「……たしかに、その通りだな」
ゼノスは思わず頭を抱えそうになった。リューが今まで話したことを総合すると、これがまたすんげぇデンジャラスなのだ。
「ええ、ウチにはお馬鹿さんが二人もいますし。それにキアの性格も大問題です。本当にどうするんですか団長?」
リューは非常にのんびり……というか軽い感じでのたまった。団長に全責任を丸投げせんと言わんばかりの態度だった。実際丸投げする気マンマンであったので、ゼノスはもうちょっとリューに対して怒っても許されると思う。
ゼノスは次から次へとやってくる問題を思いため息を吐いた。団長なんてホント損ばっかりだと思う。
第18話 「新規則」
団長を思い悩ませる問題というのは、言わずもがなキアのことだ。
あの後……フラウがキアを絞め落とし、そのことでまた一騒動起こって、それがなんとか沈静化した後のこと。
「では、次の議題へ移ります」
とのリューの言葉と共に再び始まったリュー先生による『キアの3つの希少性とそれに付随する危険性について』の講義。
長くなるので要点だけ纏めると次のようになる。
その一、治癒呪文に発生する問題について。
治癒呪文自体が非常に高需要かつ希少性が高い。誰にバレてもあっという間に噂は広がり、どこからともなく難民のように怪我人や病人が群がってくる可能性大。
また、あらゆる組織からの勧誘という名の引き抜きもそれこそウザいレベルで行われて、とっても胃に優しくない事態が起きるので使用は自重すべきでしょう。
その二、マホカンタを初めとした失伝呪文の問題について。
これに関しては一般にバレてもあまり問題はない。なぜならば呪文に対して知識が無ければ、どれが失伝呪文なのかどうか分からないからだ。
しかし価値の分かる輩にバレると、治癒呪文がバレた時よりも怖い展開が待っている。もしも『神の愛し子』を連想されでもしたら色々アウトだ。朝起きたらお家の周りをこわーい兵隊さんに囲まれまくってるとか普通にありえそうなので、やっぱり使うのは自重すべきでしょう。
その三、そもそも10歳の子供がアレだけ呪文を使いこなしている件について。
天才ということでファイナルアンサー。師匠はリューってことで押し通すべし。しかしそれで問題がなくなるのかといえばそうは問屋が卸さないというかなんというか。
結局の所、やっぱり引き抜きは起きると思われるので、メンドクサイならやはり呪文は自重すべきでしょう。
そして話し合いを進めている時に判明した新たなる大・問・題。
その四、なんとキアが攻撃呪文の一切を使えない件について。
ぶっちゃけとってもとっても危険デス。デンジャラスすぎマス。攻撃呪文の使えない呪文使いなんぞ、鴨がネギと鍋もってキッチンの前でスタンバイしているようなモノなのです。リューとかあまりの現実に鼻で茶を飲みそうになったくらいトンデモナイのです。
実際この情報がバレてキアは拉致されたわけで。
余談であるが、キアはここぞとばかりにコレが理由で団員達に呪文使いだということを話せなかったと主張したりした。もちろんフェイクである。脅えた表情と潤んだ瞳がポイントだった。もちろんフェイクである。
しかしやっぱり簡単に信じた団員たちはキアに深く同情し、納得した。キアの中で吐いてもいい嘘とそうでない嘘の基準はおそらく『恥であるか否か』なのかもしれない。
ともかく、攻撃呪文を使えないというキアを一人にさせるわけにはいかない。一人、ダメ、絶対。
以上の4つの問題点を抱えて、団長はウンウン唸っているわけだった。
「じゃあキアが呪文を使わなければいいんじゃねぇ?」
そう言ったのはロイだった。実にロイらしいなんも考えてない発言ではあるが、たしかに一つの選択肢ではある。
問題点の殆どが呪文自重でなんとかなる。なるのだが。
臭い物には蓋的な解決策はいかがなものであろうか、と団長は思うわけだ。
実際の所、キアの能力をこのまま腐らせるのはもったいなさ過ぎる。その才能はダイヤの原石どころじゃなく、ほとんど巨大なダイヤの塊なのだ。それを塗装してただの石ころに擬態させるというのは、ダイヤにとっても不幸ではあるまいか。
そして何よりもキア自身がそれを認めなかった。
「拒否します。お断りします。ぜーったいに嫌ですッ!」
眉毛をコレでもかと吊り上げて精一杯の怖い顔を作りながら叫んでるわけだ。残念ながらその姿は子犬が必死に威嚇している様を見ているようで、微笑ましい以外のナニモノでもなかったが。
