「ロンッ……!」
「っ……!」
倒された手牌を見て、桃子は漏れそうになった呻き声を抑える。
七七22334499北北(赤)⑤
捨牌
6⑨三3四九②⑦西(リーチ)
役を意識させての一撃。ドラは赤一つだが、何の問題もない。
「裏ドラなし。12000点……終了だな」
口元だけ僅かに歪めて微笑み、直子は言った。
直子:45600点
桃子:24300点
睦月:28900点
妹尾:1200点
「まぁ気を落とすな。次がある」
「う、うるさいっすよ……」
気を落とすなと言いつつ、しっかりと勝ち誇った表情の直子に、桃子はムスッとした表情で言った。
「……2700点差で何でリーチしたんすか?」
西単騎のダマでも和了れば逆転である。桃子の言う通り、トップを狙うだけならリーチをかける必要はあまりない。
「いや、ギリギリ見える内に、出来るだけ叩いておこうと思っただけよ。まだ初戦だしね」
「……っ!」
初戦――そう、この半荘は全六回戦の内の初戦でしかない。 これは来週行われる県予選の団体戦、それに出場するメンバーを決めるための勝負である。
「ルールはほぼ団体戦のルールと同じだ。赤ドラ四枚、役満の複合なし、大明槓からの嶺上開花は責任払い、大三元、大四喜、四槓子のパオあり。点数引き継ぎがないから持ち点は10000点ではないが、代わりにトビがなく、終了時に30000点返しで成績をつける。質問は?」
簡単に説明して、加治木は部室の中を見回した。
加治木を含めて六人。五人は彼女の話を聞きながら、配られた大会ルールに目を通していた。
「……ダブロンは頭ハネ、トリプルロンは流局か。フリー雀荘みたいなルールの癖に変なところで競技なんだな」
不思議そうに首を傾げて直子がそんなことを呟いた。
「今年からルールが変わったらしいな。ルーキーの私達には嬉しい展開じゃないか」
ワハハと明るい笑顔を浮かべながら蒲原が言い、加治木もそれに頷く。
「そうだな。ドラが全部で八枚もあれば、番狂わせは十分に起こり得る」
「メンバーはどうやって決めるんですか?」
誰も質問しなさそうなので、黙っていた睦月が加治木に続きを聞いた。
「ああ、まだ言ってなかったな。といっても簡単な話だ。常に二人の抜け番がいる半荘を六回、つまり一人当たりは半荘四回ずつ。戦績の良い者から五人が団体戦のメンバーとなる。直子の案だ」
「……なるほど」
言われた通りの分かりやすいルールに納得しつつ、睦月は「ん?」と怪訝な顔をする。
「それだと、下手すると先輩方のどちらかがメンバー落ちするかもしれないんじゃ……?」
「そぉぉぉなんすよっ!!」
「うわっぁ!?」
睦月の言葉に、ぬぅっと出現した桃子が勢いよく喋りだした。
「津山先輩の言う通り、最初は加治木先輩と蒲原先輩は無条件でメンバーにしようって話してたんすよ! なのに直子が余計なことを言ったせいで――」
「余計なことじゃないでしょう」
ムッとした表情で直子が割り込む。
「三年だからって無条件って何かズルくない? って言葉のどこが余計な発言じゃないんすかっ!?」
「そのままの意味だよ。来年部員が足りるか分からないんだから、今年で最後だからって理由で特別扱いはズルいじゃない」
「ワハハー、お前らその話何回やるんだよ。仲良いなぁ」
「誰がっすか!」
口を挟んだ蒲原に桃子が噛み付く。
「心配しなくても、先輩は負けないと思うけど……?」
「それは、まぁそうっすけど……」
「おーいむっきー? 何でそこの先輩は複数形じゃないんだー?」
(はぁ、全く面倒な小娘だな)
マイナスの存在感はどこに行ったのか、何時になく騒がしい桃子に、直子はため息を吐く。
彼女がこうもこのルールを嫌がっているのは、加治木が大会に出られない可能性があるから、というわけではない。それもあるだろうが、睦月の言う通り、この面子で加治木が最下位になることは――まぁない、と言っていいだろう。
それを桃子が分からないはずがない。故に、彼女懸念は他にある。
自分が大会に出られない可能性がある、ということ。
団体戦に出るために加治木は自分を誘ったのに、自分が出なかったら加治木は自分を見限るかもしれない、とでも考えてるのだろう。
