自分には前世の記憶がある。
そう確信したのは3つの時だった。それ以前のことは夢でも見ていたように曖昧だ。おそらく物心がつく前というやつだったと思う。
取り乱したりはしなかった。いや、夢かなんかかと思って自分から壁に頭をゴンゴンぶつけて大層親に心配かけたりしたが、あれは必要な儀式だったのだ。故に取り乱したわけではない。断じて。
前世の記憶を持つという事は、人一生分の経験を幼いながらに持てるということだ。これは普通なら結構なメリットとなるはずなのであるが、自分に限ってはデメリットの方が多かった気がする。
まず前世と今の自分の性別が違う。これは結構戸惑った。そりゃ前世では生まれ変わったら次は女性がいいなとか言った覚えはある。あるのだが実際そうなってみるとなんというか、すんげぇ変な気分だった。具体的にいうとトイレとかトイレとかトイレ。
あと環境がべらぼうに違う。前世では水を飲もうとしたら水道の蛇口を捻ればよかったが、ココでは井戸からわざわざ汲み上げないといけないのだ。
ガスコンロもないし、冷蔵庫もない。風呂なんぞもってのほか。なんという不便な時代に生まれ変わったのかと深く絶望した。普通転生っつったら死んだときより未来なんじゃないのか。転生って過去に飛ぶ事もあるなんて知りたくなかった。
だが現実はさらに斜め上をいく結果を見せ付けてくれやがった。
5歳の頃である。村はずれで村の子供たちの遊び相手をしていると、目の前に青いぷるぷるした生物が出てきたのだ。
一抱えほどもある大きさのその生物は、見た目非常にグロかった。不透明なゼリーのような体に眼球があり、顔の半分はありそうな大きな口。その口を三日月がたに歪めながらぴょんぴょん跳ねてこっち来るのだ。
そりゃもう大声で叫んだ。というか泣き叫んだ。軽くどころじゃなくトラウマになった。
それでも周りの子供を逃がそうとした自分に盛大な拍手を送りたいと思う。
結局その後近くにいた大人がそのグロ物体を退けてくれて皆助かったが、その日は恐怖で初めて自分から両親の寝床に潜り込んだのだ。
そしてここが過去の世界なんかじゃないことにようやく自分は気づいたのだ。
よくよく考えたら大人たちの会話に今までヒントなんぞいっぱいあったはずなのに、まったく欠片も気づかなかった。
そう、ここは過去の世界ではない。しかしながら過去の世界に転生するよりもっとぶっとんだ事態だった。
自分が転生した世界はドラクエの世界だったのである。
……リアルで見るスライムがあんなグロい物質だったなんて、出来れば知りたくなんてなかった。
第2話 「現実は小説よりも」
軽く絶望というか、これって実は自分が見てる夢なんじゃないかとあの後真剣に悩んだ。
あまり思い出したくないが、前世では交通事故で死んだのだ。まさか20代という若さで人生を終えるなんて我ながら可哀想だと思う。
だが実は死んでいるんじゃなくて、植物人間みたいになってそこで覚めない夢でも見ているのではないか。そう本気で考えてしまうくらいにはこの現実はぶっとんでいた。
だってドラクエの世界ですよ? しかも都合よく前世の記憶持ち。
これはもう覚めない夢って言われたほうがしっくりくるだろう。
その後三日ほどモンモンとした日々を過ごしたのだが、途中で馬鹿馬鹿しくなって止めた。
これが現実だろうと夢だろうと自分がここにいるということが全てなのだ。というか夢か現実かなんて考えても分かるわけもなし、わかっていたとしてもどないすんねんっていう。
吹っ切った後にふと脳裏に浮かんだのは魔法だった。
ここはドラクエの世界。いや厳密にはひょっとしたら違うのではないかとも思ったが、とにかくドラクエの世界らしい。
となればメラやらホイミやらの呪文もあるのではないか。そう思ったら居てもたってもいられなかった。
手の平から炎を出す。これに憧れない男なんぞいるわけがない。いや、今は女の子ではあるがそれはともかく。
それに呪文があるとなれば、昔から感じていたこの違和感に説明がつきそうなのだ。
前世との比較が出来るからこその違和感というべきか。自分の身体の中によく分からないモノがあるのだ。たぶん気功を使える人なら分かるかもしれないが、こう身体の中にぽかぽかするというか、湧き出るものを感じるのだ。
こればっかりは口ではうまく説明できない。今までは特に害があるわけでもないので放置していたが、もしかしてこれが魔力とか言われるものなのではないか……そう思ったのだ。
そう考えたらもう居ても立ってもいられない。ここはぜひとも手の平から火の玉を出さねば。もし出せたらこのぶっとんだ転生にも感謝することが出来そうな気がする。
たとえハンバーガーもカラオケも風呂もないような世界であろうとも、手の平から火の玉を出す。それが出来るようになるというだけで、全て許せる。オールオッケーだ。どんと来いだ。
変なテンションのまま手を前に翳し、鼻息も荒く呪文を叫ぶ。
「メラッ!」
その呪文の掛け声とともに自分の手の平からは真っ赤な炎が!!
