八神とあの話を終えた後、今回の任務で消費したカートリッジやら何やらの備品の発注と納入の諸々の手続きの書類に手でもつけておこうかと思い立ち、オフィスへと舞い戻ったわけなのだが。
マイデスクへと戻るとなぜかそこにはスバ公が随分と神妙な表情で待機状態で、ようやく報告書も始末書も書き終えて備品の発注書の方も書き終わったので、発注書のチェックをしてくれないかと頼まれる。
はいはい了解ですよーと言いつつ、受け取った文書に目を通しながら別の書類の用意を始めようとしたところで、ちょっと聞いておきたいことを思いついたので書類に目を落としながら口を開いた。
「なあスバ公、少々聞きたいことがあるのだがよろしいか」
「え、あ、はい」
「きみさ、ティア嬢があんなに頑張んなきゃいけないような、のっぴきならない理由、知ってる?」
「────っ! そ、れは……」
声が何だか不穏な雰囲気だったので顔を上げてそちらを見ると、スバ公が目を瞠って硬直していた。
うわ、これはしまった。もうちょいちゃんと説明してから切り出すべきだった。細部まで聞く気は無かったから軽い気持ちで言葉にしてしまったけど、あまりにも配慮が足らんかったな……。
どうフォローを入れてこの場を収めようかと焦る俺に、スバ公は、
「……あ、のっ! ティアは────」
「ちょい待った」
「え?」
俺がこの話題に収拾をつける方法を思いつくよりも先にスバ公がなにやらお話を始めようとしてしまったので、仕方なくそれを止めにかかった。
流れからしてティア嬢のちょっとした事情を聞かせてくれる気なのかも知れんけどそれには及ばんよと口頭で説明。スバ公はそれ聞いて眉を顰めた。
「え、だってセイゴさんさっき……」
「あー、ごめん。違う違う。俺が聞きたかったのは、あいつがあれほど頑張るような理由に心当たりはありますかってニュアンスのことだけで、内容は聞く気ないから。聞き方悪かった俺が悪いけど」
「……あ」
「つーかそう言う個人的な事情の内容を聞きたいときには本人に直接聞くから俺。プライバシーの侵害は、ダメ。ゼッタイ。」
「そ、そっか……」
「そうです」
言ってから書類に目を落とす。それにやっぱ、人の事情は本人に直接聞かないとと思うよ。ほら、伝言ゲームとかだって大人数でやると話の骨子から変わってきちゃうことだってあるし、それじゃあ正確に物事が伝わらないし。
大体俺だって口は堅い方だから、他人の事情も自分の事情もほとんど人には喋らないし喋って欲しくない。聞かれてものらりくらりとかわしていきます。
そういうとき自分が適当な性格になって本当によかったと思うよね。話をはぐらかす文句なんていくらでも湧いてくるので。
しかしそうか。やっぱり理由あるのか。
今までいろいろと話とかしてきたりあいつの訓練の時の気合いの入り方からして多分あるだろうなーとは思ってたんだが、そうなると多分ティア嬢、あの類の無茶はこれからもやらかすよね。
……そう言えば、
「スバ公」
「え、なに?」
「そのティア嬢の頑張る理由とやらは、高町さんは知ってるのか?」
「……うん。多分」
うーんそりゃそうか。なんといっても教導官だもんな。その上マンツーマンみたいなことやってるわけだから、そりゃ生徒のメンタル面についても知っておかなきゃならんよね。
しかしこれは少々厄介なことになってまいりました。
ティア嬢のアレにそれを行うだけの理由が存在している以上、あいつは今しているような無茶をやめるようなことは絶対にないだろう。
それは自分もしてきたことの経験なんかから想像してみても分かる。
むしろ彼女の性格からして、今まで以上、というか今日以上の頑張りをこれ以降にもしようとするだろうことは明白で、だとしたらそれを止めたいなら今のうちに手を打たなくてはならないのだろう。
……だけどそんなん、一体どうしろというんだ。昨日の一件からしてあいつが俺にそのこと言われたって相手になどしてくれないのは目に見えてる。
かといって何もしないであいつが失敗しないようにフォローするのなんて俺なんかにゃ到底無理だ。
……うーん、なんにも思いつかん。
やっぱ慣れないことをしようとしてもうまくなんかいかないねー。
