原作でもクラピカが言っていたけど、元々魔獣というのは人語を話すことができる獣を総称しての呼び方らしい。それを判別するのは正規のライセンスを持つ幻獣ハンターの役割だけど、果たして「にょるん」という言語を人語と定めた幻獣ハンターの方々の判断の余地は一体どこから来たものなんだろうか。そんなことはもちろん明晰な頭脳の持ち主たる私には知る由もないところだけど………でも思い返してみれば、確かに私の心に深く深く傷を残したあの獣たちは辛うじて人語を理解している様子があったと思う。だからここで幻獣ハンターの方々に対して「大丈夫? 黄色い救急車呼ぶ?」と声をかけたくなるのは失礼に当たるのかもしれないね、うん。
だって、ほらさ、現に人語を解さない人間も今ここいるわけですし?
「カタカタカタカタカタカタ」
魔獣ギタラクル。そんな言葉が脳裏に浮かんでしまうよ………!
でも壊れた人形のようにその口から呟かれる怪奇言語は、もしかしたら二人の間の気まずーい空気を払拭してくれるように、なんてそんな優しい気遣いから生まれているのかもしれない。だから「マジパネェっす」と怯えてしまうのは人として間違っているし、理解に苦しむ奇形に変形して役作りに励むイルミさんにツッコミを入れるのも、暗黙の了解ならぬ暗黙の禁則事項なんだろう。
二次試験後半、二人組みに分かれた私たちはビスカの森に解き放たれたミノタウロスを求めて森の中を探索中だ。元来暗く湿った場所を好むミノタウロスは日当たり良好、風通し◎の場所ではその凶暴性(アソコのことも含めてらしいよ!)を増して危険度Aクラスらしい。
まあその引き篭もり体質なところに共感がないわけではないけどさ、あの顔がレベルアップしているとあってはおいそれと手出しできないよ。多分直死の魔眼(直視できない的な意味で)並みに危ないこと請け合いだ。
「ギタラクル……さん? どこら辺にいるか見当つきます?」
「カタカタカタカタカタカタ」
一欠けらの勇気を振り絞ってフレンドリィに聞いた返事がコレですよ。バウリンガル並みの精度で意訳すれば、にゃるほど、どうやら私に任せてくれるらしい。よぅし、じゃあホタルちゃん期待に沿えるよう頑張っちゃおうかな!
………いや、うん。お願いだから何も言わないで。
どうしよう。言葉っていうのは意思疎通のツールじゃなかったっけ? 鳴き声として機能する言語は生憎と習得していないホタルです。誰かカタカタリンガル持って来いよ。
ゴンは鳥語も把握していたからさ、もしかしたらギタラクル語も把握しているんじゃなかろうか。キルアのことがなかったら結構気が合いそうな二人だと思う。
「カタカタカタカタカタカタ」
すると突然、ギタラクルが私の肩に手を置いた。
思わず「ひゃっ!?」とどこから出たか分からぬ声を漏らして飛び上がる不肖私。び、びっくりするなぁ!と振り返ればギタラクルが別の手で指差すその方向数十メートル先に、鼻息荒い魔獣が荒れた様子で木々の合間を闊歩していた。
「あ、発見」
こく、と頷くギタラクル。砂漠の放浪生活で遠視に慣れた私の視力並みに良い目をお持ちのようで。
恐らく先ほどの発言も訳せば、すでに見つけているよばーか、ってな感じの意味だったのだろう。むっ、でもギタラクル、普通に話せるはずだよね? カタカタカタは万民共通言語じゃないんだからさ!
呆れ顔で内心ギタラクルをギタさん(愛と勇気を込めて)扱いしながら、とりあえずバックから絨毯を広げて臨戦態勢。よし、まだ標的はこちらに気付いてはいないようだからスパッと狩ってしまいますか。
ギタさんを見れば天地不動の構え――は取っていないけど、直立のまま動く気配もつもりもなさそうだった。うーん、こんな七面倒臭い狩りで自分の手を汚したくないってところなんだろうか。無償だし。ま、機嫌を損ねたら何をされるか分からないし、怖いし、気乗りしないけど、やっぱり私がやるしかないみたいだね。
【砂漠の無法者(アラビアンカーペット)】に乗り、浮遊、加速。
高速で木々をかわしながら飛行する私にミノタウロスは風切り音を聞いたのか、充血した眼差しをこちらに向けた。私を補足すると、鼓膜を破るがごとし叫びで牛頭が吼えるっ!
「によょぉぉぉぉるんるんっ!」
ツッコまねぇぞ!
そのまま獣特有の敏捷性で駆けて来る獲物。凶暴性を増したせいか依然と比べ物にならないほどガチガチなアソコは目に入れちゃいけない! 見たら潰れる! 大事な何かが!
多分このまま高速飛行から繰り出す刺突で倒すことも難しくないけど、やっぱり正面からは直視し難いものが色々とありすぎる!
