「いやしかし、誰かと一緒に雀荘行くなんて何年振りだろうね」
揺れる電車の中で、私服姿の直子はそんなことを言った。
レザージャケットとタイトのミニスカート。そこにブーツを履いて足なんか組んでいる。
(お前は一体どこに行くつもりなんだよ……)
インナーも胸を強調したかのようなキュッとした服で(この表現で伝わるだろうか?)、露骨なまでに淫靡な印象を与えることを目的としていた。
「……いつもは一人でしか行かないのか?」
そんな直子の姿に、思わずにいられなかった思いをなんとか胸に押し込んで、居心地悪そうに隣に座る、同じく私服姿の睦月が微妙に強張った表情でそう聞いた。
こちらの服装は思いつかなかったので、勝手に想像してください。
「そうだねー。昔は知り合いと一緒に行ったりしてたんだけど、途中から『お前の行く店はヤクザっぽい人が多くて怖い』って、誰も来なくなったのよね」
「…………」
それを聞いた睦月の表情がさらにひきつり、蒼白になる。
直子それを見てけらけらと笑った。
「大丈夫だって。今日行くのは普通の雀荘。金もゲーム代しかかからない暇人専用の店だよ」
彼女にとってノーレート雀荘というのはそういう認識らしい。
「だ、大丈夫だ。び、ビビってなんかないぞ……本当に」
「あんた、嘘つきだね?」
「……それにしても、別に今日じゃなくても良かったんじゃないか?」
「スルーですか」
今日は平日である。学校は平常通りの時間割だ。つまり、そういうことである
。
「まぁそれもそうだけど。思い付いたらすぐ実行って言うし、部活で落ち込んでる暇があるなら、1日潰して打ち続けた方がいいと思ってね」
ニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべて言われた。
「…………」
どうやら昨日の部活……いや昨日に限らず、負けた後の睦月が何を考えていたかはお見通しだったらしい。睦月としても少しでも経験が増えるのだから、別に嫌ではないのだが……。
「……はぁ。学校サボるなんて初めてだ」
心配事といえばそれだった。両親にバレないように学校に電話をして、一応の工作は行ったが、帰ったらバレてそうな気がしてならない。
「むしろそっちの方が驚いたな。誘っといてなんだけど、よく来る気になったね」
真面目ちゃんだと信じてたのに、と直子は非難するような目を向けた。
いくらなんでもそれはひどいだろう。
「いやまぁ、ね。今はちょっと、あんまり学校行きたくないんだ」
「……ふん?」
先を促すように直子が首を傾げたが、睦月はその先は続けなかった。
麻雀『roof-top』
「ここがその雀荘?」
掲げられた看板を見て、睦月は表現しがたい微妙な顔をして直子に聞いた。
それもそうだろう。
『メイドさんと打てる店!』
『美少女メイドがお相手します!』
『ノーレートだから何度でもデキる!』
等々、いかがわしい店としか思えない言葉の書かれたチラシが張られているのを目にすれば、誰だってそう言いたくもなる。
「どう見ても、女子の二人組が来るような店じゃないと思う」
たとえ普通に麻雀するだけだとしても、あまり女性が入る店とは思えなかった。
「女の人も来てるよ」
睦月の言葉を受けて、直子は張られたチラシの一つを指差す。
『女流プロ・藤田靖子がプライベートで来店!』
「……いや、そういう話じゃなくてさ」
「さぁ入るぞ。ここが嫌ならすぐ近くの点ピンに行くしかない」
「しょうがないな」
やれやれといった感じで、睦月は店に入る直子の後に着いていった。決して1000点百円のレートにビビったわけではない。断じて。
「お帰りなさいませー。おや大中さん?」
店に入ると、カウンターに立つ眼鏡の女性がそう言って出迎えた。雀荘で働く女性なんて年配のオバサンだろうと勝手に思っていた睦月だが、ともすれば十代
半ばに見えるほどその女性は若く見えた。
まぁ、オバサンのメイド服姿なんぞ誰も見たくないから、当たり前と言えばそうだが……。
