竜が住み着いたぞ、という事を近隣に示すために、麓の村々の上空を飛びまわった数日後、山の麓の村から贈られてきた貢物をセリアの部下であるメイド達が仕分けをしていく。
貢物といっても多種多様で財宝だけとは限らない。農産物や海産物等の食料、生贄としての女、時には希少な文献等も含まれる。今回は示威行動であったためか、幾分かの財宝の他は農産物が主流であった。
「とりあえずはこの程度で良いだろう」
「はい、お疲れ様です。次回からは脅威を与えるためにある程度は攻撃していきましょう」
巣の経営も簡単ではない。
恐怖を与えて人間から財宝を貢がせるには、町を破壊して自分の存在感をアピールしなければならないが、これが難しい。
町を壊しすぎれば、貰うべき金品も貰えないし怒り狂った町人や冒険者、軍隊が大挙して押し寄せ…手加減をして少ししか壊さなければ、今度は舐められる。
この匙加減を間違えれば色々と面倒なのだ。
村を襲うか、町を襲うか…自分の巣の規模によって襲う場所も変えねばならない、身の程知らずは我が身を滅ぼし、小心者は大成しない。
「連隊長ー、ちょっと来てくださいー」
「…申し訳ありません、少々席を外します」
一言、俺に断り席を立つセリア改め、連隊長。
メイド達はセリアのような部下を引き連れ、住み込みで働く上司を連隊長と呼んでいる。
何故なら魔族だから、少し軍隊ちっくなのだ。そしてメイドは皆同じような顔ばかり…それぞれ個性はあるのだが、何分、覚えにくい。
メイド村出身のメイド族なんていう事を聞いたことが有るような、無いような。
業務上における秘密厳守は徹底しているので、空気として扱ってほしいらしいが、まあ追々覚えていくことにする。
次世代ドラゴン 巣作り編
今は平穏で順調な発展をしている巣ではあるが、それも束の間。村落を襲い、財宝を溜め込んでいくと、それに比例するかのように知名度も広がっていく。
そして知名度とは即ち、巣の大きさであり、溜め込んだ財宝の量でもある。
次第に溜め込んだ財宝を狙って冒険者が無数に寄せてくるだろう。怒り狂った町村の人間も押し寄せてくるだろう。竜という邪魔者を排除するために軍隊も来るだろう。
俺が為すべき事、それはそのような類の盗人を撃退ないし捕獲し、装備を売り払い、身代金によって財宝を貯めていく。
そうして積み上がった財宝を狙ってまた冒険者が来る…巣の経営とはつまりはそういうこと。
だが、それはもう少し先である。
「ご主人様、現在巣の防衛力に少々不安が残ります。新しい迎撃部屋と迎撃部隊の雇用は如何でしょうか?」
今はこの束の間の平和を味わいつつ、来るべき時の為に準備を整えておこう。
「現在の予算ではどれくらいいけそうだ?」
「はい、ここ竜の間に至る直前の場所に待機部屋(小)とそこに配置するモンスターを雇用可能です。
雇用するモンスターの等級を落とせば竜の間にも定数配備する事が出来ますが、如何致しましょうか」
竜の間とは俺の部屋であると同時に今現在、唯一まともな迎撃用の待機部屋でもある。この竜の間以外には入り口からここまで何も障害がない状況の上、この竜の間には宝物庫への道も繋がっている。
つまるところ、竜の巣の心臓部位であり、侵入者に対する最終防衛線だ。
追々、侵入者に対する罠部屋や迎撃用の待機部屋等の防衛施設を多数備えたいが、今は残念ながら予算不足である。
「うーむ…」
迷うところである。必要なのは質ではない、しかし量も必要ではない。どちらも必要なのだ。
例えば、最下級の迎撃モンスターである『ベト』は安いが弱い。将来性も無い。
かといって強いモンスターを揃えても、数が無ければ何れは戦線を突破されて財宝を奪われてしまう。
…ん、待てよ? 俺も戦えるじゃないか。竜の間で俺は居てるのだから、そこで俺は迎撃すればいのではないか?
