団長に連れてこられた先にあったものは、物言わぬ屍となった二人だった。いわずもがなテオとロイだ。
「いや、ついに水をぶっ掛けてもピクリともしなくなってしまってな。ちょっとハッスルしすぎたみたいなんだ」
しごき→ぶっ倒れる→水ぶっ掛けて強制覚醒→しごき→ぶっ倒れる、を延々繰り返したらしい。鬼か団長。そしてフラウさん、あなたもですか。
あまりにもピクリともしないので思わず息をしているか確認してしまう。いくら治癒呪文でも死んでたら生き返らせるのはムリです団長。
あ、息してた。ちょー弱いけど。
……まずくないかコレ。
「あははは……は………」
なんだかフラウから乾いた声が上がる。自分でもちょっぴりやりすぎちゃった、テヘ。とか思っていた。
「でだ。キア、早速済まないんだが……治してやってくれんか?」
さすがにこれは断れませんだんちょー。
第19話 「語らい」
ついついリューとの話が盛り上がって、二人のことをスポーンと忘れ去っていた罪悪感がヒシヒシと。いや、忘れてようが覚えていようが二人の末路は変わらなかったけれど、そこは気分の問題だ。
ここは一発さっき知ったばっかりのアレを試してみることにする。
「治療呪文」
ただのホイミというなかれ。なんとこのホイミ、右手と左手の同時発動なのだ。
リューからキアが教わった知識は、キアの中で革命を起こしていた。
その一つが、この呪文の二重発動だ。
呪文というのは、実は多重発動を起こすことが出来る。もちろん普通に使うより魔力をバカじゃねってくらい食うし、魔力の操作もべらぼうに細かくなってとっても疲れるのだが。
実は今までキアは魔力の操作というのをあまり意識したことがない。呪文の知識を半ば持っていたがために、先入観が先にたって呪文とはこういうものだと決め付けていたのだ。無意識で魔力操作をしていたという事実が判明し、何故だかリューが頻繁に深呼吸していたのが印象的だった。
たとえば、ホイミとは掌で触れた対象を癒すもの。決して掌から光の弾が飛んでいって、当たれば傷が治る魔弾ではない。そういう認識であったわけだ。
ちなみに実際ホイミを魔弾にして飛ばすことは出来る。出来るのだがホイミという呪文の特性上、掌から飛ばすのは実はヤメといたほうがいい。掌で触れた状態で使えば、必要な分だけ魔力を回したり、重点的に癒したい部分に限定できたりする。ホラ、怪我した部分に手を当てたりするじゃないか。普通は右手を怪我してる時に左手に触れながらホイミとかしないわけで。
だが一度掌から離れてしまったらそういう細かいことが出来ない。無駄に魔力を使うし、全身ムラなく治癒が行き渡るせいで効果が半減するし、過剰な魔力を込めると治癒過程で痛みを齎すようだ。リューと共に実験した成果だった。攻撃呪文じゃないのかコレって言われた。治癒呪文のハズです。
意識して行えば、今まで出来なかったことができる。キアは魔力操作を今まで意識しなかった割にはそれなりに出来たので、慣れ親しんだ呪文であれば右手と左手で同時に出すことくらいは出来るようになったわけだ。
魔力の操作、及び知らなかった呪文の特性を知ったキアは、今色々試したくてしょうがなかった。
だからわざわざ無駄に疲れる呪文二重発動なんてやらかしているわけだ。
しかしこれ、マジモンでしんどい。たとえるなら右手で○書きながら左手で□を書くようなものだ。ゆっくり思いっきり集中すればなんとか出来てるかもしれないってレベルだ。おかげで治癒速度がありえんくらい遅い。こんなに魔力使ってるというのに。
諦めて片方ずつ治癒することにする。見る見るうちに痣が消えていくテオ。終わったら次はロイ。合計所要時間は10秒もかかってない。
この同時発動、本当に役に立つ技術なのか疑問に思えてきたキアである。
