陽の光が決して届かない暗闇と、おぞけのするような生温い湿気、それに濃い放射能の汚染。
そいつが、クソったれ殺人蟹人間・ミレルーク共の棲家の全てだ。
そうそう、もう一つ忘れちゃいけないものがある。
食い荒らされた、腐った肉付きの人骨。同じく食い荒らされたまま腐ったバラモンの死骸。
犬にモールラット、トレーダーからレイダーまで、バラバラにチョン斬られた後に食い荒らされた死体の山だ。
「……ひでぇな、こりゃ」
マンホールから地下洞窟に降りた俺は、予想以上に酷いミレルークの巣の惨状に顔をしかめた。
レイダー共の棲家に満ちた狂気も酷いものだったが、化け物が作り出した地獄は人間には作り出せないおぞましさがある。
「だが、お前には都合のいい場所なんだろう? ミューティ」
アサルトライフルの下部に取り付けたライトを調整しながら、バレットが挑発するような高い声で聞いてきた。
グールは、ケロイド状に皮膚が爛れているため、顔や外見から年齢は判断できないが、バレットは声からして若い感じがする。
「まぁな」
俺は仏頂面で頷いた。
放射能で満ちたこの洞窟はは、スーパーミュータントと呼ばれる化け物である俺にとって理想の環境だ。
肉体が活性化して、手足の感覚が鋭く、筋肉がいつもより遥かに柔軟に動くのが分かる。
「さっさと片付けるぞ。ご希望通り、俺が壁になってやる」
手の平を二度、三度と握っては閉じる。指の先まで感覚が行き届いてるのを確認してから、俺は火炎放射器を握った。
発火用のバーナーが点火して、小さな青い炎が洞窟を照らす。
「へへ、後ろから撃たないでおいてやるよ。頼りにしてるぜ、イエローデビル」
アサルトライフルを構えて、バレットがニヤリと笑う。
鉄の鳴る音が頼もしい。
エサの匂いを嗅ぎつけたのか、灯りを嫌って排除しに来たか。
洞窟の奥から身を低くしたミレルークが、キチキチと顎の下にある牙だか歯だかを鳴らしながら近付いてくる。
二足歩行する、両腕が巨大なハサミの形をした蟹。
目は蟹と違って上には無い。
胸の辺りに顔と口を混ぜ合わせたような器官があり、硝子球のような眼球が無機質に俺達を見る。
「こんにちは、死ねッ!!」
バレットのアサルトライフルから放たれた5.56mmの弾丸が、その顔面をグシャグシャに破壊する。
よろめく巨体は、それでも俺達に向かって前進しようとする。
「行くぞぉッ……パーティの時間だッッ!!」
俺の手にした火炎放射器のノズルから、燃え盛る液体燃料が吐き出され、ミレルークを巨大な松明に変えた。
声帯もないこの連中は悲鳴なんてものは上げない。ただ、崩れ落ちて、動かなくなるだけだ。
オレンジの炎に染まった洞窟のあちこち、岩の隙間という隙間から、大量のミレルーク達が這い出してくる。
同胞の仇などと、連中は考えない。
奴等の頭の中にあるのは、目の前にやってきた暖かい肉を、どうやって切り刻んで喰うかってことだけだ。
洞窟に鳴り響く、ミレルークが鳴らす耳障りな音の合唱。
それが地獄の始まりだった。
011:「ここはファミリー以外は立ち入り禁止だぞ!」
「まぁつまりだな。ドラッグの本質ってヤツをバカ共は勘違いしてるワケよ。連中はドラッグ打った時の高揚感とか、感覚が暴走したときに見える幻覚症状なんてモンに救いがあるなんて思ってな。ソイツは痛み止めの単なる副作用みてぇなモンだってのが理解できねぇのさ」
「うんうん」
「その点、俺様は完璧にドラッグの本質を理解してる。いや、むしろそれ本質以上の使い道を見出したワケよ。俺が開発してるのは、感覚の暴走をよりシャープに意識して起こさせる、言うなれば戦闘用のドラッグなのよ。こいつはジャンキーが使うトリップするためのクスリなんかじゃねぇ。まさにドラッグの芸術。このクソったれな時代を救う新しいドラッグの……」
地獄の洞窟から帰還すると、なんか無垢な娘にドラッグ自慢なんぞをしているグールがいた。
「……マーフィー、終わったぞ」
「ん? あぁ、もうか? もっと時間かけてもいいのに」
バレットの恨みがましい声音に気付くでもなく、マーフィーは邪魔臭そうに顔を上げて俺達を迎えた。
いや、俺達が地下に降りてから、もう二時間は経ってるはずだ。
超が付くくらいリラックスしてやがったなコイツ。
なんでも真面目に話を聞いて、しかも医者の娘だったおかげでそこそこ知識のあるリズは、マーフィーにとってよほど自慢話の相手に最適だったらしい。
話してたのは、コイツが前から開発してるらしいウルトラジェットとかいうクスリのことらしいが、さんざん製法の秘密は誰にも渡さないとか言ってたクセにベラベラ喋るなよ。
「師匠おかえりっ! 大丈夫? 怪我とかない?」
「おぅ。待たせちまったな」
駆け寄ってきたリズの髪を軽く撫でてやる。
「うぅん、面白い話を聞かせてもらったし、ぜんぜん大丈夫!」
変な影響受けてなきゃいいんだが。
少なくともクスリは絶対禁止だ。この娘にそんなモンの味を覚えさせてしまったら、父親に合わせる顔がないからな。
そうと決まれば、悪影響を及ぼしそうな眼鏡グールのアジトからはさっさと出よう。
「んじゃ、ファミリーとやらと話を付けに行くぞ」
俺は再び空になった腕を叩き合わせながらそう言った
ちなみに、蟹の巣に入るときに持っていった火炎放射器は、例の蟹との戦いで燃料が尽きたので、爆薬代わりに投げつけて爆破させてしまった。おかげで俺はまた素手に逆戻りである。
「はーいっ! それじゃ、マーフィさん…………」
リズは嬉しそうに頷いて、グールたちに別れの言葉をかけようとした。
────が、そこに待ったがかかったのである。
「まぁ、待て。俺も付いて行ってやる。話し合いに行くつもりなら、仲介がいた方がいいだろ?」
そう言いながら、さっそくとばかりに外出着に着替えて荷物を準備し始めたマーフィを見て、その護衛をさせられるであろうバレットは、口をあんぐりと開けた。だってコイツ、死線を潜り抜けてきたばっかりなんだぜ?
