第三次試験参加人数、40名。
第三次試験の試験内容は至極簡単である。トリックタワーと呼ばれる塔の上、72時間以内に地上まで降りてくること。しかし、ただそれだけであるがゆえに試験は過酷であり、熾烈である。円柱となっている塔の側面には僅かな窪みしかなく、そこから降りることは自殺行為。それこそ一流のロッククライマーでなければ側面を辿ることもできないだろう。塔へと降りるための隠し扉には………しかし命を落とすような残虐な罠が数多く潜んでいるのだ。
つまり受験生は三日間、ここでハンターとしての資質を問われるわけである。
そんなわけですが――
十五分後、ホタルはクリアしてしまいました。あはっ。
大活躍だね、【砂漠の無法者(アラビアンカーペット)】。所詮怪鳥ごとき、ホタルちゃんの敵じゃないんですよ!
絨毯に乗りながらエレベータのように下降。笑顔で手を振る私に突き刺さる皆の視線が痛かったけど、わざわざ苦労するなんて馬鹿のすること。多数決の道とかやってられないよ。だってあれレオリオのエロエロのせいで50時間も拘束されるんですぜ? ただ部屋の中でじっとしているなんて有り得ないっす。まあ仮にパソコンがあるとしたら不眠不休で余裕だけどね!
あとちなみに死亡フラグ立っていた一流ロッククライマー(笑)は下降途中に鳥の群れに襲われそうになっていたから助けてあげたけど、この絨毯は一人乗り。まだ二人を乗せるほどの重量には耐え切れないからね。早く上らないとまた襲われちゃうよーってアドバイスしてあげたら慌てて上っていった。試験のライバルを助けちゃったことになるけど、やっぱり人死にはあんまり見たくないし。多分これでよかったんだろう。
で、トリックタワー一階部分を【硬】によるパンチ連打で「オラオラオラオラッ!」とノリノリに叫びながら破壊して侵入。背中に背負ったバックから非常食パクつきながら72時間過ごしました。一番乗りやふー。
まあヒソカが6時間くらいして降りてきたときはちょっとちびったけど。わ、忘れていたよ。いや、マジで。そういえばこいつが本当は一番乗りするはずだったんだっけ。
ねっとりとした視姦のごとき粘着質な視線を向けるヒソカに耐えたのが、ぶっちゃけここまでの試験の中で一番試験らしい試験だったのかもしれない。恐ろしいまでの忍耐力がハンターには必要ということですね。ホタルには分かりません。どうしよう。私……汚されちゃったよ、コンちゃん。
と、冗談ではない冗談はさておき。
三日後、皆は予想通りに試験をクリアしていた。多数決の道は世界の修正力か原作四人とコンちゃん、エルリオ、カストロで七人なっていたらしい。まあそんなことはどうでもいいんだ。そんなことより「やったねみんな!」と笑顔で駆け寄った天使のごとき私が全員からゲンコツをくらったことのほうが問題なんだよ。何でさ!?
七つ分のタンコブに泣きながら今はもうゼビル島への出航を迎えた船の上。塔を攻略した私たちには予想通りにトサカくんのクジ箱が待っていたのだ。
島で行われるサバイバル。四次試験の狩るもの、狩られるものの戦いは船の中ですでに始まっている。
胸に収まっていたプレートを誰ともなく皆外し、周囲と視線を合わせない険悪なムード。いやーに煮詰まった空気が船の中には広がっている。
そんな私には不釣合いな空気の中で、私は潮風に舞う髪を押さえながら引いたクジを指で弾き回し考え中。遠くではウミネコが鳴いている。ニャーニャーニャー。ニャー、これは一体どうしたもんかニャー。
「ホタル」
「にゃーにー」
振り向かないままに答える私。短く呆れたため息を吐いてから、エルリオは「よいしょ」と爺くさい言葉を呟きながら誰の許可もなく私の隣に座った。おっかしいなー。そこはプレミアチケットが本来は必要なはずの場所なんだよー。
眼を動かせばゴンはキルアと仲良くお話。クラピカとレオリオ、コンちゃんにカストロは目を瞑ったまま静かに腰掛けてしんみりとしたご様子。わざわざ席を外していた私に話しかけてくるとは、やっぱりエルリオだね。空気を読めないことに定評があります。
「何だよ、まだ怒っているのかよ」
「怒ってないよー。別にー。私の頭はジンジンと未だ痛んでいますけどー」
肩を竦めそうなエルリオの顔にそっぽを向く。それにエルリオはエルリオらしからぬ大人染みた苦笑をして、それからポツリと言葉を漏らした。
「で、どうしたんだよ」
「何がー」
「いや、まさか本当にあれで怒ったわけじゃないんだろ。てか、怒ってないしな、今のホタル。何か躊躇っているっつーか、迷っているっていうか、そんな感じ」
髪を押さえて、振り向いた。にっこり微笑むエルリオ。あれ? 何か可笑しくない?
