少し切れ長の瞳。緩くカーブを描く金髪と、なぜかカーブどころか螺旋を描いているもみ上げ部分。フリルがふんだんにあしらわれたドレスに、コッテコテのお嬢様言葉。
あれだ、お蝶婦人だ……!?
まぁお蝶婦人はこんな風に男相手に抱きついたりはしないし、こんなにハイテンションでもないのだろうが。しかしこの見た目はお蝶婦人で相違あるまい。特にモミアゲのあたりとかが。
「あぁんロイ様ぁ、私ずっとずっとお会いしたかったですわぁ~!!」
「ちょっ、まっ、た、頼むから離れてくれぇ~!!」
まるでこの世の幸せ独り占めといわんばかりにトロけそうな表情でロイの胸に顔を埋めるお蝶婦人(仮)と、なんか本気でイヤがってそーなロイ。青くなった顔がその本気を物語っている。
とりあえず引き剥がそうと躍起になってはいるようなのだが、ロイが本気でないのか、この女性のしがみつく力がロイを上回ってんのか。とにかく一向に引き剥がされる気配がない。
一緒にいたカイルさんはまるで問題ないと言わんがばかりにスルーしているし、これは自分もスルーすべきなのかしばし迷う。
「た、頼むキア。助けてくれッ!?」
そんなキアの葛藤を知ってか知らずか、ロイは自分よりも遥かにちびっちゃいキアの背中に隠れるという暴挙にでた。お蝶婦人(仮)からはなんとかかんとか逃げられたらしい。しかしその後の行動はちょっと男としてどうなのか。
「え、あの、ちょっ、ロイさん?」
突然すんげぇ勢いで肩を鷲掴みされ、ぐいっと盾のように(というかコレは盾以外の何モノでもない)前に押し出される。
掴まれた肩越しに手がぷるぷる震えている。何故に自分を巻き込むのかという思いと、流石にコレだけぷるぷるされたら可哀想だと思う気持ちの狭間でゆらゆらするキア。
しかしそんなキアの慈愛溢れる想いも、目の前で射殺せそうな視線を寄越す女性を見て彼方に吹き飛んだりするのだ。やっぱ手離せコンチクショウ。
「む、なんですのソコの泥棒ね……ちんちくりんは!?」
言い直した意味があんまりない。敵意マンマンとなったお蝶(略)がそこを退けと言わんばかりに、
「そこをお退きなさい! ロイ様の腕の中は私が生涯に渡って売約済みなのですよ!!」
訂正、そこを退けとしっかりメンチ切られました。
正直後ろから両肩を両手で鷲掴みにされている現状を腕の中と言っていいものなのかどうか。いやいや問題はソコではなく。
動けません。ええ、ピクリとも。
鍛えている男にガッチリと「離して堪るくわぁァァアア!!」と言わんばかりに捕まれていては、自分の意思ではもうどうにもこうにも。
とりあえずさっきから抵抗を試みてはいるのだ。いるのだけれど。
「キアッ! お前まで俺を見捨てないでくれぇぇぇええええええぇぇぇ」
そんな泣き言を真後ろで叫ばれるのだ。たまったもんではない。
しかも、だ。
「きいっ、ロイ様! 早くそんな子狐から離れてくださいな!」
「いやだぁぁぁあああ! 頼むからもう俺のことは放っておいてくれよぉぉぉおおおお!!」
こんなやり取りを私を挟んで延々やり続けやがるのだこの二人。本当に勘弁してください。
……なんで私がこんな目に。
第20話 「恋するおとめん」
なぜにキアがこんな目にあうハメになったのかというと、それはもう深淵かつ哲学的な理由があったりするはずもなく。
ただロイとカイルの3人でカールビまで買い物に出かけただけだったりする。
傭兵団の砦は基本的に一番近いカールビからでも徒歩3時間はかかる場所にある。あんまり気軽に行き来できる距離でもないので、買出しは一週間おきくらいに一気にするのだ。
幸いというかなんというか、基本的に傭兵団の皆は力持ちだから二人もいれば荷物持ちは事足りる。伊達に傭兵なんぞやってないのだ。
買出しは基本的に行きたい人や暇な人が行くことになっている。今回はカイルが見たいものがあると言って立候補し、暇そーにしていたロイを荷物持ちにふん捕まえたのだ。
