「レッスン3。落ちてるモノで、持ち主がないヤツはなんでも持っていけ。もちろん、死んでるヤツから取るのもOK。むしろ義務みたいなもんだと思え」
「らじゃー!……えっと、弾ー、ヘアピンー」
元気に返事すると、転がったレイダーの死体を物色するリズ。
ウェイストランドでは日常的な光景である。
どうでもいいが、モヒカンのレイダーのポケットから出てきたヘアピンはいったいなんなのだろうか。
モヒカンのセットに使うのか? いや、ぜんぜん繋がらないが……謎だ。
「あと……えーと、にくー」
黒い肉の塊を手に、リズが困った顔でこちらを見る。
「ああ、犬の肉だな。不味いが喰えるぞ」
犬だけは、放射能の影響もなんのそので、元気に昔のままの姿で荒野を徘徊している。
旅人を食い殺すのが難点だが、きっとヤツらも飢えた旅人に食われる前に自衛手段に出てるんだろう。
「師匠ー。 服も持っていくのー?」
漁り尽くしたレイダーの死体を前に、リズが聞いてくる。
「おぅ、貰えるもんは持っていけ」
俺には無理だが、この手の物資は数少ない人間の集落では取引に使えるだろう。
人間の手首の飾られた服をそのまま着るヤツはいないだろうが、布地やら革やらは、バラせば生活雑貨の一部にもなる。耐弾性能もそこそこはあるので、集めて継ぎ接ぎすれば頑丈な防具にもなるしな。
みるみる少女の手で服を脱がされていくレイダーの死体。
その手に1ミリの躊躇いも容赦も慈悲もないところが、なんかこの娘に漠然とした不安を感じる。
「師匠ー! パンツも持っていくのー?」
最後の一枚に手をかけながら、リズが振り返って聞いてきた。
「……それは残しておいてやれ」
レイダーも、フリチンのまま屍を晒すのは嫌だろう。
それぐらいの慈悲は、ウェイストランドにもあるのだ。
003:「とりあえず、よろしくな」 背だけは高いが、屋根にも壁にも大穴だらけの、今にも崩れ落ちてしまいそうな廃屋。
藁が積もっている側には、燃料を失くして永久に動かないバイクが横たわり、今にも腐り落ちそうな軋みを上げる階段の途中には、空のドラム缶が横たわっている。
俺が休むのに使っているのは二階で、小さな机と椅子が一組あり、机の上には使い道の良く分からない無線機が置いてある。
最初入った時には椅子には白骨死体が座っていたが、今は片付けてある。
それが、今の俺の棲家だった。
ベッドの一つもないのが欠点だが、階段を登ってくる野生の獣はほとんどいないし、レイダーが侵入しても、ワイヤーで引っ掛けたドラム缶が敵の進入を知らせてくれる。
敵にビクビクしないで寝ていられるってだけで十分すぎる場所だ。
「まぁ、適当に座ってな」
「はーい」
二階に案内して椅子を勧めると、リズは素直に座った。
無線機を興味深そうに見ているのを見届けてから、部屋の隅に放り出したガラクタの山を漁る。
この一ヶ月、ウェイストランドを逃げ回って集めたガラクタの山だ。
「ほら、これでも食え。美味いぞ」
ふと目に付いた廃墟から拾ってきた箱入りお菓子、ファンシーレディケーキを渡してやる。
「わお、お菓子! 外の世界にもあるんだ!」
「作ってはいないがな」
賞味期限とかどうなってるのか謎だが、不思議とこの手の菓子は今でも美味く食べられる。
女の子だけに甘いものは好きなんだろう。リズは目を輝かせると、箱の中から包装されたお菓子を取り出して、ネズミよろしくカリカリ食べ始めた。
ああ、食べる姿がとっても小動物チックで和むなぁ。
あ。
「……えーと、レッスン4だ」
「ふぁい?」
顔を上げたリズが食べかけのケーキをごくんと飲み込むのを待ってから、話を続ける。
「この世界の水や食べ物は99パーセントが放射能で汚染されてるので、食べ過ぎに注意だ。あんまり食ってると、被爆して体がだるくなって最後にはたぶん死ぬ」
ぷふー!とリズが吹いた。すまん、気持ちは分かる。
「え、ええ、それじゃ、ゴハンとか、食べちゃダメなの?」
困った顔で食べかけのお菓子を見下ろすリズを、手の平を向けて制する。
「まぁ、落ち着け。ちゃんと解決方法もある。このRADアウェイというステキな魔法の薬を飲めば、放射能の汚染を除去できる。身体がダルくなったらコレを飲むようにすれば問題無しだ」
ガラクタの中から、集めたクスリの束を渡してやる。
たった2、3しかないが、しばらくは持つだろう。
「全部やる。大事に使えよ」
そう言うと、リズが目をまん丸に開いた。
「え! いいの!?」
遠慮しそうな様子だったので、俺は慌てて理由を説明した。
「俺が使うと、逆に身体がダルくなるんだよ。たぶん大量に飲んだら死ぬ。その代わり、食べ物を飲んでも水を飲んでも全然平気なわけで……あー、つまり、分かるな?」
なんとなく明確な表現が言いづらくなって、ついつい回りくどい表現を使ってしまう。
まぁ、さんざん、俺の種族の悪評を聞いてまわったんだから仕方が無い。
Vaultから出たばかりのこの娘がそんなこと知る筈もないと分かっていても、口に出すのは嫌なのだ。
「きたえてるから?」
しかし、やたら察しの悪いこの娘には全然伝わらなかった。
「いや違うから。どんなに鍛えても放射能は平気にならないから」
鍛えれば放射能も平気とかどんな人だよ。
どんだけ世間知らずなんだこの娘は。
俺は観念して重い口を開く。
