「硬殻呪文ッ!」
掌を対象に、今回はロイさんに向けて呪文を放つ。
薄いピンクの膜がロイさんを包み込む。これでちょっとやそっとの攻撃は通じなくなったハズだ。具体的には団長のわりかし本気っぽい拳骨くらっても、でっかいタンコブですむくらいの防御力に。
……おかしい、あんまし凄くない気がするぞこの呪文。
「ロイー、あんまし無茶すんじゃないぞ」
横でカイルさんが声援というか助言を飛ばしている。さらにその隣でエリザさんがキャーキャーとチアガールもかくやというテンションの高さで応援している。正直ちょっとうるさい。
「いっくぜぇーッ!」
やる気と気合に満ち溢れた雄叫びを上げて、ロイさんは新品の戦斧を手にモンスターに突っ込んでいった。
第23話 「光幕呪文」
現在キア達は草原のど真ン中にいた。ヘタをすれば方向感覚すら狂いそうなほど、360度見渡す限りなーんもありゃしない。時々妙に背の高い木があるくらいだ。あとモンスター。
時間の節約のため、キアたちはレイドックまでの最短距離を進んでいる。つまり街道をほぼ無視しているということであり、すなわちモンスターとの遭遇率も街道よりめっぽう高いのだ。
幸いココらに出てくるモンスターはそんなに強くない。まぁ強くないとはいっても、一般の人にとっては十分脅威ではあるのだがそれはともかく。
ロイとテオはここ最近の地獄の修行フルコースのおかげで、ようやく念願の"武術"が使えるようになっていた。まぁ使えるとはいっても本当に基本の身体強化だけであるし、強化率も団長たちからしてみたら鼻で笑うくらいへちょいのだが、武術は武術だ。あるのとないのとでは全然違う。
そんなわけで試運転というか、本番に備えて準備運動というか、ここらへんのモンスターは出来る限りロイとキアが2人で担当することになったのだ。
キアも保有する魔力と経験が反比例している状態なので、経験を積むにはちょうどよかったともいえる。
キアはスクルトを唱えた後、自分自身にも補助呪文であるピオラを掛ける。
基本的にキアの戦い方は後方での防御支援だ。今までであれば最初に補助呪文を掛けて、戦闘後にホイミやベホイミで回復するくらいしかすることがなかった。戦闘自体に介入する方法がなかったので、こればっかりは仕方ない。
しかし、それも過去の話。今のキアには戦闘中であろうとも介入することが出来る。例を一つ挙げれば、ホイミを遠距離で飛ばして回復したりとか。前まで触らないとダメだったし。
目の前に居るモンスターは3匹。マッドオックスが2匹とキメラが一匹。このまま全部ロイに任せるというのもアリっちゃアリだ。ロイの経験的な意味で。
でもやっぱり怪我はするだろうし、何より今はホイミを堂々と使えない。エリザが居るから回復系の呪文はよっぽどの緊急時以外は使用禁止だと、団長からそりゃもう耳がアホになるほど聞かされているからだ。つまりキアの今の仕事とは、いかにロイに怪我させずにロイにモンスターを倒させるか、ということになる。
「どりゃぁぁあああああッ!!」
ロイが気合たっぷりの雄叫びと共に戦斧を振りかぶって、マッドオックスの一匹に突撃していく。モンスターたちがロイに意識をやった隙にキアが再び呪文を発動させる。
「光幕呪文ッ」
キアが放った呪文は光の結界を作る呪文だ。ゲームのフバーハはモンスターの吐く炎やら吹雪を軽減する呪文だったが、この世界のフバーハは一味違う。一味つーか全然違った。
対物理だろうと呪文だろうと、あらゆる攻撃を防ぐ結界を作る呪文だったのだ。新しく覚えた呪文の中で、一番キアが喜んだのはこの呪文だった。
なんせこの呪文さえあれば、たとえ自分が一人であろうとも簡単に敵から逃げ出せる。
なにせ結界というものは、何も自分達を守る盾にしか使えないわけではない。
「ロイさんッ、呪文で敵を閉じ込めて一対一の状況を作りますから、目の前の敵にだけ集中してください!」