「そういえばキアはカールビに行ったことがなかったな。よければ一緒に着いて来るか?」
笑顔でぶんぶん頷くキアを付け足して、3人は朝も早よからるんるんとカールビに向かったのでした。
買い物自体は何事も無くスムーズに進んだ。
フラウから頼まれた各種調味料とか食材とかその他細々したものを買い込み、カイルはそれら全てを当然のようにロイに押し付ける。すでに諦めていたのか、文句の一つもロイの口から出ることはなかった。代わりにその背中から哀愁が漂い出ていた。下っ端ってツライよね。
せめてもとキアが自分が持てる分だけ荷物を持ってあげた時の、ロイの泣きそうな顔にキアの方が泣きそうになったりした。不憫すぎて。
自分だけでも無条件で優しくしてやろうと思ったりしたキアだった。
まぁ結局、カイルが今回のお目当てである晩酌用の酒を買い込んだ後は、むしろカイルの持つ荷物の重さの方がパネェことになっていたのだが。
蒸留酒をでっかいタルでまるまる二つ。大人買いにもほどがある。
というか中身が並々と満たされた酒樽をまるまる二つ担いで平然と歩く辺り、この人の腕力とか足腰はどうなっているのかと思考が哲学の方面に行きかけたわけだが。まぁ握力でリンゴどころか木材を磨り潰す女性もいるのだから、別におかしなことではないと思っておくことにする。
「さて、買い物も終えたし、後はどこかで昼食でも取ってから帰ろうか。キアは何が食べたい?」
「魚料理が食べたいです!」
キアがそうカイルに元気一杯返事をした時だった。
ロイがあからさまにビクッとして固まる。なんだ、魚料理嫌いなんかとキアは一瞬思ったが、その後のロイの不気味な行動にその平和的な考えを却下せざるを得なかった。
ぶわっと噴出す汗。キョロキョロと辺りを警戒しつつ、なんかやけに腰が引けた姿。
こう、知覚範囲内に天敵でも現れた時のような態度だったのだ。
とりあえず、こんな往来でそんなアヤシイ踊りめいた行動しないで欲しい。ちょっと他人の振りをしたくなった。
「あの、ロイさん……?」
それでも声を掛けてあげる辺り、本当にお人好しというかなんというか。カイルは早々に他人の振りだった。
「――来るッ! ヤツが、ヤツが来る……ッ!!」
ヤツって誰やねん。
そんな突っ込みを入れる間もなく、
「ロイさまぁぁぁぁあああああんんんンンンッ!!」
「き、きたぁぁぁああああああああああああ!!」
冒頭に至るわけである。
「申し訳ありません、先ほどはお見苦しい所を。ついつい思わぬ所で愛しい人の香りを感じたもので、私居ても立ってもいられず舞い上がってしまいましたわ」
香りて、あんた匂いでロイを見つけ出したんかい。いやいや、これは比喩表現に違いない。きっと。たぶん。そうだといいなぁ。
結局あのままだと収集がつかないというか、周りの好奇の目が痛すぎたというか、とにかくカイルがその場を収めて場所をこの飯所に移してくれたのだ。地味に魚料理が自慢の店を選んでくれた辺りにカイルの優しさが現れているのではあるまいか。
目の前には美味しそうな湯気を立てる白身魚のムニエルっぽい料理があるのだが、いかんせん手が伸びてくれない。
場所が変わっただけで、依然として空気はカオスのままだったからだ。食欲もそりゃ逃げ出すってなもんで。
この状況を簡潔に説明したいと思う。
まず自分たちが居るのは奥まった場所のテーブル席だ。そこにキアとカイルが並んで座り、対面に例の女性とロイが並んで座っている。
二人の腕は先ほどからずっと組まれたままで、時折キアに対して牽制の意味を持ってそうな鋭い視線を投げかけてくるのだ。勘弁してください。
(というか、今の私をライバル扱いするってことは、この人にロイさんはロリコンだと思われているわけか……?)
