「ね、ね、どう? サイズ、ちゃんと合ってた? 着心地悪くない?」
勢い込んで尋ねてくる顔に多少怯みつつ、「悪くない」と答える。
俺の答えに満足したリズは、「良かったー!」と安堵の笑みを浮かべた。
「……しかし、よく作ったな、こんなの」
自分の姿を改めて見下ろしながら言うと、リズは「おとーさんの服とか、よく繕ってたから」と答えた。
いや、これはそんなレベルじゃないと思うんだが。
俺の服は、火炎放射器で半分近く焼け焦げて炭となってしまった。
その代わりにリズが作ったのが、革やらチェーンやらベルトやら棘付きプロテクターがふんだんに散りばめられた服……というか鎧というか、形容しがたい衣装だった。
原材料は、俺達が始末したレイダーの死体から剥いだ変態アーマ-の数々である。
昨晩、俺の容態が落ち着いた後に、見張りついでにレイダーの服を剥いでチマチマ作っていたらしい。
「しかしこれは……」
こんな衣装を着てると、体格のせいもあって余計に怖く見えるな、俺。
肩から無意味に突き出ているスパイクが、周囲を無駄に威嚇しているように感じる。
それもその筈だ。この衣装がどういうものか、俺は知ってる。
「かっこいいでしょ!?」
再度キラキラした目で聞いてきたリズに、俺は微妙に上半身を倒しながら、ゆるゆると頷いた。
「へへへー、好きなコミックのライバルキャラなんだよー」
グロッグナック・ザ・バーバリアンの#28にヴィランとして登場して、#32で再登場した時からグロッグナックと共闘や決闘を繰り返す黒騎士スカルポカリプスの衣装だよなコレ。
さすがにオリジナル通りに髑髏の仮面までは無かったが、あんまりにも特徴的な肩パットとかのシルエットのお陰で速攻で分かった。
「そ、そうか……」
めっちゃ分かる。
分かるが、最初会った時に名前の件をすっとぼけているので、今更知ってるとか言えない。
なんか、特殊な趣味の人になったみたいでスゲェ恥ずかしい。
恥ずかしいのだが、元ネタ知ってるヤツにさえ遭遇しなければこんなトゲだらけの衣装でも装備としてギリギリ納得できるレベルなのが、ウェイストランドの怖いところだ。
実際、俺以外のスーパーミュータント共なんかローマ時代の兵士みたいな鎧着てるし。
だいたい、今までほとんど上半身裸だったのだ。むしろ服を着てる方がマシだろう。
そこまで思って、ふと思う。
「しかし、よくサイズ分かったな」
首回りとか腕の太さとかは分かるとして、胴回りから股下まで、きっちりサイズが合っている。
「……えへへー」
俺の質問に、何故かリズは頬に手を当てると、顔を赤らめてニコニコしながら逃げていった。
ごそごそと手足を動かしてみる。やはり、ぴったりだ。
……むぅ。
008:「あんたは奴等の仲間じゃないのか!?」 翌朝すぐに、レイダーの根城だった廃墟を捜索して持っていけるモノは全て持ち出した。
しかし、結果は散々だった。
あいつらの手持ち以外では、弾が少しと、食料がわずかにあるだけだった。
計画性の無い略奪しかしないレイダーの貯蓄など、たかが知れているとは思っていたが、予想以上に酷い。
集めた武器は、アサルトライフルが2丁に10mmサブマシンガンが2丁、10mmピストルに、火炎放射器。
銃の整備状態はよほど悪かったらしい。
リズは顔をしかめるとすぐに分解して、それぞれ整備用の部品の束に変えてしまった。アサルトライフルは一丁残したが、精度が悪いので使いたくないらしい。
どうも、この手の自動小銃の類はリズとは相性が悪いようだ。
火炎放射器はノズルのハンドルを俺の手でも握れるので俺の武器にできないことは無かったのだが、整備状態が良くない上に、燃料もあまりなかった。
ザックに詰めておいたが、もともと使い勝手のいい武器じゃないのでそうそう使うことは無いだろう。
リズは、32口径の弾が見付からなかったのをずいぶんと悔しがっていた。
当分の間はハンティングライフルと10mmピストルでやっていくつもりらしい。
