「ここは牢屋。王女様のような方が、いらっしゃる所では、ありませぬぞ!」
「急を要するのです。通して下さい!」
ローレシアの城の地下牢、制止する警備の兵を退けて、一番奥の牢へと急ぐマリアとリュー。
アレン王子の言う通り、そこはバリアーの床に阻まれた、厳重な造りの牢獄だった。
そして、扉を開けてそこにあったのは、ムーンブルクの牢にもあった、破壊神との契約に使う魔法陣。
その魔法陣を床に刻んでいる神官姿の男だった。
「そこまでです! そうやってムーンブルクの城にも、ハーゴンの軍勢を呼び込んだのですね!」
人間の姿をしていても、男の正体は明らかだった。
人間は爪の先で、岩の床に魔法陣を刻む事などできはしない。
牢屋の扉が開いた事に気付いた男が顔を上げ、立ち上がった。
「ほっほっほっ。私をここから出してくれるのですか? ありがたいことです。あなた達の亡骸を、ハーゴン様への手土産にしてあげましょう」
その姿が、白い一つ目の仮面と一対の角を持った、悪魔神官の姿へと変化する!
全身を包む、白い神官服には、ハーゴンの崇める邪教の印が描かれていた。
「父の仇…… 悪魔神官!」
「行くぞマリア!」
「はい、リューさん! 退け障壁!」
敵の防御力を弱める呪文を唱えるマリア。
「ぬぅ、我を守れ魔力の壁よ!」
魔力による障壁が弱まる事を嫌った悪魔神官が、防御力強化の呪文で、マリアの呪文の効果を相殺する。
「いいぞマリア! 喰らえ、回転地獄!」
悪魔神官の腕に食らいつき、身体を回転させることでダメージを倍増させるリュー。
「くっ、我を守れ、魔力の壁よ!」
「させません、退け障壁!」
リューの攻撃に恐れを抱いた悪魔神官が更に防御力強化の呪文を唱えるが、今度はマリアの呪文がそれを相殺する。
そこにリューの噛みつき攻撃。
「ぐぉっ、くそ、防御力弱体化の呪文は貴様だけの物ではないぞ! 退け障壁!」
今度は、リューとマリアの防御力が弱められる。
「ふはははは、怖かろう、どうだ、その身を守る鎧を削がれる恐怖は!」
マリアには、防御力強化の呪文は使えない。
すなわち、この呪文に対抗する術がない。
だがしかし、
「退け障壁!」
構わずに、愚直なまでに自分にできる事を実行するマリア。
「馬鹿な、貴様、怖くないのか!? ぐおっ!」
先ほどの自分の言葉がそのまま帰ってきた事に驚愕する悪魔神官に、再びリューの攻撃が加えられる。
「くっ、この程度で調子に乗るなぁ! 来たれ、最大の魔術、万物を焼き焦がせ!」
強力な爆発が、マリアとリューを襲う。
「ふん、忌々しいムーンブルクの血筋などこんなものだ。王を恨み、呪った十三年間。破壊神と契約した、この私に逆らうとは……」
「退け障壁!」
「喰らえ、回転地獄!」
「ぐあぁ!?」
爆炎の中から現れるマリアとリュー。
「マリア、自分を回復させろ。俺はまだもう一撃ならもつ」
「信じますよ、大いなる癒しよ!」
自分に回復の呪文をかけるマリア。
「何なのだ、何なのだお前達は! くそう、我を守れ魔力の壁よ!」
恐怖から、悪魔神官は防御力強化の呪文を唱える。
リューの攻撃から受けるダメージが、多少弱まったがそれだけだ。
「あなたには分からない。あなたが求めた物とは違う、己に打ち勝つという強さを。死を目の前にしてもなお、信頼しあえる仲間を」
そして、マリアの癒しの魔法が、リューを完全復活させる。
「う、うおおっ! 来たれ、最大の魔術……」
「あなたの強さなんて、弱いだけ。そんな強さより、強い物を、私はリューさんから教わった」
「万物を焼きこが……」
「させるか、阿呆!」
リューの回転地獄が、悪魔神官に止めを刺す。
「馬鹿な、こんな事はありえない。いや、あってはならない」
ずるずると、牢の壁に背を預け、倒れ込む悪魔神官。
その白い神官服を、リューの牙が引きちぎった。
「うっ」
思わず目を背けるマリア。
悪魔神官の身体は胸から下が、いや、心臓さえも無くなっていた。
