第14話 「選択」
「ヴァン、ヤツ等と言ったな。敵は複数なのか?」
団長の問いに、ヴァンは眉を顰めながら忌々しそうに頷く。
「数はさっきと比べりゃ全然少ねぇけど、いるな。しかもありゃゾンビじゃなくて骨だぜ骨。とりあえずかなり離れてるし、移動も遅いから数分くらい猶予はありそうだな」
「骨……か。先ほどの腐った死体よりも上位の敵と見たほうがいいな」
「おそらく、死霊の騎士と呼ばれるモンスターでしょう。死霊使いが己の力を注いで作り上げる不死系モンスター。接近戦に弱い自分を守るための盾。さきほどの腐った死体のように楽勝とまではいかないでしょう」
団長の呟きにリューが補足を入れる。実際問題くさった死体と比べるとその実力は圧倒的だった。
しかし、その事実に対して緊張した団員は皆無だった。むしろフラウとかあきらかにホっとした顔してるし。
弱いゾンビよりも強い骨。なぜなら腐った肉がついていないからだ。返り血(?)が飛んでこないからだ。異臭がないからだ。
もうそれだけで全て許せる気になっていたフラウさんだった。
死霊の騎士というのは動きが鈍い腐った死体に比べ、余計なモノがないせいかやたら身軽だ。しかも武器まで使うし、筋肉ないくせにやたら力持ちだ。しかもしかも骨だけあって矢のような面積の小さい攻撃は非常に効きづらい。まぁそれでもヴァンならば距離さえ適正ならばなんとでもするのだろうが。
「あの時特攻しなくて本当によかったわね……」
とはフラウの言だ。
実際、あの時犠牲覚悟で突っ込んだりなんかしたら、思わぬ伏兵にやられていたかもしれない。いや、団長が居れば伏兵は伏兵足り得ないか。それでも気づいたときには反転出来なくなってただろうから、どちらにしろ危ないことには変わりなかった。
「ええ、ですがもう相手の呪文を恐れることはありません」
ですよね? とリューはキアに視線をやる。キアはリューの視線をしっかりと受け止め、頷いた。
「はい。あの呪文であれば、治す事は出来ます。怪我をしても私が責任を持って治します。死んでさえ居なければ、なんとかします」
そう言い切った小さな子供がなんとも頼もしいではないか。
「というわけで、今回は本当に気にせず突貫してくださって結構です。なんならテオやロイも一緒に突っ込んでもいいんじゃないんですか? 団長次第ですけど」
「「何ぃ!?」」
突然の爆弾発言にいきり立つバカ二人。
なにやらランランと期待の篭った目で団長を見つめだした。
「ちょっとリュー! 勝手なことを言わないでちょうだい。次の敵は最初の敵よりも強いのよ? 何かあったらどうするつもりなの!」
ずずいと身を乗り出し、フラウはそんなことは許しませんとばかりに猛る。その様子にバカ二人はやっぱダメかと萎みだすのだが、
「怪我したらキアに治して貰えばいいんじゃないですか?」
かるーく返されたリューの言葉にまた復活するバカ二人だった。
「で、でも……ほら、腕が吹っ飛ばされたりとか、一撃で心臓貫かれたとか、そこまででなくても動けなくなるような怪我でも負えば危ないじゃない」
縁起でもないことを。
「そこまで考えてしまうと、いつまでたっても戦場に立てませんよ。団長は彼らが最低限自分の命を守るくらいは出来ると判断したからこそ連れてきたのでしょう? そしてそれはフラウ、あなたも同じでは?」
そう言い返されると返す言葉がなくなってしまうのだが。とりあえず、ますますいきり立つバカどもを視線で睨み付けて牽制しておく。
ここまで反対するのはそりゃフラウが心配性だということもあるが、キアの治癒呪文とやらを完全に信用していなかったからだ。
ロイ、テオ、アッシュを除いて彼らは実際にキアの呪文を見ていない。目の当たりにした3人にしたって怪我を治す場面というのは見ていない。アッシュにボコされていたロイは結局怪我らしい怪我なんぞしちゃいなかったし。
ザキの効力を消し去るというのはアッシュという前例がいるので信用しているが、それ以外はまだ自分の目で確かめるまでは信じきれないでいた。
キアの頼もしい言葉があったとしても、やはり見た目はどう見ても小さな女の子。心配になるのも無理はないのかもしれない。
「ふむ、ではここはやはり団長に決めていただきましょうか。まぁ、私はどちらでも別に構いませんし」
本当にどっちに転んでも構わないと思っていた。さっきの言葉だって彼らが怪我すればキアの呪文を見られるかなー? というかなり鬼畜な考えの下出てきた言葉だったし。