「また来たよー。今日は若い子のバイトが来るんでしょう?」
「そういやこないだ来たときそんなこと言ったかのう? どっちにしても来るの夕方じゃぞー?」
相変わらず胡散臭げな笑顔で話す直子に、その女性は営業スマイルを崩さずそんな風に答える。
(……やっぱ客商売してるとスルー力が違うなぁ)
感心したようにそう思った睦月に、女性の視線が向けられた。
「おっと、そちらは?」
「私の女」
「違う! がっ……学生時代の知り合いっ!」
唐突過ぎる直子のとんでもない言葉を慌てて取り消して、睦月は嘘を交えて誤魔化そうとした。
「つ、津山睦月です。歳は――」
「あー、別にええんじゃ隠さんで。学生さんじゃろ?」
「にじゅうは……え?」
ヒラヒラと手を振って女性が言った言葉に、言いかけた睦月が首を傾げる。
「おーい、トラブルー」
「今行きます! ……っと、こっちとしちゃあ、麻雀楽しんでくれりゃ年齢なんかどうでもいいね。金かけてるわけじゃなし、うるさく言うつもりはないんじゃよ」
学校サボんのは駄目だけどな。
そう言った女性は微笑んで「ほいこれ」とおしぼりを渡すと、軽く頭を下げて呼び声のした卓に向かう。
「…………」
「意外そうな顔してるね」
様子を見ていた直子がそんなことを言ってきた。
「え? ああ、まぁ」
「言ったでしょ? 歳なんか別に気にされないって」
「……そうだな」
客が少なく卓が立たないので、しばらく待つことになった。
「ところで聞きたいんだけど」
椅子に座ってしばらく雑誌を読んでいた直子が、突然そんなことを言った。
「お前、麻雀強くなりたい?」
「……? う、うむ」
今更な質問に、睦月は戸惑いながらもそう答えた。
当然である。でなければ学校サボってまで雀荘になど来るはずがない。
「そう、じゃもう一つ」
その答えはさして重要でもなかったのか、答えを聞いた様子もなく直子は続ける。
「自分で強くなりたい? それとも誰かに教えてもらいたい?」
「…………じ、自分で…かな?」
間を開けて、睦月はそう答えた。
本音を言えば後者だが、それだと「じゃあ私が教えてあげる」と言われそうな気がしたのだ。
別に直子の実力を信じていないわけではなく、単純に年下に教わりたくないという見栄なのだが。
「そう。いい心がけね」
睦月の心中を知ってか知らずか、それを聞いて直子が薄く笑う。
それはいつもの胡散臭げ笑みではなく、純粋に、心から微笑んでいるかのようだった。
(か、かわい――)
「でもね」
普段の彼女とあまりにもかけ離れたその笑顔に、不覚にも心を奪われそうになった瞬間、いつもの直子の笑みに戻った。
「最終的にはそうした方が私もいいと思うんだけど、時期的にそう言ってもいられないでしょう?」
「む……ぅ」
来月には大会、それも加治木や蒲原からすれば最初で最後の大会である。まさか全国大会まで行けるとは思わないが、それでも行けるところまでは行きたい。
それを考えれば、確かに今の自分はお荷物にしかならないだろう。
(それは……嫌だな)
同じ初心者でも妹尾の方がマシな気がする。きっと「リーヅモトイトイです」とか言って四暗刻とかアガるんだ。
「……じゃあ、教えてくれるか?」
睦月の問いに、しかし直子は微妙な表情をして言った。
「手伝いはするよ。でもお前が教わるのは負けからだな」
「……?」
妙な言い方に睦月が違和感を覚えていると、
「大中さんか睦月さん、どっちかどうぞー」
一人抜けで卓が空いたらしく、染谷まこ(さっきの女性の名前だ。直子から聞いた)が手を上げて呼んでいた。
「えーと」
「行って。後ろから見てるから」
「……マナー違反じゃないのか?」
「スペース空いてるなら問題ないの」
直子の勝手な言葉に、一瞬迷ったような表情をした睦月だが、結局その卓に入ることにした。
(……さっきの直子の言葉……)
歩きながら睦月は考える。
(つまり負けから学べってことなのか……?)
