【砂漠の無法者(アラビアンカーペット)】で加速、加速、加速っ。
はやる心臓は早鐘のように鼓動する。冷たい汗が背中を濡らしていた。渇いていく口の中。ああ、何で私はこんな大事なことを忘れていたんだろう。ヒソカのことを、甘く見ていたんだろうか。ハンター試験に、コンちゃんと仲直りできたことに、浮かれていたんだろうか。
自己嫌悪が止まらない。
エルリオ。私の幼馴染で、私の最初のお友達。
お願いだから、無事でいて!
霧が髪を濡らし、視界を阻む。それでも少しずつ晴れていく霧のなか、数時間にも思える数秒で、しかし私は到達した。草茂る地面には、ヒソカに殺された亡骸が数多く横たわっている。砂漠の中、死に直面したことは一度や二度じゃない。でも、やっぱり慣れるものじゃないよ。
「ホタル!?」
「エルリオ!」
腕を押さえるレオリオ。武器を構えて佇むクラピカ。分かっていたけど、無事であることに息を吐く。あと知らないモブキャラは………超どうでもいい。
その中で額を切ったのか、垂れてくる血を抑えて驚愕に目を見開くエルリオへと飛んだ。
「馬鹿! 何でお前戻って―――」
「良かったエルリオ!」
絨毯から飛び降り、エルリオに抱きついた。
………良かった! 本当に無事でよかった。【纏】を覚えている以上死ぬことはないと思っていたけど、怖かったよ。そんな理屈で自分を安心させようとするくらい、怖かった。エルリオが死んじゃうんじゃないかって思って怖かったよ!
ぎゅっと抱きつく私に手をあたふたさせながら、エルリオが赤い顔で叫んだ。
「むっ、むね―――いや何でもない! お、おおお、俺がやられるわけないだろ! ば、ばばば、馬鹿だなホタルは! やれやれだ! まったくやれやれだ!」
「大丈夫!? 怪我は………!? よく見せて」
一瞬耳に入った単語はこの際不問にしてあげる。
急いでエルリオに顔を寄せ、傷を見た。額から血が絶え間なく流れているが、きっとギリギリで避けたのだろう。額の皮一枚を綺麗にトランプが裂いただけのようだった。良かった。命に関わる怪我じゃない。エルリオの額から突如盛大に噴出し始めた血はきっと今だけの話だろう。
安心したのか、体にどっと疲れが押し寄せてくる。【砂漠の無法者】に加速を込めすぎた分、オーラの消耗も激しかった。エルリオに寄りかかるように、こてん、と額をエルリオの胸に預けて嘆息する。
「心配………させないでよ、ばか」
「カメラはどこだ! 畜生、ドッキリだろ!? 分かってんだよ!」
もしかして頭も打ったんだろうか? エルリオの言動がおぼつかない。
「エルリオ! ラブコメってんじゃねぇぞ! 状況を考えろ!」
「エルリオ! それは罠だ! 早まるな!」
レオリオとクラピカが叫ぶ。言っていることはよくわからないが、そうだ。エルリオの無事は確認できても、まだ危機が去ったわけじゃない。
「くくく♦」
エルリオとレオリオに怪我をさせ、この惨状を生み出したピエロは愉快そうに目を細めながらトランプを鮮やかな手つきで切っていた。向き直り身構える私を上から下まで視線を往復させるヒソカ。舐めるようなその目つきのままに、ぺろり、と舌なめずり一つ。
「食べ頃………かな❤」
「お断りします!」
全力で!
私まだ14歳! 不純異性行為は学校で禁止されていますから!
「冗談だよ♣ 熟れるまでは手は出さないさ♠ ふふ、ふふふふ❤」
ふふふふふ、と鳥肌が立つような笑みを向けながら、ヒソカがトランプを一枚抜き取る。翳されたカードはハートのクイーン。
「でもね、そんなに警戒されると◆」
むくり、むくむく。
「興奮しちゃうじゃないか❤」
かっきーん☆
いやああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーっ!!
な、何か勃っています! 隊長、BIN☆BINですっ! ズボンを突き上げているよ! 何だか懐かしいです! でもおかしい! 昔見たエルリオの奴はもっと可愛かったのにっ!
「この変態野郎!」
エルリオが激昂しながらヒソカに飛び掛った。それにあわあわしていた私の思考もたちまち戻る。馬鹿、駄目だよ! あの状態のヒソカに近寄ったら………!
慌てて駆け寄る私。案の定、振り下ろされたエルリオの拳は目にも留まらぬ早さで避けられ、ヒソカはエルリオの背中越しに回り込んだ。
そしてそっと、手は腰に翳される。
「君も、美味しそうだ♠」
エルリオが掘られる!?
ピンク色の空気充満中につき、私の足は動けない! ざっ、と振り返り視線をレオリオとクラピカに向ける。モブキャラはとうの昔に逃げたようだ………って、そんなことはどうでもいいんだよ!
「助けてレオリオ、クラピカ! エルリオのお尻が大変なことになっちゃうよ!?」
「私は、今ほど自分の無力を呪ったことはない………」
「すまねぇ、エルリオ。情けねぇ俺を許してくれ………」
視線は敢え無く逸らされた。うん、気持ちはわからんでもない! 今のヒソカに感じる脅威は命じゃなくて貞操だもん!