もちろんテオとロイがどうなっても構わないと思っているわけではない。死霊の騎士というのはなかなかに手ごわい相手ではあるが、一応人型に分類され、攻撃方法も人の持つものとほぼ同じ。それならば散々訓練したのだから、勝てないにしろ死にはしないだろうというくらいは信用している。そしてキアの呪文についても信用していた。
常識で当てはめれば、キアが呪文を使えるということが一番信用ならないリューではある。だがアッシュを治したという前例もあるし、なによりあまりに荒唐無稽すぎて逆になんだか信用出来てしまったというかなんというか。まぁキアならこんな嘘はまず吐かないだろうという信頼の賜物である。
「うーむ……」
腕を組んで考え込む団長。彼の思考もほぼリューと同じだった。まず死にはしないだろうと思う。だがしかし。
リューと違って二人を信用していなかった。いや、出来れば団長だって二人を信用してやりたい。というか信用したい。信用させてくれマジで。
しかしである、リューと違って実際剣を交えている団長は二人の困った癖を良く知っていた。なんとコイツ等、勝負が膠着状態になると焦れて勝負に出やがるのである。戦いに大技なんぞほぼ使えないと口がすっぱくなるほど言い続け、拳が痛くなるほどシバいて修正しているというのに、未だに直らない。焦れたほうが負けだとあれほど、あれほど言っているというのにだ!
やっぱりヤメとこうかなぁと思う。
しかし。ここでもしかしである。
いつか戦場を経験させなければいけないのだ。あの困った癖も実戦で痛い目を見れば直るだろうし。直るはずだ。直ってくれマジで。
しかも今はキアがいる。怪我を治す治癒呪文が使えるというではないか。多少の怪我は織り込み済みでやらせるべきではないか?
いやでもやっぱり……
団長の思考は無限ループに陥るのだった。
「親父ッ!」「団長ッ!」
考えすぎて頭痛がしてきた団長に、やけに猛々しい叫びが響く。
むろんテオとロイだ。目にやる気の炎を灯し、その爛々と輝く瞳で団長を見詰める。いや、睨み付ける。
二人は見事に息をそろえて叫ぶのだ。
「「やらせてくれっ!!」」
団長はイヤそーな目で二人を見た。
「まぁ、やらせてやってもいいんじゃねぇ? 団長」
意外にも二人に味方したのはヴァンだった。一瞬驚いた表情をした三人だったが、ゼノスは困惑を、テオとロイは嬉しそうな顔に変わる。
「ヴァン……しかしだな」
「俺も二人を見張っとくし、それなら最悪は回避できんだろ?」
ふむ。
たしかにヴァンが後ろから見張っていてくれれば安心だ。ヴァン自身も矢の本数が残り少ないので乱発できない分、戦力として活躍できないと分かっていての発言だった。
チラリ、とオラワクワクしてきたぞ! と言いたげな二人に目をやり、ハァと深くため息を吐いた。
「無理に敵を倒すことに集中しないこと。自分の身を守ることを最優先にすること。回りの団員の邪魔にならないこと。これを約束できるか、二人とも?」
「「おう!!」」
元気の良すぎる返事にやっぱり不安が残る団長だが、結局二人の参加を認めることにしたのだった。
「あの、リューさん」
くいくいと袖を引っ張りキアがリューに声を掛けた。これを聞いておかないと迂闊に使えない。以前からずっとずっと気になっていたことだった。
「マホカンタってどういう効果があるんですか?」
ビシリ、と音がした。いや実際していないが、リューの周りの空間がそんな音を立てたような。
「あ、あの……リューさん?」
先ほどの一件ですっかりリューに対して苦手意識というか、恐怖を刷り込まれてしまったらしい。またなんかマズいことでも言っただろうかと、キアは無意味に手をぶんぶんさせながらあぅあぅ言っていた。
「……いえ、初めて耳にする言葉ですね。それってやっぱり呪文ですか?」
なるべくキアを刺激しないようにという配慮はあるのだろう。声は優しかったが、引きつった表情までは隠せていなかった。
「あ、あのあの……は、ハイ」
リューは手で顔を覆い、天を仰いだ。あんまり肯定して欲しくなかった。
「キアさん、つかぬ事をお伺いします。そのマホカンタとやらをあなたは使えるわけですね? そしてその効果がイマイチよく分かっていない、と」
気を取り直して、リューは確認の意味も込めてキアに問いかけた。
「は、ハイ」
今度は答えを予想できた為か、リューは表面上一つ頷くだけに留められた。ポーカーフェイスは崩れていないはずだ。内心はどう思っているかはともかく。