ちらりとロイの方へ視線をやる。
死んだ魚のような目を虚空へとやり、さきほどからピクリともしない。半開きになった口からはなんか白いモヤのようなものが出てるような。
精神衛生上見なかったことにしておくキアだった。
「とりあえず自己紹介をしよう。キア、彼女はエリザ。俺たちと同じ傭兵でフィオナ傭兵団に所属している」
「よろしくお願いしますわ」
ロイの顔をうっとりと見詰めながらそんなことを言われても。全然よろしくする気がないよぅこの人。
「エリザ、この子はキアといって数ヶ月前からウチの傭兵団の見習いをやっている子だ」
「あの、キアと言います。その、ロイさんとは恋人なんですか?」
全然そうは見えないけど、とりあえず礼儀として聞いてみる。
「ちが「そうですの! やっぱりそう見えますわよね!? あなた見る目がありますわよ!!」……ぅぅぅ」
すげぇ食いつきだった。正に入れ食いというか一本釣りというか。なんか哀れな男が一人いた気がするが、もう気にしたら話が進まないのでここはやっぱり見なかったことにしておく。
「うふふふ、あなたとは上手くやっていけそうですわ。これからよろしくお願いいたしますわね」
今度はこっちを向いてにっこり笑顔まで向けてくれた。美人なのだが、なんというかすげぇ現金な人だ。
(それにしてもなんでロイさんはココまで嫌がってるんだろ? たしかに性格は色々とアレっぽそうな人だけど、顔は美人だよね)
過去になんか壮絶な目にでもあったんだろうか? それにしても魂が抜けるほどの拒否反応って相当だと思うんだけども。
とりあえず約一名を除いて何とかなごやか(?)な空気が訪れ、ようやくキアは目の前の料理を口に出来たのだった。
この魚うんめぇ。
「そういえばエリザ、どうしてこの街に居たんだ? やっぱりロイに会いにきたのか?」
「いえ、たしかにロイ様に会うのが一番の目的ではあったのですが、今回はついでにお仕事も承ってまして」
それは"ついで"の使う場所を間違えてやしないかと思ったキアではあったが、賢明な彼女はそれを口にすることはなかった。それにしてもこの魚うんめぇ。
「へぇ、フィオナ傭兵団がカールビで仕事とは珍しいな。カールビは君たちの傭兵団の縄張りの範囲外だろう?」
カイルの言葉にエリザはちょっと困った表情になった。
今回カイルは縄張りと口にしたが、明確に傭兵団ごとに縄張りを定めているわけではない。
傭兵団と一言に言っても色々な種類があるからだ。
ゼノス傭兵団のように一箇所に拠点を据えるタイプもあれば、エリザが所属しているフィオナ傭兵団のように一定のルートをくるくると巡回するタイプもある。ルートを定めずひたすら放浪するようなタイプもあるが、これをしている傭兵団はあまりロクなのがなかったりする。
今回カイルが言った縄張りの範囲外というのは、カールビの街がフィオナ傭兵団の巡回外の街であったからだ。
「仕事とは言いましても、別にこの街で依頼を受けたとかそういったものではありませんの。むしろ今回はこちらが依頼する側なのですわ」
そういったエリザの表情はどこか悔しげだった。
「その依頼もカールビの街ではなく、より正確にはゼノス傭兵団宛てなのです。今回の私の役割はメッセンジャー。本来ならばゼノス団長に申し上げる事なのですが……」
エリザは今まで組みっぱなしだったロイの腕を開放し、カイルを正面に佇まいを正す。そして真剣な声で頭を下げてこう言ったのだ。
「お願いします。私たちを……フィオナ傭兵団を、助けてください」
その声は先ほどまでの彼女からは想像も出来ないほど、暗く沈んだものだった。
(魚うまー)
キアはなんにも聞いちゃいなかった。
@@@
長らくお待たせしまくりました。渋沢です。
とりあえず生きてます。
久しぶりに書くとなんだか自分の文章にすげぇ違和感があるのですが。
とりあえず次回はこんなに遅くならないといい……な………orz