その日、簡単な捕り物任務を終えて隊舎へと戻り、オフィスの自分のデスクへと向かおうとした俺を待っていたのは、オフィス手前の休憩所でタバコをふかしていた副隊長だった。
「おう帰ったかプレマシー。さっき隊長がお前を探しとったぞ」
そして、いかつい顔に快活な笑みを浮かべるそのおじさん上司に、もっと上の上司からの呼び出しを伝えられる。
呼び出し?
何でだろう? 今日が締め切りだったはずの報告書は昨日すでに提出したし、始末書を書くようなことを起こした覚えもない。
他にもいろいろ考えてはみるものの、やっぱり、何でと首を傾げるしかない。
「呼び出しですか? 俺、なんかしましたっけ?」
「んなこた知らん。わしァただの伝言係でしかねェんでな」
もし帰ってきたのを見かけたら伝えといてくれとパシられただけの、不憫で下っ端なおっさんに過ぎん。とか言ってたので、いやあなた副隊長でしょと言いたいところだった。
副隊長で下っ端とかなんなのだろうか。特に考えも無く適当なセリフを口にしたことを私達下っ端に謝罪するべき。
「あのなぁ……。副隊長だろうがなんだろうが、所詮は上層部の駒なんだよ。部隊なんてそれこそ腐るほどあるんだ。そん中の一つで副隊長やってるからって、偉いなんてこたァねェだろう? わしもお前も、上の連中からすりゃあ似たようなもんだ」
「……ちょっとした軽口にそこまで言われるのもあれなんですが」
「知らんよ。そもそもてめーは自分で出世から遠ざかってるんじゃねえか。そんな人間の戯言なんぞ聞いてられるか」
「……容赦ないなぁ」
言葉の一々が正論過ぎる副隊長への反論の糸口を探すのも億劫になっていると、近くを段ボール箱抱えた男隊員数人が通った。
で、俺が副隊長と話してるのを見て何か察したのか、その中の一人がにやりと言う感じで声をかけてくる。
「セイゴさん、またなんかしたのかよ。ホント懲りないよね、あんた」
「余計な世話だよ。それと今回身に覚えがない。マジで」
「あり、そうなんだ。じゃあ何ででしょうねー」
「知るか。聞きてーのはこっちだっつーに」
とか何とか受け答えしながら副隊長とかと別れ、戦々恐々としつつ部隊長室へと向かい、うちの部隊の部隊長様(二児の母)と対面する。
で、
「お前、本日付で異動になったから。荷物まとめて地上に行きな」
「……は?」
なんだか、もう、まるで意味が分らなかった。
だというのに、今この場でいろいろ説明するべきだろう目の前の上司様は、告げるべきことは告げたとでも言わんばかりにドヤ顔だった。
なんだその顔は。聞けということか。わざわざ俺から説明をしてくださいと頼んで来いということか。
いや、まあ、付き合いももうそれなりだし、自分がそういう顔をした時に俺がどういう反応を示すかってのはわかりきっててやってるのだろうけど。
とか思いつつ、まあ癪だったのだけど、とりあえず話が進まないので口だけは開くことにした。
「いや、何でこんな微妙な時期に人事異動だよ。そんなことあるわけ無いでしょこの若さにしてもう既にボケでも始まっているというのかこのゴリラ」
「口の利き方に気をつけるんだなこの万年一等空士。私とてこんな意味の分からん時期にこんな意味の分からん案件に脳ミソのリソースを使わなければならないことに憤りを感じとるんだ。その辺察せ平隊員」
「あんたも知らないってなんだよ……。ありえねえだろ常識的に考えて」
「そのとおりだよ腐れヤンキーくん。だがこれは仕方が無い。なにせお偉方直々の異動命令だ」
「……は?」
本日二度目の唖然タイム。
「何でお偉いさんが、俺みたいな面倒くさいやつの人事にいちいち介入してくるんですか?」
あまりの唖然っぷりに口調が敬語になる。
俺の口調に、隊長も表情を引き締め態度を変えた。
そうしていると、ただのスレンダーな長髪美人なのだからいつもそうしていればいいのにと思う。既婚で二児の母だから別に何があるって訳でもないけど。