「やっと皆の役に立てるんです。皆の迷惑にならないように知らない人の前では呪文使いませんから、お願いします。私を使ってください……ッ!」
そう必死に懇願するわけだ。そんなこと言われたら団長以下団員達がキアの想いを無碍に出来るはずもなく。
結局団長の思考をループさせるわけだ。
ちなみに健気な事を言っているキアであるが、たしかにその言葉に嘘はない。ただ事実を全て伝えているわけでもなかった。
キアからしてみれば呪文禁止令なんぞとんでもなかった。なにか、自分の趣味と実益を兼ね備えた生きがいを奪うとでもいうのか。
これが本音である。色々と台無しだった。
そうとも知らず、団長は悩んで悩んで……ハゲそうなくらい悩んだ後、覚悟を決めた。
「――よし、キアの想いは分かった。今後その力で俺たちを助けてくれるか、キア?」
結局、団長はキアの力を傭兵団に組み込むことにした。ちなみに覚悟というのはこれから定期的に訪れるであろう胃痛に対する覚悟である。
キアの力を借りる危険性は思った以上に高い。しかしそれはキアがキアである以上切り離せない問題なのだ。メリットとデメリットを比較し、メリットの方が上回ると思ったからこそ、ゼノスは団長としてこの結論を出した。
もちろん、メリットだけで選んだわけではない。キアの想いを酌んだ上での結論でもある。キアの想い自体が色々汚れているような気がするのはさておいてだ。
「――はいッ!」
花が咲くような笑顔とはこのような笑顔を言うのではないか。キアの満面の笑顔に、団長はそんな他愛もないことを考える。
この満面の笑顔を引き出せただけで、この結論でよかったと思えるのだ。多少どころではない不安があったとしても。
<ゼノス傭兵団新規則>
一つ、キアには誰かしら一人は戦える人間が常に付いていること。
一つ、治癒呪文及び失伝系呪文は基本的に団員以外の人間がいる場合使用禁止。補助呪文については可とする。例外として団員に死の危険性が迫った場合においてのみ治癒呪文の使用を可とする。
一つ、団員以外の人間にキアの力を教える場合、全団員の半数以上の賛成を必要とする。
「追々増える可能性はあるが、まぁこんなところか。皆しっかりと守るように。特にキアとテオとロイ、絶対に破るんじゃないぞ」
やっぱり不安だったので規則という形で取り締まることにしたらしい。団長のその行動は実に正しいと頷かざるを得ない。
キアはその性格上、しっかり注意していてもその場の感情でホイホイ治癒呪文を使いそうだ。どうしようもない場合ももちろんあるだろうが、それ以外での使用まで認めていたらBAD ENDまっしぐらになりそうな気がして仕方がない団長である。
そしてキア以上に不安なのがゼノス傭兵団の誇るアホ二人だった。
どっかで絶対ポカやらかす。あの二人には毎朝毎晩この規則を読み上げさせることにしよう。それでもやっぱり不安は拭い去れないのだが。
「こんな所だな。リュー、他に何かあるか?」
「――とりあえず、この場はこれでいいでしょう。あとはキアの使える呪文及び知っている呪文を把握しなければいけませんが、それは後でキアと色々試しながら確認します。知識の共有も必要ですしね。終わったらまた報告するという形でよろしいですか?」
「ああ、それで頼む」
ようやく長かった会議も終わったようだ。独特の緊張した空気が緩んでいく。誰とも無くホっと息を吐いた。
「さて、フラウ……」
「――はい」
ゼノスがチラリと意味ありげにフラウに視線を寄越し、フラウも頷いて返す。折角会議が終わったというのに、なにやら二人から不穏な空気が漏れ始めていた。
二人が見詰める先には、雑談しながら部屋を出ようとするテオとロイの姿が。
「……ああ、そういえば。二人ともガンバレ」
団長たちの雰囲気に気づいたカイルと既に察して避難済みだったアッシュがバカ二人に対して十字を切るのと、団長が二人の首根っこふん捕まえたのはほぼ同時だった。
「「うん?」」
いきなり猫の子のように持ち上げられたテオとロイ。プラプラと揺れる足が妙に喜劇ちっくだ。
何が起こったのかと二人して後ろを振り返り、そして振り返ったのを後悔する。
満面の笑みを湛えた団長が二人の目の前に立っていた。その横にはやっぱり満面の笑みの副団長が。
真昼のホラーかと思った。というか仮にも成人しつつある男を摘み上げるのはいかがなものか。
怒ってる。めっちゃ怒ってる。今更ながら自分たちがやったことを思い出して、全身の血の気が引く音が聞こえた気がする二人だった。
「「さぁ、楽しい楽しいお仕置きタイムの始まりだ(よ)」」
あっ、ちょっ、まーーーっ!?