「……これは、すごいな」
「本当に……あの痣が綺麗サッパリなくなっちゃった。キアちゃん凄いわ!」
あの鬼のような痣が綺麗サッパリ無くなったことに、ゼノスとフラウはしきりに感心していた。キアの治癒呪文は前回の戦いの時、バカやらかした二人の怪我を治したのを見たことがある。だがアレは切り傷が一箇所だったし、明るい中でこれだけボロボロになった身体を数秒で完治させるのを見るとその光景にため息しかでない。
分かっていたつもりだったが、実際見てみるとこれは本当に凄い。そしてキアに襲い掛かる不幸の可能性を、今改めて実感した二人だった。
「怪我を治しただけですので、二人ともまだ目が覚めないと思います。私が着いていますので、お二人は先に汗を流して来てください」
「ああ、すまない。二人が起きたら今日はもう終わりだと言っておいてやってくれ」
「ゴメンねキアちゃん」
本当はザメハで起こしたり、ベホイミで体力回復させたりも出来るのだが、じゃあ第二ラウンド開始なって事になったら流石にこの二人が憐れだったので黙っておくことにしたキアだった。手を振って素直に二人を見送ることにする。
「……さて、自分の発言には責任を持たないとね」
キアの言う責任とは、後で力の限り慰めてやるというアレだ。別に本当に発言したわけでも約束したわけでもないが、疲労困憊でぶっ倒れる二人をみて何かしてあげたくなったのだ。
ちょうど良く並んでぶっ倒れてる二人の傍に近づき、足を伸ばして座る。そしてテオとロイの頭を持ち上げて自分の太ももの上にポスンと乗せてやった。
「10歳の幼女の膝枕じゃアレだろうけど、地面よりはいいよね? 慰めるってより労ってるって感じだけど、まぁいっか」
そして今度は二人にベホイミを掛ける。一気に回復させず、少しずつ少しずつじんわり染み渡るように掛けるのだ。先ほど諦めた二重呪文の訓練にもなるし、ベホイミはゆっくりかけると全身マッサージと風呂を足したような気持ちよさも味わえるのだ。まさに一石二鳥。気絶してる二人は感じられないかもしれないが。
そのまま二人の疲労が完全に取れるほど長時間ベホイミをかけ続け、いい加減足が痺れてきてもまだ目を覚まさない二人に、キアは結局ザメハを使って二人をたたき起こしたらしい。普通に起こせばいいのにわざわざザメハを使うのは、偏にキアが呪文使うのが大好きだからである。
「カイル、入ってもいいですか?」
コンーコンコン。変則的なノックの音が三回。リューがノックをする時の癖だった。
「ああ、いいぞ」
返事をすれば予想通りというか、リューは酒瓶とグラスを二つ持ってやってきた。
リューが夜にフラッと酒を持参で俺の部屋に来るのは良くあることではないが、すごく珍しいというほどでもない。
凄く良いことがあった日、逆に悪いことや悲しいことがあった日に行われるこの習慣は、初めてリューと二人で飲んだ時からずっと続いている。
琥珀色の酒が注がれたをしたグラスを手渡されて、そのまま軽くグラスを合わせる。このガラスの澄んだ音が好きだと以前言っていたのをふと思い出した。
しばらくは無言でお互いチビチビ舐めるように酒を味わう。本来俺はおしゃべりな方じゃないし、リューにしたって昔はともかく、今はむやみに騒がしくはない。
窓から覗く月を見ながら、ただひたすら無言で味わう。この時間は結構好きだった。
「……義兄さん」
「どうした、リューリック?」
二人きりで酒を飲むこの時間だけ、俺は時間があの頃に戻ったような気分になる。故に俺はこの時だけはリューを昔のように"リューリック"と呼ぶし、リューも自分のことを"義兄"と呼ぶのだろう。
酒好きな割りにあまり強くないのも昔と変わらず、か。
仄かに赤くなった顔を隠すように手で覆い、ポツリポツリとリューリックは語る。