「一応自覚はあったのだな。自分が平の隊員として色々な意味で管理局員の風上にも置けないと」
「そりゃまあ自分のことですから。……で? 一体どういう経緯でこんなことに?」
「どうやら、聖王教会関連のようだ」
「……何でだよ」
とか口にしつつ、俺はもう既に確信に近い感覚で今回の件の首謀者の顔を思い浮かべていた。
「……あいつら」
あんだけ断ってつい先日から音沙汰なくなったから、てっきりもう諦めたかと思っていたのに、まさかこんな搦め手を使ってくるとは……。
あまりにあんまりな事情に頭を抱えて蹲りたくなった俺に構わず、上司はさらに続けた。
「詳しいことは私の権限では知りようもなかったが、なにやら取引があったようだ。まあ、本局としても教会との取引で不良局員一人を差し出せばいいのなら安いものだろう。なんにせよ現場としてはいい迷惑だ」
「いや、まあ。冗談抜きで仕事の引継ぎどうしようか」
今の新人ただでさえ自分のことで手一杯なのにねとか思ってると、
「確かに仕事の件もあるが、何より痛いのは私の小間使いが一人減ることだな。お前は本当に使い勝手が良かった。あらゆる意味で」
「そうですか、そりゃどうも」
肩を竦めつつ嫌味すら込めてそう言っても、我が上司様はそれすら意に介さない。
「それにしてもやったな青年。今回の異動に伴い、君の階級は准尉となる。馬鹿みたいな高待遇じゃないか」
「……わーい。どうしよう隊長、三階級特進とか俺は一体どんな死に方すりゃいいんですかねぇ」
「そうぼやくな青年。これで晴れてお前も万年一等空士から卒業だ。頑張れば私の階級も超えられるかも知れんぞ」
ニヤリと嫌な感じに口の端を歪めながらそう言い吐く三等空佐だった。
「求めてないことが分かっててそういうこと言うのやめてもらえませんかねぇ」
「ハッ、私としてはお前がこんなところで燻っていたことのほうが驚きでならんのだ。実力だけで言えば隊長補佐やっていておかしくない魔力量のくせに。このAAが」
「褒めても何も奢りませんぞ」
「それは残念」
ちっとも残念そうでない口調で言うよねこの人。まあ別にそれはいいんだが。
確かに俺の魔力量はAAではあるものの、8年前のあの時からほとんど上がってない。それを今更、そんな言われ方されても困る。
「ところでどうだ。お前の新たな門出を祝って、今夜は私のオススメの店に飲みに連れて行ってやろうか」
「奢りで?」
「ありえん」
「じゃあ嫌だ。つーか旦那さんと子供さん放って部下と飲みに行こうとするなよ奥さん」
「そう言うな。たまには息を抜かんとやってられんのだよ、奥さんというやつは」
そう言って彼女(今年で34)は、肩を竦めて溜め息を吐いた。
思えばこの人との付き合いもそれなりに長かったが、これでこの悪縁も終わりかと思うと少し寂しい気もする。
しかし。もうそろそろ潮時なのかも知れない。
8年前、現在はエースオブエースと呼ばれている少女に会った頃にあったあれこれで、俺が管理局で働く理由は無くなったと言っても過言ではなかったのだ。
それをただ惰性……とは言えないまでも、ずるずる流れで今まで過ごしてきたけれど、この状況はある意味、転機ではないだろうか。
「なにはともあれ、そろそろいい時間だ。正面玄関のロビーに行け」
「……は? なに?」
思案中に目の前で上司が発した言葉に、俺は首を傾げた。すると上司はニヒルに笑って鼻を鳴らした。
「どうやらお前を欲しがった課の隊長さんとやらはお前の性格を熟知しとるようだな。どうせお前、ここまでされたら辞表でも出して姿くらます気だったんじゃないか?」
「うぐ……」
「もう迎えが来ているはずだ。お前一人にご丁寧なことだよ、本当にな」
今度こそ俺はorzした。マジで逃げられないとは何事だろう。ええい、こうなれば最後の手段!
