「さてキア。じーーーーーーっくりとお話しましょうか」
にっこり笑顔でそうのたまうリューにキアは戦慄を禁じえなかった。
団長をもってして「アレほどいろんな意味で疲れた依頼は初めてだ」と言わせた夜を超えて迎えた朝。いや、砦に着いたのが夜も明けようという時だったから今は昼であるが。
反省会というか反省させる会は翌朝に持ち越しとなり、リューの尋問も持ち越しとなり、現在あり合わせで作ったお昼ご飯という名の朝御飯を皆で食べた後のことだった。
超不意打ちだった。食後のお茶を噴出すかと思った。
「え、えーと……ご、ごめんなさい」
「それは何に対しての謝罪ですか?」
リューは容赦がカケラもなかった。
「ちょっとリュー。あんまりキアちゃんをイジめないでちょうだい。可哀想に、震えてるじゃないの」
フラウはヨシヨシと震えるキアを慰める。フラウにしてもキアに聞きたいことはそりゃあるのだが、リューのように切羽詰ってなかった。むしろテオとロイのお仕置きのほうがどっちかというと彼女の優先順位は高い。
子猫のよーにプルプル震えるキアに対して、その魔王のような威圧感は正直どーよ。
一方、リューにしてみればもはや一刻も待てなかった。一晩待ち、食事を終えるまで待ったのだ。我ながらすげぇよく我慢したと思っている。
ゴホン、と一息いれて気を取り直す。
「とりあえず、質問形式でいきましょう。そのほうがキアも話しやすいでしょうし、いいですかキア?」
疑問系で聞いちゃいたが、笑ってない目が反論を許さないと言っていた。
もはやコクコク頷くしか出来ないキア。
「まず最初に聞きたいことはキア、あなたがどうして呪文を使えるのか、ということです」
色々と、そう色々と聞きたいことはあるが、まずはココからだった。
第16話 「話し合いに似たナニカ」
正直どうしてここまで厳しい顔をされるのかがキアには分からなかった。
キアが予想してたのはどうして今まで黙っていたの? という類のものでしかない。なんでオンドレ呪文使えんねんアぁあぁぁアン? とガン付けられるのは正直予想外すぎた。
なんだ、自分が呪文使えるのはそんなにマズいことなんか?
とりあえず正直に言ってみる。
「あの、気がついたら使えるように「嘘を吐くんじゃありません」」
嘘と断定されてしまった。
リューの笑顔が一段階進化する。
内心でヒィッと悲鳴をあげ、身体全部でヒィッと悲鳴をあげる。
「ヒィッ!」
口にも出てた。
もはやリューの笑顔がトラウマになっているキアの涙腺は大決壊。泣き声だけは出すまいと歯を食いしばる。
ぽろぽろ零れる涙に団員一同大慌て。
リューもさすがにこれでは話が進まないと、一度深呼吸して気持ちを落ち着ける。
「すみませんキア。怖がらせるつもりはないのですが……」
ホントかよ、とどこからともなく聞こえてきたがソレは無視するとして。
「私は本当のことが知りたいのです。いいですか、キア。先ほどのあなたの発言を嘘と断定した理由は主に2つあります」
リューは右手の人差し指を立てながら説明を行う。
「まず一つ目。呪文を使うためには次のことが必要です。まず自分の中にある魔力を認識出来ること。その魔力を操作できること。呪文を知っていること。このうち自分の魔力を認識するというのが曲者で、出来るようになるまでに通常5年の修行が必要といわれております。才能ある者であれば短縮も可能ですが、それにしたって限度がある。魔力の操作だってそう簡単なものではないですし」
魔力とは誰もが持つものである。目に見えないその力を認識しろというのは、自分の中に流れている血液がどのように流れているかを認識しろというのに等しい。
疲れたようにハァ、とため息を一度吐く。
リューが主に激昂したのはこの一つ目の理由にあった。見も蓋もなくぶっちゃけて言ってしまうと、原因は嫉妬だ。本当に見も蓋もない。
呪文使いになる方法は主に2つある。一つは呪文使いの弟子となり、師から直々に教わる方法。もう一つは世界を2分する大国家の一つ、魔法都市カルベローナへ留学して魔法学院で学ぶこと。リューは後者の呪文使いだった。
魔法学院にて周囲から天才とまで言われたリューにしたって、魔力を認識するのに約3年弱掛かった。それでも周囲はやれ天才が現れただのなんだのと騒がれるのだ。
キアの年齢から考えると、英才教育を受けたとしても早過ぎる。どう少なく見積もっても自分より格段に才能があるとしか思えない。
そんなことで嫉妬するなんて、自分もまだまだ若いですねぇと自重の笑みを漏らす。
「その歳で呪文を使えるというのは、呪文使いから見れば異常すぎるんです。あなたが1000年に一人の天才だとしても、師もなしにいきなり使えると言われても信じられません」
リューは今度は右手中指を上げる。
「二つ目。先ほども言いましたが呪文を使えるということは、その呪文を知っていなければいけない。つまり、誰かから教わるか、呪文名の書かれた文献を読んだか、です。気がつけば使えるようになりました、ではありえないでしょう?」
リューの言うことはもっともだった。
そもそもにして、呪文名を記した書物は非常に数が少ないのだ。その数少ない書物さえ、学院の立ち入り禁止区域に保存されていて一般は読めない。読もうとするならば、カルベローナの軍か教会に属してのし上がる必要がある。
ぶっちゃけて言ってしまえば、カルベローナが呪文を独占しているのだ。