それに………やっぱり視覚範囲外で何も気付かないままに摘まれれば、牛頭も痛くはないだろうし。前回の【砂中に潜む悪魔たち(サンドワームズ)】で狩ったときは可哀想だったからさ。ちょっとホタルちんも反省したんです。
オーラの消費を考えると勿体無いけど、これも非常時ゆえ!
ゆえに、瞬転。
十メートル圏内に入り、浮遊、加速―――消えて、再現。
ミノタウロスの背後へと瞬間移動。標的を見失った獲物は体を刹那固め、その隙に背後から首への一撃。
人体急所を的確に打ち抜かれたミノタウロスはぐるんと眼球を裏返し、そのまま崩れるように倒れた。
ふぅ、と【砂漠の無法者】から降り、丸めてロール。気は進まないけど、これで舌をカットして試験もクリアだ。呆気なかったけどこれで―――。
「やっぱり念能力者か」
あれ? ギタさん? 首が痛いですよ?
声は、背後から。
奇声に耳が慣れてしまったからか、その実にスマートな声が一体誰のものか理解するのに思わず数秒悩んでしまった。ふと目だけずらした自分の首元にはちくり、と刺さりそうな針が一本。
残心、って言葉があるじゃん? 何かやり終えた後に残った心? みたいな、そんな感じの言葉だった気がするけど。まあ多分うまくいったからって油断すんなよ、って意味じゃないかと勝手に思っている。詳しく知りたい人は広辞苑でも捲ってちょうだい。過去の一度も使ったことがないけど私。
で、牛頭狩って油断してしまったそんな私はどうやら残心が足りなかったらしい。うーん、でも可笑しいなぁ。何で努力賞貰える働きをした私が今ギタさんに脅されてんの!?
「な、何すんのさ! 折角ハントしてあげたのに! 酷いよ虐めだ!」
「うん、それについてはお礼を言っておくよ。どうもありがとう」
「え? いやいや、どういたしまして」
突拍子のない行動だけど、頭を下げられちゃ、こちらも頭を下げなくちゃいけないよね。日本人の礼儀を重んじる習慣は今も心と体に染み付いていますよ。いやいや暗殺一家と思えぬほど礼儀正しいギタさんだ。うん、でもね。針を構えたまま動かないでお願いだから! 刺さる、刺さるぅ!?
「でもそれとこれとは別。君さ、キルに何の用?」
「へ? いや、何の用と言われましても。キルってキルアのことだよね?」
べ、別にそんな仲良くした覚えはないよ? 自己紹介を含めキルアと試験中に交わした言葉なんて数えるのも馬鹿らしい程度しかない。漫画を知っているからってキルアの何を分かったもんでもないし。
実際にこの世界で知っている人に出会っても、それが紙とインクの媒体でできたモノと、肉と骨でできた人間とじゃまるっきり違うってことがメンチ師匠たちと触れ合って分かったから。生きた人間と、キャラクターは違う。ここでは彼等はキャラクターじゃない。私と同じ人間なんだ。カストロなんてもはや原作の原型もないしね!
ギタさんの顔は見えない。だからどんな表情をしているのかも分からない。だけどきっと、その感情も含まない機械のような声と同じ顔をしているんだろうなぁって思った。
「キルはまだ子供だからね。自分の価値を知らないんだ。馬鹿みたいな奴らに近寄られても困る。ゾルディック家にはそれだけのネームバリューがあるらしいし。で、ホタル………って言ったかな? 君がキルにつけこむ理由は? 念能力者が、偶然キルと知り合った、なんて回答は求めてないよ」
そ、そういうことか。
さすがブラコンで名高いイルミさん。でも、まあそれは当たり前の理由ではある。自己の存在を隠蔽すらしないゾルディック家の三男が念能力を覚えていない。ならそれにつけこむ輩も少なくはないだろう。本物の実力者なら、いくら強いとはいえ生身のキルアを捕らえることも難しくはないに違いない。
分かる。肉親を心配する、その気持ちは。私だって、お父様が大事だよ。エルリオが大切だよ。杞憂であっても心配せずにはいられないよね。
だけど、
同時に腹が立つんだ。
「………キルアが、ゾルディック家ってことは知っていたよ」
「うん」
「でも、でもさ」
針が怖い?
怖いよ、だって尖っているもん。怖いけど、むかついた。
だから振り向いて、きっ、とギタさんを睨む。そんな俗な人間に見られたことがむかついた。弱味をつけこむ人間だなんて思われたことが傷ついた。
ゾルディック家? 興味はあるよ。観光はしたいですよ。だけど、虎穴にはいらずんば虎子を得ず、なんてそんなことはするつもりないですもん。だって殺されそうで怖いしさ。殺し屋なんて多分、私とは本当に縁遠い人たちだろうし。
それに何より大事な一点。
おっぱい成分があそこには足りないんだよ!
しかも妹属性もねぇじゃん! ちくしょう、何でカルトが男なんだよ! 騙された! マジで絵柄に騙された!
