こんな荒れ果てた世界で、めげずにニュースやら生き残るための知恵やらの情報を電波に乗せて流している、スリードッグとか言うDJは、この地のことを、ウェイストランドと呼んだ。
不毛の土地、廃墟、荒れ地。まさに、名前の通りの場所だ。
この一月、俺は安息の地を求めてあちこちを彷徨ったが、ろくな場所がなかった。
人の集落に近付けば、スナイパーの狙撃の格好の的にされる。
住宅跡地には地雷が一面に仕掛けられ、さりとて荒野では野犬や巨大化したネズミに襲われる。
大きな建築物にはモヒカンの殺人集団が住みつき、たまにいる商人は出会い頭に撃ってくる。
放射能の蔓延する川辺には殺人蟹人間が住み、ビル街に近付くと、重武装した人間とスーパーミュータントが24時間休みなしでドンパチしてるという寸法だ。
特に厳しいのは、俺にとってはこういう連中の全てが敵で、両手を上げて話しかけても、100パーセント銃弾の雨が返ってくるだけということだった。
人の集落に近付くことはおろか、まともに会話することすら出来ない。
おかげでこの一ヶ月間、俺は、調理もされていないネズミと犬の肉しか食っていない。
それでもVaultに居たころに喰わされていた肉よりはマシだが。
002:「このキャピタル・ウェイストランドは」 驚いたことに、少女はVaultから出てきたばかりなのだという。
なんでも、そのVaultでは外界に出ることを禁じていて、父親がその禁を破ったので、自分も追われるようにしてVaultから脱走してきたのだとか。
どうやら俺の知っている唯一のVaultと違って、この少女の住んでいたVaultはシェルターとして正常に機能していたらしい。
そうでもなければ、このクソのような世界で出会い頭に銃を捨てて挨拶をするなんてウルトラCはありえない。そんなヤツは、三日と生き残れないからだ。
この一ヶ月、この世界、このキャピタル・ウェイストランドを旅した間にはついぞ見たことのなかったようなママゴトじみた少女とのやり取り。
特にその可愛らしい笑顔に、俺はかなり複雑な気分になった。
どう考えても、こんな素直な娘がこの国で長生きできる訳がない。
たぶん、ほっといたら一日ももたないだろう。
「……なぁ。良かったら、その……なんだ、色々と教えてやりたいんだが、どうだ?」
恐る恐る聞いたのは、この娘に怖がられるんじゃないかと思ったからだ。
この一ヶ月、さんざん銃の的にされてきて、初めて遭遇したまともに会話できる相手だ。嫌われたくはない。
「はい! 師匠と呼ばせてください!!」
うわ、警戒心が無さ過ぎる。
そこまであっさりした了承されると、逆に心配になる。。
「……いや、もう少し、こう、考えろ」
俺が手をもぞもぞ動かしながらそう言うと、少女はにっこり笑って答えた。
「でも、師匠は良い人ですよね?」
いかん、もう師匠にされてしまった。
なんともくすぐったい視線に動揺する俺。落ち着け俺、高鳴るな胸の鼓動!
とはいえ、岩を彫って作ったような俺の顔から、内心の動揺が分かるはずも無い。
少女の方は信頼100パーセントの眼差しで握手を求めてきた。
「わたしの名前は、エリザベスです! よろしくお願いします!!」
おっかなびっくり握手に応える。
ぶっちゃけ手のサイズが一回りぐらい違うので、ほとんど手を添えるだけの握手だ。
しかし、名前を聞いてから、改めて少女を見下ろしてみると、なんとも違和感がある。
「エリザベス……か。……あ、いや、良い名前だな」
あらためて少女を見下ろす。
まぁ、ガキと言うほどお子様でもないが、背が低くて小柄な体躯は、とても女っぽさを感じるものじゃない。
確かに可愛らしい顔立ちではあるんだが、男を手玉に取るにはあと5年ほど待つ必要はあるだろう。
とはいえ、エリザベス当人は褒められたのが単純に嬉しいのか笑顔で手を叩いてきた。
「ありがとうございますっ! あ、でも、友達にはリズって呼ばれてるから、そう呼んで下さいっ!」
なんか急に子供っぽい響きになった。
まぁ、そっちの方がイメージに合うのは確かだが。
「……ああ、リズ。これからよろしくな、俺の名前は……」
そこまで言いかけてから、俺は自分に名前というものが無いことに唐突に気付いた。
二秒ほど考えて、頭に浮かんだ名前をそのまま口に出した。
「……グロッグナック、だ」
良い名前じゃないか。
コミックのヒーローのような活躍ができるとは思わないが、せめてその志は引き継いでやろう。
核爆弾が全てを焼き払った今、もうあのコミックを知っているヤツなどいないのだから。
「わ! 私の好きなマンガの主人公と同じ名前ですっ!」
とか思ってたら、即座に元ネタがバレた件。
とりあえず、名前が同じなのは偶然ってことで、俺の名前はグロッグナックで通した。
今更、「俺もそのマンガ好きなんだよ!」とか言えないしな!