……
……
出ませんでした。
いや、うん。そりゃ一度の試みで成功するはずないよね。というか恥ずかしい。一気にテンションが通常に戻った。
思わず周りを見渡して自分の恥を見た人物が居ないかを確認してしまう。見られたらきっと立ち直れない。
幸いな事に見られていない事を確認し、それから自分は日が沈むまでメラメラ言い続けた。
結局その日は火の粉の欠片も出ず、枕を涙で濡らしながら寝た。
一晩立つと結構冷静になれるもんだ。
昨日は半ばテンションと意地でメラメラやっていたが、ひょっとしたら詠唱とかあるのかもしれないし、使える魔法が人によって決まってるのかもしれないし、転職とかしないとダメなのかもしれない。
転職しないとダメだったりすると現時点ではお手あげだ。ここは一つ他の魔法を試してみて、もしダメだったら大人に聞いてみよう。
そう心に誓い、朝も早い時間から特訓を開始する。
「メラッ!」
「ヒャドッ!」
「ギラッ!」
「イオッ!」
「バギッ!」
全然ダメだった。欠片も手ごたえがなかった。
次使うのがダメだったらもうかなり絶望的だ。やっぱり転職とかしないといけないのだろうか。というか転職ってあるんかこの世界。ダーマ神殿とかあるんか?
今までのように虚空に手を向けるのではなく、自分の胸に手を当てて呪文を叫ぶ。
「ホイみッ!?」
手ごたえがあった!?
思わず語尾を噛んでしまいそうになったが、今までの呪文では感じられなかった違和感があった。
身体の中にある熱が自分の手に集中するような妙な違和感。
驚きでその感覚は霧散してしまったが、胸のドキドキは止まらない。足が震える。もしかしたら、もしかしたら、本当に魔法が使えるかもしれない……!