ここは、流れに身をまかせつつ何かあったら対応することにしますか。……いつも通りな上に全く解決になってない気がするけど。
スバ公に渡された書類のチェックを終え、それに付随させる別の書類を呼び出して彼女に渡し、「それにサインお願いな」と言いながら、さて今後どうなることなんでしょうかねーなんて、今後の行く先を案じる俺だった。
それから二日後のことになる。
ちょっと仕事が残り気味だったので例日通りに残業っぽく書類に向き合ってるとオフィスにヴァイスさんがやってきてあれよあれよという間に連れ出された。
手を引かれているうちに次第に人気の無い方へと進んで行くもんだから、え、なにこれ俺いつの間にアッー!ルート立てたのマジですかこれはヤバイヨヤバイヨとか思ってるとなんか連れていかれた先でティア嬢が泥だらけになりながらクロスミラージュ構えて必死で何かの反復練習のようなことをしていた。
標的をロックオンする反射神経向上系の訓練だろうか……あれ、そういえば足の怪我は?と思って思い出す。そういや足の具合良くなったから今夜から夜練にまた参加させてくれとか言ってたっけ。
しかし治ったからっていきなりあんなになるまで頑張ったらいけないと思うんですが。怪我は治り際が肝心よ。下手するとまた悪化する可能性あるし。
なんて思ってると横にいたヴァイスさんが俺に目配せしてくるんだが俺に止めさせるのが目的ですかそうですか。てかあなたがとめたらよくないですかと聞くと、一回言ったけどダメだったそうな。それに准空尉の方が仲いいでしょとか言われてちょっと困る。
別にそこまで仲がいい覚えもないけど。てかこういう場合、少しでも仲いい奴が止めに行く方が問題だと思うんだ。
だって確実に反発して来るでしょあの子。
見てみろ、あの星一徹に扱かれている時の飛雄馬のような目ヂカラを、今にも炎出そうだぞ。
それに大体なぜ俺に言う。こういうのはもっとチクるべき相手がいると思う。
にしても一目見て分かるんだがなんというオーバーワーク乙。後でカレーを奢ってあげよう。お疲れー的な意味で。
……うん、俺とか死ねばいいと思った。後でスバ公に頼んでディバインバスター撃ち込んでもらおうと思う。無論本気で。
下らん話はさておき、監督する人もいないのに一人であれはちとやばい。
魔力使用したタイプの訓練てやつは、個人差はあろうとも出来る限り疲労は抜いた状態でやるのがベストだと思う
ボロボロになってからも訓練続けるのなんかもってのほかだと思うんだ。疲れて集中力欠いた状態でそんなことしたら制御失敗して魔力暴走して事故って大怪我ーなんて負傷のテンプレート踏みかねねーのは確定的に明らかだから。
高町とかは無茶苦茶やっても魔力暴走しないくらいの技能があって、それがあだになったんだけどね。
てかマジ師弟って似るのな。ベクトルは微妙に違うのだろうが、揃って体をいじめるのが御趣味とは大した意識のシンクロだ。
ああ見える見えるぞ。ティア嬢が高町張りに失敗する姿がーとか思いながら今度はヴァイスさんに背を向けて一人歩きだす。
「あ、おいちょっと!」とか声掛けてくるけど、人差し指立ててしーっと静かにしてくれるように促しながら「ちょっとついてきてください」とだけ小さな声で伝えて、こそこそとティア嬢がいる開けた場所の周囲をぐるっと回って人の隠れられそうな場所を虱潰しに探っていく。
あのあいつが、この子の無茶に気付いてないわけがあるまい。今朝会った時に、今日は任務待機で仕事も少ないと聞いた気がするから、絶対どっかでティア嬢のこと見守ってるはずだよね。
で、5分ほど周囲を探った結果、
「やはり隠れていらっしゃいましたね。お疲れ様です高町さん」
「あ、あはは……。み、見つかっちゃいました」
てな風にいい感じに人一人隠れられそうな木の陰でティア嬢の方を覗きこんで観察してた教導責任者殿を発見。お主は飛雄馬の姉ちゃんかよと突っ込みたい。明子さーん。
というかホントに高町って公私分けてるんだなー。仕事中とのギャップのせいか、ヴァイスさんの目が点になっとるぞ。
その辺はまあいいとして、ようやく見つけたので木の陰から近くの草むらの方へと移動してそのまま独占インタビューに突入してみた。
質問一、何をしておいでで?
