気位の高い竜の女にとって、団体生活というのは難しい。何分、世界は自分を中心として回っていると思っているのが殆どで、実際その通りである辺り性質が悪い。回ってなければ回せるだけの実力もある。本当に性質が悪い。
勿論、そうでも無い女も居るのだが…まあ宝くじの一等賞が当たるぐらいの確率だ。そんな女が見つかるのは。
さて、如何に竜の村が広く、如何に引きこもり体質の竜であれ、団体生活を送っている以上、何かしらのトラブルはある。これが、男竜同士や片方が男竜ならば簡単だ、まだ話し合いで済むが、女同士だとそうもいかない。何分、気位の高さに定評のある竜の女は自分が折れるということは有り得ないと思っているのだ。
では、どうするか…それが今回語ろうと思う『決闘』である。
決闘とは相手が双方譲らず、実力によってどちらが正しいか決める竜の村での風習だ。ルールは簡単、一対一で戦って勝ったほうが正しいという単純なモノだ。
だが、決闘で勝てばいいのだが、負ければ自分の矜持が傷つくのが見えている。そしてソレは相手も同様で決闘の後に仲違いや種族間での小競り合い等も良く聞く話だ。私が知る限り、母親が決闘を行ったらしいが、母は酷く強い。竜全員が束になっても勝てない程に。故に問題は無かったのだが…
まあ、それはともかく、今回はこれまでとする。諸君のこれからの精進に期待している。
次世代ドラゴン
俺の一日は水汲みから始まる。我が家から遠く離れた小さいながらも自然豊富な山の麓、そこにあるのはルヴィアのお気に入りの泉。
紅茶良し、水浴び良し、デート良しの三要素が揃ったこの綺麗な泉に向かうには細心の注意が必要だ。ルヴィア曰く「私しか知らないし、誰にも教える気は無い。だからバレたりバラしたら殺す」と釘を刺されている。
朝早く、人目を避けるように出かけるのもそうだし、新鮮な水じゃないと紅茶は美味しくできない。そして俺の命も危うい。
前回はその帰り道に襲撃されて水が無くなったのであるが、今回は行きと同じく帰りも人目を避けて帰る。ルヴィアと一緒に向かう時は他の村人がルヴィアを恐れて離れていくので人目を気にすることは無い。
さて、家に帰って風通しの良い日陰に水を保管すると次に行うのは食事の用意だ。この世知辛い竜の村での生活では自炊が当然である。だが更に世知辛い事に俺は料理…というよりその作るための火魔法の制御が至って苦手である。
今日も今日とて、完全に焦げるか全然焼けてないかのどちらかの物体を食べ終わると、箒片手に家の掃除が始まる。
中は言うまでも無く外の庭先までも綺麗に掃除しておく。別に綺麗好きという訳でもないのだが、俺の数少ない友人・知人が家を訪れる際には悪い気分を持ってほしくないからな。
そして、シーツを干したり、服を洗濯したり、壁が壊れていたりすると応急処置を施したりと至って人間と変わらぬ営みを行う。例え竜とは言え生物だし、感覚は人間とそう変わらん。
そうして、太陽が完全に昇りきり、昼までそうは掛からないな、という時間になると俺は村の物資運用係の大人の竜を探して飛び回る。
食べ物は基本的になんとかなるものの、嗜好品等はそうはいかない。どこから仕入れてくるのか知らないが、月に一回程度、仕入れてくる。それを俺含む他の竜が受け取りに来るわけだが…生憎と嫌われている俺では、その時の竜が俺に対して最悪、普通に嫌うだけの人物だと嬉しい。まだ、物資は仕入れられるのだから。
尚、お金という手もあるが、稼ぐ手段の無い竜は基本的に物々交換という形になる。宝石の原石とか珍しいものとか。ルヴィア? こんな係りをルヴィアに任命しに来る奴は命知らずか馬鹿か自殺希望者だけだ。
さて、今回は残念な事に俺を大層嫌っている竜が係りを拝命されていたので、俺が頼むことはできない。
だがしかし、だからといって無理という訳ではないのだ。持つべきモノは友、というようにこういう時はカインを頼る。カインが物資を仕入れる時に俺の分も仕入れてもらう。代金は少し色をつけてカインに渡す。これで何も問題は無い。
カインには本当に世話になっている。何時か巣を作った時に財宝が溜まるとカインに渡しに行こうと思うぐらいに。
