「あの子の様子はどうだった?」
「はい、ちゃんとご飯も食べてくれたし、あとはゆっくり眠れば元気になると思います。でも……」
「どうした? 何か問題でもあるのか?」
「あの子……一体今までどんな境遇にいたのかしら。シチューを食べながら泣き出したんですよ。声も出さずに泣きながら食べていました。シチューも本当に自分が食べていいのかどうかすごく気にしていたし。……ワケありだとは思っていましたけど」
「ふむ……」
「でも、凄くいい子だと思います。詳しい話を聞かないと決められないけど、私はあの子を新しい家族として迎えてもいいと思ってます。ううん、迎えたいと思っています」
「そうか。元よりそうするつもりでいたが、お前がそこまで言うとはな」
「あら団長、それでは私が出費を気にして新しい家族を嫌がっていたみたいじゃないですか」
「いや、むぅ……そういうつもりではないが、ほら、書類を睨み付けているお前を見ると……ってそうでもなくてだな。だからつまり……」
「……はぁ。もういいです。小さな子1人くらい増えたって大丈夫ですよ。それに考えても見てください」
「うん?」
「私以外はむさ苦しい男どもしかしないウチにようやく華が来るんですよ! これを喜ばずして何を喜ぶというのですか」
「そ、そうか……」
「まぁ華というよりはその蕾ですが、あの子絶対あと数年もすれば誰もが振り返る美人になりますよ。それにもう慣れましたけど、やっぱり女性一人だけというのは結構寂しいものがあるんです。純粋に女性の仲間が出来たらやっぱり嬉しいです」
「……思えば、お前には苦労ばかりかけているな」
「もう団長ったら。あなたに着いていくと決めたのは私なんですよ? 苦労も全部織り込み済みです。あなたは団長らしくどーんと構えていてください。フォローは私のお仕事ですから」
「ああ、ありがとうフラウ。お前が居なければこの傭兵団は成り立たない。これからも、俺を支えてくれ」
「……はい、団長。これまでもこれからも、ずっと貴方について行きます」
第5話 「これも若さゆえ?」
寝て起きたら昨日の自分の思考に身悶えした。
色々なことが一気に起こってちょっと頭の中が普通じゃなかったのだ。何が騙してごめんなさいだ、自分がそんなことを気にするタマか。
そもそも対人関係を気づく上で表の顔がない方がよっぽどおかしいっつー話で。それを騙すだのなんだの言うほうが思い上がりも甚だしい。
昨日の自分は自分じゃなかった。情緒不安定だったのだ。そもそも本気で家族に会いたいと思うなら会えるはずなのだ。たしかに物理的に場所がわからんつーのは厳しいが、まぁ本気で探せばいつか見つかるだろう。永住するのはマズいかもしらんが、たまに顔を見に帰るくらいなんだっていうのか。
悲劇のヒロインぶってた自分が恥ずかしくてたまらない。穴があったら入りたい。とりあえず穴の代わりに毛布に潜り込んでおく。
「これが若さというものか……」
なんか違う気がした。
ひとしきり毛布の中で悶えまくっている時に、昨日起きたときに居たお兄さんが朝食持って来てくれた。毛布に包まってうんうん唸っていたもんだからえらい心配された。具体的には毛布に包まったままの自分をそのままヒョイと抱きかかえて、
「フラウッ! この子の様子が変だ!!」
とそのままいずこかに連れ去れるくらいに心配……心配? してくれたらしい。なんというか昨日も思ったが、このお兄さんちょっと色々とズレてやしないか。
そしてその時の私は毛布に包まれたままだったんで分からなかったのだが、どうやら皆さん朝食の真っ最中だったらしい。いや本当にご飯中に申し訳ない。
あーだこーだすったもんだの挙句、私に異常がないことにホッとしてくれる皆さん。いや本当に皆いい人たちです。
とりあえず毛布に包まってウンウン言ってたのは悪夢とか見てたせいと言う事にしておいた。いくらなんでも自分のいろんな意味での若さゆえの過ちに悶えていたなんて正直に話せるはずもない。
しかし、目を覚ましたら何かに包まって誰かに運ばれているもんだからすごく怖かったと話したら、あのお兄さんが厳ついおじさんに拳骨落とされていた。うわぁ痛そう。
「どうしてお前はいつもいつも行動が突飛なんだ!!」
そしてそのまま説教へ。いや本当に申し訳ない。でも半分くらい自業自得だと思うんだ、うん。
しかし、これはある意味チャーンスッ!!
