「精神強化呪文ッ!」
キアの呪文と共に、青色の波動がリューとヴァンの二人を包む。
「ん~、なんか変わったのかコレ?」
特別何も変わったように見えねぇ。
ヴァンは自分の体をペタペタ触りながら、呪文によって強化されたはずの自身を確認する。団長、フラウ、カイルの3人は身体強化呪文を受け、その効果を肌で感じ取ることができたらしいのに、なんだかズルい。
「まぁ戦闘が始まればイヤでもその効果を体感できますよ」
自身の中にある魔力を操作しながら、不貞腐れるヴァンにリューは静かにそう言った。リューはこの呪文の効果の高さを知識として知っていた。
ピオラ……精神強化の呪文。
より正確に言うなら、神経系を強化することによる集中力の向上が、この呪文の大きな特徴だ。
前に出る前衛には切りあう際の体感時間を長くしたり、術師には魔力の操作性能の向上と消費の低減、弓兵には命中率や射程の向上などの効果を与える。
体感してみて分かった。これは反則だ。何時もとは比べ物にならないほど、自身の中の魔力を感じ取ることが出来る。
惜しむらくは、すでにかなりの魔力を使ってしまっていてあまり余力がないことか。
一方、団長たち3名もそれぞれの武器をぶんぶん振り回して、ピオリムの効果の高さを実感していた。
「すごい……まるで槍が羽のように軽く感じる」
ヒュンヒュンと槍を回転させたり、型をなぞったりして効果を実感していたカイルがそう呟いた。
明らかに力が上がっている。
カイルは武術による筋力向上があまり得意ではなかった。もちろん出来ないわけではないのだが、団長やフラウに比べるとどうしても劣っているというのを理解している。代わりに彼が他の追随を許さないのはそのスタミナだった。
自己回復力が高いというか、彼は恐ろしいほどタフだ。訓練の時はそのタフさゆえ、他の団員よりも長く修練を積める。剣や斧よりも高い技術を必要とする槍を彼が選択したのは実に正しい。団長を万能型、フラウをパワー型だとすれば、カイルは技術型であった。
「ちぇっ、俺も身体の強化がよかったなぁ」
ぶんぶん獲物を振り回す3人を尻目に、ロイは腕をコンコン叩きながら愚痴った。
ロイとテオが掛けられた呪文は硬殻呪文と言われる防御向上の呪文だ。や、別にコレも悪くはない。
うっすらと全身を覆う薄い桃色の光。肌の色と相まって非常に見辛いが、他の二つの呪文と違い効果が目に見える。物理的な意味で。
自分の腕を触ってみても感触がない。皮膚の上にすんごい薄い膜があって、軽く叩くとなんか硬質な感触がするのだ。よーするにこの呪文、重さのない重武装を着ているのと同じようなものなのだろう。
でもなんだかすっげぇ頼りなかった。本当に大丈夫なんかコレ。
「お、敵の動きが止まったぜ。射程距離に入ったみてぇだな」
ヴァンの声にそれぞれが武器を構え、戦闘態勢に移行する。
「いいな皆、作戦通りに行動しろ」
団長の命令に、団員達は一斉に頷いたのだった。
第15話 「守りの力」
敵の射程距離内に入ったと言うのに、団員達はこともあろうに歩きながら進軍を開始した。やや早足ぎみではあるが、この状況で走らずに歩くのはもちろん理由がある。
第一に、キアやアッシュを放置しないため。特にキアとの距離を開けすぎないようにするためだった。
聞いた話だとキアの解呪呪文は相手に触れる必要があるそうだ。なるべくキアとの距離は近いほうが望ましい。だが敵をキアに近づけさせすぎるわけにもいかない。故に今回は敵がザキの呪文を使ってくるまでは徒歩で、それ以降は前衛、後衛と別れて前衛は突撃するのだ。
そして第二に、キアの要請のため。なんでも敵の呪文を反射か防ぐことが出来るかもしれないとのこと。いざとなれば治療できるわけだし、それなら試してみようと言うことになったわけである。