正直、俺の治療に手持ちの医療品を全部使ってしまったことを考えると、大赤字だ。
なんとか、高架道路の集落で銃のパーツやいらんものを売り払う必要がある。
そういえば、この廃墟、かつてはホテルだったらしい。
『ケイリンホテル』というネームプレートが、爆発物の仕掛けられた郵便受けに貼り付けてあった。
もっとも、今はそいつも爆発で微塵に砕け散ってしまった。
この廃墟の名前を調べる手段は永遠に失われたワケだ。
軽く朝飯を済ませてから、俺達は名前も住む人間も失くした廃墟を捨てて、目的地に向かった。
◆
バラモンという動物は、ウェイストランドでは非常にメジャーな家畜だ。
こいつは、大戦の前に生息していた『牛』にそっくりの動物だ。
違うことといったら、頭が二つある事と、皮膚が焼け爛れたように赤黒く変色していること、それに腹が歩くと引きずるぐらいに肥大化しているといったところだろう。
この大戦後の地獄を生きる人間にとって、バラモンは非常に利用価値の高い家畜で、乳から出るミルクには放射能汚染を緩和する働きがあり、糞は危険な核バッテリーを別としてはもっとも有効な燃料として扱われる。
また、力が強いために運搬のために荷車を引かせたり、昨日のキャラバンみたいに大量の荷物を運ぶ商人が荷物運びのためにバラモンを使うことが多い。
さらに、その肉は非常に栄養価が高く、皮は防弾性の高い服などを作成する素材として重宝する。
なによりもその気質がいい。
かつて家畜だったころの記憶でも引き継いでるのか、この世界に生きる動物にしては血に飢えておらず、こっちから仕掛けない限りはそうそう襲ってこないし、放射能混じりの少ない飼料で懐いてくれる。
あらゆる点で人間にとって最良の友であるこのバラモンは、大きな人間の集落であれば、必ずと言っていいほどその姿を見かける。
当然、高架道路を中心とした集落でも、防衛の利便性を捨ててでも道路の下に小さな牧場を作って、見張り小屋を置いて沢山のバラモンを柵の中で飼っていた。
「……飼ってたんだが、なぁ」
俺は、牧場の跡を見ながら重い息を吐いた。
「うー、かわいそう……」
惨状を見下ろしながらリズが、虐められた子犬のような声で言った。
その視線の先には、銃弾で頭部を砕かれて横倒しに倒れた、人間の最良の友の姿があった。
牧場に、一面にバラモンの死体が無造作に転がっていた。全滅だ。全部殺されている。
すでに殺されてから結構な時間がたっているんだろう。バラモンの肉はすでに腐敗を始めていて、その死体を加工して利用することすらできそうもない。
二つある頭の片方を潰されて一方だけが残ったバラモンの頭が、濁った目を天に向けたまま凍りついたように動かなくなっている。
腐敗して、崩れ落ちるまで、ずっとそのままだ。
「たぶん、レイダーの襲撃を受けたんだろうな」
レイダーの連中は、家畜を飼って面倒を見るようなことはしない。
連中なら、バラモンの価値も分からずに面白半分にズドン、で終わりだろう。
「飼ってた人は?」
見張りの家は入り口に乱暴に板を張られ、封鎖されている。
荒されてはいないようだが、人が住んでいるような気配はなかった。
「逃げたんだろう。たぶん」
引きずり出されて連れ去られたのかもしれないが、それなら死んでるのは間違いないだろう。
あのホテルの死体の中にあった傭兵が、そうなのかもしれない。
「ね、もしかして、集落って……」
言いながら、リズが高架道路の上を見上げる。
トタン板や合板を組み合わせて作った掘っ立て小屋が乱立しているのが見えた。
ここからではそこに人の姿があるかまでは見えない。
「全滅してるかもな。……リズ、少し距離をとって付いて行くから、気を付けろ」
高架道路にはところどころ、壊れた車が山積みになっているポイントがある。
隠れながら後を付ける事は可能のはずだ。
「……うん」
緊張した顔で、リズは頷いた。
◆