自分の行動を振り返って、何が敗北の原因だったかを探るのは、麻雀に限らず全て競技において大事なことだ。
しかし運の要素が強い麻雀では、明らかな手順ミスを除いて、分かりやすい敗北の原因というものはないように思う。
(まぁ手順ミスの多い私が言えたことじゃないんだけど……)
「よ、よろしくお願いします」
「お、今日はメンバーが少ないと思っていたら、お客さんで若い子が来てくれたよ」
「徳井さんは普段の行いがいいからねぇ」
「気をつけろお嬢ちゃん。今日のおじさん達は調子いいぞー」
同卓者はいずれも中年の男性だった。こんな午前中に麻雀打ってて、仕事は大丈夫なのかと思ったが、それこそ睦月が言えた義理ではない。
(いいさ。とりあえず難しく考えるのはやめよう)
席に着いて睦月は覚悟を決める。
(要は負けなければいいんだ――!)
(さて、どうなるかな……?)
後ろから睦月の手牌を覗きながら、直子は息を吐いた。
東四局で睦月があっさりトバされて、現在二半荘目の南二局。
東家:睦月 37900点
南家:おっさん1 25700点
西家:おっさん2 30000点
北家:おっさん3 6400点
東ニ局にチンイツドラ3をツモアガってからの逃走劇である。
ひたすらベタオリして放縦を避けてはいたが、ツモやノーテン罰符でじわじわ削られて今に至っている。
南二局 ドラ①
睦月 配牌
五六③④④⑦234468西白
通常であればますまずの配牌だろう。だが大量リードは既になく、追いつめられている形となっている睦月が、そう簡単アガれるとは思えなかった。
とりあえずは打西。次巡東をツモ切り、その後③ツモから白を切った。
さらに、
ツモ2、
ツモ六。
捨牌
睦月
西東白8五
おっさん1
北南白⑨
おっさん2
東⑨八南
おっさん3
一白五②
(チートイ……筒子か萬子で待てれば勝てるか? いや、索子も少し来る気がする。いずれも横には伸びないが……)
タンピンとの両天秤を選んだ以上仕方ないが、こうなると字牌を捨ててしまったのは痛い。
七対子はその特性上、何でも待つことが出来るが、同時に「何で待つのがいいかが分からない」という欠点がある。自然、ツモアガリではなく出アガリを狙うのが基本となる。
それを考えれば、最初に捨てたオタ風の西、一枚切れの東、地獄単騎となる白は、全て待ちやすい牌となる。
南二局で、6700点の危うい人間がいる以上、ここで睦月にアガられれば、次局以降リーチをかけても、おっさん3から出ると見逃さなければならない状況にな
る可能性がある。たとえ今回七対子を読まれても、掴めば出さざるを得ないのだ。
(3、6を先にツモればまだ分からないけど、⑦を重ねたら3待ちでリーチせず。睦月ならそんな感じかな?)
直子がそう思った二巡後、睦月はまさに⑦をツモった。打6を選択して、3単騎。
「――あ」
しかし次巡、6をツモる。僅かに戸惑った様子の後、
「り、リーチです」
(だから、そこでかけるなら即リーだっつの)
捨牌
睦月
西東白8五二66(リーチ)
おっさん1
北南白⑨①⑧③
おっさん2
⑨東八南六②八
おっさん3
一白五②五二8
状況が変わったわけでもないのに同じ待ちでリーチをするのは、オカルトもデジタルも関係なしにNGである。
(ましてやチートイ。他にいくらでも待ち変え出来るだろうに……。裏目って悔しいのは分かるが、ここでむきになってはいけない。むっきーだけに)
ツモ9、
ツモ⑥、
ツモ北、
ツモ發、
「ポン」
ツモ切りが続き、おっさん3に發がポンされる。八が切られ、次に睦月がツモった牌は――
(……中か)
場には一枚も出ていない。しかし切らないわけにはいかない。
「ロン」
おっさん3から声がかかった。
七七七①①①33中中 ポン發發發(→) ロン中
「12000点」
「……は、はい」
