様子が可笑しいギタさんはそれっきりしばらく何かを考え込んだご様子で、私に手を出すことはなかった。首を傾げる私だけど、薮蛇はごめんだよ。見逃してくれるならそれでいいや。
そして第二次試験後半合格者40名。
十七組がこの試験に落ち、二十組が合格した模様。試験内容変更のためか、合格者の顔ぶれも原作と多少変わっている気がしないでもない。いや、漫画の一コマに載っている細部まで見渡していたわけじゃないから、ほとんど勘みたいなもんだけどさ。何となくね、何となく。
で、もちろん言うまでもないけど原作組は全員合格。新人とは思えないスペックの持ち主だからね、皆。さすがにこの程度の試験で落ちるわけもないか。
ただそれでも見てはならぬ汚物を見てしまった影響か、さしものゴンたちもじっと目を抑えているのが印象深かった。
「で、何でこっち見てんのさレオリオ」
「いや、ホタルは見た目だけはいいからな。目のクリーニングって奴だ」
その不躾までな視線を私にぶつけるレオリオ。視線下げんな、えっち。ていうか、最初のレディに対する紳士の振る舞いは一体どこに行ったんだよ。今や動物園のパンダ扱いだよ、私。
褒められているのか貶められているのかよくわからない発言と鼻の下伸び始めたその顔に、むすぅっと頬を膨らまし「えいや」の叫びでぶちゅっと目潰しを敢行。「ぎゃあーっ!」とバルス!をくらった眼鏡みたいなレオリオの反応にざまぁ。リアルな感触が指に返って来たことに一瞬びびったけど、まあこれも天罰って奴だよね。私の外見が超絶可愛いのは理解できるけど、内面はそれを軽く凌駕するいい子ちゃんだろー、私。訂正しろ、訂正。
あ、ちなみに不和を抱えていたコンちゃん、エルリオペアはというと、当然合格はしていた。二人だってスペックで言えば原作組に負けてはいないから順当だろう。コンちゃんは念能力者だしね。牛頭程度に負けるはずがない。
だけどさ、一つ疑問。
………いつの間に仲良くなったの?
二人で熱いタッグを交わしているのは、なぜですか絶望先生?
「コンドル! お前っていい奴だったんだな!」
「はは、よせやい。一途なその想いに応えてやるのが漢ってもんだろ? フォローは任せろ! これで俺も汚名が拭える!」
「コンドル!」
「エルリオ!」
と、ほどばしるパトスと共に腕を組む二人。
仲良くなるのはいいけど、何あれちょっとキモイ。
カストロの袖を引っ張って「どうしたのあの二人?」って若干引きながら聞いてみたら、カストロは遠い眼差しを空に向けてぽつり、と一言。
「血が降るな」
どこの惨劇だよ、それ。
会長の登場はなかったけど、今はぶらりぶらりと第三次試験会場を目指して飛行船の中。かいた汗(なぜか冷たい汗ばかりだったけど)をシャワーで流して飛行船の中をふらふらとお散歩している。コンちゃんとトランプでもして遊ぼうかと思っていたのに、コンちゃんはエルリオと作戦会議とか訳の分からないことを言ってどっか行ってしまったからさ。つまんないのー。折角ウノとかジェンガとかも持ってきたのになぁ。
仕方なしに周囲から向けられる視線を避けながら飛行船を巡回していると、窓に張り付いて夜景を楽しむガキんちょ二人をはっけーん。んー。暇だし私も混じらせてもらおう。
にしし、と笑いながら【絶】でそろりそろりと二人に近寄って、ぽん、と二人の肩を叩く。
「よ、何してんの?」
「あ、ホタル」
ゴンが屈託のない顔で振り返った。キルアも「ん?」とか囀りながらこちらを振り向く。
あれ? でも可笑しいな。驚いた様子があんまないぞ?
