいた睡眠不足の頭でかわいい保護対象の泣き腫らした顔を見たら平常心も失うよフェイトさんだもの。
いや、確かに泣いた理由は俺の貸したゲームにあるわけだからあながちこの人の推理も間違っちゃいないんだが流石に俺もテイルズやらしただけであんな結果になろうとは予想外だったわけで。と言うか一応、その件に関してももう解決してるんだけどね。
今朝がた、朝起きて出かける前に、なんかお前の過去をほじくり返す形になって申し訳なかったと俺が謝ったら、ううん、気にしなくていいよと言うような感じで昨日のあれについてちょこっと二人で話し合ったから。
そもそもこの話題、本来エリ坊的にはもうとっくに吹っ切った過去だったらしいので、クローン云々のことをそこまで気にしていたわけでもなかったらしい。
ただ、自分がもしあの主人公と同様、フェイトさんに裏切られるような状況に陥ったらと思うと、涙が止まらなくなってしまったようだった。
「だけど、フェイトさんがそんなことするわけないよね」
と笑いながら言われて、そうだなとか気の利かない返事しかできなかった俺だったが、ああいう場面で余計なことを言いかねないのが私の舌なので口数少なくして頑張ってた。経験で得た教訓は実践で生かしてこそだよね。余計なことは言いません。
貸したゲームの方も、我侭少年だったルークの今後が気になるようで続けると言っていたし、これはこれで丸く収まったんじゃないかと俺は思うんだが、フェイトさん的にはどうか知らないのでとりあえず今のところまで親切設計で懇切丁寧に説明してあげることにした。
話が進むたびにフェイトさんの表情が青くなっていくのが面白かったりしたけどまあ表には出さずに俺の心の中だけにとどめておくことにした。
で、
「ご、ごごごごめんなさいっ!」
全部説明し終えたらすげぇ勢いで謝ってきたので、まあまあ落ち着いて話し合おうぜと俺が取調官の方の席についてフェイトさんを犯人さんが座る方の椅子へと誘導した。
……計画通り! ってわけでもない。完全に最初の思惑から外れてた。これだから人生って分からないよね。
「まあそんなわけで、俺的には全くエリ坊の事情とか気にしないので特に問題ない。まあ、クローンどうのこうののせいで体に不具合があるとでも言うなら話は別なんだけれども」
「それは、今のところはないけど……」
「ならおーけー。やっぱり問題なし」
俺が胸を張りながら言うと、フェイトさんはふふっと笑ってありがとうと言ってから、なんだか若干悲しそうに言った。
「セイゴは、すごく当たり前にそういう風に言ってくれるんだね」
そのセリフも、さっきの表情も、見ていて奥歯に何かが挟まったような気分になる。……俺の知らない事実でもあるのだろうか。けど、それを教えてもらったとして、何がどうなるわけでもない。だから俺は、それを振り払うように呟いた。
「まあ、知ってるんで」
「え……?」
フェイトさんが小さく頭を揺らして俺を見た。俺は苦笑しながら言った。
「どんな形だろうと、生まれて、それから生きてりゃそれだけでいいんだって、知ってるから」
「!」
フェイトさんが目を瞠った。俺は空笑いする。
結局、エリ坊がどんだけ辛い思いをしていたかなんて俺にはわかりようがない。だけど、あいつはそれでも立ち直って、今ここであんな風に泣いたり笑ったりしてる。なのに俺がそれを気にしながらあいつと付き合う必要なんてないと思った。
あいつの過去に何があろうが、それで俺が態度を変えるのは、今のあいつに失礼だ。
そう。
失礼なんだと、身をもってあの人に教わった。
だから俺は、こういう風に行く。誰にも文句は言わせない。
そこまで考えてからもう一度前を見ると、フェイトさんはまだ固まってポカンとしていた。セリフ一つでここまで驚かれるとか……やっぱ俺の柄じゃないですね。こんなセリフは。
きっと、あの先輩の方が何倍も似合うと思う。
そんなことを思って苦笑しながら、俺は席を立って退室の旨を告げた。
するとようやくフェイトさんがハッとなって、あ、うんとか言って、それから苦笑してセイゴには敵わないね、なんて言いだした。
それはねーだろと思う。つーか俺の方があなたにかないません。俺みたいな努力継続してないと堕落します型は、執務官試験一発でスルーするような天才型にはいろんな意味であこがれがありますよね。まあ裏ではあなただって俺の想像も及ばないような努力を重ねてきたんだろうけどさ。
とか言ったらフェイトさんが、執務官試験って言えば、入院中のセイゴに面接官の人の役をしてもらったこともあったよねとか言いだしたので、ああとか思いながら思い出す。
確か通信越しのクロノさんに頼まれてそんなことを先輩と二人でやったりもしたっけ。