故に敵の呪文を誘うためにも、こうして歩いて近づくということになるわけだ。
「皆、止まってください」
そして皆でトコトコ歩き、そろそろ敵との距離が300に近づいてきたかなーという頃合。キアの静止の言葉に団員全員が一斉にその場に立ち止まる。
集中していたからか、キアは前回と違い、明確に感じ取ることが出来ていた。肌にまとわりつくような他人の魔力を。
これはおそらく、呪文発動の前段階。ピオラで集中力が増したリューも感じているかもしれない。とゆーか何故前回気づかなかったのか自分。や、分かってる。リューさんの正体が呪文使いということにボーゼンとしてたからだ。振り返りたくない過去だった。
キアはアッシュの手を引いて急いで元来た道を下がり、その魔力の範囲から抜け出した。別に他の皆を見捨てたとかそういう話ではない。
今回の作戦で一番重要なのはキアの解呪呪文だ。その解呪呪文を使うキアが万が一、戦闘不能にでも陥れば悪くて全滅なんていう憂き目に会う。アッシュがすぐに意識を落としたことを踏まえ、子供の体力では意識を保つのが難しいというのが団員達の総意だった。
まぁ、この呪文が予想通りの効果さえ発揮してくれたら、解呪呪文使わないで済むんだけども。
若干不安になりながらもソレを顔には出さず、キアは両手を上にあげながら声高らかに叫ぶのだ。
「反射結界呪文ッ!」
起点を自分に設定し、球状の魔力の結界を構築する。もちろん範囲は団員全員が入るくらいだ。
結界が構築された瞬間、リューは充満していた敵の魔力がなくなるのを感じた。
(これは……成功したようですね。最悪でも呪文の影響下に入ることはなさそうです)
リューの考えは正しかった。
そして次の瞬間、敵の呪文が発動する。ただし、自分達の周りではなく敵のど真ン中でだ。暗くて分かりづらいが、黒い靄がもわんと発生した。
マホカンタはキアの知識通りの効果を発揮していた。
さて、ここでキアも知らない呪文のあり方について少し説明したいと思う。
そもそも呪文とはその言霊により、自身の魔力を一定の性質を持ったものに変化させるモノのことを言う。術者が出来るのはその効果範囲や呪文の発動起点、威力などを設定することくらいだ。
今回はこの発動起点に重点を置いて説明する。
呪文というのは大別して二つに分けられる。空間指定呪文と無指定呪文だ。前者はザキやイオラ、後者はホイミやイオ等が上げられる。まぁ例外もあるのだが、ソレは今回割愛しておく。
簡単に言えば、空間指定呪文とは離れた場所に直接呪文を発動させるもの。無指定呪文とは自分の体から直接呪文を発動させるもの。
無指定呪文は分かりやすいだろう。自分の魔力を自分の体から直接発動させるだけだ。だが空間指定はどうやって離れた場所に呪文を発動させられるのか?
答えは簡単。実は呪文が発動するだけの魔力を先に指定した空間に送っているのだ。
魔力を火薬、呪文の効果が爆発、着火が呪文を唱える事と考えれば分かりやすいのではないだろうか。イオラとかまんまだし。
つまり先に目に見えない火薬を設置し、導火線を通して呪文を発動させるわけだ。
故に魔力に敏感な者は、呪文が発動する前に察知出来るのだ。
今回キアが使ったマホカンタという呪文。この呪文の特性は、この一連の流れを利用したものである。
掻い摘んで説明するなら、マホカンタというのはその結界に触れた相手の魔力を、呪文が発動すると同時に術者に送り返す呪文。呪い返しのようなものと考えれば分かりやすいだろう。
発動直後、起点の魔力を魔力の紐を通して敵に丸々送り返す。これがマホカンタという呪文の正体だった。
気をつけなければいけないのが、反射するには発動前の魔力が結界に触れていなければいけないということ。イオのような自分の掌から発動させる類の無指定呪文は、敵にそのまま返すということは出来ない。魔力の紐が通っていないからだ。その場合は結界に触れた呪文をあらぬ方向へ弾くという防御結界に早変わりする。
