第17話 「神の愛し子」
「『神の愛し子』……ですか?」
それはいったいなんじゃらほい?
首を傾げる団員一同だが、キアはなにやら若干イヤそーな顔をしていた。
ソレがどういうモノなのかは分からないが、なんだかひじょーに嫌な予感がする。
「簡単に言ってしまえば御伽噺ですよ」
リューは語る。
「呪文の始まりは精霊神ルビスが祖とされています。精霊ルビス伝説は知ってらっしゃる方も多いでしょう。今回その詳細は省きますが、その精霊神ルビスが人間に与えた力。それが呪文とされています」
まさかの精霊ルビス。
キアは今まで呪文以外でこの世界に"ドラゴンクエスト"を感じたことはあまりない。それは今自分が生きているこの世界が実に現実的な営みをしていることが一番の原因だ。またキアの育った村が辺境過ぎて情報が入ってこなかったのもある。
しかしここにきて精霊ルビス。なんだか逆に現実感が遠のいていくキアだった。
「ルビスは人間に呪文を伝える時、次の方法を取りました。生まれてくる前の人間の魂に呪文名を刻み込む。そうして生まれた子は、誰に教えられずとも呪文を使うことが出来ました。そうした"原初の呪文使い"たちが後世に残した呪文が、今私たちが使っているものだと言われています」
いやぁーな予感がぐんぐん大きくなってきた。キアの額から一筋の汗が滴り落ちる。
「そうした"原初の呪文使い"を精霊神ルビスから愛された子。"神の愛し子"と呼びます。まぁ単なる御伽噺ですので、実際にそうであるのかどうかは分かりません。どっちかというと神話の部類ですねコレは」
キアは机に突っ伏した。もうオチが読めた。
突っついてくるアッシュを手で制する。ちょっと放っておいてくれないか。
「ですがまぁ、そういう話があるのです。そしてキアは今お話した"神の愛し子"とそっくりだと思いませんか?」
突っ伏したキアの後頭部にグサグサ視線が刺さる。
違うんです。そんなご大層なもんでは断じてないんです。
ああでも、きっとここで違うんですと否定したところでどうにもならんのだろうなぁ。きっと否定すればするほど逆効果な気がムンムンする。
「……なんだか凄い話になってきたな」
ため息交じりでカイルがそう呟く。
キアからしても他からしてみても本当にスゴイ話になってきた。ベクトルは全然違うが。
「なんだか実感が沸かないわね……」
フラウの言葉に頷く団員一同。中にはよく分かっていない者もいたりしたがソレはさておいて。
「まぁ本当に問題なのはキアが"神の愛し子"であるかどうかではありません。いえ、それもある意味大問題ではあるのですが、今はそれ以上に片付けておかなければいけない問題があります」
コトンとカップを置いて、リューは常にない真剣な表情をした。
普段怒る時もからかう時も戦う時ですらも笑顔なリューがここまで真剣な表情をするのは珍しい。ヴァン曰く今夜は嵐なくらい珍しいのだ。
「キア」
真剣そーな顔をしたリューが、これまた真剣そうな声で名前を呼ぶのだ。
さすがに突っ伏しているわけにもいかず、キアは慌てて顔を上げて姿勢を正した。
誰かがゴクリ、と喉を鳴らす音が聞こえたりする。
「この傭兵団に留まりますか? それとも、出て行きますか?」
キアは言われたことが理解できなかった。真剣な顔のまま微動だにせず固まっている。キアの心象風景は正に混乱という名の大嵐であったが、外見は逆に凪にもほどがあった。
沈黙が場を走る。団員一同も目が点だ。
そして一拍後、リューの放った言葉の意味が脳内に染み渡る頃。
「ちょ、ちょっとリュー! いったいどういうことよ!?」
盛大に噴火した火山が一つ。名をフラウマウンテン。
