本当は不安だらけだった。
本当にゼノス団長が私達に力を貸してくれるのか、貸してもらえたとしても、ちゃんと皆を助け出すことができるのか。
期限は一ヶ月。ゼノス傭兵団の砦まで4日掛かった。一人でひたすら走り抜けてこの時間だから、帰りはもっと時間が掛かると思う。だけど期限的にはかなり余裕があるので、そこまで切羽詰ったりはしないのだけが救いだろうか。
……まぁ、メタルスライムがあの場所から移動していなければ、の話だけれど。
考えれば考えるほど、焦りと不安でどうしようもなくなっていく。だけど、ここでパニックに陥ったらそれこそ終わりだ。
フィオナ団長の言葉を思い出す。
「泣きたいときは泣けばいい。腹が立ったら怒ればいい。でもね、自分を見失ってはダメ。常に自分らしい自分を意識しなさい。それさえ出来れば、どんなことが起きても大丈夫。冷静な判断は勝手にいつもの自分がやってくれるわ。いい? 大事なのは自分を見失わないこと。見失ったとしても必ず思い出しなさい。あなたなら大丈夫、必ず出来るわ」
そう、今自分に必要なのは、いつもの自分なんだ。一時的に感情が高ぶるのはいい。無理に泣かないようにする必要もない。
でも絶対に、それだけに捕らわれない。そこで躓いて立ち上がれないなんて、そんなの"いつもの私"が許さない。私なら出来るハズだ。
だって私は、あのフィオナ団長の部下なのだから。
第22話 「決める権利、決める義務」
ゼノスは一人私室で頭を抱えていた。悩むのは団長の仕事とはいえ、最近こんなんばっかじゃなかろうか。
問題は先ほどのロイとエリザのやり取りが発端であった。
ダイジェストに語るとこうなる。
「エリザ……大丈夫だ、俺も手伝うから! ぜってぇメタルスライム倒して、お前んとこの団員の皆助けてやる!」
「ロイ様……あぁん頼もしいですわ! 素敵ですわ! もうメロメロですの!!」
「ギャーーーーッ! だからくっつくんじゃねぇーーーッ!!」
短い。そして何が問題なのかさっぱりぽんだ。このやり取りのドコに団長が苦悩するところがあるのかというと、次の部分だったりする。
「大丈夫だ、俺も手伝うから!」
ロイの発言のコノ部分である。これはつまりロイの参加が自分の知らんうちに確定してしまったということでファイナルアンサー?
───なんてこったい。
エリザの話によると、非常に難しい依頼であることはもはや疑う余地もない。正直今回は足手まといになりそうなのは置いて行きたかった。前回の二の舞とかナイから。ほんとナイから。
前回のゾンビ襲撃事件からこりゃマズいと二人を徹底的に鍛えなおしはした。キアの協力の下、そりゃもう徹底的に。
なので前よりは遥かにマシにはなってると思う。なってなかったら男泣きに泣く自信がある。
しかしそれでもまだ今回みたいな依頼を一緒に受けさせられるレベルとは思えない。正直置いていきたい。
団長権限でおいていくこと自体は出来る。出来るのだが……
エリザのことを考えると、ロイは連れて行ったほうがいいのも確かなのだ。
エリザの置かれた状況を考えると、今あれだけ普段通りの行動が出来ているのは奇跡に近い。おそらく、ロイがいるからこそだろう。
エリザの振る舞いが何時も通りになるのは、ロイが絡んだ時だけであったし。おそらくエリザ自身、自分でも気づいていないと思う。
エリザがパンクしないためにも、ロイが居るのはプラスに働く。
しかしロイを連れて行くとなると、テオまで着いてくるとか言うだろう。というか絶対言う。間違いない。考えるだに今からうっとーしい。
問題はそれだけじゃない。キアについてだ。というか、むしろこっちの方が厄介だったりする。
キアを連れて行くか否か。
難しい依頼になればなるほど、キアが居ることによるメリットはどんどん大きくなる。
あらゆる治療に加え、強力な補助呪文。キアがいるだけで正直戦力が2倍どころの騒ぎじゃないのだ。マジメにキアの魔力尽きるまで戦える。
おまけにここ最近毎日のよーに行われていたリューによるキアの呪文大特訓のおかげで、キア自身のレベルアップも凄い。呪文使いの場合、使える呪文が一つ増えるだけで全然違うのだ。しかもキアの習得した呪文数は一つ二つじゃないそうな。ドコまで行くんだろうこの子。
まぁそんなわけで相変わらず攻撃力だけはないけど、戦力的には大幅にアップしている。正直フォローを入れなくてもいいと思えるほどに。いや、守りだけならば自分に匹敵、もしかしたらそれ以上かもしれないくらいだ。
なのでキアの身の安全という意味での心配すらあまりしていない現状だったりする。まぁやっぱり小さな子供なので、完全に信頼しきっているわけではないのだけど。
だったら団長は一体何故キアを連れて行くのをこんなにも悩んでいるのか?
