では今期最後の講義を始める。
今日は竜の村から出立する男竜について語ろう。最後とはいえ気を抜かないように。
まず、男竜と女竜が巣を出る、というのは意味合いが大きく違う。男は基本的に竜の村を出ると基本的にもう村には戻らない。勿論例外とてあるが、基本的には巣を活動拠点とするが、反面、女竜は何度も出たり戻ったりをする。理由はそれぞれではあるが、例えば婚約者の様子や巣がどれくらい出来上がっているのかを確かめたりする。
つまり、女は竜の村は何度も帰れるが、男は帰れないし、帰りたくないものだ。理由は言うまいが。
さて、本題ではあるが、男竜が村を出た後にすべきことは巣を作る事だが、さてどこに作るのかを語ろう。
まず一番重要なのが、人間の存在。これに尽きるといっても過言ではない。巣を拡張するにも今後の生活の為にも欠かせない資金源であると同時に厄介者でもある。例えばどこか大きな町や首都近くに巣を作れば確かに貢物や侵入者の質・量ともに見返りとなる金額は大きいだろう。そこまでの防衛設備を整えれるならば、とつくが。
初期の巣は真に貧相と言わざるを得ない。穴と部屋のみが一番最初の巣である。こんな状態の巣では禄に財宝は貯めれない上に人間の侵入者達に簡単に財を奪取されてしまう。
では、人が居なければいいのか、というとそうでもない。巣を作り、いざ侵入者を待ち構えようとも、肝心の侵入者がいなければ、それいじょうの巣の発展は阻害されてしまう。このさじ加減がまた難しい。また、町の富裕にも気をつかわなければならない。
更に立地という条件もある。まず一番重要なのが、巣を作るに耐えうる地盤か否か。活火山か休火山か、大きさもある。更に気候の条件も視野に入れなければならない。女がこんな貧相な山は嫌、寒いのや暑いのは嫌と言われた日には…。
更に更に、頭の痛いところでは在るが、周りに他の竜のテリトリーではないかも重要だ。それが活動中か如何かに関わらず、人間達が家の周りで騒がれるのはよろしくない。
まとめてみれば、①近場に手頃な町がある事。②女が自尊心を満たす程度の大きさと美観がある住居。③周りに他の竜の巣が無い事。この3つが最低条件である。
好条件の類として、巣から見て、少し遠いところに大きな町。周りに重要な拠点や軍事施設がない事、地下水が豊富で水に困らない等…。
つまるところ、男は竜の村という名の監獄を抜けると今度は世間の冷たい風を一身に浴びなければならない。勿論、失敗は即ち死である。巣の住居を見つけるのに何十年かける竜すら居る程だ。
世の中には竜とは勝ち組だという輩も居るようだが…私からみれば負け組もいいとこ、である。私の母や婚約者達ならばそれこそではあるが。
長々と語ってしまったが、最後の授業を終わろうと思う。諸君、今までご苦労だった。これからも勤勉を忘れないでもらいたい。
次世代ドラゴン
例えば、喉が渇き、空腹に耐え切れない時があるとしよう。そこには食料も水も豊富にあるが、どちらか片方しか選べないとしたら、水を選ぶべきか、食物を選ぶべきか。
例えば、どうしても今、必要な品物が二つあるとしよう。今の手持ちの現金では片方の品物しか買えないとしたら、どちらを選ぶべきだろうか。
このような状態では、どちらを選んでも間違いではないのだ。正解ではないだけで。
では、本当の正解とは、と言われれば簡単である。両方選べばいいだけだ。だが、普通の人物やもたざる人物はその両方を選べないだけで、持つべきものは金を出すなり、相手が望むものを出すなりして両方選ぶし、有能な者や口達者な、所謂、一角の人物は値切るなりなんなりで両方選ぶ。
「………」
「………」
つまるところ、俺から見て二人が並び、俺と向かい合っているこの現状において、人間でいう、確か『ダブルブッキング』といったか。さて、小説では華麗に切り抜けるスーパーマンを演じていた劇中の人間ではあるが、現実でもそれが可能か? と言われると首を捻らざるを得ない。
その小説の主人公は、甘いマスクと蕩けるトークが売りの貴公子だった。だがしかし、残念な事に俺は甘いマスクでも蕩けるような会話もできそうにない。