竜であるこの俺が戦うのだ。数多の有象無象は迎撃モンスターに任せて、それを突破した骨のある奴を俺が屠ればいいのではないか。
ふっ…我ながら名案であると言わざるを得ない。ならば答えは一つ。
「等級は落とさなくて良い。なるべく強い奴を頼んだ」
「畏まりました、ではこれより『竜の間・真』への改築を始めます。改築が終わり次第、迎撃モンスターの召還に移ります」
…
……
………
ツルハシやスコップ担いだメイド達が随所に見受けられる工事区画。
メイド達の努力とそれを指揮するセリアの手腕によって、洞窟の一部分があれよあれよと言う間にそれなりに広い部屋に変わっていく。
セリアの説明によればこの『竜の間・真』は待機部屋に迎撃部隊をが2体、活動可能らしい。竜の間と合わせて合計、部隊を5個運用できるわけではあるが、とりあえずは最低限の防衛設備ではなかろうか。
まあ、実家の防衛線と比べれば鼻で笑われる規模ではあるが、財宝を守れればそれでいいのだ。何より最終防衛線の竜の間には俺が控えているわけだし。
「ご主人様、巣の改築が終わりました。続いて迎撃モンスターを召還致します」
「頼んだ」
そうしてまたもやあれよあれよと魔力で召還陣を敷いていき、準備が整ったのか、
「モンスター! 来い!」
セリアは淡く発光している魔方陣に手をかざし、まるで誰かを呼び寄せるような仕草をすると、魔方陣からその手に呼応するかのようにモンスターが現れてくる。
現れたモンスターはダークマンと呼ばれる、岩でできた人間型モンスター。今はまだスキルも無く強くもないが、これからの活躍に期待する。
尚、 迎撃モンスターの扱いであるが、お金が掛かるのは最初の雇用費だけで、後は住居等も必要とせず、維持費は掛からない。
なら飯や住居はどうするのか…と聞かれると困る。俺も知らないのだが…適当に各自でどうにかするらしい。
だが、最初に大金を払うとはいえ…命の保障も住居も飯も出ないというのだから、環境的に考えるとひたすらに『黒い』のではなかろうか。まあ、彼らは彼らで契約に応じて来たので気にする事は無いのではあるが。
「連隊長、次は私が召還してもいいですか?」
青い髪をしたメイドが私にやらせてっ、という雰囲気を出して手を上げている。
「構いません、次に召還するモンスターはマッドキラーだから間違わないように」
その言葉に青メイドは「よーし、やるぞー」と、気合を入れて、先のセリアのように魔方陣に手を翳し、
「モンスター! 来い!」
「……」
「……」
……何も起きない。
「来い! 来い!」
手をクイっと、クイっと。まるで事情を知らない人物から見れば、この青メイドはきっと微笑ましい視線か、生温い視線か、それとも狂人を見る視線をもれなく受け取るであろう。
「――来いぃぃぃぃぃぃっ!」
細けぇこたぁいいんだよ、早く来てくれお願いします。とでも言うのを体で表している青メイドは、手だけでなく体も捻った随分と気合の入った仕草ではあったが…。
「…来ないな」
「あーん、連隊長みたいに出来ない…」
「…ただ叫んでいるだけでは、来ません」
膝をついて落ち込んでいるメイドを尻目にセリアはサクっとモンスターを召還する。
マッドキラー。まるでゴブリンのような青い肌をした面長なモンスターである。まあ、予算の関係上今回呼び出したのは全部弱めではあるが、君達の働きによって自身の労働環境は改善していくので頑張ってもらいたい。
そして巣を改築した数日後。
「偵察部隊より伝令! 侵入者! 侵入者! 各員迎撃せよー!」
そうしたメイドの声が響き渡ると俺は紅茶のカップを置く。
「遂に来たか」
「そのようです。迎撃部隊は間もなく所定の配置に付く模様です」
メイドは先ほど迎撃せよ、と言っていたが、別にメイド達やセリアは戦闘に参加しない。
彼女達は俺の部下ではあるが配下ではない。あくまでもギュンギュスカー商会より派遣された社員であるのだ。故に、モンスター達の指揮等はするが直接的な迎撃はやらない。
戦闘中はそれぞれ、この竜の間の下にある彼女らの部屋に隠れているのだ。ちなみにその入り口は巧妙に隠されているのでバレないが、まかり間違って見つかっても彼女達は魔族なので相応に強い。