回答一、隠れてる。
そんなの誰が見たって分かるからもっと具体的に説明しましょうぜ高町さーん。
それともなにか、もっと具体的に聞かなければ答える気がござらんのですかとか思って、このまま遠まわしに聞いてても話進まなそうだったから単刀直入に聞いてみる。
「どうしてあいつを止めに赴かれないんですか」
「それは……」
言うのをためらうそぶりの高町にさらに質問を重ねると、教導隊の指導方針のようなものについて聞かされる。
戦闘技術は細かい説教よりも体で覚えさせるべき、そんな感じの指導方針のもとに今までやってきた高町としては、この状況でどういう風に指導すべきかよく分からないようだった。
それに、今の時点では特に問題のあるようなおかしな訓練はしていないし、「無茶は少し気になるけど、そのあたりはわたしも教導の時に気にかけてるから問題は無いし」だそうです。
うーん、そこまで言うなら大丈夫なのだろうか。
けど、確かに今のところ特に問題は起こしてないけど、ホテルん時の小さな独断専行からして放っといたら絶対何かありますって。
それを止めるのが普通だと俺が思うのは、見解の相違ってやつなのだろうか。俺は間違いなく止めるべきだと思っているけど、高町は心配しつつも止めるような時期は今じゃないという認識だ。
でも、その認識についてはともかく、機会があるなら互いの心中について腹割って話し合うくらいした方がいいと思うんだけどなー。ほら、高町さんも経験あるでしょ。気持ちだけが先走って他人の注意聞き入れない上に、実力とか体力とか他の全部が追いついてきてくれない危険な時期。と言うと、高町は真剣な表情になって「それは……」と俯いた。
……うーん、なんで高町さんてばティア嬢たちに対してそんなにスキンシップ消極的なんだろう。
いつものあなたとかもっと体でぶつかってって相手と和解するようなやり方採るでしょうヤンクミ張りにさあ。なんて聞くとこないだフェイトさんに聞かされた新人たちとの距離感の話の高町視点版を持ち出された上、「やっぱりわたしのした失敗のこと、話した方がいいのかな……?」と聞かれ俺沈黙。
どうすんのよこれ。高町が新人たち相手に感じてる壁のこととか、どう考えたって新人たちも高町に対して感じてるのと同じものだろ。
しかもあの時の失敗について話すかどうかが正しいか否かなんてこの場で俺に聞かれたって分からない……。
結局は当人同士の話だ。その間に俺が立って何を言ったところで、結局それは想像でしかない。
やるまで結果は分からない。
『あのこと』話した相手の出方なんて、その時になるまで分かりゃしない。
だから俺に言えることなんて、『かもしれない』でしかない。だけどそれでも、意思の疎通は必要だと思うんだけど────ってああもう! 全然考えがまとまらねええ!
