隊長の凄惨な裏切りを体験した私とコンちゃんは現在二人で傷心旅行を計画中。これからの予定について二人で仲良く話し合っているんだけど、行き先に関して「ククルーマウンテン!」と元気よく言った私の提案は、可哀想な子を見る目で見られるという悲劇を生んでしまったようだ。酷く遺憾である。
「あのな、ホタル」
「うん」
「ククルーマウンテンはかの有名な暗殺一家が住んでいることで有名なんだぞ? 知っているか?」
「知っているよ、それくらい」
「そうか、分かった。ホタルは前から頭の弱い子だと思っていたけどここまでとはな」
「待て、今から救急車を呼ぶ」とのたまうコンちゃんの携帯は手刀で叩き落す。踏み潰されたパンケーキ状態になった携帯を前に、コンちゃんが慟哭した。
「高かったのに! これ高かったのに! てめぇ幾らしたと思っていやがるんだ! 10万ジェニーしたんだぞ!」
「億万長者が何を言う」
所持金大体1億程度。四ヶ月で稼いだ額である。凄いね、働くのが馬鹿らしくなってくるね。
しかし消えたアドレスは金で買えないと涙するコンちゃん。そう言われて自分も「あれ? ひょっとして洒落にならない?」と心持焦らないこともない。前世で母に携帯を洗濯された思い出がある私としては、その涙を拭う境遇に酷く共感できるわけだ。まあ今回の原因は私だけど。
「キープしていた女の子のアドレスがあああああああああああああああああああああああ」
だけどそう深く思い悩むことでもなさそうだ。アリを踏み潰すように携帯を足でグリグリしておいた。もはや携帯の原型もなければ見る影もない。
最新式も叶わない薄っぺらさになった携帯を前にしくしくと女の子のように泣くコンちゃん。まぁまぁとりあえず携帯は弁償するから、と笑顔で手を引いて街の携帯ショップを目指した。
そういえば私も携帯は持っていなかったからなぁ。砂漠の土地じゃあ携帯なんて持っていても意味なかったし、あってもトランシーバーが関の山。ちょうどいい機会だからここで私も買っておこうかな?
レオリオ交渉術を駆使して携帯ショップで原作にも登場してきたビートル07型を二つ購入。ただし、やはり俄か交渉術だけあって二つで28万6000ジェニーもかかってしまった。痛い出費である。だけど元より値が張る高性能携帯を手にしたおかげか、コンちゃんの機嫌もようやく上向きになってきた。ああ良かった。何だかコンちゃんが不機嫌だったせいか、私もちょっと具合も悪かったしね。
アドレスを交換して街をぶらつく私たち。ちなみにここは天空闘技場からちょっと離れた位置にある都市であり、今も振り返ればその超高層建造物である天空闘技場が目に入る。街もそれを名物にしているのか、土産屋には天空闘技場クッキー、天空闘技場カステラ、天空闘技場アイスと高いことしか特徴のない土産が実に多くあった。
「で、結局どこに行くの?」
何段盛りかも分からない天空闘技場アイスをぺろぺろ舐めながらコンちゃんに聞いてみると、コンちゃんは腕を組んでうーむとお悩み中。
「そうだなぁ。お前他に行きたいところないの?」
難癖つけるわりに人任せのコンちゃんだ。コンちゃんは行きたいところとかないのだろうか? そう聞いてみたら風来坊だしなぁ、と遠くを眺めるような眼差し。なるほどニートですね、わかります。
「えーっと。じゃあグリードアイランドとかは?」
「何だ、それ」
「単価58億ジェニーのハンター専用ゲームだよ?」
「………行き先じゃねぇし、もっと無難なの」
「うーん、じゃあヨークシン」
世界最大規模のオークションが開かれる大都市である。幸い、今はハンター暦1998年の8月。オークションが開かれる9月1日まであと一月ほどだし、原作のような大テロが起こることは原作知識を省みてもなかったはずなので安心だ。私の提案にふむ、と頷いたコンちゃんは今回ばかり否定材料も見当たらないのか肯定的な様子である。
「いいんじゃないか。じゃあちょっと飛行船のチケットと買ってくるわ。確か向こうにあっただろう。お前はそこでアイス食って待っていろよ」
「え? 私も行くよ?」
「いや、そんな超特大アイスを持って店には入れないだろ………。それに、何かお前顔色悪いしな。すぐ戻るから勝手にふらつくなよ」
まるで子供に言い聞かせるような口調だ。むっとする。確かにまだ子供かもしれないけど、これでももう出るところは出ている立派なレディ―――じゃなくて! 立派な紳士! ダメだ! 脳回路まで美少女化してきている!?
うがああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっと恥ずかしさに身もだえする私に生温かい眼差しを向けてから、コンちゃんがチケットを買いに走っていった。公共のベンチに座って大人しくアイスをぺろぺろする私。だけど食べ過ぎてお腹が冷えてしまったせいか、心持お腹が痛い。
むむむ、この超特大アイスに挑むのにはまだ私のレベルが足りなかったということだろうか。砂漠ではお目にかかれない代物だけに、思わず目が眩んでしまったのだけど。
燦燦と照りつける太陽は砂漠とは比べるまでもないけど、やっぱり暑い。その強烈な日差しに溶けきる前に頑張ってその超特大アイスを舐め舐めして攻略した。食べきった頃には、私の体調を心配してくれたのか小走りのコンちゃんが想像以上に早く戻ってきてくれて、その姿になぜか私はほっとする。
むぅ。どうやら本格的に体調が悪くなってしまったらしい。どうにも気弱な私であった。
「大丈夫か? 何か顔色悪くなってきてねぇか?」
「うーん。大丈夫………だといいなぁ」
「希望的観測かよ。具合悪いならトイレで吐けよ」
どうやら当日キャンセルがあったようで私とコンちゃんは二人、すでにヨークシン行きの飛行船の中である。こういうときのコンちゃんの行動力と来たら同人誌を買い漁る昔の私と同じステージに立っていると認めてあげても………あぁ、駄目だ。何か馬鹿なことを考える気力もなくなってきている。
お腹いたい。下っ腹辺りがきゅううっとする。
「ちょっと、大丈夫なの? 何かその子具合悪いようだけど」
同じ列の座席に座っていた女の人が気遣ってくれた。
ちらり、と見返すと、その格好で外を出歩くとは正気か?と勘ぐりたくなるような格好だった。ビキニの上にシグレたんのようなアミアミの服を着て、下は加工した太ももスレスレのジーンズである。
何だ、ビッチか。
確かにエロティックだが、とてもではないがシグレたんのようなギャップは見当たらない。シグレたんはあの固そうな容貌なのに、天然でエッチな体を露出しているのがいいんですよ。
「食べすぎ? オレの胃薬やろうか?」
むくり、と体を起こしてこちらを窺う男。ビッチの隣に座っていた男はとてつもない巨漢であった。成人向けのシートを二つも占有していて尚お尻の肉がはみ出している。お腹の肉を突いてみたい衝動は何とか抑えた。
「いえ………大丈夫………だといいなぁ」
「どこまでも希望的観測なんだな。すいません、薬もらってもいいですか?」
「うん。ほい、こっちが胃もたれ用で、こっちが食べすぎ用の強力消化剤。あと便秘改善と下痢止めがあるよ」
何だろう。どこまでも食に関する薬しかないような気がするのは。
「………コンちゃん、いいよ。私ちょっとトイレに行ってくるから」
「おいおい、本当にやばそうだな。ついていこうか?」
「うぅん。一応、お願いします」
二人の色物な男女に席をどいて通してもらう。「お大事にね」と声をかけてくれたビッチに、弱っているせいか心の中ほろりときた。
ビッチは言いすぎだったね。心優しい痴女という称号を与えておこう。ごめんね、痴女。痴女もおっぱいは大きいと思うよ。
コンちゃんには男女共用のトイレの前に待ってもらっておいて、とりあえず出すもの出すべし、である。出せる気はしないけど、お腹が痛いときは踏ん張るに限る。
下っ腹の重みを取り除こうと便器を跨ごうとしたとき、ずり下げたズボンとパンツの下、たらーっと股から太ももを何かが伝った。
え? え? まさか漏らした? と、思わず自分の股を覗き込んで、
「――――――っ!?」
声にならない悲鳴が漏れた。がたがたがたがた、と揺れる狭い個室のトイレ。コンちゃんが慌てたようにノックしてくる。
「おい、ホタル!? 大丈夫か!?」
「こ、ここここここ、こけこっこー」
「非常事態だな!? おい、入るぞ!」
そもそも半ロック状態になっていたそれがコンちゃんの叩いた衝撃でかちゃり、と開錠されてしまった。格安の飛行船を選んだツケがこんなところで返って来たらしい。コンちゃん、ケチっちゃだめだよ、こういうところは。墜落したらどうするの?