やはり、物語は一人のヒーロー、一人のヒロイン。これが一番バランスが良い。ヒロインやヒーローが何人もでると物語に歪みが出来てそれはきっと崩壊してしまう。
だからといって、物語という名の俺の精神が崩壊してはいけないのだ。何故なら、方や生粋の紅の御令嬢。もう一人のヒロインは黒の女王ときたもんだ。曲がりなりにも俺だけのヒロインとなったこのお二方にはとてもではないが見せられない姿である。
物語の序盤というのは以外にも必要がないのかもしれない、最も重要なのは結果であり、俺が必要としているのはその結果に結びつくまでの過程。
ただ、偶々ルヴィアとエルザが偶然にも同じ時間帯に、偶然にもお互いに俺の家に寄っただけであり、偶然にもそれが玄関で鉢合わせしただけの、本当にそれだけだったのに。
「………」
「………」
例えばここで、身の程知らずの悪漢が殴りこんできたら、それは俺にとっての英雄になる。
例えならなくても、話の切欠にはなる。その英雄は英霊になるであろうが。
しかし、こうしていても状況は好転しないだけ、つまるところ、その身の程知らずの悪漢は俺であり、英雄は俺自身であり、結果として…いや、考えるまい。
「まあ…たった数十年とは言え、いざ離れるとなると、案外、感慨深いな。
最初にこの村に来た時は、ルヴィアと婚約者になるとは夢にも思わなかったが…」
「…ふん」
不機嫌なのか少しばかり目を伏せているルヴィアに俺は苦笑しつつ、
「すまんな、不甲斐ない上に頼りないだろうが、ルヴィアに釣り合うような男になるよう努力するよ」
「当然ね」
これまた手厳しい意見に俺は頭を軽く掻く。全くもって、何時になったらルヴィアと釣り合う日が来ることやら。
「汝、何を言うかや、妾が恋敵はそう思うとも、妾には十分に過ぎたるのじゃ」
「はは…俺こそエルザは過ぎたるものだろうな。
好意や恋慕の情なんていうのは俺には無縁だったからな、その、なんだ、ありがとう。嬉しいよ」
…こうも真っ直ぐに好意をぶつけられると照れるな。
「何? 私とは嬉しくないのかしら?」
「…いや、嬉しいとか嬉しくないというよりだな、俺にとっては二人とも高嶺の花、だからな。
正直俺の婚約者は、至って普通の、程々に俺を嫌っているような女と思っていた。
それが、急に手が届かないその宝石が手に転がり込んできたみたいなものだから…そういう、実感がまだ沸かないんだ。
今こうやってお茶を飲んでいる最中にも『実は嘘でした』と言われたら、ああ、やっぱりそうだったんだ、と思ってしまいそうだ」
だから、どこにも行かないで欲しい。とそう遂、口走ると同時に自己嫌悪。猛烈に恥ずかしい。
「…ふん。精々私を掴んでおくことね」
放っておいたら私は容赦しないわ、と早口に捲くし立て紅茶に手を伸ばすルヴィアを横目に見ていたエルザが何が楽しいのか笑っていた。
「くふふ…まぁよい。何、汝よ。妾は逃げぬ。
妾は汝が傍に居るだけで、それだけでいいのじゃ。だから妾を捨てないでくりゃれ?」
それは全くもって俺の台詞だ。
「ああ、本当に嬉しいな。こうも素敵な婚約者に居られては折角、今日のうちにでも出立しようとした決意が鈍るな」
「…貴方にはまだ私を持て成す責務があるわ」
「うむうむ、そう急ぐことはないのじゃ、もう暫し、この温もりを感じさせてくりゃれ」
だがそうは言われても、婚約者が決定して長老からも巣作りに入れと言われている現状では、少しばかり難しい。
「そうは言ってもな…まあ、明日ぐらいまでなら構わんが…」
まあ、確かに身辺整理も必要だろうし、多めに時間を取ったと思えばいいだろう。
「賢明ね、なら明日私に付き合いなさい」
「それがいいのじゃ、明日はあの場所に連れていってくりゃれ?」
「…いや、俺の体は一つしか…その…なんだ」
時間的に見ても一つの場所しか巡れないのだが。
「……」
「……」
場所に関する質問はあまり受け付けたくないのだが…。
結局3日間時間を取った。
不眠不休でも問題ないこの体に万歳。