だから命を懸けて悪意をなすつもりなんて毛頭ない。人妻は……でも包帯だらけだしなぁ。女の子が足りないんだよ、全体的に。それに、お金は一杯あるしね私は。使い切れないほどのお金を得てどうすんの? ゾルディック家を倒して得る名誉もお金も興味ないない。ハーレム作れるなら考えるけどね!
まあそんなわけで、見当違いに命を狙われるなんて腹が立つったらありゃしない。
だから力一杯叫んで悪態ついて、
「そんな下心なんてないやい! ばーか!」
逃げます全速で! 瞬転!
【砂漠の無法者】に乗る必要はない。私の体に接触していれば【砂漠の無法者】の能力は発揮する。瞬間移動限界十メートルまで飛んだ。油断はしない、残心です。
「別にゾルディック家をどうこうしようなんて思ってないよ! 興味もないよ! そりゃあ、キルアとは友達になれたらいいなぐらいには思っているけど、それだけだ!」
友達百人できたらいいなって感じだよ! 別に前世で友達が居なかったから一杯友達欲しいなぁとか思っている訳じゃないから! な、ないんだから!
過去の傷に触れたせいか思わず涙ぐむ私。ギタさんが喪失した私の首元に針を構えた格好のまま停止して、ゆっくり後方へと移動した私の方へと首を向けた。
「そんな言葉、信じられるわけがない。だけど、見くびっていたみたいだ。逃げられると思ってなかった。よし、オレも本気を出すよ」
そんな言葉を吐いて、ギタさんがその顔から針を抜く。にゅる、とかそんな擬音。で、ぼこぼこと変形する顔立ち。
ふー、と気の抜けた声で、ギタさんはイルミさんに変わってしまった。スマートな声と同じスマートな顔立ち。そして抜かれた針が手に二十針。特に構える様子もないその体勢の中、オーラだけが禍々しく伸びていく。
「理由は後で吐いてもらう。ここでホタルが死んだらオレも失格だしね。とりあえず楔でも打ち込ませてもらうかな」
キルアの頭に打ち込まれた、あれか。行動を制限する楔。念能力。イルミは肉体と精神に作用する二つの針――【念】を持っている。操作系だ。操作系か。いいなぁ。私が操作系だったらギアス創るよ。ホタルちゃんが命ずる!おっぱいを揉ませろ!って感じで。
針が飛んできた。泣きながら避けた。
ば、馬鹿なこと考えてもいられないとは。さすがに針を打ち込まれるのは嫌だよ。自分の意思を捻じ曲げられるのもそうだけど、痛そうじゃん。注射嫌いですっ!
「何もするつもりない、ってどうしたら信じてくれるの?」
とりあえず交渉。
「針を打って自白させたら」
決裂しました。
「心と体に傷を負わせないで! 他に、他に方法は!?」
「うーん、じゃあキルにもう金輪際近づかないで。それでいいよ」
「えー。だって友達になりたいしー」
関わるつもりはなかったけど、エルリオのおかげで知り合えたし。折角だしね。悪意を為すつもりはないけどさー。まあ、あんまり嫌な奴だったら願い下げだけど、話した印象で実際捻くれクールでそこまで嫌な奴でもなかったし。漫画とそう変わらなかったね、それは。
「キルに友達はいらないよ。そう作られたから」
「でもギタさん、ヒソカと友達だよね」
「オレはいいんだよ。それにヒソカとはビジネスライクなところもあるし」
あとギタさんって?と首を傾げられた。つい口に出てしまったけど、まあいっか。それよりなんて自己中心的なギタさんだろう。自分はいいけど、相手は駄目、なんて束縛激しい恋人じゃないんだし。
「そんなことじゃあキルアに嫌われちゃうよ、ギタさん」
あ、固まった。
「家族は嫌われないんだよ」
何その暴論。
「キルアってそろそろ反抗期じゃない。束縛されると反発するでしょ。だから兄貴なんて乱暴な呼び方されるんだよ」
「違うよ。あれは親しみが込められているんだ。ていうか何でホタルが知っているの」
「でもキルア弟だからなぁ、妹だったらお兄ちゃんって呼ばれたいけどさー。お兄ちゃん、お兄たん、おにぃ。あー、でも兄貴はないな。うん」
あ、そういえば私も故郷では妹分がいたなぁ。
ギタさん忘れて思い出す故郷。
お姉ちゃんお姉ちゃん言って砂漠の中背中をついてきたロリっ子が居たんですよ、あそこでは。お兄ちゃんって呼ばせようと教育したけど直らなかったなぁ。懐かしい。今頃あの子も何しているんだろう。元気かなぁ。私が居なくなって泣いちゃったかなぁ。お父様のこともあるし、二年間空けちゃったし、そろそろ里帰りも考えてみようかなぁ。
そんなことを考えていると、ギタさんが無言でこちらを見ていた。禍々しくこちらを威圧していたオーラがいつの間にかそのナリを収めている。はて?
「………お兄ちゃん」
おい、どうしたんだギタさん。