ふむ、と頷き一つ。四つん這いになって近づき、エルリオの顔をまじまじと見てみる――と、エルリオは「うおぅい!」と奇声をあげて顔を赤くしながら僅かに仰け反った。およ。いつものエルリオに戻った。戻ったけど、別にそんなに極端な反応しなくてもいいのに。
「な、何だよ!」
「いや、案外成長したんだなーって。背は伸びてないのに」
「背は関係ないだろが! まだ成長期なんだよ! これからグングン伸びる予定なの!」
「期待はね、裏切られることが前提なんだよ」
「お前は一体何を見たんだ!?」
あはは、と笑う私に、エルリオがむっすぅと顔を顰めてしまった。うん、それでこそエルリオだ。
押し黙った二人の間にウミネコが鳴く。ここでの沈黙は悪くなかった。
嗅ぎなれない潮の臭い。どこまで行ってもここは異郷の地。自分の故郷はやっぱりもう砂に埋め尽くされたあの場所なんだな、と幼馴染を隣に何となくそう思う。ノスタルジーなホタルでした。二年ぶりにちょっとホームシックかも。
ちらり、とエルリオを窺うとエルリオは慌ててこっちを振り向いた。何だろう、何か見ていた気がするけど、気のせいだろうか。
「な、何だよ。は、話したいことがあるなら、話せばいいじゃん。俺は、その、えーっと」
ちらり、とまた袖の中に隠した何かを見るエルリオ。口をパクパクした後になぜかコンちゃんのほうを睨む。コンちゃんは目を瞑ったままにやりと口を歪めていた。
しばらくあたふたとしていたエルリオだったが、意を決したのか。キリっと顔を整えて私の肩を突然掴んだ。思わずびっくり。ひゃうっと喉の奥で漏れる。
眼をぱちくりしながら肩を窄め、私はエルリオの目を覗いた。私と同じ、琥珀の瞳。
「お、おおお、俺は、そ、その、その」
「エル、リオ?」
船が揺れる。あれ? 何か視線が集まってません? 非常にデジャブなんですけど。
カチカチカチ、と歯を鳴らすエルリオは、一度コンちゃんたちの方を睨んだ後で私を見つめなおし、叫んだ。
「………いつだって、俺はお前の味方だし!」
潮風が吹いた。
心持寒かった気がする。
「くさい」
ごめん。これ本音。
エルリオは風となった。猛ダッシュでコンちゃんたちへとなだれ込む。
「うわああああああああああああああ! 嘘じゃねぇか! やっぱり嘘じゃねぇか! こんなセリフであいつを落とせるわけねぇんだよ! ド天然なんだぞ、ホタルは!」
「諦めるな! 諦めたらそこで試合終了なんだ! 熱くなれよ! もっと熱くなれよ! それに、俺はこのセリフで百八人の女を落としたんだぜ!」
「いや、コンドル。それはないだろう」
「今のはちょっと俺も引いたわ」
「妄想は妄想のままに留めておいたほうがいいよ、コンドルくん」
何か向こうが賑やかだ。さっきまでのしんみりした空気はどこへ?
笑いながら、私もコンちゃんたちに向って走る。何やら作戦会議らしきものを円になって開いていた五人に首を傾げながらも、私は決めた。うん、しんみり一人で悩むのは私のキャラじゃないよね!
「レオリオ!」
叫ぶ。「え?」となぜか五人の声が重なった。
「まさか」
とコンちゃんがカストロを振り返り。
「そこでレオリオ」
カストロがコンちゃんと顔を見合わせる。
「エ、エルリオの呼び間違いじゃねぇのか?」
妙にきょどったレオリオ。
「う、ううう、嘘だろ、ホタル!」
うるさいエルリオ。
「有り得ない」
なぜか冷静なクラピカ。
どうしたー、とゴンとキルアも一緒になってやって来た。思わず微笑む私。うん、こいつらはもう、皆ひっくるめて私の友達だ。友達なんだから、隠し事なんてナシ。ナッスィングなんだよ。
手に持ったプレートを見せ付ける。それに一瞬、皆が息を呑んだ。
「レオリオ。私のターゲット、レオリオだから」
にやっと私は笑った。呆然とする皆。だけど、レオリオだけはすぐに立ち直って私と同じように不敵に笑い返したんだ。
「取れるもんなら、取ってみやがれ」
「後で泣き言言っても知らんからね!」
がははは、と笑いあう私たち。コンちゃんがやれやれと手で顔を覆っていたけど、知らないよ! 姑息にこそこそ裏をかくのは私には不向きなんだ。ハンターって格好いいものなんだ、って私は思うからね。なら格好良くハンターにならなきゃ示しがつかないじゃん。
二次試験の変更。イレギュラーである私たちの参加。もうハンター試験は原作沿いに進んじゃいない。だけど、予定調和なんてつまらないよね。未来は分からないから楽しいんだ。
汽笛が鳴る。船はどうやら島に到着したらしい。
第四次試験参加者、24名。
ハンターライセンスを賭けたサバイバルが、今始まる!