「という訳でね。あの時の彼、メイっちの王子様は第十七小隊の新人、レイフォン・アルセイフ君だったのだ!」
とあるマンション風の寮の一室。
ミィフィ、メイシェン、ナルキはこの一室を三人で借りている。今は各自の部屋へと繋がっている居間でメイシェンの料理も終わり、食後のおやつなどつまみながら話をしている。
「あ、あの王子様だなんて……」
メイシェンは真っ赤だ。
「一年で入学早々に小隊に勧誘か……凄いな」
ナルキはその実力に感心している。小隊員というのは為りたいから為れるってものではないのだ。
「ただね~一つ問題もあってね?」
と、ミィフィが上げたのがリーリン・マーフェスの存在だった。
「周囲の評判聞いてみたけど、何か完璧超人って感じなんだよね~。しっかり者で、周りも良く見えてる。料理も上手くて頭もいい。愛嬌のある美人で、スタイルも良し。人付き合いもまず問題なし」
「……確かに完璧だな」
ナルキが呻き声を上げる。メイシェンはその隣で落ち込んでいた。ダメだ、そんな人が傍にいるなんて、自分なんかじゃ……。そんなメイシェンの様子を見て焦ったのだろう、ミィフィは慌てて言った。
「あ、で、でも付き合ってるって話はないらしいよ?何でも二人は幼馴染なんだって!」
だから、姉弟みたいな感じで、傍にいるのが普通なんじゃないかな~?と言う。もっとも傍から見ていれば、リーリンがレイフォンを好きなのは一目瞭然だ。ただ単にレイフォンが鈍感というか……いや、案外長く一緒に居すぎてそういう対象として見れてない、といいなあ……なんて思ってしまうミィフィだった。
普段のレイフォンとリーリンはお昼は一緒に食べている……という事はない。理由は単純で、リーリンのバイト先が弁当屋だからだ。結果、普段はレイフォンがリーリンの勤め先にお弁当を買いに来る、という事になる。その日もレイフォンはリーリンのお弁当を仕入れた、のだが今日は少々事情が異なっていた。しばらく食べるのを待っていたのだった。
実を言えば、今日は午後の授業もなく、リーリンもちょっと何時もより早めに上がるので、一緒に食べる予定だったからだ。
そこへ近づいてきた人影があった。
「こんにちわ~」
ん?とレイフォンがそちらを見る。そこにいたのは三人の女の子、一人は武芸科の制服を着ているが、残る二人は一般教養科の制服だった。よく見ると三人には見覚えがある。少し記憶を漁って、思い出した。
「あ、入学式の時の?」
「あ、覚えててくれました?」
そう言いつつ、活発な印象を受ける少女が大人しそうな黒髪の少女を前に押し出す。
「ほら、メイっち」
「う、うん……」
と押し出されてきた少女はよく見ると、箱を持っている。ほのかにいい香りがする。
「あの……前に助けてくれた……お礼したくて……」
これも色々三人で考えた結果だ。当初はお弁当を、と考えたのだが、ここで難点に当たってしまった。そう、レイフォンが幼馴染の少女(リーリン)の働いているお店で弁当を買っている点だ。そこへお弁当を持っていっても余りインパクトはないし、最悪『もう食べた後だから……』なんて事になりかねない。そこでメイシェンの得意なお菓子作りで勝負!と決まった次第だった。
ただ、彼女らの想定外だった事が一つあった。
この日、偶々レイフォンとリーリンが昼食を一緒に取ろうという約束をしていた事だった。そもそもの発端はちょっと偶然のタイミングから、生活がすれ違っていたからだ。レイフォンのバイト先は夜、リーリンのバイト先は昼という部分が大きい。
「あれ?レイフォン、お友達?」
だから、三人娘の背後から声が掛けられた時、近づいてくるのが見えていたし、予定通りだったレイフォンは普通に対応出来たが(もっとも女の子三人と一緒にいて釈明もしないのは鈍感大王らしいというべきか)、三人娘は驚きの声を上げてしまったのだった。
「へ~レイフォンに入学式の時?」
ケーキとクッキーというお菓子を用意してやって来た三人だったが、これとは別に自分達のお弁当も持ってきていた。元々ご飯時だったし、本来なら食後のお菓子を用意してきたから、という理由で食事の時間もご一緒に!という計画だったのだが……まさかリーリンもご一緒になるとは、というのが正直な気持ちだっただろう。
とはいえ、リーリンは確かに人付き合いも上手く、好感の持てる女性だったから、嫌うのは難しかった。そもそもリーリンの方がレイフォンとは関係が長い事でもあるし。気付いてみれば、彼女らはリーリンと親しい友人のように話をしていた。
「へえ……じゃあ、お二人って幼馴染なんですか」
と、これはナルキだ。
「うん、もう小さい頃から一緒だったよ」
「そうね。物心ついた頃にはもう一緒だったわね」
顔を見合わせて笑うレイフォンとリーリンは仲が良さそうで、それはメイシェンを内心落ち込ませていた。
レイフォンとリーリンさえ知る由もないが、二人はそれこそ赤子の時から一緒だった。グレンダンの歴史に残るメイファー・シュタット事件でデルクによって燃える宿泊施設から救出されて以来の縁になる。
レイフォンは気付きもしなかったが、リーリンはメイシェンが落ち込んでいるのに気付いていた。
周囲をさり気なく確認しつつ、ご飯が終わって雑談兼お菓子を頂こうか、という段になった時タイミングを見計らって声を掛けた。
「あ、そういえばお茶とかは用意しているの?」