◆
今のところ、俺は定住できる棲家を持っていない。
ここ最近は小高い丘の上にある家畜小屋の残骸を住居にしていた。
そこに向かいながら、リズを相手にさっそく講釈を始めていた。
「まず、レッスン1。このキャピタル・ウェイストランドは確かに放射能がアホほど蔓延してるが、人類は昔からそれほど変わってない。お前さんと同じよーな姿で、ちゃんと言葉も通じる」
「おー」
「……まぁ、お前さんみたいにピカピカしてないが」
リズの頭に手を置いて、少しだけ蜂蜜色の髪を撫でてみる。
指で梳くと、水のように指をすり抜けるような、綺麗な髪の毛だ。
育ったVaultはさぞかし清潔だったんだろう。ウェイストランドじゃこうはいかない。
「えへへー」
嬉しそうにニコニコ微笑んでいる顔を見て、俺は慌てて手を引っ込めた。
いかんいかんと咳払いをして話を続ける。
「レッスン2.で、その人類だが、主に2種類の人間がいる。理由も無く殺しにくるヤツと、理由が無ければ特に殺そうとして来ないヤツだ。前者は会ったら躊躇わずにすぐに撃て。後者は撃つな、だが油断は禁物だぞ」
ぶっちゃけ、俺にとっては全部前者みたいなもんなのだが。
まぁ、この娘にとってはまた違うはずだ。
「師匠、しつもーん! それは、どうやって見分ければいいんでしょうかっ?」
大きく挙手してリズが聞いてくる。
まっとうな質問だ、
だが、ウェイストランドを三日も歩けば聞くまでも無い質問でもある。
「銃口を向けてくるヤツ、武器を構えて近付いてくるヤツ、そーいうのは全部敵だ。即撃て。さもなきゃ瓦礫を盾にして逃げろ」
ちなみに俺は後者をメインに生き延びてきた。
指がデカ過ぎてなかなか使える銃がないんだから仕方が無い。撃っても下手だしな。
「らじゃー!」
リズは、へたくそな敬礼のポーズで了解の意を示した。
そうやってもガキっぽく見えるその姿に、思わず苦笑を浮かべる。
なにか声をかけようとして、口を開いた。
その瞬間。
俺は、リズの背後、数メートルの距離に殺した人間の手首を装飾した奇怪な衣装を着た、モヒカン頭の男が姿を現すのを見た。。
ハンティングライフルをこちらに向け構えながら、岩陰から身を乗り出して。
嫌なニヤニヤ笑いを浮かべながら、トリガーを引き絞る。
強盗と略奪、それに拷問が大好きだという気狂いの殺人狂、レイダーの一味に間違いない。
近くの高速道路跡にたむろしていた連中の一味だ。
恐らく、俺がこの周辺の建物を棲家にしていた事に気付いて、待ち伏せを仕掛けたのだろう。
そこまで考えながら、俺は地面を蹴り、レイダーの男とリズの間に割り込んでいた。
「……っげろ!」
息を吸うタイミングで跳んだせいで、とっさに声が出ない。
驚いた顔のリズが俺の顔を見て息を呑む。
「ヒャッハァァァッ!! 新鮮な肉だぜぇぇぇぇっ!!」
レイダーの喚声と同時に、発射音が二つ響く。
背中にハンティングライフルの弾丸が連続して二つ突き刺さるが、スーパーミュータントの頑丈な皮膚のおかげで、致命傷にはならない。
リズが顔色を変えた。やっと状況を理解したのだろう。
その手の中に、即座に10mmピストルが姿を現した。
身を屈めた小さな身体が、俺の脇から銃口を突き出す。
三連射された10mm弾は、その全てが、魔法のようにレイダーの額に吸い込まれていった。
「……ひ」
喉から空気の漏れるような声を上げて、レイダーの男は倒れた。
同時に、ぴょんとリズが俺の脇から飛び出す。
「馬鹿、もう一人……!」
俺は慌ててその背を追った。
倒れたレイダーの前に屈み込む小さな背中に覆いかぶさるように飛び掛かる。
「死ねよあぁぁぁっ!」
耳障りな男の喚き声と同時に、もう一度銃声が響く。
音が遠いと思ったと同時に、頭が弾かれたように横にぶれた。
38口径の弾が、頭蓋骨を削って滑ったんだろう。
畜生、いい腕だ。俺がスーパーミュータントじゃなきゃ死んでる。
よろけながら、第二射を喰らう前に移動しようと、腰を上げると、俺に押し倒されたまま、リズはレイダーの死体から奪ったハンティングライフルをまっすぐに構えていた。
銃口がさっきの音のほうに剥いてると気づいた直後、ライフルの発射音が俺の耳を突いた。
「げ、く……」
うめき声と同時に、遠くでドサリと何かが倒れる音がする。
立ち上がり、そちらを見ると、50メートルほど先の岩の上でレイダーが死んでいた。
手の中からハンティングライフルが落ちて、岩の上を滑り落ちていく。
「師匠、できました!」
俺の腕の下でひっくり返ったまま、目を輝かせながらリズが報告してくる。
二秒ほど考えてから、俺はこの娘が先ほどの俺の言葉を実行したのだとやっと気付いた。
「……お、おう」
生返事をしながら、リズの腕を引いて立ち上がらせる。
内心、ちょっとビビっていたのは秘密だ。
────俺はもしかして、もの凄く怖いヤツと知り合ってしまったんじゃないだろうか。
ふと、そんな思いが俺の頭をよぎった。
<つづく!!>