候補者の人間性を試す云々かんぬんをお題目にした面接の対策を、慣れ合いを生まないために出来る限り接点の少ない、けれど信頼できる人間に請け負ってもらいたかったところに前々から小さな噂程度に聞いていた神童(笑)が任務中に自分の知り合いを庇って入院したという話を聞きつけ、それなら少しお願いを聞いてはもらえないだろうかと頼もうと思ったらしい。
まあ入院も三日目になってくると暇だったので別に構いませんよと二つ返事で了承し、その日のうちに先輩と圧迫試験のマニュアル引っ張り出していろいろ試行錯誤して次の日にのこのこやってきた獲物を相手に本気で試験中の対応における判断について重箱の隅をつつくようなミスを引っ張り出して罵るごとく叱りまくっていたらフェイトさんが涙目になってしまって後からやってきた高町にしこたま叱られた。
でもさー、執務官試験なんて受けたことないから知らないけど、本番だってあれに類するくらい辛いんじゃないかなーとか思うんだけどそうでもないんだろうか。とか高町の説教を聞き流しながら思いつつ、でもこれで本番でどんな面接官が来ても驚くことは無くなったわけだからいいじゃないかとも思ったけど口にはしなかった。
「でも、クロノさんの方はスパルタな方があなたのためになると思ったのか、退院してからもちょくちょくきみの相手を頼まれたりもしてたっけ」
「……あれは、大変だったな」
苦笑しながら言うと、フェイトさんが遠くを見る目になった。そのまま彼女が回想世界の住人にでもなってしまいそうだったので、心外とばかりに文句を言う。
「いや、最初の一回以外は自重してたでしょ俺。確かにそれなりに厳しかったかなあと思わなくもないけども」
「うん、そうなんだけど……。正直本番の試験官の人が天使に見えたんだ、私」
「そこまで仰るかー……」
まあ確かに、当時の俺とフェイトさんとかこれ以外でほとんど面識なかったから、いくら親友を助けた相手とはいえ辛かったんだよねきっと。
試験官モードの俺とか無表情すぎて先輩にすら怖いと言われていたほどだったので、当時十一歳の子には少々刺激が強すぎたようだ。
「何か答えを言うたびに、無機質な声で『それはなぜですか』って聞かれて……。でも、おかげで今では大抵のことが怖くなくなったんだよ?」
「なぜだろう。あんまり嬉しくないな」
なんて話をしてから取調室を退去した。
俺は部屋を出た後で閉まったドアを振り返って見て、そして一つため息をついた。
「さて、仕事がまだありますね、っと」
呟いて、そして端末を取り出す。
適当に操作していろいろ情報を取り出しているうちに、親父からメールが来ているのに気づいた。
カチカチ操作してメール画面を立ち上げると、そこには数字の羅列が一つ。他は何にも書いてない。
ただまあ、俺にはそれだけで理解できたから、構いやしない。
「ああ。もうそんな時期か……。忙しくて忘れてたな……」
その数字は、日付を示すそれで、その日付は明日のもの。
にしても、いまだに重要な部分について言及できないあたり、あの人も女々しいなあと思った。流石親子と言わざるを得ない。
「しっかし、今から仕事を休むとなると……。仕方ないか。あの人には悪いけど、長期計画でお参りさせていただきましょう」
頭の中でそのことをシミュレートしながら親父への返信を打って文面を送信、ズボンのポケットに端末を突っ込んでその場を後にした。
このあと、仕事中にエリ坊に休憩室に呼び出され、他の奴らとともになんだかいろいろ話を聞かされることになるのだが、それはまた別の話である。
大体二週間後。
ようやく仕事に一区切りつけてなんとか明日に休みをすべりこませることに成功した俺が、仕事の後日持ち越しを防ぐためにと手元の書類を全て片付けようと躍起になっている時のことだった。
「あ、あの……」
「……ん?」
後ろから呼ばれて振り返ると、そこには緊張した様子の少女が立っていた。握った拳を首のあたりでウロウロさせながらおろおろとしている。
この子から俺に話しかけてくるなんて珍しいな、何か頼みごとだろうかとか思いながら、俺は小さく笑いつつ聞いた。
「どうしたキャロ嬢。何か用?」
「その……っ」
あまりに緊張が激しいので、苦笑しながら首を傾げた。
「なに遠慮してんの。言うだけならタダだぞ、ただしタダより高い物は無い。……あれ、これダメじゃね?」
そのうえ、なんて感じに冗談なんかも言ってみたんだが全くもって効果なし。笑うどころか余計に混乱してわたわたしだした。
うーむ、なんでこんなに緊張してるんだろうか。
頼む内容がとんでもないから? それとも人に頼みごとをするのに慣れていないのかねーとか思って大丈夫だから言ってみな、ほら深呼吸深呼吸とか言って多少緊張解いてやってからもう一度要件を聞く。
で、
「セイゴさん!」
「はい」
「……っ、わ」
「わ?」
「私と────」
「私と?」
「つきあってください!」
「……え?」
聞き間違えだろうかと思って首を傾げる。
