第287期ハンター試験、始まるよー!
というわけでやってきましたよ定食屋。お船の中の嵐とかドキドキ二択クイズとかその辺りは当然すっぽかしです。
お腹が鳴りそうな香ばしい香り漂う中で注文は「ステーキ定食」、合言葉はもちろん「弱火でじっくり」。コンちゃんが「俺はヴェリーウェルダンで……」とか言いそうだったのをミゾに肘うちで何とか黙らせました。ちょっと黙ってコンちゃん。今いいところ。折角の原作沿いの感動に茶々入れちゃ駄目だよ?
悶絶するコンちゃんを引き摺りながら案内されたのは部屋を模したエレベータ。じゅうじゅう音を立てるステーキが美味しそうだね。でもこれってタダで食べていいのかなぁ。何百人いる受験生に全部奢っていたら金額も馬鹿にならないと思うんだけど。
「俺はやっぱりさっとこんがり焼けているほうが好きなんだがなぁ」
「ほら、コンちゃん。ここのつまみで調整できるからそんなにしょげないでよ」
ステーキはウェルダンで美味しく頂きました。
ちん、とエレベータが到着して出ると居るわ居るわ、人の群れ。凄いなぁ。漫画で見ていた光景をこうして肉眼で見るのってやっぱり感動ものだね。ニュータイプのお豆ちゃんフェイスから番号札を貰って見てみたら、その数は300番ジャストでした。コンちゃんは301番。ルート端折って来たんだけど、観光していたら遅くなっちゃったみたい。ゴンたちの405番――いや、私たちが参入したから407番か。それが確か最後だったはずだからもう少し時間は掛かりそうだ。
きょろきょろとコンちゃんと一緒に端の方に寄って周囲を見渡す。誰か知っている人――この場合は原作登場キャラクターだけど――いるかなー、と思って見ていたんだけど、結構簡単に見つけられた。銀髪の少年とハゲ頭。キルアとハンゾーだね。遠目だけどさすがにオーラがそこらの凡夫とは違うよ。あとはえーっと………あっ、近寄ってきた。
「よう。君達ハンター試験は初めてかい?」
毎度お馴染みトンパさんだ。
生トンパだよ! コンちゃん見て見て! と袖を引っ張りたくてうずうずするけど、何とか我慢だ、がーまーんっ。だってコンちゃんは知らないもんね。でも、くそうぅ、この感動を分かち合いたいのにぃ。うぐぅー、誰か私の右腕をとめろおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!
「そっちのお嬢ちゃんは……その、大丈夫なのか?」
「いや、いつものことだから気にしないでくれ」
ちょっぴり傷ついた。
そうしてトンパと出会って数分かな? 気のいいおじさんの「顔」で親しく語りかけてくるそのトンパの話術に、おばあちゃん家を狙う訪問販売もびっくりなほど、コン仲良くなってしまっている。コンちゃん実は強化系なんじゃないかと疑うことはままあったけどさ。これは酷い。単純にもほどがあるんじゃないかい? ハンター試験舐めているでしょ、コンちゃん。
そんな私のじと目も気付かず、コンちゃんはやはりお馴染みトンパジュースを貰っている。私もいつの間にかに押し付けられていた。「さあ、ぐいっと景気よく飲みな」ってトンパは言っているけど、改めて考えると怪しさ爆発にも程があるよね。普通飲まないよ。ライバルだらけの会場だよ? それに確かに手は込んでいるみたいだけど………こんな単純なパッケージが市販なわけないもん。
「おう、ありがたくいただくぜ。あ、ところでこれ何味?」
だから味はここでは関係ないと思うんだ、コンちゃん。
「ミックスフルーツだ」
それはまあ色んなものがミックスされているだろうけど。
「ミックスかぁ。ミックスって正直微妙な味だよなぁ」と貰い物に文句を言いながら蓋を開けるコンちゃん。もういっそここで痛い目を見たほうがいいんじゃないかなぁ、と思いつつもコンちゃんが持つジュースを手刀で叩き落とそうとしたとき、聞き覚えのある滑らかな声が聞こえてきた。
「それは飲まないほうが良いよ、コンドルくん」
はっ、と息を呑み、私とコンちゃんは驚愕のままに声の主へと顔を向ける。
そこにあった、絹糸のような長髪が揺らぐ。ふっ、と涼やかな笑みを向けるその中性的な顔立ちに反し、不動と言うべきそのオーラはまさに百戦錬磨の一言。
この声を、この顔を、このオーラを……私たちが、忘れるはずがない。二年前、苦楽を共に歩んだあの道を、彼のその理想に引かれて駆け上ったステージを、忘れるはずがないよ!