高架道路に集落を作るという発想は、悪くないアイデアだ。
途中で道が崩れ落ちた高架道路は、地面に接した片側の道からしか侵入できない袋小路になっている。
逃げ道は無いが、逆に言うと一箇所しかない侵入経路を守ればいいということだ。
集落の入り口には、タイヤや土嚢、破壊された車のパーツなどが積み上げられてバリケートになっている。
その奥で、神経質そうに身を屈めて辺りをうかがっている、老齢の男の姿が見えた。
「……これ以上は無理か」
さすがに、一本道で隠れ続けるのは無理がある。
「だいじょーぶ! 見てて!」
ウインクを一つしてリズはバリケートへと向かった。
俺は前半分がへし折れたバスの錆びた車体に身を潜めて、その背中を見送った。
「大丈夫だろうな……」
なにかあったらすぐに飛び出すつもりで身を屈め、顔半分だけでバリケートに視線を送る。
リズの姿に気付いた老齢の男が、半身を起こして目をぎらつかせる。
集落の守りを担っているんだろう。見張りの人間独特の、敵意を探し出そうと貪欲に相手を探る視線だ。
「こんにちはー!」
リズが、能天気に腕を上げてパタパタと男に振る。
利き腕だ。
なんつー危機感の無い…………
リズが無防備に足を踏み出す。
その瞬間、リズの目の前の地面でコンクリートが弾け、激しい炸裂音が上がった。
「ク……」
クソ野郎、と、罵りながら俺が瓦礫から駆け出す。
それよりも早く、10mmピストルの銃声と火線が俺の目に届いた。
男が被っていた帽子が、ゴーグルごと吹き飛んで、道路上を転がる。
俺は男が額を撃ち抜かれて死んだと思った。たぶん、本人もきっとそう思っただろう。
「今の、なに?」
よく通る澄んだ声が聞こえた。
いつの間にかその手の中に10mmピストルを構えて、リズが男に狙いを定めている。
棒立ちになっていた男が、慌てて背中のアサルトライフルに手を掛ける。
すかさずもう一度銃声。
アサルトライフルを背中に繋いでいた紐が切れる。
同時に銃身を撃ち抜かれたアサルトライフルは、硬い鉄の音を立てて男の後方の道路に落ちた。
狙ったのかどうかは知らないが、見事に男の帽子とゴーグルの側だ。
「今の、なに?」
もう一度、澄んだ声が男を問いただす。
「ま……待て! 待ってくれ! あ、ああ、あんたは奴等の仲間じゃないのか!?」
男が必死に叫ぶ。完全にビビッている声だ。
「今のはあんたがファミリーの連中の一味だと思ってやったんだ! 違ったのなら謝る! だから、頼むから銃口を下げてくれっ!!」
両手を上げて、男は必死に声を張り上げて命乞いをする。
こちらからは見えないが、きっとその表情は真っ青になっているに違いない。
リズから男まで、距離は20メートル以上だ。
普通、ウェイストランドでこの距離での精密射撃なんて不可能だ。
その理由は、ウェイストランドで使われている銃のほとんどが、大戦前に作られて、パーツの老朽化による劣化を重ねながら無理矢理使っている品だからである。
例え射撃手の腕が一流でも、銃の整備状態が悪ければ弾は逸れるのだ。
一流の整備技術と銃の腕が揃っているからこそ、こんな馬鹿げた芸当ができる。
あの老齢の門番は、20メートル先から心臓を掴まれているような気分を味わっていることだろう。
とはいえ。
「あ、そーなんだー」
男の言葉に納得したリズは、あっさりと銃を持つ手を下ろした。
てくてくとバリケートの方に近付いていく。
まだ両手を上げたままの男は、半ば呆然としながら、目の前までやってきたリズを見下ろしていた。
リズと老齢の門番の会話はさすがに聞こえないが、妙な誤解は解けたらしい。
そのままなにやら話し込み始めた人間二人から視線を逸らして、俺は高架道路の下に視線を落とした。
後は、リズがうまくやるだろう。
しかし、『ファミリー』ね。
そんな連中の噂話なんて、俺は聞いたことも無いんだが。
軽く欠伸を一つして、俺は壊れたバスの座席に深く腰を下ろした。
<つづく!!>