「隊長! ここで辞表書いていいですか!」
「却下だ。早くロビーへ向かえ、虚け者」
orz
しょぼくれながら仕方なくロビーへと向かうと、いくつかの段ボール箱と一緒に佇んでいる少年少女四人を発見した。
見たことない顔だったので即分かる。とりあえず近づいて挨拶。
「どうも。こんな時期にいきなりそちらへ転属することになった二十二歳の転入生です。趣味はこの隊舎の上司と罵り合うことです」
軽いジャブのつもりだったのだが、全員頬を引き攣らせて微妙な顔をしてしまった。
どうやら世間の穢れを知らない初心な青少年達らしい。社会の荒波に揉まれた俺には懐かしい反応だ。
このまま会話が続かないのも面倒なので、適当に冗談だよ冗談とか言って空気を変える。
すると今度は勝手に自己紹介を始めてきた。
青髪の元気な子がスバル・ナカジマ。楽しそうで何より。
ツインテールの勝気そうな子がティアナ・ランスター。なんか微妙な視線を感じる、なに?
ちびっ子男子がエリオ・モンディアル。ちょっとわくわくしてそう。なんでだろう。
ちびっ子女子がキャロ・ル・ルシエ。ちょっとおどおど気味、人見知りっぽそう。
……ん? ナカジマでスバル?
「もしかして、ゲンヤさんの娘さん?」
「あ、はいそうですけど。お父さんと知り合いなんですか?」
知り合いかそうでないかと聞かれれば知り合いだった。二年位前にちょっとした出張で地上に行ったとき、仕事上がりに私服に着替えてから立ち寄ったあっちの居酒屋のカウンター席で隣り合い、店主挟んで仕事の愚痴を言い合っているうちに意気投合、それ以来ちょくちょく会って飲んだりしてた。
あの人最初は俺のこと陸の人間だと思ってたらしい。でもまあ、特に問題があったわけでもないのだけれど。
誤解の晴れた今でも、何が変わったってわけでもなかったし。
「ん、ゲンヤさんとは酒飲み友達だ。娘さんがいるとは聞いてたけど、まさかこんなところで出会うとは」
世間の狭さに割りと驚き。
「で、それはともかくナカジマ。今日はどんな用向きでここへ?」
「え、どんなって……」
ナカジマは俺の問いに戸惑ったようだった。
俯いてうんうんと悩みだすナカジマを見かねたのか、横からランスターが口を挟む。
彼女曰く、自分たちは隊長に言われてあなたを迎えに来た。
理由は、自分達のちょっとした気分転換の意味と、面通し。
それでわざわざ自分達の隊舎からここまで公共交通機関使って出向いて、俺のことを引っ張って来いって話だったのだとか。皆様こんな所までマジでご苦労様である。
ちなみに彼女らの横にある段ボール箱は、普通に俺の仕事の荷物らしい。
俺の同僚連中が俺が捕り物してる間にゴリラ隊長に言われて詰め込んだのを任されたんだとか。まさかさっき通路ですれ違ったあいつらが運んでたのこれか。俺の許可取れコノヤロー。
しかもこれ運んでたってことは、俺の転勤知っててあんな風にニヤニヤしてやがったのか今度殴る。
何はともあれ、包囲網は完璧なので逃げ場はないらしい。ならば力を抜いて楽に行こう。
こんなところで気張っても、意味なし価値なし得がなし。
いろいろあったし若干思う所はあるけれど、そんなんここでこの四人に言っても仕方が無いし。
そんなわけで、とりあえず自己紹介しようと思う。
「それでは初めまして。本日付で────……ちょっとスマン、ナカジマ」
「はい?」
「お前らの所属してる課って、なんて名前?」
全員ガクンとなった。
「すげー、息ぴったり。さすが仲間だなぁ」
「ってそうじゃないでしょちょっとあんた! 自分がこれから所属する課の名前も知らずにここに来たの!?」
ランスターのツッコミがなかなかのキレだと思う。
ちなみに、
「聞く前に上司に部屋追い出された。自分の所属してる(現在)以外の課とか興味ない」
