管理局地上本部、司令室にて。
「レジアス、何故この事件を公表しない?」
ゼストの手には、ある書類。
それは一部の嘱託魔導師やフリー魔導師が、立て続けに行方不明になっているという物。
「高度に政治的な判断によるものだ。お前が口出しをしていい事ではない」
「しかしだな、民間でもすでに噂になっている。このまま黙っている事が……」
「くどいぞゼスト、これは上層部の総合的な意見だ」
レジアスは冷たく言い放ち、自身のデスクの上にある端末を操作し始めた。
ゼストは納得できない以上に、レジアスに対して疑念を抱いた。
「レジアス……お前、変ったな。あまりいい噂を聞かんのをおいても、昔とは違う」
「俺は何も変わらんよ。変わったとしたら、地上部隊が確実に力をつけて居るという事だけだ。良い事ではないか」
「本当にそれが、いい事であればの話だがな」
ゼストはそれを言い残すと、司令室から去っていった。
レジアスはそれを見送ると、端末操作を再開する。
「そうとも……本局の奴等に頼らずとも良いのだ。地上部隊こそが、このミッドの平和を守る為の力だ」
妄信どころか狂信に近い形相で、局の屈託魔導師とフリー魔導師の名簿データを纏め送信。
次に、ある騎士を映し出した。
「ミッドの平和のため、身を砕いてまで働いてようやく手に入れた最高評議会の信頼……それをこんなガキに踏みにじられてたまるか!」
ジェイル・スカリエッティのアジトにて。
「ふむっ……では、レジアス中将はかなりご立腹の様なのだね?」
「はい。元々血の気が多い人格に加え、サクヤ様の功績に対する老人達の罵倒により、今にも爆発寸前です」
「意外と役に立ってくれるね、あの老人達も」
セインとディエチのメンテも終わり、その他のナンバーズの作成段階。
それが終わった後、管理局の情勢調査の報告を受けている。
「いかがなさいますか? ドゥーエは現在地上本部ですが」
「……放っておいても良いよ。勝手にケンカ売ってくれそうな流れだ」
「では、その様に」
ウーノが空間端末を操作し始めると、2人の女性が入ってきた。
「ねえドクター。何でそのサクヤ様を引き込むのに、そんな回りくどい事するの?」
「確かに、私もそれ気になる」
「セインにディエチか。気のなるのかい?」
水色の髪の№6セインと、長い茶髪を後ろで束ねた№10ディエチ。
2人とも映し出されたサクヤの映像に、興味がある様子。
「ドクターが最高傑作って呼ぶ位だから、気にならない方がおかしい」
「私と気が合いそうにないのが残念だけど、確かに気にはなるかな?」
「確かにそうだが、別段気にする事でもないよ。こっちが企むまでもなく、そうするさ……必ずやね」
口元を歪め、目を見開いた顔での笑みを浮かべるジェイル。
その場全員の背に、悪寒が走った。
ミッドチルダ、ベルカ自治区、聖王教会大聖堂にて
騎士カリムの執務室にて、最近起こっている嘱託魔導師やフリーの行方不明事件について。
「上層部の方では、無用な混乱を避けるための一時的な措置であるという話です」
「自分達の権威を守る為じゃないんですか?」
「そう言う過激な発言は控えてください。それで、聖王教会としては黒騎士が被害に遭う事を良くは……」
サクヤはため息をつき、ルーナとアギトを伴って立ち上がった。
「待って下さい! 話は」
「降りかかる火の粉は払うまで。これで良いですか?」
「あなたは現存する古代ベルカ式の貴重な使い手です。聖王教会としては、大きな損害に」
「僕は聖王教会の所有物になった覚えはありません」
予想どころか確信はしていたとはいえ、カリムは頭を抱えた。
聖王教会として、貴重な古代ベルカ式の使い手をみすみす失う訳にはいかない。
……が、サクヤ自身組織どころか人との繋がりを拒む事は、カリムも良く理解している事。
「やはり無理でしたか」
「すみません」
「いえ、ルーナさんが謝る事ではありません。ではせめて、良き旅を続けられるよう聖王さまへ祈らせて貰います」
サクヤが退室し、カリムは頭を抱えた。
シャッハはため息をついて、カリムに歩み寄る。
「カリム、今日はもうお休みください。仕事は私の方からキャンセルを入れておきます」