……てかそう言えば唐突に思ったのだが、その新人に対する微妙な壁を通した謙虚さを少しでいいから俺に対する時にも分けて欲しい。なので是非とも分けていただけませんかと懇願してみるも、
「ごめん、なさい……?」
とか言い返されて絶望した。なんでだよいいじゃんかちょっとくらいお目こぼしをください。
てか高町さん、あなた絶対俺の言ってることの意味分かってないのに謝ってるでしょ。大体隊長格が俺みたいな平なんぞ相手に安易に頭を下げるんじゃありませんと言ったらまた謝ってきたのでうがーってなる。無限ループって(ry
で、
「……なのはさんにヴァイスさん、それにあなたも……そんなところで何をしているんですか」
その後も高町とぎゃあぎゃあ騒いでたらいつの間にかティア嬢が草陰にしゃがみこんでた俺たちを胡散臭そうな表情で見下ろしてた。
……うん、そりゃ気付かれるよね。むしろあれだけ騒いで気付かれなかったら俺がティア嬢の耳の具合を疑うわ。親父を紹介(ry
とはいえこれは好都合。これ以上こんな草臭い所で押し問答してても仕方ないので高町の背中を押してティア嬢の前に立たせる。
驚いた顔して俺の方振り返る高町だが、俺が「当たって砕けろ!」の意味を込めて目くばせすると、ようやく決意を固めたようだった。
小さく頷いてから深呼吸し、ティア嬢の方に向き直る高町。そして、
「ティアナ、お話があるの。少しいいかな」
「え、あ、はい……?」
真剣な表情の高町といきなり何なのかと首を傾げるティア嬢。
「お話、ですか……?」
「うん、わたしとせーくんが、仲良くなったあの頃の────」
「てちょっと待てーい」
話に割り込むと高町のやつがなんで止めるのって表情になる。
そりゃ止めるだろってか意味分からんぞ。何でお前とティア嬢達の人間関係の問題に俺の過去話が関わってくるのか説明を要求します。と言うか仲良くなってねーよ知り合っただけ。って言ったら、
「だって……話をするなら私がしたあの失敗のことをちゃんと伝えないと、きっとティアナにわたしの気持ちが届かないよ。だけど……」
って感じにぽつぽつと理由を口にした。確かに高町の失敗について話すなら俺の失敗のことも一緒に話さないとなりませんね。でないと話に大穴発生しますからね。
……でも……えー……?
マジで話さないといかんの?
あの時分の俺とか、すんげー恥ずかしい中二病を罹患してたので、あんまし人に話して聞かせたい類の話じゃないんだけどなー……なんて考えてたら、あのころのこと思い出して激しく恥ずかしくなってきたので話すのさらにすんげー嫌になった。
故に顔歪めて嫌だなーって空気放出し続けてると、なんだかティア嬢がちょっと好奇心混ざった気まずそうな表情でこっち見てた。
なんですかその顔は俺に話せってことですか?
てか、ティア嬢は俺のそれをネタに高町とちゃんと話をしてみたいんだろうなあと推測できるからまだ分かるんだが、なんでヴァイスさんもちょっと面白いこと見つけたみたいな顔してんですかやめてーやめてー!
……くそぅ。これじゃ完璧に俺の承認待ちじゃないか……。
しかも拒否したらあれだろ。ティア嬢が失敗したとき俺のせいになるんだろどうせ。あの時話しておけば……ってさー……。
てかなんだあんたらその目は、やめてそんな目で見ないで俺が悪いみたいな気になるからやめろ見るな目がぁ…目がぁ…!
「……分かったよ。分かりました! 話せばいいんでしょ話せば! だけど他のやつらには秘密だからな! 絶対秘密だからな!」
とか言うと三人して「ええ。分かってます」「うん、分かってるって」「はい、分かってますって」とかティア嬢から高町でヴァイスさんの順に言い出してすんごくやりにくいんですがなんなのこの人たちなんでいきなり仲いいの特に高町とティア嬢!