(持たれてたか。どのタイミングで重ねてたかは知らないけど、普通に運もなかったな)
結局、調子の崩れた睦月がその半荘もラスになった。
「ロン、7700」
(……これで三連敗)
三半荘目は三位だった。しかし四位と500点差ではなんの違いもない。
だが、
(何となく、分かってきたかもしれない……)
振り込み続けたせいか、リーチがかかったとき、手牌の中に危険牌があれば、なんとなく察知出来るようになっていた。最初はただの偶然だと思っていたが、三局四局と続けば無視も出来ない。
そういえば部活中、直子が似たようなことをやっていた気がする。
彼女は読みようのない二、三巡目のリーチに対して殆ど振り込んだことがないのだ。
(読んでいたんだ……。捨牌からじゃなくて、ただの勘で……)
身体に染み付けた経験則。要するにそういうことなのだろうが、しかしそれを行うにはどれだけ自分を信じられるかが重要だ。
現に今、理屈も何もないその読みを信じずに突っ張った睦月は、ラス近くまで凹まされてしまった。
「負けちまったし、今日はもう帰るわ」
四位だった対面の男性がそう言って立ち上がった。
「あらら、今日は早いねぇ」
「まぁお陰で若い子がもう一人入るな」
「あ、お前らその為に俺をラスにしやがったな」
笑いながらそんなことを話して、その男性は離れていった。
「それじゃ大中さん、出番じゃ」
「はいな」
入れ替わり、直子が対面の席に座る。
(……だが、それが分かったところで――)
どうしたらいいのか、睦月は分からなかった。
所詮は付け焼き刃の感覚だ。おそらく明日になれば忘れているだろう。それに直子なら八割は上回るだろうこの読み方を真似しても、睦月ではその半分以上を読み違えることの方が多い。たとえ今回のように三、四局を完全に読みきったとしても、他の局ですぐに取り戻されてしまう。
そしてその考えが、自分の読みを信じなくなる原因にもなるのだ。
(……無理なのか? 私では……)
直子の他に入ってきた一年の姿が浮かぶ。
東横桃子。
彼女と一緒にいる先輩はいつも幸せそうで――
「睦月ー? 牌取ってー」
「……あっ。ご、ごめん……」
直子の声にハッとして、睦月は配牌に手を伸ばす。
(今は余計なことは考えるな)
頭の中のイメージを振り払って、睦月は手牌に目を向ける。
(何でもいい。何でもいいから、今日ここで何かを持って帰るんだ――っ!)
「ノーテン」
「テンパイ」
「ノーテン」
「……ノーテン」
学校に居ればそろそろ放課後だろうという時間に、その半荘は終わった。
おっさん3:21700点
睦月:26900点
おっさん1:24700点
直子:26700点
「……勝った」
「おお。お嬢ちゃんもしかして……」
「初トップだな。おめでとう」
「やったな! こっちの子の連勝も止めたし」
トップを獲った睦月に、三人が口々にそう言って称えた。
「は、はい。ありがとうございます……!」
久しぶりに笑顔を見せた気がする睦月に、直子はフッと笑みを浮かべた。
(少しは何か掴めたかな?)
手は抜いていない。何度かこの店に足を運んで、ノーレートじゃ勝負に身が入らない癖はなんとか直した。それでもレートありに比べれば勝負熱は違うが、半荘五回程度ではたとえ偶然でも睦月に負けることはない。
「よし。トップも獲ったし、あと一、二回で終わりにする?」
「うむ。時間的にもちょうどいいしな」
(後一回でもう一度凹んでもらおう)
満足、という感じの表情で頷いた睦月にそんなことを思ったとき、
「ほいほーい、皆さんおまちどさーん」
店の奥からまこが出てきた。その後ろからおずおずといった様子で二人の少女も顔を出す。
「おお、噂の美少女メイド達!」
「あの娘胸が! 乳がすごい!」
「馬鹿野郎! でかさに惑わされるな! 大事なのは何が詰まってるかだ!」
(小さいのに何が詰まってんだよ一体……ん?)