(……で、例によって私に出来ることはないわけだ)
入部の時と同じように、日和った桃子がまともに話を聞くのは加治木だけである。
「大変ですねぇ」
「本当にね。……あれ?」
掛けられた声に答えてから、声の主に目を向けると、妹尾佳織が楽しそうな表情で直子を見ていた。
「直子さんって、優しいですね」
「……そんな評価は初めてされたな。何で?」
別段悪党を意識しているわけではないが、それでもこれまでの人生でそう言われたことはなかったので、思わずそう聞く。
「えー、だって先輩とか桃子さんのことよく気にかけてるし」
「……あー」
「津山さんにも何か教えてるみたいだし?」
「……いや、まぁそうだけどさ。なるほど、そういう風に見えているのか」
困ったように頭を掻いて、直子はむぅ、と考え込む。
「……単に変なこと考えたままとか、未熟なまま私の前で麻雀やって欲しくないってだけなんだけどな」
本心ではあったが、口に出せばツンデレみたいな台詞になってしまった。
「ふふ、多分落ちるのは私ですから。団体戦、頑張って下さいね」
同じことを思ったのか、やれやれといった表情で微笑んで、妹尾はそんなことを言った。
「ツ、ツモです。こ、国士無双っ!」
『ギャーッ!!』
三人の悲鳴が上がる中、紅潮した顔で手牌を倒して、彼女はそう宣言した。
一九①⑨19東南西北白發中 ツモ中
「期待を裏切らない娘だ」
「純正……すごいな」
抜け番で良かった、という表情で、後ろで見ていた加治木と直子が引きつらせた顔でそれぞれ言った。
「これでひっくり返ったな」
「……ああ、モモの親っ被りだ」
南二局終了
桃子:21200点
蒲原:22000点
睦月:23500点
妹尾:33300点
これが直子が安易にメンバーを決めたくなかった理由の一つだった。
鶴賀の部員の中で言えば、藤田の言う『牌に愛された子』とは間違いなく妹尾だろう。
偶然だろうが何だろうが、この戦力をみすみす手放すのは惜しい。しかし同時に、妹尾の言う通りわざわざ色々教えた睦月が出ないというのもつまらない話で
はあったのだ。
(……この役満の和了率、絶対おかしい)
「あと二局、逃げ切ったら桃子が最下位だな」
「その上次から抜け番だ。大丈夫か?」
戦慄しつつ言った直子の言葉に、加治木が心配そうな表情になる。
「…………」
「何だ? 言いたいことがあるならいいぞ?」
黙り込んだ直子に加治木が問うた。
「……別に? とりあえず今言うことじゃないよ」
(一気に点差が開いた……これは不味いかもしれない……)
気持ちの切り替えは大事だと分かっていたが、さっきの役満は本当に痛手だった。
南三局 ドラ7
親:蒲原
六巡目
手牌
三四五八九②③④45999
ツモ二
捨牌
西二西一⑧
(直子が言ってた、このパターン、オカルトシステムだ……っ!)
一緒に雀荘へ行った翌日から、直子が「ちょっとやってみて欲しい打ち方があるんだけど」と言ったのが、この言葉だった。
詳しく聞いて、最初は何それと思ったものだ。だが実践して見ると何の違和感も覚えず、むしろすっきりした気持ちで穏やかに麻雀を打てた。
といっても、勝率自体はさして変わらなかった。直子曰く「まだノイズの段階だから」とよく分からないことを言われたが、そんなことはどうでも良い。
打ってみて分かった、自分の感覚に訴えかける流れの存在。
それを感じてこの打法と共に戦えるのなら、睦月はただそれに従うだけだった。
勝敗は、勝負が終わってから考えればいい――っ!
(どのみち二は使えない。次からが……勝負っ!)
打二
(張ったっ! でも……っ!)
手牌
五六七①②③2223北北中 ツモ中
捨牌
西西東⑧二
普段なら当然のリーチだった。北と中の字牌シャボ待ち。どちらもまだ場に出てない初牌だが、この巡目なら数巡以内にでも出る可能性はある。
まして今の自分は完全にステルス状態。リーチだろうが初牌だろうが相手は無警戒に捨てるだろう。
(残り二局、かおりん先輩とは12100……)
仮に普通に出和了りをした場合、ドラがなければ2600点。オーラスは満貫ツモが条件になる。
(今の私には誰も降りれないから、直撃もあり得るっす。なら――っ!)