「い、一応どういう効果なのかの予測はついてます。おそらく呪文の反射。でも実際やったことないし、いきなり使ってもし違ってたらすごく危ないから、リューさんが知ってたらなぁ……なんて」
キアが把握しているのは、マホカンタという呪文が結界系の呪文だということだけだった。
目に見えない球状の魔力の結界を構築する。普通に物理的なものを通過するので、おそらくキアの予想している効果と相違ないに違いない。
しかし今までが今までだったので完全に信用するわけにもいかなかった。命掛かってるし。
今回は反射できたらめっけもんくらいの気持ちでいたほうがいいっぽいなコレ。
一方、リューは荒れ狂う感情の波を制御するのに一杯一杯だった。
呪文反射て。どう考えても禁呪指定くらう呪文だ。呪文を使う者達がその優位を根底から覆すような呪文を認めるハズがない。絶対なかったことにするか、自分たちだけでその呪文を独占するだろう。伝えるなんてとんでもない。
というか呪文反射って失伝した呪文の一つだった気がするんだが気のせいか。
全てが終わった後、キアとはみっちり話し合わなくてはなるまい。
「団長ー!」
団長の下へテコテコ走っていくキアの後姿に、リューは厳しい視線を送りそうな自分と戦っていた。
「団長、というか皆さんに聞きたいことがあるんですけど」
考えこみながら呼びかけられた団長と団員達がなんだなんだとキアに視線を寄せる。
「防御力の強化、身体能力の強化、神経の強化、どれが一番いいですか?」
意味が分からなかった。後ろでリューがなんだか固まっていたが、一番後ろにいたせいでそれに気づいた人は皆無だ。
「キア、意味がわからん。詳しく説明してくれんか?」
団長の問いに、キアは失敗したとばかりに眉をハの字にする。そりゃいきなりじゃ意味わからなくて当然だよな。
「これから戦うにあたって、皆さんに補助呪文を掛けようと思うのですが、補助呪文って重複……他の物と一緒に掛けられないんです。ですので、防御力を高める呪文か、身体能力を高める呪文か、神経……この場合集中力の強化かな。この3つのうちどれを掛けたほうがいいのか教えて欲しいんです」
「キアちゃん、そんなことまで出来るの……」
ほぅ、とフラウがため息を吐く。
実は魔法抵抗を高めるっぽい呪文もあるのだが、例によって試したことがない。ザキに効くかどうかカナリ怪しい。今回は不確定なものではなく、確実性を取っていきたいと思う。今これ以上リューさんに問うのはなんか怖いし。時間もかなり押してるっぽい。
「はい。で、皆さんどれがいいですか?」
団員は各々考え込むのだ。
「なら、俺は身体能力の強化をお願いできるか?」
最初に結論を出したのはカイルだった。
自分の腕ならば敵の攻撃を捌ききる自信があった。集中力の強化というのはイマイチよく分からないし、それならば身体能力の向上が一番だと思ったのだ。
「なら、私もそれをお願いするわ」
フラウもカイルと同じ思考に逢着する。
「じゃあ俺は集中力の向上とやらで」
前に出ないので防御や身体能力はあまり関係ないヴァンが、よくわからないが集中力の強化を選ぶ。
「……私も集中力の向上を。キア、その呪文はピオラですよね?」
確認の言葉を投げるリューにキアは頷く。
色々問いただしたくなる衝動がリューを襲う。落ち着け自分。後で目一杯問いただせばいいのだから、この場は我慢だ我慢。
「キア、俺もフラウやカイルと同じものを頼む」
団長も身体能力の向上。やっぱ前衛に出る以上はソレが一番っぽい。この様子だとロイとテオも同じものを選びそうだ。
「じゃあ俺は」
「お前達は防御の向上だ」
ロイの言葉をばっさり遮り、異議は認めんと言い切る団長。
「ちょ、だんちょー横暴っすよ!」
「いや、俺は別にそれでもいいが」
「なんだとこの裏切り者ー!」
ロイがなにやらぎゃーぎゃー喚いているが、団長からしてみれば当然の選択だった。
自分やフラウ、カイルであれば向上した能力に振り回されずに戦えるだろう。だがこの未熟者達は普段出来ない動きが出来るようになったとたん調子に乗りそうだ。
防御の向上というのがどれほどのものかは知らないが、多少たりともこの二人の危険性を減らせるなら非常に助かる。主に団長の胃あたりが。
「それで頼む、キア」
抗議をまるっと無視して、団長はキアに告げた。
キアは苦笑しながら団長の言葉に頷くのだった。
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前回シャナクについての説明がなかったので、修正して付け足して起きました。ついでに修正もこっそりと。