そうして、必要な注文を行った後は、一日、陽が沈むまでゴロゴロしたり本を読んだり、カインと雑談したり、エルザに頭を撫でられたり、ルヴィアにパシらされたりと過ごす訳だ。
「以上、俺の一日だ」
「…やはり昨日ルヴィアに殴られすぎて頭がイカれたか?」
可哀相な人を見るような目で俺を見てくるカインに俺は黙って茶を注いでやる。俺も何故声に出したのかわからない。
「しかし、昨日は生き残れたんだな」
「ローガス、それは俺の台詞と思わないか?」
俺は至って普通のルヴィアの訪問だったが、カインは火達磨になって吹き飛ばされただろう。俺は耐えれそうに無いかも。
「結局の所、昨日は何故お前は追われていたんだ」
「ああ、お前が飛び去った後な、お前の飛び去る姿を見たルヴィアが急に今までの静けさから一転、囲んでいた大人達に襲い掛かった。で、大人達も反撃するも…まあ、ルヴィアには勝てん。最後の一人が瀕死になると同時に怖くなった俺は逃げてきたんだが、何故か追いかけてくるんだ」
「ふむ、で?」
「お前の家の前で俺は意識を失った」
苦笑しながら、気づけば外で寝ていたよ。とつぶやくカイン。
「そうか…。しかし、同族殺しで問題になっているのではないか?」
「それなんだが、今ルヴィアとラジットの両親・氏族で戦争前夜らしい」
ルヴィアだけなら問題は無いのだが、とカインが付け加えて、問題はそれだけじゃないと語る。
「ルヴィアの姉はお前の母親と決闘して殺されたのは知っているな?」
「ああ、知っている」
「なら話は早い。如何にルヴィアが強くとも、ラジットの一族全員では分が悪い。だが、ルヴィアの両親の子供は彼女一人だし、もう、次の子供が産まれる事も期待できず、更に二度も決闘が理由で我が子を失う訳にもいかない。前回ので火炎竜一族は矜持を酷く傷つけられているから引く事もできないのさ。勿論、ラジット側にも面子がある…何より殺されているからな」
「つまり…」
「ラジットの親戚とルヴィアの親戚達で戦争なら、まだマシだな。最悪なのは電光竜と火炎竜の全面戦争さ。そして後者が最も可能性が高い」
カインはそう言うが…現在、村の人口の比率は8つの竜種で均等に割れるという訳ではない。純血の古代竜は母さんを最後に村から居なくなったし、他の竜も一つや二つ程度の混血持ちの竜も居ることには居る。問題は、その血筋だろう。火炎竜の血を半分引いた烈風竜や電光竜の血を引いた暗黒竜。ルヴィアの母親の姉の旦那が地砕竜とかそんな事もありうる。
問題が広がりに広がって村を二分する戦いにもなる可能性があるという事か。
「ま、俺は魔王竜の純血種だからな…面倒事にはならん蚊帳の外って訳さ」
全く、羨ましい限りだな。
そんなこんなで正午も回り、午後、というより夕刻にはエルザに誘われて空の散歩と洒落込んでみる。
できるならば、あまり外には出歩きたくはないのだが、折角誘ってくれたエルザに失礼かと思い、承諾して、今に至るという訳だ。
「どこに行くんだ?」
「どこでも良いのじゃ。汝と空を飛べたらそれで良い」
それだけを言うとクルクルと俺の周りを飛び回り、時々、戯れのように体をぶつけてきては俺は墜落しそうになる。
俺とエルザはまだ年齢は100歳未満の竜だ。他の大人たちに比べ一回りも二回りも小さい体躯であるとはいえ(俺はまだ大きいほう)、飛行中に当たったりするとバランスが崩れるのでやめてもらいたい。
「して、汝はこのか弱き乙女を、どこに連れて行ってくれるのかや?」
都合、何度目かの墜落の危機をやり過ごし、太陽も大分地面に近づいた頃には飽きたのか、俺にどこかに連れて行け、と申すこの小さい姫君。俺は、それに従う忠実な従者として何と答えればいいのだろうか。
「ふむ…そうだな」
暫し、思考の海に潜る事数秒。竜の優秀な頭脳のお陰で候補地は絞ってある。途中、山に広がる花畑やルヴィアの秘密の泉も思いついたが、花畑は季節が違うし、泉に案内すると俺の命の危機なので却下した。
「少し、遠いが大丈夫か?」
「構わぬ――このまま、妾を何処へも連れてってくりゃれ」
その承諾を得た俺は、ずっと前に見つけた名勝地へ連れて行くことにした。最近は訪れる事は無かったのだが、偶には訪れるのもいいだろう。
「して、そこはどのような場所かや?」
