諸君、いきなりだがここはHUNTER×HUNTERの世界である。
正直、私も砂漠の民――ルピタラ族という原作にない部族に生まれたせいで気付くのに遅れてしまった。稀に大人たちの間に飛び交うハンターという言葉に多少の反応は示していたものの、それだけでは確定するには不十分だったこともある。ハンターっていう言葉、結構どのマンガにも出てこない?
エルリオのおじさんの口癖ではないが、いやはや、世の中何が起こるかわかったものではない。まさかオリキャラ憑依とは。いや、オリキャラ転生なのかなこれは。
まあ、ここが幾多に広がるパラレルワールドの一つという仮説も無きにしも非ずなので、決め付けるのはやめておこうかなぁ。たとえここがHUNTER×HUNTERの世界でもどこかの異世界でも大した違いは………あった! アリさんたちが来たらかなりやばいよ! あれどうなるの!? まさか主人公たち殺されたりしないよね!?
がーんと白く煤けた六歳の夏。ちょっかいをかけてくるエルリオがうざいです。また呪いかけるよ? 背伸びなくしちゃうよ?
脅し文句にエルリオが逃げていきました。結構身長のこと気にしていたみたいです。
と、とりあえず対策を考えるまでの時間はある。お父様に聞いてみたら今はハンター暦で1992年。HUNTER×HUNTERの世界じゃないかも、などという甘い期待はどうやら低そうなので、もうHUNTER×HUNTERの世界ということを前提に生き抜こうと思います。そうなると原作開始までまだあと八年。とりあえず即死しない程度に体を鍛えながらこれからについて考えていけばいいだろう。
ちなみに私が「ここってHUNTER×HUNTERの世界じゃね?」と思った理由というのは、HUNTER×HUNTERの肝とも言うべき【念】という存在にある。【念】の存在を知った原因を説明するには私の部族であるルピタラ族について説明しなくていけないので、ここでちょっと記述しておこう。
ルピタラ族は褐色と琥珀色の瞳が特徴の、砂漠と三つのオアシスを繋ぐ貿易の民である。部族で渡り歩く砂漠で、大体百人程度の集団だ。ただこれが私たち部族の全てというわけでもなく、ほかにも何組かに分かれているようで、以前オアシスで他のルピタラ族に出会ったこともあったりなかったり。歴史の長い民族であるようで、私が着るこの服も砂漠の民と呼ぶに相応しい民族衣装なのだが、それは置いておくとしよう。重要なのは私たちが渡り歩くこの砂漠、魔獣や魔蟲がたびたび出没するということである。
それらに対抗するために、部族では非常に有効な武器である【念】を親から子へと継承しているのだそうだ。生存確率がただでさえ低い砂漠なので、生きる過程で誰かのご先祖様が発見し、それを皆に伝えたことでそれが伝統にでもなったのだろう。
五歳の頃に数少ない子供たちが集められ、部族の長であるゴルゾンというしわしわに枯れたお爺ちゃんがそのことについて教えてくれた。これこそ私がHUNTER×HUNTERの世界ヤッフー、と小躍りした―――もとい死亡フラグ満載の世界に産声あげちまったんじゃね?と一抹の不安を抱いた理由なのだが……。
この部族、教えてくれるのは【纏】と【絶】だけだった……orz。
【練】や【発】どころか水見式――というより念の系統そのものを知らなかったご様子。ルピタラ族の長い歴史の奥に埋もれてしまったのだろうか。ちょっとばかり残念である。【練】ぐらいなら無意識に使っている人もいるようなのだけど(まさに私のお父様とか)、応用技など当然知る良しもない。
原作知識を持っていてもさすがに独学で応用技を身につけられるほどの才に溢れたスペックは持ち合わせていなかった私は、このとき思わず唸ってしまったのだが、どうやらそう悪いことばかりでもなさそうだった。
というのもこの部族、神字発祥の民族らしい。
オーラで描く文様に様々な力を与える神字という不思議パワー。もともと砂漠を渡り歩くルピタラ族が神様に旅の安全を祈願する目的だったもので、それがオアシス経由でいつの間にかに外へと広がり、どこかの念能力者にその効能を見出されたらしい。系統さえも知らない部族のくせに、教えられる神字の数は結構な数があった。部族の伝統だろうと考えていたのだが、砂漠へと赴く前に皆がそれぞれ体に施していた文様が神字であるとは私、気付かなかった次第である。
刺青かと思っていたよ、あれ。いや、消えちゃうから不思議だなぁとは思っていたけど。
そんなちょっぴり不思議部族、ルピタラ。これが私の属する部族である。
で、考えたのだけど。神字をある程度覚えたら、私ちょっと外の世界に出てみようと思っているのだ。
やっぱりこっちの世界に来たんだから色々と観光したいわけ。ククルーマウンテンとか天空闘技場とか。オタクの血が騒いで疼いて仕方がない。それにほら、やっぱり原作キャラとも会ってみたいし。ちらりとね、窺うだけでいいの。関わるとアリさん討伐に向う羽目になりそうだし。危ないことはわかっている。だけどやっぱりミーハー入っている私としては会えるものなら会いたいのです。中の人に会える機会があったら山の中、水の中、スカートの中。駆け巡ったかつての私。うん、警察には捕まってないから大丈夫。