だから知りませんって説明。てかちょっと待て、いまさらだけど追い出されたからアレもしてない。……まあいいか、自己紹介の後で。
ちなみにランスターがものすごい頭を抱えていたので、課の名はモンディアルとル・ルシエが親切にハモって教えてくれた。仲いいね、キミ達。
では改めて自己紹介。
「それでは改めまして。本日付で時空管理局所属機動六課へと配属されることとなりました、誠吾・プレマシー一等……じゃなくて、准空尉。どうぞよろしく。ではちょっとやらなきゃいけないこと思い出したからここで待っててください」
後日ナカジマに、一礼して身を翻して走り出すまでの一連の流れが凄く滑らかだったので、体捌きのコツとか教えてくださいといわれるのだが、それは別の話。
「あ、ちょ────」
モンディアルらしき声を聞き流しながら、俺は隊長室からここまで来るのに辿った道を逆走し、目的の部屋へと辿りつくと入室許可を伺うことなくドアを開け、押し入るように室内へと足を進め、今までその人相手にまともにしたことなんてなかった敬礼をし、
「隊長、今までありがとうございました。不肖、誠吾・プレマシー。ちょっと急ですがさよならです」
机に座って書類を流し読みしていた隊長は、もう戻ってくるはずのなかった俺の入室にしばし目を丸くしていたが、不意に端正な顔に不敵な笑みを浮かべ、
「ああ、行ってこい。言っておくが、無様だけは晒すんじゃないぞ。それと────」
不敵な笑みを消し、隊長は小さく、なのに綺麗に柔らかく微笑んだ。
「困ったことがあれば、何でもいいから言って来い。数年続いた腐れ縁だ、力くらいにはなってやる」
苦笑にも似た優しげなその笑顔は、数年来の付き合いの中で始めて見るそれだった。
俺は今度は礼をして、隊長室を後にした。
こうして俺は、数年来慣れ親しんだ隊舎を離れることになった。
これが、俺の機動六課介入の馴れ初めである。
介入結果その一 ティアナ・ランスターの落胆
正直、彼に会うまでの私は緊張のしっぱなしだった。
隊長陣の皆さんからは失礼の無いようにと言い含められていたし、何より今から会いに行く彼は、その昔なのはさんのピンチを救った実力者だという話だった。
少し調べてみたけれど、魔力資質はかなりのものではあるものの、突出した何かを持っているわけではない。
にもかかわらず、現在管理局のエースオブエースと呼ばれるあの人のことを助けたことがあるのだという、私の身近な目標になるかもしれない人だった。
彼の所属しているという隊舎へと向かう道中はずっと、どんな人なんだろう、やっぱり生真面目なのかな、それに努力家なのかな、とか、期待に胸膨らませるというのとはちょっと違うのだけど、でもどこかわくわくしていた。
……なのに、これはどういうことよ……。
今私達の目の前にいるのは、明らかにやる気のない表情をした男性。
顔の造りは普通、黒の髪の毛は無造作につんつん。180ほどはありそうな長身の体は確かに鍛えられているように見えるけど、体のスペックと彼の表情は明らかに歯車がかみ合っていない。
しかも私達相手にさんざんボケ倒したかと思ったら、息つく暇もなくどこかへと走っていってしまった。
スバルはそれを見てなんだか目を輝かせていたけど、私は正直落胆を隠せなかった。
だから私は、また目指すべき指針を見失っていたのだった。
はい、導入でした。
ところで僭越ながらお聞きしたいのですが、レアスキルって結構何でもありなのでしょうか?
私の友達wiki君を回ってもよくわからなかったので、答えていただけると幸いです。
2009年6月14日 投稿
2010年8月23日 改稿
2011年8月16日 再改稿
2013年5月28日 再々改稿
2015年3月15日 再々々改稿
2018年7月8日 再々々々改稿