大きいからといって何が詰まっているわけでもないのだが……。
ともかく、
テンション急上昇のおっさん達にドン引きした直子だったが、異常といっていいほど胸にボリューム感を持たせている少女を、睦月が驚いたように見ているのに気付いた。
「直子、あの子って……」
「おや、知ってたの? 原村和」
「いや、だって全中覇者でしょ」
「……そういえばそうだったね」
元々知っているせいで、その設定をすっかり忘れていたらしい。
睦月が怪訝そうな顔をする。
「そういえばって、それ以外彼女のこと知る機会なんてあったか?」
「まぁ細かいことはいいじゃないか」
話の雲行きが怪しくなりそうだったので、直子は強引に話を逸らす。
「それよりいい機会だ。彼女と打ってみなさいな。私とはスタイル違うようだ……し、損はないと思うよ」
スタイルが違うのところで、睦月の視線が僅かに下がったのでデコピンで制裁を加えて、直子はそうけしかける。
「え、いや。私じゃまだ勝てないだろうし」
「今私に勝ったじゃない。それとも何? 私がたかだか全中覇者以下だと思ってるの?」
「……やります」
渋々といった感じで、しかし嫌そうな顔はせずに睦月はそう言った。
計画通りである。
こういう勝負事では、たとえ僅差でも一度自分が勝てば、流れが自分にあると勘違いしがちになる。自身で言った通り、睦月は実力では原村に及ばないことは分かっているのだろうが、つい先程トップを獲ったばかりである。初めは遠慮してても、ちょっと背中を押せばすぐに頷くものなのだ。
「決まりだね。まこちゃ~ん?」
「ちゃんっておい……いや、何じゃ大中さん」
流石にスルー出来なかったのか、一瞬だけピクリと表情を動かしたまこだったが
、なんとか抑え込んで応対した。
「私そっちに入るから、原村さんはこっち入って」
「え、私ですか?」
「何で和のこと知っとるんや?」
「……ぜ、全中覇者じゃない。知ってて当然でしょ」
答えるまでに僅かに間が空いた。そしてその答えに、睦月から疑惑の視線が飛んできた。
「ほうかい。まぁ別に構わんが、こっちの卓ぁまだ立たないぞ?」
頭を掻きながらまこがそんなことを言った。
「うん? 私と宮永とそこのおっさんと……あらホントだ」
「何で咲のこと知っとるんじゃ?」
この娘、いい加減迂闊過ぎである。
「…………あれ? こないだ知り合いの女の子がバイトに来るって教えてくれたとき、名前言ってなかったけ?」
「……言ったかのう?」
「言った言った」
カラン――
「お帰りなさいませー。藤田さん」
懲りずに同じ失敗をした直子が話している間に、新しく客が入ってきた。
全体的に黒一色といった感じの成人女性――藤田靖子である。
「あら、今日のバイトは可愛いのね。あっちのと合わせて二人?」
ニヤリと、どこか胡散臭い笑みを浮かべて、彼女はそう言った。
東一局 0本場
ドラ中
東家:おっさん3
南家:津山睦月
西家:おっさん1
北家:原村和
おっさん3
三五①①②⑧⑨2449東發
睦月
一四①①⑤⑦⑨南南北白發中
おっさん1
一一二七八八九⑤⑤⑧118
原村
二二四五③④⑧⑨348西西
手牌を見て睦月は思った。
(……まぁ、普通の配牌だな)
テンパイは遅そうだが、筒子はどれを持ってきても有効牌だ。流れがこちらにあるなら、すぐに集まるだろう。
(全中覇者と言っても所詮は年下。勝てない相手じゃないはずだ……)
さっきの半荘で直子に勝ったのは、決して偶然ではない。何度も振り込み、あるいはツモられ、そして自分でもアガりながら、睦月は麻雀に理屈じゃない一定
のルールがあるのだと感じたのだ。
今までどんなに負けても気付かなかったことに、何故今日数回負けただけで気付けたのかは分からない。だがそれに従って打った結果がさっきの勝利なのだ。何があろうと、睦月はこの打ち方を完成させるつもりだった。
「ポン」
二巡目、下家から出た南を鳴いて、打一とする。
(悪手なんだろうけど、東一局だし、牽制牽制)
手牌
一四七①①⑤⑦⑨白中 ポン南南南(→)
捨牌
北西發
筒子は変わらず有効牌、三元牌も言うまでもなく、萬子もくっつけば良形になる可能性が高い。
続くツモは東、③、三。捨牌がこうである。
おっさん3
9發東⑧7
睦月
北發西東一白
おっさん1
八(南)一九西
原村
⑨8東西
(……字牌処理が終わったかな? ドラが持たれてたら嫌だな)
そんなことを思った次巡、ドラの中をツモった。
三四七①①③⑤⑦⑨中 ポン南南南(→) ツモ中
努めて平静を装って、打七とした。
(……大丈夫。序盤にこれだけ字牌を切ってるんだ。染め手はバレない。たとえバレてもどの色かはまだ分からないはずだ)
(対面の人の表情が明らかに変わった。ドラでも重ねたのでしょうか?)