理由は複数ある。が、今回一番心配しているのはキアが治癒呪文の使い手ということ。これに尽きる。
なぜこれほど心配になるかは、エリザの話を省みれば分かると思う。そもそも今回の事件は貴族の息子が後遺症を持つほどの怪我を負ったせいなのだ。
つまり逆説的に言えば、治せるならばわざわざメタルスライムを捕まえに行く必要すらないかもしれない。
そしてキアは治せる可能性があるのだ。
もしもキアが攻撃呪文を使えるならば。もしもキアが成年だったならば。もしもキアに強力な後ろ盾があったならば。
貴族の息子の足を治してハイ終わりで済んだかもしれない。だが現実にキアは攻撃力は皆無だし、まだ子供だし、後ろ盾もない。非常に危うい立場なわけだ。
例えるならば、超高価な宝石をマントの下にジャラジャラつけてスラム街を一般人が歩くようなもの。そんな危険な行為、断じて冒させるわけにはいかない。
しかし現状では、キアにそれくらい危険な道を歩かせる可能性があるのだ。
もし仮に自分達がメタルスライムを倒せなかったとしよう。そうなると当然エリザの仲間達はとっても酷い目に会うわけで、そしてキアにはそれをなんとかする術がある。そうなった時、どれだけ自分達が止めてもキアが暴走する可能性がないなんてどうして言える?
いや、状況によってはひょっとしたら自分達がキアに危険な橋を渡ってくれと言う可能性すらある。
それらを考えると、あらゆるメリットを捨ててキアを置いていくのが正しいと思えてしまうのだ。
しかし、今回はあのフィオナを殺すほどのモンスターが相手になる可能性が高い。万全を期すなら、やはりキアは連れて行くべきだと理性は告げる。
考えれば考えるだけ、胃が痛くなってきた。
ゼノスが理性と良心の板ばさみにウンウン唸っていると、コンコンとノックの音が響いてきた。
「団長、居ますか?」
「キアか? 入っていいぞ」
なんともタイムリーだった。悩んでいる原因の張本人が向こうからやってきた。
キィと扉が開く音と共に、キアが顔を出す。
「どうしたキア?」
「団長、今回の件なんですが私は連れて行って貰えるんですか?」
ああ、やっぱりそのことについてか。今までまさにそのことで悩んでいたなんてことはおくびにも出さず、ゼノスはいつもの生真面目な表情を張り付ける。
「そのことだがキア、お前に話がある」
そしてゼノスはキアに今まで自分が悩んでいたことを話した。
キアが一緒に行くことによるメリットも、キアが負う危険性も全て包み隠さず話す。
ゼノスはもう最終的な判断をキアに任せるつもりだった。この優しく幼い子にこんなことを話しても返ってくる答えは分かりきっていたが、ゼノスは後一歩背中を押してくれる何かが欲しかったのだ。
それが責任を多少なりともキアに被せる行為だということには気づいていたし、それを行う自分自身に反吐が出る気分でもあった。だがそれでもこの歳の割りにずいぶんと聡明なこの子ならばと、この時ゼノスは思ってしまったのだ。
要するにこの時、ゼノスはキアに甘えたのだ。
一方、甘えられたなんて欠片も気づいていないキアは、ゼノスの話を聞いて考え込んでいた。
キアは自分のことを団員の皆が思っているほどお人好しでもなければ、優しいとも思っていない。や、別に自分は極悪非道だと思っているわけじゃなく、極一般的な感性だと思っているということだ。
テレビの向こう側でどれだけ人が死んでも眉を顰めるくらいしかしないが、家族が病気になったと聞いたらメチャメチャ心配する。ようするにそういうことだ。
実際に攫われた経験を持つキアだから、自分の身を危険に晒すような行為は極力するつもりはなかった。この場合の危険とは危ない場所に行くとか、モンスターと戦うとかそういう意味ではない。そういう危険ならばむしろ突っ込むくらいの胆力がキアにはあった。