「隊長!」
「隊長!」
シグレたんファンクラブ隊長―――カストロ。
なぜ彼がここにいるのか。そんな疑問は後回しにコンちゃんと私は笑顔で駆け寄った。手を広げる彼の元へ。もちろんそれは―――
「露と消えろおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「唸れマグナムううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
―――二年前その友情に泥を塗った背徳の業に制裁を加えるためだ!
「だが断る!」
「なん……だと?」
しかし私たちの攻撃を予見していたのか、カストロはその両手で私たちの拳を防ぎきった。さすがだ、隊長。原作でヒソカと善戦したことはあるよ。
……でもね、私たちもだてに二年間も修行していたわけじゃないんだよ?
両手が塞がったカストロに、余った左手でコンちゃんとフィニッシュッ!
顔に二人の拳がめり込み、カストロはきりもみしながら飛んで行った。もしかしたらカストロって馬鹿なんじゃないだろうかと思ったのは、乙女の秘密。
(鼻)血に濡れながらカストロが顔だけを何とか起き上がらせ、ふっ、と子の成長を喜ぶ母のように目を細めて笑った。二枚目の片鱗はない。
「………やるな、君達。成長したじゃないか」
「悲しみをバネに、俺たちは強くなったんだ」
「もう昔の私たちだと思わないほうがいいよ」
今なら一対一でも負ける気がしないね! シグレたんを寝取られた恨み今ここで晴らしてやんよ!
口元の血を拭いながら生まれたての子鹿のように立ち上がるカストロに、ざっと構えてみせる私たち。しかしそんな私たちにも、カストロはただ疲れたように息を吐くだけだった。
「いや、止めよう。もう戦いは不毛なんだ………」
ふと遠い眼差しを此方に向けるカストロ。かつて「シグレたんはぁはぁ」と覇気に満ち溢れていたその姿は見るも無残なものとなっている。その眼差しは、まるで失ったものを探るような、そんな眼差しで。
「振られたんだね……」
「振られたのか……」
「君達のせいだからね! 何であんな写真送るかなぁ!?」
どうやら私たちの作戦は見事成功を収めていたらしい。
コンちゃんと二人顔を見合わせる。にやり。
「カストロ。ほら、元気出して。昔は一緒に鍋を囲んだ仲じゃない」
「難関らしいからな。お互い不和を抱いたままじゃ辛かろう? 協力してこの試験を乗り越えようじゃねぇか」
「何て……いい笑顔だ………!」
臍を噛むような顔で項垂れるカストロ。まぁまぁ、過去のことはもう水に流そうよ。私たちはいつでもオープン、ウェルカムだからさ。
「ところでよ、何でこのジュースを飲んじゃいけねぇんだ? あれ? つーか、トンパさんは?」
カストロを殴ったせいでぶちまけたジュースを袖で拭きながら、きょろきょろと周囲を見渡すコンちゃん。やれやれ、まだそんなこと言っているの?
「もう行っちゃったよ。作戦失敗しちゃったからじゃない?」
「作戦?」
「その飲み物には何かが混入していたらしいな。先ほど親切にも……とは言いたくないが。教えてくれる人物がいてね」
口を開けて驚くコンちゃんは置いておいて、親切な人? そんな人ここにいるのか? と首を傾げていたところでカストロの視線は苦々しくある場所へと逸らされる。その視線の跡を追っていくと………
「❤」
………おっかないピエロがいた。
私たちの視線に気付いてチャシャ猫のように目を細めながらにこやかに手を振るヒソカ。ひぃ、と思わず仰け反る私。しかし、なぜカストロは嫌そうな顔をしているのに手を振り返しているのだろう。私にはちょっと分からない。
友達なの? ねぇ友達なの!?