故にこの国家は保有する軍人は少ないながらも、世界最強と目されている。
「さぁキア。教えてください。あなたが呪文……失伝したはずの呪文さえも使えたその理由を」
真剣なリューの視線に、しかしキアはどう答えたらいいのか分からなかった。
だって嘘ついてないし。
ここはもうテキトーに信憑性のありそうな嘘を吐いておくか? いやしかし、できるなら嘘を吐きたくはなかった。自分のことだからついうっかり話に矛盾でも出てきそうだ。
悩んで悩んで、キアが出した結論は。
「リューさん。私は嘘を吐いていません。本当に、最初から使えたんです。呪文も、最初から知っていたんです」
それでも真実を話すことだった。
前世のことはあえて話さない。だって言い訳臭くなるから。というか前世でドラゴンクエストというゲームがあって、そのゲームの中で登場した魔法なんですよーとか。普通に頭沸いてる? と思われかねない。
ちょっとそれは勘弁して欲しい。
「リューさん……」
涙交じりの瞳でリューの目をじっと見詰める。私は嘘を吐いていない。どれだけ疑わしくとも、どれだけ信じてもらえなくても、それでも信じて貰えるように誠実を貫くしかないのだ。
キアは非常に自分に正直な人間だ。必要であれば嘘も平気で吐くし、演技だってする。表と裏の顔だってしっかり使い分ける。
でも、ここは安易な嘘に逃げたくなかった。ここで逃げたら、後は嘘のスパイラルがずっと続くのだ。たとえソレが取るに足らないものだとしても、つねに心の隅に引っかかるのは間違いない。そしてそれがずっと突き通せるものであるかどうかも怪しい。
それならば、自分に正直に誠実であるほうがいい。他人に嘘つきと呼ばれても、だ。
周りがなんと言おうとも、自分が自分を誠実だと納得できればいい。正しくキアは自分に正直な人間だったのだ。
場に沈黙が訪れる。
何秒、何分経ったのか、キアには分からない。ただただジッとリューの視線を受け止める。
もはや根競べと半ば意地になってきたキアだった。目ぇ逸らしたほうが負けなのだ。
じー。
「……はぁ。わかった、わかりました。キア、あなたは嘘を吐いていません」
深くふかーくため息をついて、リューは降参とばかりに両手を挙げた。
物理的に穴が開きそうな強烈な視線はなりを潜め、苦笑にも似た穏やかな表情に変化する。
「リューさん……?」
正直信じられん。
さきほどリューが話した内容を省みても、これで納得できるハズがないのだ。しかも相手はあのリューさんだぞ?
きっと容赦のカケラもなくなって、自分なんぞきっとプチッとヤられるに違いないのだ。殴られる覚悟まで決めていたというのに、いやにアッサリ納得するとは一体どういう了見なのか。
困惑というか疑惑の視線を向けるキアはきっと悪くないと思う。
「え、でもよリュー。お前の説明を聞いた後だとそれは……いや、ほらキアがウソ吐いてるって言ってるわけじゃねぇぞ? ホントだぞ? ただこれでリューが納得するのが納得できねぇっつーか、ありえねぇっつーか、今夜は嵐が」
「ヴァン、そのよく動く口にイオを突っ込んで口内を台風一過のようにしてあげましょうか」
「マジスンマセン」
二人の心温まるエピソードを間に交え、話は続いていくのだ。
「単純な話です。そもそも納得できそうなソレらしいことを言われても、私は信じなかったからです」
オイコラどういうことやねん。
ほとんど恐喝一歩手前まで脅しておいて、どんな理由を言われても信じなかったってそりゃあんたヒドすぎやしないか?
ちょっとどころじゃなく引いた団員達には目もくれず、マイペースに茶なんぞ啜りやがるリューの思考はキアにはさっぱり理解できなかった。おそらく理解できる者もいまい。
「もちろん理由があります。そもそもキアは呪文に関して無知すぎた。ちゃんとした教育を受けたならば、いきなり使えるようになりました、なんて絶対に言うはずがない。自分が言うことが荒唐無稽すぎると自分で分かりますからね」
いやまあ、たしかにその通りなのだが。
キアは複雑な心境にどんな顔をすればいいのやらトンと分からなかった。
「ということは、キアの言っていることは本当なのでしょう。それに……ひとつだけ、納得できるかもしれない理由もありますし……」
未だにどこか信じてないというか、半信半疑というか、そんな声色をしているリュー。
「その納得できるかもしれない理由っていうのはなんなんだ?」
テオの問いかけに、リューは一度目を瞑った。
キアの言うことは荒唐無稽だ。だがリューが思いついた理由もかなり荒唐無稽なのだ。だがこう考えれば辻褄があうのも本当で、でもやっぱりどこか信じ難くて。
「『神の愛し子』……そう考えれば辻褄が合います」
ぽつり、と呟くようにして放たれたリューの言葉。
その言葉の意味がわかったものは、残念ながら団員の中には一人も居なかった。
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難産にもホドがあった……!!
今まで結構なペースで書いたせいか、全然筆が進みませんでした。まぁ忙しかったのもあったんですが。
そしてなにやら厨二臭い名称が出てしまいました。なんだか負けた気分です。
次話も話し合いは続きます。最悪次々話まで伸びそうな気配がするのがイヤー!
次はもちっと早めに更新できたらいい……な……