声にならない叫びを上げながら、フラウと団長にプラプラ摘まれた二人はどこぞへ消えていった。
「え、えーと?」
いきなり目の前で行われた寸劇に、若干慣れたとはいえ目が丸くなるのはいかんともしがたいキアだった。とりあえずテオ達に不幸が舞い降りたのだけは分かったので、カイル達と同じように十字を切っておくことにする。あーめん。
「スペシャルハードデンジャラスコースな修行という名のお仕置きだな。防御捨てて相打ち狙いに行くようなバカ共には体で覚えさせないといけないってことだろう。自業自得だし、放っておけばいいさ。死にはしない」
いや、死にはしないかもしれないけどねカイルさん。なんだか時折聞こえてくるカエルが踏み潰された時に上げそうな悲鳴が聞こえてくるんだけど本当に大丈夫かコレ? 特に団長とかここぞとばかりにストレス発散してんと違うか?
「別に今に始まったことじゃないよ。まぁあそこまで団長がキレてるのは珍しいかもしれないけど、今回ばっかりは同情できないよね。あのバカ兄、僕にまでメチャメチャ心配掛けたんだから、口から出ちゃいけないモノが出るくらい絞られればいいと思うんだ」
弟とは兄に対してかくも非常なのだろうか。ザマァみさらせと言わんばかりの嘲笑を浮かべてそう言い切るアッシュを見ていると、なんだか胸がシクシク痛むような気がする。
キアは自分の可愛い弟を思い出して、そっと涙を拭うフリをした。うん、レンはあんな顔しない。絶対絶対しない。しないはずだ。しないといいなぁ……。
「アッシュ、お前いつも同情してたか?」
「ごめんなさい、表現に誤りがあったみたい」
「人間誰しも間違いはあるさ」
「だよねー」
「「あははははは」」
朗らかに笑う二人を見てキアは思う。ああ、テオさんロイさん。後でちゃんと慰めてあげますから、今は我慢の時です。ちょっと私も自業自得だと思うので止められません。というかあの団長とフラウさんを止める自信がありません。無力な私を許して下さい。
「まぁ今回はキアもいるし、何時もより手加減なしでボッコボコにされるんだろうなあの二人。どれだけやっても治せるって便利だよな」
訂正。力の限り慰めてあげますから、どうか私のせいでン割増しなっているっぽいお仕置きに気づかないで下さい。
「さてキア、私たちも行きましょう。まだまだ聞きたいこと、教えたいこと、実験したいことが山ほどあります」
「はーい」
実験という言葉に耳がピクンと反応する。実験、呪文の実験。甘美な響きだった。
今まで知らなかった呪文のことを知ることが出来る。そう考えた瞬間、キアの脳裏からテオとロイのことはポイと追い出されたようだ。
リューの後を鼻歌でも歌いだしそうなほど上機嫌に着いて行く。
遠くから聞こえてくる断末魔っぽい叫びをBGMに、二人は部屋を出て行くのだった。
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俺、投稿数20いったらスクエニ版に移動するんだ……ッ!