「反応薄くね? 気配殺して近寄ったのに、驚いてくんないとつまんにゃい」
「だって窓ガラスに映っていたし」
「怪しげな笑いを浮かべて近寄る変態が」
ふと視線を上げる。透けた窓ガラス越しに見えるその百万ドルの夜景は思わずはふぅと息を吐いてしまうような絶景の一言だった。心洗われる景色って言うのはこういうものを言うんだろう。頬に手を置きその景色に堪能しながら、私はゴンの隣におしとやかにそっと腰を下ろした。
「うわあー何て綺麗な世界なんだろうー。まるで宝石を散りばめたような景色だねー」
「こいつ誤魔化しやがった」
うっさいよ! 馬鹿、空気嫁よ! そこはスルーして驚くのが大人の対応なんだよ!
うぎぎぎ、と熱が溜まった顔でキルアを睨むと素っ気無く肩を竦められた。年下のくせに、何こいつ超むかつく。ギタさんの前で友達になりたいなー、とか言ったけどやっぱなし。前言撤回。何こいつ有り得ない。こんな捻くれたクソガキと友達になんてなれないね!
「でもホタルの気配途中から消えたよね。凄かったけど、あれどうやったの?」
「うん? ああ、それは企業秘密。でもゴンも似たようなことやっていたじゃん。ヒソカに一撃入れたとき」
キルアと違って素直なゴンににこやかに応える。ええ子やなぁ。この子とは友達になりたいよ。口調の端々に人を皮肉るようなモノを感じるキルアと違って純粋培養なんだろうね。ゴンの半分はピュアで出来ています。
「は? ゴン、ヒソカに一撃入れたのか!?」
「そうだよー。どっかの猫目ちゃんが我関せずだったときにゴンは大活躍だったもんね。すごいよねーゴンは。どっかの口だけの猫目ちゃんと違ってー」
驚くキルアに流し目。視線を逸らして、くすっ、と漏れる笑いを手で隠す。
それにキルアはかちんときたご様子だ。
「まあ確かに、気配殺す高等技術を使いながら素人もしないようなポカするアホとは違うな、ゴンは」
むか。
「いやいや、俺猫被っているんだぜ?とか人前で恥ずかしげもなく言えるお馬鹿ちゃんとは一線を画すよ、ゴンは」
いらっ。
「だなー。人前で臆面もなく泣き出す困ったちゃんとは存在の根本からして違うぜ、ゴンは」
はぁ? 何の話だよと首を傾げて―――ぼっ、と顔に火が灯った。
「は? え? な、何言っているの、こいつ。何言ってんのかさっぱりホタルちゃんには分からないけどゴン分かる? 分からないよね? ホントキルアって頭可笑しいんじゃないの? 良い病院教えてあげよっか。っておいこら何だよその笑いは!」
にたぁーと猫耳生やした苛めっ子の顔してるよ! うざい! うざい上に超むかつく!
「ごめんなさぁぁぁ―――」
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああ! な、何でお前聞いているんだよ! へ、変態! 盗む聞きは犯罪なんだよ! セ、セクハラ! セクハラだ! 止めろよもう! それ以上何かぬかしたら次に会うのは法廷だぞ!」
立ち上がって抗議する。何で聞こえてんだよ! 止めろよ! 人の恥をばらして喜ぶなんて最低だ! 最低!
「盗み聞きってなぁ。あんな大きい声で騒がれたら普通は聞こえるだろ。まあ悲鳴に混じっていたから聞き辛くはあったけど、なぁゴン。お前も聞こえたよな?」
きっ、と二人の視線を向けられて、ゴンは困ったように視線が宙に浮いた。そして何か思い当たった顔で眼下の景色を見下ろして、
「うわー何てすごい景色なんだろうー。まるで星を散りばめたような景色だねー」
「ごめん、死んでくる」
「嘘! 聞こえてない! 俺は全然聞こえてなかったよホタル!」
今分かったんだ。時に優しさは人を傷つけるって。
はーなーしーてー、と涙目に手をブンブン振り回す私にゴンは必死に腕を捕まえて離さない。「アイキャンフライ!」と騒ぐ私に、「ユーキャントフライ!」と応えるゴン。ゴン、意外にノリは良いらしい。
終始にたにた笑いを零すキルアに復讐を誓い、私は逃亡を試みた。
ホタル は にげだした!