また、マホカンタの結界内での呪文の行使は、マホカンタの影響を受けないというのも忘れてはならない点だろう。この結界、外の魔力は弾くが内からの魔力はスルーするのだ。
故に今回のような呪文使いが相手の場合、ほぼ無敵の攻性城砦を作るに等しかった。
キアの手持ちの呪文の中でも、トップクラスでチートな呪文なのはもはや疑う余地もない。
そんな原理は露知らず、呪文を返した確かな手ごたえを感じたキアは一人ガッツポーズを取っていた。
「よくやったキア! 総員、突撃ー!!」
団長の猛々しい叫びと共に、後衛であるヴァンとリュー以外の団員が敵に向かって飛び出していく。
キアの仕事は一段落着いた。あとは団員達のお仕事だった。
残念ながら、反射したザキは敵には効いていないようだった。まぁ当たり前だ、不死系にソレ系統の呪文なんぞ効くわけもない。
若干期待していた団員達だが、元気に襲い掛かってくる敵に思考を切り替えた。それぞれ武器を持って相対する。
それにしても、とカイルは思う。何故キアはコレだけの呪文が使えるのを今の今まで黙っていたのだろう。
死霊の騎士の斬撃を槍の柄で受け止め、そのまま受け流しつつ円を描くように穂先で敵の頭部を破壊する。ガシャン、と崩れ落ちる骨。
戦いに集中しなくてはならないのだが、あまりに身体が軽くて余裕が出来たためか、カイルはそんなことを考えながら戦っていた。
呪文使いが少ないというのは理解している。治癒呪文の使い手はさらに少ないというのも理解している。おそらく一番簡単に考えた場合、自分達を警戒したといったところだろうか。
この技能が傭兵にとって喉から手が出るほど欲しい技能だというのは分かると思う。キアはあの歳にしては考えられないほど頭が回るし。というより、冷静に物事を考える。そのくらいはすぐに気づいたはずだ。
出会ってすぐ言い出さないというのは分かる。傭兵団なんて本当にピンキリだ。ほとんど山賊まがいのような所もある以上、迂闊に自分の情報は渡せない。キアがそう考えるのも自明だろう。
だがしかし、すでにキアがウチの傭兵団に属するようになって数ヶ月経つ。こう言っては何だが、ウチほどお人よしが集まった傭兵団なぞちょっとないだろう。自分にしたってキアをすでに身内だと思っているし、キアもまたそう思ってくれているハズだ。……思ってくれてるよな? ちょっとソコは信じたい。
となると、キアがアッシュが倒れるという事態になるまで執拗に隠していた理由とは何なのか?
カイルは槍をぶん回しながら考え込むのだ。
まさかカイルも思うまい。キアが今まで話さなかった理由が単に言い出しづらくてズルズル伸びてただけなんて。普段の丁寧な物腰の、落ち着いた雰囲気を持つキアからは想像しづらいだろうが、彼女は内心ではとってもヘタレさんなのだ。
そしてカイルは考えがまとまる前に、戦闘が終わったことを知る。目の前で団長の大剣で一刀両断にされる死霊使いが目に入ったからだ。気がつけば周りの敵はすでに一掃されていたり。
や、違った。一掃されてない。
テオとロイがご丁寧に死霊の騎士を一体ずつ抱え込んでいた。
どうやら戦闘は延長戦に入るらしい。
カイルは槍を地面に突き刺し、観戦モードに入った。フラウと団長も武器こそ手放していないが、どうやらあの2体の死霊の騎士は新米二人に任せるつもりのようだ。
さて、あの二人。どこまで善戦するかな……?
団員達は期待の篭った視線で二人の戦いを見守ることにした。
「ぬぉぉおおおおおおお!!」
斜めから振り下ろされる剣を、ロイは辛うじて斧で受け止める。ガギンという音と共に手首に衝撃が走った。
(ちぃッ、骨の癖になんつー力だよ!)