はた、と三人娘は気付いた。そういえば、昼食用のお茶は用意していたが、そっちはそれなりにご飯の際に飲んでしまった。お菓子は甘い分もう少しお茶が欲しい。ポットを確認して、失敗した、という様子のメイシェンを確認し、リーリンはレイフォンに言った。
「と、言う訳でレイフォン、お茶を頼める?」
「いいよ、少し待っててね」
基本お人好しなレイフォンである。特に疑問に思うでもなく、立ち上がってお茶を買いに行った。その姿を確認して、さすがに声も聞こえまい、というのを確認してからリーリンは話しかけた。
「ね、メイシェン、でよかったよね?」
「えっ?あっ、はい!」
落ち込み気味だった分、唐突に声を掛けられていかにもびっくりしました、という風情で答えるメイシェンに笑みを浮かべて、リーリンは尋ねた。
「貴方、レイフォンが好きなのね?」
それは、疑問ではなく確認だった。メイシェンだけでなく、ミィフィもナルキもぎくっとした様子で一瞬身体を硬直させ、それから心配そうにメイシェンに視線を向けた。そのメイシェンは……身体を堅くして黙っていたが、しばらくして黙って頷いた。
「そっか、やっぱりね」
メイシェンは怒られるかと思った。二人が仲が良いのはこうして話をしていた間だけでもよく分かった。きっと自分達がそうであるように、お互いに信頼している、傍にいるのが自然な関係なのだろうと思えた。それだけに自分がそこに割り込もうとするのはきっと彼女を怒らせるのだろうと。だが、リーリンは怒らず、むしろ笑顔だった。それも怒り心頭で目が笑ってない笑顔というのではなく、ごく自然な、陰湿さの欠片もない笑顔だった。
「じゃ、私達ライバルね」
驚いたようにメイシェンは顔を上げた。
「い、いいんですか……?」
「いいも何も……私とレイフォンはまだ付き合ってる訳じゃないもの」
メイシェンの問いにリーリンは苦笑気味に答える。
「でも苦労するわよ?レイフォンって物凄い鈍感だもの」
「そ、そうなんですか?」
「そうよ、グレンダンでもレイフォンって結構もててたのに、全然欠片も気付かなかったの。中には結構積極的なアプローチかけてた人もいたんだけど……もう傍で見てて腹が立つぐらい。その癖平然と『自分はもてないから』なんて言ってるのよ?それも本気で」
グレンダンでのそうした話、どれだけレイフォンが鈍感野郎なのか、と実は結構彼女も不満があった?と思えるぐらい色々な事を話してくれた。気付けば、メイシェンもミィフィもナルキも笑っていた。
「だから、まだ私とレイフォンは付き合ってないの。どっちがレイフォンを振り向かせられるか競争。だから、ライバル」
ふっと笑って、リーリンはそう言った。
「それとも、勝負せず諦めちゃう?」
メイシェンはその言葉にじっと考えた。どうなんだろう?私は彼が好きだ。確かに、彼とリーリンさんは凄く仲が良さそうだし、私はリーリンさんも好きだ。けど、彼への好きとリーリンさんへの好きはきっと違うし、ここで諦めてしまえるような好きなら、それは本当の好きじゃない。じっと考え、そうしてメイシェンは結論を出した。
「……諦められないです」
「そう」
そう言うと、リーリンとメイシェンはお互い笑いあって、言った。
「「じゃあ、勝負(ね、ですね)」」
そんな二人を見て、ミィフィとナルキも笑顔になっている所へレイフォンが人数分のお茶を抱えて戻ってきた。
「あれ?何かあったの?」
笑顔の皆に、レイフォンも笑顔で尋ねる。
それにリーリンとメイシェンは顔を見合わせて、「「内緒(よ、…です)」」と言った。そんな様子を不思議そうに、けれど嬉しそうな様子でレイフォンは見ていた。
「あ、それじゃ折角お茶も来た事だし、お菓子を」
そう言ってミィフィがお菓子に視線を向けると、そこには……。
「……あれ?」
ケーキの箱は無事だったが、クッキーの袋を開けて食べている少女が一人。
「い、何時の間に!?」
「あれ?友達じゃないの?」
ミィフィの驚きの声に、レイフォンはきょとんとした様子で尋ねる。
「いや、というか、シャンテ先輩に直接会うのは初めてだ」
と、答えたナルキにミィフィも思い出したのか、声を上げる。
「ああっ!第五小隊副隊長のシャンテ先輩!?」
その声が上がるのと同時に。
「シャンテ!ここにいたのか!何を勝手に食っているんだ」
そう言って、シャンテの首根っこを摘まんで、猫のように持ち上げたのは……。
「あれ?ゴルネオ先輩?」
「む?」
第五小隊隊長ゴルネオ・ルッケンスその人だった。
『後書き』
今回はメイシェンです
鈍感大王のレイフォン、本当に女の子の気持ちに気付くのは何時になるやら
※誤字・脱字・文脈修正いたしました
何時も抜けていた部分の指摘をしていただける方々に感謝です
※感想でのご意見より
えーと、まず『念威操者として生きる』のではなく、逆。『ごく稀に念威操者としての手伝いも行う』、主と従が逆、という部分を指摘されたのだと思ってもらえれば。感覚的には小学校入学~高校卒業の間に一度だけ数日間のイベントの手配の手伝いをした、そんな所だと思います
それぐらいなら、そんなに気にする必要もないんじゃないかな?これまで念威操者として生きる、それだけの人生と思っていたのが、実際にはその程度の事なんだと気付いた事
レイフォンの人生を聞いて、自分と彼の環境を比べてみた事から、あのような結論を出した、としています
念威操者のレールをある程度走るのは仕方ないというのは気付いていたとしています。まったく走らないのは、愛情を注いでくれる両親にも兄にも家族皆に大変な迷惑をかける事になるのは理解していると思うので