全速力で駆け抜けた先、寝る前だったのだろうか、クラピカとレオリオは二人タオルケットに包まって壁に寄りかかっていた。
「どうしたんだ、ホタル。顔が赤いぞ。熱でもあるんじゃないか」
「な、な、なんでもない。なんでもないから」
息を乱しながら身を案じるクラピカに手を振る。クラピカは深く追求はせずに「そうか」と呟くとタオルケットを一枚渡してくれた。サンキュ、とお礼を言って二人の隣にタオルケットに包まりながら座る。
「私も仮眠取るよ。疲れた、色々と」
「それがいいな。まだ試験は3つか4つ続くらしいぜ」
気を抜くなって言われても休むときは休むに限るよな、と肩を竦めるレオリオ。ああ、トンパに言われたのか。私はこの飛行船の中で試験は起こらないって分かっているから気を抜けるんだけど、結構図太い神経しているね、二人とも。
目を閉じようかと思ったけど、走りつかれたせいかキルアの馬鹿のせいか、鼓動高まった心臓はなかなか鳴り止まない。はぁ、と落ち着けるように息を吐くと、こちらに視線を向けているクラピカに気付いた。何?と視線で問うと、いや、と首を振るクラピカ。
「ホタルに一つ聞きたいことがあるんだが………君はなぜ部族を離れたんだ?」
少数部族、というところに何か共感でもあるのだろうか。クラピカの眼差しは真摯だった。レオリオも興味を持ったのか半目でこちらを窺っている。
どうしよう。真面目に応えてもふざけた回答しかできない自分が恥ずかしい。
「え、えっと。クラピカってルピタラのことはどれくらい知っているの?」
恐る恐る聞いてみた。クラピカは浅識だが、と前置きを置いてから、
「砂漠に住む少数部族、オアシスと砂漠を繋ぐ勇猛果敢な民、と聞いている。彼らが扱う文字に奇妙な力が宿ることは多少耳にしたことはあるが、ホタルのような絨毯ほど異様なものは聞いたことはないな。あとは………そうだな。神に祈りを捧げる目的で儀式という名の下に部族で二人を囲んで性交渉を果たし、女性は十三で初の儀式を迎えることを――」
「ストップクラピカ! そこまで分かっているのならもう何も言わないで!」
思わず周囲を確認してしまう私。ぎょっとした様子のレオリオは私とクラピカを見比べている。止めて! そんな目で私を見ないで!と思わず体を抱く私。
「せ、性交渉? おいおい、そんなことが部族公認で行われてんのかよ!」
「それは偏見だ、レオリオ。部族の中には部族のしきたりというものがある。彼らにとってそれは聖なる儀式。達することは神の元へ近づく―――」
「おおっと! もうこんな時間じゃないか! そろそろ寝ないと時間がなくなるよ! ほら、仮眠、仮眠! 私の話はまた今度ね!」
クラピカの口にタオルケットを押し込んで強制終了。ふがふがと怒りだしたクラピカに目で黙らせた。理解があるのはいいけど常識を知れ! レオリオちょっと引いているじゃん! わ、私は違うよ! 私はそんな淫乱じゃないよ!
「………ホタル。すまねぇけど、ここで神の儀式をするのは――」
「しねぇよ! それ以上何か言ったらぶっとばすかんね! ほら、お前も寝ろ!」
レオリオの頭にタオルケットをばさっと被らせる。赤くなった顔も早まる心臓も落ち着く様子はなかった。
ちくしょう! ここでも踏んだり蹴ったりかよまったく!