別に蟹の巣で一緒に戦ったから友情が芽生えたってワケじゃないが、俺はコイツを心底気の毒に思った。
◆
俺達の目的は、アレフを襲ったギャング団“ファミリー”をとっちめることだ。
一般的なウェイストランドの常識に当てはめてこの目的を解釈するならば、間違いなく“皆殺し”だ。
しかし、そこはそれ、平和で清潔なvaultで育ったリズは、もちろんそんな非人道的なことを考えてはいないだろう。
実のところいきなり向こうから襲いかかってきてくれれば話は早いし、ぶっちゃけ最初はそうなるだろうと予想していたのだが、どうもマーフィーの話からするとそんな展開はないのかもしれない。
そりゃあ殺し合いは良くない。この問題が話し合いで解決できるなら確かに素晴らしいと思う。
だが、話し合いをするにしても、三点だけは明確にしないといけない点がある。
アレフの財産であるバラモンの虐殺と、リズが見たというアレフの住人の惨殺。それに行方不明になったという殺されたアレフ住人の息子の身柄だ。
この三つだけは、絶対に真相を明らかにしなきゃならん。
そう固く誓って、俺達はマーフィーの案内で地下鉄の中にある“ファミリー”のアジトへと訪れたのだが。
「おーい、ちょっとちょっと! 待ってくれよ、ここはファミリー以外は立ち入り禁止だぞ!」
問題のアジトの入口、バリケートの向こうに待ってにいたのは、どこか暢気な雰囲気を漂わせたヒゲ面の男だった。
ヒゲを生やして貫禄をつけてるつもりなんだろうが、声の調子は若者と言ってもいい年齢だ。
レイダーの連中特有の狂気染みた顔つきなどとは程遠い、畑で農作業でもしてそうな普通の顔に毒気を抜かれる。
「よぉ、見張りお疲れさん」
「なんだマーフィーじゃないか! わざわざ外から血液パックを売りに来てくれたのか?」
声をかけたマーフィーの顔を見ると、このヒゲ面の男はあっさりと手にしていた10mmマシンガンを下ろして歓迎の構えを見せた。完全に警戒がゼロになっている。
マーフィーから『大丈夫だから』と言われて俺も一緒に付いてきているんだが。
スーパーミュータントを前にして銃を降ろすなんて、こんなヤツが見張りしててホントに大丈夫なのか?
「いやぁ、ちょいとコイツに頼んで蟹共を始末してもらったのさ。もう、ウチと繋がってる地下通路は安全だぜ?」
「そりゃあ助かるよ。きっとヴァンスも喜ぶ」
ヴァンスというのは連中のリーダーのことだろう。
どうやら、この眼鏡グールは俺が想像してたよりもずっとファミリーの連中にとって上客だったらしい。
「今日はちょっと話がしたいって連中がいるんでヤツに会わせたいんだが、問題ないよな?」
「ああ、マーフィーの知り合いなら問題ないだろう。通ってくれ」
そう言うと、見張りの男はあっさりとバリケートを開けて道を通してくれた。
「ありがとー!」
「あ、あぁ……お邪魔する」
そんなワケで、俺はあっさりとアジトに踏み込む許可を貰ってしまったのである。
なんとも拍子抜けする展開だった。
案内されるままに奥へと向かう道すがら、マーフィーがニヤニヤと笑いながら俺の脇腹を肘で突く。
「どうよ? 俺を連れて来て正解だっただろう?」
「うん! おにーさん、ありがとう!!」
「はっはっはっ! なぁに、日頃の行いってヤツだぜ」
うわぁ、殴りてぇ。
ふと横を見ると、バレットも俺と同じ顔をしていた。
思わず目が合ってしまって、俺達は揃って息を吐いた。
「なぁ。連中、いったいどういう奴等なんだ?」
「……誰の指図も受けない極悪ギャング団だ、とか言ってたな。ロバートは」
さっきのヒゲの男か。
確かになんか頭足りなさそうだったよなアイツ。いかにも考えが足りてなさそうなタイプだ。
だがまぁ、悪人には見えなかった。俺に銃も向けなかったしな。
まぁ、バラモン殺しぐらいはやるだろうが、無意味な虐殺や人さらいまでやるとはちょっと思えない。
だいたい、見張り場で流しっぱなしにしていたラジオのセンスからして────
『こちらジョン=ヘンリー=エデン大統領。今日はみんなに、古きよきアメリカの話をしよう……かつてこのアメリカの家庭には、母親の作ってくれる焼き立てのパイがあって、忠実な親友である愛犬がいて、毎日がとても楽しくて…………』
なんというか、ギャングが聞くような放送じゃない、えらく牧歌的な放送を聴いているぐらいなのだ。
正直、俺には“ファミリー”というギャング団が一体どういう連中なのか、さっぱり分からなくなっていた。
<つづくー>