「しかし、財宝はセリア達の部屋の様に隠せば良いのではないか?」
「いえ、それでは侵入者は見つかるまで帰りませんし、財宝が無いと判断されれば、侵入者が寄り付かなくなりますので」
成る程。
「それで、侵入者の詳細は?」
「はい、冒険者パーティが二組だけです。簡単な警戒トラップにも引っかかっておりますので脅威は低いと思われます」
「なら、意外と早く撤退しそうだな」
「はい、ではこれより私は迎撃部隊の指揮に入りますので」
そうして、近場のメイド達に素早く指示を出していくセリア。優秀な部下を持つと上司は楽だ。
それはともかく、竜の巣での侵入者との戦いは血で血を洗うような泥沼戦ではない。
ある程度時間が立つと波が引くかのように侵入者は撤退していく。
理由は簡単、竜の巣はリスクは高いが、利益も高いのだ。巣に待ち受けるトラップとモンスター…そして最後には主である竜が守っている巣。
つまるところ、自分達以外のパーティは囮なのだ。他人がモンスターと戦っているうちにそのモンスターを回避して奥に進めば良いし、トラップにかかってくれれば、それだけ自分達はトラップに掛からなくていいのだから。
そして、一人抜け二人抜けとしていくと一気に皆も撤退していく。囮がいなくなれば全てのモンスターやトラップを一手に引き受けなければならなくなるから。
誰だって命は惜しい、けど利益も欲しい。だからこそ、こういう戦い方になったのである。
「…っよし! 竜に見つかる前にさっさと財宝を持って逃げるぞ!」
「それまで向こうのパーティが、モンスター共の相手をしてくれればいいんだがな」
ほう、早速盗人が現れたか。
比較的、他生物には温厚な俺ではあるが、生憎と自らに危害を加えようとする輩に容赦する程博愛主義ではない。
「っ!? …なんだ、同業か。この付近で竜は居なかったか?」
向こうも俺に気づいたようだが、俺が竜とまではわからないらしい。
案外、竜が人間の姿になれるというのは知られていないようだ。
「居るぞ」
「何っ!? どこだ!?」
「それより、あんたは逃げなくて良いのか?」
剣を構えて周囲を警戒する人間達のその言葉に俺は声を出して笑ってしまった。
「…どうした?」
「その竜ならば、ここに居る。ようこそ、竜の巣へ。そして、さようなら、だ」
本来の姿になった俺を見て驚愕したらしい人間達は次に恐怖に彩られた表情へと移っていく。
そうして、憎むべき侵入者に対してその竜の力を身を持って味わってもらったわけだが、その、なんていうか忘れていた。
俺は、力の制御ができない混血だということを。
しまった、と思った時には既に遅し、巣が壊れた。まさかエンディングが破産ENDではなく生き埋めENDとは…。
…
……
………
「ご主人様ー、生きてますかー?」
「…ああ、生きているが、精神的に凹んで動けそうに無い」
「大丈夫ですっ! ご主人様ならやれますっ! がんほーですっ!」
ふぁいとっふぁいっ! なんて顔の瓦礫をどけてくれたメイドが俺に向かって声援を贈ってくれた。でも駄目。自力で動く気も無いです。
そもそも、竜も魔族も生き埋め程度で死んでいたら、それこそ伝説級のモヤシっ子である。
「素直に、財宝を取らすべきだった…っ」
後悔先に立たず。
こうして俺はまたもや借金が増えたのであった。
現在の状況
・財力『300万B』(借金総額2000万B)
・H技術『0H』
・魔力『145M』
・恐怖『4!』
・捕虜『0人』
・巣豪華度『3豪華』
・配下モンスター『3部隊』
おまけ劇場
『その調味料の名は』
働くメイド1「やったー、パン屋のウェットニーさんに頼んでた秘蔵の調味料を貰ったよっ」
働くメイド2「へー、どんな調味料なの?」
働くメイド1「えっとねー、付属の説明書によれば…これでもかと言うほど酸っぱくて、命の保障もできないらしいよ」
働くメイド2「怖いわね…それ本当に調味料なの?」
働くメイド1「でもね、その酸っぱさが途端に、この世の何よりも甘い調味料になるらしいよー」
働くメイド2「それ、なんて言う調味料なの?」
働くメイド1「リュミ酢」