ぶっちゃけ力負けしていた。
他の団員達があまりにアッサリと片付けるので錯覚しがちだが、死霊の騎士はそこらの人間が太刀打ちできるレベルのモンスターではない。あたりまえだ、そもそも死霊の騎士とは死霊使いを守る盾。その性質上対複数が前提になるモンスターである。武器の扱いを覚え、武術を会得し、そして初めてこのモンスターと同じ舞台に立てるのだ。
曲がりなりにも打ち合えているのは、ヴァンとリューが一対一になるように手を出してくれているからだ。全神経を目の前の一体だけに集中出来るからこそ、なんとかなっている。そしてそれはロイだけではなく、むろんテオも同じだった。
団員との訓練では決して味わえない本物の殺気に晒されて、体力が急激に消耗していく。確実に急所を全力で狙ってくる相手に対して少しでも遅れるようなことがあれば……その考えは恐怖を生み出し、二人の気づかないうちに余計な力を込めさせている。
ぶっちゃけ防御を度外視した大技とか絶対ムリだった。めっちゃ怖いコレ。めっちゃ怖いコレ。
団長が二人の心境を聞いたなら、その恐怖こそが大事なのだと説くだろう。しかし現実には団長は厳しい目で二人を見守っているだけであり、肝心の二人も他に意識を向けている余裕なんぞ1ミクロンもないわけで。
とにかく、なんとか一撃を。そう思いテオは手にした剣で相手の剣に強撃を与える。
「あ、バカ!」
思わず口が出たフラウ。
そもそも今二人が使っているのは銀製の武器だ。鉄製に比べ、銀というのは柔らかい。技でもって相対せねばならないのに、力任せの攻撃なんぞ論外だった。特にテオは剣なのだ。耐久性は斧や槍に比べて遥かに低い。
案の定剣はその衝撃に耐えられず、わずかに歪んでしまった。ぽっきり折れなかっただけマシな結果ではあったが、マズイことには代わりない。
「……あのバカ。悪い癖がでやがった」
苦々しげに団長が呻く。
一度歪んだ剣の耐久力なんぞ実戦で使えるものではない。
これは、そろそろ手を出したほうがいいか……? 団長が大剣をいつでも振るえるように手に軽く力を込める。
一方、実際にやっちまったテオだが……
見事に混乱していた。強撃を与えたのに結局攻め込めるほどの隙は出来ず、しかも自分の武器に致命的なダメージ。そりゃ混乱もするだろう。
そして敵が剣を振りかぶった瞬間、テオの思考は停止した。そしてテオの本能は何を思ったのか、自分の体に突撃の命令を出しくさりやがったのだ。
「あぁぁぁぁあああぁぁああああ!!」
全体重を乗せた刺突。防御もへったくれもなかった。
まさか団長たちもこの状況でそんな行動を取るとは思っても見ず、一瞬行動が止まってしまう。そしてこの場合、その一瞬が致命的だった。
テオの頭に剣が叩きつけられるのと、テオの剣が敵の頭蓋に穴を開けたのはほぼ同時だった。
ガシャン、と崩れ落ちる骨。ついでにバキンと折れる銀の剣。一本2300Gが灰となった瞬間であった。
「ててててテオぉぉおおおおおおおおッ!? 無事かぁぁあああああああああああああああああ!?」
団長ご乱心。
あわててテオに近づくのだが、テオはといえば頭から血を流してはいたが倒れることもなく、目をぱちくりさせているだけで全然平気そーだった。
額に流れる血を手で拭い一言。
「あ、血」
「あ、血。じゃねぇこのヴァカ息子がぁぁぁああああああああああ!!」
心配でぶっ飛んでいったハズの団長だったが、そのあんまりといえばあんまりな態度に思わず息子をぶっ飛ばしてしまう。
一瞬ヤっちまった!? という思いが湧き上がり、その次に拳に返ってきた感触に納得して安堵した。
硬い金属でもブン殴った感触だった。そういえばテオとロイにはキアの防御強化の呪文が掛けられてたんだった。絶対死んだと思った息子が生きていたのは、偏にキアのお陰だったのだ。
「うぉぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「にーちゃぁぁぁあああああああああああん!?」
後ろではロイがテオとおんなじよーなことをし、それにアッシュが悲鳴をあげる。が、やっぱりピンピンしていたロイに弟が正義の鉄槌を入れていた。
「えーと、団長。とりあえず、任務完了……ですよね?」
「……ああ」
こんなに疲れた依頼、初めてだ。
団長は心底深いふかーいため息を吐くのだった。
※精神強化呪文<ピオラ>※
青色の波動で対象の精神を強化する強化系支援呪文。
精神と銘打っているが、実際は集中力や思考加速を促す効果である。
対象者は深い集中状態を維持できるようになり、自身の体感時間を引き延ばせる。
呪文の発動時間短縮や消費軽減。戦闘中の精神疲労の低減。1段階高い高速戦闘や
弓などの遠距離攻撃の命中率の向上など、用途は幅広い。
※反射結界呪文<マホカンタ>※
目に見えない対呪文の結界を張る結界呪文。
離れた場所で発生させる類の呪文はそのまま相手に跳ね返せるが、呪文自体が飛んでくる系統のものは結界で弾くだけ。
また、結界内部で発生した魔力は結界をスルーする。
@@@
当初の予定ではもっと短い話数でこのパートは終わるはずだったのに、なぜにこんなに長くなったのか。
そして長くなっているのに戦闘シーンの短いこと短いこと。
そして前話の修正を行いました。といっても行間調節しただけですが……
やっぱり違和感あったよーというご意見もあったし、自分でもそう思うからサクサクっとぷち修正です。