これなら過去話する必要無いじゃんって思ったのにさらに三人で勝手に話すすめて、みんなのスケジュール的にじゃあ今夜話しちゃおうかって流れに。うぅ……。
というわけで、場所を移してお話することに。
どこに行こうか話をしてると高町が「八神部隊長に会議室の使用許可もらってくるね」と言って駆けて行ってしまったのでそれじゃあ先に向かおうかという話に。
で、そそくさと先に言ってしまった二人を追いかけようと歩きだした時に、近くの木の陰で何かが動いたような気がしたんだが、「に、にゃー」とか鳴いてたから猫だよな猫。
こいつらとの話が終わった後に、お疲れ様の意味も込めてご飯奢ってあげようかと思う。
多分この猫めっちゃ食費かかるけどな声的に。
なーんて、この場でこの盗み聞き猫見逃すべきじゃなかったなーなんて、後になってから悔やむから後悔なのであった。
幕間-先行するエピローグ-
隊舎を出て、水辺の方へと歩いて行く。
ぶらぶらとして海沿いにたどり着くと、具合のよさそうな欄干に肘を預けて寄り掛かり、遠くを眺めて嘆息した。
話は終わった。
事情も聞いた。
まだ把握しきれていない部分もあるだろうけれど、何も知らない時よりは何かを知っている状況だ。当然だけど。
だけどもう俺はこれ以降、手出し口出し御無用だった。
ここから先は、高町とティア嬢の関係の問題なわけで。俺の出る幕ナッシング。
むしろ、かかわらない方が彼女たちはハッピーエンドを迎えられるだろう。その邪魔はしたくない。
どうせ良質な結末なら、グッドよりベストがいい。その方が見ていて楽しくなる。
……とはいえ、俺の方は昔を思い出して若干ブルー。
なーんて、少しセンチメンタルな気分になりながら黄昏る俺。
素肌を撫でる夜風が気持ち良くて、遠くに見える街の明かりは幻想的だった。
それらを堪能しながら適当に時間をつぶしてると、背後に気配を感じる。
振り返るとそこには、なぜだかよく分からないがフェイトさんがいた。こんな所まで来て俺に何の用だろうかと思ったが、とりあえず片手を上げて「ども」と挨拶してから水面の方へと視線を戻す。
フェイトさんはこちらにやってきて俺の横に立つと、静かな声音で言った。
「セイゴ、どうしたの? いきなり部屋を出て行ったりして」
「……んー。俺とかあの場にいても仕方ないっしょ。皮肉屋だからすぐに場の空気壊すし。しばらく身を潜めといた方が空気の読める大人みたいでなんかかっこいいと思わない?」
「……そんなことないと思うけどな」
少し残念そうに呟くフェイトさん。というかなんですか、そのそんなことないってのは、何をしようと俺は格好悪いとそういう意味ですかそうですか。
……俺は今泣いていい、泣いていいんだ……!
「確かにセイゴは皮肉屋さんだけど、なのはもティアナもそんなこと気にしないくらいにあなたに感謝してると思う」
「あ、そっちね……」
俺は苦さを噛み締めるように笑いながらため息をつくと、唐突に思いついて上着の胸ポケットから煙草を取り出した。箱を振って紙巻きのそれを一本取り出すと、それを銜えてライターも取り出して火をつける。
煙を吸い込み、肺に回し、それから溜息のように吐き出した。
……感謝、ねえ。感謝も何も、俺はなーんにもしてないと思うんだけどな。
だって、高町が新人に無理を求めなかったのは、それが高町の信念だったからだ。
無理も無茶も必要無い。
無謀も危険も必要無い。
高町はただ今のあいつらに、安全に任務をこなしてほしいだけ。
この先の未来でどんなことにも対応できるようになって欲しいだけ。
高町は最初から、新人の未来を考えて教導していた。
ティア嬢がそれに反発する形になっていたのは、目標への焦りで周りが見えてなかったというだけのことだ。
両方に理由があって、けどその理由の歯車がかみ合ってなかった。
だけど、高町の人柄を考えれば、そのうち勝手に和解していたはずだろう。
俺が今回出来たことは、ティア嬢がでかい失敗する前にそれを止めることができたってだけ。