「え?」
キャロ嬢も首を傾げる。
……周囲の喧騒から俺とキャロ嬢だけが隔離されているような錯覚を覚えた。
オフィスの入り口の方から聞こえてくる誰かの「ええええええええっっ!?」と言う声もどこか遠い気がする。……気がするだけですごい近いけどね。
なにはともあれ、これだけは言わせてほしい。
……うん、これねーよ。
補足して要約すると、
私と『エリオくんのお出かけに、一緒に』つきあってください。
と言おうとしてテンパって焦って括弧内の重要な部分をすっ飛ばしてしまったらしい。
なんか知らんが、訓練教程に一段落ついたので、こいつらも明日一日休みになったものだからたまには俺と友好でも深めようとかわいいことを思ってくれたそうな。
それに関してはうれしいことではあるし、さっきのことだってまああの程度、通常なら笑い飛ばして、はい、いい思い出に、ってするところなんだが、いかんせん今回は状況が悪かった。
なにせ『平日の昼間に』『六課のオフィスで』『キャロ嬢が俺に』『大声で愛の告白』である。
TPOの全てを掛け合わせて最悪だったと言わざるを得ない。
あの時の阿鼻叫喚の地獄絵図を、俺は以降の生涯忘れることは無いだろう。
そう、たまたまオフィスに用事があってキャロ嬢の告白(笑)と同時に入室してきたフェイトさんに四度目の取り調べ室まで連行されたのは言うまでもないが、他の新人どもや高町なんかにまで尋問を受けたのはなんででしょうね。
到底納得がいかん。
しかも俺は何もしていません無実ですって言っても信じてくれねーってどうよ。
いや気持ちは分かるけど信じようよ。俺普段、こういう真面目なお話のときには冗談ほとんど言わないじゃん!
ああ、少しでも言っていたのが悪いんですねわかります。
まあいろいろあったけど別にいいけどね、出かけるくらい。
まあ出来れば俺も断りたいんだけど、珍しくキャロ嬢が俺にお願いしてきたんだから、聞いてやるのが大人の役目でしょう。
ただし俺もやりたいことがあって休暇とったので、そっちを優先させてくれるならという条件付きで。
そんなこんなで、俺の明日の道程に、さらに二人のお供が追加された瞬間だった。
……ちなみにこの日から、俺ロリコン説が六課の中で浮上することになる。
……鬱だ。
介入結果その十八 キャロ・ル・ルシエの思考道程
最近、セイゴさんとエリオくんの仲が異様にいい。
以前から仲のいい兄弟に少しなりかかっているような雰囲気があったところもあったのだけど、『あの事』があったときくらいからそれまでにいっそう輪をかけて二人の距離感が近いように思った。
具体的に言うと、エリオくんがあまり遠慮せずにセイゴさんに甘えているようだった。
セイゴさんはそんなエリオくんを相手に、あんまり俺ばっか相手してないで、たまにはフェイトさんの相手もしてあげてくれ。俺ばっか構ってるってかなり愚痴られてるから。なんてフェイトさんがするはずもないような冗談を言いながら、苦笑いを浮かべていたりもした。
あまり他人に甘えることをしないエリオくんがそういう風になったことに少しだけ驚いたけど、それ以上になんだか嬉しかった。
だけど、それと同じくらい、どこか寂しかった。
二人が仲良くしているのを見るたびに、私だけおいてけぼりにされているような、どこかに取り残されているような、心に空洞が空いたみたいな気持ちになった。
だけど、どうすればいいのか分からなくて、エリオくんと仲のいいセイゴさんを、セイゴさんと仲のいいエリオくんを、それぞれ羨んでいるだけの自分を持て余していた。
そんなある日の夕方、教導が一段落ついて、今まで大変だっただろうからって、なのはさんたちが私たちに一日休暇をくれた。
だから、明日はどんな風に過ごそうかなって少しだけわくわくしていたら、周りのみんなにエリオくんと出かけてきたらどうかと勧められた。
私には断る理由なんて無くって、エリオくんもいいよって頷いてくれて、その時唐突に思いついた。
セイゴさんも誘って、三人で出かけたら、もっと二人と仲良くなれるんじゃないかって。
今朝の朝練の時に、明日はセイゴさんも休みを取ったって言っていた気がするし、一応一緒にお出かけできないか聞いてみようと思った。
そう思って、私は早速セイゴさんに話をしに行った。
……そうしたら、私のせいでセイゴさんを困らせることになっちゃった。
後でそのことについて謝ったとき、
「キャロ嬢はもう少し他人と話す練習しような」
と疲れ切った表情で苦笑気味に言われて、
「じゃ、じゃあセイゴさん。手伝ってください!」
とお願いしたら、ああ、うんと頷いてくれたので、これからはもっと積極的にセイゴさんと話をしようと思います。
私、頑張ります!
2010年1月10日 投稿
2010年8月29日 改稿
2015年9月13日 再改稿
次回、3人で御出掛け…ですかね