放ったフバーハの光の幕がキメラの周囲を取り囲み、その行動を封じ込めてしまっている。キメラは脱出しようと賢明に結界を嘴でツンツンしているが、キアの放ったフバーハの結界はその程度ではびくともしない。焦れたのか火の息を結界に向って吐き掛けるが、やっぱり結界はこ揺るぎもしない。つーかキメラがバックファイアで自分の体を焦がしてけぇーけぇー鳴いていた。さすが鳥頭、実にアホだった。
そう、今回のようにフバーハの結界は、敵の動きを封じる檻にもなるのだ。
このフバーハという呪文、もっともっと有効な使い方がいっぱいありそうだ。
「もう一回、光幕呪文ッ」
フバーハをもう一度唱え、もう一匹のマッドオックスを閉じ込める。このマッドオックスも結界をツノでツンツンしているが、やっぱり結界はビクとも。
閉じ込められたキメラにしろマッドオックスにしろ、助走距離を稼げないこの状況では出せる威力なんざ正直たいした事ない。結界が破られる可能性なんざほとんどゼロに近いだろう。
これで後は万が一にも結界が破られないように軽く注意しつつ、ロイの戦いぶりを観戦するだけだ。
「おりゃぁぁあああ!!」
「ロイさん頑張れー!」
「キャー! ロイ様頑張ってぇーーーー!!」
かーいらしい声援を背に、ロイは必死こいてモンスターの相手をするのだった。
パチパチと焚き火の弾ける音が周囲に響く。
焚き火を囲むのはゼノス、カイル、リュー、エリザだ。キアとロイの姿はない。2人は今狭い馬車の中で身を寄せ合いながら眠っている。
キアとロイが仲良く並んで眠る姿に某オトメが酷く歯をギリギリ言わせていたが、さすがに自重したようだ。イロイロと。
「思ってたより結構ロイが戦えてるな。この分だと最低でも足手纏いにはならないんじゃないですか団長?」
暖めた酒をちびちび舐めながら、カイルが昼の戦闘を思い出しながら言う。数回モンスターと遭遇したが、ロイは怪我らしい怪我もせずにちゃんとモンスターを倒せていたのだ。
「まぁたしかに想像してたよりはしっかり守りも意識しているみたいだな。まぁそうじゃなかったら俺は泣いていた自信があるんだが……。それに結局、ほとんどキアに守られながらだから、実際一人で戦わせた時にどうなるかはまだ分からん」
そう、ロイは確かにケガらしいケガもなく戦いを終えた。しかし実際の戦闘を見てみれば、常にモンスターと一対一になるようにお膳立てされ、さらにスクルトで防御力を上げ、さらにさらに危ない一撃はことごとくキアが呪文で防いでいた。
こんなに上げ膳据え膳状態での戦いなんて、正直ゼノスは見たことも聞いたこともなかった。というかキア、正直これはやりすぎなんとちゃうか? 本当にコレはロイの経験になっているのかと言われれば、団長は首を傾げざるを得ない。
「たしかに、今回はロイの動きよりむしろキアの動きに目がいきましたね。予想以上にキアのフォローが上手い」
リューの言葉にカイルと団長は深く頷いた。正直キアがアレだけ出来るとは予想してなかったのだ。
リューにしたってキアがどの呪文を使えるかは把握しているが、どのように使うかまでは未知だったのだ。正直光幕呪文を檻代わりに使うなんて聞いたこともない。
そもそも結界系の呪文というのは自分以外に起点を設定するのが酷く難しいのだ。結界というのは時間がたつにつれ徐々にその効力を弱めていく。攻撃を受けたらさらに加速度的に耐久値は減少してしまう。自分を起点に設定していた場合、減っていく魔力を随時補充できるが、自分以外を起点にした場合はその限りではない。
今回キアが使ったような結界の使い方をしようとしたら、最初に込める魔力を過剰なほどに込めてガッチガチの結界を作るしかない。簡単に言ってしまうと耐久値が減って使い物にならなくなるなら、最初から膨大な耐久値を持たせればいいじゃない、という理論だ。単なる力任せともいう。