私は正座で説教食らってるお兄さんの腕にすがり付いて、怒っているおじさんを上目遣いで見つめる。眉をハの字にし、ちょっと瞳を潤ませて。
「あのッ、お兄さんは私を心配してくれたんです。ちょっと怖かったけど、でも私嬉しかったです。だからあんまり怒らないでください……」
今回のコンセプトは震えるウサギだ。なるべく小動物っぽいオーラを撒き散らしつつ、懸命におじさんに訴える。ぎゅっと抱きしめる腕に力を入れて、ビクビクしながら行うのがポイントだ。
案の定おじさんは慌てる。てゆーかお兄さんも慌ててる。
違うんだとか、もう怒っていないよとか、何時もの事なんだとか、なぜか二人で言い訳してる。おじさんが回りに助けを求めても、皆面白いものを見たという表情でニヤニヤしながら見てるだけであった。
「もうお兄さんを殴ったりしない?」
「あ、ああ。もう殴らない。もう怒ってないから、そう怯えないでくれ」
そういって恐る恐る慰めるように頭を撫でてくる。最初はビクビク目を瞑りながら受け入れて、次は不思議そうな顔を。そして最後に満面の笑みで締めだ。
おじさんもようやくホっとしたのか、微笑みを向けてくれる。腕に抱きついていたお兄さんも背中を撫でてくれていた。
ふふふ、これでとりあえず第一印象はバッチリだと思うのだ。
***
団長が小さな女の子に翻弄されるという世にも面白い見世物が終わった後、その女の子の自己紹介が始まった。
「キアといいます。今回は助けていただいてありがとうございましたッ!」
ペコリと頭を下げる。この歳の子にしてはえらいしっかりした対応だ。
肩を超えるくらいまで伸ばされた紅茶色の髪と、少し赤み掛かった同色の瞳。幼いながらも整った顔立ちをした将来有望そうな子だ。緊張しているらしく、ぎゅっと握られた小さな手が微笑ましい。
「元気になったようで何よりです。あなたを助けたのは先ほどあなたが庇ったテオ君なんですよ。テオ君さっそくキアちゃんから恩返ししてもらってよかったですねぇ」
「リュー……勘弁してくれ………」
周りから糸目と言われる目をさらに笑みで細める。テオは単純……もとい根が素直だから非常にからかいがいがあってよろしい。
「ふふ。ああ、申し送れました。私はリューと申します。この傭兵団の一員です。よろしくお願いいたしますね、キアさん」
そう言って手を差し伸べる。小さな子にも敬語なのはもはや癖だからだ。
「はい、よろしくお願いしますっ」
キアさんも笑顔で手を握り返してくれる。この子もこの歳では異常なくらい言葉遣いが丁寧だ。それが環境によってなのか、必要に迫られてなのかは分からないが、小さい子特有の……こういった言い方をしたらアレだが、ウザったいところがまるでない。
「あの、さっきから気になっていたんですが、皆さんは傭兵なんですか?」
「はい。ここにいる人たちは皆ゼノス傭兵団の一員ですよ。ちなみにさっきテオ君とじゃれあっていた人が団長のゼノスさんです。ゼノスさんとテオさんは親子なんですよ。単じゅ……思い込んだら一直線なところとか本当によく似た親子なんです」
「「リュー……」」
ゼノスとテオがまったく同じ動作で情けない顔をしている。こういったアクションをとるから日々リューにいじられるのだが、やっぱり根が単純は親子はそのことに気づかない。
「すいません、世間を知らないもので傭兵さん方が何をなさるのかよく知らないんです。よろしければ教えていただけますか?」
これは驚いた。周りの人たちも吃驚した顔をしている。
この御時勢、傭兵を知らないというのはかなり珍しい。基本的にどこの地域でも傭兵というものは存在するはずなのだ。
知らないのはよっぽど山奥で世間と交流のない村々の人か、世間の常識を知らない箱入りの貴族か。……または表に出ることが出来ないいわゆるワケありの人々か。
「傭兵というのは、まぁ名前の通りお金を貰っていろんなことを解決する、まぁ何でも屋というのが近いですねぇ。一番多いのがモンスター退治で、後は商隊の護衛や遺跡の発掘なんかもやったりしますよ」
生きていく中で、モンスターというのは切っても切れない存在だ。
モンスターは基本的に害だ。生物に対する攻撃性が高く、気軽に街を行き来できない最たる理由である。酷いものになるとモンスターの襲撃で村一つ滅んだりもするのだ。
だが悪いことばかりでもない。
基本的にモンスターは害ではあるが、種類によっては貴重な糧にもなる。
食料や毛皮、武具の素材や薬などになる。もちろんまったく益のないモンスターも多いのだが。
だからそんなモンスターを狩る人材は絶対に必要になる。そこで出てくるのが彼らのような傭兵たちなのだ。
蛇足になるが、基本的に傭兵というのは何処かしらに所属していることが多い。1人でできる様なことであれば、人々は基本的に傭兵に頼らない。
とても自分たちが手におえないような事象を傭兵に依頼するのだ。必然的に難易度は高くなり、1人でこなせるものではなくなる。
「そうなんですか……すいません、世間知らずで」
「あら、気にすることはないわよ。知らないことは悪いことじゃないわ。知ろうとしないのは問題だけれどね?」
気落ちするキアをフラウがそういってフォローする。そういう場面を見ていると、歳の差からか親子のようだ。
「さて、では他の皆もキアさんに自己紹介しましょうね? そしてその後、キアさんのことを教えて貰いましょう」
そして次々と自己紹介をする団員たち。一部ひねくれてるのも居るが、最初のやり取りのせいか皆キアに保護欲のようなものを感じているようだ。もともと庇護欲をそそる容姿や雰囲気であるわけだし、これならもしこれから一緒に暮らしていくことになっても大きな問題はでなさそうである。
そんなことを考えながら、リューは東方から流れたという緑茶を啜る。
その目は団員と笑顔で交流を深めている、これから長い付き合いになりそうなキアを見守っていた。