今回指している危険というのは、むしろ自分自身の立ち位置。要するに狙われるような立場になるつもりはない、ということだ。
そしてゼノスは、今回着いて来るとその危険性があると言った。しかし同時に、キアの力があれば助かるとも言った。
だからキアは即答せず、自分の心に問いかけた。ゼノスの話は参考程度、最終的には自分がどう思うかで決める。結局はキアが行きたいと思うか、行きたくないと思うかなのだ。
そしてキアの心の天秤は結構あっさり傾いてしまったのだった。
「───行きます。団長、私着いて行くことにします」
まぁこういう結果が出たのも当たり前だろう。元来キアは快楽主義の傾向にあるのだ。より自分が楽しそうな方を選ぶのは道理。
行かないという天秤に乗る錘が"狙われる立場になる可能性"だとしたら、行くという天秤には"冒険"やら"実戦で呪文使い放題"やら"行ったことのない場所に行ける"やら"みんなの手伝いが出来る"やら、とにかく乗る錘の数がハンパなかったのだ。そりゃ行くに偏るに決まってる。
こうしてキアは今回の遠征に着いていくことに決定したのだった。
遠征組み……ゼノス、カイル、リュー、エリザ、ロイ、キア。
居残り組み……フラウ、ヴァン、テオ、アッシュ。
以上が団長が悩んだ末に出した結論だった。無論この人選には理由がある。
基本的に何日も砦を留守にするわけには行かないので、団長であるゼノスが出る以上必然的にフラウがその留守を任されるのだ。
そして万一何らかの依頼が入った時の為、遠距離を担当するリューとヴァンのどちらかは置いて行かなくてはいけない。今回はキアのフォローが出来るリューを連れて行き、索敵能力の高いヴァンを留守に回す。
テオは知らん。アッシュにいたっては留守以外の選択肢すらない。
というわけで、上記の選択となったらしい。文句は無論飛んできた。主にテオとかテオとかテオあたりから。でも知らん。足手まといは一人で十分なのだ。
団長は学んでいた。テオとロイ、二人居るからダメなのだと。一人だけならばフォローもなんとかなるに違いない、と。希望的観測が多分に含まれるが無視することにする。
そしてその日は準備に追われ、次の日の朝。
馬車に積んだ荷物の点検も終わり、いざ出発となった。
「じゃあ行って来る。後のことは頼んだぞ」
「はい、団長。御武運をお祈りいたしております。皆も気をつけるのよ? 特にロイ、あなた本当に気をつけるのよ?」
「わかってるよ。俺よりもキアの心配してやれって!」
「ロイ、あなた何言ってんの? あなたよりキアちゃんのが何倍も安心よ。キアちゃん、この未熟者をちゃんと守ってあげてね?」
「はい、任せてくださいッ!」
「……俺ってそんなに足手纏い? 死ぬほど地獄の猛特訓したのに……もうちっと評価高くてもいいと俺思うんだ」
「着いて行けるだけいいだろう。俺なんか……あれほど訓練したのに留守番………」
「ロイ様は足手纏いなんかじゃありませんわッ! それにいざとなったら私が命に代えましてもお守りしますので、安心なさって愛しい人!!」
「ギャーーーーー! だからくっつくんじゃねぇっつーの!!」
「ふぅ、これから出発だというのに賑やかですねぇ」
とまぁ、リューが仰る通り緊張感の欠片もない一行であるが、悲壮感バリバリで出発するよりいいと思うのでこれはこれでヨシとしておこう。
今回は遠征になるので、ゼノス傭兵団が所有する馬車を使用する。街を経由するなら特に必要ないのだが今回は最短距離を突っ切るため、どうしても荷物が多くなるのだ。それに馬車はキアのためでもある。どうしても移動速度が他の人より遅れるし、野宿にも慣れていないからだ。
そんなわけで一向はまずカールビで足りない物資を買い込み、そのままエリザの案内で神威の祠、正確には神威の祠の近くにある街へ向かう。
街の名前はレイドック。ゼノス傭兵団が存在する商業都市アッサラームと、神国ダーマの国境線上に位置する街だった。