いくら精神強化呪文を使って消費魔力を減少させているとはいえ、アレだけポンポン使うなんざ普通は無理だ。魔力切れを起こしてぶっ倒れる。
それをあんだけポンポンと連発するのだから、リューとしてはもう泣きたくなる。最近はもうキアだからということでスルー出来るようになってはきたが、やっぱりこう、なんだかこう、とってもちくしょーな気分になるのは仕方ないつーかなんつーか。
「正直キアに任せておけばロイは安心だな。まぁあんまりやりすぎると今度はキアなしで戦えなくなりそうだから、そこが心配ではあるが……今回ばっかりは仕方ない」
ゼノスはため息を吐く。本当に今回ばっかりは時間がないのだ。今ばかりはキアとの連携を重視した動きだけを覚えて貰って、なんとか戦力にしないといけない。最低でも足手纏いにならない程度に。
「あれ、そういえばエリザは?」
今まで隣に居たはずのエリザの姿がいつの間にやらなくなっている。カイルが首を傾げると、団長が目線だけで教えてくれた。
団長の視線の先はキアとロイが眠っている馬車だ。そっと馬車の中を覗いてみると、そうでなくても狭い馬車の中でエリザはキアとロイの間に無理やり入っていた。というかロイにへばり付いていた。なんつーか至福の表情で寝ていた。やっぱり自重は出来なかったみたいだ。
抱き枕よろしくへばり付かれたロイはといえば、昼間の疲れもあるのか一向に目を覚ます様子はない。ただうんうん魘されているだけだ。実害はないのでこちらは放置するとして。
「キア、なんか暖かいものでも飲むか?」
さすがに起きたらしいキアにそう声を掛ける。どうしたもんかと困った顔をしていたキアは助かったとばかりに頷いた。
「はい、熱いですから気をつけてくださいね」
「あ、ありがとうございます」
熱々の茶が入ったマグをリューから受け取り、一口啜る。今の時期それほど寒くはないが、それでも温かい飲み物を飲むと酷くホッとした。
「災難だったなキア。それを飲んだらエリザかロイを起こして外に出すから、もう一度寝なさい」
「ありがとうございます団長。でもいいです、二人ともよく眠ってるし、起こすのも可哀想ですから。私が外で皆さんと一緒に寝ます。幸い地面は芝でそんなに硬くないですし、野宿に慣れるにはちょうどいいかもしれません」
それにこの満天の星空を見ながら寝るのも悪くない。キアは夜空を眺めながらもう一度茶を啜った。
満天の星空の下、焚き火を囲んで温かいものを飲みながら友……じゃないが、好きな人達と語らう。なんともロマンを感じるではないか。
「───そうか。すまないな、キア。エリザはこのところロクに眠れていないようだったから、このまま寝かせておいてやることにしよう」
団長が苦笑しながら言った。そりゃキアを押しのけて場所を取る行動は決して褒められたものではないが、今のエリザはやっぱりどこか情緒不安定だったから。普段のエリザならさすがにこんな大人気ない真似はしない。しないはずだ。きっと。たぶん。
「そういえばエリザさんとロイさんの関係って、いったいどういったものなんですか? あ、エリザさんがロイさんを好きってことは分かるんですけど、その、ロイさんの方はなんていうか……」
ぶっちゃけメッチャ嫌がってやしないか。正直あそこまで拒絶されても好意全開なエリザも不思議だが、あんな美人に言い寄られて顔を真っ青にして拒否るロイも不思議だ。
「ああ、たしかに傍から見てると不思議ですよね、あの2人の関係」
リューの言葉にこくこくと頷く。本当に一体どういった関係なのか。
「そうだな。寝物語じゃないが、あの2人のことを少し話そうか」
そして団長はポツリポツリと語り始めた。
※光幕呪文<フバーハ>※
球状の光の壁を発生させる結界呪文。
物理、呪文を問わずあらゆるものを遮断する結界を構築する。
強度は術者の込めた魔力に依存し、時間の経過や攻撃を受けることにより下がっていく。