「受けた屈辱には血をもって贖ってもらうが、受けた恩には礼をもって返さなくてはいけない。それが武道家というものなんだ」
カストロは堪えるように言う。でもそれ格好良く言っているけどさ、敗北の屈辱よりも下剤入りジュースのほうが重いってことだよね?
微妙な顔でカストロを眺める私。コンちゃんは「都会ってこええぇ!」とか叫んでいるけど私もカストロもツッコミは放棄した。人が良いって美点だしね。別に馬鹿とイコールで繋がるわけじゃないもんね。
ちなみに原作で登場しなかったカストロがなぜこのハンター試験に受けているのか。気になったもんだから聞いてみたんだけど、カストロは黙して語らず、であった。でもきっとあれだよ、まだシグレたんを取り戻せるとか幻想抱いているんだろうね。どうせハンター試験に受かったことをステータスに、シグレたんにもう一度迫ろうとか考えているのだろう。汚い大人。
「もう君は終わった男なんだよ」と肩を叩いて親切に現実というものを教えてあげたらカストロは血の涙を湛えながら感謝していた。「君が女でなかったら………!」とか呟きながら拳を震わせているけど。
……え? それって、もしかして?
カストロ、シグレたんに振られたからって男色には走ったってこと?
そそっとコンちゃんとカストロの間に体を割り込ませておく。身を挺してコンちゃんを守る健気な私なのに、鈍感コンちゃんは首を傾げてアホを見る目で私を指差しながらカストロに視線で問う。カストロは煤けた顔で肩を竦め、コンちゃんはそれで何を分かったのかやれやれと頷いていた。
目と目で、通じ合っている………!?
そ、そんな、そんなの!
「コ、コンちゃんは、コンちゃんは、ロリコンに走っても男には走らないんだよ! カストロ、誘惑しないでよ!」
周囲100メートルから人が消えた。
コンちゃんが怒った。怒りながら泣いていた。
「もう頼むから俺を貶めるのは止めてくれえぇぇぇ!」って涙を飛ばしながら走り去っていったよ。カストロも怒っていた気がするけど、まあカストロだし、どうでもいいや。カストロはヒソカとラブラブしていればいいんだよ。
でもコンちゃんがこっちを見てくれないのは……ちょっとだけだけど、悲しい。近寄っても逃げられるんだ。「コンちゃん、コンちゃん」って呼んで背中を追っても、ずんずん進んで振り返ってくれない。う、ううぅ。
でも泣きません。ホタルは強い子ですから。
ぐしぐし、と目を擦りながら体育座り。折角楽しみにしていたハンター試験なのに、楽しさ半減だ。そういえば、部族を離れてからずっとコンちゃんと一緒だったもんね。二年かぁ。結構長いこと一緒だったんだなぁと感慨深く感じながら、ちらり、とコンちゃんを見ると視線が合った。でもやっぱり、ぷいって視線を逸らされる。ふ、ふううぅぅ。
うるうる、と視界が揺らぐ中で、ちん、とお間抜けな機械音が響いた。
あ、誰か来た。さっきから結構多く人が来ていたけど、そろそろ時間……。
ゴンたちかなぁ。原作では一番最後だったはずだからきっとそうなんだろう。でも、原作キャラに会える興奮も今はあんまりないよ。それよりコンちゃんと仲直りする方法考えないと。どうしたらいいかなぁ。おっぱい写真集で仲直りできないかなぁ。
はふぅ、とため息を吐いているとエレベータの扉が静かに開く。
そこからツンツン頭の少年と、女性と見間違うような中性的な少年と、サングラスをかけたスーツ姿の青年が現れてくる。ゴンとクラピカとレオリオだ。原作どおりに周囲の圧力に押されているようだけど………ん? あれ?
すっ、と背の高いレオリオの後ろ。私の視界から隠れていたのか、もう一人、少年がその姿を現した。
褐色の肌。琥珀の瞳。白色の砂を濾した髪の色は短く刈り込まれている。
見慣れた民族衣装。少年の原作キャラ三人と一緒にくまなく見渡していたその視線が、不意に止まった。
繋がる視線。私と少年。
「………エル、リオ?」