だとしたらやっかいだなと、原村は手牌を見ながら思った。
二二四五③④④⑥⑧234西 ツモ2
(ここでドラを引いたら、オリるしかなくなってしまいます)
序盤に字牌を捨てているが、いずれも彼女には必要のないものばかりだ。しっかり自風も鳴いているし、染め手の可能性も捨て切れない。
(萬子はなさそうですが、どうでしょう……?)
とりあえず西切りと、不要牌を捨ててから、
(……二の対子落としの方が安全だったかも)
対面を見すぎて脇二人に対して無警戒になっていたことに気付いた。
確かにこの手牌では、リーチされたら全ツッパしか出来ない。デジタル麻雀の影も形もなかった。
(……先にアガればいいだけの話です)
言い訳のようにそんなことを思った。
(来た……っ! ドラ三枚目っ!!)
①②③④⑤⑦⑦⑨中中 ポン南南南(→) ツモ中
おっさん3
9發東⑧7三北②⑥⑧6
睦月
北發西東一白七①六四三
おっさん1
八一九西⑤東二一北九
原村
⑨8東西白西九⑧二二
(⑥鳴いてれば跳満ツモアガりだったけど、結果論だ)
筒子を鳴けば流石に筒子はもう出なかっただろう。カン⑧のツモだけでは戦いたくなかったのだ。
(しかし索子を全然引かないな。お陰で迷彩っぽいこと出来たからいいけど)
ともあれ文句なしの跳満テンパイ。打⑨
が、次巡――、
「リーチ」
⑨8東西白西九⑧二二白七(リーチ)
透き通った綺麗な声が卓上に響いた。
(今の、ツモ切りリーチ……っ! 何でここでっ!?)
既に張っていたらしい。だが自分の手牌しか見ていなかった睦月には、どこで張ったのかすら分からなかった。
大体分かったところで、
(この手はオリないっ! 勝負だ全中覇者!)
上家が牌を切る。
①。
(うぅ……、それじゃない)
そしてツモれと念じながら、睦月が持ってきた牌が、
(……ドラ、何それ?)
中だった。
それは蛇のように、睦月を破滅へと誘惑する牌だった。
(……カン)
カンすれば、役牌二つにホンイツドラ4の倍満。東一局に得るアドバンテージとしては十分過ぎる。
当然リスクはある。裏ドラが増えるし、当たり牌を引くかもしれない。だがリスクは向こうも同じ。ドラ4が見えていても、リーチしていたら同テンでないと当たりを避けられない。
(16000点の直撃なら、勝負は決まるっ!)
次局は自分が親だ。残り8000点の原村をトバせば、完全勝利である。
(自力でドラを全部集めたんだ。流れは私にあるっ!)
そこまで考えた睦月にもう、迷いはなかった。
「カン!」
中を四枚倒して宣言する。
「うわ」
「げっ」
「…………」
新ドラは表示牌は、⑥。
(乗った⑦! この勢いで嶺上開花っ!!)
確信に近い感覚で三倍満を思い描き、睦月は嶺上牌をツモって――、
「……っ!?」
「ロン」
放縦した。
四五②③④④⑤⑥22345 ロン三
立直タンヤオ平和――裏ドラ表示牌は1、3――裏3。
「12000点です」
「……はい」
さっきもこんなことあったなと、点棒を出しながら睦月は思った。