「やはりか、下級の呪術師等を倒していて、いつも服だけが残るのが不思議だった。悪魔との契約には、生贄がつきものだ」
呟くリュー。
「では、自分の身体を代償に、破壊神の力を……」
「その通りだ、憎きムーンブルク王の娘よ」
虫の息の悪魔神官がそう漏らした。
「どうしてこんな真似を?」
「貴様の父上がいけないのだよ。アンナの娘」
「父が? それに母の事を知っているのですか?」
悪魔神官は呪いの言葉を吐く。
「十三年前、私とアンナは許嫁だった。それをあの王が自分の欲望を満たすため引き裂いたのだ。私を秘密裏に幽閉し、死んだことにして傷心のアンナに付け込んで自分の妻とした!」
「そんな!」
そう言いながらも、マリアは心のどこかで納得していた。
あの、ムーンペタで出会った兵士。
王から、マリアにだけは絶対に告げてはならぬと厳命され、王の死後も忠実にそれを守り続けたのも、悪魔神官の言葉が真実なら納得できるのだ。
悪魔神官は、更に王を嘲る。
「気の小さな男だったよ。神官だった私を殺して神罰が落ちる事を恐れた。だから私を殺せなかった。後は分かるだろう。私は立場上、禁書に触れる機会があったから、破壊神との契約の方法を知っていた。そして十三年かけて、牢獄の床に破壊神との契約に使う魔法陣を刻んだ」
それは、全てをムーンブルクの王に奪われた男の呪詛だった。
「ハーゴンのお陰で、闇の力が増していたからな。契約は成り、そして闇の軍勢、ハーゴンの軍団を呼び寄せる事に成功した」
「……お父様に復讐するために、城のみんなを巻き添えにしたのですか?」
「ハッ、もし真実を知ったとしても、勇者の血を引く王を正せる者がこの城の中に居たか? 牢の番人の兵士もその通りだった。奴は勇者の血という忌々しい物に従う奴隷だった。この城の、いや、勇者ロトの血を引く者の治める地に居る者は、勇者という虚名に盲従する奴隷の集まりだ。虐げられた私が復讐をして、何が悪い?」
悪魔神官の言葉に、沈黙するマリア。
しかし、彼女にリューは言った。
「それでも、自分の不幸を他人を傷付ける権利にすり替える事はできない。こいつの痛みはこいつのものだ。誰かに埋めてもらえるようなものじゃない。それとも、八つ当たりで埋め合わせが効くような、その程度の恨みなのか?」
「リューさん」
悪魔神官は、最後の力を振り絞って、マリアを手招いた。
「最後に、せめてアンナの面影を残すお前の顔を見て逝きたい。叶えてくれるか、王女よ」
「よせ、近づくな」
リューが止めるが、マリアは、首を振った。
「この人は死にかけているんです」
そして、悪魔神官の手を取ったとたん、呪いがマリアを襲った!
「今、貴様に呪いをかけた。三日以内にその犬と結婚しなければ、貴様は死ぬ! 名づけて死のエンゲージ・リング!」
「な、なにーっ!」
慌てるリュー。
「ふふ、もう貴様とその犬は魔力でつながれている。犬の寿命が尽きれば終わると思うな! 貴様が生きている限り犬は衰えることなく生き続け、そして犬が死ぬ時には貴様が死ぬ! ムーンブルクの血はここで絶えるのだ!」
そして、絶命する悪魔神官。
「勇者の血から、解放を……」
それが、最後の言葉だった。
「言わんこっちゃない、悪党が急に改心した時は、何か裏があるのが相場なんだ。何なんだ、このしつこさは!」
悪態をつくリューだったが、マリアは違っていた。
「何て素敵な契約……」
うっとりと、目を輝かせている。
「だ、ダメだ、マリアは使い物にならない。こうなったら、自力で呪いを解く方法を……」
「あるんですか?」
「無くても見つけ出す!」
三日で見つかる訳もなく。
「それでは、このローレシアの危機を救った神犬リューと、マリア・ムーンブルク王女の結婚の儀を執り行う」
「馬鹿なーっ!」
「幸せにして下さいね、あなた」
こうして、マリアはリューと結婚し、幸せな生涯を送ることになったのだった。
~雌犬王女と雄犬~ 完