「俺が、スーパーミュータントだからだ。スーパーミュータントは、放射能の影響を受けない」
むしろ、その放射能がスーパーミュータントを作り出す原因の一つなのだ。
そこまでは、DJのスリードック氏の流すラジオでも流されていない情報だが。
「ふえーー、すごいすごーい!」
しかし、俺の言葉に対して、リズは目を輝かせて感動の意を示した。
なんとなくは予想していたが、微妙に脱力する。
俺は、スーパーミュータントをスーパーマンの親戚と勘違いしそうになってる純真な少女を手で制した。
「……レッスン5だ」
ここを勘違いしたままじゃ、ウェイストランドじゃ命取りになる。
俺は、身を屈めてリズと視線を合わせると、ゆっくりと一言一句を言い聞かせた。
「スーパーミュータントは、このウェイストランドでも、特にクソ中のクソだ。見付けたら即座に撃ち殺すか、絶対に逃げろ。連中は、人間をさらって、殺すか化け物に変える、最悪の化け物だ」
最後に「人間全ての敵だ」と、繰り返す。
リズは、真面目な顔でしばらく黙ったあと、こくりと頷いた。
だが、その後に一言、続ける。
「でも、師匠は良い人だよ?」
その顔には、疑いの色はない。
「……ありがとな」
俺は手の平をリズの頭に乗せて、軽く撫でてやった。
リズはくすぐったそうに目を細めると、照れたように「えへへー」と笑っていた。
◆
一時間ほどが過ぎた頃には、俺が溜め込んだガラクタの山はすっかり片付いていた。
俺にとって使い物にならない32口径や10mmピストル、ハンティングライフルなど、それにその弾丸は全てリズに進呈した。
さっきのアホみたいに正確な銃の腕を考えれば当然の選択だろう。
ハンティングライフルの一つは、さっそくリズの手で全て分解されて修理パーツに化けていたが。なんだその超絶分解修理技術。
この娘、実はガンマニアなのかもしれない。
できれば、服についてもなにか代わりのものを渡したかったんだが、そちらは俺がそもそも集めていなかったのでどうしようもなかった。デカすぎてズボンぐらいしか着れないんだから当たり前だが。
さっき拾ったレイダー服なんか論外だ。キチガイ装飾の人間の手首を外すにしても、子供に着せるには露出が激しすぎる。
本人は気にしてなかったが、俺が大いに気にするので禁止だ。
そんなわけで、リズの格好は相変わらずナンバーの大きく書かれたVaultのスーツのままである。
お子様っぽくてアレだが、まぁ、集落に入るのに警戒される危険はないだろう。
「さて、と。それじゃ、暗くなる前に出るか」
使えそうなものは全てザックに詰め込んだ。そいつを背負って立ち上がる。
「はーい!」
見事に整備されたハンティングライフルを手にして、リズが答える。
こちらはほとんど荷物は背負っていない。
どうせ非力で大量の荷物を持ち運べないならと、俺がほとんどの荷物を持つことになったからである。
つまりは、そういう事だ。
「目指すはメガトン。そこで、リズの親父さんの行方を捜す……ってことで、いいんだな?」
メガトンというのは、この近くにある大規模な人間の集落だ。
鉄の壁に周囲を囲まれた強固な要塞で、唯一の入り口には機械仕掛けで開閉する鉄の門があり、ガードロボットがその前を守り、手の届かない高所にある見張り台からは狙撃手が常に目を光らせている。
この辺りにある集落では一番安全そうな場所なんじゃないだろうか?
時々、住み着こうとして断られた難民が、入り口辺りでアリの餌になってるのも目にするから、あくまでその安全は、中で住むことを許された人間だけのものなんだろうが。
一度、俺も近付いたことがある。
その時は、顔を見せた途端にロボットのレーザーと狙撃手の.308口径が雨のように降り注いできた。
「うん! 大きな街なら、お父さんのこと知ってる人、いるかもしれないし!」
期待に目を輝かせているリズを見てると、まぁ、いきなり撃たれることはないだろうという気がしてくる。
とりあえず、街に入るぐらいなら大丈夫だろう。
まぁ、リズが中で情報集めをしている間、俺は入り口で待っているつもりだが。
ついでに俺の持ってるガラクタを食料やら俺が使えそうな武器やらに変えてもらう約束である。
「それじゃ、出発だ。……どれくらいの旅になるかは分からないが……とりあえず、よろしくな」
「うん! よろしくね!!」
二度目の握手は、リズが両手で俺の腕を掴んだせいか、俺の岩盤みたいに厚い皮膚越しにも、手の平のぬくもりが伝わってきた。
軽く握り返してやりながら、俺は自分の口元が緩むのを必死に堪えていた。
俺はさっきのこの娘の言葉で、いかなる集団にも属することの出来ない寂しさってヤツを思い出すことができたのだ。
人間に、人間として扱われるのは嬉しい。
単純なことだが、俺は長い時間でその感覚が麻痺して、いつの間にか自分が人間じゃないのが、人間に敵として見られることが普通であるかのような錯覚を覚えていた。
しかし、やはり俺はどうしようもなく人間なのだ。
人間の中で暮らしたい。それが贅沢でも、せめて人間らしく生きたい。
なんだかんだ言っても、この時点で、俺はこの少女に最後まで付き合うのを決めていたのだ。
────もっとも、メガトンで探し人の父親がひょっこりと現れる、なんて可能性も少しは考えてはいたのだが。
<つづく!>