「一言で言うなら大きい滝だな。その滝壺から出る飛沫のお陰で陽の光が当たると虹が掛かり、夜は月光で幻想的な輝きが見れるぞ」
「汝のお気に入りの場所かや?」
「ふむ…そう、だな。まあ、最近は訪れてはいないが、エルザが来る前はよく訪れていた。今日は丁度、雲ひとつ見当たらない満月だからな、エルザも気に入る筈だ」
「ふむふむ、楽しみよの!」
そんな雑談を交わしながら、幾つもの森を越え、山を越え、たどり着いたのは村に何本か流れているとある川の最上流付近。昔、暇を持て余した俺が探索に出かけた時に見つけた場所だが、こんな時に役に立つとはな。
ここがそうだ、と指差した時には待ちきれなかったのか一直線に急降下したエルザに墜落するなよ、と声を上げてから俺も着地する。
俺が人型になる時には月光に煌く飛沫に見とれているエルザが居た。
「ここが、そうなのかや…素敵じゃ、素敵なのじゃ」
高さ10メートル程の滝が勢いよく流れ落ち、盛大な飛沫を飛ばし、月光を反射させるこの光景は確かに素晴らしいと常々思う。
それに滝だけではなく、木々に囲まれ、大きい岩が何個か転がっているので座ってのんびりするにも丁度いい。
「ああ、そうだな、月光に照らされたエルザも綺麗だと思うぞ」
「な、何を世迷言を申すかや…たわけぇ…」
うん、エルザは初々しくていい…他の女なら 当 然 とばかりにしているからな。
「水も冷たくて気持ちいいのう」
手ごろな大きさの岩に腰掛け、足を水につけてはしゃいでいる姿はとても生物の頂点たる竜族とは思えない。まるで普通の人間の女の子のようだ。
「の、のう汝よ…その、あっち向いといてくりゃれ?」
「ん? 何故だ?」
はしゃぐエルザを見ていると穏やかな気持ちが心に広がるので、のんびりとエルザを眺めていると何か恥ずかしそうにそう言われてしまう。
「その…泳ぎたいのじゃが、汝に見られるのは恥ずかしいのじゃ…」
「あー…わかった、少し離れておこう」
まあ、泳ぎたいと思うのも仕方が無い。水は綺麗だし、深さも広さも申し分無いし。何より俺も泳いだからな、気持ちはわかる。
「ま、待ちゃれ。汝がどこかに行くと寂しい…傍に居てたもれ…」
どうしろと?
結局、目隠しした挙句、後ろを向いて正座するという事で折り合いはついた。
途中、俺も服を脱がすかどうかという議論になったが、別に俺は泳がないのに服を脱ぐのはおかしい、と論破した。
それはともかくとして、泳ぎ疲れたらしいエルザは滝より少し離れた開けた場所に寝転がり、俺は膝を貸している。
「うむ、丁度良い高さの枕じゃ」
「そうか。寒くないか?」
別段、竜は寒くとも風邪をひくことは無いし問題も無いのだが、寒いものは寒いのだ。季節は初夏とはいえ、流石に夜は冷える。
何より、エルザはつい先程まで泳いでいたので体温は相応に下がっているだろう。
「汝が居るから暖かい、。問題は無いのじゃ。所での?」
「何だ?」
「あの滝なのじゃが、他の誰か知っている者はおるのかや?」
ふむ…何分、遠いとは言え、川を遡れば辿り着くからな。他の誰かが知っていないとも限らないな。
「俺が居るときには誰も来たことは無いが…いや、居るか」
「誰なのじゃ?」
「俺の目の前に居る」
そう答えると、エルザは体を横にして蹲る。まるで動物の幼子のように。
「そうかや…そうかや…」
一体何が可笑しいのかクスクスと笑うエルザは何を思っているのだろう。
「のう、汝よ」
ポツリと、笑うのをやめるとそう呟く。顔はこちらを向けようとしない。
「――妾達だけの場所なのじゃ」
「…? ああ、そうだな」
何が言いたいのか良くわからないが、つまりこの場所は他の竜には教えるなという事か?
しかし、女というのは~は教えるな、や、~は私だけというのが多いな。
「うむ、それで良い。妾は眠くなってきた、このまま寝ていいかや?」
「…無防備になるのは推奨できないな」
俺が言外に外で寝るのはやめたほうがいい、と言うものの、
「妾だけを守ってくりゃれ?」
と、言われては仕方ない。何よりそれ以来、エルザは目を瞑り、口も閉ざしてしまう。
膝に感じる体温も先程よりは暖かいから、寒くも無いだろうと思うが一応、上着をかぶせてやる。
――それに、偶には満点の星空を眺めながら夜を過ごすのも悪くは無い。