「これでかおりんは全部だな。お疲れさん」
「やっと終わったよー。智美ちゃん、私残りそう?」
ジャラジャラと牌を崩しながらうつ伏せに倒れた妹尾が、ヒョイと顔を上げて蒲原に聞いた。
「どうかなー。えーと、今回の点数を足して引いてすると……ワハハ、私が危ないぞっと」
直子 :+59
桃子 :+13
加治木:+4
蒲原 :-23
妹尾 :-24
睦月 :-29
「かおりんは大丈夫っぽいな。次の二半荘で私とむっきーがトップ取れても、まだ分からないくらいだ。ありゃ、そういやゆみちんどこ行った?」
「さっきトイレ行くって出ましたよ。っていうかこの点数、直子以外全員危ないですよね」
成績結果を書いた紙を覗き込み、睦月がそんなことを言った。
「加治木先輩と東横さんも一応射程内ですよ。トビなしルールのせいで際限なく点数減っていく可能性があるんですから……。あれ? 私ビリだったんだ」
「気付いてなかったのかよ」
話し込む三人に釣られたのか、直子も会話に入っていく。
「「「あ、チート雀士」」」
三人が異口同音に言った。
「……なんでよ。私より佳織ちゃんの方がよっぽどじゃないの」
ノータイムで言われたその言葉に不本意そうな表情をする直子だが、それを聞いて三人はため息を吐く。
「さっきの和了りを見たらそうは思わないな」
「私そんな和了ってませんよ? 今日は調子良かっただけで、基本的に何日かに一度しか和了れませんし」
「裏ドラ九枚とか、流石にどうかと思う」
「……おい、二番目」
「?」
「……いや、いいけど」
妹尾の言葉に反応したが、キョトンと見返す彼女の様子に直子は頬をひきつらせて言葉を濁す。そのままため息を吐くように言った。
「まぁ、もう一度やれと言われても出来ないよ。さっきのはああなる流れだなって思ったから二萬で和了っただけで、基本的には四暗刻以外あり得ないさ。リーチもかけん」
「はいはい“流れ”ね、ワハハ」
「畜生馬鹿にしやがって」
負けてる癖に適当にあしらうような反応の蒲原だった。
「随分余裕だな、部長(笑)なのに」
「笑うな。いやそりゃ残った方がいいけどさ。別に私がビリになっても皆で出れば関係ないだろ? 個人戦もあるし」
「おお、大人だ。……ん?」
部長の発言としては微妙に問題があるような気がするが、そこはかとなく年長者っぽい蒲原の言葉に、直子は感心したように頷き、そして実は自分の方が年上であったことを思い出した。
(…………)
考えてみれば、直子は今年下の女子数人を相手に手加減なしで勝負をしているのだ。時には数百数千万もの金を賭け、時には自分や友人の身体を賭け、その若
さにしてはある程度の修羅場を知っている直子が、こと勝負において普通の女子高生に負け越すなどあり得ないことだというのに。
(……もしかして)
とは言うものの、そんな人間が一般人に全力で勝負するというのは、よく考えてみれば卑怯の謗りを免れない行為ではないだろうか?
彼女らは金や身体を賭ける麻雀ではなく、大会に出るメンバーを決める麻雀をしたいのだから……。
(私って、ガキなのか……?)