「おい、ホタ――――」
開いた扉から覗いたコンちゃんが硬直する。下半身裸の私は涙目で振り返った。
「こ、ここここ、コンちゃん。どうしよう………止まらない」
たらたらと股下から流れてくる血。下血なんて………なにか悪いものでも食べたのだろうか。もしや………天空闘技場アイス!? 六段越えのアイスは少なくとも健康にはよくないだろう。あ、あれがいけなかったのか! 血を尻から吐かせるアイスを土産に売るなんて非常識もいいところ。豚インフルもびっくりなアイスインフルである。
止まらない血に眩暈を覚えた。死んじゃう、このままじゃ私死んじゃう!
「うえーんっ、コンちゃん助けて!」
「待て! とりあえず待て! 下を履かないことにはさすがの俺でも手が出せない! ああ、大丈夫ですからちょっと待ってください! こちらで対処できるんで!」
フライトアテンダントが騒ぎを聞きつけて駆けつけたらしい。「お客様、大丈夫でしょうか?女の子の悲鳴が聞こえたような……」と言いながら中を覗き見ようとするフライトアテンダントから、トイレ前で扉一枚を挟みコンちゃんが必死に私を隠している。
確かに下半身裸でお尻から血を流す美少女が泣きながらトイレに押し込まれている図は、巷の噂の「ロリコンドル」でも言い逃れできないレベルだろう。もしこれが第三者に見られたあかつきにはきっとさしものコンちゃんも世間様に顔出しできないこと請け合いだ。
だけどね、コンちゃん。今の私はそんなことが瑣末に思えるくらいに、生きるか死ぬかの瀬戸際なんだよ!
「コンちゃん、痛いよ! より具体的に言うならアソコが痛い!」
「分かる、お前が大変なのは分かる! だけどすまん黙ってくれ! こっちも生きるか死ぬかの瀬戸際なんだ!」
「お客様。失礼ですが中を確認させて頂いても………」
フライトアテンダントの疑惑が色濃くなる中、飛行船が乱気流にでも乗り上げたのか、ぐらり、と揺れた。
がらがら、と無情にも開く扉。
揺れに傾いた体が見当違いの場所を遮るコンちゃん。
涙目の私。
目を見開くフライトアテンダント。
「………ゲスやろ―――いえ、お客様。事情をご説明して頂いてもよろしいでしょうか。少々手狭な控え室のほうで」
「違う! それでも俺はやってない! 無実だ! 俺は無実だ!」
「コンちゃん、コンちゃん、血が止まらないよ!」
カオスと化したトイレの前で、騒ぎを聞きつけたのはフライトアテンダントだけではなかったらしい。先ほどの痴女が慌てた様子で駆けつけて来てくれた。阿鼻叫喚の図で、何を察したのかため息をついて額を押さえている。
「なるほど。病気の類じゃなかったみたいね。ちょっとあなた待ってなさい」
取り押さえられるコンちゃんを傍目にすり抜けて、一度座席に戻ったのだろうか? その手にポーチを持って痴女は帰って来てくれた。一人不安だった私を押し込み、トイレの中に一緒に入る。
扉が閉められる瞬間、唯一弁明してくれる人間の消失にコンちゃんの絶叫が木霊したが、この人、気にした様子はない。
「初めて? 処理の仕方とかお母さんに教えてもらわなかったの?」
