さて、どこまで話そうか。
複数の瞳に見つめられて、わが身に起こった不幸を思い出す。
今思い出しても泣けてくる。この世界にはきっと基本的人権なんて存在しないんだ。きっと奴隷とか普通にいるに違いない。
実際そうなる前に逃げ出せたのは幸運ではあったが、つかまった時点でどうかんがえても不幸だ。なぜに神様は私に攻撃呪文の才能をくれなかったのか。人の不幸をツマミにして酒でも飲んでるんとちがうか。うむ、きっとそうに違いない。
いつか絶対ぶん殴ってやる。この尊い誓いはきっと正当に受理されるはずだ。そのためなら悪魔にだって喜んで手を差し出してやる。魂まではやらんが。
あぁ、でも涙が出ちゃう。だって女の子なんだもん……
「き、キアちゃん、無理に話さなくてもいいのよ? ここにはあなたを攻める人なんていないんだから」
抱きしめながらそんな優しい言葉を掛けてくれたのはフラウさん。
女性の胸に包まれて、ドキドキよりも安心感ばかり感じるようになったのはいつからだっけか。
とりあえずもったいないのでこちらからも抱きついておく。
「いえ、大丈夫です。……できれば聞いてください。あまり楽しいお話ではありませんが」
そしてぽつりぽつりと私はあの思い出すもおぞましい日々を語りだしたのだった。
第6話 「脱走ところによりバイオハザード」
心のそこから思うのだ。浚われたのが幼女時代の今で本当によかったと。
これより早いとたぶん逃げ出すこともできなかったし、もうちょっと成長してたらきっと自殺モノの行為をされていたのだ。
自分を浚った男たちの1人がこちらをぢーっと見つめて、
「……あと3年、いや2年成長してりゃあなぁ」
心底残念そうなあの声が忘れられない。鳥肌的な意味で。
私はあの時ほどつるぺったんなロリボディに感謝したことはない。
まぁその感謝もすぐに塵と消えたわけだが。
私の浚われてからの生活は、ほぼ食っちゃ寝だった。物理的な意味で。
男たちが何処に行こうとしていたのか今となっては分からないが、かなり遠い所に行こうとしていたのは間違いない。
かろうじて馬車? といえるオンボロ馬車にそれこそ荷物同然に放り込まれた。もちろん手足はバッチリしばったまま、猿轡も噛ませられた状態で。その状態でマジ一日中放置されるのだ。食っちゃ寝以外できなかったというのが正しい。
夜は毛布ももらえなくて、寒さにできるだけ体を丸めることで対処した。風邪とか引かなかったのは本当に奇跡だったと思う。
ご飯にしてもそうだ。猿轡は流石にその時は外されるが、手足の縄までは解いてくれない。その状態でどう食事を取るのかといえば、もちろん犬のように食べるのだ。目の前にぽつんと置かれた硬くなったパンとカッチカチの干し肉一切れに、しばらくの間呆然としたもんだ。
初日はさすがに手の縄だけでも解いてくれと必死こいてお願いしたのだが、また縛るの面倒だからヤダと言われたときは泣いた。ここ最近泣きすぎではあるが、たぶん泣かないと精神が持たない。
しかしかといって泣き喚きでもしようものならもれなく体罰が待っているのだ。一度やったら「うるせぇ!」の一言と共に思いっきりお腹を蹴っ飛ばされた。
ゲェゲェ言いながら吐いた。呼吸もできなくて、でも吐き気は止まなくて、マジ死ぬかと思ったのだ。それ以来泣くときは馬車の隅っこで声を押し殺して泣いた。
男たちとの行軍が何日続いたのかは詳しく覚えていない。ただ体感時間で言えばそれこそ何年もあったように思う。
きっとそのまま男たちの目的地に着いていたら、きっとあの時以上に辛い日々が待っていたのだろう。そうなったら流石に自殺しない自信がなかった。