「"俺"さ、この歳になってあんな小さな子相手に、本気で嫉妬するとは思わなかったよ」
今日の出来事を思い出す。確かにリューリックのキアに対する言動は辛辣だったかもしれないが、それはコイツの性格からしてそうおかしなことではない。まぁたしかに行き過ぎた部分もあったかもしれないし、実際そう思ったフラウから盛大に殺気を向けられていた。が、俺の見立てではあの時のリューリックは嫉妬があったとはいえ、俺に愚痴りに来るまで思いつめてはいなかったはずだ。
「あの後……会議が終わった後さ、俺キアと一緒に俺の部屋で話の続きをしたんだ。キアの話は凄かったよ。キアの頭の中はマジで禁書も真っ青だ。失伝呪文もいくつかあったし、そもそも現在確認されていない呪文まで知ってた。まぁ逆に基本的なことを知らなかったり、学院で教われるような初期の呪文を知らなかったりもしたけどな。"神の愛し子"ってのも自分で言っといてなんだが、マジモンかも知んない。でもさ、問題はそこじゃなくて、いや、そこも問題なんだけど、俺が言いたいのはさ、キアの純粋な魔法の才能なんだ」
そこまで言って、グイっと残りの酒を煽る。ああ、これは明日あたりコイツ二日酔いだろうな。
「俺があれだけ必死に、それこそ本当に死に物狂いで学んだことを、アイツは一足飛びどころかワープする勢いで進んでいくんだ。笑っちゃうよな。呪文の多重発動とか、言った端から実行して成功させるんだぜ? 姉さんや義兄さんにあれだけ負担を掛けて、俺はそれなりに成果を出せたと思ってたのに。いや、成果は……出せてると思うんだ。キアが規格外なだけなんだ。そう思うんだけど……なぁ、義兄さん。俺の努力って、足りなかったのかなぁ……?」
自嘲して、空になったグラスに口をつける。そして空だったことを思い出してまた自嘲し、新しく酒を注ごうとする。俺は流石にリューリックをやんわりと止めた。
「もう止めておけ。明日が辛くなる」
「……うん。今日はもう帰るよ。残りは義兄さん飲んでいいよ」
そういって席を立ち、若干ふらつく足取りで背を向けるリューリック。その背に向かって、俺は。
「……お前は頑張ったよ。お前の努力は、俺と"アイツ"が知ってる。心底誇りに思える、大事な義弟だ」
「――うん。ありがとう、義兄さん」
声が震えていたのは気づかなかったことにしておく。逃げるように扉の向こうに去っていったリューリックを見送って、グラスに残った酒を一気に煽った。
「まさかアイツがこんなことでグラつくなんて……いや、こんなこと、じゃないか。よく考えれば、あいつにとって許容出来ない事態だな。本当に、よくキアに対して爆発しなかったもんだ。それだけでもお前は、ずいぶん成長してるよ」
あの悪ガキがなぁと、昔のリューリックを思い出す。懐かしくて、そして自分の人生の中で一番幸せだったあの頃。
「なぁマリー。今更ながら思うよ。やっぱり子供、作っておけばよかったな」
幻視する。俺とマリーとリューリック、そしてもう絶対に生まれてこない俺とマリーの子供。家族が皆揃って、一家皆で幸せになる夢。
今に不満があるわけじゃない。でもそんなことを思うのは、やっぱりキアがウチに来たからかもしれない。アッシュもいるが、あの子は傍から見ててもロイとしっかり兄弟だし、あまりそういう発想にはならなかったのだけど。
俺は幸せな思い出を肴に、リューが持ってきた酒が無くなるまで晩酌を楽しむことにした。
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チラ裏から移動してまいりました!
それにしても自分で読み返しても本当に自分が書いたのかと思わず問いかけたくなるシリアス。
さすがにココにギャグを挟む勇気はなかったんだ…!