いや、長い管理局員人生、早い段階で挫折は経験しておいた方が良かったかもしれないから、そう考えると俺のしたことは全くの無駄だった気もしないでもない。
そんなことを考えながら、銜えたままの煙草をふかす。
「……煙草、吸うんだね」
彼女の少々戸惑い気味な声。
そう言えば、彼女の前では吸ったこと無かったか。こっち来てからは吸ったことなかったし。めちゃくちゃ忙しかったしな。
もともと趣味みたいなもんだからね、暇な時にふかすくらいの。
……うーん、こういうの吸わない相手にニコチン成分摂取させるのもあれだし、ちょっと気をつけよう。
風の向きを見て煙の行方が安全であることを確認してから、俺は息を吐きだした。煙草を吸うのは俺の趣味で、フェイトさんには関係ない。なのにこっちの都合で副流煙の影響を与えるのはなんだか嫌だ。
そんな風に気を遣いつつ、煙草を口の端に銜えたまま、口を開いた。
「たまーに、中毒にならない程度にふかしている所存にございます。いろいろ心に溜まったときなんかに」
「体に悪いよ」
「俺的には、ストレスをため込む方が体に毒だと思うのでね。胃潰瘍マジパネェっす」
「……あの話、やっぱりセイゴにとってはストレスなの?」
不安そうに聞いてくるフェイトさん。俺は少々考えるような素振りをしてから答える。
「……うーん。違うと思うね、多分」
「多分、なんだ」
上品に、だけど少々寂しそうに苦笑してから、フェイトさんは遠くを見やった。
そんな風に聞かれても笑いかけられても、本当によく分からないんだから答えようがない。
高町との出会いが俺にとって人生の大きな転機だったのは間違いないし、いろいろとあったのは事実だが、それが心に負担をかけていたかと言えばそんな覚えは全然ないのだ。
だけどだったら今、なぜ微妙に気分が下降線を描いているのかを説明はできない。深層心理では何かしら重い物を感じているのかもしれないから、多分。そうとしか言えなかった。
それに、何もしなくたって日々暮していればストレスくらいいくらでもたまるしね。
「セイゴはやっぱり、ここには来たくなかった?」
「うん」
「そ、即答だね……」
笑みがひきつるフェイトさん。俺はまあねと言って笑う。出向した以上、真正面から仕事も人付き合いもする。
だけどやっぱり、セイス隊長の所でゆるゆるとやっていたかったのも事実だ。
……それに、
「大体俺、ここに来たところでね……」
「え……」
「……なんでもないです。下らんこと言いました。忘れてください」
「……うん」
立ち入って聞くのをためらったのか、フェイトさんは俺の言葉にうなずくと、そのまま沈黙してしまった。
俺の方もこれ以上何か喋ると決定的なことを口にしてしまいそうなので、黙して煙草をふかし続けた。
……しっかしスバ公と来たら、あそこで話立ち聞きしてただけならともかく、そのまま会議室に突撃して来るんだもんなあ……。
おまけにあそこで盗み聞きしてたの、スバ公だけじゃなくてエリ坊とキャロ嬢もだったもんだから、そこからフェイトさんとかシャーリーとかにも事情がばれてるし。
結果、新人及びの皆々様を含めて、みんな一緒に俺の遠い過去の記憶を話して聞かせる羽目に。
さすがにこれは予想外。
けど、ティア嬢に聞かせる話を一緒に聞かせてくれというものをやだとは言えんし、まあどうせそのうちどっかから漏れたのだろうから、その辺は仕方なかったのかね。
そんなことを思いつつ、俺の脳裏には先ほどまで回顧していたあの頃の記憶がもう一度浮かんできていた。
そう、高町と出会った当初の記憶。
ティア嬢たちに話したのはその中のごく一部だが、高町が喋ってるの聞いてて暇だった俺の方は、それ以外の場面までいろいろと思い出していた。
きっかけは俺の所属していた隊の上司の気配り。
俺の関わりの始まりは、その上司の使っていた隊長室に行くところからになる。
あれは、いつも通りツーマンセルでの任務を終えた俺が、先輩兼パートナーに押し付けられた報告書データ片手に隊長室へ向かった時のことだ────
2009年9月5日 投稿
2010年8月29日 改稿
2015年7月26日 再改稿