何時の日か、初めて母と喧嘩した時だ。
崩壊する我が家、揺らぐ地盤。付近一帯と言えば小さすぎる程の範囲を消滅させたあの日。
苦虫を噛み潰した顔をする母。
すすり泣く父。
羨望と否定が混じったマイト叔父さん
慌しいメイド達。
決着は着かなかった…否、『着けなかった』。
それ以上やれば後戻り出来ない事態になると知っていたから、延々と母の攻撃を裁くだけに終始した記憶がある。
母…強いては竜族の女の基本的な戦闘力のデータは十分入手したと思っている。
女は強くて怖いから、と幼少時に父から言われ続ける事数十年…竜の村で女に虐められても、死ぬ事は無いと思う。
実家の皆とは別れは済ませた。
強いて言うなら、喧嘩後の周辺を含めた巣の修繕にお金が無いというクーの言葉から始まる一連の騒動からマイト叔父さんの姿を見てない事が気になるが…。
眼下に広がるは長閑な村。
俺の新たな新天地。
おまけ物語 超強いローガス君。
竜の村へと繋がる洞窟を抜けた先、興味津々に入り口に取り巻く圧倒的多数の女と極少数の男。
興味と憐憫が入り混じった視線に戸惑いを覚える暇も無く、ブリッツと名乗った女が口を開く。
「はーい、皆。紹介するわ、リュミスベルンの子供であるローガス。そう、『あの』ローガスよ」
視線の質が途端に変わった。
興味は憎悪に。憐憫は羨望に。
母が有名だったかどうかは知らないが、俺が有名なのは少々理解しかねるが…。
「――へぇ、リュミスベルンの子供?」
じりじりと晒される視線とざわつく群集を知らぬとばかりに進み出た赤毛の女。
その赤毛を止めようとブリッツと他の女が止めようとしているが、それを無視して近づいてくる。
「赤毛、俺に何か用か?」
途端、殺気立った雰囲気に、父の言葉が蘇る。
『強くて怖い』というその言葉。虐めか、遂に来たのかっ。
赤毛からの『洗礼』は、だがしかし、そう、俺は知性派の竜。
暴力なんかには――屈したりしない(キリッ
「――!?」
ぱしり、と掴んだ手には赤毛の拳の温もりか、それとも受け止めたエネルギーが熱に変換されたのかは分からない。
だが驚愕に変わった赤毛は、次の瞬間にはハンニャ(東方にある怖い表情の代表らしい)のような顔でもう片方の手で殴ってくる。
……なんていうか、遅…うん、早いのだろうが…なんていうか。表情と行動が一致していないとしか思えない。
「っう…ぐっうぅぅ」
必死そうな赤毛に対して失礼だろうが、最早何がしたいのか解らない。
何故に初対面の女と鍔迫り合いごっこをしなければならないのか…。
何か他に理由があるはずだが…あ、そうか、そういえば俺が生まれて直ぐに母が俺を抱擁していたな。
あの時の父の慌てっぷりを考えるに自分が最初に抱きたかったに違いない。
成程、詰まる所、これは母性や父性といった類の感情であるのは確定的に明らかである。
あのパンチとも言えないパンチは矢張りパンチではなく、抱擁するための動作だったのだろう。
それを思えば二度も拒絶した俺が悪者ではなかろうか?
「まあ、なんだ赤毛…家族以外…というより自分からするのは初めてだが…うむ、少しばかりされるのは恥ずかしいからこれで勘弁しろ」
掴んだ手をするりと外すと慣性の法則により赤毛がバランスを崩す。
向かうようにして倒れる赤毛の胴体に手を回し、高い高いをする。
瞬時に重力魔法を展開し、椅子に座るような形で安定させると赤毛を下ろして向かい合って座る状態に。
「男である俺がされると恥ずかしいからな、勘弁しろ。甘えていいぞ」
なでりこなでりこ。
肩に赤毛の顔を乗せて髪の毛を撫でる。淡い香りと手触りが気持ちいい。
「………――~~~ッ!?」
声にならない声と暴れる身体を押さえつけて抱擁続行。
ポカポカとじゃれついてくる赤毛が可愛い。
「…どうしたんだ?」
周りの大人達の口が開いているが、一体何だというのか。
まだ若い赤毛ならともかくとして良い大人が甘えたいとか言わないで貰いたいが。
「どうした赤毛?」
体温が上昇し、顔は先程のごっこ遊びよりも赤い。
暑かったのだろうかと思い、手を緩めると俺から離れる赤毛。
愛も変わらず声無き声を発しながら何処かへ行ったのを見るに満足したのだろう。
強くて怖い女だけじゃ無かったんだな。うん。
「………」
「………」
周りの大人達も先程と何も変わっていない。
「だから、どうしたんだ?」
「…あっ、そ、そうね。とりあえずローガスには男の子を紹介しておくわ。住居とかも彼等が案内するから。仲良くしてね、じゃ、解散っ」
との事に俺が男連中に眼を向けて自己紹介をしている間にも、周りの女達は視線を向けたまま。
解散と言ったブリッツ自身がまだ居ているというのは如何なものか。
硬直から解けたらしい女達はヒソヒソと何か喋っているし、男は男で何故か変な視線を向けてくる。正直、鬱陶しい。
「所で、ローガスさん。聞きたい事が有るんですけど」
「何だ?」
「ローガスさんの母親と殺し合いしたっていう噂、本当ですかね?」
あー、あの時のか。
おかしいな、クーがあの喧嘩を見た人間は『居ませんでした』と言っていた筈なんだが…。
「殺し合いとは怖い事を言うな。唯の喧嘩ならばしたが」
うおおっあの噂はやっぱり本当だったーっ、と騒ぐ男達。お前らも喧嘩の一つや二つは有るだろうに、何が珍しいんだ。
「ローガスさんっ、先程のルヴィア…あ、さっきの赤毛の女です。で、そのさっきの抱擁は一体っ…?」
「ああ、ルヴィアというのか。可愛い奴だな」
うおおっあのルヴィアを可愛いだってよーっ、と騒ぐ男達。お前らの両親も同じ事やってただろうに。
「ローガスさんっ、記念に闘魂注入お願いしまーっす!」
闘魂? …闘魂? なにそれ。
というか知性派に向かって闘魂とはどういう事だと言いたい。
ビンタしろ、との男の言葉に変な奴だと思いつつ、軽めにペチっと。
――ボンッ!
うおおっトータスの首から上が無くなったーっ、と騒ぐ男達。え、滅茶苦茶軽くしたんだが。お前らどれだけモヤシなんだ。
そして竜の姿になり暴れるトータスを女が一瞬で鎮圧するのを見る。
「矢張り、女は強くて怖いな…」
吃驚するぐらい、賛同が無かった。
――未完!