「リーチっす」
「…………」
「…………」
「…………」
牌を曲げて千点棒を出すが、それに対し誰も注意を払う様子はなかった。
(イケる……これは和了れるっすよ)
ツモ八
ツモ中
ツモ4
ツモ九
手牌
三四五八八九④44599中 ツモ九
捨牌
睦月:西二西一⑧二9②③
(よし、思った通りだ。縦に伸びる)
オカルトシステムNo62『不調者はヨコの手牌にタテのツモ!』
(既に捨てていた西と二の引き戻しから読んだ通りの展開だ。正直に打っていれば3、6リーチのみしか出来なかったけど……)
打四
さらに次巡――
ツモ三
(これで七対子一向聴っ!)
西と二をミスしなければ……否、システムの発動を判断するには少なくとも西が被ることは必要だったわけだから、どう上手く打っても現時点では聴牌が最大か。
(その場合なら、何で待っていたかな……?)
捨牌
蒲原
發東②①688東⑥⑤2
睦月
西二西一⑧二9②③四5
妹尾
⑨南白白五六東發①②
桃子
???
当たり前のように桃子の捨牌を視線を送らず、睦月は考える。
(中はまだ出てない……? ツモった時ならともかく、今になってからは切れない。それなら――)
中を早めに処理していた場合は④、そうでなければ中といったところか。
(とりあえずは5と五か……)
打5
(萬子がこんなに伸びるとは思ってなかった……)
一二三(赤)五六七七八九南南南1
(まだチャンスはある)
三三五八八九九④4499中
(みっつずつ、みっつずつ……あ、ツモ番だ)
一三三六七九⑦⑧⑨333發
(出ない……ついてないっす)
五六七①②③222北北中中
(北と中、もう誰かに持たれているのか……?)
桃子の後ろに座って、加治木は固い表情で手牌を見ていた。さすがに外野から集中して注目していれば、その姿が見えなくなることはないらしい。
(ここで外せば、オーラス難しくなるぞ……?)
そんな思いの加治木が見守る中、桃子が牌山に手を伸ばす。
(ツモれ――っ!)
が、持ってきたのはドラの7。
ツモ切り以外の選択肢はない。
(……駄目か。桃子のリーチは誰にも気付かれていない。だから誰も降りない。頭にされていたら追い付かれるぞ……っ!)
ゴクリと喉を鳴らして、加治木は桃子を見る。
(一回戦は24300点で-6ポイント。この半荘はもう大トップは狙いにくいが、それでもトップを取ればプラスに浮く。最終的に五位以内に入れればいいわけだか
ら、ステルスモードの桃子ならまず残る。ここで勝てれば……っ!?)
「よし、リーチな」
親である蒲原がリーチをかけた。
捨牌
發東②①688東⑥⑤21(リーチ)
(リーチっすか……)
桃子の影響で、この麻雀部ではリーチがかかることはかなり少ない。今回のように数半荘連続で行う場合、桃子が出して気付かない間に見逃しフリテンになってしまう可能性があるからだ。
(役がなかったか、私にツモ番が行く前にむっきー先輩かかおりん先輩から直撃を狙ったもの……?)
そう考えれば、あの捨牌から容易に判断出来る、萬子の染め手ではない。
(⑨辺りが狙い目っすね。でも……)
「ワッハッハ。これが決まれば一気にトップだぞう!」
(……そんなこと考える人じゃないっすよね)
押すときは押す、引くときは引く。その戦術はシンプル故に粘り強く、同卓時の成績は桃子よりも下だが、平均すれば蒲原の成績は直子の次に安定している。
(ほぼ萬子の染め手っす。そしてそうだとしたら――)
初牌の北と中は出ない。
(――私の負けっす)
「ツモッ!」
一二三(赤)五六七七八九南南南北 ツモ北
「裏は五か。どっちにしろ倍満だな。8000オールだワハハー!」
(逃した……)
三三八八九九④4499中中
手牌を伏せて、睦月はため息を吐く。
蒲原:47000点
睦月:15500点
妹尾:25300点
桃子:12200点
(一巡しか和了る機会はなかったのか)
残り二局で31500点。かなり点差が開いてしまった。ラス親ではあるが難しいことに変わりはない。
だが、
(……まだ終わってない)
睦月はまだ諦めるつもりはなかった。