だんだん考えるのも悲観するのも億劫になり、泣く回数も減った。動くこともなくなり、男たちにされるがままになり、目が常時レイプ目だったと思う。
そしてそんな時にその日は来た。私にとっては千載一遇のチャンスであり、男たちにとってはまさに悪夢であっただろう。
一言で言ってしまえばモンスターの襲撃である。
今までもモンスターの襲撃は結構あった。男たちは流石に荒事になれていて、いつも危なげなく撃退していたからその日も最初は特に反応はしなかった。
おかしいと思い出したのは数分後、男たちの悲鳴が上がってからだ。
その時の私はすでにほとんど考えるということをしてなかったので、もし男たちが負ければどうなるかとかは考えなかった。ただ五月蝿いなとだけ感じていたように思う。
そのまま何時ものように身動きせず横になっていると、血だらけになった男が入ってきた。
「た、助けてくれ……!」
よく見ると男の左腕は肘から先がなくなっていた。男が何か喚いていたが、おそらく回復呪文を……とでも言っていたのだろう。気がつけば猿轡や手足の縄が解かれていたからだ。
「は、はやく……」
ようやく事態が把握出来てきた……というか正気に戻ったというのが正しいか。
その時私の頭の中にあったのは目の前の男を助けることではなく、この混乱に乗じて逃げ出すことだった。ここがどこだとか、1人で逃げ出してその先どうするのかとかは考えなかった。
「休息呪文」
目の前でありえない血を流している男を放置して、とりあえず回復呪文を自分に使う。
この世界の呪文は自分が知っているゲームの呪文と若干効果が違っていた。
ゲームではベホイミとはホイミの上位版。ホイミよりもより強い回復力を持った効果であったが、この世界のベホイミとは体力を回復させる呪文だった。
ホイミと違って傷の治療はできないが、疲労や病気で弱った生命力の回復ができる。たとえ一日耐久マラソンをしたとしても、この呪文を使えば一晩ぐっすり眠ったように元気になるのだ。個人的にゲームのベホイミよりずっと便利だと思っている。
ついに血を流しすぎたのか、ピクピクと痙攣しだした男を見て一瞬回復してやろうかとも思ったのだが……結局そのまま放置した。だって自分は聖人じゃないし。自分を酷い目にあわせたヤツ等をどうして助けてやらねばいけないのか。
そして状況を見るため馬車から飛び出し……そのあまりの光景に尻餅をついてしまった。
――人が食べられている。
体から蛆が湧き出し、変色した肌と飛び出した眼球。人の死体が動かなくなった男たちに群がっている。
リアルバイオハザードだった。気絶するかと思った。
ゾンビたちの中には剣や槍がささったまま平気で動いている。中には腕やら脚、酷いものは上半身と下半身が分かれたゾンビまで居たが、平気で動いていた。吐くかと思った。
多分物理的な攻撃は意味を成さなかったのだろう。
後に知ることだが、不死系モンスターを倒すには魔法か、魔力の篭った武器。もしくは銀製の武器が必要らしい。
男たちの手持ちではこいつらを撃退できなかったのだ。
動くこともままならず、その光景を見ていたのだが、不意に腐った死体……ドラクエのモンスター名ならたぶんコレ……の一匹が不意にこちらに視線をよこした。
「ヒィッ!?」
その悲鳴がまずかったのだろう。腐った死体どもは一斉に動きを止め、こちらを向いてきた。おしっこちびるかと思った。
そして一匹がこっちにやってこようとした瞬間、私は全力で逃げ出した。
頭ン中真っ白だった。
(怖い怖い怖い怖い怖い怖いッ!!)