「直子? どうした?」
「……ん、いや。何でも。後二半荘だし、今日中に全部やるのかい?」
声を掛けられて、考えに沈んでいた直子は誤魔化すように聞いた。
一番疲れていた妹尾はもう出番なしなので、続けてしまっても問題はない。多少空腹ではあるが。
「んん~、私は明日にしてもいいんだけど――ワハハ」
鼻を利かすような仕草をして、蒲原は直子の背後に視線を送る。
「そっちはやる気満々みたいだぞ?」
――――、
「ちっす」
「「うおぉっ!?」」
一拍の間を空けて、突然背後に姿を現した桃子に、直子と睦月は揃って驚いた。
「部屋の中でまで存在感消すなっ!」
「わざとじゃないっすよ」
「知るかっ! 九九でも唱えてろ!」
「じゃあ耳元で般若心経を」
「やめてっ!」
本気で嫌そうな顔をした直子を見て、本当に楽しそうな表情を浮かべる桃子。
「ふふふ、加治木先輩のトップのチャンスを奪ったその罪。このステルスモモが裁いてやるっすよ」
「そうかい、そりゃ怖いな」
言いながら、直子は彼女の点数を思い出す。
桃子:+13
(……なるほどね、こっちは年齢通りに子供なわけか……)
/
五回戦
東一局 ドラ五
東家:加治木
南家:蒲原
西家:直子
北家:桃子
/加治木
配牌
二二六六七八①③⑤⑨⑨東南白
打南
(……蒲原には悪いが、直子にこれ以上連勝されるのは阻止させてもらう)
点数で成績が決まる以上、もう直子には構わず今の位置を維持するのも悪くはないが、ここまで好き勝手にやられて黙ってはいられない。というか、どうにかして直子を止めたかった。
(さっきのアレは……何だ?)
オーラスに直子から感じた言い様のない恐怖が、頭から離れない。
このまま負け続ければ、一生この恐怖は消えないような気がした。
ツモ五
打⑨
(……あんな麻雀が、何度も上手くいってたまるか……)
ツモ⑦
「…………」
打白
/直子 三巡目
(やれやれ、熱くなっちゃってまぁ。若いねぇ)
力強い打牌の加治木に思わず苦笑しながら、直子は手牌に目をやる。
手牌
四五六②②③⑤34679東 ツモ④
(さて、どうしようかな)
二連勝出来たので、ある程度自由に打てるようになった。この流れなら、ある程度メンバーの順番に手を加えることが出来るかもしれない。
(漫画と同じ面子じゃ見ててもつまらないしね。まぁ私がいる時点で全部同じってのはあり得ないんだけどな)
打3
(せっかく山越しやすい位置だけど、桃子狙い打つのは今難しいんだよね。かといって智美殺ったらラス確定だし……ってことは?)
残った相手は一人しかいない。
ツモ2
ツモ切り
(おk。やって見せましょう)
/加治木 七巡目
手牌
二二五六六七八①③⑤⑦⑨東
ツモ南
ツモ切り
捨て牌
加治木
南⑨白294南
蒲原
西白東②①東
直子
西一32②3
桃子
發?中八??
(……手が進まん。東は切った方が良かったか? いや、結果的には三索二枚出てるし、安牌にもなるしな)
次巡
ツモ④
形はまだ微妙だが、ともかく一向聴となる。
「…………」
打①
(親だがこの巡目だ。少し慎重に行く。八筒ツモはダマ。四・七萬ツモも役無しだがダマだ。仮テンから六筒をツモるか、直子からリーチがかかればこちらもぶつけに行こう)
先にリーチをかけられても、とりあえずは東で様子を見れる。磐石の牌姿である。
(このまま行ければいいが……)
/直子 九巡目
(よし、急所引いたっ)
直子 手牌
四五六①②③④⑤⑥467東 ツモ5
「リーチ」
打7
東単騎を選択。
(序盤の切り方からして、安牌になった孤立した字牌を持っていると仮定すれば東か西。先に南切って白残している以上、持ってんのは役牌だろうさ。中の可能性も一応あるけど、多分あっても対子以上だ)
大雑把な読みだが、たとえ外れていても、東の地獄単騎なら掴めば出る可能性は高い。雀荘にいるひねくれたおっさん達には通じないが、この面子なら十分に狙い目だ。
「リーチ」
「ロン、8000……と、裏1だ。12000」
追いかけて来た加治木に、直子は容赦なく手牌を倒した。
/加治木
「……な……っ!?」