「ちょ、見てないで助けろよ!」
そういえば昔、エルリオにアッーになる呪いをかけたなぁと指と指の隙間からちょっとだけドキドキしながら覗き見していると――――ヒソカのこめかみに何かが直撃した。
まるで気配を感じなかった一撃。目を見開くヒソカ。さしものヒソカも驚きを隠せないようだ。私だって、気付かなかった攻撃の先。
「ゴン!?」
【絶】!? 気配を打ち消す四大行の術を、まさか念を知らないゴンが完璧に使えるなんて………。いや、でもゴンは天空闘技場でも確か教えられていない【絶】を使えていた。ここでそれを使っていたとしても不思議じゃない。
「へぇ◆」
釣竿の攻撃に口元を歪ませ、ヒソカがゴンのほうへと歩き出す。それをレオリオとクラピカの二人がそれぞれ構えて遮った。私は急いでエルリオへと走って駆け寄る。
「エルリオ………お尻は大丈夫?」
「見てただろ!? 俺はまださらっさらに綺麗です! って、何でちょっと残念そうなんだよ!」
し、失礼な! 残念がってなんかないよ! わ、私は腐るつもりはないんだからね! ヒソカ×エルリオとか考えてないんだから!
しっかり弁明はしておく。しかしそんな馬鹿なことを言い合っているうちに、不敵な笑いを浮かべたヒソカがゴンへともう間近に迫っていた。今度はゴンの貞操の危機!?
私とエルリオも急いでゴンとヒソカの間に割り行るが、しかし額から流れてくる汗は止まる気配が無い。それは私だけではないようで、レオリオも、クラピカも、エルリオも、唇を噛む中で足を一歩、後ずさらせた。
圧倒的実力差。それを肌身で感じているというのも、もちろんある。でもそれ以上に、真の恐怖の片鱗というものを今私たちは目のあたりにしていた。
あいつ、アソコおっ勃てたままで歩いてきやがる………!
ゴンだけが純粋無垢に警戒しているが、私たちの視線はヒソカのアソコに釘付けだ。萎えることのないその逸物! 正気の沙汰じゃねぇ………。
「エルリオを人身御供に差し出せば………」
「ホタル!? お前俺を助けに来たんだよな!?」
だ、だってさすがにあれはちょっと………。もし私が戦って負けたら、陵辱系の展開になってしまいそうで怖いよ! そんな空気纏ってんだよあいつ! らめぇな叫びをここで上げろとおっしゃるか! 野外露出プレイはもう部族の中で散々見て飽き飽きしてんだよ!
空前絶後のピンチの中、「シグレたんシグレたんシグレたん……うっ、………ふぅ」とかつてVIPルームの部屋の中で木霊させていた声とまるで同じな声音が、どこからともなく聞こえてきた。
「そこまでだ、ヒソカ」
え? 誰これ?
霧の中、颯爽と登場する二人。コンちゃん、来てくれたんだ! と嬉しく思う気持ち以上に、カストロが可笑しい。超可笑しい。
何がどう可笑しいって、カストロがなぜか格好良く登場しているところがすでに可笑しい。そ、そんなのカストロのキャラじゃないじゃん!
「君か♣ 一体何の用だい?」
「彼らは私の大事な友人の、大切な人たちだ。もし傷つけると言うなら………容赦はしないぞ」
胆を込め、息を吐き出し構えるカストロ。カストロのオーラはそよ風となり大気を揺るがした。それにヒソカは楽しそうに笑う。
そうか分かった! 偽者だな!
迂回しながらカストロの隣に居たコンちゃんの袖を引く。ねぇねぇどこで入れ替わったの?と口に出しかけた私の頭に、大きなコンちゃんの手が置かれた。
ぐしゃぐしゃ、と掻き乱される砂色の髪に「わっ、わっ」と思わず声が上げる。
な、何すんのさ! 乙女の髪はお触り禁止なんだよ!
コンちゃんに注意すべくじろっと目に威嚇を込めて見上げると、コンちゃんは安心したように肩を下ろして、ため息を吐いていた。
「心配させるな、ばか」
とくん。
「え、あ、ご、ごめんなさい………」
「ホタルウウウウウウウゥゥゥゥゥゥ! だ、誰そいつ!? 何、お前の何なの!?」
エルリオがうるさい。ちょっと黙って欲しい。
隣で騒がしいエルリオは置いておいて、火花散る対峙をするカストロとヒソカ。口元を押さえ喉の奥で噛み殺したような笑いを零したヒソカは、こちらが拍子抜けするほど呆気なく私たちに背を向けた。
「止めておこう◆ 君と戦うにしても、相応しい場所で殺りたいからね❤」
いいハンターになるよ、君達♠
そんな言葉を残し、ヒソカは去っていった。ヒソカのポケットから鳴り響く携帯が沈黙の中余韻を残す。
一人を除き、誰も喋らない空間。かくん、と折れそうな膝に何とか活を入れる。
「助かった、の?」
体から力が抜けた。見合す視線にも警戒以上に危機が過ぎ去ったことへの安心が見て取れる。
「なぁ、おい! 聞いているんだろ!? 聞いているよな!? 無視、無視なのか!? ホタル、ホタルってば! こいつ誰なんだよ!」
何だか一人、見当違いに煩い奴もいるけどね。
マジでエルリオKYだし。