ホイミ……回復呪文。
できればぜひともメラを使ってみたかったが、この際贅沢は言わない。前世では空想でしかなかった魔法。それを使えるかもしれないという興奮は、前世でも感じたことのないトキメキだった。
一度家に戻り、ナイフを一本掴んで飛び出す。
もしホイミなら怪我をしていないと効果がわからないからだ。
ドキドキした心臓を宥めながら、左手の手の平をうっすらナイフで傷つける。ピリッとした痛みと共に浮き上がる赤い線。
左手に右手を翳し、唱える。
「ホイミ……」
その瞬間、身体にある熱が右手に移動する感覚と共に右手から淡い光が放出される。
「う、わぁ……」
思わず見ほれていた。今まで見たこともないような淡い淡い白色の光。いや、これを光りと言ってもいいのかどうか。
それと同時に左手が熱くなる。火傷をするような熱さではないが、それでも結構な熱量。正確には左手の傷を中心にその熱は広がり、そしてすぐにその感覚は消えうせた。
左手を見てみると、先ほどナイフでつけた傷が跡形もなく消え去っている。
「……」
この感動をなんと表現すればいいのか。
ドキドキとなる心臓の音が煩い。運動をしているわけでもないのに息が荒い。顔にどんだけ血が集まってるんだというくらい熱い。視界が涙でぼやける。
これほどの興奮を、自分は知らない。
気がつけば太陽が真上だった。
おかしい、さっきまで朝だったはずなのに。興奮でトリップするなんて現象は初めてだ。
まぁでも、仕方ないよなぁ。なんたって魔法。魔法が使えたんだ。自分がホイミと唱えたら右手から白い光りが出て……
「くふ、くふふ、くふふふふ」
あ、ヤバい。自分今人様に見せられない顔してる。
その日は友人や大人たちから変な顔で見られた。
そりゃ一日中意味もなくニヤニヤしてたら誰だって不気味に思うよねぇ。
その日はそのままニヤニヤしてたら夜だった。興奮で寝付けないと思ったら案外すぐ寝付けたのは、やっぱり魔力を使ったからだろうか。
それからというもの、自分は魔法に没頭した。
前世での知識……それがゲームの知識なのはちょっとアレだったが、ともかく知識を使って自分が知る限りの魔法を片っ端から試してみた。
結果は大きく分けて3つある。
まったくなにも手ごたえがないもの。
しっかり発動するもの。
手ごたえはあるものの、発動にいたらないもの。
おそらく、まったく手ごたえがないものは適性がなく、発動にいたらないものは魔力が足りないんではないか。結構的を射ていると思う。
ちなみに攻撃魔法全般に一切の適正がない時はかなり落ち込んだ。ゲームの僧侶のバギすら適正がないのはどういうことなのか。
また新たな発見として、この世界では魔法を使える人はかなり少ないらしい。特に回復魔法は使い手が少ないらしく、両親に見せたら大喜びされた。
というか村を上げてお祭り騒ぎになった。
なんでも魔法を使えるというだけで国に取り立ててもらえるらしい……両親が熱っぽく語っていたのが印象的だ。
正直どうやって魔法……というか呪文を知ったのかと聞かれた時はどうしようとあせったのだが、魔法を使える人は初めからそういうもんだといったら納得された。自分で言っといてなんだが、それでいいのだろうか?
その後、自分の生活は激変した。
回復魔法が使えるせいで、半ば医者のような扱いを受けたのだ。
まぁ、これは仕方がないかもしれない。
なんせこの世界はモンスターがでるのだ。大人たちは結構日常的にスライムとかオオガラスとかと戦うことを余儀なくされる。
これが街クラスになれば自警団とかがあるのだが、全員合わせて50人くらいの小さい村にそんなもの当然あるはずもない。
言ってみれば村の大人全員が自警団みたいなものだったのだ。
農業で日ごろ鍛えられている彼らならば、この付近に出てくる程度のモンスターは徒党を組めば退治できる。
逆を言えば退治できるからこそ小さいとはいえ村があるのだと言われたときは、なるほどと思ったものだ。
話が脱線したが、日常的にモンスターと戦うということは、日常的に怪我を負うということで。
回復魔法が使える自分は結構頻繁に駆り出されたのだ。
そして回復呪文だけでなく補助系の呪文まで使えると知られ、モンスターが出るたんびに呼び出される始末。
まぁこんな言い方をしておいてなんだが、自分としては実践で魔法を使えたので文句はなかったりするのだけれど。
さらにそんな事をしているとこの小さな村であろうとも情報は伝わってしまい、近隣の村から助けを求めるものまで出てくる。
そんな生活が10歳まで続き……そして唐突に終わる羽目になる。
自分は深く考えていなかったのだ。魔法……とりわけ回復魔法が使え、攻撃魔法が使えないということの意味を。
魔法を使える人は少ない。さらに回復魔法の適正を持った人はさらに少ない。
これらの意味を正確に把握し、危機感を持っていれば、もしかしたら防げたのかもしれない。
だが気づいた頃には全て遅かったのだ。