/優希
東一局 0本場
ドラ六
東家:片岡優希(清澄)
南家:井上純(龍門渕)
西家:福路美穂子(風越)
北家:津山睦月(鶴賀)
十一巡目
手牌
二五七②③⑥⑦⑨11135 ツモ④
(うぅ、せっかく東場の起家なのに、うまく手が入らないじょ……)
まさかこの局面であんなポカをするとは──と、胃に入ることの無かった魅惑の食物を想い、優希は切なさを噛み締めながら牌を切る。
打二
東場だというのにドラはなく、どうも調子が悪い。和は色々言うが、やはりタコスを食べれば調子が良くなるというのは気のせいなんかではないのだ。
「ポン」
(……飛ばされたじょ)
鶴賀が切った一筒が龍門渕に鳴かれた。
(このノッポ……!)
井上純だったか。
男みたいな外見で、一人称も「俺」とか言っていたが、男子としては細めの京太郎に比べて更に細い身体つきを見るに、ちゃんと女子なのだろう。
(……咲ちゃん、こういう娘はどうなんだろう?)
ふと、昨日今日と妙にポーッとすることの多い同級生を思い出した。
ボーっとではなく、ポーっとである。
普段はいつもと変わらないのだが、時折風邪でもないのに表情が熱っぽくなり、そうなるとしばらくこちらの声が届かなくなるのだ。
対局中の和も似たような状態になるので、あまり心配するほどではないのかもしれないが……。
(咲ちゃん、何か変なものでも食べたのかな……っとと)
ツモ番になり、考え事をしている場合ではないことを思い出す。
咲のことは緊急性はないだろう。案外、激辛タコスでも食べさせれば一発で正気に戻るかもしれない。
ツモ⑧
打3
「チーだ」
「じょ?」
自分の三索まで鳴かれ、龍門渕の方に目を向けると、
チー324
打①
(……え?)
違和感。
割と鈍いらしい自分でも流石に気付く龍門渕の不可解な打牌に、しかし彼女は答えることなく──、
「ロン──」
/睦月
(……はぁ?)
純 手牌
②②六七八南南 チー324 ポン①①①(↑)
ロン南
「──2000点だ」
「……はい」
暗刻の一筒をポンしてチーして、役牌後付けの2000点である。
何だその仕掛けは。
睦月 手牌
四五(赤)六③④⑤⑧⑨⑨5(赤)789
(おかげでせっかくの好手が台無しだ……っ)
ガラガラと手牌を崩して卓内に放り込み、舌打ちが出そうになるのをグッと堪える。
何がムカつくって、和了った龍門渕の男女の、
『まさか出すやつがいるとはな』
って感じの表情である。
(……大丈夫だ。こんなの別にミスじゃない。2000点くらい持ってけ泥棒、だ)
頭の中で言い聞かせて、次局へと進む。
東二局 0本場
ドラ1
親:純
睦月 手牌
一五(赤)六③⑦⑨167東西白白
(……手は落ちてない。まだ戦える──)
ツモ東
(うむ、今度は行ける──)
打③
/純
ある程度進んだ巡目で、純は唐突にそれを感じ取った。
(……ん、無名校の女の流れがまだ残ってるか……?)
流れはあったが、東一局に見え見えのバックに刺さったので、さっさと視界から外していた相手だ。だが今、先ほどと同じように感覚が警鐘を鳴らしている。
(……どうする? 親はまだ手放したくないが、清澄も向かって来てる……)
八巡目
捨て牌
純
①西⑨⑧②中北
福路
9南二一南⑧9
睦月
③北⑨一⑦西中
優希
八九二②②中①
純 手牌
三四五③⑤(赤)23789東南発
ツモ南
(一向聴、だがこの役牌二つは多分鳴かれる。当たることはまだなさそうだが……)
ドラの色とはいえ、場に索子が高い。おそらく清澄の方が染めているのだろうが、そこに役牌を放るのはどうだろうか?
「あー、と。ちょっとタンマ」
(────)
感覚を探り、突破口を見出だす。
(……行けるな)
打発
「ポンだじぇ!」
清澄が仕掛け、白を切る。
無名校──鶴賀は動かない。
(白はない……? だがよし──)
ツモ4
(今の清澄に役牌は二つはない。これは鶴賀が鳴く──!)
「リーチだ」
打東
/睦月
手牌
五(赤)六⑥⑦11678東東白白
(……少しだけ、直子に似てる……)
龍門渕の打ち方に、睦月は何となく直子の姿を想い描いた。
無理に場を動かして、ついでに自分の和了りも拾う戦術は、直子も何度かやっていた。
確かに状況的には、この東は鳴いた方がいい。とりあえず親の一発を消して、ほぼ安全牌となっている白を落としつつ、四・七萬、五・八筒の受けで7700点が狙える。
しかし、それをすれば龍門渕の注文通りに動くことになる。
(誰がそんなことするもんか)
東は鳴かず──ツモ⑧
打東
結果はどうあれ、普通に見れば東一局の龍門渕の仕掛けは愚の骨頂。睦月の流れが悪くはなるが、龍門渕の流れが良くなることは少ない。
つまり、今の彼女に流れはない。
故に、睦月が下手に動かなければ、向こうが勝手に自滅していくものなのだ。
こういう流れを重視した打ち筋は、種さえ知れていれば睦月でも対応出来る。
(……大丈夫、この人は直子より数段甘い……)
直子はそこら辺を理解しており、だから彼女は今のような東は『絶対に』鳴かしてくる。状況だけで相手を縛らず、表情や仕種、ほんの一言呟くだけの言葉でこちらを挑発し、強引に動かしてくるのだ。桃子もよく引っ掛かっていた。
──まぁ、競技としては問題かもしれないが……。
東一局の2000点とその後の表情はそれはムカついたが──我慢出来る範囲ではある。
ツモ④
打東
「……ちっ」
龍門渕、打5(赤)
「ロンだじょ! 發混一と赤、7700!」
(うむ)
東二局 終了
清澄 :108700
風越 :100000
鶴賀 : 98000
龍門渕: 93300
和了りはないが手応えはある。この点差もすぐに埋められるはずだ。
(直子、私はうまく打ててるよね──?)
昨日にはなかった、ゾクソクとした高揚感に浸りながら、睦月は胸に手を当てて直子に呼び掛ける。
(見てて、今日こそ絶対に、勝ってみせるから──!)