安牌としていた東で当てられて、加治木の思考は一瞬凍りついた。
「ふふ、危なかった。一手遅かったら間に合わなかったよ」
しかしケラケラと笑う直子の声に我に返り、すぐそれに気が付いた。
「ちょっと待て」
「うん?」
直子 捨て牌
西一32②39發⑧7
「……直子、お前」
「さっきの半荘は、ちょっと運に任せすぎたからね」
言いかけた言葉を遮り、しかしその先を肯定するかのような意地の悪い笑みを浮かべて直子は言った。
「今回は少しお上手に打ってみよう、って?」
「……なるほど、な」
四五六②②③④⑤23467 ツモ5
手広く普通に打っていれば、おそらく直子の和了形は最良でこんな感じになっていたはずだ。
(三索切りが早すぎる。仮にカンチャンばかりで牌姿が悪かったとしても、もうこの時には東単騎を見据えて三色を狙っていたのか……)
直子がどこまで自分の手牌を読んでいたのかは知らないが、こんな捨て牌で東単騎を選択するということは、明らかに誰かを狙っていなければしないことだ。
(……直子め、私を落としにきたな)
何が気に入らないのか、それとも単にポイントに余裕が出たからなのか、残り二半荘で点数調整を行うつもりらしい。
「いいだろう。今ので少し頭は冷えた」
さっきのオーラスを引き摺り過ぎたらしい。親なのだからどうせ最終的には攻めるのだ。安牌など考えずにさっさと東を切っていれば、少なくともこんなにあっさり点棒を奪われることはなかったはずだ。
(奴が手を曲げてでも私を狙い打つなら、必ずそこに隙は出来る――!)
東二局 ドラ④
手牌
一二七八③⑥⑦256679 ツモ④
(字牌はない。狙われるとしたら、端の方か……? 違うな)
別に直子は相手の手牌を透かしているわけではない。捨て牌や状況から、ある程度の読みと勘を働かせているに過ぎない。問題はその勘が異常なまでに冴えていることなのだが、そればっかりは加治木にはどうしようもない。
しかし、読みの方ならどうにか出来るかもしれない。
打5
打6
打6
打2
/蒲原 六巡目
「チー」
打(赤)五
(通ったな、よし。三色張ったぞ)
手牌
一二三①②③④④(赤)56 チー213
加治木が止めたので、さっきの直子の和了が異様であったのには気付いていた。
が、だとしても蒲原のやることは、終局を30000点を超えている状態で迎えることなのに違いはない。
(ワハハ、さっさと和了って逃げ切るぞー)
/直子
(いやな鳴きされたっぽいな。ゆみも何か企んでる捨て牌だし、攻めたくないけど……)
長期戦になれば、まっすぐな打牌をしているものが流れを掴む。トビ終了がない以上、多少無理矢理にでも和了りに行きたかった。
手牌
三四七七⑧⑧446西北中中 ツモ四
(……切っとくか)
打三
/加治木 十二巡目
手牌
三四五七八九③④⑤⑥⑦79 ツモ②
捨て牌
蒲原
一北白南8五31⑤中⑥⑦
直子
258發白三中6⑤北東東
桃子
???白六六北??南??
加治木
566南西二一北①①
(この手で、逆に嵌めてやるっ!)
「リーチ」
打9
見え見えの筋で待っても、おそらく直子は出さないだろう。だがチャンタも見えないこの捨て牌なら、7索は死角である。
打⑧
(……強いな)
ずっとツモ切りを続けている蒲原はノータイムのツモ切り。完全に勝負に来ている。
張ってないと思うのは、少々楽観的だろう。
(状況的には二人リーチも同然だ。降りられるか?)
出遅れた直子はこの局は攻めてこないはずだ。蒲原の待ちは知らないが、リーチを優先して降りれば、7索は出るかもしれない。
(かかれ……っ!)
「ポン」
「むっ?」
八筒に直子が予想外に食いついた。降りずに勝負する気だろうか?
(だがそれでも、7索は出やすい)
打7
「ロンッ」
「っ!?」
「リーチドラ1……裏はない、2600だ」
「はいよ」
跳ね満を和了った後だからだろう。さして痛そうな表情も見せずに、直子は点棒を差し出した。
(だが、今回は討ち取ったぞ)
蒲原 :25000点
直子 :34400点
桃子 :25000点
加治木:15600点
※桃子の捨て牌は、見える人には少しだけ見えるようにしました。