ただし、気にかかるのはお父様のこと。お母様を若い頃失くして男手一つで私を育ててくれた恩を忘れたわけじゃない。前の世界の両親にも恵まれていたけれど、この世界のお父様だってとっても優しい人なのだ。言葉遣いもろとも厳しくしつけられ、振る舞い少々矯正されたのは―――おっとここまで。お父様のギャランドゥと逞しい二の腕の思い出をこの砂漠の中で思い返すのは自殺行為だったね。
部族を離れる前に、お父様にだけには言っておこう。そんな決心をする私。うん、だけど絶対ここは離れます。ミーハー魂で親を捨てるのか、なんて非難が飛びそうだけど、生憎理由はそれだけじゃない。もちろん【念】の向上も理由の一つにはなるのだけど。
この部族さ、十三歳で結婚するんだよね………。
しかもこのルピタラ族、貞操観念がやけに低い。十三歳になったら床の授業まで始まるらしい。もちろん夫婦二人でさ。両親の前でギシアンとか、どんだけ羞恥プレイですか。正直冗談ではないのです。エルリオのこと嫌いじゃないけど、その、ね? 男女関係とか、前世が男だった私にはかなりきつい。まだ初潮も来てないからね。女としての自覚はあんまりない。
まあ可愛いけど。私可愛いけど。
大事なことなので二回言いました。
オアシスの湖で顔を見たらまさにとある蟲使いのアザミちゃんクリソツでした。砂色の編みこまれた髪。琥珀色の瞳。褐色の肌。東洋の神秘を詰め込んだその姿はまさに美少女を確約されたお姿である。超ラブい。男だったら黙っちゃいないね。
はい、やばぁいです。まだまだ洟垂れガキんちょのエルリオにほっとする。部族公認の仲だからさ。襲い掛かられたら拒絶は不可能なんだ。
だけどまだ七年の時間があるからもうちょっとだけここで神字の勉強をして、結婚前には飛び出よう。ごめんね、エルリオ。しばらく童貞で生きてくだしゃい。
で、そんなわけで今はオアシスで一息つきながら精神修行と神字の勉強中。お父様たち大人は、別のオアシスから買った品物や砂漠で狩った魔獣の爪や毛皮などを売るために今はいない。部族の中のお爺ちゃんやお婆ちゃんが子供を集めて宿屋で寺小屋状態なのである。
「心静かにね。空に踊る精霊の動きを感じるんだ。精霊はあなたたちのすぐ側にいるのよ」
お婆ちゃんが教えてくれる精孔の開き方。抽象的過ぎてわからないけど、私はもう大分開いているので問題ないと思っている。のだけど、お婆ちゃんからしたらまだまだもう少しだけ行けるらしい。そんな使い切ったマヨネーズからさらに捻り出すように言われてもさ。
「うん、いいね。ホタルはもう開ききったよ」
と思っていたらもう全部使い切ったらしい。優しく私の砂色の髪を撫でてくれる。節くれだったお婆ちゃんの手はひんやりとしていて気持ちが良かった。心の中もほんわりする。
「婆ちゃん! 俺は、俺は!?」
「エルリオはもう少し頑張ろうか。あとちゃんとヤギの乳は飲んでいるかい?」
「飲んでいるよ! お腹下すくらい飲んでいるよ!?」
エルリオはまだまだらしい。頑張れエルリオ。あと実は動物のお乳はあんまり成長に関係ないらしいから。無理してお代わりしないほうがいいよ。
私が纏を身につけられたのは三番目だった。子供十五人居る中で三番目。転生という特別な事情を踏まえると出来がいいのか悪いのか、ちょっと不明だ。まあ一年近くかかっているから主人公たちのような特別な才能はなさそうである。
「よしよし。じゃあホタル。こっちに来なさい。神字のお勉強を始めよう」
「はい、長老様」
「そんな畏まることはない。私のことは気軽におじいたまと言いなさい」
「はい、長老様」
見るからにショボーンとした顔をする長老ゴルゾン様。だけど気の毒に思えないのは言うまでもなし。悪いけど、無垢な子供に汚れた趣味を押し付けないで欲しい。
「まあいい。それじゃあ始めようか」
オーラを完全に解放できたせいか今日描いた神字はいつもより綺麗だった。長老様も褒めてくださり、頭を撫でてくださろうとしたのだけど、すかさずそれは避けておく。体育座りで「の」の字を書く長老様に萌えることは、しかしなかった。
で、実を言えば私、もう念能力に関しては二つほど考えている。私のメモリがどれだけ広いかはしらないが、まあこの二つは大丈夫だろうと思える代物だ。できればそれに何か追加でもう一つほど付け加えたいけどまだアイディアがないので保留中。神字の勉強しながらボチボチ考えるつもりである。
勉強を終えて皆がわいわい街中を遊びまわる中、私はこっそりお婆ちゃんの部屋へと入る。いつものようにご教授お願いしますと頭を下げるとやっぱり頭を撫でてくれた。安らぐわー。お婆ちゃん萌えー。
それを見て何だか寂しそうな顔をしていた長老様はもちろん無視。
これが完成するまでには大分時間が掛かりそうだけど、まだ八年あるのだ。何とか間に合うだろう。
某サンデー新連載とかぶるのは仕様