その言葉にようやく今の状態が何のか思い当たる。血を失っているのに血が上るという不可思議な現象の中、赤い顔で、ぶんぶん、と首を振った。
お母さんは居なかったけど、座学でお婆ちゃんを前に子供たちはちゃんとその辺りのことも教えてもらった。だけど、その後の行き過ぎた性教育のせいですっかりそのことを失念してしまっていたのである。具体的な例は法律に抵触する危険があるので触れられないが、少なくとも向こうの世界でそのことを子供に教える教職者がいたら確実にタイーホだとは言っておこう。
私の返事をどう捉えたかはわからないが私一人では対応できないと見て、てきぱきと処理をしてくれる痴女。私はコンちゃんの遠ざかっていく叫びをBGMにぼーっとしていた。
「ほら、できた。明日もちょっと重いと思うけど、やり方わかった?」
「………」
こくり、と首を縦に振る。そう、と安心するように頷いた痴女は隙間風吹きそうな扉を振り返った。
「そういえば………さっきの男ってあなたのお兄さんかしら?」
「コンちゃんのことですか? コンちゃんは友達です。あ、そういえばちゃんと説明しとかないと」
コンちゃんの経歴に性犯罪者という汚点がでかでかと飾られてしまう。さすがにそれは申し訳ない。
「いいわよ。あなた辛いでしょ? あたしが伝えにいくから、大人しく座席に戻っておきなさいよ」
「あ、ありがとうございます。痴女のお姉さん」
ぺこり、とお辞儀する。
顔を上げたそこには笑顔なのになぜか般若を思わせる痴女の姿があった。ほっぺたを摘まれ、むにょーんとこれが人間の限界なのか!?と思わせるほどに伸ばされる。いたひでふ、ひひょ。
「メ・ン・チ・よ。はい、三唱」
「め、めんひひゃんめんひひゃんめんひひゃん! ほっへもひれいなめんひひゃん!」
縦、縦、横、横、丸書いてちょんっ、と可愛い掛け声でほっぺたの肉を千切られるのかと思わす攻撃を受けた。赤くなっただろうほっぺを涙目で抑える。ほっぺのお肉が心なしか伸びた気がするのは気のせいだと思いたい。
「はぁ。じゃあ、あんた戻ってなさいよ。ブハラが面倒見てくれるでしょ」
こくこく、と頷いて急いで戻った。これ以上ほっぺたを引き裂かれてはたまらない。
座席に戻ると腰掛けていた件のブハラさんという名の巨漢から「ごめんね?」という謝罪を受けた。理由が分からず首を傾げていると、悲鳴を聞いても駆けつけられなかったことに関してだと頭を下げながら言ってくれた。メンチさんに「あなたが来ると邪魔だから待ってなさい」と言われたのだそうだ。確かにこの体の大きさでは通路を通るのも一苦労だろう。気にしてない、と首を振った。むしろ駆けつけられたら恥ずかしかったから、結果オーライだ。
色々と動揺したというか、肉体的にも精神的にも、うがーっと立ち上がる元気なく座席にぐでーっと寄りかかる私に、ブハラさんはポケットから飴玉をくれました。普通の飴玉と比べて二倍はありそうな大きさだったけど、お礼を言ってころころと口の中で転がす。
………にゅう。何だか、もうダメポ。
ハンター試験の二次試験官、メンチとブハラ。
偶然出会った人物がその二人だと分かっていても、体調不良により感動を外に出せない私だった。