後ろから追いかけてくる音がさらにホラーだった。しかもだんだん近づいてきてやしないかコレ。
一瞬後ろを振り返ると、数メートル先に大量の腐った死体が。腐っているからかさほど早くはないが、どう見ても自分より早い。今まで生きてきた中でも最高速で突っ走っているというのに、この幼女ボディが恨めしい。
しかも一瞬振り返ったせいでさらに距離を詰められていた。このままだとそう遠からず捕まり、やつらの本当に消化できているのかどうかわからない胃の中に美味しくいただかれてしまうのだ。
そう、このままの速度であれば……だけど。
「身体強化呪文ッ!」
この極限状態でよくこの呪文のことを思い出したと自分を褒めてあげたい。淡い水色の光が全身を覆ったと思った瞬間、全身が軽くなった。
このピオリムもベホイミと同じく、ゲームでの効果とは少し違う。ゲームではすばやさを上げるだけであったが、このピオリムは正確にはすばやさをあげるのではなく、身体能力を強化する呪文なのだ。
草木を掻き分けて、軽くなった足をさらに前へ前へ押しやる。ピオリムの恩恵で自分の方が早くなった。徐々にだが背後の音が遠ざかっていく。
このまま逃げ切れる……。そして少し安堵した。
この安堵がたぶんいけなかったんだろう。小説でよくあるではないか。部屋に逃げ込んで鍵掛けて、これでもう安心だと後ろを振り返った瞬間、今まで自分をおっかけていた幽霊さんがニヤニヤしながら立っていたみたいな。
なんという死亡フラグ。
目の前の崖を見てそんな言葉が思い浮かんだ。後ろを振り返ると腐った死体たちがこっちを取り囲んでいる。表情が分からないハズなのに自分にはニヤニヤしているように思えてならない。
後ろは崖。下に川が流れているのが音で辛うじてわかるが、この高さから飛び降りたらたぶんきっとおそらく死ぬ。
そしてこのまま突っ立っていても目の前のゾンビたちに美味しく頂かれてしまうだろう。
泣いた。この状態で泣かない人間がいるならぜひこの場につれてきてほしい。
じりじりとこちらに詰め寄ってくる腐った死体たち。ぷーんとすさまじい異臭が漂ってくる。
もうこうなったらできることはただ一つ。クソったれな神様にお祈りしながら紐なしバンジーをするしかない。
「お父さん、お母さん、レン……!」
もう心の準備をする時間もなかった。
飛び降りた瞬間に数瞬前まで自分が居た場所に殺到する死体を目にやりながら、奈落の底に落ちてく私。
水に叩きつけられた衝撃を最後に、私は意識を失ったのだった。
「そして今に至ります」
今思い出しても1人で夜眠れなくなるホラー体験だった。
呪文のこととかは省いて説明したが、我ながらなかなか臨場感のある語りだったと思う。
「キアちゃん……!」
後ろからフラウさんが抱きしめてくれる。他の人たちも痛ましそうな目をして私を見ていた。
「そうか……大変だったな、キア」
団長の大きな手が私の頭をぐりぐり撫でる。ココ最近緩みっぱなしだった私の涙腺はやっぱり簡単に崩壊した。
「キア。もしお前がよければ……ワシらの家族にならんか?」
「ゼノスさん……?」
それは傭兵団に入団しないか、ということだろうか? 首をかしげる自分の疑問に答えてくれたのはテオさんだった。
「ゼノス傭兵団の団員は皆家族。それが親父の口癖なんだ。だから正確にはウチの傭兵団に入らないかという勧誘だな」
やっぱりそういうことか。個人的には非常にありがたい申し出ではある。というか自分から頼み込むつもりだったし。
こんな右も左も分からない土地で10歳の幼女が1人でどうしろというのか。
「あの……すごく嬉しいです。ここまで優しくしてもらって、家族として迎え入れてくれるとまで言ってもらえて。でも私、お役に立てるかどうか……」
そういって俯く。
いや、実際問題自分は役に立つだろうとは思う。ただしそれは呪文あってのことで、現段階では呪文をバラす気はない自分は確実に戦力にならないだろう。
もうちょっと経って、団員の人たちと仲良くなってから話したい。現段階で話すと、ないとは思うが……キアという自分ではなく、呪文使いとしてしか見て貰えなくなる可能性があるからだ。
「何も戦うことだけが仕事じゃないわ。掃除や洗濯、お料理なんかのお手伝いをするのだって立派な団員のお仕事よ?」
「フラウさん……ありがとうございます」
「じゃあ……」
「はい。不束者ですが、よろしくお願いしますッ」
ペコリとよい子のお辞儀を。
嬉しそうに自分の加入を歓迎してくれる人たちに囲まれて、私はまた少し涙を流した。
ここ最近流していなかった、喜びによる涙だった。
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※休息呪文<ベホイミ>※
対象に触れることで疲労を回復させる治癒系回復呪文。
病気などにも間接的に効果がある。
睡眠の代わりにはならないので、眠らなくてもよくなるということはない。
※身体強化呪文<ピオリム>※
薄い水色の波動で対象の身体能力を強化する強化系支援呪文。
もともとの身体能力に依存して強化率が上がるという特性を持つ。
ゆえにどれだけ魔力をこめても持続時間が長くなるくらいで、強化率を上げることはできない。
また、身体能力の上昇に伴い神経系の強化も行われる。
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