バゴンッとテーブルがマジメに壊れるんじゃないかって力でぶっ叩きながらフラウは叫んだ。実際テーブルはメシリと破滅の音を奏で、団長が新たな出費を覚悟して遠い目になったりする。
「訳が分からないわ。一体全体何がどうなってそんな話になるのよ! さっきから黙って聞いてれば何、あなたキアちゃんに何か恨みでもあるわけ? あなたのことだからきっと理由があるのだろうと黙ってたけど、これ以上キアちゃんを追い詰めるようなことを言ってごらんなさい」
ぐしゃり。
何がぐしゃりってテーブルの縁がぐしゃりだった。厚さが軽く10センチはあるはずのテーブルが、握力だけでぐしゃり。
きっとフラウの発言の続きは「次はテメェの首がこうなるわよ」に相違あるまい。
すげぇ物騒な空気が漂っていた。キアなんかもう思考停止だ。リューにしてもさすがにコレだけの怒気つーかほとんど殺気じゃねぇコレ? ってなモンをぶつけられて額に汗が隠せていない。
「ちょっ、フラウさん落ち着「これが落ち着いていられるわけないでしょう!?」」
珍しく空気を読んだロイの発言は綺麗サッパリぶった切られた。
「落ち着けフラウ。リュー、それだけでは何がなんだか分からない。きちんと説明してくれるな?」
「……団長がそうおっしゃるなら」
まさに鶴の一声。噴火寸前つーかちょろっと噴火してた活火山をものの見事に鎮めたのは、やっぱりというかなんというか団長だった。
無駄に威厳たっぷりに放たれた団長の命令に、フラウはしぶしぶながら席についた。
「……俺って」
「ほら兄ちゃん落ち込まないでよ。ある意味いつものことでしょ」
テーブルの隅では縦線を背景にしたロイとトドメという名のフォローをするアッシュが。麗しい兄弟愛にテオがなんかウンウン頷いていた。テオの脳内は不思議に満ちている。
とりあえず先ほどの無差別広範囲型大噴火な空気はナリを潜めたが、やっぱりまだ怒りが収まらないフラウさん。彼女の視線はすんげぇ鋭いトゲとなってリューを滅多刺しにしている。
「言葉が足りませんでした。なぜあの発言になったかキチンと説明します」
このままではマジメに顔に穴が空くと思ったかどうかは知らないが、やけにすんなりとリューは説明を始めた。
「以前説明したことがあると思いますが、治癒系の呪文というのは使い手が非常に少ないのです。つまり引く手数多。こんな微妙に辺鄙なところにある貧乏傭兵団でなくとも、もっと稼げる所がありますし、都会で贅沢だってやろうと思えば出来ます」
「あぁ~なるほど。そういうことかよ」
キチンと聞いてみればなるほど、納得できる話だった。
リューは別にキアを疎ましく思っていたわけではない。そりゃちょっぴり嫉妬成分が入ったことは認めるが、別にキアが嫌いなわけでも憎いわけでもないのだ。
よくよく考えれば、リューが容赦ないのは前からであって、しかも親しくなればなるほど辛辣になるというまったく有り難くない友好度の上がり方をするのだった。デレツンとでも言えばいいのだろうか。
それを考えれば、逆にリューのキアへの友好度は上々なのだろう。たぶん。きっと。
「――たしかに。キアちゃんのことを考えればそっちの方がいいのかも……」
先ほどとはうって変わってしんみりした声でフラウがそう呟く。
アレだけリューに対して怒り爆発させた彼女だったが、リューの理由を聞いた後だとむしろ自分の方がキアのことを真剣に考えていなかったのではないか、という考えがムクムク沸いて来るのだ。
どう考えてもリューが話をいきなり切り替えたせい(というか、結論から入ったせいか)なのだが、そこはいろんな意味で責任感が強いフラウのこと。都合よく自分はキアのことを考えていなかったのだという思考にまっしぐらだ。
なんだか場の空気がキアはこんな