「ええ……シャッハ、行方不明事件の捜査は聖王教会の方でも行う事にしました。その手配もお願い」
「かしこまりました」
カリムは自室へと戻っていき、シャッハは執務室を退室していった。
並べられたお菓子とお茶だけが残り、執務室はこの時間としては珍しく無人となった。
所変わって、ベルカ自治区のある人里離れた区域にて。
『おや、どうしたのかね?』
サクヤはルーナとアギトにフィールドを張って貰って、ある場所へ通信を送っていた。
自身の生みの親、ジェイル・スカリエッティへ。
「ちょっと聞きたい事がある」
『なんだい? この私に力になれる事ならなってあげよう』
苦虫を10は噛み潰したような顔をした。
無論、ルーナにアギトも同様に。
『……そこまで嫌がる事無いだろう? それで要件はなんだい?』
かなり傷ついた様子で、ジェイルは要件を訪ねた。
「嘱託魔導師にフリーの失踪事件について」
『ああ、それか。情報ならこちらにも入って来ている』
「何か知らない? 勿論情報料は払う」
『それは良い。こちらにも責任がある事でね……ああいや、そう言う意味じゃないよ』
その言葉に、サクヤは疑念の視線を向けた。
ジェイルは慌てて否定した。
『実を言うと、人造魔導師開発技術が滞っている事が、最高評議会に良く思われなくてね。それで実験素体回収を無理やり行い始めたんだよ』
「それで屈託魔導師やフリーの誘拐か」
『情報はレジアス中将からだ。実を言うと君が帰って早々に挙げた手柄で、最高評議会にお説教を貰ったそうだからね。かなり焦っているという話だ』
サクヤは頭を掻いた。
自身を生んだ組織ではあるが、正直何の感慨もなかった。
あるとしたら、呆れの一言である。
「市民を守る筈の管理局が、協力者や民間人を売り渡すか……」
『しかし、そうも言ってられないよ。今の君じゃ最高評議会直属部隊に勝つ事は出来ないんだから、狙われでもしたら』
「それはわかってる。不本意だけど、しばらく身を隠すか」
『それが良い。協力体制は継続でよろしいか?』
アギトとルーナに目配せをして、通信画像に一言。
「わかった。でもこちらでレリック探しは続けるよ?」
『それはこちらとしてもあり難い、ではこちらのアジトの1つを教えよう。だが、動くならその大剣を完成させてからの方がいい』
と言って、その地図を送信したのちに通信は解除された。
サクヤはマントを羽織り直し、フードを深くかぶる。
「さて、しばらく地下暮らしになりそうだけど」
「私はついて行くよ? 私はサクヤと共に生きていくって決めたから」
「あたしも、兄貴達は恩人なんだ。どこまでだってついてくぜ」
サクヤは2人の融合騎を両肩に乗せ、その場を後にした。
その後、黒騎士サクヤの姿を見た者はなく、幾つかの噂が立ったが次第に忘れ去られた。
時空管理局、最高評議会会議場にて
『黒騎士は姿を消し、レジアスの情報のおかげで、ある程度の素体は集まった』
『これだけあれば、多少の発展は見込めるだろう』
『左様。特にこの2名が手に入ったのは、僥倖とも言える』
3つの映像の中心には、地上で行方不明になった人間のデータが展開されている。
そこへさらに、2人の局員データが展開される。
『ゼスト・グランガイツに、メガーヌ・アルピーノか。メガーヌは身籠っているそうだな?』
『ならば、その子供が生まれ次第となるな。母体がそうであるならば、適性を持っている可能性は高い』
『欲しかったと言えば、黒騎士もだな。あの小僧をベースに、量産計画を進める事が出来ればよかったのだが』
ある日を境に、黒騎士は姿を見せなくなってしまった。
評議会として、実験素体として欲しくはあったが、特に気にする様子も見せなかった。
『まあ良いではないか。群れる事を嫌う野良犬のガキ一匹、特に何か出来る訳でもあるまい。放っておけばよかろう』
『そうだな。これで我等の悲願、人造魔導師計画も向上するだろう。その立役者として良き働きをしてくれたレジアスには、支援を惜しまんつもりだ』
『勿論だとも。我等は我等の役目を果たそうではないか。』
その会議城では、満足げに笑う声がいつまでも続いた。